No.539457

天馬†行空 二十六話目 後継

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

続きを表示

2013-02-03 10:04:47 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8505   閲覧ユーザー数:5700

 

 

 ――その衣は天道の光を受けて、見る者全ての目に"白"を灼きつかせる。

 ――人々が上げる声が、奔流となって天を衝く。

 

 天の御遣いと名乗った少年が洛陽の民に向けて言葉を発し。

 それが、城門前に集った民衆一人一人へと浸透してゆくと――

 戦場での雄叫びにも似た歓声が沸き上がった。

 

 

 

「ほ、北、郷――?」

 

 呆然と、白蓮は彼女の良く知る――しかし、見たことの無い少年の名を口にする。

 

「ほ、ほぇえ~~……あ、愛紗ちゃん、あ、あれ、一刀さん、だよね?」

 

「…………あ! は、はい! ええと、その、た、多分」

 

「「……はぁ~」」

 

「ほぇ~……一刀お兄ちゃん、すっごくピカピカしてるのだ! カッコイイのだ!!」

 

 少年を知る桃香と愛紗は我が目を疑い、小さな軍師二人は放心したように城壁の上の人物を見つめ、鈴々ははしゃいでいた。

 

「か、一刀様ぁ~…………はうっ」

 

「柚子!? お、おいしっかりしろ柚子!」

 

「……ご、ご主人殿は、ひょっとしなくても大魚を逃された、か?」

 

 光り輝く姿に見蕩れていた田豫が卒倒し、陳到が慌てて支え、沮授が掠れた声で小さく呟く。

 

 

 

「な、なによ……あれ、は……」

 

「ほぉ~、またえらく眩しい服だな。着てる奴は眩しくないのか?」

 

「いつも通りの反応で安心したぞ姉者」

 

「うわぁ……ピカピカしてる……」

 

「うん……季衣、あの人、御遣いさまだって」

 

「…………」

 

「……はぁ~。…………こりゃまた……あの服、何で出来てるんやろ?」

 

「あんなの阿蘇阿蘇にも載ってなかったの!」

 

 猫耳頭巾の桂花が普段の男嫌いも忘れ、ただその人物に圧倒された。

 いつも通りの反応をする姉を見て、妹は溜息を吐きながらも気圧される事無く城壁に立つ人間をもう一度見上げる。

 季衣と流琉は口をぽかんと開け、じっと光る人影を見つめ続けた。

 凪は城壁を見上げたまま完全に硬直し、真桜は感嘆の声を上げ、沙和は「次号が楽しみなのー!!」と騒いでいる。

 

「そう、か。……天子が劉焉の事を口に出さなかったのは、切り札があったから」

 

 様々に反応する部下達と動作だけは同じで、城壁を見上げ華琳は確信を胸に呟いた。

 

(時代の変化、その波……それに呑まれるのではなく頂に乗ったつもりが)

 

 変化の裏にあったもう一つの、本流に触れることすら出来なかった、と華琳は唇を噛む。

 

「来る……今度は、もっと厳しく激しい波が。だけど、今度こそは――!」

 

 華琳は強い眼差しで、白い光を見つめ続けた。 

 

 

 

「……ま? れ……様! 蓮華様っ!!」

 

「ひゃあっ!? な、何、思春?」

 

「はぁ~……この展開は予想出来ませんでしたね~」

 

「……す、凄いです! 服がキラキラしてます!」

 

「……のぉ冥琳。今の名、北郷じゃったか。……どこかで聞いたような気がするのじゃが」

 

「……祭殿もですか。いえ、私も聞いた覚えがあるのですよ……ふむ、どこだったか」

 

 城壁の上を見つめたまま、完全に放心してしまった蓮華に声を掛けて気付けを試みる思春。

 のんびりとした調子のまま、どこか妖しい光を帯びた目で白い光の元を見詰める穏。

 目をパチクリさせて全身で驚きを表現する明命。

 名乗りを上げたその人物に心当たりがあるようで、頻りに首を捻る祭と冥琳。

 

「――あ、はは。あっははははははははははは!!!」

 

 未だ続く民衆の雄叫びには負けるものの、突然上がった笑いに彼女達は視線を声の主に集中させた。

 そこには果たして、腹を抱えて笑う雪蓮の姿。

 笑いすぎて溢れてきた涙を拭い、雪蓮は呆気に取られている部下達を見て口を開く。

 

「なによ……居たんじゃない! ……ほら冥琳! 私が前に言ってた、南に落ちた天の御遣い!」

 

「む……」

 

「あははは! やっぱり私の勘は当たってたのよ! ……ふふっ、これから面白くなりそうね」

 

 鬼の首を取ったようにはしゃぐ雪蓮の瞳は、生き生きとした輝きに満ちていた。

 

 

 

「な、なんですのあの男は!! 行き成り出てきたと思ったらあんなに、あ・ん・な・に! 目立って!」

 

「はぁ~こりゃ驚いたねー」

 

(いつもの鎧、脱いでて良かった……あの人を見てると、金色が下品に見えるよ……)

 

 いつも通りの麗羽と、眩しそうに手をかざしながら城壁の上を見る猪々子。

 彼の人がこちらを見ていないとは知りつつも、思わず自分の服装を整える斗詩。

 

 

 

「――ぎにゃー!? 目がー、目がーなのじゃー!?」

 

「ああ、御遣いさんとお日様を両方とも見て眩しさに悶えるお嬢様も可愛いっ!」

 

 なんというかいつも通り過ぎるこの二人は割愛。

 

 

 

「…………あ」

 

「……? ――あ! ふふ~、お姉様? 御遣い様に一目惚れしちゃった?」

 

「なっ!? な、そ、な、そそそんな訳無いだろっ!!」

 

「照れなくても良いのに~」

 

「て、照れてないっ!! ――おい! 何笑ってんだ蒲公英っ!」

 

 硬直した上に顔面を真っ赤に染めていた翠が、蒲公英にからかわれていた。

 

 

 

「あ~……やられましたねー、お得意様を紹介して貰った筈なのに、紹介した方がもっととんでもないお人だったとは」

 

 城壁を見上げ、その女性は頭をかく。

 

「んー……これは、劉備様や公孫賛様だけじゃなく、ぜひ御遣い様ともお取引をしたいですね」

 

 腰につけた算盤をカシャカシャと鳴らして、赤茶色の瞳、金の髪を三つ編みにして背中に垂らしている女性――張世平――は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「お、おい! 女将! ほ、北の字が!」

 

「怒鳴らなくても聞こえてるよ! ――かぁ~、しっかし決めたもんだね北郷も! ――よっ! 天の御遣い!」

 

「お、俺達が上げたお嬢の火薬玉が……天子様を助けた……?」

 

「そ、そうだぜ……やった! やったんだ! お嬢の作った物が天子様を救ったんだ!」

 

「お嬢に聞かせてやりたいねぇ……! 今、どこにいるかも分からねえけどよ……いつか、きっと!」

 

 酒家の主人ら一刀を知る者達、そして祭りで花火を上げた者達がめいめいに叫びを上げる。

 

 ――いつ果てるとも無く、民衆が上げる雄叫びは蒼天の下に轟いていた。

 

 

 

 

 

 天の御遣いとして、俺が天下に名乗りを上げた次の日のこと。

 

「……そうですね。被害者である貴女達へ何も明かさぬままで命に従え、では納得しかねるでしょう」

 

 宮中、とある一室で劉協様、俺、星、風さん、稟さん、董卓さん、賈駆さんが集まっていた。

 慌しかった昨日に引き続いて、陛下は朝から連合諸侯を呼びつけて話をしていたのだそうだ。

 俺も(当然護衛つきで)街に出て、お世話になった人達へ挨拶回りをしてきた。

 士壱さんは今朝方早く、交趾へと出発している。

 

『色々と忙しくなりそうだから、準備は早めにしておかないとね』

 

 去り際に手を振る士壱さんは、やたらと気合が漲っていた。

 稟さんは一昨日、こちらへと帰ってきたが……調査(逃げ出した十常侍の)の結果は芳しくなかったと聞いた。

 

 ……星とは、昨日が忙しすぎた為、今朝方になってようやく挨拶出来たところで。

 当然の如く説明を求められたので、この服を着るに至った経緯を話したら、

 

『なぜ私が居ない時に限って――!』

 

 と拗ねられ、またいつか『南安』のメンマを奢る約束をさせられた……。

 董卓さん達の方はと言うと……俺は陛下がどんな裁定を下すかについては関与していなかった為、ここへ来る途中に合流した二人の話(と言うよりも賈駆さんがエキサイトしていた)を聞いておや? と首を捻り、一昨日に陛下と一緒に張譲さんとあったときの事を思い出す。

 

 ……張譲さんはあとひと月ともたない身体だった。

 とてもそうは見えなかったが、本人の口から聞き、偶々洛陽を訪れていた華佗(かだ)(!)さんの診察で本当の事だと判明。

 宦官となってから、幾度と無く汚れ仕事を押し付けられ、しかし一度たりとも失敗せずに事を露見させなかった張譲さんは自然と成り上がって行き、いつしか十常侍の中心人物になった。

 本人は望まぬ初仕事から後、幾度と無く繰り返された汚れ仕事と宮中の腐敗した有様を目にし続け、何の感動も感じなくなり、世の中に絶望したまま死んでいくのだと思っていたのだそうだ……(頑固ではあるがお節介焼きなお爺さんと陛下は言った……多分だけど、それが張譲さん本来の性格なのだと思う)。

 ――だが、そこへ劉協様の教育係を任された事が張譲さんの転機となった。

 劉協様に(張譲さん曰く)輝かんばかりの才能を見出した張譲さんは、この大器が治める世の中をぜひ作り出したいと願ったのだ。

 十常侍となってから政治、地理、歴史に軍学と多方面に渡って独学していた張譲さんは自分が学んだ事を熱心に教えた。

 そして、劉協様は真綿が水を吸うように凄まじい速さでそれらを習得して行ったのだと言う。

 日々成長を続ける劉協様を見て、張譲さんは未来の為に行動を開始した。

 

 宦官や外戚、一部の豪族や文官達が、幼い皇帝を擁立して権力を我が物にしようと奪い合う構図を抹消する――。

 

 それが、張譲さんの目的だった。

 董承さんともう一人(儂が死んでから名前は教える、と張譲さんは言った)、固い結束の元に同志が出来た張譲さんだったが、ここで十常侍に事が露見する。

 張譲さんと同格で霊帝からは『母』とも呼ばれていた趙忠が張譲さんの動きに勘付いたのだ。

 幸い、出来たばかりの同志二人には手が及ばなかったが、張譲さんは闇討ちに遭い、後宮を追われた。

 それが黄巾の乱が終結の兆しを見せ始めた頃の出来事。

 その後、張譲さんは顔を隠して洛陽に潜伏し、十常侍だった頃からの、信頼の置ける二人の部下(内一人は胡車児さん)を使って情報を集め、密かに機会を窺っていたのだと言う。

 

 闇討ちに遭った事、そしていつ見付かるかも判らない神経を尖らせる下町での日々……それが張譲さんの体を急速に蝕んでいた。

 

『余命幾ばくも無い我が身、最後は漢の為、若君が作る世の為に使わせて下され』

 

 ――自分が裁かれれば、これから陛下に仕えることになる宦官達への警鐘となる。いや、そうならねばならぬ。その為にも出来るだけ惨たらしく処刑して下され、と。

 それが、自ら"今回の件の首謀者"として裁かれる事を望んだ……本当の意味で忠臣とも言える人の、最後の願いだった。

 

 張譲さんからその決意を告げられた、あの時の劉協様の様子からすると、とてもそんな甘い裁定は――

 

「一つずつ、理由を話しましょうか」

 

 陛下の行動を不思議に思っている俺をよそに、主に賈駆さんと星が陛下の話に熱心に耳を傾ける。

 

「父……いえ、霊帝より以前、桓帝の頃より地方から中央に寄せる信望は落ちていく一方です」

 

 父、と言い掛けた陛下は苦虫を噛み潰したような顔になり、霊帝と言い換えた。

 

「皆さんに救われた私が、これからの漢王朝をより良きものとせんと注力しても……現時点で四海の民が心を寄せるのは彼らが暮らす土地を治めてきた諸侯」

 

 静かに劉協様は語り続ける。

 

「此度の連合が打倒すべきとした目標は誤りでしたが、詳しい事情を知らぬ民の目から見れば彼等は王朝の為に兵を挙げた英雄。それを厳しく罰すれば底辺まで落ち込んでいる王朝の信用を更に下げる事にもなりかねない……故にこそ」

 

「今回の裁定を下されたと――」

 

「ですが……それでは、月は! 王朝の為に働いた月には犠牲になれと仰るのですか! 天水や安定の民が月をどれほど慕っているか――!」

 

 陛下の言の後を星が低い声で継ぎ、賈駆さんが声を荒げた。

 

「詠ちゃん、私は陛下が決められた裁定に従うよ? ……元はと言えば十常侍の人達の言う事をそのまま信じちゃった私が悪いから」

 

「月!? だ、だって――!」

 

 董卓さんが賈駆さんを宥めようとするが、賈駆さんはいまだ憤懣やるかたない表情だ。

 

「ふむ、私も文和殿に賛成ですな。これでは仲穎殿の苦労が報われない。例え王朝の現状が苦しいと(いえど)も、真に忠臣たる人物を遇する礼とは到底思えませぬな」

 

 星が低い声のままで陛下に鋭い視線を送った。

 うわあ…………星、これは相当頭に血が上ってるな。

 

 まあ、でもそれは俺も同感、かな。

 この結果には納得が行かない。

 

 けれど、一昨日見た"あの"陛下が、なんだってこんな裁定を――

 

 

 

 

 

「――劉協様?」

 

 風さんの声にそちらを向く。

 そこには俯いて肩を震わせる陛下の姿があった。

 微かに、しゃくりあげるような声が聞こえる。

 

「あ、そ、その劉協様。私は――」

 

 陛下が泣いているのかと思ったらしく、賈駆さんが声を掛けようとした時。

 

 

 

 ――俯いたままの陛下から、くすくすと、笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

「――ひぅっ!?」

 

 ゆっくりと顔を上げた陛下を見て、誰かが押し殺した悲鳴が聞こえる。

 

 陛下は笑って――――いや、嗤っていた。

 

「――くすくすくす。ああ……貴女方の反応を見て安心しました」

 

 座が静まり返る中で、くすくすと嗤ったまま、陛下は天子のような笑顔を浮かべる。

 

 ――――ああ、これは。

 

 ――これは、"あの"――張譲さんの後継としての――陛下だ。

 

「これならば私の意図は、あの者達に見抜かれてはいないようですから……ね」

 

 細い、白魚のような指を唇に当てて陛下は妖しく片目を瞑って見せた。

 

「先ず、袁紹」

 

 陛下はそのまま、左手の人差し指でくるりと大きな円を宙に描く。

 

「あれには平原を与えましたが…………民ではなく自分の富貴を第一とする袁紹の統治方針が、劉備が治めてきた平原で通用すると思いますか?」

 

 すぐ下にもう一つ小さな円を描いて、そこにバツ印を入れる。

 

「問うまでも無いですね……くす。さて、どれ程の人間が袁紹の政治を嫌って劉備に着いて行くでしょうね?」

 

 くるくると回る指が止まった。

 

「汜水関、虎牢関で多くの兵を損じ、自慢の看板は二枚とも大勢の者の前で負けている。さて、袁紹は領地へ帰った後、どれ程の民を徴兵するのでしょうね?」

 

 その問いは、誰かに向けられてはいない。

 

「くすくす……あの裁定の場で自分以上に領地を与えられた袁術、自分に先んじて都に寄付した曹操。袁紹は随分と彼女達に鋭い視線を向けていましたね」

 

 なおも、陛下の声が続く。

 

「袁紹の渤海の隣、豊かな(ぎょう)を有する韓馥は虎牢関での戦で袁紹に頼りにならない人物と見られました。加えて、中央から監査役が送られる事が決定しています」

 

 ……ああ、そう言う事か。

 

 つまり陛下は――

 

「袁術や曹操への嫉妬、韓馥への苛立ちと優越感。自己顕示欲の塊である袁紹が、与えられた土地を大人しく統治するだけで終わりますかね? ……くすくす」

 

 袁紹に自滅へと続く道筋を歩ませようとしているのだ。

 

「次に袁術。孫家寄りの豪族が多い廬江、荒れ果てた汝南。この二郡の統治、あの袁術に出来るでしょうか? ……まあ、袁紹同様、いずれ馬脚をあらわし、身中の虫に内から食い破られるでしょうね」

 

 唖然としたまま、言葉も出ない皆を他所に陛下の嗤い声は続く。

 

「さて、身中の……ではなく孫策、でしたか。朱儁将軍が気に掛けていたようでしたが……。そうですね、孫策が望みを果たした後に余計な野心を抱かなければ生かしておいても良いでしょう……くすくす」

 

 朱儁さんの名前が出たあたりで僅かに柔らかくなった声色が、その後すぐにまた凍りつくような冷たい色を帯びた。

 

「曹操。今日の午後に会ってみましたが……くす、なかなかに慎重な人物のようですね。濮陽と許昌を任せた事についても、特に気負いもしなければ慢心した様子も無い。しばらく、彼女の様子を観察してみるのも面白いかもしれませんね。生かすか……それとも潰すかどうかは、その後にでも……。くすくす」

 

 再びくるくると指で宙に円を描きながら、陛下は楽しそうに嗤う。

 

「王匡、張邈、鮑信、韓馥、橋瑁――これらは…………まあ、どうでもよいでしょう。遅かれ早かれ潰れるか……潰すとしましょうか」

 

 つまらなそうに言い切った陛下の指が止まった。

 

 

 

 

 

「さて、ここからは別の方達です。先ずは公孫賛……話してみてほっと出来る方でした。あまり自己主張をしない彼女のような人物は一緒にいて癒されますね」

 

 一転して、陛下の声と表情が穏やかになる。

 

「共にいた者達――沮授、陳到、田豫でしたか、彼女達にも好感が持てました。一刀様の盟友というだけではなく、彼女ならば幽州を良く治めてくれるでしょう」

 

 先程とはあまりに違う陛下の様子に、董卓さんや賈駆さんは目を白黒させていた。

 

「次に劉備。彼女は董卓、貴女と少し似ている……優しい雰囲気の方でしたね。付き従う者達のいずれもひとかどの人物……彼女達なら難しい徐州の統治も安心して任せられます」

 

 柔らかな笑みを董卓さんに向ける劉協様に、董卓さんはちょっと戸惑った様子で頷く。

 

「馬超ら西涼の軍ですが……実は今朝方に馬騰が参内しました。劉焉は今のところ動く様子が無いと判断した様です。ですが……そうですね、劉焉は騒乱に見舞われかけた洛陽の民達に向けて自分が帝位に就く正当性を述べた檄文を発してから挙兵する用意をしているのかもしれませんね」

 

 うん。以前に皆で相談していた時にも同じ様な意見は出たことがある。

 陛下のその言葉に、稟さんと風さんが頷いていた。

 

「尤も、今の洛陽の民が劉焉の声に耳を貸すとは到底思えませんが……ふふっ」

 

 先程とは違う、歳相応の微笑ましい笑顔を見せる陛下。

 

「へぅ……一刀さんが出られた後は、凄い声援でしたから……」

 

「月もボクもしばらく耳鳴りが止まらなかったくらいよ」

 

 陛下と同様に柔らかな笑みを浮かべる董卓さんと昨日のことを思い出したようで耳を塞ぐジェスチャーをする賈駆さん。

 

「うむ……近くで見ていたが、集った者達全てが声を張り上げていたようだぞ?」

 

 からかう様な笑みを口元に浮かべた星。

 

「お兄さんは女性だけでなく、男性も虜に出来るのですねー」

 

 ずれた発言の風さん。

 

「か、一刀殿は殿方も!? …………ぶーーーっ!!」

 

「何言ってるの風さん! って、おわーーっ!!?」

 

 迸る鮮血。

 

 

 

 

 

 ――しばらくしてから。

 

「……す、すびばせん一刀殿」

 

「白く輝く衣が、危うく血臭漂う衣になるところでしたねー」

 

 確かに、危なかった……だが風さんよ、稟さんの鼻血トリガーを引いたお前が言うな。

 

「……あ、えーと。では、董卓の事を話す……前に、一刀様についてお話します」

 

「はい」

 

「一刀様には九錫(きゅうしゃく)(皇帝より臣下に下賜される九種類の最高の恩賞で、通常は天子にのみ使用が許された品)を受け取って頂きますね」

 

「はい――は?」

 

「「えええええええーーーっ!!?」」

 

「へぅっ!?」

 

「なんと!?」

 

「おお、やりましたねお兄さん」

 

 さらっととんでもない事を言われて硬直した瞬間、賈駆さんと稟さんの叫びが鼓膜を直撃した。

 董卓さんや星が驚く中、風さんだけがいつもと変わらない。

 

「あ、一刀様の場合は当然"漢王朝の臣下に与える九錫"ではなく、私と同じで"天と地の仲介者が扱う"九錫ですからね? 天下に公布する文章にもそう記しておきますから」

 

「「「ナ、ナンデストーーーッ!!!?」」」

 

「ヘ、ヘゥーーッ!!?」

 

「おう兄ちゃん、やるじゃねえか」

 

 続けざまに落とされた爆弾に、片言の叫びを上げる皆と、風さん……は固まってて、宝譿が俺の肩を叩く。

 

「え……っと、良いんですか陛下? 仕来りとか……その、色々と」

 

「いえ、一刀様、それがですね? 私と同じ"天"から来られた方に差し上げる物は他に浮かばなかったもので……」

 

「…………解りました。北郷一刀、九錫を拝領いたします」

 

「……一刀様、私とは同じ立場ですので『拝領』はおかしいですよ?」

 

「……陛下が私を『様』付けで呼ばれないのなら、改めさせて戴きますよ?」

 

「「ぷっ」」

 

 一連の流れに、顔を見合わせた俺と陛下はどちらからとも無く吹き出した。

 

 

 

 

 

「――さて、これで話を董卓の元へと戻せます。…………えっと、大丈夫ですか董卓?」

 

「へ、へぅっ!? だ、大丈夫です陛下! 私は健康ですっ!」

 

「お、おちおち落ち着いて月!? ちょっとおかしな返事になってるから!」

 

 ……おー、二人共かなり動揺してるなぁ。

 

「董卓を相国として留めれば、劉焉に戦乱を起こす口実を与え、更には小うるさい袁紹らが再び集る要因となりそうなので……在任は出来そうもありません」

 

 肩を落として陛下はそう言った。

 

「私としては、相国でなくても董卓に残って欲しいのですが……今の、つまり先代や先々代が残した"負の遺産"の後片付けに董卓の才能を使うのは心苦しいですし、なにより天下にとって多大な損失であると私は考えます」

 

「へ、へぅ!?」

 

「董卓、貴女の才は民をいたわり、慈しむことが出来るもの。それを愚かな先帝らが残したモノに使い潰したくはありません」

 

「陛下……」

 

「また、豪族の中で私が最も信を置くのは貴女です。だからこそ、劉表、劉焉ら愚かな同族達への裁きをお願いしたい」

 

 そこで、陛下は董卓さんに頭を下げる。

 

「! 陛下っ、頭を、頭を上げてください!」

 

「そして――荊州と益州、その全てを統治して貰いたいのです」

 

 ゆっくりと頭を上げた陛下は、真っ直ぐに董卓さんの瞳を見据えた。

 

「――一刀様」

 

「はい」

 

 やにわに、陛下がこちらを向く。

 

「一刀様は確か、劉焉の元に赴いた方との約束の為、南へと向かわれるのですよね?」

 

「……洛陽はまだ完全に落ち着いている訳ではありません。いましばらく――」

 

「――一刀様、こちらは私が治めます。恐らく一年と経たずに益州で機が熟するでしょう……一刀様、貴方は行かなければなりません」

 

 ――ああ、そう言う事か。

 

 陛下はそこまで考えて――。

 

「天の御遣いは、都を追われた筈の董卓の元に赴き、その治世に力を貸す――」

 

 俺がそう言うと、はっと誰かが息を飲む音が聞こえた。

 

「これならば、荊南の民は董卓殿が反董卓連合の檄文に書かれたような人物だとは思わない。それどころか、天子様に近い方に認められた人物と期待するでしょう」

 

 俺の言いたい事を、稟さんが継いでくれる。

 目を合わせ、稟さんと頷き合った。

 

「益州の東は董卓さん、南はお兄さんと仲の良い雍闓さん達。北は馬騰さんや劉協様……劉焉さんは完全に囲まれましたねー」

 

 風さんが目を細め、陛下のように指をくるくると回す。

 

「月の声望も高まる。いや、高めてみせる! 軍だって……ボク達が持つ涼州騎兵……そこに荊州で鍛えた水軍も加えれば……」

 

 賈駆さんの目が輝いている。

 

「劉焉との因縁だけでなく、劉表とも決着がつけられる、か……ふふ、腕が鳴るな」

 

 星がいつもの笑みを浮かべた。

 

「へ、へぅ……一刀さん、よ、宜しくお願いします」

 

「うん。こちらこそ宜しくね」

 

 まだちょっと緊張している董卓さんを安心させるように、なるべく気軽な口調で返事をする。

 

「そうと決まれば、一刀様が董卓と共に荊南へ向かう事も公布しないといけませんね。――もし仮に、袁紹達が文句を言おうとも、一刀様の行動は天子である私が口を出す事ではありませんし……くすくす」

 

 話の締めに、陛下がちょっとだけ黒い笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 天馬†行空 二十六話目の投稿です。

 今回は、一刀への反応、前回の甘々に見える裁定の裏側に隠された劉協様の真意、張譲の真実をお送りしました。

 

 そして劉協様の裏モード発動。

 ……はい、連合諸侯と劉表、劉焉は怒らせてはいけない方――朝廷の表裏を知り尽くした張譲の智慧を受け継いだ者――を怒らせてしまったようです。

 

 

 さて次回は、今回わざとはしょった王允達『清流派』への罰や、益州の劉焉、一刀と董卓軍メンバーとの顔合わせについて触れたいと思います。

 

 二十七話目でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 


 
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