No.550525

天馬†行空 閑話 拠点の三 洛陽

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

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2013-03-02 20:09:14 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:7368   閲覧ユーザー数:4962

 

 

 

【舞台裏の御遣い】

 

 

 

「ほ、本日はお、お日柄も良く……そ、その……ぱ、白蓮ちゃ~ん。つ、続きお願いっ!」

 

「うええ!? あ、あーコホン! お、お足元の悪い中お越し戴き――」

 

「いやいやいや、すでに天候からして真反対になってるし」

 

「おお、新手の漫才ですかー」

 

 酒家『陽楽(ようらく)』(バイト先)で食事でもしながらお話でもと思い、城外に駐屯していた白蓮さんと桃香さん達を呼びに入ったところ、ガッチガチの二人に出迎えられた。

 

「一刀お兄ちゃん、久し振りなのだ!」

 

「おー、鈴々ちゃんも久し振り!」

 

 天幕に知ってる人は全員が揃っていたが、鈴々ちゃんだけが平然としている。

 

「えっと……何人か面識の無い方が居るので紹介して貰えませんか白蓮さん?」

 

「え、あ、う、うん。そそそそうだな! ま、先ず――」

 

「――私からですね。お初にお目にかかります御遣い様。私は姓を沮、名を授と申しまして、公孫賛殿の軍師をしておる者です」

 

 物凄くどもっている白蓮さんに、すらりとした体型の女性が助け舟を出した。

 おおっ! 沮授って言えば『三国志』では袁紹の軍師だった人じゃないか!

 ゲームとかじゃ知力が九十台はある人だったような…………白蓮さん、人材の募集もちゃんとやり始めたんだなぁ。

 柚子ちゃんや斎姫さんが来た時にすごく喜んでたし。これは、沮授さんが来た時は相当嬉しかったんじゃないかな?

 

「それから、真名は著莪と申します」

 

「! 良いんですか?」

 

「斎姫さんや柚子さん、なによりご主人殿が認めておられる方ですので……ぜひ、お受け取り下さいませ」

 

「分かりました。じゃあ、俺のことも一刀と呼んで下さい」

 

 では一刀どのと、と言って沮授さんはにっこり笑う。

 

「え、あ、そ、その、あ、あた、あたしは――」

 

「――ほらお姉様! そんな小さな声じゃ御遣い様に聞こえないよ!」

 

「あ、ああ。あたしは馬超、字は孟起(もうき)。涼州の馬騰の名代で来たんだ。み、御遣い様……その、よ、宜しくな!」

 

「同じく涼州から来ました馬岱でーす! お姉様の補佐で来ました!」

 

 次に、ポニーテールの子と、サイドポニーの子が順に挨拶してきた。

 

「君達が馬騰さんの……劉焉の謀略を阻む手伝いをしてくれて有り難う」

 

「あ、う、い、いやそんな。あたしは何も――」

 

「ええっと……御遣い様? わたし達はおばさまから来た指示に従ってただけで直接何かをした訳じゃ……」

 

「汜水関では交戦を避け、虎牢関では盧植さん達が来た時にすぐ戦いを止めてくれたでしょ?」

 

「あ……」

 

「劉焉が思い描いていたであろう泥沼の戦にならなかった。――本当に有り難う」

 

 ぎこちなく頭を振る二人にしっかり目を合わせてお礼を言う…………本当に、沢山の人の協力があってこその勝利だから。

 

「…………あぅ」

 

「……う」

(み、御遣い様、その笑顔は反則だよっ!)

 

 ありゃ……なんか馬超さん達俯いちゃったよ。

 う~ん、言葉が足りなかったのかな?

 

「勿論白蓮さんと桃香さんも。盧植さんに手紙を出してくれたお蔭ですぐに協力体制が築けた。それと、馬超さん達と同じで戦を止める力になって貰えた――有り難う御座いました」

 

「え、えへへ。一刀さんの力になれたなら嬉しいな、ねっ、白蓮ちゃん?」

 

「あ、ああ、そそそそうだな桃香。うん」

 

「白蓮殿、そろそろ落ち着きなされ」

 

「わ、わわ分かってるよ星!」

 

 まだあわあわしてる白蓮さんに星のツッコミが入る。

 

「はいお待ちどう! 北郷、料理並べるから卓を空けてくんな!」

 

「了解ですおかみさん」

 

『ええええええ!!?』

 

 丁度良いタイミングで料理を運んできたおかみさんから、皿を受け取って並べていると愛紗さんや孔明さんに何故か驚かれる。

 

「ど、どうかした愛紗さん? 何かおかしかったかな?」

 

「い、いえ、そうではないのですが…………いや、この場合おかしいのか?」

 

「は、はわわ……この店主さんは何者なんでしゅか?」

 

 何者と言われても…………。

 

「勤め先の店長だけど?」

 

「いや、本当にここで働いてたのかよ!」

 

「やだなぁ白蓮さん、手紙には街で働きながら動いてるって書いたじゃないですか……それにその時は俺、まだ『天の御遣い』じゃなかったんですよ?」

 

「あっ……そう言えばそうか」

 

「さっ、一旦話は止めて食べましょうか。料理が冷めてもマズイですし」

 

「賛成なのだー!」

 

 話している最中に皿を並べ終えたのでそう提案すると鈴々ちゃんが食い付いて来た。

 

「私も一緒して良いのか?」

 

「勿論ですよ華雄さん」

 

「そうか、では失礼する」

 

 一歩引いていた華雄さんにも席に付いてもらい、皆で昼食にする。

 食事をしながら、改めて全員がお互いに自己紹介をすることになった。

 

 閑話休題。

 

「そ、その……か、一刀様が洛陽でどのようなご活躍をされていたのかを聞かせて下しゃい! ……あぅ」

 

 食後のお茶をいただきながらまったりしていると、斜め向かいの士元さんが噛みながら尋ねてきた。

 

「ふむ、そう言えば概要だけで詳しい話は聞いていなかったな」

 

 そう言えば、星と合流してからも忙しかったので、陛下救出作戦についての話は大まかにしか説明してなかったりする。

 

「そういや、手紙に書いてあったのは麗羽が連合を興すかもしれない事と、董卓が洛陽をちゃんと治めている事だったっけ……なあ北郷、劉焉の事が手紙に書いてなかったのはどうしてなんだ?」

 

「劉焉が今回の黒幕であった事は汜水関で星に聞きました……ですが、裁定でその名が出なかったと聞き及びましたが」

 

 士元さんや星に続いて、白蓮さんと愛紗さんからも質問が来た。

 

「ん……そうだね。じゃあ、順に説明しようか。星と別れて行動を始めたあたりから何だけど……」

 

 そう、士壱さんから劉焉の関与を知らされた時点では"謎の老人"(張譲さんのこと)について陽楽のお客さんなどを中心として色んな人から情報収集をしていた訳だけれど……。

 実は、この時点で劉焉らと関係が有りそうな情報を幾つか仕入れていた訳で。

 

 一つ目が、袁紹らの宦官粛清の後、空いたばかりの趙忠の屋敷に一人の宦官が住み付き、ゴロツキを屋敷の警備に雇ったこと。

 二つ目が、流れの医者がその屋敷に入り、数日後に近くの街道脇にある林の中で死んでいた(背中を斬られていたという)こと。

 三つ目が、その屋敷の周りをうろついていた不審な男を、物乞いの老人(実は街の情報屋)が目撃していたこと。

 

 一つ目のものは、使用人を殆ど雇わずにゴロツキばかりを雇い入れていた事が引っ掛かっていたので、よく憶えていた。

 二つ目のものに関して、今考えれば陛下か偽の張譲が体調を崩したことがあったのかもしれない。……恐らくは、診療した後に口封じで殺されたんだと思う。

 旅人なら、道中で殺されていても賊にやられたと勘違いされてもおかしくないから……。

 三つ目だが、その不審な男は表口だけじゃなく、裏口付近や塀を見上げるような素振りをしていたらしい。また、情報屋さんが言う事には自分と同じ様な雰囲気を感じたのだそうだ。恐らくはどこぞの密偵だろう、とお爺さんは言っていた(ちなみに、この情報屋さんにも"謎の老人"の事を聞いたのだが正体は掴めなかった)。

 そうそう、士壱さんからも一つ情報が。後宮の園丁が一日だけ代わっていた日があり、しかもその園丁は近くを通りかかった十常侍となにやら話をしていたのだとか。

 間違いなく劉焉の手の者が動いていると察した俺達は、手分けをして動く事にした。

 唯一宮中に入れる士壱さんは、当然そちら関係の情報を集めるのと、協力してもらえる人探しに。

 俺は引き続き街での情報収集。特に、元趙忠の屋敷についての情報を集める方向で。

 士壱さんも俺も、重要と思われる情報が手に入った場合は一旦屋敷に帰る事にした。

 稟さんと風さんはどちらか一人が屋敷に残ってもらい、士壱さんが情報を入手した時には陽楽まで呼びに来て貰う事に。

 もう一人は俺と一緒に街での情報収集へ同行してもらった。

 こういった方針が決まって三日後、士壱さんが協力してくれそうな人を見つける。

 

 それが黄巾討伐で活躍し、白蓮さんと桃香さんの師匠でもある盧植さんだった。

 士壱さんの話では、盧植さん、皇甫嵩さん、朱儁さんは黄巾の乱で大功を挙げたにも係わらず、十常侍との折り合いが悪い所為で左遷されたのだと言う。

 皇甫嵩さんは宮殿外れの武器庫の番、朱儁さんは免職された上に軟禁状態。

 盧植さんは都の一角で病気療養――士壱さん調べではそういう名目で屋敷に篭っては居るが、密かに都の情勢を探っているのだとか――との事で、比較的繋ぎが取り易そうな上に、盧植さん自体も清廉な人柄で信頼が置けるのだとか。

 盧植さんの人柄に関しては、以前に白蓮さんからもちょっとだけ聞かされていたので賛成し、すぐに繋ぎを取るべく行動を開始した。

 しかしここでも問題が発覚。ある意味当然と言うべきか、盧植さんの屋敷は十常侍の配下が張り込んでいた。

 連絡を取るにしても堂々と正面から訪問する訳にも行かないので、こっそりと文を出そう、という事になり……。

 

「ここでお兄さんが面白いやり方で"手紙"を出したのですよー」

 

「面白い方法? …………矢文とか?」

 

「…………伯珪さん。それ、誰かに当たったらどうするんですかー?」

 

「うっ」

 

「そうだよ白蓮ちゃん。一刀さんはきっと…………手紙を小石くらいに丸めて投げ入れたんだよ!」

 

「射撃系の発想から離れようか」

 

 どれだけ射ち込みに命かけてると思われてるんだ俺は。

 

「……何かに忍び込ませて、です?」

 

 おっ。

 

「うん、柚子さん正解」

 

「あ……え、えへへ。褒められたのです」

 

「おほん! ……で、具体的にはどうやったのだ一刀?」

 

「あ、ああそれは――」

 

 星に急かされ、すぐに話し始める。

 ……盧植さんは陽楽を贔屓にして、三日に一度は出前を頼んでいた。

 その中に薄く切った豚肉を焼いたものがあったので、おかみさんに提案してやや幅広の串に刺して貰い、串自体に文字を焼き付ける。

 都合五本のそれに、要点だけを焼き付けて配達してみたところ、その日の内に「了解」と書かれた串が戻って来たのだ。

 

「…………ふむ。雛里ちゃん」

 

「うん、使えるかも……」

 

「成る程、確かに面白い手ですね」

 

 うお、軍師さん達から有り難い評価が…………必死に考えた甲斐が有ったなあ。

 

「一刀殿、一つお聞きしたいのですが、盧将軍がすぐに一刀殿達を信用されたのは何故ですか? その時点で一刀殿は御遣いを名乗ってはおられないですし……」

 

 そう言って、斎姫さんが首を傾げる。

 

「それは俺も不思議だったけど…………実はね、その時点で盧植さんは白蓮さんと桃香さんから手紙を受け取ってたんだ。それで、手紙に俺達のことが書いてあったからすぐにそれと解ったんだって」

 

「そうだったのか。いや、早めに出しといて良かったよ」

 

 白蓮さんが、ほっ、と息を吐き出し、桃香さんはニコニコしていた。

 

「さて、盧植さんと連絡が取れてからだけど――」 

 

 盧植さんの協力が得られたとは言え、元趙忠の屋敷に踏み込めば奴等が陛下に何をするか分からない。

 確実を期す為にもう一手何か欲しいところですね、との意見が風さんと稟さんからあったので、何かほかに情報が得られないか街で聞き込みをしていたところ、こちらでは……いや、この時代では無い筈の"花火"が置いてある工房を見つけた。

 見た目は完全に花火玉だったし、打ち上げ用の筒も置いてある。

 尤も、そこの職人さんたちは実際に打ち上げた事は無いらしく、作った本人(コウちゃん)からやり方だけを聞いていたそうだ。

 花火が見付かった事で、その日から二日後に、街で祭りが催される事を士壱さんや稟さんから聞いていた俺は一計を案じた。

 祭りが始まれば、屋敷を警護しているゴロツキ連中(兵士崩れや下町でたむろしていた面子ばかり)は気もそぞろになり、加えて"花火"も使えば絶対に仕事に身が入らなくなるだろう。

 そこを狙って屋敷に侵入、陛下を助け出して盧植さんに保護を願う、と言う作戦だ。

 早速皆のところに帰って作戦会議に移り、夜を徹して打ち合わせをした。

 明くる日に作戦が決まってから、俺は"天の御遣い"を名乗る決意をした訳で……実際にはかなり急に練った劉協様救出計画だったりする。

 

「夜空に大輪の花、ですか。それは見てみたかったですね」

 

「鈴々も見たいのだ! 一刀お兄ちゃん、まだはなび、ってあるのかー?」

 

「ゴメンね鈴々ちゃん、その日に打ち上げたので全部なんだ」

 

 あの時は作戦直前だったので、ろくすっぽ見ていなかった。

 稟さんや風さんはしっかり見ていたようで、二人共いつに無く興奮した様子でそのときの感想を語ってくれたっけ。

 

「さて、じゃあここで白蓮さんの質問に答えるよ。手紙に劉焉のことを書かなかったのは――」

 

「――手紙が私や桃香の下へ届く前に奪われる可能性が有ったから、だろ?」

 

「うん、その通りだよ白蓮さん」

 

 劉焉が門番の兵に成りすましてまで風評の操作をやっていたので、万が一にでも手紙が奪われたとき、俺達が事の裏を知っているのを気付かれれば…………確実にアウトだっただろう。

 なので、手紙には書かなかった。

 代わりに、星が「機会があれば、私が戦場で白蓮殿達に伝えよう」と言っていたのだ。

 

「では次に愛紗さんの質問への答えだけど……。これは素直にこちらの手落ち、だね。謀略の証拠を全て消されたから……」

 

 逃げた十常侍、都で暗躍していた間諜…………そのことごとくが、消えてしまった。

 

「証が無い故、裁定の場で事実を公表する事が出来なかった、と――!」

 

 愛紗さんが星から劉焉のことを聞かされた事は知っている……愛紗さんが相当激昂していたことも。

 握り締めた拳を震わせる愛紗さんを見て、俺もまた無意識の内に拳を握り締めていた。

 

「――劉焉は、俺が……いや、俺達がケリをつける」

 

 星の視線に気付き、言い直す。

 

「ああ…………やっと約束を果たす時が来たな、一刀」

 

「うん。……だから愛紗さん、こっちは任せて」

 

「一刀殿――あ、は、はいっ!」

 

 何故だかぼうっとしていたらしい愛紗さんが慌てて頷いた。

 

「白蓮さん、桃香さん」

 

「あ、はいっ!」

 

「あ、ああ、どうした北郷?」

 

「孔明さんや著莪さん達が気付いているかもしれないけど、隣接する袁紹、袁術には気を付けて」

 

 言葉を発した時、孔明さんに士元さん、柚子さんと著莪さんが顔を強張らせる。

 

「……うん、わかった。有り難う、一刀さん」

 

「……北郷も沮授や田豫と同じ意見か…………分かった、気を付けるよ」

 

 それは白蓮さんや桃香さんも同じだったらしく、引き締まった顔で頷いてくれた。

 

「さて、っと……難しい話はここまでにしようか。馬超さん、馬岱さん、華雄さんも……退屈させてすみませんでした」

 

「あ、い、いやあたしは別に退屈なんて――」

 

「――一刀様の顔を見つめてたから退屈しなかったもんね、お姉様は」

 

「な、な、なななななななな――――っ!!? た、蒲公英ーーっ!!」

 

「きゃーーーーっ!」

 

 あたふたと両手を振る馬超さんの耳元で馬岱さんが何かを囁くと、顔を真っ赤にした馬超さんが嬉しそうな悲鳴を上げる馬岱さんを追い掛けて出て行ってしまう。

 

「いや、退屈はしなかった。寧ろ興味深い話だったぞ」

 

 華雄さんは茶碗をゆっくりと傾けながら、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

【飛将の武】

 

 

 

 ――久し振りに手合わせがしたい。

 

 斎姫だけでなく愛紗や鈴々にも乞われて洛陽の練兵場へと足を向けた星は、訓練をしに行く霞や華雄らと合流した。

 練兵場に到着し、早速陳到が広場に踏み出そうとすると、中央に四人の人影が見える。

 一人を前に三人が相対する形だ。

 

「先客が居たようですね」

 

「なに、邪魔にならぬよう離れてやれば良い」

 

 明け方から立ち込めていた霧がまだ残っている所為で視界がぼんやりとしているが、練兵場は朝早くから訓練をする者が多いと聞いていた星は構う事無く広場の右手側に歩き出す。

 

「ん~…………お、あれは恋やね。……相手は」

 

「皇甫将軍達だな」

 

 中央の人影に目を凝らしていた霞と華雄の声に、愛紗、鈴々、星、斎姫の足が止まった。

 

 

 

 

 

 ――中央。

 

「準備は良いか?」

 

「……いつでもいい」

 

「三人がかりは気が乗らんのう」

 

「ぼやかないの公偉」

 

 方天画戟を肩に担ぎ、皇甫嵩ら三人と相対する恋の表情は常となんら変わらない。

 逆に、離れて見守るねねの方が緊張して声も出せない有様だ。

 微動だにせず自分達を見つめている恋を前に、三人は各々の得物を構え、

 

「では参る」

 

 間髪入れず、皇甫嵩が弾かれたように飛び出した。

 右手に持つ剣は既に紅い光を帯びており、首からたなびく紅い布と相まって、宙に二条の鮮やかな線を引く。

 

 ――しゅっ

 

 気合の声すら上げず、閃いた剣閃は恋の眼前、まさに髪の毛一本分のところを薙いでいた。

 僅かに後方へ下がって初太刀をかわした恋が次の動作に移るよりも早く、皇甫嵩の小柄な身体が恋の懐へと滑り込む。

 

「――ふっ」

 

 低い姿勢のまま、恋の軸足を皇甫嵩の右足が刈り取らんと迫る。

 

「遅い」

 

 その動きを見切っていた恋は、動ずる事無く素早く左手に持ち替えた戟を蹴りの軌道に立てた。

 勢いのついた蹴り足を止める事も出来ず、皇甫嵩は辛うじて戟の柄を踵で蹴り付け、反動で間合いを――

 

「まだだ」

 

 取る事無く、"紅い光を帯びた"左足のつま先を恋の右脇腹目掛けて突き刺すように繰り出す。

 

「――っ!?」

 

 右足で戟を蹴った反動で、皇甫嵩は恋の右手側――ほぼ真横――へ跳んでいた。

 敬愛する主へと迫る軍靴の先に灯る血の様な輝きを見て、ねねは声にならない悲鳴を漏らす。

 

 ――だが、必殺と思われたその一撃に対する恋の一手は、見る者全てを驚嘆させた。

 

「ちょっと、びっくりした」

 

 虚空に紅い先を描きながら迫るそれを、

 

『――――なっ!!?』

 

 恋は、振り向く事無く右手で足首を掴み取ったのだ。

 

「一人」

 

 そのまま恋は、右手一本で皇甫嵩を左手側――今まさに自分へと迫っていた盧植へと投げつけた。

 

「!」

 

 怜悧な面に一瞬驚愕の色を浮かべ、しかし盧植は足に力を込めて左前方へと跳ぶことでそれをかわし、そのまま後方へと斧を振るう。

 皇甫嵩をかわした時点で恋を通り越していた子幹は、振るった刃にぎん、と重い手応えを感じ、素早く踵を返しながら得物を引き寄せ、

 

(――っ!? 速い!)

 

 既に自分へと向き直り、戟を振り下ろさんとしていた呂布を認めると、下段から掬い上げる様に斬撃を放ち迎え撃つ。

 

 ――ずがんっ!!!

 

「くっ!?」

 

 "気"を巡らせた両腕に尋常ではないしびれが走り、続けざまに繰り出された二太刀目を受けきれず、盧植は後方に吹き飛ばされた。

 

「二人――!」

 

 ――きゅどっ!!

 

 恋が呟くと同時、反射的に構えた戟を重い衝撃が襲い、

 

 ――轟ッ!!!

 

 渦巻く炎が彼女を包み込む。

 

「…………ほう」

 

 赤々とした灯に照らされた朱儁は渦の中心を見つめ、感嘆の吐息を漏らした。

 

「戟を回して巻き込みおったか。……やるのう」

 

 渦が消えると、戟の切っ先に残り火を纏わせた恋の姿がある。

 紅の少女は、くるりと戟を回転させて火を消すと再び肩に担いだ。

 

「……ふふ、久方振りに血が滾りおるわい」

 

 左右へ真っ直ぐ伸ばした朱公偉の"両腕"が、紅蓮の炎に包まれた。

 

「往くぞ。一つ!」

 

 掛け声と共に、朱儁の右腕が空を裂く。

 拳撃と、先程の一撃以上に膨れ上がった炎が恋へと迫り、

 

「二つ!」

 

 間を置かず、左腕が唸りを上げる。

 初撃を追いかけるように、二撃目が轟いた。

 

「――――っ!」

 

 ――衝撃、そして炎。

 迫り来るそれを前にして、恋は僅かな気合の声と共に戟を構え――。

 

 ――ごうっ!!!!!

 

『――――なぁっ!!?』

 

「……斬ったか」

 

 一太刀。

 上段から振り下ろされた方天画戟が、紅蓮の嵐を二つに割っていた。

 燐光のように火の粉が散る中で、恋は煤で黒く汚れる事も無く、ましてや服に焦げ目の一つも無い。

 固唾を飲んで見つめていた者達の驚愕の声に続き、朱公偉はそう呟くと肩の力を抜いた。

 

「……終わり?」

 

「ふふ……ああ! ぬしの勝ちじゃ!」

 

 戦意を霧散させた自身を見て小首を傾げた恋に、公偉は笑顔でそう宣言する。

 

「三人でも無理、か。間を空けず連携を取ったつもりだったが……」

 

「ああもあっさり受け流されるなんてね。…………痛っ、しかしここまで重い一撃を受けたのも久し振りね」

 

 服についた土を払いながら立ち上がった二人も、(皇甫嵩はどうか判らないが)清々しい表情だった。

 

 

 

 

 

 ――それは、一分にも満たない剣舞。

 

『…………………………』

 

 嵐が過ぎ去った練兵場。しかし、観戦していた者達は一様に呆然としていた。

 夏侯惇に季衣、流琉そして凪ら曹操軍の面子。

 孫策、黄蓋、周泰の三人と馬超。

 いつの間にやら人が増えていた練兵場は勝負が終わった今も静まり返っている。

 

「呂奉先。手合わせ、感謝する」

 

「有り難う奉先さん。良い訓練になったわ」

 

「うむ。次があればまた宜しく頼むぞ」

 

 三将軍が一礼して踵を返すと、やっと沈黙の呪縛が解けたのか、観戦していた者全てが息を大きく吐き出す。

 次に、武人達が四人の元へと走り出した。

 

「呂布! 次は鈴々と勝負するのだー!!」

 

「待て鈴々! 私が先だ!」

 

「ええいどけ! 私が先に決まっているだろう!!」

 

「ちょっと待った! あたしも居るぞ!!」

 

 鈴々、愛紗、春蘭、翠の四人が競うように恋へと走る。

 

「――待ってっ!!」

 

「お願いします! 私達に稽古をつけてください!」

 

「わ、私もお願いしますっ!」

 

 足早にその場を立ち去ろうとする皇甫嵩を季衣と流琉、明命が呼び止めた。

 

「子幹さん、ウチと勝負してもらえんやろか?」

 

「わわわ私も! ぜひ一手、手合わせをお願いしたく!!」

 

 霞と凪は盧植の元へと向かい、

 

「朱将軍、私と手合わせ願いたい!!」

 

「ならば、儂も名乗りを上げさせてもらうとするかの」

 

 華雄と祭が朱儁に向かって行く。

 

「師匠は、あちらへ行かれなくても?」

 

「お主との先約があろうが。さて、やるぞ?」

 

「――はいっ!」

 

 不安そうな顔で自分に尋ねる陳到を安心させるように、星はおもむろに間合いを取ると、槍を構える。

 

 

 

 

 

「……なんで、なんで呂布には両手を遣ってるのよー!! 私の時は片手だったのにーー!!!」

 

「本気でやってたら消し炭になってたじゃろうが! 小童に両手はまだ早いわ!!」

 

「あーーーー!! また小童って言ったー!!!」

 

 ぶーたれる雪蓮に、公偉は呆れたように怒鳴り返した。

 

 

 

 

 

 

 

【或る師弟の昼下がり】

 

 

 

「――あっ」

 

「――む」

 

 洛陽の大通りに面した茶屋の一角。

 混雑する時間帯らしく、珍しく一人で訪れていた七乃は、空いていた席に見知った顔が座っていたのを見つけて硬直した。

 

「七乃か……久しいな」

 

 昔も今も変わらぬ鉄面皮、黒衣の小さな将軍が一人で茶を啜っている。

 

「あ、あははー。先生もお久し振りです」

 

 空いた席を視線で示され、七乃は恐る恐る皇甫嵩の真向かいの席に座った。

 

「……ふぅ。…………お前が寿春に移って、五年になるか」

 

「はい。……あ、すみません」

 

 茶を飲み干すと、皇甫嵩は空いていた別の茶碗に茶を注いで七乃の前に置く。

 礼を言って、七乃は碗に口をつけた。

 

「……ふう」

 

 鼻腔に広がる芳醇な香りに、七乃は思わず溜息を吐く。

 一杯目を飲み干す頃には、自分が頼んだ茶と、杏仁豆腐が運ばれて来た。

 

「先生」

 

「む、すまぬな」

 

 自分の分の急須を取って、七乃は小さな師の茶碗に茶を注ぐ。

 

「……先生、ちょーっとお聞きしたい事があるのですが」

 

「なんだ?」

 

「いえ、たいした事ではないのですが……虎牢関で兵を率いられなかったのはどうしてかなー? と思いまして」

 

「私がそれをすればどうなっていたかは分かるだろう、七乃?」

 

「はい、解った上でお聞きしたいのですが……勅命、ですか」

 

「…………」

 

「何故、とお聞きしても、答えては戴けないのでしょうね?」

 

 図星だったらしい。口を噤んだ師を見て、七乃もまたそれ以上の追及を避けた。

 

 

 

 

 

 それからしばし、互いに無言のまま、お茶を啜る音と器に当たる匙の音だけが響く。

 茶碗を口に運んでいた七乃はふと、皇甫嵩の元で軍学を学んでいた頃を思い出す。

 

 ……当時、袁術はまだ幼く、その後ろ盾となって権力を得ようとする不心得物が多かった。

 そういった輩を粗方一掃した七乃は、内に対する謀略だけでなく、外からの脅威に対する力を欲して面識のあった皇甫嵩に師事を仰いだのである。

 無論、小さな主命の七乃が美羽を置いて一人で洛陽に赴く訳はなく、ちょうど美羽が洛陽勤めとなったのと重なったので、思い立ったのだ。

 

 かくして、美羽が都に留まった三年の間、七乃は皇甫嵩の元で軍学を学んだ。

 あまり遣えなかった剣も鍛錬した(強制的に続けさせられたとも言う)お蔭でそこそこの腕前には達している。

 

(……我ながら、よく三年もこの人のしごきに耐えられたものですねー)

 

 指揮の訓練は賊や五胡などの討伐へ連れて行かれての実践。剣の稽古は言わずもがな。

 文字通り身体に叩き込む修練を三年間みっちり七乃は続けたのである。

 目の中に入れても痛くないほど溺愛している美羽の為とは言え、何度挫けそうになったかわからない。

 だがその度に七乃は、美羽と、これでもかと言うほどに可愛らしい衣装を着せた鬼教官が並んだ姿を想像(妄想)して耐え切ったのだ。

 

(…………しかし、先生はホント変わりませんねー。背格好なんかお嬢様と同じ位ですし)

 

 茶碗を傾けながら鬼……もとい皇甫嵩へと視線を向ける七乃。

 

(髪もお嬢様と同じくらいの長さで、どんな手入れをしているのか分かりませんがいつも綺麗ですし。服装は……ちょっと難ありですけど)

 

 そう言えばこの服以外の格好を見たことが無かったですねー、と七乃は思い出した。

 

(服を着替えて…………あと、もうちょっと表情が動けば先生も可愛いんですけどねー)

 

「――どうした?」

 

「い、いえいえ何も~」

 

 眼前の鬼教官を、脳内で美羽と一緒に着せ替えしていた七乃は、その平坦な声で現実に引き戻される。

 内心の焦りをおくびにも出さず、七乃は愛想笑いを浮かべて誤魔化しにかかった。

 

(おっと危ない。……先生の前では何時もの調子で喋る訳には行きませんからね)

 

 疑いの眼差し(のように七乃には思えた)で自分を見る皇甫嵩を敢えて無視すると、七乃は更に残っていた杏仁豆腐の最後の一口を食べ終えて椅子から腰を浮かす。

 

「すみません先生。お嬢様を迎えに行く時間ですので、お先に失礼します」

 

「そうか、気をつけてな」

 

 帽子を取ってお辞儀をする七乃に皇甫嵩も会釈をする。

 ばれなかったようですね、と内心胸を撫で下ろしながら踵を返して歩き出す七乃の背に、

 

「まあ、妄想も程々にしておけ」

 

 皇甫嵩は苦笑混じりの、何時もとは違ってやや感情がこもった声を掛けたのだった。

 

(ば、ばれてましたー!? …………?)

 

 てっきり怒られるものと考え、首をすくめた七乃はしばらくしても雷が落ちないのを不思議に思って振り向くと、

 

(あれは文醜ちゃんと顔良ちゃんですか…………こちらに来るようですけど)

 

 横を向いている小さな教官の視線の先に、袁紹配下の二人組を見つける。

 

(なにか嫌な予感がしますねー……少し離れてましょうか)

 

 背筋を走る悪寒にも似たその予感を信じて、七乃は師の席から距離を取った。

 

「あーーっ! あの時のチビスケ!!」

 

 案の定と言うべきか、こちらに気付いた文醜が、周りの迷惑を考えないくらい大きな声で皇甫嵩を指差す。

 

「ぶ、文ちゃん!? ――す、すみません皇甫将軍! ほ、ほら文ちゃんも頭下げて!」

 

「何だよ斗詩、コイツがあたいと斗詩の武器をすっぱり斬ってくれた所為で、修理に余計な金を使わないといけないんだぜ!?」

 

(あらら、文醜ちゃんはホント命知らずですねー)

 

 鼻息も荒く、どすどすと皇甫嵩に迫る猪々子を斗詩が必死に引き止め、七乃は離れてのんびりと見物していた。

 

「……戦場で得物が破損することくらいは承知の上。それが武人の気構えだろう?」

 

 猪々子の理不尽な文句に動じる事無く、義真はゆっくりと茶を啜っている。

 

「皇甫将軍の言う通りだよ文ちゃん! ほら早く謝って!」

 

 斗詩が猪々子の前に立って、必死に言い募ると猪々子はショックを受けたようによろめいた。

 

「……な、なんだよ斗詩、あたいよりこんなチビスケがいいのか!?」

 

(発想が二段階くらい飛躍しましたね~)

 

「な、何言ってるの文ちゃん!?」

 

「斗詩は子供くらいちっちゃくないと駄目なのか!? でもコイツは、クロチビスケだぞ!!」

 

「ちょ、文ちゃ~~ん!!?」

 

 唐突に斜め上の方向へとカッ飛んだ猪々子の暴言に、斗詩は真っ青になりながら突っ込みを入れる。

 

「ま、まさか斗詩、それとも――」

 

「ぶ、文ちゃん! もういいから黙っ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あんな"ぺたんこ"がいいのかッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日、洛陽の市内で惨劇の場に立ち合わせていた、仮名:お嬢様大好きさんはそのときの様子をこう語っている。

 

 先、皇甫嵩さんと文醜ちゃんの距離ですか? そうですねー……大体、七歩位は空いてましたね。

 私なら、う~ん……頑張ったら二歩くらいまでは縮められますけど……ええ。

 はい、瞬きの内でした。

 こう、宙で一回、……いや三回転くらいです…………だったと思います、多分。

 突風みたいな音がしましたよ。

 ええ、そのまま地面に。

 思ったより音は小さかったですよ。手加減されてたんでしょうね、あはは。

 え? それで終わったのか、ですか?

 あははー。

 

 ――そんな訳ないじゃないですか。

 

 それから次にですねー、竹簡が降り注いだんですよ。

 そう、"降り注いだ"んです。比喩じゃないですよ?

 その時ですか? ……そうですね。

 確か道の脇で、はわわ、とかあわわ、とか声がしていたと思います。

 

 しばらくして竹簡の山から文醜ちゃんが這い出して来たんですけど……ええ、猫です。

 どこから集ったのか分かりませんけど、猫の大群が文醜ちゃんの上を踏みながら通過していったんですよ。

 はい、すごい勢いでしたね。まるで鋒矢陣みたいでした。

 ……そう言えば、群れの先頭に変な女の子がいましたね。

 頭に妙な人形を乗せて……濃い桃色と薄い桃色の渦巻き模様の飴を咥えてました。 

 で、ですね。文醜ちゃんがよろめきながら立ち上がって一歩踏み出した瞬間…………え、嫌ですねえ、急かさなくても話しますよ~。

 

 ――穴です。

 え、ああ落とし穴ですよ。

 そう、何の前触れも無くポッカリと。

 文醜ちゃん、面白い顔して落ちましたよ~。

 え、趣味が悪い? 失礼ですねー。

 ……落ちてからですか?

 はい、それで終わりませんでしたよ。

 猫耳みたいな頭巾を被った女性がどこからともなくやって来て、呪詛を漏らしながら穴の上で木桶をひっくり返してました。

 

 ――え? 中に何が入っていた、ですか?

 

 聞かないほうがいいと思いますよ?

 

 ……仕方ないですねー、後悔しますよ?

 

 

 

 

 

 あの中にはですね、桶一杯のなめく――(ここで証言は途切れている)

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました! 天馬†行空 閑話 拠点の三 洛陽をお届けします。

 前回までシリアスが多かったので今回は肩の力を抜いて書けました。

 以下、今回の話への簡単なコメントをば。

 

【舞台裏の御遣い】

 ・十九話目ではしょられた部分についてでした。

 ・二十話目にも繋がっております。

 ・華雄さんマジ良い聞き手。

 

【飛翔の武】

 ・朱儁の喋りを抜かせば始まりから決着まで十秒ちょい……かな。

 ・怪我人(某孫家の主さん)自重しろマジで。

 

【或る師弟の昼下がり】

 ・脳内師匠はゴスロリ。色は黒か白で。

 ・貧乳党(現段階では未結成且つあと一人は洛陽に居ない)の連続コンボ。猪々子、南無。

 ・取材に当たっていた記者が木桶の中身を知って限界に達した為、取材は途中で打ち切りになりました。

 

 次回は南の方の拠点を書く予定です。

 久し振りの竜胆さんやかし……輝森さん達の話になるかと。

 

 次回拠点の四でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 


 
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