「しっかし、よくあの永琳が折れたわねえ」
固まり気味の身体のあちこちををぐぐっと伸ばしながら、復帰したばかりの霊夢が不思議そうな顔を浮かべている。なにやらぶつぶつと呟きながら考え事もしているようだが、それにしてもパチュリーから事情説明を聞いて一番に出た言葉がこれだ。苦労をして霊夢たちの復活を勝ちとったレミリアには、『まず自分たちへ声をかけてしかるべきだろう』という思いがあった。
「ねえ、霊夢。私たちはそれなりに頑張ってあなたたちを復活させたのよ。ちょっとは感謝の言葉とか、かけてくれてもいいんじゃない?先に復活させた美鈴なんか泣いて喜んだ上に、すぐさまお返しできるようにって、あっちでトレーニング始めちゃってるわよ」
「そりゃまあ、ねえ。感謝くらいしてるわよ。ミスって迷惑かけたんだからね。まあそれは今後の働きで返すとして、もっと大事な話があるでしょ。魔理沙のこともあるし……ねえアリス、あんたはなんか聞いてないの?」
「そうね。本来はプレイヤーからの要望による特例は絶対にありえないことなのだけれど……まあ色々と事情があるみたいよ。今回の一件は完全に予想外の事態らしくてね、例外中の例外なんだぞって念を押しがしつこいったら。依頼者側の閻魔も紫も上役も責任者も総出で次から次へと同じことを……私に言われても知ったことじゃないっての!まともに聞く気にもなれなかったわ」
やれやれといった風に手のひらをひらひらさせて、アリス・マーガトロイドが誰にともなく愚痴る。この迷宮探索依頼にあまり乗り気ではなかったことから、依頼者側の是非局直庁や八雲紫らと、実動部隊の紅魔館や博麗霊夢らとのつなぎ役を担当している。地味な事務処理や報告関連も、ほぼ全てをつなぎ役経由で行うという契約になっているので、ある意味では重要な位置にいる。
「ああ、あと”重要”って判子のある連絡事項が一つ。ざっくり言うと『そんなに油断しきっていると、早々に壊滅するから注意しろ』ってことが書いてあるわ。でももう体で理解しちゃったみたいだから、これもいらないわね」
まとめられた数枚の書類を手に持って、ぱらぱらと見せびらかす。
「いらないわ。正直、昨日からからずっと自らの愚かさに恥じ入っているところだから。魔理沙のこともあった今、悪いけどちょっと本気にならせてもらう。さっさと終わらせて、この胸糞の悪い迷宮が何なのかってことを暴き切ってやる」
笑みのような表情で口調もほぼ変わらなくはあったのだが、アリスが「怖いわねえ」とぼやく程度には真剣に。レミリアは、自分の思いを正直に吐き出した。咲夜も思うところがあるのか、「お供します」という口調の裏には主以上の気持ちが込められていた。そしてもう一人、パチュリーは――――
「あ、レミィ。その件なんだけど、ちょっとお願いがあるの」
盛り上がっているレミリアへ向けて、ちょっと暗めの小さな声がかかる。
「私を、この迷宮探索から下ろしてくれないかしら」
その発言は、内容の重要性とは裏腹に淡々と告げられた。
『私の体力では、今後使われるであろう相手の魔法に耐えられない』
魔法使い・パチュリーの判断理由は至極単純なものだった。
『今はまだ物理攻撃ばかりだけれど、下層になればいつかは魔法が飛び交うのは目に見えている。ひょっとすると炎を吐くような敵もいるかもしれない。はたまた飛び道具で後を狙われるかもしれない。その時、2・3発で倒れるようでは後衛すらこなせはしない。必ず足手まといになるのだから、先に探索から下ろしてくれ』という論旨のことを延々と語っていった。
「とは言ってもね、パチェ。最大火力のが抜けたらちょっとキツいわよ。魔理沙もしばらくは抜けるって話なんだから、魔法使いが一人もいなくなっちゃうじゃない。魔法を使う敵が出るっていうなら、きっと物理攻撃に抵抗のある敵も出てくるようになるわ。将来を語るなら、打つ手が無くなることの方が問題あるわよ」
「そうね。私も代わりの魔法使いは必須だと思う。だから、アリス。代わりに行ってちょうだい」
「はあっ?!」
アリスはすでに言いたいことを言い終わったので、勝手にお茶を淹れてくつろいでいた。まさかこの流れで自分に話を振られるとは思っていなかったために、うっかり生返事をしてしまった。だから、パチュリーの追撃を許してしまうことになる。
「純粋に魔法使いを名乗っているのは魔理沙と私とアリスだけなのだから、こうなればもうアリスが行くしかないのよ。つなぎ役は、まあ相手は嫌がるだろうけど私がやるから安心して行っていいわ。やると言ったことは如何なる手段を駆使してでもやり遂げるから豪華客船にでも乗ったつもりでいなさいな」
「えっ、ええっ?!ちょっ、私イヤって言っておいたじゃない。全ての始まりから今までずーっと、ずーっと探索はゴメンだって言い続けてきたのよ。それに、もうつなぎ役で色々と都合の悪い話も聞いちゃってるんだから、依頼主側が認めるはずないもの。無理よ」
と言うアリスは、遅い。否定が遅く、拒絶が遅く、切り出しが遅い。さらには、弱い。理由が弱い、根拠が弱い、意志が弱い。何もかもが温過ぎるから、その主張は容易く切り捨てられることになる。
すでに。紅魔館の交渉担当パチュリー・ノーレッジは、この話を切り出す以前から決定している。己の理想とする形を想定して、道筋を策定して、実行することを決定している。月に行くなら月に行く手法を探し、幻想郷へ行くなら館ごと乗りこむ手段を行使する。成功する術を見つけるまでは決して動かず、目的を達成できると判断すれば全能力を駆使して一気に事を成し遂げる。それがパチュリーのやり方だった。動かないのは、時が来ていないから。そして、時が来れば一気に終わらせるので、動いていない期間が長い。図書館に籠っているから、身体が弱いから、魔法使いだから、頭がいいから、動きが鈍いから。そんな印象でパチュリーを判断するくらいならば、紅魔館の一員かつレミリアの”友人”であるという完全な事実から実態を想像するべきだろう。
つまるところ、パチュリーは探索の成功のために自分が動きべき条件がそろったと判断したのだ。熟考の上、今ある駒をどう配置することが最適であるか、どう再編成すべきか、これからどう動くべきかをはじき出し終えている。であるならば、後は交渉を専門としているパチュリーの一人舞台である。
「じゃあ、そのあたりは私が話すわ。まず、この微妙な判断を下せるようなお偉方と会う機会が欲しいわね。どうせこの後、私たちに会って話した内容と今後の方向性を報告するんでしょ?その時にでも一緒に行きましょうか。二度手間になるかもしれないけれど、直近の担当にも軽く話を通しておいた方がいいでしょうね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。だから、つなぎ役を通してっていう契約が」
「その契約をよく読んでみなさい。私はレミィに連れ出されただけだから読んでなんかいないけれど、終わりごろに例外事項がまとめて書いてある。っていうか、通常の契約ってのは”何かあった時には相談して決める”って項目が含まれるようになっているのよ。是非曲直庁みたいなまとも極まりないところと交わす契約なら、必ずその記述がある。契約を盾に拒否したいなら、該当項目が無いことを証明してみせなさい」
アリスが珍しくばたばたと足音を立てて部屋の奥へと消える。パチュリーは『几帳面なアリスだから、重要書類の類を写して持っているだろう』とあたりをつけていた。こと営業に携わるものは、問いかけに答えられる用意をしておかねばならない。契約者双方の間に立つものはさらに、双方に正確な情報を提供できるようにしておかねば、間に存在する意味がない。アリスなら経験が足りなくても気付いているだろうという、パチュリーなりの信頼である。
「まあ、紅魔館が公的に交わす契約にすら含める項目なのよねえ。無ければ無いで、通例に反する契約であるとして契約不備の申し立てという流れになっちゃうから、今から一緒に行ってもらうってことは変わりようがないのだけれど」
と、呟く声はアリスに届くはずもなかった。今頃は人形で書いた契約書の写しを読み返していることだろう。
そこに憮然とした様子のレミリアから、
「パチェ!そんなの私の契約にはなかったわよっ!!」
という声が飛んできた。自分の契約はまともじゃないのか、とでも言いたげな雰囲気だ。
「ぷっ……あははははっ!」
しかしパチュリーは、めったに見せない大笑いでその言葉を受け止めた。
「くくっ。ね、ねぇレミィ……まさか、こわーいこわい吸血鬼の契約に”揉め事を避けるための項目”を入れろって言うの?」
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迷宮外(白玉楼):参謀役の意外な発言と復活する少女たち