レミリアの口は止まらない。完全に黙り込んだパチュリーをものともせず、とぼけたような口調で次の言葉を吐き出していく。
「……こういう時、人間はどう言うのだったっけ?まあ私たちの言葉で言えば”契約”よね。略式ではあるけれど、確かに私たちは契約を結んだはずよ。そうでしょう?だから、それが履行されないとなると、私たちの世界ではその償いを求めることになくてはいけないの。人間でも事の大小はあれ、同じような仕組みになっていると聞いているわ。ねえ、私たちは今、この償いを要求できるのかしら?野暮なことは言いたくないのだけれど、これだけの事になるとねえ。確認を取っておく方がお互いのためになると思うのよ。だから私たちは、今ここにいる。そして、今この時に答えを頂けると信じているのよ」
紙に向かってさらさらと書き物をしていた手が、止まった。ほんの一秒弱の間をおいて、永琳はそっと息を吐いた。
「ええ、そうね。私もお互いのために、しっかりと話をつけておくべきだと思っているわ。確かに永遠亭診療所は為すと言ったことを為すことができなかった。あなた方の対価の有無を問うまでもなく、こちらが対価に見合ったものを提供する用意ができなかった時点で、あなたの言う”契約”に反している。もちろん、その責は負わなければならない。責任者である私、八意永琳の名において”償いをするつもりはある”と答えさせて頂くわ。もちろん限度はあるのだけれど……」
永琳はすっと椅子を立ち、レミリアと正対するように座り直して初めて目と目を合わせた。
「まずは、要求を聞かせてもらおうかしら」
その顔は、とても真剣なものだった。
ふふ――――と、吸血鬼が嗤う。
「そう気張らなくていいわよ。私はね、無茶を言うつもりなんてないの」
永琳の視線をさらりとかわして。レミリアは軽い口調のまま、永琳の真剣さを受け取ろうとはしなかった。永琳に取り次ぎを願ってからというもの、ずっとこの調子だ。話の中身をみれば、永遠亭にとっては今後に著しく影響しかねない信用問題で、レミリアにとっては迷宮探索が続けられるかどうかの瀬戸際である。方や書き物をしながら話を聞き、方や気軽に話をする。まるで真剣みに欠ける会談の始まりではあったが、永琳はようやく真剣さを表に出し始めていた。ならば、レミリアも。相手に合わせることなく、一気に決めにいく。
「ただね、何らかの事情で復帰できない者がいるのなら、あなたの力で復帰できる者というのもいるんじゃないかと思うのよ。それも、2人ほど。あの兎が言うには呪文一発で治るそうだから、ちょっと償いとしては程遠いような気もするのだけれど」
永琳の表情は、そのままだった。全く変わらず、レミリアを見続けていた。
「魔理沙の自身に関しては、償いとは別の話にさせてもらうわ。復帰できる段階になったら教えて頂戴。その時には、適切な料金を支払うことを約束する……だって。幻想郷の永遠亭ではお金にこだわらなかったあなたが、ここではやけにこだわる。何か、理由があるのでしょう?あの八意永琳が、無意味なことなど要求するはずがないのだから。正直、わからないことだらけだけど、私としては出来る限りそのやり方を尊重していきたいと思っているの。イレギュラーな要求をすることはこれを限りにするつもりよ」
途中、ほんの少しだけ永琳の眉が傾きを増した。が、それ以外は微動だにしなかった。
「ああ。わかってくれているとは思うのだけれど、一応これも口にしておきましょう。今回はね、私という吸血鬼の歴史上で最も条件を緩く設定したの。これ以上はないというくらいにあま~い、あまい、悪魔の囁きのような償いにしているわ。普段ならこんなことはあり得ないから、知恵のある者なら裏があるだろうって勘繰ってくることでしょう。でもね、今回に限っては、な~んの罠も裏も危険もないの。だって、魔理沙に何らかのトラブルがあったとしても、それはあなたのせいじゃないって思うから。だからこそ冷静になって、理性的な範囲で容易く支払えるであろう対価を要求しているだけ。言葉にしたくはないけれど、これも一種の信頼の証しだと思って欲しい。さあ――――」
そっと目を閉じて、永琳は大きく息を吐いた。
「返答をお願いするわ」
レミリアはにっこりと笑いながら、その小さな両手を広げ、高らかに答えを求めた。
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迷宮外(永遠亭診療所):ちぐはぐな会談と結論する少女たち