No.507980

中二病でも恋がしたい! 極東魔術昼寝結社の夏とポッキーゲーム

これもpixivでポッキーの日支援していたのに影響受けて出した作品。
六花さんとラスボスさんが頑張ります。未発表作品の設定を一部使っているので、キャラが一部変わってます。



続きを表示

2012-11-14 00:56:14 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:3112   閲覧ユーザー数:3001

中二病でも恋がしたい! 極東魔術昼寝結社の夏とポッキーゲーム

 

 

 201×年11月10日夜。

 小鳥遊六花は全体が赤く塗られた直方体状の製菓の箱を眺めながら物思いに耽っていた。

「明日、勇太とポッキーゲームしたい……」

 六花は顔を真っ赤にしながらその場面を想像する。

 

 

『勇太、ポッキーの反対側の端を口で咥えて……』

 六花はポッキーのチョコが塗られていない方の端を口で咥えてみせた。そして勇太にも反対の口を咥えるように熱っぽく訴えた。

『あっ、ああ』

 緊張しながら勇太がポッキーの端を咥える。

 2人の顔の距離はポッキーの長さの距離。もう10cmしかなかった。

 六花の目の前に勇太の顔があった。普段とは比べ物にならないぐらい大胆になっている自分に少女は驚いている。でも、悪い気分ではなかった。

『じゃあ、ゲームを始めるけど……』

 六花が眼帯を外してその黄金の瞳を勇太に晒す。

『途中でわざと折ったりしたら……邪王真眼で呪うから』

 淡々とした声で勇太に宣言する。

内心の動揺をポーカーフェイスで隠しながら勇太を見る。

『分かったよ』

 勇太は不承不承頷きながらポッキーを再度咥え直した。

 

『じゃあ、始め』

 六花の合図と共にポッキーが両側から少しずつ削られていく。

 ポッキーゲームを提案し、始めたのは六花。

 けれど勇太の顔がドンドン近付いてきている。

このまま行くと最後には2人の唇が重なってしまうかもしれない。

そんな大変な事態に六花の初心な心は耐えられない。

『…………っ』

 途中から六花の口の動きはほぼ止まっていた。顔を茹で上がらせながら全身を硬直させて勇太が近付いて来るのをただ待っていた。

 

 それとは対照的な動きを見せたのが勇太だった。

 勇太はゲームにはじめ乗り気ではなかった。

 けれど、ゲームが始まった途端、六花の愛らしい顔が段々近付いて来るのを見るに連れてやる気が上がっていった。

 勇太はその瞳に六花の桜色の可愛らしい唇をずっと映し続けていた。

 そのギラギラした瞳は勇太が六花の唇を欲していることを雄弁に物語っていた。

 勇太はゲームを通じてその気になってしまったのだった。

 

 勇太のそんな変化。対して六花は僅かに目を伏せて更に全身を赤くしながら動かなかった。ポッキーはその間にも段々と短くなっていく。

 

 3cm……2cm……1cm……

 

 そして──

『あ……っ』

 ポッキーの残りの長さは0となり、勇太は六花の唇に荒々しく自分の唇を重ねてきた。

 六花の唇は勇太によって奪われていた。

『六花ぁっ……六花ぁっ……六花ぁ……っ』

 勇太は唇を押し付けながらキスをしている少女の名を熱っぽく何度も呼ぶ。

 唇を押し付けるその技術はとても稚拙で、彼がキスに慣れていないことを示していた。

『勇太……っ』

 六花はそんな少年のぎこちないキスが凄く嬉しくて。自分のことを情熱的に求めてくれていることが誇らしくて。

 背中に手を回しながら目を瞑って勇太のキスを受け入れたのだった。

 六花にとって初めてのキスだった。

 

 情熱的で技術的には拙いキスが終わって2人の顔が離れる。

 けれど2人の視線は繋がれたままだった。

『勇太に呪いをかけた』

『呪い?』

 勇太が六花の顔を覗き込んだまま僅かに首をひねった。

『私から……一生離れられなくなる呪い』

 六花はクスッと笑ってみせた。

 そんな六花を見ながら勇太も笑ってみせた。

『馬鹿だなあ、六花は』

『何が?』

 勇太の言葉の意味が分からなくて今度は六花が首をひねる。

『俺が六花と一生一緒にいるのは呪いじゃない。祝い、だろ? 俺はこんなにも幸せなんだから』

『なっ!?』

 勇太の言葉を聞いて六花の顔が更に赤みをさしていく。

『俺が結婚できる年齢になったらすぐに六花のことをもらい受けるからな。覚悟しておけよ』

『…………うん。分かった。準備して待ってる』

 六花は頷いて同意してみせた。

『じゃあ、これはその約束の為の証拠だ。大好きだぜ……六花』

『私も大好き……勇太』

 2度目のキスは2人とも積極的だった。

 

 

「あっ、明日。こんな展開を迎えちゃったらどうしよう……はっ、恥ずかし過ぎるぅ~~」

 六花は頭を抱えながらベッドの上で激しく転がり回っていた。

「ゆ、勇太とキスなんて展開になったら……キスっ!?!?!?」

 六花は2倍速で転がり続ける。

「そのキスが元で私と勇太が付き合うことになったりしたら……お付き合いっ!?!?!?」

 六花は3倍速で更に高速で転がる。

「それでお付き合いが元で私と勇太が結婚、なんて事態になったら……結婚っ!?!?」

 六花は残像を見せながら超高速で転がる。

「こ、これからは邪王真眼の使い手、富樫六花と名乗らなきゃあ……富樫六花……ぷしゅぅ~~」

 六花は頭をオーバーヒートさせながら転がり続けた。

 

「で、でも今すぐ結婚なんて事態になったら……私、料理もお掃除もお洗濯も得意じゃない。ど、どうしよう……」

 六花の動きがピタッと止まる。

 そして強く頭を抱えながら再び悩み始めた。

「料理をプリーステスに習わないと……でも、それは屈辱」

 六花のプライドが身近な教師から習うことを拒否する。

「でも……お嫁さんなのに、お料理のひとつも満足にできなかったらきっと勇太に呆れられて嫌われて……離婚っ!」

 六花が再び転がり始める。

「プリーステスの軍門に下るのは嫌。でも、勇太に嫌われて離婚届を出されてしまうのも嫌。ど、どうしたら良いの……?」

 ゴロゴロと転がり続ける六花。

「私だって勇太に美味しいもの食べさせてあげたいし……でも、でも、でも、その勇太に料理を習うのは何だか違う気がするし……」

 更に高速回転を続ける六花。

「りょっ、料理の代わりに……私を、食べて。とか? 勇太に美味しく食べられちゃうなんて…………ぷしゅぅ~~~~っ!?!?」

 過激な想像に熱暴走を起こす六花。

 思春期中二病少女の秋の夜は長かった。

 

 

 

 

 棒旗遊戯(ポッキーゲーム)

 古代中国において歴代の皇帝は農民達の蜂起を警戒し武器の所有を禁じていた。しかし農民たちには野盗や野生動物などから身を守る武力が必要だった。

 そこで考案されたのが、木の棒に布を巻いて即席の武具(棒旗)とし、武術に励むことで武器の不利を補うという方法であった。巻かれた布には皇帝を崇拝する言葉が書かれており、時の権力者たちはこれを禁止できなかった。

 時代が経るごとに棒旗は全土へと広まり、1対1の試合形式でその腕を競う競技会(棒旗遊戯)が盛んに開かれるようになった。全国大会の決勝は皇帝閲覧の御前試合となり、その優勝者には武術家としての最高の栄誉と巨万の富が与えられたという。

 棒旗をヒントに考案されたスティック状の製菓がポッキーであり、棒旗遊戯の緊張感を再現したゲームがポッキーゲームであることは言うまでもない。

民明書房刊『古代中国の護身術とその起源』より

 

 

「これが……ポッキーゲームの起源、なんだよな」

 11月11日朝。

 やたら早く起きてしまった俺はインターネットを特にあてもなく検索していた。

 それで今日がポッキーの日だということを思い出した。

 そしてポッキーという単語から今度はポッキーゲームを連想してしまった。

 で、3年前からもう知ってはいたが、改めてゲームの由来を調べていたというわけだ。カンフルリーフ(camphora leaf)という裏歴史を研究している女性のサイトを通じて。

「合コンとか男女でやるパーティーイベントの定番だとは言うけど……こんな長くて重い歴史の上に成り立つものだなんてなあ……」

 思わず溜め息が出る。

 ポッキーゲームというと、チャラっぽい男があわよくば女の子にキスしたいという下心満載で提案する遊びという否定的なイメージが俺には存在する。

 実際、俺のこれまでの16年の人生でポッキーゲームと縁があったことなど一度もなかった。

 だがそのことに関して俺は悲しく思っているわけでも恨めしく思っているわけでもない。世のモテ男やチャラ男がポッキーゲームに興じること自体はどうでも良いことだ。

 けれど俺個人としてはこのゲームに例え誘われることがあったとしても、その誘いに乗ることはないだろう。

 何故ならポッキーゲーム、いや、棒旗遊戯とは、昔の人々が自身の生存の為に必死に自己研鑽を重ねてきた人生そのものに違いないのだから。

 人生の持つ重みと、異性とキスしたいという下卑た欲望を秤にかけて釣り合わせるなんて真似を俺に出来る筈がなかった。

 

「お兄ちゃ~ん。ご飯できたよ~」

 樟葉の俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「ああ、分かった。今行く」

 妹の声に導かれるように台所へと向かう。

「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう」

 テーブルの前に到着して気付く。

「あれ、母さんは?」

「昨日今日は夜勤シフトで、それで今日は昼まで寝てるって」

「ふ~ん」

 樟葉の説明を聞きながら席に着く。

 夢葉が起きてくるにはまだ早すぎる。

 だから俺と樟葉の2人だけの食事となった。

 

「お兄ちゃん。今日は随分早起きしていたみたいだけど、何かあったの?」

 食事を摂りながら樟葉が首を傾げた。妹は俺が早朝から起きていたことに気付いていたらしい。

「いや、別に。単にいつもより早く目が覚めて寝直すのも勿体ないからネットサーフィンしていた」

「何か面白いサイトでもあった?」

「面白いって言うか、以前樟葉に教えてもらったポッキーゲームの由来が載ったサイトを見返してたんだ」

「ああ、そう言えば今日はポッキーの日だもんね」

 樟葉は頷いてみせた。

 11月11日がポッキーの日ということも、ポッキーゲームの由来を教えてくれたのも樟葉だった。

 樟葉は俺より3歳年下なのに相当な博識だ。いや、俺が邪気眼的知識にばかり傾倒して一般常識を疎かにしてきた結果でもあるのだが。

 

「もしかしてお兄ちゃん……」

 樟葉がニヤッと悪戯な笑みを浮かべた。

「ポッキーゲームがしてみたくなったとか? お年頃さん、かなあ?」

「そっ、そんなわけがないだろ!」

 兄としての威厳を見せながら強く否定してみせる。

「俺はそんなに軟弱な男じゃないっ!」

 妹にポッキーゲーム大好きなチャラ男と思われるなんてナンセンス過ぎる。

「それに……」

「ポッキーゲームは昔の人たちの人生そのものだもんね。軽い気持ちの遊びに使っちゃダメだよね」

 同じ情報を知っている妹は俺の心情をよく把握してくれていた。

「だからお兄ちゃん……ポッキーゲームなんてしちゃ駄目だよ」

「樟葉に言われなくてもそのつもりだよ」

「六花さんや凸守さん達に誘われても、受けちゃ駄目だからね」

「だから分かってるって」

「そう。約束、だよ」

 妹と小指と小指を絡めて指きりげんまんする。

「フッ」

 その際に一瞬、樟葉がとても黒い笑みを発したような気がする。まあ、気のせいだろう。

 うちの妹に限ってそんなことあるわけがない。樟葉は裏表のないとても良い子なのだから。

 

「それでもお兄ちゃんが、どうしても女の子とドキドキしたいのなら……わたしに言ってね。特別にポッキーゲームしてあげても良いから♪」

 樟葉は悪戯っぽい表情で楽しそうに笑った。

「だから兄をからかうんじゃないのっての!」

 両手を上げて怒ってますよってポーズを取りながら妹を注意する。

「樟葉こそ……どんな男に誘われようともポッキーゲームなんてしちゃ駄目だからな」

「お兄ちゃん以外の男の人とポッキーゲームすることなんて一生ないから安心して♪」

「だからまたそうやって兄をからかう……」

 軽く溜め息が出る。

「フフフフ」

 樟葉は楽しそうに笑っている。俺がモテない男だとおもちゃにされている。

 もう少し兄としての威厳をつけたいなあと思う俺なのだった。

 

 

 

 

「それじゃあ先に出るな~」

「行ってらっしゃ~い」

 台所で食事の後片付けをしている樟葉に声を掛けてから玄関を出る。

 俺は知り合いのいない高校に行くために遠い学校を選んだ。その為に毎日かなり早い時間に家を出る。この辺は田舎で電車の本数も多くないから特に時間には気をつけている。

 外に出て少し歩く。

 すると鞄を両手に持って俯き加減に立っている六花の姿がすぐに見えた。

 

「よおっ」

 右手を軽くあげて六花に合図を送る。

 普段ならここで何か中二病なことを述べながら六花からの謎の挨拶の返しがくる。

「…………っ」

 ところが六花は俺の存在にも気付いていないようだった。

「どうしたんだ?」

 上から六花の顔を覗き込む。

「ゆっ、勇太っ!?」

 俺の顔が目前に迫った所でようやく六花は俺の存在に気付いたらしい。

「ふっ、ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします。料理もお掃除もこれから一生懸命頑張るから。だから捨てないで!」

 瞳を潤ませながら切実な声で懇願してくる六花。

「何をわけの分からないことを言っているんだ、お前は?」

 中二病の思考回路はよく分からない。

 ダークフレイムマスターだった俺の思考回路が誰にも理解されなかったように。

 

「まあ、とにかくこっちの世界に帰ってきたんだ。学校に行くぞ」

 サクサクと歩き始める。

 立ち話を続けていると、また変な中二講義が始まりかねないからだ。

「まっ、待って勇太」

 六花がチョコチョコと後ろから小走りについてきた。

 こういう姿を見ると子猫か子犬みたいで実に可愛らしい。

「今、魔力を消費しながら足の裏を地面につけないで歩く歩行法の実践を……」

「そういう中二病的な言動を謹んでくれれば六花はすごく可愛いんだけどなあ」

 何ていうか、六花はとても残念な少女だった。わざわざ自分の魅力にマイナス補正を掛けている。まあ、それが中二病患者の持って生まれた宿命なのだが。

「えっ? 勇太、今、私のことを……って」

 六花の顔が急に赤くなり俯いて黙ってしまった。

 一体どうしたのだろう?

 まあ、何はともあれ六花が中二病発言を止めてくれたのは良かった。

 俺達は無言のまま歩き続けた。

 

 しばらくして駅に到着する。

 無言で歩き続けたからかいつもより5分ほど早く駅に到着した。

 けれど、電車の本数は限られているので結局ホームの中で5分間待つことになった。

「…………っ」

 六花は到着してからずっとソワソワしている。

「ねえ、勇太」

 そして遂に話しかけてきた。意を決したように胸の前で手を合わせながら。

「何だ?」

「今日は何の日?」

「そうだな……」

 即答せずに六花の質問の意図を考える。

 漫画やアニメを参考にすると、女の子がこの手の質問をしてくる時は男に何かを気付いて欲しい場合であることがほとんどだ。

 そしてそれはその子の誕生日だったり、特別な日だったりする。

 きっとそんな感じの何かが正解なのだろうことは分かる。

 けれど、六花の誕生日は今日じゃない。

 そして彼女に関する他の特別な日を俺は知らない。

 よって……六花が望む答えを返すことは不可能。

 

「えっと、今日はポッキーの日、だよな」

 仕方なく満額回答を諦めて無難に答えてみる。

「そう。今日はポッキーの日っ!」

 六花は勢い込んで俺の顔を見上げた。

 全くの不正解でもなかったらしい。

 だが、油断はできない。

 六花はおそらくここから本命の話題へと繋げるに違いないのだから。

 そしてその話題に対し俺が適切な対処を打てなければ六花は怒るかガッカリするだろう。

 なら、俺の取るべき道は一つだった。

「ポッキーと言えばポッキーゲー……」

「あっ、電車が来たな。さあ、乗るぞ」

 六花の話を遮る。それしかなかった。

「ポッキーゲームっ!」

「だが、断る!」

「勇太の、意地悪ぅ……っ」

 六花には悪いと思った。けれど、大きな地雷を踏みたくもなかったので今日の日付に関する話題はスルーさせてもらった。

 

 

 2人並んで学校に到着する。

「う~」

 今日が何の日かという話題を俺がかなり強引に切ってしまったからか、六花はちょっと不機嫌。

 後でお菓子でも買って懐柔してやるか。それはともかく教室に入る。

「よお、富樫っ♪」

 今日も朝から無駄にテンション高い、無敵のキラ様というか頭の中がピンク一色の桜井智樹みたいな声を出す一色の姿があった。

 ツルツルに剃られた頭が今日も眩しい。

「何でそんなに朝からクライマックス状態なんだ?」

「そんなもの、今日がポッキーの日だからに決まってるだろ!」

「全く理由説明になってないぞ」

 ポッキーの日だからどうだと? 

一般人の思考回路も俺にはよく分からない。

「あっ」

 後ろで六花が息を呑む声が聞こえた気がした。

 しまった。六花の問題を再燃させてしまったか。早く鎮火しなければ。

 

「ポッキーと言えばポッキーゲームだろ! 男子高校生的には絶対そうだよな!」

「何故そうなる?」

「うんうん」

 何かまた後ろから聞こえない筈の同意の声が聞こえた気がする。まあ、今は一色の馬鹿をどうするかだ。

「今日はポッキーの日ってことで、クラスメイトの可愛い女の子とポッキーゲームが出来ちゃったりする幸運があっ!!」

「うんうん。勇太に幸運があっ!」

「訪れるわけないだろ。現実を見ろ」

 一色の望みは分かった。なら、その無駄な妄想は早めに叩き潰す。

 

「けど、今日はポッキーの日なんだぜっ! 普段はそんなゲームに付き合いそうにない気弱な子も雰囲気につられて普段よりもちょっぴり大胆にっ!」

「そう。普段は男の子に素直に気持ちを打ち明けられない内気な女の子も大胆になれるんだよ、勇太っ!」

「まずそのフザけた幻想を俺がブチ殺してやる!」

 右拳をグッと握り締める。

「その幻想は今日という日が終わった時にお前を不幸のどん底に引きずり落とす。今の内に捨てるが良いさ」

「けどよっ! 全国のモテない男達は……女の子と付き合うことはできなくても、ゲームという手段を通じて女の子の唇に触れられる可能性に人生を託しても良いんじゃないのか」

 一色の熱い訴え。生涯女と縁のない男がキスするにはポッキーゲームしかないと。

 それは確かにそうなのかも知れない。

 けれど、だからこそ、そんな目的の為にポッキーゲームをしたがることを許すわけにはいかなかった。

 

「勇太はモテない。一生涯女と縁はない。だから、今日、私とポッキーゲームをするチャンスをあげる。特別に私から勝負を降りないであげても良い。モテない勇太の為に」

 六花まで一色の話に乗って俺への同情論を展開している。

 しかし、同情の為に結婚前の乙女が男に唇を許してしまうなどあってはならないことだ。

 俺はここ3年を掛けてそのことをたっぷりと妹の樟葉から語り聞かされ続けて世の真理に目覚めたのだからっ!

 振り返って六花と対面する。

 

「六花よ。同情の為に好きでもない男に唇を許すが如き発言をしては絶対に駄目だ!」

「えっ? 違う。私は、勇太以外にこんな提案はしない……」

 六花は目をまん丸くして当惑している。

「いいか。キスとは愛し合う男女が自分たちのラヴを確かめ合う崇高な儀式なのだ。ゲームなどでお前のその大切な唇を男に与えるなど絶対にならないっ!」

「えっ? えっ? えっ? だから、私は勇太とだけ……」

 気分は娘を説教する父親。

「それに、だ」

 六花の両肩を掴む。

「はっ、はい!」

 六花が全身をビクッと硬直させながら答えた。邪気眼ではあるが、やっぱりコイツは小動物だ。

 

「俺は……ポッキーゲームが嫌いなんだ」

「えっ? 勇太は、ポッキーゲームが嫌い、なの? そ、そんなぁ……っ」

 酷く驚いた表情を見せる六花。

 六花の頭の中で俺は女の子とキスがしたくて堪らない煩悩野郎で確定していたということだろうか。

 マジ、酷いっすよ。それ。

 悲しみを堪えながら再び一色へと向き直る。

「とにかく俺はポッキーゲームが大嫌いなのだ。どうしてもやりたいと言うのなら……俺とは無関係の場所で俺とは無関係でやってくれ」

 一色に向かってキッパリと宣言する。

 俺はポッキーゲームには乗らないと。

 

「勇太、勇太ぁっ!」

 六花が焦った声を出しながら俺の袖を引っ張ってきた。

「何だ?」

 振り返る。

「勇太は、ポッキーゲームが嫌いなの?」

「ああ。俺にあの遊戯が背負った重さに耐え切れるだけの根性はない」

「じゃあ……」

 六花は上目遣いで頬を赤らめながら尋ねてきた。

「私が、心から勇太とポッキーゲームしたいって言ったら?」

「えっ?」

 上目遣いの六花が可愛らしくてスゲェドキッとした。

 ゲームをすることで六花のこの可愛い顔をもっと間近で見られるのなら。もし最後までポッキーが折れないで2人がキスするようなことになったら……。

 それはとても幸せな瞬間に違いなかった。きっと俺の人生のこれまでのどの瞬間よりも幸せなひと時になるに違いない。

 けれど、その時だった。

 俺の脳裏に樟葉との会話の一幕が思い浮かんだ。

 

『だからお兄ちゃん……ポッキーゲームなんてしちゃ駄目だよ』

『樟葉に言われなくてもそのつもりだよ』

『六花さんや凸守さん達に誘われても、しちゃ駄目だからね』

『だから分かってるって』

『そう。約束、だよ』

 

 自分の右手の小指が視界に入った。樟葉と指きりをした小指が。

「フッ。幾らお前がチャームの魔術を操ろうともこの俺の鉄よりも固いダイヤモンドの意思は決して砕けないっ!」

 六花に向かって指を突きつけながら硬派な生き方を通す。

 兄と妹の絆が、同級生の美少女とキスしたいという邪な誘惑に打ち勝った瞬間だった。

「う~~勇太のばかぁああああぁ~~~~~~っ!!」

 もうすぐ始業ベルが鳴るというのに六花は怒って出て行ってしまった。

「六花よ。お前にもいずれ現れるさ。その生涯を共にしたくなるほど熱い想いを寄せられるたった1人の男がな。キスはそれまで取っておけ。フッ」

 格好付けながら振り返る。

「富樫って……本当に救いようがない馬鹿なんだな」

 何故か一色が俺をとても冷たい瞳で見ていた。

 一色だけでなく、数多くのクラスメイトが俺に冷淡な瞳を向けていた。

 一体何故だ?

 

 

 

「何故、ポッキーゲームを断った硬派な俺がクラスメイト達に白い目で見られるんだ?」

 この日、クラスメイト達の俺に対する扱いは手厳しかった。

 邪気眼系中二病な振る舞いをしたのでもない。

 エロさ全開の言動を取ったのでもない。いや、その正反対のジェントルアクション。

 六花がゲームで大切な唇を男に汚されてしまう危機を俺は救ったというのに。

「一体、何故なんだ!?」

 一般人として高校に通い始めてから半年。

 俺にとって真の一般人への道はまだまだ遠いようだった。

 

 昼休みになった。

 冷遇が続くので現状を打開したい俺としては、何が良くなかったのか尋ねてみることにした。

「なあ、丹生谷?」

 俺よりも社会復帰が進んでいそうな丹生谷に聞いてみる。

「何、富樫くん?」

「どうして俺は今日クラスの中ではぶられてるんだろう?」

 丹生谷はニッコリと笑って微笑んでみせた。

「さあ? 私、富樫くんに全然興味ないからはぶられているのかも知らないし」

「笑顔は時に人を傷つけるんだぁ~~~~っ!!」

 俺は泣いた。泣きに泣いた。

 でも、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 

「じゃあ、はぶられた人間はどうすれば信頼回復ができると思う?」

 俺はまだ、クラス内美少女コンテストぶっちぎり優勝の丹生谷ルートへの道を諦めたわけじゃない。

 俺の信頼回復を通じて丹生谷との縁が繋がれば、そこにフラグは必ず立つはずっ!

「よく分からないけど……切腹でもしてみたらどうかな?」

「それじゃあ、死んじゃうからっ!!」

 死んじゃったらフラグが立たないよ、ママンっ!!

「えっ、でも。ほら、死ぬ覚悟で訴えれば5%ぐらいは気持ちが伝わるかも」

「死んでも5%しか伝わらないのっ!?」

 今ベッドの中で睡眠中のはずのママン。

 どうやっても丹生谷森夏ルートのフラグが立ちません。

 リセットしてはじめからやり直すべきでしょうか?

 それとも丹生谷ルートは最初から存在しないのでしょうか?

「もっとも、私の場合には富樫くんに興味がないから何も伝わるものはないけどね。犬死ってやつね♪」

「切腹を勧めた理由が分からないよっ!」

「テヘっ♪ だねっ」

「さり気なく俺に対する殺害願望を感じるぅ~~~~っ!!」

 丹生谷は過去の姿、モリサマーのことを知っている俺を消し去ってしまいたいのかも知れなかった。

 忌まわしい過去とはそこまでしないと払拭できないものなのか!?

 

「富樫勇太を殺らせはせんのデス。とぉ~~~っ!!」

 その時、見知った少女の声が聞こえた。その次の瞬間のことだった。

「きゃぁあああああああぁっ!?!?」

 丹生谷が悲鳴と共にその姿を一瞬にして俺の視界から消した。

 より正確に言えば、丹生谷は座っていた椅子ごと転倒して床に倒れたのだった。

 

 

「ゲッフッフッフッフ。一瞬の油断が命取りなのデス。偽モリサマーっ!!」

 丹生谷にスライディングをかまして吹き飛ばした犯人、凸守は偉そうにしながら立ち上がった。

 勿論、この行動が後にコイツに死を招くのは本人にも分かっているのだろう。だが、このデコはそれでも一瞬の勝利に酔いしれていた。

「というわけで、富樫勇太っ!」

 鼻息荒く話しかけてくる死亡フラグ背負い少女。

「なんだ?」

「お前の暗殺を目論んでいた偽モリサマーを退治してやったお礼をしやがれなのデス!」

「頼んでも、願ってもないのに。一方的な礼の押し売り過ぎるだろ、それは」

 凸守との関与を大きな声で否定する。

 仲間だと思われたら俺まで丹生谷に殺されてしまう。

 

「というワケで凸守の言うことを一つ聞きやがれなのデス!」

「断る」

 押し売りには屈しない。

 鋼の心が重要。

「う~~」

 凸守は急に悲しそうな表情に切り替わった。

 そしてそんな凸守の表情を見てクラスメイト達は俺に一斉に冷たい視線を送ってきた。

「何? 何故、俺がまた冷たい視線を送られなきゃいけないの?」

 おかしい。

 何かが絶対におかしかった。

「勇太……っ」

 六花はとても複雑そうな視線で俺と凸守を代わる代わる見ていた。

 状況は俺にとって圧倒的に不利だった。

「…………で、願いとやらは何なんだ? 場合によっては叶えてやっても良いぞ」

 仕方なく妥協案を提案する。

 凸守の為。というよりはクラス内での俺の地位をこれ以上悪化させない為に。

「最初から素直にそう言えば良いのデ~ス」

 凸守は偉そうに踏ん反り返った。あるかないかも分からない小さな胸は全く揺れない。

 

「富樫勇太は今日が何の日か知っているのデスか?」

「…………ポッキーの日」

 六花と同じ質問に面倒臭さときな臭さを感じながら回答する。

「凸守……まさかっ!」

 遠くに座っている六花の凸守を見る視線が一気にキツくなった気がする。

「そうデス。そして、ポッキーと言えばポッキーゲームなのデスっ!」

 凸守はポッキーの箱を取り出して俺に見せてみた。

 この流れは……。

「さあ、富樫勇太。凸守とポッキーゲームしやがれなのデス。一生涯女と無縁でモテないお前の為に、凸守は最後までポッキーを折らないようにしてやっても良いのデス」

「だが、断る」

「ウンウン。モテない富樫勇太が凸守の可憐な唇を奪ってしまいたい欲望に駆られるのは当然のことなのデス。でも、こんな公衆の面前で唇を奪われては凸守は富樫勇太の所にお嫁に行くしかなくなるのデス。凸守のことを一生幸せにするが良いのデス。子供は男の子と女の子が最低1人ずつは欲しいデス。って、断るって? ええええぇえっ!?!?」

 何か随分とひとりで長々説明してから驚いてみせる凸守。

「…………凸守。ザマァ」

 六花がなんか勝ち誇った表情で凸守を見ている。一体彼女に何があったんだ?

 

「どうしてなのデスか? 中等部一の美少女と合法的にキスできるチャンスなのデスよ? こんな機会、生涯で一度しかないのデスよ?」

 凸守は信じられないといった瞳で俺を見ている。

「だからだよ」

 俺は凸守の額に手を置いた。

「大事な唇を、ゲームなんかで安売りしちゃ駄目だろ」

 デコを撫でながら優しく諭す。

「コイツ……分かっているようで、一番重要なことに全然気が付いていないのデス」

「フッ。勇太はそんな男。全てのフラグをことごとく叩き折る魔王」

 驚愕する凸守に対して何故か六花が勝ち誇っている。

 

「でも、凸守は負けないのデス!」

 凸守はポッキーの箱を開けると10本ほどの棒状お菓子を口に咥えてみせた。

「これは凸守が富樫勇太の命を救ってやったことへのお礼なのデス。お前に拒否権など存在しないのデ~ス」

 瞳を爛々と輝かせながら迫ってくる凸守。

「ちょっと待て! お礼をするのは俺の方じゃなかったのか? 何でお前は自分の唇を差し出すような真似を!?」

「良いからさっさとするのデス! そして凸守の初めての唇を奪って、責任とって凸守を一生幸せにしやがれなのデスっ!!」

 野獣の様に荒々しい息をしながら近付いてくる凸守。俺は一体どうしたら?

 

「ならその勝負。私が代わりに受けてあげるわよ」

 俺の目の前に割り込んできた影。

「偽モリサマー!?」

 驚きの声を出す凸守の言う通りに丹生谷だった。椅子ごと倒された彼女は復活の時を告げたのだった。

「ええ。たっぷりとゲームを楽しんであげるわ」

 丹生谷はニヤッと笑うと凸守とはポッキーの反対の端を勢いよく咥えた。

 そして荒々しく齧り始めた。

 バリボリッという激しい音と共に10本ほどのポッキーがどんどん短くなっていく。

「こ、コイツはケダモノの臭いがするのデス……」

 凸守は呆然としながら丹生谷を見ている。瞬時に行動を起こせなかったことは凸守にとって致命的な事態を引き起こしてしまった。

 ポッキーはあっという間にその長さをなくし、そして──

「ウプゥウウウウウウゥっ!?」

 丹生谷と凸守の唇は見事に重なってしまった。

「やっ、やった……」

 俺はその光景を驚きと茫然自失をもって見るしかなかった。

「さすが丹生谷っ。俺達にやってできないことを平然とやってのけるっ。そこにシビれる憧れるぜッ!!!」

 一色が瞳を爛々と輝かせながら丹生谷の暴挙を支持していた。

 

 荒々しく凸守の唇を吸い上げる丹生谷。

 ズキュゥウウウウゥンという擬音が合いそうな光景。

 丹生谷はたっぷり30秒は唇を押し付けてから、ゆっくりと凸守の顔を離した。

「手段は問題じゃないの。キスをしたという結果があれば良いのよ」

「…………っ」

 目を大きく見開いたまま呆然と立ち尽くす凸守に対して丹生谷は黒い笑みを全開にしながら語り掛ける。

 Sっ気全開だ。真・丹生谷の覚醒だ。

「中坊。アンタもう富樫くんとキスしたの? まだよね?」

 凸守がキスをしたことがないのを知りながら敢えて尋ねるS女王様。

「初めての相手は富樫くんじゃない。この丹生谷森夏よっ!」

 自分を指差しながら自信満々に語ってみせる丹生谷。

「うっ、うっ、うわぁああああああああああぁんデス~~~~っ!!」

 凸守は泣きながら去っていった。

 

「富樫くん。最低ぇ」

「あの中学生の子、無理やりキスされて可哀想に」

 そして教室内で囁かれ始める俺最低人間説。

「キスしたのは丹生谷なのに、何で俺が悪いことになるんだぁ~~~~っ!」

 絶叫する。

「そんなの、富樫くんが素直にあの中坊の申し出を受け入れていればこの事態が発生しなかったからに決まっているでしょ」

 事件の張本人である丹生谷までも俺が悪いと言ってくる。

「ちなみに今のが私にとってもファーストキスだったの。だから富樫くんには責任を取ってもらうわね♪」

 一見天真爛漫な笑み。でもその実どす黒い笑み。

「一生涯一番側からいじめ抜いてあげるから覚悟してね♪」

「ふっ、不幸だぁあああああああああぁっ!!」

 大絶叫する俺。

 だがそんな俺をクラスメイト達はとても白い瞳で冷淡に見ている。

「やっぱり丹生谷も勇太のことが……ムムム」

 そして六花もまた俺と丹生谷を険しい表情で見ていた。

 教室内に俺の味方はいなかった。

 

 

 

 

 針のムシロな1日が終わりようやく迎えた放課後。

 冷たい視線に晒され続け緊張感に満ちた1日に俺の神経は完璧に磨耗していた。

「つ、疲れた。眠い……」

 俺の体は急速な睡眠を欲していた。

 今日は『極東魔術昼寝結社の夏』に寄らずに帰ってさっさと寝てしまおうと思った。

「あっ。いたいた~。お~い。勇太く~ん」

 間延びしたのほほんとした声が聞こえてきた。

 顔を上げると五月七日くみん先輩の癒し系の顔があった。

 

「先輩。どうしたんですか? 教室まで来るなんて珍しいですね」

「うん♪ どうしても今日勇太くんと寝たくって~教室まで迎えにきちゃったんだよ~」

 天真爛漫なくみん先輩。

 だがその発言は教室内に波紋を引き起こした。

 ザワザワと囁き合う声があちこちから教室内に響き渡る。

「せっ、先輩は富樫と寝てるんですかっ!?」

 『寝る』の意味を勘違いしているっぽい一色が驚愕の表情で先輩に尋ねる。

「うん。そうだよ~」

 先輩はあっさりと頷いてみせた。

 更にざわめきが大きくなる教室内。

 

「勇太くんに腕枕してもらうとね~最高に気持ち良いんだよぉ~」

 この人、わざとやってるんだろうか?

 教室内で俺に対する認識が再び急速に悪化していく。

 さ、最悪だ。

「昨日も~勇太くんと部室で寝たんだけど~最高に気持ち良かったんだよ~」

「学校でっ!? 神聖な学び舎でなんて破廉恥な真似をっ! 羨ましい、いや、羨ましいぞ~~っ!」

 血涙を流す一色。

 ちなみに寝たとは文字通り昼寝したことを指す。

 くみん先輩が最近俺の体を勝手に枕にするだけで、俺にそういう意図も事実も一切ないことをここに明言しておく。

 けれど、まあ、今更俺が何を言っても無駄だろう。

 俺以外の部員が誤解を晴らしてくれることを願う。

 

「勇太が最近私に冷たいのはくみんにばかりかまけているせい。フンっ」

 六花は怒ったようにしてそっぽを向いた。

 今日の六花を味方につけるのはどうやら無理らしい。

「私は富樫くんの行動に全然興味がないから。眠り女と乳繰り合っていようが、淫らに爛れていようが知ったことではないし」

 丹生谷は笑顔で俺を切り捨てた。

 全く弁護する気がない。

 さすがは超弩級のS女王様だ。

 

「そっ、それじゃあやっぱり富樫の奴は先輩と部室で寝ていると……」

 慌てて鼻を両手で押さえる一色。この野郎、何を想像してやがる?

「だからそうだって何度も言ってるよ~」

 そして天然な先輩が追撃を仕掛けてくる。

 部活仲間が俺の危機を救ってくれると期待するのは間違いだったようだ。

「じゃっ、じゃあ、先輩と富樫は恋人同士なんですね?」

 一色が興奮しながら尋ねる。

「違うよ~。私と勇太くんは恋人同士ではないよ~」

 くみん先輩はあっさりと否定した。

 この返答に限り真実だ。真実なのだが……。

「そっ、それじゃあ、先輩と富樫は身体だけの関係ってやつなんですかぁ~~っ!?」

 盛大にして不遜極まりない勘違いを披露してくれる一色。

 だが、その勘違いは教室内で広く行き渡っていた。

 みんなが一色の意見に頷いていた。

「身体だけの関係?」

 くみん先輩が首をひねる。

 頼むから、これ以上騒ぎを大きくしないでくれぇ。

 でも、そんな俺の切実な願いが叶うことはなかった。

 

「確かに勇太くんは昼寝部の真髄をよく理解していないから~身体だけの関係って言い方が正解かも~。うん、正解だね♪」

「正解じゃねえ~~っ!!」

 遂に我慢できなくなって大声で否定する。

 でも、もう遅すぎた。

 そして今日のクラスメイト達は俺の言い分を元々聞いてくれなかった。

「小鳥遊さんと中学生の子の心をもてあそび、丹生谷のM奴隷を喜んで受け入れながら先輩とは身体だけのドライな関係を築いているなんて……最低だな、富樫。キング・オブ・クズ人間だ」

 一色の目がやたら冷たかった。

「全て事実無根だぁ~~っ!!」

 大声で否定してみるものの意味のないことだった。

 

 

「富樫勇太ぁっ! 凸守はっ、凸守はお前のことをまだ諦めないのデ~スっ!」

 凸守が教室の中に入ってきた。

 その瞳に熱い炎を宿しながら。

「勇太は……勇太だけは誰にも譲らないんだからぁ~~っ!!」

 今まで沈黙を守ってきた六花も、凸守に呼応するかのように立ち上がった。

「わ~六花ちゃんもデコちゃんもやる気だねえ~。面白そうだから私も混ぜて~」

 邪気眼系小動物2人の悪ノリによく同調する先輩が楽しそうに続いた。

「アンタ達3人まとめてぶっ飛ばして良いってんなら、私も一口乗らせてもらうわ」

 まだクラスメイト達が残っているというのにS女王様を全開にする丹生谷。

 4人は背中に炎を纏いながら激しく睨み合う。

「モテモテだな。富樫……死んでくれ」

「違っうぅうううううううぅっ!?!?」

 俺は全力で一色の言葉を否定してみせる。

 けれどクラスメイト達の俺を見る瞳はますます冷たくなるばかりだった。

 

「今日は11月11日、ポッキーの日。どうせなら決着は人類の暗部に焦点をあてた偉大なる歴史家カンフルリーフがその存在を明らかにした棒旗遊戯で決着をつけたいと思う」

「カンフルリーフ自身は闇の眷属ではないようデスが、彼女は誰よりもこの世界の闇を知り尽くしているのデ~ス。彼女が発掘した闘い方なら凸守も賛成なのデ~ス」

「カンフルリーフとはまた懐かしい名前が出てきたものね。でも、棒旗遊戯ならアンタ達を容赦なく踏み潰せるから私は賛成よ」

「カンフルリーフちゃんの説明っていつも面白いよね~」

 決闘方法が棒旗遊戯に決まっていく。

 それにしてもみんな、樟葉が紹介してくれたサイトの存在を知っていたのか。

 カンフルリーフは邪気眼系中二病患者に特に人気らしいな。女性だと言うけれど、その正体は一体どんな人なんだろう?

 カンフルって……英語の意味はクスノキで、リーフははっぱって意味だと思ったけど。

 

「じゃあ、改めてルール説明。棒旗の代わりにポッキーを手に持って、何でもありの格闘サバイバル戦を行う。凶器攻撃も勿論あり」

「それ、ポッキー握る意味が全然ないよな?」

「審判がいないので判定がし辛いデス。だから分かり易く骨が折れたら戦闘から脱落でどうデスか?」

「元の競技より危険にしてどうする?」

「でも、たかが骨が1、2本折れたぐらいで戦闘離脱になったんじゃみんな心残りでしょ。心が折れたら負けでいいんじゃない?」

「それは負けを認めない限り死ぬまで戦うってことですか?」

「わぁ~。面白そうだね~♪」

「面白くないですから! 絶対危ないですから!」

 俺のツッコミを4人の美少女達は一切受け付けてくれない。

 何でこんな野蛮な話が一切の反対も出ずに受け入れられていくんだ?

 

「この4人の中で生き残った1人だけが賞品である勇太を得る」

「俺、賞品になった覚えはないぞ! そして、生き残ったって、殺し合い決定なのか!?」

「勝者は賞品である富樫勇太を自由にして良いのデス。煮て食おうが焼いて食おうが、子宝に恵まれて幸せに暮らそうが自由なのデス」

「そこに俺に対する人権は適用されないのか?」

「一生涯自由にできるおもちゃ。ペロッ。面白いわよね」

「もう取り繕うのは遅いけど、ここは教室でまだクラスメイト達が残っているからな~」

「肉奴隷ってやつだよね~♪ 肉奴隷が一家に1人いたら冬の夜も毎日あったかだよね~」

「それ明らかに肉奴隷の間違った解釈ですから!」

 俺のツッコミは再び無視された。

 

 4人の少女達は机を退かして中央に空間を作る。

 クラスメイト達は4人からにじみ出る闘気、いや殺気に恐れをなして全員去っていった。

 教室内に残っているのは4人を除けば俺1人。つまり、もう闘いが止められないことを意味していた。

 そして──掛け声と共に棒旗遊戯が始まってしまった。

 

「爆ぜろっ!」

「リアルっ!」

「弾けろっ!」

「シナプスっ!」

「「「「ヴァニッシュメント・ディス・ワールドッ!!!」」」」

 

 4人の息ピッタリな掛け声に……ガンダムファイトという単語が唐突に思い浮かんだ。

 

「「「「むっ、無念…………ばたっ」」」」

 

 結局棒旗遊戯は4人が同時にK.O.となって床に崩れ落ち、勝者が出なかった。

 その結果に俺は心の底から安堵した。

 闘いに巻き込まれて全身傷だらけになったが、それでも賞品で誰かのものにされなくて心底ホッとしていた。

 

 

 

 

 気絶した4人の少女を保健室のベッドに全員寝かせてからボロボロの身体で帰宅。

「ただいま~」

 今日は1日、精神的にも肉体的にも辛すぎた。

「お帰り。お兄ちゃん」

 樟葉が玄関まで迎えに来てくれた。

「どうしたの? とても疲れた顔をしているよ」

「学校で…疲れることが色々あってな」

「疲れること?」

「何でもないさ。それよりも風呂沸いてるか?」

 家事で忙しい妹にこれ以上の気苦労は掛けられなかった。

「うん。お兄ちゃんがそろそろ帰ってくると思って準備しておいたよ」

「そうか。じゃあ、夕飯前に入らせてもらうな」

「うん。分かった。着替えはわたしが準備しておくから」

 妹と別れて風呂場へと向かう。

 もう色々と限界過ぎた。

 

 妹が張ってくれたお湯に浸りながら疲れきった体のリフレッシュを図る。

「こういう時、浴槽があるってのは大きいよなあ~」

 体を綺麗にするだけならシャワーでも十分。

 しかし、浴槽にはそこに+アルファの価値が加わる素敵空間だ。

「1時間ぐらい入ってたいなあ……」

 疲れと入浴時間を比例させるなら普段の倍以上の時間浸かっていたかった。

 勿論それは希望であって現実を反映させるものじゃない。

 1時間入浴を続けているとのぼせてしまう。それに、だ。

「樟葉にだけ料理の支度をさせて俺ばっかり風呂に入っているわけにもいかないしな」

 長時間の入浴は妹に悪い。

 だから取り敢えず体を綺麗に洗ってしまおうと思い、湯船を出る。

 そんなタイミングだった。

 

「お兄ちゃん。入るね」

 脱衣場へと通じる扉が開かれたのは。

「へっ?」

 俺の目の前に白いバスタオルを1枚巻いただけの樟葉が立っていた。

 白い肌がとても印象的だった。

 って、違うっ!

 

「何やってんだよ、お前は!?」

「何って、お兄ちゃん疲れているだろうと思って背中を流しに来ただけだよ」

 ごく自然に返答する樟葉。

 けれど、それを聞かされる俺は平然とはしていられなかった。

「背中を流しにってな。そりゃあ昔は一緒に風呂も入っていたけど、お前ももう中学生だろ。そういうのはもうマズイだろうが」

「別にいいんじゃない? わたし達、兄妹なんだし」

 またあっさりと返答してみせる樟葉。

 おかしいのは俺なのか?

「それともお兄ちゃんは実の妹に欲情する変態さんなの?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあ、問題ないよ」

 妹に上手く丸め込まれてしまった。

 

「それにさ」

 樟葉は少し声のトーンを落とした。

「背中流しながらの方が聞き易いかなって思って。今日学校でお兄ちゃんに何が起きたのか」

「事情聴取ってわけか」

 樟葉の突然の行動に納得がいった。

「話を聞いて癒してあげようって言うのに、ひどい言い草だよぉ」

 樟葉の不満そうな声。

「まっ。せっかくだから樟葉に話を聞いてもらおうかな」

 含みがないことを知って樟葉の提案を受け入れる。

 それにクラスメイトたちの冷淡な視線の理由がよく分からないので人の意見を聞きたかった。

「うん。お任せだよ」

 こうして俺は3年ぶりぐらいに妹に背中を流してもらうことになった。

 

 

「……というわけで、クラスメイトには冷たく扱われるわ、気絶した部活仲間を保健室まで1人で運ばされるわで大変な1日だったんだよ」

 人に背中を流してもらうという行為は思いのほか気持ちいいものだった。

 そう言えば昔から樟葉は俺の背中を流すのが上手だったよなと思い出す。

「う~ん。それはお兄ちゃんが鈍すぎるというか、六花さん達のアプローチが鈍い人に対して婉曲過ぎるという言うか」

 その妹は鏡越しに俺に渋い顔を向けていた。

「まあ一言で結論を言えば……お兄ちゃんが悪い。かな」

「お前もその結論なのかよ……」

 妹にもダメだしを食らって落ち込んでしまう。

 今日の俺はそんなにダメダメな判断を下してきたのだろうか……。

 

「でも、安易な気持ちでポッキーゲームを受けなかったのは正しかったと思うよ♪」

 鏡越しに樟葉が微笑んだ。

「そうだよな! 俺の判断は間違ってなかったよな!」

 妹の賛同が得られて勢い込む。

 そう。誰にダメだしされようと、俺が生きた硬派路線は間違いじゃなかったんだ。

「はい。背中流しはこれでおしまいね」

 樟葉は俺の背中に桶ですくったお湯を掛けた。

 けれど、湯の掛け方が強すぎたのか、その湯は妹の体に跳ね返ってしまった。

 

「あ~あ。やっちゃったぁ」

 全身を湯で濡らしてしまった樟葉。

「このまま上がっても風邪を引いちゃいそうだし」

 自分の濡れた体とバスタオルを見ながら

「どうせならわたしもお風呂入ってちゃお」

 頷いてみせた。

 そして躊躇なくバスタオルを取り外してみせた。

「へっ?」

 俺には樟葉の行動の意味がよく分からなかった。

 ただ、鏡越しに全裸の妹の姿があった。

 はへっ?

 

「お兄ちゃん。何を鏡越しに妹の裸をマジマジと凝視してるの?」

「い、いや、そんなことは……」

 3年ほどぶりに見てしまった妹の裸。

 小学生の時より大人っぽくなっているのは確かなことで。

 体つきも子供から大人へと変貌し始めている。

 いや、でも、樟葉は俺の実の妹なわけで……。

「お兄ちゃんって、妹の裸に欲情する人なの?」

「だからそんなわけがないだろっ!」

 兄としての威厳を、全力で妹の疑問を否定することで示す。

 鏡から視線を外す。

 名残惜しい気もしたが、そんな感情は一時の気の迷いとして吹き飛ばす。

 俺は樟葉の立派な兄でいたい。

 

「じゃあわたし、お風呂入っちゃうね」

 樟葉はごく自然に湯船の中へと入っていった。

 妹との入浴を妙に意識している俺の方が変なのか?

「お兄ちゃんももう体洗ったんだから入ってきたら?」

「あ、ああ」

 妹の言葉に導かれるままに俺も湯船へと身を沈める。

 樟葉は俺の妹とは思えないほどに良識を持った良い子だ。

 その妹が言うのだから、兄と妹で入浴することはおかしなことでもないのだろう。

 世間の一般常識に関して、重度の中二病患者だった俺が言えることは何もないのだ。

「繰り返しになるけれど、今日お兄ちゃんがポッキーゲームを受けなかったのは本当に良かったと思うよ。後になれば、六花さんも凸守さんもお兄ちゃんの判断に感謝するよ」

「そうだよな。俺は正しかったよな!」

 それに、俺の話をちゃんと聞いてくれる樟葉と一緒にお風呂に入っているとこんなにも気分が高揚するのだから。

 間違っているはずはない。

 

「…………フフ。計画通り」

 

「うん? 何か言ったか?」

「ううん。ただ、お兄ちゃんがあんまり女の子にモテないようだったら、可哀想だからわたしが恋人になってあげようかなって」

「そんな同情はいらん!」

「まあ、お兄ちゃんに一生涯恋人ができなくても、わたしが面倒見てあげるから安心してね♪」

「はぁ~。何を言っても無駄なんだろうな。へいへい。その際はよろしくお願いしますってんだ」

「クスッ」

 

 11月11日晴れ。

 俺は今日という日に起きた数々の苦労の連続を、妹と久しぶりに入浴して軽口を叩き合うことで癒したのだった。

 

 

 了

 

 

 

 


 

 
 
3
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

このページの使い方を
ご案内します!