No.510494

そらのおとしもの  棒旗遊戯(ポッキーゲーム)2

水曜定期更新

ポッキーゲームの2話目。UBWの時もそうだったけど、どうも美香子を書いていると熱くなって描写が増える。

中二病でも恋がしたい!

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2012-11-20 23:36:56 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1530   閲覧ユーザー数:1478

そらのおとしもの  棒旗遊戯(ポッキーゲーム)2

 

 

『え~……大変言いにくいことですが、このままの収益状態では当動物園は年末をもって……閉鎖となります』

『えええぇっ?』

 動物園内の朝礼で、空美動物園に勤務するお姉さんは突然の閉園の知らせに驚きを隠せなかった。

 だが、驚いたのは彼女だけではなかった。

『ど、どういうことなんですか、園長っ!?』

『潰れるなんて話は全然聞かされていませんでしたよ!』

 事務室はあっという間にパニック状態に陥った。

 職員達が若干の冷静さを取り戻すためにしばらくの時間を要した。

 

『閉園となったら、動物達はどうなるんですか?』

 平静さを取り戻した職員達はまず第一に動物達の今後を気にしていた。

 愛情を注ぎ彼らにとっては家族にも等しい動物たちのことを。

『そっ、それは……できる限り、他の動物園に引き取っていただけるように努力いたします』

 園長が苦しい答弁をする。

 けれど、職員達がそんな答弁で納得できるはずがなかった。

 動物の受け渡しは非常に難しい。

 引渡し先の施設、環境、その動物の飼育に対するノウハウの有無など、解決しなければならない問題が山のように存在する。

 その為に数ヶ月、長い場合には数年に渡る受け渡しの為の期間と綿密な計画が必要になる。

 残り1ヶ月半足らずで引き渡せる動物数などたかが知れていた。

 言い直せば、大多数の動物は引き渡せない。

 にも関わらず、動物園が閉園となれば……。

 

『残された動物達は一体どうなると言うんですか?』

 お姉さんは不安に駆られながら確かめる。

 園長は苦渋の表情を浮かべた末に遂に漏らした。

『貰い受け先が決まらない動物の引取りを五月田根家が申し出ました』

 園の最高責任者の言葉に事務室内が一瞬静まり返る。

『ほっ、本気なんですか?』

 職員の1人が驚愕しながら立ち上がった。

『五月田根家の実質的な頭首は弱冠15歳にして、この世全ての悪と恐れられる危険人物なんですよ』

 職員が1人、また1人と立ち上がっていく。

 五月田根家の名は職員達に恐怖と絶望を植え付けた。

 

『五月田根家は、動物達を大切に保護してくれると約束してくれたんですかっ!?』

 お姉さんは一縷の望みを賭けながら園長に詰め寄る。

『五月田根家は動物達に傷がつくことないように丁重に扱うと約束してくれました』

 園長の言葉に職員一同安堵する。

 だが、その安堵こそ更なる絶望の為のプロローグでしかなかった。

『実は、知人から極秘に知らされた情報なのですが……』

 園長は力なく俯いた。

『五月田根家は剥製業者と契約を結んだそうです。年始には大きな仕事が入ると連絡したとか何とか』

 園長はそのまま膝をついて地面に崩れると人目もはばからずに泣き出した。

 園長でありながら中間管理職。

 男はあまりにも無力だった。

 

『何とかっ、何とか閉園を免れる手はないのですか?』

 お姉さんは全身を震わせながら尋ねる。

 このままでは、彼女が愛する動物達が年明けには剥製にされてしまう。

 そんな事態になれば、心が優しい彼女は耐えられない。

『大口のスポンサーがつけば存続は可能です』

『じゃあっ!』

『しかし、この不景気。そんなスポンサーをみつけるのは難しいです』

『で、でも、どこか1つぐらいは……』

 お姉さんにしては一歩も引かずに食い下がる。

 動物達の望まぬ死を見たくなかった。

『唯一可能性がありそうなのは空美町で五月田根家と並ぶ名家である鳳凰院家のみ。ですが、当園は昔から五月田根と縁が深かった故に鳳凰院家とは遠く……』

『それでも、何とかできないんですか? ここにいる職員全員で頭を下げるとかで……』

『鳳凰院家と五月田根家の間にはとても複雑なものがありますから……こればかりは当園の総力を結集しても……』

 お姉さんは深い絶望を抱いた。

 そんな彼女が棒旗遊戯の存在を知ったのはそれから3日後のことだった。

 

 

「だから私、この競技に絶対に優勝しないといけないんです。優勝して、鳳凰院家に動物園のスポンサーになってもらわないとっ!」

 アストレアは、動物園のお姉さんが魚屋のあんちゃんに涙ながらに訴えているのを聞いてしまった。

 競技開始まで後5分という時のことだった。

「動物園が潰れてしまったら……餌用に魚を卸しているうちの魚屋も下手をすれば店じまいだ。いや、うちだけじゃない。八百屋もパン屋も他の店も大打撃だ。よしっ、俺が優勝しても望みは鳳凰院家の動物園サポートにするぜ」

 あんちゃんは親指をグッと立ててみせた。

「動物園が潰れると商店街全体が困るから……私もあんちゃんと同じ望みにしてあげるわ」

 文房具屋の一人娘マキコがツンケンとした態度で協力を申し出た。

 普段動物園のお姉さんと文房具屋のマキコは魚屋のあんちゃんを巡って三角関係にある。だからマキコがお姉さんの味方となる行動をするのはとても珍しいことだった。

 逆に言えば、それだけ切羽詰っていることが見て取れた。

 

「動物達が……死んじゃう?」

 お姉さん達から聞いてしまった話はアストレアにとってはショックだった。

「私は……死にたくない。動物さんだって死にたくないに決まっているよね」

 己の左手に握られたポッキーを眺める。

 このポッキーを折られることなく最後まで握り締め続けられれば、今後の食料確保の問題はなくなる。

 けど、それで良いのかって気分になってしまう。

 死ぬのが嫌なのは自分も動物達も同じ。

 じゃあ、どうすれば良いのか。

「智樹……私は一体、どうしたら良いの?」

 既に故人となり、空の上の存在になってしまった桜井智樹に尋ねる。

 

(ぐっひょっひょっひょっひょっひょ)

 

 智樹は空美町の大空から、ただひたすらにエロい瞳で町内の女性達を凝視しているだけ。アストレアの問いには答えてくれない。

 

「相変わらず甘いですね、アストレア様は」

 そんなアストレアに近付いてきた着物姿の小柄な女性。だが、その背中に羽が生えていることが特徴だった。

「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。人間に飼われる価値さえなくなった動物が死ぬしかないのは当然のことですよ」

 オレガノはサバサバした口調で躊躇いなく述べた。

「アストレア様自身、飢えて死に掛けているのでしょう。動物に構っている場合ではありませんよ」

「それは、そうなんだけど……」

 アストレアはオレガノの言葉に承諾できない。

「自分さえも救えぬ願いなど、何になるというのです? そんなものは詭弁に過ぎません」

「でも、だけど……」

「私は、見たこともない動物達の命よりもアストレア様。あなたのことを高く評価しているのですよ」

 オレガノが右手をアストレアの肩に乗せた。

 

「アストレア様。これをどうぞ」

 そう言って左手で渡してきたもの。

 それは丸く握られたおむすびだった。

 約10日ぶりに目にするカロリー。

 けれど、そのカロリーを安心して見ることはできなかった。

 何故なら渡してきたのがオレガノだったから。

「安心してください。毒など入っていません」

 オレガノは息を吐き出した。

「何故、これからの競技で敵になる私にカロリーを?」

 このおむすびを食せばしばらくの間戦闘に耐えられるかもしれない。

 けれど、それは優勝を狙うオレガノにとっては不利な筈だった。

 

「それは勿論、美香子お嬢さま……五月田根美香子を倒すためには強力なコマが必要だからですよ」

 オレガノは黒い笑みを湛えながら答えた。

「おそらくこの戦い、五月田根美香子を倒せるのはアストレア様だけではないかと思います」

「パワーならイカロス先輩やカオスの方が圧倒的に上なんだけど」

「力押しだけで倒せるほど、あの、この世全ての悪は甘くありません。ましてや今回のルール。悪知恵が働く者が圧倒的有利です」

 オレガノの黒さが増していく。

「それで師匠を倒した私を倒してオレガノが優勝っていう筋書きなのね」

 アストレアは自分の師の思考を真似しながら述べてみた。

 オレガノは躊躇なく頷いてみせた。

「ええ、そうです。そして私は晴れて五月田根と縁を切り、英四郎様の元に嫁ぐのです」

 オレガノは自身の師を裏切ることに全く躊躇いを持っていなかった。

「分かった。このおむすびはありがたくいただいておく」

 アストレアはおむすびを口の中に入れてじっくりと咀嚼した。

「勝つのは私だけどね。だから、オレガノの思う通りにはならない」

 おむすびを喉の奥へと飲み込む。

「その心意気は結構なことです」

「でも私は、オレガノの考えには賛成できない。人を裏切るのは……」

「構いません。あなたは五月田根美香子さえ倒してくれれば。後は私でどうとでもできますから」

 オレガノは澄まして答えた。

「他の参加者達を甘く見ない方が良いわよ」

「私は最も強い参加者を最初に警戒しているだけですよ」

 オレガノはあくまでも澄ましている。

「アストレア様の方こそ精々奮闘して五月田根美香子の撃破を成し遂げてくださいよ」

 オレガノは人ごみへと姿を消していった。

「言われなくても優勝は、私が成し遂げる」

 アストレアの目が紅く光った。

 

 

「それでは鳳凰院家主宰第一回空美町棒旗遊戯のゲームを開始しますわ。よ~い、ドン。ですわ~♪」

 月乃の号令と共に棒旗遊戯大会が始まった。

「まず、誰が一番攻勢に出るのか探りつつ逃げる。だったわね」

 直前に守形に言われたことを思い出しながら低空飛行を続けて私立空美中学から遠のく。

『良いか。この勝負の勝者は最も敵を多く倒した者ではない。最後まで生き残った者だ』

 守形の言葉をかみ締めながらアストレアはまずは様子見することにした。

「イカロス先輩とカオスにはセンサーがある。私を倒す気になったらいつでも捕捉できる。だったら、2人と一番有利に戦える場所に移動しておかないと」

 フィールドは空美町及びその上空に限定されている。

 遠くにはいけない。

 では、どうするか?

 自分の本拠地である山に立て篭もるか?

 それとも、早めに打って出るか。

 そんなことを考えながら空美商店街を抜ける。

 その時だった。

 空美中学の方から大きな爆発音が立て続けに聞こえて来た。

 

「あの音。…アルテミスじゃない。となると、最初に仕掛けたのはカオスね」

 学校付近で派手に暴れているのはカオスに違いなかった。

「カオスは周囲の被害とかを考えない。だから、収穫の終わった田んぼとか、山の中で戦わないと私が不利」

 当初の予定通り、山に向かうか改めて検討する。

 それに当たって今後の展開を予想してみる。

 そして一つの結論を下した。

「よし。隠れるなら……街中、よね」

 アストレアは空美の市街地からは出ないことにしてこっそりと身を隠すことにした。

 

 

 

 

「愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛~~~~っ!!」

 私立空美中学の上空から圧倒的な攻撃力をもって参加者達を次々に屠っているのはカオスだった。

「私は、優勝しなきゃいけなかったのに……ううううっ」

「あのちびっ子、強すぎだろう……クソォっ!」

「まるで歯が立たなかった……」

 動物園のお姉さん、魚屋のあんちゃん、文具屋のマキコも最強の力を持つエンジェロイドを前にして無念のリタイアを告げていた。

 ゲーム開始から30分。

 既に参加者は当初の約300人からその10分の1の30人以下にまで減っていた。

 そのほとんどをカオスがリタイアさせていたのだった。

「クックック。圧倒的ですね。カオス様の力は」

 カオスを手懐けて校舎の影から見守っているオレガノは愉悦に浸っている。

「カオス様には直接人間を傷つけないように命令を下したことで、大会後に私のイメージが損なわれることはないでしょうし」

 カオスの攻撃は参加者達を直接害するものではなかった。

 カオスは念動力を使って参加者達の周囲の土や小石などを操り、ピンポイントでポッキーを破壊していった。

 人を一切傷つけない戦術を授けたことで、自分とカオスの関係がバレても問題にはならない。オレガノのイメージ戦略を重視したやり方だった。

「もっとも、イカロスと五月田根美香子と遭遇した場合は、全力でこれを消滅するように言い含めていますがね。クックック」

 オレガノは黒い笑みを浮かべた。

 真の障害になりうる標的には容赦しない。いや、積極的に殺す。

 それがオレガノの選択だった。

 

「殺すのが私とイカロスちゃんだけって言うのは~あまりにも生ぬるいんじゃないかしら~オレガノちゃん?」

 嗤うオレガノに声をかけて、校舎の反対側の隅から石の仮面をかぶった空美学園制服姿の少女が現れた。

「美香子……お嬢さまっ」

 オレガノの前に現れたのは鳳凰院との複雑な関係により正体を隠して参加している五月田根美香子だった。

「英くんを追い掛けていたら~オレガノちゃんを発見しちゃったわ~♪」

 楽しそうに語りながらオレガノにゆっくりと近付いてくる。

「おっ、お嬢さま……」

 自分の殺害計画を聞かされながら楽しそうに向かってくる美香子にオレガノは動揺を覚えていた。いや、無意識に恐怖を覚えていた。

 

「どうしてカオスちゃんに~全ての参加者を全殺しするように言い聞かせなかったの~?」

 美香子はとても不思議そうに首を傾けながら尋ねた。当然の選択肢を選ばなかったのは何故かといわんばかりに。

「それは、優勝後のイメージ戦略を考えてのことです」

「イメージ戦略?」

 美香子は再び首を捻った。

「私はこの大会で優勝したら守形英四郎さまの元に嫁ぎます。2人でささやかながら幸せな日々を送る為には、私たち夫婦が誰からも敵視されない存在であることが必要です。だから……」

「だから、空美町の人々にカオスちゃんが危害を加えることがないようにした、と」

「そう、です。エンジェロイドの安全性を立証する必要があるのです」

 オレガノは美香子に見つめられて全身から汗が流れ落ちていくのを感じずにはいられなかった。

「ふ~ん」

 美香子はとてもつまらなそうに頷いてみせた。

「とてもつまらないことを考えているのね~オレガノちゃんは」

 そして実際につまらないと切って捨てた。

 

「私がオレガノちゃんだったら~カオスちゃんに皆殺しをさせた上で~カオスちゃんを殺して~自分が英雄として君臨するわね」

 美香子はごく造作もないように言い切った。

「英くんとの結婚生活は、誰からも敵視されない程度より、生き残った人々みんなから祝福され、崇拝される方がいいに決まってるわ。望みが低すぎるのが減点1ね」

 美香子は右手の人差し指を立ててみせた。

「しかし、カオスのポッキーをなくすならともかく、殺すというのは人間と身体能力が変わらない私には……」

「どんなに力が大きくても相手は無垢な子どもよ。やりようなんて幾らでもあるわ。私なら~カオスちゃんを12の別々の方法で殺害することもできるわ」

 オレガノの見解はあっさりと否定された。

「利用する相手の命を握れないまま使役するのは~悪を志す者にあるまじき失態よ。減点2ね」

 美香子は中指も立ててみせた。

「そして最も致命的な第3の減点。それは……」

 美香子がオレガノに向かって更に近付いてきた。

 オレガノは武器として持っているほうきを右手で構える。冷や汗を止め処なく垂らしながら。

「棒旗遊戯開始前に私を殺して~五月田根家を乗っ取っておかなかった点よ~」

 美香子は自身を予め殺しておかなかったことを減点の根拠として述べた。

「ゲームの最中にはどんなハプニングが生じるか分からない。でもオレガノちゃんは英くんとの結婚の為に絶対に優勝しなければならない。なら予め障壁になりそうなものはゲーム開始前に排除しておかなくちゃ~♪」

 美香子は楽しそうに笑っている。楽しそうに自分を殺しておくべきだったと語っている。

「しかし、私がお嬢さまを超える為には、この棒旗遊戯を通じてお嬢さまを屠る必要が!」

「そんなことを言っているから~オレガノちゃんはまだ悪に徹しきれないのよ~」

 美香子はヤレヤレという感じで首を横に振る。

「できるだけ汗をかかず~危険を最小限にし~♪ バクチをさけて~♪ 戦いの駒を一手一手動かす♪ それが真の悪なのよ~♪♪」

 美香子は楽しそうに悪について述べた。

「しかし、美香子お嬢さまはこうして自ら戦いの場に赴いているではないですか!」

「ああ、それはね~♪」

 美香子は首を縦に一つ振って頷いた。

「私が自分の命や尊厳をおもちゃにして~もてあそぶのが大好きだからなのよ~♪」

 美香子は今まで一番楽しそうな声を出した。

 

「イカロスちゃんやカオスちゃんアストレアちゃんたちの怒りに触れて細胞1つ残らずに消滅させられる自分を想像してみたり~桜井くんみたいなエッチな参加者に散々蹂躙され尽くしてその姿を英くんに見られでもしたら~……そんな自分を想像するのは~皆殺しを実行するのと同じぐらいゾクゾクして快感が止まらないのよ~♪」

「くっ、狂ってる……」

 オレガノは自分の仕えている令嬢に対してそう判断するしかなかった。

「自身の破滅さえ愉悦の対象とするなんて……」

「あらっ? 破滅が最大の愉悦だってことはオレガノちゃんももう分かっているんでしょ? だったら、自分だけ仲間はずれにしちゃ可哀想じゃない♪」

 何の驕りも見せずにそう言いきってみせる美香子。

「しかし、愉悦とは利己的でいられる限り楽しめるものなのでは?」

「大丈夫。オレガノちゃんにも、分かる日がそう遠からず来るわよ」

「……クッ」

 悪としての格の違い。いや、狂人としての格の違いを見せ付けられてオレガノは知らず1歩下がっていた。

 

「オレガノっ! カオスを呼び戻して美香子を攻撃するんだっ!」

 オレガノの背後から声が聞こえた。彼女が心から思慕を傾ける少年の声。

「はいっ! 英四郎さまっ!」

 オレガノは守形の言葉に勇気を得て、美香子を強い眼力で睨み直す。

「カオス様っ! ターゲット・アンリマユを発見っ! 至急私の元へとお越しください」

 そしてエンジェロイドの能力を使ってカオスを自分の元へと呼び寄せる通信を送った。

 次の瞬間、校庭の方から鳴り響いていた攻撃の音が止んだ。

 カオスがオレガノに向かって移動していることは明白だった。

「カオスがここに到着するのに10秒も必要ありません。あの小娘が到着すれば、英四郎さまとカオス、そして私。この戦力差に対抗できますかねえ?」

 余裕を取り戻したオレガノは不敵な笑みで美香子を見た。

「確かに1対3になってしまっては、私に勝ち目はないわねぇ~」

 美香子は両腕を横に広げてみせた。

「もっともぉ~、1対3という状況が実現したらの話だけどね~」

「えっ?」

 オレガノが聞き返した瞬間だった。

 彼女の左手からポキッと何かが折れる音がした。

「へっ?」

 オレガノは慌てて自身の左手を見る。

 すると、大事に握っていたはずのポッキーが半分に折られていた。

 そして、その折れたポッキーに手を添えていたのが──

「英四郎、さま?」

 守形だった。

 

「すまないな。お前に恨みはないが、俺はまだ当分結婚するつもりはないのでな」

 守形はメガネを鈍く光らせた。

「うふふふふ~。減点その4。英くんを事前に味方に引き入れておかなかったこと~。未来の旦那様になって欲しいなら~、それぐらいはしておかなくちゃ~♪」

 美香子はまた楽しそうに笑った。

「オレガノに優勝させるわけにはいかないという点で俺と美香子は利害が一致したのでな。美香子はただの幼馴染で、美香子を愛しているとかそんな事情はこれっぽっちもないが」

「ウグッ!?」

 美香子がガックリと膝をついた。その背中には深い哀愁が漂っていた。

「とにかく~敵の敵は味方っていうやつよ~。残念だったわね、オレガノちゃん」

 オレガノの敗因を端的に説明されたのだった。

「む、無念です……」

 悪としての格の違いを見せ付けられたオレガノはガックリとうな垂れた。

「やはり私はまだ、この世全ての悪にまで達していないのですね。悪とは……奥が深い」

「大丈夫。オレガノちゃんは地上に来てまだ日が浅いだけだから。修練を積めば、私よりも立派な悪になれるわ」

 美香子の声は優しかった。

 

 

「あっ、守形お兄ちゃ~ん♪」

 守形と智樹の2人に恋する最強のエンジェロイドが守形たちの元へと飛んできた。

「ああ、カオス。よく来てくれた」

 守形は地上に降りたカオスの頭を撫でた。

「うん♪」

 嬉しそうな表情を見せるカオス。

 そんな守形とカオスの様子を見て不満そうな態度を見せる美香子とオレガノ。

「それで、守形お兄ちゃん。用事って何?」

 オレガノに呼ばれたこともすっかり忘れて守形に尋ねるカオス。

「カオスが右手に握っているポッキー。今すぐ食べてしまって構わないぞ」

「本当?」

 カオスは顔を輝かせた。

「ああ。これもおまけにやろう」

 オレガノの半分に折れたポッキーをカオスに渡す。

「わ~い。守形お兄ちゃんからお許しが出ちゃった~♪」

 カオスは喜んで自分とオレガノのポッキーを両方自分の口に入れて一気に食べてしまった。

 こうしてカオスは何ら疑うことなく失格となった。

 

「さて、共闘の約束はここまでだったな」

 守形はカオスの頭を撫で終えてから美香子へと振り返った。

「英くんも甘いわよね~。どうしてカオスちゃんに私を殺させてからお菓子を食べるように命じなかったのかしら?」

「俺はお前のように悪を体現して生きてはいない」

 守形はキッパリと断言した。

「英くんのそういう所は大好きなんだけど~」

 美香子は両手を交差させてファイティングポーズをとってみせた。

「そんな正々堂々を貫こうとしたのでは……私には勝てないわよ」

「かもな」

 守形もまたファイティングポーズをとった。

「さあ、アストレアちゃんとイカロスちゃん。勝ち残って私を最後に楽しませてくれるのは一体どちらなのかしらね~?」

 美香子は僅かに視線を上げて空を見上げた。

 美しい羽を持つ2人のエンジェロイドが対峙しているのが視界に映っていた。

 

 

 続く

 

 


 
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