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魔法少女リリカルなのは~生まれ墜ちるは悪魔の子~ 二十五話

一つの大きな、大きな奇跡

2012-07-22 00:27:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2268   閲覧ユーザー数:2190

 

カリフが管理局本部でフェイトたちを一方的にシゴきにシゴいて二日目の昼

 

カリフは地球へと帰る日が来た。

 

二日とはいえ、結構ギリギリまで密度の濃い修業を続けていたクロノたちはもはや虫の息となりながらも見送りには来てくれていた。

 

そこには修業をバックれていたユーノの姿もあった。

 

「二日か……時間も時間でな、全てを教え切ることができなくて非常に遺憾だと思う。悪いな」

「いや、ほとんど君の憂さ晴らしだったろ?」

 

クロノのささやかな反撃もカリフには伝わらず、どこまでもマイペースな彼にリンディたちも苦笑する。

 

「ユーノ、修業をサボったことはいつか追究するとして……ほれ、これらがお前等の課題だ」

「僕は裁判の準備してたんだけど!?」

 

ユーノの主張も無視してカリフはクロノたちに紙を一枚ずつ渡していく。

 

「これは?」

「お前等の弱点克服部分、これからに必要なトレーニング方をオレなりに纏めてきた」

「こういうところはマメなんだな……」

 

クロノがカリフの意外な一面に素直に驚く中でリンディとエイミィが思い出したかのように手を叩いた。

 

「それってクロノたちが眠った後に書いてた物よね?」

「そういえば訓練風景のビデオを見せて欲しいって……」

「……」

 

リンディとエイミィの余計な一言にカリフは全員から目を背けるようにそっぽを向く。

 

それを聞きながら紙の内容を見ると、その紙はクシャクシャで少しだけインクで黒ずんでもいた。

 

それだけ内容を事細かく書いており、分かりやすくできていた。

 

「これ……アンタが?」

「これはまた……戦技官としてやっていけるだろ……」

 

高度な戦いについてのレクチャーがビッシリの紙を見ながらアルフとクロノは感嘆の声を上げる。

 

「カリフ……ありがとう!!」

「ぐっ……」

 

フェイトの屈託のない笑顔と素直な感謝にカリフは苦い声を洩らす。

 

あらゆる意味での好意を向けられることが少なかった彼にとって、こういった顔を自分に向けてくる人物は苦手だ

 

フェイトは本当に嬉しそうにカリフをじっと見つめ、視線を合わせないカリフにユーノは苦笑する。

 

「はは……カリフってなのはとフェイトには弱いよね?」

「……一応は母の教育でフェミニスト精神を持って育てられた」

「フェミニストが小山を投げるか? 普通」

 

アルフの突っ込みにフェイトを除く全員がウンウンと頷く。

 

と、ここでカリフは思い出したかのようにマリーに視線を向ける。

 

「ところでマリーだったか? この件については礼を言おう」

「あ、ううん。私としても中々興味があったから別にいいよ」

 

少し震えはしたが、カリフの誠意の籠った謝礼にマリーも恐れていたカリフに少しは慣れていたようだった。

 

「腕時計型重力付加装置……初期段階では最高が今のところは100倍にまで設定可能だけどこれからは段々と増やしていけるから」

「今の段階ではどのくらいの負荷を実現できる?」

「ん~と……最高は700倍かな……というか生身で使えないよ」

 

マリーに注意されながらもカリフはもらった腕時計を付けて設定をいじってみる。

 

その際、100と数を合わせてスタートのボタンを押した時だった。

 

「「「「「「!!」」」」」」

 

突如としてカリフの足場が陥没したことに全員が度肝を抜かれた。

 

マリーに至ってはまだ操作説明さえもしてないのにいきなり無茶なスタートを切ったことに軽い悲鳴を洩らした。

 

普通の年端もいかない子供なら10倍の重力で簡単に潰れるはず。

 

「ぐ…ぐ…ふぅ」

 

だが、目の前の子どもは少しよろけるも、ゆっくりではあるが、100倍重力の中で立ち上がった。

 

カリフはリセットと書かれているボタンを押して元に戻す。

 

そんな彼にはもう驚き疲れたのか何とも言えない表情のクロノたち

 

「実にいいものだ。次回は最高出力の物を頼む」

「は、はい……」

 

呆然と立ちすくむマリーはそれ以上の言葉も出せない。

 

カリフは転送用ポートの上に立ってフェイトたちに向き合う。

 

「んじゃ、オレはもう行く。縁があればまた稽古をつけてやる」

「うん。その時にはアッと言わせてみせるよ」

「今度は一発殴る!!」

「殊勝な心構えだ。楽しみにしているぞ」

 

ガッツポーズを送るフェイトとアルフに笑みを見せる。

 

「クロノ、なんやかんやあって色々あったが、オレはお前の無謀だが、屈しない態度は嫌いじゃない」

「な、なんだいきなり……君らしくない……」

「ユーノ……保留だ」

「僕だけそんな扱い!?」

「エイミィとマリーからもいい物を貰った。大義である」

「あはは……」

「はい……」

「リンディとレティもこの二日はすまんな。訓練場を貸してもらって」

「え、えぇ……」

「…あなたってそんなキャラだっけ?」

 

らしくなく律儀に礼を述べるカリフにリンディは失礼なことを口走って後悔して口を押さえた。

 

折角相手が礼を述べているのだ。意外だとしてもそんなことを言うのは大人として失礼ではないか。

 

そう思っていたところ、カリフは首を傾げて普通に答える。

 

「言うべきことを言っただけだ。それくらい普通ではないのか?」

 

何を可笑しな……と首を傾げるカリフにリンディたちの中のカリフの評価が変わった。

 

(礼を尊び、約束は守る……簡単そうで難しいことよね……)

(性格とやることはアレだけど、本当は真っすぐで純粋な子なのよね……)

 

少なくとも、カリフはいい意味で特殊な子供だということが分かった。

 

それだけで大人組みとしては嬉しい限りだった。

 

それどころか首を傾げて見上げてくるカリフがなんだか小動物にさえ見えてきた。

 

「次に何か面白そうなことがあれば一時的だが、共同戦線は張ってやろう」

「そうか……そうなってくれるといいがな」

 

抱きしめたい衝動を抑える大人組みの横ではクロノとカリフの会話が終わり、転送されようとしていた。

 

魔法陣が光るり、カリフを包む中でフェイトは声を上げた。

 

「カリフ!」

「?」

 

フェイトは今まで見せたこともないような無邪気な表情で言った。

 

「またね!!」

 

再開の意味を込めて言った別れの言葉にカリフは……

 

「縁があればな」

 

曖昧な、しかし、力強く答えてその場から消えた。

 

光が治まるころには二日間嵐を巻き起こしていた少年はもういない。

 

「行ったか……」

「だね」

 

クロノとエイミィの一言にフェイトは寂しさを胸に抱くが、カリフは応えてくれた。

 

また会おうって……

 

なら、その時までにはもっと強くなろう。

 

あの遠い背中に一歩でも近づくために……

 

「カリフ……私…頑張るから」

「ん? 何か言った?」

「ん、なんでもないよ。アルフ」

 

母さん…今日も私たちは元気です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街外れの路地裏で何の前触れも無く現れた魔法陣は淡い光を放つ。

 

そして、光が治まるとそこにはカリフだけが残っていた。

 

「ふぅ……本当に地図通りに転送してくれたな……」

 

カリフはその場所に見覚えがあったのか路地に出てそう洩らした。

 

そのままカリフは迷う素振りも見せずに住宅街の路地をどんどん進み、一軒の家の前へと立ち止まる。

 

「ここ……だな」

 

そう呟きながらインターホンを押してしばらく待つ。

 

そして家のドアから小さな影が出てきた。

 

「はーい」

 

車イスに乗ったままドアを開けて可愛らしい声で出迎える少女にカリフはいつもの調子で返した。

 

「ちわー、三河屋でーす。八神さんちでよろしいでしょうかぁ?」

 

この時、物語の歯車が一つ組み合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう一つの終わったとされる物語は未だに続いていた。

 

闇に落ちたとされるその命

 

一度は道を踏み外し、後になって気付かされた自分の罪

 

汚れたのならとことんまで汚れ、大切な物を守ろうと奮闘した。

 

(フェイト……アリシア……ごめんなさい…私は最低な母親だったわ……)

 

娘を見捨て、傷つけ、彼女の心に後悔が無いとは嘘になる。

 

だが、フェイトの未来を考えればこのくらいは些細なことだ。

 

プレシアは傍に感じるアリシアの気配を辿って抱きしめた。

 

(アリシア……ここでお別れよ……本当はもっといたいけど……)

 

涙は流さない。今までの罪を思えばそれが当然なのだから

 

プレシアの意識が、存在が薄れ始めるのを感じた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう簡単に諦めたらダメなんじゃねーかぁ?」

「!!」

 

だが、その消滅もたった一つの声によってかき消された。

 

今まで目を瞑っていたプレシアの目が覚醒された。

 

そして飛び起きてみると、そこは悠々と広がる空は白、地面には雲が地平線まで広がるまさに天と地が逆になった奇妙な世界……そして、プレシアの前にいたのは……

 

「やーっと起きたなぁ! いやぁ…おめえをこっちに連れてきたのにこのまま死んじまったらどうしようかと思ったぞ?」

「あ、あなたは……?」

「ん? オラぁ悟空だ。孫悟空」

 

何やら胴着を羽織った陽気な青年だった。

 

というより、覚醒したばかりのプレシアにとって彼の名前はもちろん、この空間に戸惑った。

 

壁とか建物とかが存在せず、空が地面にあるなど訳が分からない世界……

 

「ここは……まさかアルハザード……」

「いんや? 違うと思うぞ?」

 

今まで自分が探し回った理想郷…アルハザード

 

もしかして本当に辿り着いたのかと思ったのも一瞬、その悟空と名乗る男性に否定された。

 

プレシアは短く息を吐いて納得はした。

 

もうずっと前からアルハザードのことは諦めていたのだから残念だとは思わなかった。

 

悟っていたプレシアの耳に悟空が声をかける。

 

「そういやよぉ、そこの子なんだけどよぉ……」

「え、あぁ……あの子はアリシアよ……訳あって喋れなくなってしまって……!!」

 

悟空が指差す場所へ視線を向けると、なぜかアリシアの姿があった。

 

問題はそのポッドに入っていたはずの体が外に出され、毛布にくるまれている姿だった。

 

「アリシア!?」

 

プレシアが倒れる我が子へ走って向かおうとする。

 

だが、それを止める者がいた。

 

「よせぇ!!」

「!!」

 

悟空の制止にプレシアは体を震わせて立ち止まってしまう。

 

その間にも悟空は何かを定めるようにアリシアをじっと見つめて、しばらくしてとんでもないことを口走った。

 

「うん!! じゃあ治すか!!」

「……は?」

 

治す? 一体誰を?

 

「おーい神龍!! この子を治してくれよぉ!!」

「あ、あの…あなたは何を……」

 

あまりのマイペースさに誰かに似ていると思いながら上空に向かって誰かを呼ぶような仕草をする青年にプレシアが呼びかけようとした時だった。

 

『いいだろう……』

「なっ!?」

 

空から何処からともなく現れた神々しい龍にプレシアは目を見開き、腰を抜かす。

 

魔法に関わり、ドラゴンと関わることもあったプレシアでも目の前のドラゴンには畏怖を抱いた。

 

言葉を喋り、神々しい覇気を放つ目の前の存在はドラゴン以上、神と同格とさえ思った。

 

そんな中、神龍の瞳から光が放ち、それと同時にアリシアの体がほのかに光り始める。

 

「アリシア!?」

「でぇーじょーぶだって、な?」

『あぁ、幸いにもこの娘の体は無傷に近く、なお且つ、心臓は動いている……脳死程度ならば治すのにそんなに力も必要ない』

 

青年と親しげに話す神龍のスペックにプレシアの開いた口が塞がらない。

 

自分の科学の粋を集めてアリシアの肉体だけは一命を取り留めたというのに、彼女の脳だけは治せず、他の優秀な医者でさえも匙を投げたほどの難病だ。

 

それを治すなどと言ったのか、この龍は!?

 

そう思っていると、光は治まる。

 

「ほら、もう言っても大丈夫だぞ」

「ま、まさか……」

 

有り得ない……なんの救命機器も魔法も使用せず、一分足らずで難病を完治させるなど……

 

半信半疑の状態でプレシアはアリシアの体を抱く。

 

返事が無い……動かない

 

(やっぱり……)

 

諦めが心を覆う。

 

最後の最後までも運命に振り回されるのか……

 

そう思っていたときだった。

 

「……さん?」

「え?」

 

胸に抱く娘の口が動いた。

 

プレシアは呆然としながらアリシアを見る。

 

すると……

 

「お母さん……ムニャムニャ……」

 

寝息を立てて自分を呼ぶ愛しい娘がいた。

 

脳が死に、眠ることはおろか息さえもできなくなっていた我が子が……

 

「あ……ぁ……」

 

プレシアの涙が溢れ出てくる。

 

「おやつまだ~?……スゥスゥ……」

 

どんなに手を伸ばしても、どんなに願っても、どんなに焦がれても戻って来なかった娘が……

 

「アリシアァァァァァァァァ!!……うああああぁぁぁぁん!!」

 

今、自分の腕の中にいた。

 

長い旅から戻って来た娘が今、世界中のだれよりも近い場所にいる。

 

「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

泣いた

 

臆面も、この異常事態に対する疑いも全てを捨てて……

 

そんな中、悟空と神龍は顔を見合わせて苦笑した。

 

「はは……オラたちはお邪魔かな……」

『そうだな……それでは……』

「あぁ、頼む」

 

悟空の一言に神龍は再びその深紅の瞳を輝かせる。

 

次に輝いたのはプレシア

 

「!? これは……!!」

「あぁ、今度はオメエだ」

「!!」

 

涙で顔を濡らしたプレシアは自分の身にある変化が起こっていることを実感した。

 

(暖かい……まるで、小さい頃に母と一緒にベッドで寝た時のように…)

 

それは、人ならばだれもが実感する親の温もりに似ている。

 

その心地よさを体感していたプレシアは確かに聞いた。

 

「オメエの体を病気になる前まで若返らせた……病魔って奴もどこにできるかが分かってるんなら治療できるだろ?」

「こ……こんなことが……」

 

プレシアが驚きっぱなしの中、悟空は優しい目でプレシアに告げた。

 

「おめえ、カリフのために色々としてくれたからなぁ……これはオラからの礼だ」

「カリフ……ってあなたカリフの知り合い!?」

 

聞き覚えがあり、一生忘れないであろう名のカリフ

 

なぜ、この青年が彼を知っているのか……聞こうと口を開いた時だった。

 

「んじゃ、そろそろオメエを戻すから」

「え、ちょっ……待って!!」

 

プレシアの訴えも無視するように体が光に包まれる中、視界も薄れていく。

 

「あっちに戻ったらまたカリフをよろしく頼んだ。あのやんちゃな弟子には手を焼くかもしんねえけどよ」

 

口を開けないほどの圧力が自分にかかってくる。

 

「今度は父ちゃんと一緒に遊びに行くって伝えてくれ」

 

だけど、彼の言葉だけは耳の中で透き通って聞こえた。

 

ここでプレシアの意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か……さん……お……かあ……」

「う……うん……」

 

誰かの声が聞こえ、プレシアは目を覚ます。

 

まず、いち早く視線に写って来たのは日の光、そして……

 

「お母さん……起きた?」

「アリ……シア?」

 

今まで追い求めてきた娘だった。

 

目の前で心配そうに眺めてくる我が子にゆっくりと手を伸ばし……頬が触れた。

 

「ぁ……」

「お母さん?」

 

アリシアが心配そうに聞いて来るが、プレシアにとってはそれどころではない。

 

今まで追い求めてきた娘が……目の前にいる。

 

堪らなくなったプレシアは無我夢中でアリシアを抱きしめた。

 

「お母さん? どうしたの? 怖い夢でも見たの?」

 

アリシアは急に抱きしめてくるプレシアに目をキョトンとさせながら母の背中をさすってやる。

 

そんな彼女の優しさにプレシアは涙を静かに流しながら答える。

 

「うん……お母さんね……ずっと悪い夢を見てたみたい……」

「ふ~ん。でも、もう私が付いてあげるから怖がらなくてもいいよ」

「うん……そうね……」

 

プレシアは長い間決して出ることのできない迷宮へと迷い込んだ。

 

アリシアも出口の無い迷路をさまよい続けていた。

 

出口無き絶望の中を彷徨い続けていた。

 

だけど、ゴールはなにも迷路から出るだけでは無い。

 

迷路の中で求めていた者同士が出会うことも、またその人にとってのゴールなのではないか?

 

この出会いもまた新たなスタートとなるであろう。

 

今日を以て、ここ、海鳴市の街で一つの物語が

 

 

 

 

長き悪夢が終わり、小さな奇跡の物語が一つ生まれた。


 
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