周囲を覆う重苦しい空気。それは比喩ではない。本当に空気が重くなったのだ。いや、正確には重くなったのではなく息苦しさを覚えるようになったと言うべきだろう。
その原因は、その場にいる全員の視線が注がれている相手にある。防衛プログラム。またの名を闇の書の闇だ。それを見つめながらアギトは腕の中の少女へ問いかけた。
「はやてちゃん、一体何が……」
「良く分かれへんけど、リインがわたしだけは言うて出してくれたんや! このままやと……乗っ取られるって」
「主、それは———っ!?」
はやての言葉を詳しく聞きだそうとしたシグナムだったが、それは出来なかった。突如、恐ろしい程の魔力と威圧感が周囲に溢れたからだ。
それを感じてシグナムが視線を戻すと防衛プログラムは動きを止めていた。先程まで苦しんでいたにも関わらず、今は身動き一つしない完全な無防備。しかし、誰も何もしようとはしなかった。クウガやアギトさえその異様さに黙って見つめるしか出来ない。
そして、ついに防衛プログラムに動きがあった。一度痙攣したかのような動きを見せたと思った瞬間、リインが叫んだ。
「主! 皆! 逃げろっ!!」
その声をキッカケにリインから”何か”が出て行った。黒い塊のようなものが。それは地面へ落下し轟音を立てる。舞い上がる土煙。それに視界が塞がれた瞬間、何か嫌な予感がしたクウガは叫んだ。
「超変身っ!」
ペガサスフォームへ変わり、その超感覚で誰もが見えない煙の向こうを見る。その時、クウガは予想だにしない感覚を覚えた。
(っ?! これ……あの時と……っ!?)
それは未確認と戦っていた頃に感じた感覚と似ていたのだ。ある時、五代は何故か誰かに見られているような感じを受けクウガへと変身し、ビルの上から周囲を探った事があった。そして、その時も同じようにペガサスフォームへと変わり、超感覚でそれを察知しようとして同じような強烈な威圧感と恐怖心を受けたのだ。
後にそれは未確認の首領であり、究極の闇と呼ばれるダグバであったと五代は知った。今、クウガが受けている感覚はそれと酷似していた。
「っ! 超変身っ!」
クウガは急いで体を赤に戻す。あの時は慣れていなかった事もあり、気絶して二時間の変身不能まで陥ってしまった事を思い出したのだ。だが、ダグバと戦いそれを克服した今のクウガはそれに打ち勝つ事が出来た。
マイティフォーム。格闘戦に優れたこの姿が、クウガの従来の姿となっている。
邪悪な者あらば、希望の霊石と共に、炎の如くそれを倒す戦士である。
(姿は見えなかったけど、アレは……不味い!)
「みんな、気をつけて! アイツは……多分クウガと同じぐらいか、それ以上に強いっ!」
クウガの告げた言葉に全員の顔色が変わる。アギトでさえ、その発言には驚いていた。だが彼もその理由に心当たりがあるのか、なのは達に比べればまだ軽いものだった。
そう、クウガが恐ろしい感覚を感知していた時、アギトもまたある感覚を思い出していたのだ。
(アンノウン……いや、あれは発電所で感じたものと同じだ)
それは忘れもしないあの邪眼との戦いの場となった発電所。そこで何度も感じたものと同じだったのだ。そして、クウガさえ予想出来ない相手の正体にアギトは薄々だが検討をつけていた。
だが、それは出来る事なら外れていて欲しいと思っている。だからこそ、アギトは口に出さない。言えばそれが本当になりそうだったからだ。しかし、世界は残酷だった。
晴れていく土煙。そこに出来た巨大なクレーター。その中心に”それ”はいた。不気味な異形。だが、それはなのは達にもどこで見た事があるものだった。そう、それはまるであるものに似ていたのだ。
―――仮面……ライダー……?
そう誰ともなく呟く。確かに細部は違うがその容姿は仮面ライダーに似ていなくもない。しかしそんな感想が間違いだったと、それが顔を上げた瞬間誰もが思った。
触覚にも見えるアンテナをつけたそれは、目のようなものが一つだった。その邪悪さと醜悪さになのは達が息を呑む中、やはりと言った声でアギトが叫んだ。
「どうして……どうしてお前が生きているんだ、邪眼っ!!」
「あの時の虫けらか。ふんっ、どうしてだと? 貴様ら虫けら共に追い詰められたあの瞬間、我は願った。死にたくないと。その心の声が届いたのだろう……爆発する瞬間、次元の歪みが僅かにだが生じたのだ。それに何とか細胞を送る事が出来たのだが、そこからが長かった。寄生した生物の中で我は復活の時を待ち、ついにその時が来たのだっ!」
邪眼の言葉が意味する事に愕然となる一同。更に邪眼はリインを指差し嘲笑うように語り出す。いつか分からぬ頃に蒐集した魔法生物の内の一匹。それが自分が寄生していた物だった事を。そして邪眼は夜天の書の中でゆっくりと様々なモノを取り込み、その力や能力を自らの物へとした。
そう、邪眼はいつか復讐しようと誓ったのだ。自らを滅ぼそうとした憎き仮面ライダーに。故に、それを模したこの姿へと変えたのだから。
邪眼はその時の気持ちを思い出したのか忌々しげに拳を握ると、視線をアギトの後ろのクウガへ向けた。それに気付き、クウガは身構えた。
「貴様か……キングストーンを持っている者は」
「えっ……キングストーン?」
「妙な変化を起こしているようだが……まぁいい。今度こそ我が創世王になるために貴様のキングストーンを頂く!」
そう言い放ち、邪眼はそこから跳び上がった。その跳躍力は青のクウガに迫る勢いがある。そんな迫り来る邪眼に対してクウガ達は———。
「翔一君っ!」
「はいっ!」
「何だとっ!?」
マシントルネイダーを上昇させた。対抗するのではなく距離を取ったのだ。相手が来れない空高くへと逃れ、二人は邪眼へ視線を向ける。そう、これは相手を恐れてではない。クウガもアギトも理解していたのだ。あれと戦うのは自分達の役目だと。
故に体勢を整えるため、相手の出鼻を挫いたのだ。邪眼は届くと思った瞬間、急にクウガ達が離れたためそのまま落下していく。それを追うようにクウガがマシントルネイダーから飛び降りた。
「クロノ君、これ一先ず返すね」
その途中、手にしたS2Uをクロノへ投げ返しクウガは眼下を見つめた。着地する邪眼に続くようにその目の前へクウガも降り立つ。それに対して邪眼が悠然と構えた。クウガも即座に構えようとするが、その隣へアギトも降り立ち二人は共に構えて邪眼と対峙する。
はやてはザフィーラに預けられ、その腕に抱かれながら二人を見守っていた。邪眼は構えるアギトとクウガの全身を見て、その視線をクウガのベルトに固定する。すると邪眼が何かを感じ取ったかのように吐き捨てた。
「またも邪魔するか光の力め。そうか、貴様の妙な力もそれが原因か……どこまでも我に刃向いおって!」
「光の……力……?」
「キングストーンって何だ!? 貴様は何を知っている!」
「貴様らは知らんだろうな。まぁいい。冥土の土産に教えてやる」
クウガは邪眼の言った言葉に何か引っかかるものを感じ、アギトは聞き覚えのない言葉に対して問い掛ける。それを聞いて邪眼は見下すように語り出した。キングストーンに関する事を。
キングストーンは、古来地球外から齎された神秘の輝石。それに秘められた力は万物の創造さえ可能とする大いなる力を秘めている。そして、その力を完全に制御出来る存在こそ創世王と呼ばれ、名が示す通り世界を自分の意のままに創る事さえ可能になるのだと。
その話を聞いていたクウガが微かに動揺した。邪眼の言った言葉に思い当たる事があったからだ。それは、いつだったかクウガの力を研究していた科学警察研究所の榎田が五代達に言った言葉。
アマダムはおそらく地球上の物質ではない。彼女はそう言っていたのだ。それだけではない。アマダムは、持ち主の意志に応じて力を発現させる。更に持ち主の状態を常に把握し、持ち主を仮死状態にした後そこから蘇生させる事さえやってのけるのだ。
そして最大の理由。それは大いなる力という言葉で五代が真っ先に思い出した事。それは———。
(凄まじき戦士……)
なってはならないと言われていたクウガの最後の姿。それが邪眼の言った大いなる力に相当すると思ったのだ。後は、クウガの対になる存在ともいえるダグバ。彼はグロンギの王とも呼べる存在だったとクウガも聞いている。
では、それと同じ存在へ変化させるアマダムは王の石とも言えるような気がしたのだ。だが、それでもクウガにとって自身のベルトに宿る石の名は一つだった。
「……これはアマダムって言って、キングストーンじゃない」
「アマダムゥ? ……人間共はキングストーンをそう呼んだのか。だが、我には分かる。貴様が先程まで放っていた力。あれは間違いなくキングストーンのものだ。あの時は手に入れ損なったが、今度はそうはいかんぞ!」
「あの時は? ……まさかっ!? じゃあ、あの時BLACKさんを襲ってたのは?!」
「そうよ。奴のキングストーンを奪うためだ。だが、貴様らのせいで失敗に終わったがな!」
忌々しいという感情を剥き出しに叫ぶ邪眼。そんな邪眼相手になのは達が動いた。先程のクウガへの強襲で飛行能力がないのは分かった。だからこそ空戦が可能ななのは達にとって、邪眼は強敵かもしれないが絶望するような相手ではないと踏んだのだ。
「レイジングハート!」
”分かりました”
「バルディッシュ!」
”心得ています”
二人の声に呼応するデバイス達。そして、二人は同時にその矛先を邪眼へ向けた。邪眼はクウガとアギトへ視線を向けており、二人には気付いていない。
それを確認し、二人は叫ぶ。必殺とまではいかないまでもダメージを与える事は出来るだろうと思いながら。
「ディバイィィィン……バスターっ!!」
「サンダー……スマッシャーっ!!」
二色の閃光が邪眼へ襲い掛かる。それにクウガ達も気付き、その攻撃による邪眼の隙を突くべく構え直す。だが邪眼は迫り来る閃光に対して片手をゆっくりと突き出しただけだった。
その行動に全員が疑問を感じる中、回復して体を動かせるようになったリインが叫ぶ。
「止めろ! お前達の魔法は通じんっ!」
「「えっ!?」」
「遅いっ!」
その声と同時に邪眼の手に当たった二色の閃光は急速に輝きを失い、漆黒に変わるとそのままなのは達へ向かって反射された。
それに驚く二人だったが即座になのはは防御魔法を展開し、フェイトは素早く回避する。それを見ていたユーノはリインの言葉から邪眼が何をしたかを予想し愕然となった。
「ま、まさかあいつは……」
「そうだ。奴は私から蒐集対象の魔法知識全てを持っていった。そして、防衛プログラムを始めとする私の機能も同様に。残ったのはユニゾン機能だけのようだ」
「どういう事や。それが一体何の———」
「ここにいる者ほとんどの魔法が通用しない。あるいは……認めたくありませんが先程のように利用されてしまうという事です、我が主」
リインの答えに愕然となるはやて。いや、それだけではない。シグナム達を始めとした前線メンバー全員でさえその表情は暗い。この中で蒐集されたのは、なのは、フェイト、ユーノの三人。
加えてシグナム達はそもそもが夜天の書から生まれた存在。そして、主であるはやても同様にリンカーコアを夜天の書に内包されていた。つまりここにいる者で魔法が通用するのは、クロノとロッテ、アリア、アルフのみ。
それに気付いたからこそ、なのは達の絶望は深い。この中で攻撃力の高い者達が軒並み無力化された。この事実は、それだけ重い。
(このままじゃ……負けちゃうよ……)
なのはの不屈の心に不安が押し寄せる。その場にいる全員の心から希望という光を蝕もうとする絶望と言う名の闇。
それがなのは達から言葉を奪い、更には笑顔を奪う。もう駄目かもしれない。そんな事が脳裏をよぎる。
だが、それを吹き飛ばすように大きな声がした。
「大丈夫っ! 俺達がいるから!」
「五代さん……」
「そうだよ! 俺達が頑張るから! だから、援護をお願いしますっ!」
「翔にぃ……」
消えかけていた希望の灯。それを再び照らす輝きが、圧倒的に不利となっても決して諦めない存在がこの場にはいた。
例え相手が何であろうと、必ず最後には勝利すると信じさせる”何か”がある者達。
それを全員が感じ取り、その表情に生気が戻った。その反応に邪眼が驚く。信じられないと言わんばかりに。
邪眼は知らない。目の前の二人は一人でも強大な悪を相手に戦いを挑んだ者達だと。故に彼らは支えてくれる者達がいる事がどれだけ嬉しく、また心強いのかを知っている。だから彼らは絶望しないのだ。
「ば、馬鹿な……何故だ。何故貴様らは抗える!? 何故絶望しないっ?!」
「俺達は、お前のような奴のために、誰かの涙は見たくない!」
クウガの胸に宿るは、あの日の誓い。戦士となって戦うと強く思うに至った父の死に涙する少女の姿。それを見た時の悔しさとやるせなさ。それを二度と繰り返さぬために。その決意が周囲へ響く。
「そうだ! 全ての人達のため、全てのアギトのため、そしてみんなの笑顔のために……俺達は戦うと決めた!」
アギトが求めたモノは、平和な世界。アギトになる者もならない者も同じように笑って暮らせる事。それを守るために自分は戦うとアンノウン相手に告げた気持ち。それを再度言い聞かせるように言い放つ。
「ぬ、ぬぅぅぅぅ! き、貴様らは一体何だというのだっ!?」
そんな二人の目に見えぬ”何か”に気圧されるように邪眼がじりじりと後ずさる。その声に二人は互いを見やり―――頷いてそれぞれの構えを取って叫んだ。
「仮面ライダークウガっ!」
「仮面ライダーアギトっ!」
「「闇を打ち砕く、正義の光だっ!!」」
その声に邪眼は以前敗れた記憶を思い出し、なのは達は安心感を抱いて勝利を確信した。仮面ライダーの意味、その本質。それを間接的とはいえ知っているから。それを五代と翔一が名乗った事がどういう事かを知っているから。
故に心に勇気と希望が甦る。不屈の想いが全員に宿る。みんなの笑顔のために自分達も戦うのだと力強く構えてその視線を邪眼へ向けた。
ここに”仮面ライダー”の称号を真に受け継いだ二人のヒーローが生まれた。それを支えるは魔法を使う者達。人類とライダーが手を組む時悪に負ける事はないのだと、そう敢然と示すように……
いつものように流れる時間。穏やかな日々。それが永遠に続くと誰もが、いや彼だけはそう思っていた。これは、そんな頃の話。
「本気ですか?」
ウーノは告げられたジェイルの言葉にどこか意外そうな声でそう言った。
「本気さ。ドゥーエは無理だけど、君達は可能だからね」
「……それはそうですが」
ジェイルがウーノに指示したのは自身の保険の廃棄。正確には、ジェイルのコピー受精卵の廃棄だった。
彼は万が一に備え、自分が死んだり計画を実行出来なくなった際の保険にProjectF,A,T,Eの技術を使った自身のコピー受精卵をナンバーズ全員に仕込んでいたのだ。
だが、それをジェイルは稼働中のナンバーズだけでなく調整中のナンバーズからも廃棄しろとウーノへ告げたのだ。
その意図する事が分からず困惑するウーノへジェイルは小さく笑った。
「くくっ……何、真司に言われたとかではないよ。ただ、私は私しかいないと思ってね」
「?」
不思議そうな反応を返すウーノにジェイルは嬉しそうに語り出した。真司と関わるようになってから強く思うようになった事があると。
それは、今を感謝して生きなければならないという考え。何のために生まれ、自分が何者なのか。それを知るために今まで生きてきたようなものだったジェイル。
しかし、真司はそんな事を考えてさえいない。なのにも関わらずいつも楽しそうに生きている。だからジェイルは尋ねたのだ。どうしていつも楽しそうなのかと。
それに真司はこう答えた。生きてるってだけで幸せだろ、と。それに、と続けてこう言い切った。
―――今はジェイルさん達もいるし。
そうあっけらかんと真司は断言して笑ったのだ。いつ元の世界に帰れるか分からないがそれまではここが自分のいる場所だから。そう屈託のない笑顔で締め括られ、ジェイルは思ったのだ。
自分が何者だとか、何のために生きるのか。そんな事を考えるよりも今を楽しむ事から始めなければいけないのではないかと。今を呪う者に未来などないのだと強く思わせられた。そう感じたからこそジェイルは決断したのだ。
「”今の私”は一人。この感情も考えも私だけのもの。これは紛れも無く私が私だったからこその想い。故にだよ、ウーノ」
「……はぁ~、分かりました。では、そのように」
「頼むよ」
ため息混じりのウーノ。そんな彼女にそう言ってジェイルは仕事を再開する。ウーノはジェイルを少し見つめ、小さく苦笑すると軽く一礼して研究室を後にした。
ジェイルの答え。それを聞いて彼女も思う事があったのだ。それは、ジェイルの計画が既に変質しているという事。そして、その事が意味するものはある心配事の消滅だった。
(あの子達の心配事は無くなりそうね)
下の妹達。セインとディエチの懸案事項だった真司との対立はどうやらせずに済みそうだ。そう考えてウーノも安堵の表情を浮かべて誰にでもなく呟いた。
―――本当に……良かった。
ここに誰かいれば、きっとウーノに指摘したに違いない。瞳が潤んでいる事を。今にも涙が流れそうなぐらいになっていると。
だが、ここには誰もいない。それをウーノに伝える者はない。だからこそウーノは自分の状況に気付いてこう判断した。
妹達を思うあまり、感情が昂ってしまったと。これも真司のせいだと呟いてウーノは目元を拭う。そして、そこにはいつものウーノがいた。彼女はしっかりとした足取りで、まずは調整室で作業しているだろうクアットロへジェイルの指示を伝えるべく歩き出した。
それを終えたら次はトーレ達を呼び出し受精卵の摘出をしなければならない。きっとそれを聞いてセインは確実に喜ぶだろうとウーノは考え小さく笑う。本当なら、それは怒らなければならない事。だが、不思議と今のウーノにはそんなセインのするだろう反応が微笑ましいものに思えたからだ。
(ドクターは私達の創造主。真司さん風に言えば父親。その子を産む事をしなくて済むとなれば、それは嬉しい事でしょうね)
そう考え、ウーノはふと思う事があった。なら、自分達は誰の子を産むのだろうと。戦闘機人である自分達を愛し、女性として扱ってくれる男などいるのだろうか。そう考えた時、ウーノの脳裏に真っ先に浮かんだのは真司の顔だった。
(……確かにあの人ならそう扱うわね。戦闘機人という名称さえ言うのを嫌がるぐらいだし)
真司がセインやディエチへ告げていた事を思い出しているせいかやや下を向きつつウーノは歩く。すると、その前方からウーノ向かって歩いて来る存在がいた。真司だ。
真司はウーノに気付き一度立ち止まって軽く手を挙げた。だが、下を向いているウーノはそれに気付かず早足で歩いている。それに真司は妙な印象を受けるも、ならばと思って彼女へ近寄り―――。
「ウーノさん」
「っ!?」
声を掛けた。それに驚き、背筋をピンっとさせるウーノ。それに真司もやや驚いたように体を反らせるが、気を取り直してウーノへ問いかける。一体どうしたのかと。普段のウーノらしくない。そう感じたからこその言葉だった。
「ドクターに頼まれた事があったの。それについて考えていたらつい思考に没頭してしまって」
「あー、そういう事か。どうせまた困った事を言い出したんだろ」
納得するも真司はしょうがないなと呟き、ウーノへこう笑顔で切り出した。
「何なら、俺がまたジェイルさんに言ってきますよ」
「えっ……あ、その必要はないわ。今回は無理難題とかではないの。ただ、今までのドクターからは想像出来ない事だったものだから」
「そうなんだ。一体どう」
「ごめんなさい。急がなきゃいけないから」
真司の問いかけを遮って、ウーノはやや申し訳なさそうに告げると早足でその場から離れていく。出来るだけ早く妹達へジェイルの決定を伝えなければ。そう思って去り行くウーノの背中を見送り、真司は疑問を浮かべた。その背中がどこか嬉しそうに見えたのだ。
「ジェイルさん、一体何を頼んだんだ?」
そんな真司の呟きに答える者はいない。ただ、静寂だけがそこにあった。
ウーノの予想通り、セインはこの話を聞いて嬉しそうに笑った。意外だったのはトーレもどこか喜んでいた事。
本人はセインが嬉しそうだったからだと言い張ったが、その場にいた全員がそれを内心で否定していた。
真司だけは何も知らされず、ただウーノ達が以前にも増して明るくなったように感じ、嬉しそうに笑顔を見せるだけだった。
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十一話。ついに名乗りが出来ました。もう、そこだけです。
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目覚める邪悪。その時、希望の光は絶望の闇に包まれる。
だが、忘れてはいけない。闇は光を消すのではなく隠す事しか出来ないのだと。
そう、光は見えずとも常に輝きを失わず静かに時を待っているのだ。再び光放てるその時を……