舞踏会の夜、伯爵の屋敷では大広間に着飾った人間たちが所狭しとひしめいていた。虚栄心に傲慢さ、欲や悪意が渦巻いている。昔からこういう場所は苦手だ。もっとも、パックはむしろ嬉しそうに舌なめずりをしているが。
「ひひひ…人間の濃厚な気が漂ってるぜ。いいねえ。こういうどろどろした所、オレは好きだぜ。」
伯爵の末娘はすぐにわかった。なにしろ、ひそひそとしかし多くの人間が遠巻きに噂しているからだ。
伯爵様は珍しいからって孤児院から引き取ったらしいけど、あの血の色をした瞳、見るからに禍々しい。肌の色も血が透けそうなくらい白いし、化け物の血が混じっているっていう噂だよ。最近この辺りで吸血鬼が出るって聞いているけど、あの娘のことじゃないだろうね?
年は十五、六。ごく淡い金髪に、透けるような白い肌、紅い瞳が印象的だが、暗い表情もあってどうにも幸薄そうな娘だ。ふっとルディがつぶやいた。
「…見つけた。」
僅かに目を細めた彼からは、普段の天然な感じとは打って変わって妖艶と言ってもいいほどの美しさが滲み出ている。
ほう…当たりか。パックの情報もたまには役に立つものだ。
「でも、前に見たお前の女とは全然違うじゃん?」
パックは以前の女を見た事があるらしい。
「外見じゃないんだ。こころが、魂が肝心なんだよ。」
少年は胸に手を当てて目を閉じる。その瞼の裏では過去の娘と今の娘が重なっているのだろうか?
「お前は相変わらずロマンチストだねえ。悪かないけどなんだかちょっと地味な娘じゃない?」
次々と運ばれてくる豪勢な料理の数々にパックは舌なめずりしている。吸血鬼だって人間の血を吸うだけでなく人間と同じ食べ物だって食べるのだ。もっとも、あまり栄養にはならないのだが。舞台では東方の舞が披露されている。雑技団って言ってるけど、ありゃ退魔師だな。どうやら本気で吸血鬼退治に乗り出すらしい。剣舞を舞ってる女からは太陽の波動がびんびん伝わってくる。近付かない方が賢明だ。伯爵の末娘は心ここにあらずと言った風に陰鬱な表情で舞を眺めている。そりゃ、あれだけ周りで噂されてちゃ嫌でも耳に入るだろう。
ホールに皇帝円舞曲が流れる。ダンスの時間だ。
「お嬢さん、一曲いかがですか?」
セナは色素の薄い娘に声をかけた。前世からのルディの想い人だと言うのに興味が沸いたのだ。
「私はセナハルト・クランドスと申します。貴女のお名前を伺っても?」
「レウラです。レウラリア・フィリル・リ・アーラ。でも私なんかでいいんでしょうか?」
少年はにっこり微笑む。
「ええ。貴女と踊ってみたいのです。」
さらりとした金糸の髪に翡翠の瞳、なんて綺麗な子だろう。レウラはこんな美しい少年と踊っていいものかと気後れを感じた。少年のエスコートでダンスが始まる。右、左、ひらりとターンしてレウラを抱きとめる。優雅に舞う彼に、見蕩れてしまいそうだ。踊り終えて礼をする少年に思わず声をかけた。
「その…ありがとうございました。私、男の人と踊ってもらうなんて初めてで…」
彼は少し驚いたような表情をした後目を細めた。
「いえ。こちらこそ。楽しかったですよ。また近いうちに、お会いできるといいですね。」
蒼い視線に気付いてはいたが、挑発するように少年は恭しく娘の手にキスを落とした。
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吸血鬼小説の第2話です。
ヒロインが登場します。