「桐皇へ推薦で? もう決まっちゃったんスか?」
「はい」
口の字型に並べられた机に着席しているキセキの世代四人+マネージャーを前にして、赤司と並んで立った黒子が素直に頷く。
向かって左手、廊下側に着席していた黄瀬が勢いよく立ち上がった。
後ろに押し出された椅子が、がらんと金属質な音を立てて床に倒れる。
黄瀬のこんなに真剣な表情をコートの中以外であまり見たことのなかった黒子は、鬼気迫る様子に思わず気圧された。
「ね、何でよりによって桐皇なんスか黒子っち。俺と一緒に海常行けばいいじゃん。俺、本当は高校でも黒子っちと一緒のチームでバスケやりたいんっスよ」
身振り手振りを交えてまくしたてる様子を見て、正直黄瀬からそこまでの反応があると思っていなかった黒子は、無意識のうちに二歩ほど後ずさり、さして広くもない会議室に置かれたホワイトボードが背に当たって足が止まる。
「落ち着いてください、黄瀬君」
「海常の推薦枠だったら大丈夫、俺が一緒にやりたいんだって言ったらあの監督、話を聞いてくれるに決まってるし。だってまだ本決まりってわけじゃないんスよね。肝心なのは黒子っちの意思なんだから。ね、どうなんスか黒子っち。俺と一緒にやりたいって言って欲しいッス」
自分の意思、と黒子はおうむ返しに呟いた。
桐皇に決めた理由。それは赤司に勧められ、監督の話に興味がわき、そのうえで赤司の許可があって――だが、だがそれだけではない。
もう一度、青峰という光を色濃く演出することが出来る影になれるという期待があったからだ。
勿論黄瀬も光として十分輝いているから、もしも桐皇の話を聞く前に黄瀬から同じことを言われたら何かが違ったかもしれないとは思う。
けれど――。
「あの、黄瀬君」
マシンガントークを続ける黄瀬になんとか自分の気持ちを説明しようとしたそのとき、ちょうど黄瀬の隣に座っていた緑間がやれやれと大きなため息を吐いて立ち上がる。
転がったままの椅子を起こして黄瀬の後ろに戻した緑間が、尚も喋り続ける黄瀬の両肩に手を乗せて椅子へと押し込むように強制着席させた。
「騒ぐな、黄瀬。話が進まん」
「痛いッス緑間っち!」
「とにかく落ち着け。まずは黒子の話を聞いてからでも良いだろう」
「無理ッス!」
肩に置かれた緑間の手を、黄瀬が癇癪を起こした子供のように乱暴な仕草で振り払う。
はずみで胸ポケットから机に落ちたケロちゃんシャープペンを拾い上げ、緑間が眉間に皺を寄せた。長身の緑間が持つには不似合いなあの可愛らしいシャープペンは、恐らく今日のラッキーアイテムなのだろうが、それを今このタイミングで聞くのは流石に憚られた。
「まったく、喧しいのだよ。オレのラッキーアイテムが壊れなかったから良いものの」
――やはりラッキーアイテムだったらしい。
それはともかく、と黒子は激昂して頬を赤らめている黄瀬をじっと見つめた。自分の知る黄瀬の性格からして、いつもならばすぐに緑間へ謝罪をいれる場面だ。だが今は相当頭に血が上っているのか、やれやれと呆れ顔の緑間を見上げてキッと睨み付けた黄瀬は、マシンガントークの砲口を緑間に照準を変え食って掛かった。
「こんな話をいきなり聞かされて、落ち着いてなんていられないっスよ。大体、緑間っちはこれでいいんスか。俺は納得いかない。黒子っちが桐皇行っても良いんなら、別に海常だって良いじゃないッスか!」
「オレならばどうなのかという話をする意味は、ない」
「何でッスか!」
「決断までの過程はどうあれ、最終的に黒子が自分で決めたことなのだから好きにすればいいだろう。たとえ合格通知を受け取ったわけでもなく書類が整っていないとしても、正式に監督へ返事をしたというのは内定が決まったということと同義だ。オレ達が口を出す段階はもはや過ぎたのだよ」
黄瀬と緑間の二人が喧々囂々している間に空いている席へと着席した赤司が、机に両肘を付いて組んだ手の上に顎を乗せ、ねめつけるように緑間を見た。
「持って回った言い回しだな、真太郎。言いたいことがあるなら発言を赦すが」
「勘ぐるな。別に何もありはしないのだよ」
「本当に?」
「ああ。オマエの判断なのだろう?」
「そうだ」
「ならばこれ以上オレから言うことはない」
眉間の溝を更に深くした緑間が、口元に意味深な笑みを含んだ赤司から視線をそらす。
「ふーん。へー。ずるいなー青ちんだけ黒ちんと一緒って。てゆーかさ赤ちん、あの約束忘れたわけじゃないけど、やっぱみんなバラバラじゃなきゃいけないの? なのになんで青ちんと黒ちんだけ一緒でいいの」
向かって右手でスナック菓子を食べながら、いじけた口調で唇を突き出した紫原の尻馬に乗って再び立ち上がった黄瀬が、力任せに両手を机に打ち付け叫んだ。
「そっスよ! 青峰っちだけずるいっス!」
「この鳥頭が。落ち着けと言っているのだよ」
「だから落ち着けってのが無理なんッスよ!」
黄瀬の激昂、紫原のぼやき、そして緑間の苦言を一蹴し、赤司が平然とした笑みを浮かべた。
「そう拗ねるな敦、涼太。真太郎の言う通り、もう決まったことだ。テツヤの進学先に関しては俺の采配であり、テツヤ自身の希望でもある。大輝がどうこうした訳じゃない。だろう? 大輝」
「俺の知ったことかよ」
話を振られた青峰が、振り向きもせずに吐き捨てた。
自分と黒子の進学先は分かれたのに何故青峰と同じ学校に通うことは許可されたのかと納得できない風の黄瀬、普段と何も変わらないように見えるも何故か赤司に対して含んでいるような緑間、そもそも全員と進学先が分かれてしまうことにどこか拗ねている紫原、総てを知りキセキの世代それぞれの進学先を采配した赤司。
そして先程の一言以外まったく発言をせず、不機嫌なオーラ全開な青峰。
一度もこちらに視線を向けず、立てた人差し指の上でバスケットボールをくるくる回している青峰は、自分と進学先が同じであることは初耳の筈なのに驚いた様子もなく、また喜んでいるようには到底見えなかった。
仏頂面に曲がった唇は、まるで自分の存在を拒絶されているようで、声をかけることすら躊躇われた。
「テツ君はこれでいいの?」
紅一点であるマネージャーの桃井が遠慮がちに問う。情報収集のスペシャリストとして、過去の試合において優れた観察眼を発揮し自分達を勝利へ導いてくれた彼女もまた、桐皇への推薦が決定していた。
桐皇へ進学すると言ったときに見せてくれた喜びの表情は一転していて、今は心配げな顔から自分への労りが伝わってくる。
心の中で桃井への感謝を抱きつつ、黒子は覚悟を決めてゆっくり頷いた。
「ええ」
「そっか……一緒の学校で嬉しいよ。私またマネージャーやるつもりだから、一緒にバスケしようね」
一緒にバスケをしよう――それは本当ならば青峰の口から聞きたかった言葉だった。一切を拒んでいるかのような背中を見せる青峰の前で、桐皇に行きたいと思った理由を口にすることが出来ないまま黒子は、青峰に言いたいと思っていたことを全て喉の奥へと落とし込んだ。
自分の胸の内を察したのか、笑顔でそう言ってくれる桃井の心遣いを思うと頭が下がる。
「ありがとうございます、桃井さん。それから……黄瀬君、すみません。ボクは、桐皇へ行きます」
「黒子っち……」
悲しげに呟いた黄瀬の瞳が橙に染まる。
誰からも祝福を貰えると思っては居なかったけれど――夕暮れ差し込む教室でその日、結局黒子は青峰に一言も話しかけることが出来なかった。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
C81の黒バス新刊、「リライト―桐皇編―」の本文サンプルです。青黒、というより青峰&黒子のお話。続き物で、今後刊行していく予定です。相方の凌氏から寄稿頂いた表紙はこちら→http://crosstrouble.com/information/C81.htm