No.325870

黒髪の勇者 第九話

レイジさん

第九弾です。

なお、戦列艦は17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで主力艦として活躍した船のことです。詳しくはウィキペディアで。

フランソワが作った船はスループをイメージしています。

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2011-10-29 17:57:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:527   閲覧ユーザー数:521

第一章 チョルル港(パート9)

 オーエンはそれだけを告げると、作業の続きがあるからと船体の奥へともう一度戻って行った。ドワーフは人間よりも力持ちだと聞くから、一人でも十分な作業ができるのだろう。そのオーエンの後姿が船体の向こうへと消えると、フランソワが詩音の背後から声をかけた。

 「甲板に行こうか、シオン。」

 「もう完成しているのか?」

 歩き出したフランソワの背後から、詩音がそう声をかける。それに対してフランソワは軽く首を振ると、こう答えた。

 「まだよ。でも、あと一月くらいで完成すると思うわ。」

 「殆ど完成じゃないか。」

 「ええ。これから内装を整備していく予定よ。」

 そのような会話をしている内に案内された先は、上方七メートルはあるだろう船体の側面に取り付けられた木造の梯子であった。そのままフランソワは躊躇いもなく梯子を掴むと、慣れた様子で登って行く。その姿を見て詩音は、思わず足を止めて一歩後退した。ふわり、と動作に合わせてフランソワの清楚なスカートが揺れる。このまま登れば、必然としてスカートの中身が見えてしまうではないか。

 「どうしたの、シオン?」

 梯子の途中で違和感に気付いたのだろう。フランソワは一度その動きを止めると、上空から見下ろしながらそう言った。

 「見えるだろ。」

 思わずむ、と口を紡ぎながら詩音はそう答えた。それに対して、フランソワはああ、と納得したように頷くと、何事もなかったかのように答える。

 「今日はホットパンツを穿いているから、覗いても大丈夫よ。」

 「んなっ!」

 そういう問題ではないだろう。詩音は思わずそう考えた。だが、フランソワは微塵も気にしてはいないらしい。

 「いいから、早く来てよ。」

 それだけ告げると、フランソワは遠慮なく、するすると梯子を上って行った。その背後から詩音は小さく溜息を漏らすと、止むを得ず、という様子で梯子に手をかけた。勿論、極力、上を見ないように配慮しながら。やがて上空から人の気配が消えたことを感じて詩音は漸く上空を見上げ、誰もいないことを確認すると、勢い良く梯子を上り始めた。やがて梯子を登りきった詩音を、先に登り切っていたフランソワが無邪気な笑顔で迎え入れる。

 「お疲れ様、シオン。」

 「でかい船だな。」

 ぐい、と梯子に残された体重を甲板へと押し上げながら、詩音はフランソワに向かってそう答えた。見ると甲板部分は殆ど完成しているらしく、まだ帆は張られていないものの、上空へと真っ直ぐに伸びた三本マストの柱まで成型を終えている。先程は気付かなかったが、こうして見上げてみるとこの船が収められているこの建物には屋根が存在せず、造船所よりも高さのあるマストの先は遮るものもない、遥か上空へと延ばされていた。

 「よかった、マストが折れていなくて。」

 詩音と同じように上空を見上げたフランソワが、心から安心するようにそう言った。成程、確かにこの状態で嵐を向かえれば、最悪の場合マストが真っ二つに折れてしまっていただろう。

 「シャルロッテ、と言うの。」

 暫くして、フランソワがぽつりとそう言った。

 「シャルロッテ?」

 その言葉に詩音は視線をフランソワに戻して、そう訊ねる。その言葉にフランソワは少し照れるように頷き、そして答えた。

 「この船の名前よ。」

 「シャルロッテ、か。良い名前だね。」

 詩音の答えに、フランソワは嬉しそうに笑いながら頷きいた。

 「元々、この地を収めていた神様の名前なの。海が大好きな、小さな女の子の神様だと言われているわ。」

 語りながら、フランソワは詩音に背を向けて、甲板の縁に両腕を付いた。その先に見えるものは、今は木枠でかたどられた造船所の壁しか見えない。だが、フランソワの視界には遥か彼方、水平線までも見通せる広大な海原が広がっている様子であった。

 「私の姓も、シャルロッテに因んだものなの。アリア王家から分家して、私の祖先が与えられた役目はアリア王国にとって生命線となる、シーレーンの確保を図ること。シャルロッテが宿る土地に住む一族。そういう意味で、私の祖先は自らシャルロイド家と名付けた。」

 世界も、そして時代感覚も全てが異なる場所であるのに、その言葉は詩音に深い印象を刻み付けることになった。それは海に囲まれた国家としての宿命だろうか。国は常に海と共にあり、海の平和は即ち国家の平和へと繋がる。それを現代に生きる詩音以上に、フランソワは良く認識している。

 「この船ね、実は戦闘艦としては一番小型の部類になるの。」

 フランソワの隣に追いついて、詩音は彼女と同じような格好で、甲板の縁にもたれかかった。新鮮な檜の香りが、程度の良い心地よさを詩音に与える。その詩音を横目で眺めながら、フランソワは更に言葉を続けた。

 「でも、計算上の速度は今あるどんな船よりも速いはずよ。海水の抵抗から、空気抵抗まで計算して作っているから。小さいけれど、この海を守る神様に匹敵する力を発揮してくれるわ。」

 「すごいな、フランソワは。」

 正直に驚きを隠さず、詩音はそう言った。まだ詩音と変わらないか、或いは少し年下に見える少女に過ぎないのに、既にこれほどの船を造船できるだけの知識を蓄えている。天性の天才かと詩音は考えたのである。だが、フランソワはその言葉に小さく首を振ると、悲しそうな口調でこう言った。

 「凄くないよ。寧ろ、私は落ちこぼれだと思う。」

 「どうして。」

 理解できずに、詩音がそう訊ねると、フランソワは少し言い辛そうに、口元を小さく結んだ。だが、やがて決心したように口を開く。

 「私ね、魔法、使えないんだ。」

 「魔法?」

 きょとん、とした詩音に気付かない様子で、フランソワは言葉を続けた。

 「私の家系は、勿論王族も含めて、普通は強い魔力を持って生まれてくるの。お父様も、お母様も、それからお兄様とお姉様。皆強い魔力を持っているのに、私だけ、全然使えないの。沢山練習したのに、全然マナが反応してくれなくて。だから、私が私でいるために、科学を学んだの。昔から海が好きだったから、いつかこの海で活躍できるように、造船技術とか、天文学とか、物理学とかを勉強したんだ。」

 とめどなく溢れてくるフランソワの言葉を一つ一つ耳に収めながら、詩音は小さな笑みを見せた。芯の通った、大人びた少女だと思っていたが、その心は何処にでもいる思春期の少年少女となんら変わりはない。

 「別に、いいんじゃないかな。魔法なんて、俺のいた世界には存在すらしていなかったし。」

 ぐ、と身体を伸ばしながら、詩音はそう言った。その言葉に驚いた様子で詩音を見上げるフランソワの頭にぽん、と軽く掌を載せると、詩音は軽く笑ながら続けた。

 「何かに優れたものを持っている。人間が生涯かけて突き詰められる技能は精々一つだ。俺の爺さんの受け売りだけどな。」

詩音はそこで言葉を区切ると、理解を促すようにフランソワに目配せをした。そのフランソワが小さく頷いたことを見て、更に言葉を続ける。

 「フランソワはもうこれだけの技術を持っているじゃないか。それは他の誰かに、そう簡単に出来ることじゃない。それを十分に誇ればいいんだよ。」

 詩音がそう言い切ると、話は終わりだ、という様子でもう一度甲板の縁にその体重をかけた。隣で、フランソワが小さく、だが嬉しそうな笑顔を見せながら頷いた。

 「ありがとう。」

 

 続いて案内された場所は、船体の内部に属する箇所であった。甲板中央に用意された階段から内部に下りると、外観よりも広く見える広間が広まっている。そのフロアのところどころに置かれているものは詩音の知識でも理解できる。カノン砲であった。

 「どこから大砲を調達したんだ。」

 呆れて詩音がそういうと、フランソワは軽く肩を竦めながら、こう答えた。

 「海軍から、余ったものを譲り受けたの。本当は最新型が欲しかったのだけど。」

 そう言われてカノン砲を改めて眺めてみると、確かに良く整備されてはいるが、どれもどこか年季の入った、くたびれた配色をしていた。砲門は左右あわせて20門程度だろうか。甲板上に砲台を設置する近代戦闘艦とは異なり、この船は一般的な海賊映画で見るような、船体の側面から砲撃を行う構造になっているらしい。

 「構造は一層式で、この下の階は弾薬庫と倉庫、それから居住区域にする予定よ。」

 その内部をのんびりと歩きながら、フランソワはそう言った。それなりに強靭な木材で躯体が作られているのだろう、歩く床が心地の良い固さで反発していた。

 「アリア海軍主力のハンプトン級は三層式の大型戦列艦だから、まともに戦ったら勝ち目はないでしょうけれど。」

 続けて、そう言ったフランソワは船体側面を指差した。見ると、木造を主体とした壁の所々に、薄く伸ばされた金属板が内部から貼り付けられていた。

 「アリア海軍主力艦と向かい合っても、それなりに耐えられるだけの防御性能を整えているの。余計に貼り付けると今度は重量が増えてしまうから、船体の弱い部分にしか装備しない予定だけれど、オーエンが作成した特製の金属板よ。他の金属板に比べて、薄くても同等の強度を保てる一級品なの。」

 言われて、詩音は金属板に軽く手を触れてみる。まるで刃のように透き通る、しなやかな金属板であった。まるで一級の日本刀のような。

 「凄いな。」

 「ドワーフ族は力量があるだけじゃなくて、鋳造技術も優れているからね。普通の人間にはこんな金属板は作れないと思うわ。」

 自慢するように、フランソワがそう答えた。

 最後にシャルロッテの最下層に当たる、倉庫や弾薬庫、そして居住区域までを一通り見学し終えて、詩音とフランソワが甲板へと戻ると、上空から降り注ぐ夏の日差しはいつの間にか柔らかく傾き、心地よく涼しい風が解放された上空から吹き込んでいた。その中を、がやがやと賑やかな声が響き渡っている。どうやら、港湾業務を終えた海男たちが作業の手伝いに訪れたらしい。その数は軽く見積もっても五十名以上だろうか。予想より遥かな人手に詩音は呆れると同時に軽い感動を覚え、そのまま、ただ呆然と作業の成り行きを見ていることに恐縮した詩音は結局、屈強な海男たちと一緒に汗を流しながら、日暮れまでの造船作業を手伝うことにしたのである。

 


 
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