「うるさいこの馬鹿!私があんたにどんな迷惑かけたって言うの?!いつ何処でどんな風にあんたに迷惑かけたのか、論理的かつ百文字以内で言って見なさいよ!」
「……だから、別に迷惑なんて一言も言ってないだろ?俺はただ」
「ただ何?言っとくけど、私はあんたなんかに対してなんか、絶対頭を下げたりしないからね?!分かったならさっさとどっか行ってよね!同じ場所で同じ空気を吸ってるだけで、あんたに孕まされちゃうでしょうが!ふん!」
すたすたと。困惑顔の彼から思いっきりそっぽを向いた後、一切後ろを振り向く事無く、その場から足早に立ち去る私。
(……はあ。……また、やっちゃった……)
表に出ている先の様な態度のその裏で、心の中ではため息とともにそう後悔の念を抱く。ほとんど毎日、彼の顔を見る度に、私はただただ思いつく限りの罵詈雑言を浴びせ、ひたすら嫌悪の念をぶつける。
……その心の内の、真の想いを、誰にも決して明かす事無く、ただひたすらに、私は彼が憎いと、この世で一番嫌いだと、自分自身にすら言い聞かせるように、そんな“演技”をし続ける。
曹魏の筆頭軍師、荀彧、字を文若は、曹魏の警備隊隊長にして天の御遣いである北郷一刀を、大陸一嫌悪していると。
もうすでに、取り繕う事など出来なくなったその“嘘”を、これからも私は吐き続ける。……そして、表に出せなくなった真実を、夜な夜な一冊の日記帳に書き綴る。
荀文若こと真名を桂花の、北郷一刀への真実の想いを。……彼をこの世で、最も愛して止まないこの私の、その想いの丈の全てを、この一本の筆に乗せて……。
【とある桂花のデレ日記】 ~ありえたもう一つの『終の記』~
某月某日
そもそもの始まりは、あの日の彼と私の出会いからだった。当時、陳留を治める華琳さまこと曹操様に仕官したてだった私は、いつか華琳様のお目に留まるその最高の時を演出するため、日々兵糧の備蓄監督官として仕事に励んでいた。そんなある日の事、賊討伐のための兵糧の用意するよう命じられた私は、ここが一番の好機とばかりに、糧食の用意と同時に己を売り込むための手段を用意していた。
そして、そんな私の下に、華琳さまから報告書を受け取ってくるよう言われた彼が、その姿を見せた。
「え~っと。兵糧の管理責任者の人って誰かな?あ、ねえ君、責任者の人って何処にいるか知らないかい?」
「……」
「……え…っと、すいません、兵糧の管理責任者の人探してるんですけど、あの、知らないでしょうか?」
「……」
元々大の男嫌いだった私は、自分の背後から聞こえてきたその声に、思いっきり無視を決め込んだ。なんで私がわざわざ男なんかに返事しなきゃいけないのよ。……なんていう風に頭の中で考えながら。けど、そんな態度を取ってる私に怒る事もなく、何度も声をかけてくるその人物に、
「いい加減しつこいわよ!私が責任者だけど、一体何の用?!今とっても忙しいんだけど?!」
と言う風に怒鳴りながら、その声の主のほうを振り返った。
…………………………一目惚れだった/////
見たことも無い白い服を着た彼の、その姿をこの目に捉えたその瞬間、全身をまるで雷でも駆け巡ったかのような、そんなとんでもない衝撃を、生まれて始めてこの身で味わった。
けど、そんな初恋の瞬間も、物心ついて以来の男嫌いと意地っ張りが、全てを台無しにしてしまった。
「ちょっと!?なんであんたなんかが曹操さまの神聖な真名を呼んでるのよ?!あんたみたいな男が曹操様の真名を呼んだら、曹操さまが穢れるでしょうが!今すぐ訂正しなさい!でもってすぐにこの場で命を絶ちなさいよ!」
……彼が華琳さまの真名を呼んだその瞬間、私の口からついて出たのは、これでもかと言う位の罵詈雑言だった。……正直言って、そんな事を言うつもりはさらさら無かったのに、どうしてか口から出たのは、彼に対する蔑みの言葉だけだった。……結局、この時の事が、その後の私と彼の関係を形作ったといってもいいと思う。
「……無意識にした照れ隠し……だったんだろうけど、いくらなんでも言い過ぎちゃったものね……。その時のことはすぐに、周囲の噂になって流れちゃったし、その後の賊討伐の行程でも、おんなじ様なこと言い続けたからなあ……」
だから、もうその時には手遅れだった。……私は彼が嫌いなのだという認識が、曹操軍の将兵全てに行き渡ってしまった。……その上、私自身も意地を張って、徹底的に彼を罵倒し続けたため、もう取り返しがつかなくなったわけである。
「……なんであの時、あんなこと言っちゃたんだろ……。はあ~あ、あの瞬間にもう一度戻れたらなあ……」
なんていう叶いっこない願い事を、いつか毎日のように寝る前に呟くのが、それからの習慣になった私だった。
某月○日
第二回、天下一品武道会。
魏・呉・蜀の三国から選ばれた代表達による、武における三国一を決めるための大会が、この日、再び開催される運びとなった。出場するのは、魏から春蘭、霞、凪の三人が。呉からの出場は孫策、甘寧、周泰。蜀からは関羽、張飛、馬超。そしてそこに、特別枠として呂布と、何故か彼の…北郷一刀の姿もあったりした。
(……なに考えてんのあいつは。前回の大会であれだけずたぼろにされたんだから、今回は大人しくしてると思ったのに)
表面的には、春蘭か呂布にでも当たって、再起不能にでもされればいいのよとか言っていたりする私だけど、その内心では先のように彼の身を思いっきり案じ、どうか無事で済みますようにと、そんな事を願っていた。
そして、厳選なるくじ引きの結果、一回戦でものの見事に春蘭とあたり、でもって容赦なくぼろ雑巾にされた一刀。……兵士達の手で救護室へと運ばれていく彼を後目に、大会は順調に進んでいく。そんな大会の熱気に紛れ、こっそりその場を離れて、彼が運ばれた救護室へと足を向ける私。
でもって、
「馬鹿でしょ、あんた」
「……見舞いに来てくれたのは嬉しいけどさ、第一声が馬鹿って……」
「はあ?何勘違いしてんの?私がここに来たのは、ぼろぼろになってるあんたを笑いに、に決まってるでしょうが。あー、情けない。何考えてたのか知らないけど、わざわざ負けるのが分かってる勝負に自分から出て、でもってその通り格好悪く負けちゃって。ざまあ見なさいっての」
……そんなこと言いたくて来たんじゃないんですよ?彼の言ったとおり、お見舞いのつもりで来たはずなのにやっぱりいざ彼の前に出ると、自分の意思とは裏腹にそんな罵声を浴びせる私がいるわけで。
「……ほんと、ざまあないよ」
「え?」
「……あれからちょっとぐらいは、腕も上がったかと思っていたんだけどさ。やっぱり春蘭とかが相手となると、俺が身につけた程度の武なんて、何の役にも立たないな……」
「はっ。何をいまさらそんな分かりきった事を」
「……そう、だな……いまさら……だよ、な……」
「……?北郷?」
すーすー、と。彼からかすかな寝息が聞こえてくる。どうやら、痛み止めに飲んだらしい薬が効いてきて、眠りに落ちたようである。
(……ふふ、可愛い寝顔)
……なあ~んてことは、この口が裂けても絶対に言わないけどね。
「……ほんと、あんたってやっぱり馬鹿よ。なんでここまでするのやら。……これに懲りたら、もう止めておきなさいよね」
(貴方が傷だらけになるたびに、私がどれだけ心を痛めてると思ってるのよ)
と、そんな想いは口に出さず、ずれた布団をかけ直しておいてから、ちょっとだけ周りを見渡し、人の気配のないことを確かめる。そして、
「……早く良くなりなさいよね、馬鹿一刀」
ぽそ、と。小声でささやいてから、その部屋を後にした私だった。
○月×日
その日は朝から最悪に調子が悪かった。食事もあまりのどが通らず、ちょっと食べてもすぐに戻してしまう。とはいえ熱があるわけでもなく、ただ単に、日ごろの疲れからちょっとした食欲不振になっているだけだと、最初はそう思っていた。
「……でありますから、都の租税に関しては……う」
「また吐き気なの桂花?……あまり無理はしなくても、今日ぐらいの懸案なら他の者でも大丈夫よ?」
「あ、いえ、すみません、華琳さま。……少し、席を外させていただきます。……うう」
一礼だけを華琳様に向けてした後、少しだけ早足でその場から離れて厠へと向かう。……この吐き気、今日だけでもう三度目だわ。どうしちゃったんだろ、私の体。何か変なものでも食べたかな?
「ああ、居た居た。桂花、調子はどう?」
「華琳さま。もうしわけありません、会議を止めてしまいまして」
「いいのよ。どうせ今日はそんなに大した会議でもなかったし。それより桂花、今、都に華佗が来ているらしいから、一応診てもらいなさい。何かあってからじゃあ、困るからね」
「……はい」
というわけで、華琳さまのお勧めどおり、都の病院に立ち寄っているらしい華佗の下を訪れ、彼に診察をしてもらった。
「……うん。間違いないな。おめでとう、荀彧。大体二ヶ月ってところだ」
「……え?」
……二ヶ月?おめでとう?それってまさか……。
「父親はやはり一刀か?ああ、皆まで言わなくても分かってるさ。しかし一刀のやつ、一体何人の子供の親になる気なんだか」
「……一刀の、赤、ちゃん……」
出来た。一刀の子供が。私のお腹に、彼の子が。彼と私の、赤ちゃんが、ここに……。自分の下腹部をさすりながら、何度も何度も、その言葉を心で反芻する。……彼の子を、この身に宿したという、その、とても幸せな事実を。
とはいえ。
「ちょっとどうしてくれるのよこの種馬!あ、あんたの子供なんてもの出来ちゃったじゃないのよ!」
「……まじで?」
「これが嘘とか夢だったらどれほどいいか……っ!!」
なんていう感じで、心にもないことをいつもどおりに彼に言う私。……ほんとはもう嬉しすぎて、今にも彼に抱きつきたいぐらいなのに、口と態度は相も変わらず真反対な私だったりした。ちなみに、その時の彼の反応はというと、
「やった!やったやった!ありがとう桂花!よし!早速育児用の道具を揃えないとな!やっほーい!」
「え?え?え?ちょ、ちょっと待って!ば、こら、みんな見てるから抱きかかえないでよ!離しなさいよこの変態ぃー!」
てな感じで、私を抱きしめながらぐるぐる回って大喜び。そんな彼にいつも通りの悪態を吐きつつ、彼のその行動がとても嬉くて、思わず“素”が出そうになるのを抑えるのに、必死になっていた私だったりした。
「……ふう。これで日記をつけるのも最後、かしらね」
ぱたり、と。それまで開いていた日記帳をそう呟きながら閉じ、その隣に筆をゆっくりと置く。もうこれで何冊目かは分からないけど、多分これが最後の日記張になるだろう。……秘密の日記をつける必要は、これでもう無くなるのだから。
「桂花ー。そろそろ交代の時間だぞー?」
「ふ、ふえ~……」
「ああ、ほらほら、もうすぐママと替わるからなー。……ちょ、桂花~?」
「ああ、もう。わかったってば!ったく、いい加減子供をあやすのぐらい上手くなりなさいよね、もう!」
扉の外から聞こえてくる、愛しいわが子ががぐずりだすその声と、それをなんとかあやそうとしている彼の声に、私は日記を引き出しにしまうのもそこそこに、そんな二人の下へと満面の笑顔とともに足を向ける。
「ほんとにもう、五十人近い子供の親の癖に、いつまでたっても子育てに慣れないんだから。ほら、こっちに貸して。……ほ~ら、柊花(しゅうふぁ)、ままですよ~?」
「きゃは、きゃはきゃは」
「……あ~、やっぱ母親の方がいいのかね~?……泣きかけた子がもう笑ってら」
「そんなの当たり前でしょうが。……ま、まあ、だからって父親が嫌いってことは、無いと思うけど」
「そ、そう?柊花~?ぱぱのこと好きか~?」
「きゃっきゃっ」
「そっかそっか、やっぱりぱぱの事も、ままと同じで好きか~。あ~、良かった」
「……くすくす」
子供に指を掴まれ、笑われたことで思いっきり安心してる。……私も随分だとは思うけど、彼もやっぱり親馬鹿だわ。
「……別に桂花まで笑わなくてもいいじゃんか」
「……ごめんごめん。さて、それじゃあそろそろ行きますか。もう皆待ってる?」
「ああ。みんなの記念すべき、第一回の合同誕生日会……用意が結構大変だったけど、その分、盛大に盛り上げないと、な」
「そうね。……でもほんと、あんたって種馬だわよね。結局、全員に子供産ませちゃってさ」
「……あ、あはは……」
「……でもまあ、皆幸せだし、これはこれで良いのかもね」
「……だな」
……神様。今、私はとても感謝しています。彼と出会えたそのことに。こうして、彼と並んで笑える事に。そして、
「あ~う~……きゃうきゃう♪」
……こうして、彼との子を抱き、幸せなその一時を過ごせることに。
そう。
これからは、彼への明かせぬ思慕をひっそりと、誰にも見せずにつける日記ではなく。
彼と、そして娘と一緒に歩んでいく、その幸せな日々を堂々と、新しい日記に綴っていこう。
いつか私たちが年老いた時、子供たちに笑って話せる、温かなお話になるように。
愛しい人が傍に居る。
それがどれほど幸せな事かを、子々孫々にまで伝えるために。
そしてそのためにも、まずは私が変わらないと。
ほんのちょっと。
ほんの少しだけでもいいから。
素直な気持ちを表に出そう。
さあ。
その一歩を踏み出すわよ、桂花!
「……ねえ、北ご…一刀?」
「……!……ああ、なんだい、桂花」
「……私、ね」
―あんたの事、心底から大好きだからね―
~fin~
というわけで。第二回同人恋姫祭り参加作品として、とある桂花のデレ日記 ~ありえたもう一つの終の記~ を、お届けしました。
もともと、デレ日記はこんな感じで終わりを向かえる予定だったものでして、以前に投稿した終の記は、ツン√をやるために急遽作ったものでした。
なもので、今回の祭りが開催されるに当たり、参加用のネタとしてはこれが一番かなと、そう思った次第でちょっとだけ練り直して投稿してみました。
さて。
今回の祭りでは、ここ一年の間に投稿が開始されたお話を紹介する事になっていますので、ボクが今一番はまっている作品として、下記の作品をご紹介します。
『異聞~真・恋姫†無双』 作者:Des_tinyさん
一応、今回はこれだけとさせていただいて、もう一つのお勧めは次の作品で紹介しようと思ってます。
祭り中にもう一つ、なにか投稿しますので、そちらもあんまり期待せずに待っててやってくれたら嬉しいです。
それではみなさん、今後もTINAMIにおける恋姫の火を絶やす事無く、そしてもっと大きな篝火となるように、どんどん盛り上げていきましょうね?
それでは今回はこの辺で。
再見~!ですw
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てなわけで。
祭りじゃあああーー!!
今日から一週間、第二回TINAMI同人恋姫祭りの開催です!
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