「いやー、君が噂の馨君かー。 あまりに若いんで分からなかったよ!」
「はぁ」
「しっかし、君も思い切ったことをするねぇ。 SLEEKとコラボするなんて」
「そんなに有名でしたっけ」
「いや、ぶっちゃけ有名じゃないね。 でも私は個人的にいろいろな人にお薦めしてる」
コーヒーを飲みながら、折原と名乗る編集者が言っている。
どうしてこんなことになっているのだろう。 まぁ、考えてもまだその理由を聞いていないのだから分かるわけがないのだが。
「あ、で、本題に入ろう」
「ここまでは本題じゃなかったんですか」
思わず突っ込んでしまった。
「まぁまぁ。 君たちはスカパンクをやったと聞いたんだけど、合ってるかな?」
と、どんどん話を進めていってしまう。 こちらとしては仕事をほっぽり出して話を聞いていることになるので、出来れば手短に終わらせたかったのだが。
「まぁ、そうですね。 大学の創立祭のステージだけですけど
「私もそういう風に聞いている。 事実を確認したかったんだよ。 実はね…」
と言って彼が話し始めたことを簡単にまとめると、こうなる。
SLEEKを追っていたところ、素晴らしいパフォーマンスをする団体があることが分かった。 その団体は吹奏楽をベースにしているにもかかわらず、スカまでこなすかなり実力派のアンサンブル団体だ。
そんな彼らと街にたくさんあるロックバンドをコラボして、この街でロックとブラスを融合させた、お祭り騒ぎみたいなイベントを開きたい。そのためには今回のコラボの立役者である神谷馨という人物とコンタクトを取るのが一番の近道だろう。
と言うことを、大体十分くらいかけて説明してくる、目の前の自称編集者。 いや、名刺もあるし本当に編集者なのだろうが。
「で、俺から聞きたいことってのはなんなんですか?」
前フリを聞いてもいまいち理解できなかったため、そう返す。
「よくぞ聞いてくれました」
と、折原は身を乗り出してくる。
「あ、そこ触るとすごい熱いですよ、気をつけて」
「お? …うわっちぃ!」
ミルクを温めるサーバーの裏側に手をぶつけたらしく、ものすごい熱がっている。 まぁ周りが見えなくなるくらい自分の仕事に熱中できるって言うのは良いことなのかもしれないが。
「ちゃんと警告は入れましたよ…? はい、冷やしたタオルどうぞ」
「あぁ、すまない。 ふ~、痛い痛い。 あ、それで、具体的にやることとしてはライブハウスを貸しきったイベントなんだけど、K大創立祭のときに実際に二つの団体を取りまとめて一つのバンドとしての体裁を整えたのは君だって言うじゃないか」
だから、そういう情報はどこから流れていくのか。 多分ウインドの先輩なんじゃないかな、とは思うが。
「まぁ、そうですね。 一応俺が企画発案なんで。 しかし誰から聞いたんですかそんなこと」
「決まってるじゃないか、そういうことを話しそうな人間で、私たちと話をする機会のある人間なんてそうそういない」
「あぁ、なんとなく分かったんで良いです」
なんだ、新見か。今度絞めよう。
「まぁ、そういうわけで、だ」
ダンッ、とカウンターを一回叩いて、
「ミュージックマンの主催するイベントで、各バンドをまとめてみてくれないか?」
と、いきなりビジネスライクな話を始めだしたのだ。
簡単に言うとこうだ。
イベントの企画は基本的に俺に一任する。
出演するバンドも俺が自由に決めて構わない。 ただし、俺に決められない場合は候補だけ出してもらって、実際にどのバンドを出すかはミュージックマンの編集局で決める。
そして出演が決まったバンドには俺がホーン隊を割り当てて、即席のバンドを結成させて、イベント本番に向けて練習を開始させる。 完成度は問わないが、出来る限り高い方が面白いことになりそうなので、そこは頑張らせる。
最後に、上がった利益は基本的に全て各バンドに均一に分割支給する。
「このイベントをやることで、この地域の音楽活動が活性化されるし、それぞれのバンドのスキルアップにもつながる。 インディーズはいままであまり日の目を見てこなかったけど、この方法を取ればそういうバンドも表舞台に立つことが出来る、と思う」
と、折原は自信たっぷりな割りに疑問の残る口調で告げてきた。
「動員予定数は?」
「二千人だ」
中々強気で、比較的途方もなく、かつ大変無謀な数字である。
「ずいぶん集客力があるんですね」
「まぁ、仮にもバンド紹介雑誌で五年連続売り上げナンバーワンの雑誌ってことでね」
それに、ハコも決まっているし、と折原は付け加えた。
中々に規模の大きいハコでやるらしい。
「なんで俺なのか分からないんですけど」
そう、そこだけが分からない。ハコまでとってある状況なら、当然ある程度のバンドの選定も済んでいるのではないか。 大体どうしてミュージックマンなんて超大型誌が、こんな小さな街で帰結してしまうイベントを企画しているのか。
「いや、今まで誰もやったことのないものだからさ。 君みたいに今までに一つでも経験を持った人間をアサインしない と、途中で崩壊してしまうかもしれないんだよ」
「つまり、実験的要素が大きいと」
「ぶっちゃけて言うとそういうこと」
と、残念ながら決まらないウインクをかましてくる。
「俺としては参画したいのは山々です」
「お?」
期待に満ちた目で見つめてくる折原だが、
「俺も割と忙しいんですよ、勉強とかサークルとか。 一応指揮者なんで」
と、動かしようのない事実を言うとガックリと肩を落とす。
「そんなこと言わないでさー」
「や、ホントに。 十一月といえば定期演奏会一ヶ月前なんでかなり忙しい感じです」
「そこ、なんとかならない? 君だってここで働いてるってことはインディーズシーンを世に広めたいんでしょ?」
身を乗り出して言ってくる。 ただしさきほど痛い目を見たので腕は安全なところに置いてある。
「それは、そうですけど…。 大体ですよ、俺がやったのはひとつのバンドとひとつのバンドを結びつけることだけで、しかもその中のメンバーの一人だったんです。 今回のとは条件が全然違うんですよ」
我ながらもっともすぎる意見だ。 冷静に考えたらその通り、これ以上筋が通った意見を言うことはやたらと口の上手い国会議員でも無理だろう。
「だけど、実際に成功させたんだろ? その事実は変わりようがない」
しかし、それでも折原は食いついてくるのだ。
「それはそうだけど」
「だったら、もっと大きく、もっと派手に、もっとでっかいイベントをこなしてみよう」
もっと、もっと、もっと。 さらに大きく。
この人がこのイベントを通して何を実験したいのか、ようやく理解できた気がする。
それと同時にすでに一回成功を収めた人間を、何が何でも引き込みたい理由も。
「つまり、このイベントは」
「多分君の想像通りだ」
そういって人差し指を立てた。 その先が目標とする到達点であるかのように腕を上げる。 その挙動と自分の考えが一致するのが分かる。
つまり、この人のやりたいことは。
「この街のバンドたちが、日本で一番上手いことを証明するんだ」
と、とんでもないことを言い出しても納得できるくらいに、理解してしまっていたのだ。
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とある編集者が持ってきた話とは、イベントをやらないか、という提案だった。
バンドの、バンドによる、バンドのためのイベント。そんなイベントを開きたいという折原の真意は?