No.110186

festa musicale [ act 2 - 1 ]

そうしさん

ライヴやろうぜ!の一言から、動き出す秋学期。

秋になっても、馨と灯の生活には何の変化もなく、至って平和な日々だった。
そんなとある夜、"空"に一人の男が現れる。
その男の目的とは…?

2009-12-03 00:13:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:586   閲覧ユーザー数:579

「ライヴやろうぜ!」

 新見絢斗(にいみ あやと)がそう言ってきたのは、夏休みのサマーコンサートが終わって一週間位した、夏休み中に出された英語の和訳の課題を”空”で解いているときのことだった。

「もういいよ」

 一蹴する。 ハッキリ言って八月中ずっと課題をやっていなくて、そのツケがたまりに溜まっている中でそんな話は受けることは到底出来ない、というか受けたくない。

「そんなこと言わないでさー」

 うざったいくらいに擦り寄ってくる絢斗。 仕方ないので話だけは聞いてやることにしようか。

 と、思ってしまったのが運の尽きだった訳だけど。

「で、何をするって?」

「ライヴだよ、ライヴ!」

「あーはいはい、ライヴねライヴ」

 そう言えば以前『ライブ』と発音して『おま、ふざけんなよライブじゃねーよライヴだよ!』と意味の分からないことを言われたな、などとくだらないことを思い出してしまうくらいライヴという言葉を連呼する絢斗に、

「とりあえず概要を一からちゃんと話せ、全てはそこからだ」

 と、ひとまず落ち着けという行間アドバイスを与える。

「あぁ、とりあえず俺はあの創立祭のときのスカパンクバンドが忘れられない」

「ふむふむ」

「だからライヴやろう!」

 盛大にずっこけそうになった。 どこかの仮想日本にいる世界に名だたる名探偵が死神を見てイスから落ちたときみたいな勢いで。

「概要を話せ」

「今話したじゃん!」

「それは概要とは言わん!」

 そんなくだらない、というか時間の無駄な会話を続けること三十分。 やっと絢斗は詳しい内容を話し始めた。

「……つまり、十一月くらいを目処に都内の色んなスカバンドを集めて、ちょっとしたイベントを企画したいと。 そしてそのためにうちのサークルの力がまた必要だと」

「うんうん」

 首をすごい勢いで縦にガクガクと振り続ける。

「鞭打ちになるぞ」

「話を反らさないで」

 涙目である。

「じゃぁ、もっと具体的にどこのハコでやるか、何バンド呼ぶのか、動員予定数は何名か、利益率はどの位になるのか、最後にそもそもそれにはうちのサークルが必要なのかなどなどをまとめて千字以内でレポートにまとめて提出な。 あ、明日まで」

「ちょっとまて覚えきれない! ていうか千字なのに明日までってどんだけだよ!」

「俺がせっかく協力してやらんでもないって言ってるのにそんなことを言うのかい?」

「う……」

 とたんに弱くなる絢斗。半年も付き合いがあれば大体お互いどういうキャラか分かってくるから、こういう会話が出来るようになってくる。逆に言えば半年くらいかかってしまうというのが難点で、そこは克服すべき課題のように感じている。

「まぁ、俺も音楽やることには大賛成だし、企画次第ではホントに黒字になったりもするからな」

「だろだろ?」

「ちぃーっす」

「まぁとりあえずその空になったグラスをもらおうか」

「あぁ、はいはい」

 と言って、空になって氷から溶け出した水がそこのほうに残った黒い液体(簡単に言うとコーヒー) を飲み込もうとしているグラスを渡してくる。 何かが視界の隅に入ってきたり、空耳が聞こえたりしたのはきっと気のせいだ。 多分空耳は『ちぃーっす』とか言わない。

「馨ー?」

 …空耳じゃなかった。

「どうした灯」

「やっと気付いてくれたー」

 と言うと同時に、さっきまで俺が座っていた席に座る馨。 今日は至って普通の白いチュニックに、ジーンズをヒザの上くらいでちょん切った感じのパンツというこれまた活発的なスタイルだ。

「何の話してたの?」

 という灯の言葉に即座に絢斗がこう反応した。

「ライヴやろうぜ!」

「……っていう話してた」

「あぁ、なるほどね」

 一瞬で全てを理解した灯は、

「つまり創立祭で馨がお客さんの話題を何から何まで根こそぎ掻っ攫っていっちゃって、学内でSLEEKが評判にならなかったから馨を妬んで、今度は自分たちの企画に呼び出して馨の力を利用してSLEEKを有名にしてやろうと、そういうことね」

 と、何か壮大な勘違いをしていた。 速攻で絢斗が全力否定する。

「違う、違うよそれ! 全っ然違うよ!」

「なんだ違うのか、つまんないなー」

 心底つまらなそうに言う灯。 そういう理由があるならまた俺が全力で目立って、SLEEKが有名になるチャンスを…いや、有名になって欲しいけど。

「しかも俺そんな目立ってないし」

「「いや、それはない」」

 二人に同時に否定される。 しかも息もピッタリ。 若干凹んだ。

「なんでへこんでるのか分からないけど、馨は創立祭で一番知名度を上げてるからね」

 そう、なぜか俺の知名度はものすごいことになっていて、校内を歩くと色々な人から視線を浴びるようになってしまった。 多分ライヴ中に告白まがいのことをしてしまったせいじゃないか、とウインドの人に言われている。 そのうち好きな人、つまり灯のことまで特定するのではないか。

「お前も特定されちゃえば良いんだ」

「え……」

 と、灯の顔がボッと赤くなる。

「はいはい暑い暑い、日本はもう亜熱帯だなー」

 あぁ、と俺はやっと理解した。

 そういえば、ちゃんとした告白みたいなことはまだ一度もやってないんだった。

「悪い、灯」

「いや、良いけど」

 と、赤くなった顔を外へ向けた。

 そうやって照れる灯を見るのは中々新鮮で、しばらくこのままからかって行こうかと、良くないことを考えてしまいそうになる。

「まだくっついてないのかよ」

 あきれたような表情を見せながら絢斗が言う。

「正式な告白というプロセスを経る必要があるなら、くっついてないってことになるんだろうな」

 そう、付き合っているのか付き合ってないのかと言われたら、実際にはまだ付き合ってはいないことになる。 この関係は充分仲が良いし、別に今のままでもまったく困らない。

 が、そう思っているのは俺だけかもしれないという危惧も確かに心の中にはあって。

 俺が早く告白をしておかないと、灯はもしかしたら俺を見限って他の男になびいてしまうんじゃないか、と考える俺もいる。

「まぁ、気長に待ちますよーだ。 馨が恋愛に関してはものすっごい鈍感で奥手でバカでマヌケだってことは、誰よりも知ってるからねー」

 と、やっと顔が元に戻った灯は、そんな恥ずかしい台詞を吐いて、結局また自分で顔を赤くしてそっぽを向くのだった。

 

 

 

 二人が帰ってから、俺はシフトが入っていたためそのまま仕事に移る。

 仕事前に(当然自分の金で)コーヒーを飲んでから仕事に移るのは、夏休みに入ってからの俺のいつものスタイルとして定着している。

 ちなみに今日も夜は至って平凡な、暇な日だ。

 だから考え事も出来る。 と言っても最近考えるのは「どうやって灯にちゃんと告白したら良いか」というその一点という、なんとも充実した大学生活を送る学生に相応しいものである。 正直考えは煮詰まりすぎて具のないカレーライスのような状態で、手をつけるのもためらってしまうくらいにグチャグチャになっているので、考えてもどうしようもないのだが。

 と、バカみたいなことを考えていたら、

 

 カラン

 

 と、店の入り口が開いた。

「いらっしゃいませー」

「ここが噂の”空”かー」

 見た目は至って普通の社会人風の男である。 しかし、なぜかその体からはこの店に集まってくる常連と同じにおい……ミュージシャンのにおいを感じる。

 とても小さな違和感だが、それでも客であることには変わりない。

「何を飲まれますか? それとも軽食?」

 と、新しいお客さんに対するいつもの応対をする。 しかし、

「いや、今日は飲み食いするために来たんじゃないんだ。 私はこういうものでね」

 と言って、一枚の名刺を取り出してきた。

 そこには、世界的に有名な雑誌社の名前と、

「月刊ミュージックマンの編集取材部門で働いています、折原武生(おりはら たけお)です」

 と、自己紹介をされる。 そして、

「先日のK大学の創立祭でSLEEKというバンドと同大学の吹奏楽サークルがコラボしたと言う話を聞いて、お話しを伺いに来たのですが、神矢馨さんはいますか?」

 と、俺を指名してきたのだ。


 
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