とまぁ、こういうわけで。
そこまで聞いてしまった上に、自分自身でもこの街のバンドたちが日本で一番上手いと考えていて、にもかかわらずかなりのバンドがそのまま埋もれてしまっているという事実を憂えていた身としては、参加せざるを得ないわけで。
…巻き込まれた、とか嘘っぱちじゃん。
むしろ自分から進んで参加してんじゃん。
「ひょっとして流されやすいタイプなのか…?」
ついつい自問自答してしまう。 傍から見たらとても変人だが、幸いなことにここは自分の部屋なので問題ない。
自分の部屋で折原から言われたように、各バンドにどうアナウンスするかを考える。
「でっかいイベントやります…は、ちょっと安直過ぎるか。 ブラスとコラボしてみませんか…ストレートだな~」
色々と試行錯誤しながら誘い文句を考えていく。 なんだかんだで真面目に考えてしまっている辺り、やっぱり巻き込まれたとは言わないんだろう。
一番最初にコラボレーションしたことで学生から上がってきた反響としては、
『こんな上手いバンドがあったなんて知らなかった』
『うちのウインドも上手いんだな』
という、極めて肯定的な意見。 現にその後のSLEEKのライヴには、『創立祭で見て』というオーディエンスが何人も来ているらしい。
確かにここだけ取ってみればこのイベントは成功しないわけが無い。 SLEEKは確かに上手いが、それ以上に人気があって有名で、自他共に認める実力派などこの街にはいくらでもいるのだから、人を集めようと東奔西走すればいくらでも集まるはずだ。
しかし現実的に考えてみると、本当にSLEEKよりも格上の『メチャクチャ上手い』バンドたちが、こんな『小さな』イベントに参加してくれるのかという問題がある。 例えばうちにCDを置いてくれているバンドのひとつを例にとってみよう。そのバンドは数々のレコード会社から『うちからCDを出さないか』と交渉され、ライヴに関してもクラブクアトロなどの俗に言う大型ライヴハウスでワンマンでライヴをやっても満員御礼大盛況、なんてことも当たり前だ。 そう考えてみると、半端なイベントでは実現可能性は極端に下がってくる。
運営する身としては、こう言っては失礼だがSLEEKよりも下手なバンドは入れたくない。最悪オーディションをして、切ることになるだろう。
しかし、SLEEKよりも上手いバンドがそんなに集まるだろうか?
最低でも五バンドは欲しい。
問題はもうひとつある。
イベントの要となるのは、『コラボレーション』である。
ロックバンドと吹奏楽をコラボすること。 それがこのイベントの一番の前提条件だ。
どこからその吹奏楽をやっている人間をかき集めるのか。
当然ながら第一候補はWind Ensemble Kの人間だろうが、実はこの時期はウインドはそれぞれの練習があってかなり忙しい。 十二月に控える定期演奏会のため、皆が皆自分の楽器と自分の譜面に集中してしまう。 その中でさらにやることを増やすなどと言ったら発狂しかねない。
「…無理だよなああああ」
深いため息と共に、そう声に出してみるが、動き出してしまったものはしょうがない。
どうにかならないものかと色々思案する。
例えば、ウインド以外の吹奏楽団だったらどうか。
この街は音楽が盛んだから、一般の吹奏楽団も勿論存在する。 名前は忘れたが。
「それしかねーかなぁ」
一般の吹奏楽団に手を伸ばすのは気が引ける。 相手方にも悪いし、何より実力的な問題だ。
吹奏楽に求められるサウンドと、スカに求められるサウンドはまったくの別物だ。
吹奏楽という枠組みで今までやってきた人たちが、突然スカに転向したとして、まともなスカらしくなるのには何ヶ月もかかる。下手したら年単位でスカばっかりやらなければならない事態にもなりかねない。
「あとは、どうやってバンドを呼び込むか」
まぁ、一バンドは確定している。 SLEEKだ。
彼らには早々にアポを取り、その場で承諾してもらった。 というかむしろ向こうからしてみたら渡りに船だったようで、
『やる!』
の一言で確定だった。 一番最初に決まったところだし、それなりに有名なバンドだし、実力も伴っているから、トリで良いだろう。
問題はSLEEKよりも上手いバンドがトリ以外のポジションに甘んじるかどうかと言う点だ。
「まぁ、考えても仕方ないか」
と結論付け、企画そのものの方向性を考えることにする。 何しろどういう企画でいくかを考えないと折原からゴーサインも来ないし、バンドも誘いようがない。
企画内容を考えていたら指揮のことを忘れて、数時間そっちのほうに集中してしまったのだった。
ちなみにその翌々日はレポートの提出期限である。
そして、当然のごとく、俺はそのことを忘れているのだが、それに気付くのは結局明日の夜になってからの話である。
「で、結局引き受けちゃったわけだ」
と、呆れ顔の灯に言われる。 ちなみに今は全体合奏の練習の休憩中である。
「まぁ、そういうこと」
ウーロン茶を一口飲む。 ちなみに最近黒ウーロンが大人気だけど、俺はあのちょっと濃そうな見た目が大嫌いだ。 それに割高だし。 そんなに体に不安もないし。
「うちのサークルからまた何人か引っ張っていくの?」
「いや、今はそんな暇ないだろ」
と、昨日俺が考えたシナリオをそのまま話す。 ほぼ確実に人は集まらないだろう。
「んー、そんなことはないんじゃない?」
少し考えてから、灯がそう言った。
「なんでそんなこと言えるんだよ、っていうか今メチャクチャ皆練習してんじゃん」
と言って、周りを見渡すと、全員が一斉に目を逸らした。
(…あれ?)
いつも変な人たちだけど、今のは特別変だ。
「…もしかして、やりたい?」
一応、無いとは思うけど、いや、無いはずであるという指揮者の立場に立った希望的観測で聞いてみると。
「いや…むしろやらないっていう選択肢が無いって言うか」
などという、ふざけ……とんでもない回答が返ってきた。
「ね?」
灯が薄い……いや、そこまで薄くはないが、胸を誇らしげに張って言う。
「まじかよ…」
頭を抱えざるを得ない。 どうして演奏会前にこんなにほかのことに手を出して、自分を締め付けようとするのか理解できない。
「ほら、このサークルって皆ドMだから」
「そんな一言で片付けないでください…」
今度は本当に定演が上手くいくのか心配になってきたが、これでイベントの方は人材が確保されたことになる。
一応聞いてみたら、全員スカくらいなら吹ける、むしろオケみたいな柔らかい音の方が苦手、と言うおよそ吹奏楽団らしくない言葉たちを聞く結果となった。
あとは各バンドを集めて、それと相性のよさそうな人をマッチングさせていくだけ、なのだが、それがまた難しそうだ。
「まぁまぁ、私も手伝うからさ」
「灯…」
…信用ならねぇ。
すまないが全然信用できないよ、灯。
イベントがなんとか大丈夫そうになったその日、今度はウインドの方が大丈夫じゃなくなってしまったのであった。
そしてその晩、馨はレポート作成でてんてこ舞いになった。
「不幸だ…」
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そんなこんなでバンド集めをやることになってしまった馨。
要となるコラボレーションのための人集めが大変そうだということはわかる。ウインドの人間はこの時期は忙しい。ではどこから?