「ん、やっと休めたみたいね」
「ご主人様は本当に無茶が過ぎる。心配するこちらの身にもなって欲しいものだ」
騒ぎの後、私と愛紗は一刀の看病に当たっていた。
他の皆はそれぞれ確保した宿の部屋に分かれ、それぞれ旧交を結んだり、友誼を深めたり、情報交換に努めているのだろう。
「気を緩やかに流し込む、か。これはなかなか疲れるわね、慣れていないせいもあるのでしょうけど」
「憎ったらしいあ奴のやり方とはいえ、これでご主人様が少しでも楽になるのなら、それに越したことはない。
が、私も華琳どのも気の放出が得意なわけではないからな・・・妙に気疲れするのはある」
お互いに苦笑い。慣れない気だるさを、愛紗も感じているのだろう。
「ただ、痛みが和らいで、ご主人様が休めるのなら、安いものだ」
腹痛に対して母親がお腹に手を当てると自然に痛みが和らぐということがある。
それをもっと具体化して実行してみたということ。
が、弱っている相手に流し込む氣の使い方など、私も愛紗もやったことが無い為、こうして消耗してしまったというわけだ。
「ふふっ、本当に貴方は一刀第一なのね」
「当たり前だ。私はご主人様の第一の臣。ご主人様に、我が身我が魂魄を捧げている」
「淀みの無い良い目をしているわね。誇りを取り戻した貴女、綺麗よ」
「なっ、まっ、またそのような甘言を・・・! もう易々と騙されんぞ!?」
赤みがさした顔で慌てて取り繕うように口を開く愛紗。そういうところがまた可愛いわね。
「至って本音なのだけど。綺麗なものを綺麗、愛らしいものを愛らしいと感じる。自然なことよ?」
「まるでご主人様の言うような台詞をさらっと・・・」
「ええ、一刀も私も、綺麗な女性、可愛らしい女の子が大好きだもの」
そう言うと、なぜか愛紗が頭を抱えていた。なにやらぶつぶつと呟いているがどうにもちゃんと聞き取れない。
ご主人様、二人、胃、きりきり・・・うーん、断片的に聞き取れたものの、なんのことか判らないわね。
「さて、愛紗。今後の動きを相談しておきたいのだけど、いいかしら」
「…あぁ」
「まず、これは覚悟の再確認。
愛紗、貴女は一刀と共に歩む為に、他の全ての絆を捨てることになっても構わないと心に決めたのね?
私が一刀と共に歩む為に、覇王である自分、平和になった世界、絆を築いた仲間達、全てを捨てたように」
たとえ皆に憎まれ、恨みを向けられることすら厭わないと。
その覚悟が出来なければ、愛紗はこの先、一刀と共に進んでも、
桃香などとの絆の狭間に揺さぶられ続け、結局は壊れてしまいかねない。
半端な覚悟ならば、于吉や貂蝉の力を借りてでも、彼女の記憶を封じるなり、消し去ることも、視野に入れていた。
管理者の持つ力ならば、十分に可能だろうと、私は踏んでいたからだ。
「大丈夫だ。揺れることはない、とまでは…とても言えたものではないが、私はご主人様の為に生きる。
それはもう変わることはないし、変えたくもない。記憶を取り戻し、自分の中での整理が進みつつある今、
ご主人様がいない世界など、もう考えられない」
「あえて、聞くわね。桃香や張飛と離れることになっても?」
「…あぁ。私は、何よりも自分の中の『女』を優先したのだ。
醜いことだが、満身創痍の中、私に向かって歩んできてくれるご主人様を見て、私は、想われる女の悦びに満ちていた。
誇りや大義、今まで育んできた絆…桃香さまや鈴々のこともそうだが、それすらも全て捨てても構わないと思った。
この人と一緒にいれるなら、それだけでいいし、それだけで私は満たされると。
…華琳どのなら、判るかもしれないが」
「ありがとう。私も愛紗、貴女も、心底、一刀にやられたもの同士ってことか。
今までの価値観を全て捨て去ってもいいと思え、実際にこれまでの生き方を捨て去って、共に行く事を幸せに感じられる男。
…本当に、麻薬みたいなものね、一刀って」
「違いない。まぁ、既に重度の中毒患者の我らが言っても、笑いの種だ」
「えぇ、本当に、ひどい男よ」
二人で静かに寝息を立て始めた想い人を見つめる。あぁ、この瞬間をなんと幸せに感じることか。
愛紗も同じ思いなのだろう、顔を見合わせて、私たちは笑った。
愛紗の覚悟を見た私は、天の世界で得た、理解しうる全ての知識を彼女に預けようと決めた。
これからの動乱を思えば、常時、私が一刀の傍にいられるとは思えないし、
むしろ別行動を取った方が効果的な場面も多数出てくると予想する。
その時に、一刀を私と同じような立ち位置で手助けしてくれる者。
愛紗は、その役割を果たしうると、私は確信していた。
一刀の為なら、全てをためらいなく賭けられる。女としての強い思いが、彼女には宿っている。
「結論から言えばね、私達が何もしなくても、いずれ大陸の戦乱は収まると考えられるの。
歴史の修正力とやらが強制的に働くためとか、いろいろ裏の理由はあるんだけど、それはおいおい話すわ。
桃香か、こちらの世界の曹操か、孫家か。この三勢力のいずれかが天下を手にする」
この辺りはお爺様だったり、于吉辺りと話して出た結論だ。
外史の流れは大筋では正史をなぞる。変な介入がなければ、着地点は似たようなものになるのだ。
第一、一刀の世界で伝えられる、私や関羽の姿といえば、ある意味本当に滑稽なものだった。
あの世界に行ってから、言語を学ぶ片手間といえ、熱心に調べたものだ。正直、興味を引かれていたところもある。
たとえば、愛紗の場合、伝えられる風貌として、
『身の丈9尺、2尺の髭、熟した棗(=なつめ)の実のようなと形容される紅顔』と来ている。
信義に厚い事などから、商売の神として世界中で祭られるわ、「美髯公」などと呼ばれているとか…。
まぁ、美髪公の異名はこの辺りから来ているのだろう。
私に至っては、『三国志』関連に伝えられる人物の多くが、背が高い、見目麗しい、髭が立派など、
優れた外見を記述されているのに関わらず、小男とはっきり伝えられている。
私としては、才気に溢れる優秀な人物ということが判った時点で、外見はどうでも良くなったけど。
優れた外見だけで、乱世を統べられるわけでもなし。
それに、女である私の場合、背が低いといっても、特に困りはしないことも多い。極端に低すぎなければいいのだ。
諸葛亮とか雛里とか、あの辺りは性的関係を持った時点で、一刀が幼女趣味と言われかねない。
…もとい、言われていたわね。
「ご主人様がたとえいなかったとしても、あるべき形に進むとでもいうのか…」
「そんなところよ。ただ、長い時間がかかるし、その間に大陸は疲弊して、五胡などの侵入を許しやすくなる」
「・・・それは、民が無為に苦しむことになる。ご主人様も決して望みはしない」
「その通りね。
ただ、この世界から弾き出される者が、速やかに統一したとしても、後々混乱を招くのが目に見えているわけ。
統一した途端、指導者が消えるなんて、内乱の火種にしかならない。それは民にとって悲劇でしかない」
「では、どこかの勢力について、天の知識や周回した経験を大胆に生かし、一気に統一を図るとか?」
「それも考えているのよ。ただね、一刀が魏での体験が尾を引いていて、心情的にあまり積極的ではないのね」
満月は、未だに苦手だ。
見るだけで、あの時の全てを投げ捨てたくなる、身を裂かれるような気分を、鮮明に思い出すから。
・・・愛紗も申し訳なさそうに俯いている。一刀との理不尽な別れの辛さは、彼女もよく知っている。
だけど、その選択肢を取るつもりは、いろんな意味でない。取らせるつもりも無い。
「それに、私や愛紗にとって、別の意味でのデメリット・・・もとい、短所があるのよ」
「短所?」
顔を上げて、きょとんとした顔の愛紗。そう、彼女にも気づいて貰わなければならない。
「一刀をそれこそ、どこかの国に所属させてみなさい。瞬く間に皆を虜にする未来図が見えない?」
「…悲しいかな、安易に想像がつくな。なんというか、あの人は無意識に女性を口説く。
おまけに出る言葉は、赤心から来るものだから、琴線に触れやすいときている」
困ったものだと、ため息混じりの愛紗の模範解答。
一刀の最大の武器であり、私たちにとってはある意味非常に都合の悪い特性。
「その通りよ…。さらに愛紗も知っての通り、大半の武将が一刀との絆をいつ思い出すともしれない状況だし。
まして、外史の終焉を迎えることなく、一刀と一緒にいられる方法が判っている今、
その子たちはどういう選択をするかしら?」
「・・・敵は少ないに、限りますね。まして、武力も知力も通用しない、そんな戦いの場にあっては」
私は静かに首肯で、同意を示す。女の争いは、古来より熾烈である。ある意味、戦争そのものだ。
「今ですら、星、風、稟、朱里、雛里。私たち以外に五人の人物が、天の世界に同行する決意を固めているわ。
正直、多すぎても困ることになるわよ。向こうでの社会常識が一切無い者が一気に押しかける・・・ぞっとするわね。
第一、一刀は向こうの世界では只の平民。住むとこにすら困ることになるわよ」
それに、私はお爺様とお婆様を困らせる事態を出来る限り避けたかった。
私にとってあちらの世界での父母に等しい存在といえる人たちを、出来るだけ困らせたくない。
「ご主人様は向こうでは、確か、書生でしたか?」
「そうよ。親元の庇護下にあるし、収入源も無。大勢で押しかけても、飢えるのが目に見えるわよ…」
一刀には伏せているが、お爺様の出資を元に、一刀名義で株式や投資信託にも手を出してはいる。
が、やっとまとまった資金に膨らませた所で。
正直、自分自身が独立してやっていく為の資本すら、出来てはいないのよね。
そう思いながら、必要な内容を書き記した竹簡を肩の上に掲げるように持ち上げる。
「お願いね、貂蝉。お爺様たちにこちらの状況を伝えておかないと、とんでもない迷惑をかけることになるわ」
「親孝行ねん、蘭樹ちゃんは♪ さっと届けてぱぱっと戻ってくるわよん~」
気配も無く現れる貂蝉に、愛紗は反射的に偃月刀を構えてしまっている。本能的な危機感からかしら、さすがは春蘭に並ぶ武人。
私は慣れてきたから、普通の対応なのだけどね。というか、貂蝉は常に規格外と思っておかないと、いろいろ疲れる。
「ち、貂蝉! もっとまともな現れ方をしろ! 思わず斬り捨てそうになったではないか・・・」
「あらん、蘭樹ちゃんは動揺すらしてなかったわ。さて、今晩中に行ってくるわねん~」
言うが早いか、貂蝉は窓枠から夜空に向かって跳躍。文字通り、本当に星になった。
もうちょっと常識的な時空跳躍の方法が無いかと考えるけど、
愛紗が『これは夢だ…そう、夢なのだ、うん』と現実逃避をしているし、
ありえない話、という立場のほうが、貂蝉の存在が一刀にとって、殊更有効な切り札ともなるでしょう。
しかし、今の貂蝉の常識外の動きのお陰で、天井に潜む存在に気づけたのは僥倖だったわ。
どこの所属かわからないけれど、優秀な間者であると内心ほくそ笑む。
こんな出来事が無ければ、気配を漏らしもしなかっただろうから。
…さぁ、引き込んでやりましょうか。
話は進まなかったけど、愛紗には暫く一刀と私との相部屋で夜を過ごしてもらって、その間に、色んな知識を学習させればいいことだし。
「はうぁ…こうもあっさりつかまるとは思わなかったのです…」
「まー、まー。猫さんをもふもふできたのでいいではありませんか~。腕を縛られているからか、安心して膝の上に乗ってますね~」
「ううう、もふもふしたいのです…」
決着はあっさりついた。私達に気付かれもせずに、こんな間近に潜んでおける間者となると、相当な将の力で無いと不可能。
愛紗とお互いの耳元で意見交換し、答えは一致。というか、一人しか浮かばなかった。
なぜこんな北の方までやってきているのかは、疑問だったが。
そこで風を召喚。一刀の作った干し魚を使い、何匹か子猫を籠絡してもらって、
まさしく『もふもふ』をこれによがしに見せつけてもらった。
演技ということも忘れ、愛紗がすごく羨ましそうにしたりしていると、我を忘れた彼女が傍まで降りてきて、
二人してうずうずしているところを、風が『一緒にもふもふしますか~?』と止めを刺した。
あとは油断しきった彼女の愛刀を奪って、あっさり御用と相成ったのだ。
そう、間者の正体は周泰。ということは、おそらく、あの自由奔放の戦闘狂の王様も近くにいる。
そこまで考えて、あの世界に行って収まっていた、慣れ親しんだ頭痛がまた、ぶり返していた。
…いい医者、いないかしら。
といっても、私のこの頭痛は心因性の影響が高そうだから、どうにもならない気がするけれど…。
「さて、皆を集めますか。しかし、一刀もゆっくり休んでいる暇は無さそうねぇ…」
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前回のあらすじ:割腹自殺をしかけた愛紗を押し止めたら、なぜか正妻争奪宣言をされ、カオスが加速した一刀と愉快な仲間たちであった。そして、さらなる火種を投下しようと呉王さまが見てた。
人物名鑑:http://www.tinami.com/view/260237
小休憩回です。フリーダム過ぎるあのお方は次回に。