No.226685

わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない あやせたん奮戦記前編

pixivからの転載。
今まで投稿した中では一番閲覧数が多かった作品です。1万2千で俺妹作品比で1.5以上多かったです。
あやせたん人気ですね。完成度はあまり高くないにも関わらずなので。


続きを表示

2011-07-07 00:23:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:14961   閲覧ユーザー数:14367

わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない あやせたん奮戦記前編

 

 

 夏休みも後半に入ったある日、田村麻奈美お姉さんから暗号が入りました。

 その内容はわたしの特務調査機関(隊長わたし総員1名)が得ていた情報と同じでした。

 即ち、お兄さんが黒猫という女の人と付き合いだし、今日の午後から初デートに臨むというものです。

 その情報はわたしの心を掻き乱さずにはいられませんでした。

 

 

 高坂京介お兄さんはケダモノです。付き合ってもいない現役女子中学生のわたしにプロポーズするぐらいのケダモノです。

 あの時O.K.していたら今頃わたしは中学生幼なママになっていたに違いありません。…………それが最短ベストエンディングルートだったのですね、チッ。

 いえ、何でもありません。日本語を使い間違えてしまいました。

 とにかく相手が正式な彼女ともなれば、初めてのデートでおっぱいを触るぐらいのことはしかねません。きっとお兄さんは彼女のおっぱいにいつから触って良いのかなんていう最低な相談を男友達にしているに決まっています。

 わたし以外の女のおっぱいに触ろうだなんて不潔極まりないです。

 いえ、何でもありません。また日本語を使い間違えてしまいました。

 でも、ケダモノなお兄さんのことですから、中学生のわたしには想像も出来ないような破廉恥なことを今日にでもするつもりに違いありません。

 わたし以外の女にそんなことをしようだなんて許せるはずがありません。

 いえ、何でもありません。ついつい日本語を使い間違えてしまいました。毎日使っている言語なのに日本語って難しいですよね。

 

「どうやらわたしが動かないとダメ、みたいですね」

 わたしの得ている情報は事態が逼迫していることを示しています。

 しかしお姉さんは動く気配がありません。

『たたたきょーたたちゃたたんのた邪たた魔をたたしちゃたたダメたただよ♪たたた  暗号解読ヒント タヌキ』

 それどころか高難度の暗号文でわたしに自制を求めてきています。

 しかもこの事態に及んで桐乃は静観を決め込んでいます。

 もっとも、こんな事態に陥ったのは桐乃の大博打が裏目に出た結果でもあるので動けないのでしょうが。

 ブラコン・クイーン桐乃の援軍は期待できません。でも──

「一人でも負けられないんですよ、この戦いはっ!」

 もしかすると今日の戦いでわたしは今まで築いてきたものを全て失ってしまうかもしれません。けれど、それでも退く訳にはいきませんでした。

 新垣あやせ、一世一代の大決戦の時です。

 

 

 

 

 わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない あやせたん奮戦記前編

 

 

 

 

 わたしは決戦の為の準備を済ませてお兄さんにメールを送ることにしました。

 お兄さんをわたしの部屋にご招待する為です。

 しかし、お兄さんは初デートを目前に控えています。

 適当な文面では来てくれないような気がします。

 というか普通の神経の持ち主なら初デートを前にして、他の女の家に上がるような真似は決してしないでしょう。

 だからこそ文面は慎重に選ばなくてはいけません。

 さて、どうしましょうか?

 

 1 3秒以内にやきそばパン買って私の家に来なさい(女王様 END)

⇒2 私の家に来ていただけますか?

 3 美味しいお紅茶をお淹れしてお待ちしています♪(BAD END)

 

 やっぱりこのくらいの文章が妥当かなと思います。

 お兄さんはわたしを警戒しています。なので、あまり乱雑な文章や丁寧すぎる文面だと疑って来てくれない気がします。

 そうして考えに考え抜いた文章をお兄さんに送信します。どうかお兄さんが来てくれますようにと祈りながら。

 

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピンポーン

 

 すると、3分もしない内に玄関のベルが連続して鳴りました。

 私の選択は間違っていなかったみたいです。ふぅ~。

 そしてメールを送る前にお風呂に入って丹念に体を洗っておいたのは正解だったようです。お兄さんの反応速度を読み間違えたら体を洗う暇がありませんでした。

 いえ、勿論変な意味ではありませんよ。

 女の子として男の子に汗臭いなんて思われるのは一生の恥です。なので一般的なエチケットとして体を清潔にしておいただけです。

 入浴した際に白レースの勝負下着もばっちり装備しておきました。これで何が起きても安心です。お兄さんをガッカリさせることもないと思います。

 いえ、何でもありません。本当に日本語って難しすぎます。何でこんなに難しいんでしょうね。

 さて、せっかく来て頂いたお兄さんを玄関まで迎えに行かないといけません。

 

 

「ハァハァハァ。マッハ…到着だぜ……っ」

 玄関を開けると、俯きながら肩を激しく上下に揺らして荒く呼吸するお兄さんの姿がありました。

 どう見ても不審者です。素で警察呼びたくなります。

 この人、こんな姿で母が出て来たらどう対処するつもりだったのでしょうか?

「お兄さん……く、来るの早すぎじゃないですか?」

 せめて息を整えてからベルを鳴らしてくださいよ。私にも世間体はあるんです。

 ダッシュして来てくれたことは及第点ですが。

「ああ、早くおまえに会いたかったからな」

 ちなみに玄関脇のアロエの鉢には高性能録音機が仕込まれています。

 今のお兄さんの一言もバッチリ記録されています。後で黒猫さんのお家にデータをお届け……いえ、何でもありません。

「……もぉ、またそんな調子のいいことを言って……上がってください」

 お兄さんには録音機の存在に気付かれる前にわたしの部屋に上がってもらおうと思います。

 

 お兄さんを後ろに従えて自分の部屋へと向かいます。

 これからのひと時がわたしの人生史上で最も過酷な戦いになるかと思うと緊張感が込み上げてきます。

 一方、お兄さんは特に何も考えずについて来ているようです。先に階段を上がるわたしのパンチラをのん気に期待しているような視線を背後から感じます。

 ほんと困ったお兄さんです。

 こんな人、わたし以外の女性では一生面倒を見てあげることなんてできませんね。

 いえ、何でもありません。

「おまえの部屋に招かれるって、早くも二度目か。なんだか俺たち、ずいぶん仲良くなった気がするよな」

 お兄さんは女心がわかっているようでいてまるでわかっていないことを示す一言を平気で口にしてくれやがります。

 確かにお兄さんを部屋に招待するのはこれでもう二度目。しかも、二度とも2人きりでの招待です。

 親友である桐乃がいない時にわざわざ招いた意味を考えればお兄さんの推測は間違っていません。むしろ大正解です。

 でも、だからこそ取るべき態度ってものがあるのではないでしょうか?

 初めて部屋に招いた時にお兄さんが然るべき態度を示してくれていれば、そもそも今回のような事態に陥ることもなかったのに。

 わたしは素直に自分の気持ちをお兄さんに告白できたはずだったのに。

 そうすれば、お兄さんにわたし以外の彼女ができるなんてあるはずがなかったのに。

 わたしがお兄さんの彼女になっていたはずなのに。

 って、わたしってば何を考えているんでしょうね?

 夏の暑さに今日は思考を少しやられてしまっているのかもしれません。

 そうです。今重要なのはお兄さんをあまり調子に乗せないことです。

「……はあ? 何を言っているんですか? わたしはお兄さんを警戒しているからこそ、より安全な場所に呼び出しているだけですが?」

 お兄さんのこういうデリカシーがない所、わたしは嫌いです。

 もっとTPOを考えて欲しいです。

「……そうなんだ」 

 ガッカリした声で呟くお兄さん。

 お兄さんはわたしが警戒していると言っている言葉の意味を全然理解していません。

 わたしはお兄さんが途中で逃げ出してしまうことを警戒しているのです。

 外で会っていたら、お兄さんは形勢が悪くなると逃げ出してしまうのは過去の経験からわかっています。

 でも今日だけは途中で逃げられるわけにはいかないんです。

 そうなったらわたし、一生ものの敗北を喫してしまうことになりますから。

「へっ、別にいいってばよ。俺には超カワイイ彼女がいるもんね」

 お兄さんの不貞腐れたような独り言の呟き。

 きっと、私には聞こえてないと思っているのでしょう。

 でもそれを聞かされてしまったわたしは背中からナイフで刺されたような衝撃を受けました。

 お兄さんに彼女がいる。わたしではない彼女がいる。

 わかっていたことなのに、お兄さんの口からそれを呟かれると泣き出してしまいそうです。体の震えをお兄さんに気取られないように歩くのが精一杯でした。

 

 平静平静と心の中で呟きながら歩いている内にわたしの部屋の前に到着しました。

 いよいよ、決戦のときです。

「どうぞ──入ってください、お兄さん」

 今浮かべられる精一杯のスマイルでお兄さんを部屋に促します。

「待て」

「……なんです?」

 ところがお兄さんは部屋に入ってくれません。

 モデル業で習得した男心をくすぐる動作を精一杯駆使しているのにです。

 そしてお兄さんは疑いの視線でわたしの背中を見ています。

「あやせ……いま、後ろ手に隠したものを見せろ」

「なんのことでしょう?」

 女心に鈍いお兄さんにまさかこれを気付かれた?

「とぼけんな、キラッと光るもんが見えたんだよ! おまえさては──」

「さ、さては?」

 お兄さんがキツい瞳でわたしを睨みます。

「──後ろ手にナイフを隠しているだろう! 俺を油断させて刺し殺すつもりだな!」

 お兄さんはわたしの顔にビシッと指を突き付けながらそう断言しました。

「お、お兄さんは私をなんだと思ってるんですか!?」

 ショックです。心外です。

 お兄さんがわたしをそんなヤンデレ女だと思っていたなんて。

 ぷんぷんと頭から蒸気を噴き出す勢いで怒っちゃいます。

 でも、考え直してみると、わたしがお兄さんの信頼を勝ち得ていないからこんな指摘を受けるのかもしれません。

 わたしは外面的には烈火のごとく熱く怒りながら、内面的には氷山のごとく冷たく泣きながら後ろ手に隠していたものを見せました。

 わたしが隠し持っていたもの。それは──

 

 1 手錠

⇒2 サバイバルナイフ

 3 拳銃(鮮血の結末 END)

 

 秋葉原の路上で持ち歩いていたら確実にお巡りさんに逮捕されそうな一品をお兄さんに見せます。毎日丹念に砥いでいるので今日も光沢の艶々は最高です。

「やっぱりナイフじゃないかぁっ! 俺を刺し殺すつもりなんだなぁっ!」

 お兄さんが絶叫します。

「もぉ……失礼な誤解をしないでください。わたしがナイフを隠し持っていたのはお兄さんを刺し殺す為じゃなくてただの護身用ですよ?」

「十分怖いわ!」

 お兄さんが凄い疑いの眼差しで見ています。

「そんなにわたしって信用がないですか?」

「お前の今までの言動のどこに信用に値する部分があった?」

 お兄さんはそれはもうあっさりとわたしをバッサリ切って捨てました。

 わたしもお兄さんには外見が評価されているだけで、内面は全然信用されてないんじゃないかと思ってはいました。要するにわたしの顔だけが好みなんじゃないかって。

 でも、それをこんな風にハッキリと口に出されてしまうと哀しいです。

「じゃあ、このナイフはお兄さんが持っていてください。それなら安心でしょ?」

「何で俺が他所様の家でナイフ持たせられにゃならんのだ?」

 お兄さんはわたしの代案にすら文句を述べます。

 でも、わたしがナイフを持っている限り部屋には入ってくれないでしょうから、持ってもらうしかないんです。

「さ、お手をどうぞ?」

「……くそ」

 お兄さんは如何にも嫌々という表情でナイフを握りました。

 下手に問答を続けて、またわたしが母を呼んでは面倒だと思ったのかもしれません。

 ちなみにこの廊下にも隠しカメラは仕掛けられています。

 お兄さんが部屋の前に立つわたしにナイフを向けている映像が映っているに違いありません。この映像は後で貴重な証拠となるでしょう。法廷で争う場合に。または黒猫さんに送る資料として。

 ちなみに手錠は部屋の中にあります。今使うべきではないと思ったからです。

「さあ、改めて入ってください」

「邪魔させてもらうよ」

 お兄さんが嫌そうな顔をしてわたしの部屋に入ってきます。

 女の子の部屋に上がれるのだからもう少し嬉しそうな表情を浮かべても罰は当たらないはずなのに。

 

 

 お兄さんの体が全て室内に入ったのを見届けてから部屋の鍵をしっかりとロックします。

 窓も二重ロックをしっかりと掛けます。

 勿論、強盗の侵入防止用にです。

 新垣家には不審人物が敷地に侵入した場合、100億ボルトのレーザー光線が賊を跡形もなく消し飛ばす防犯システムが備わっています。

 ですが相手は賊です。その程度の警備でも生ぬるいかもしれません。だから施錠は大事なのです。

 ですが逆に厳重に鍵を掛けた結果、この部屋はわたしがお兄さんに襲われても咄嗟には逃げられない密閉空間になってしまいました。

 鍵を掛けてしまったが故に、わたしは泣きながら天井のシミを数えなければならない事態に陥るのかもしれません。一生ものの傷を心と体に負うことになるかもしれません。生まれて来た我が子にパパは鬼畜だったと語る時が来るかもしれません。

 でもそれは、リスク社会を生きるわたしたちが甘受しなければいけない最小限度の危険の可能性なのです。完璧な防犯などあり得ないからです。

 

 退路も断ちました。背水の陣の完成です。

 そしていよいよ決戦のときが来ました。

 早速本題に入りたいと思います。

「そうそう。そういえば──恋人ができたそうですね、お兄さん」

 あれっ? 

 おかしいですね。

 予定ではこんな抑揚のない声で言うつもりじゃなかったんですが?

 末尾に「おめでとうございます」とハートマークを付けて祝福するつもりだったのに。

 どうしてもおめでとうの一言が言えませんでした。

 それどころか不愉快な気持ちでいっぱいになってしまっています。

 自分がうまくコントロールできません。

「部屋に鍵をかけて、俺にナイフを持たせながらその話題かよ……」

 お兄さんの顔が引き攣っています。目なんかあからさまに吊り上がって嫌気いっぱいの表情です。

 おかしいですね?

 これではわたしの祝辞がお兄さんに伝わりませんよ。

「──恋人ができたそうですね、お兄さん。おめでとうございます」

 今度はおめでとうを言うことができました。

 相変わらず声に抑揚はありませんでしたが。

「お、おう……そうなんだよ。よく知ってるな」

 お兄さんはわたしの祝辞を否定してくれませんでした。

 即ち、恋人がいることをハッキリ認めたと……。

 そう、ですか。

「お兄さんの動向は、把握しているつもりですから」

 声が一段と冷え込みます。

 わたしってこんな冷たい声が発せたのですね。驚きです。

「そ、そうなんだ……」

 お兄さんの顔はどうやって? と不思議がっています。

 でも、それにお答えする義理はありません。

 私の頭の中、自分が予想した以上にグチャグチャになってしまっていますし。

 お兄さんはここでコホンと咳払いをして声を整えました。

 そして、比較的凛々しい顔を私に向けて言いました。

「──まあ、だから、あれだな」

「なんです?」

 お兄さんの顔をジッと見ます。

 そしてお兄さんは凛々しい表情のまま告げてきました。

「俺はもう、おまえにセクハラをしてやることはできなくなってしまったんだ……すまない」

 お兄さんの誓いを聞いてわたしの心は急激に冷え固まっていきました。

 そんなわたしには心を暖める炎が必要でした。

 しゅぼっ。

 無言でライターに火を点け、お兄さんの持っているナイフを炙ります。

「熱ィ!?」

 お兄さんは驚いて目を見開きながらわたしを見ています。

「お兄さん、真剣な話なんですよ?」

「……はい、ごめんなさい」

 お兄さんはシュンとしながら正座を始めました。

 お兄さん、やけに慣れた仕草で正座しています。

 ここ数日、正座ばっかりしているような手慣れかたです。

 わたしもお兄さんの正面に正座して座ります。

 

 見詰め合うお兄さんとわたし。

 それにしても、お兄さんは彼女ができた途端わたしにはもう用なしですか?

 セクハラする価値も見出せないモブ扱いですか?

 OPの登場人物紹介からわたしを削除するおつもりなんですね?

 お兄さんはわたしを見ながら冷や汗をだらだらと流しています。しかし、本当に責められているのは私の方です。用済み扱いされてしまったのですから。

「彼女ができた。ふーん、それで? お姉さん──麻奈美さんは、どうするつもりなんです?」

 わたしは、とは訊けないので代わりにお姉さんの名前を出します。

「ど、どうする……とは?」

 お兄さんはすっ呆けた声を出します。

「ずーっと付き合っていたようなものだったんじゃないんですか?」

 わたしは最初お兄さんはお姉さんと付き合っているのだと勘違いしたくらいです。

 それぐらい2人は一緒にいるのが自然な関係でした。

「つ、付き合っていたわけじゃないぞ」

 お兄さんは激しく動揺しながら交際を否定します。

 交際を否定しながら、お姉さんを誰にも渡さないように自分の側に置き続けておく。

 お兄さんの言動は、男にとってだけ都合の良いものです。

 聞いていてすっごく腹が立ちます。

「言い訳しないでください」

「ごめんなさい」

 ライターを見せたらお兄さんは大人しく頭を下げました。

「ふん、まあ、いいでしょう。お人好しすぎるように私には思えますが──お姉さんには、お姉さんの考えがあるようですし。……これは口止めされていたことですけれど……お兄さんの邪魔をしないよう、釘を刺されてしまいましたし」

 ちなみに口ではこう説明していますが、わたしの推測は違います。

 お姉さんは明らかに私を間接的にけしかけています。

 本気でお兄さんの邪魔をして欲しくないと思っているのなら、わたしに知らさなければ済むだけの話です。

 それをわたしにわざわざ知らせてきた。しかもわざわざ念を押して妨害の釘を打った。これは明らかにお姉さんの意思表示に他なりません。助言とは逆の行動を取れという。

 しかもお姉さんがお兄さんを好きなことを考慮すると、ただの意思表示なんかじゃありません。

 お姉さんはわたしがお兄さんにちょっかいを出して失敗することを予測した上で言っています。

 わたしの敗北がお姉さんにとってどんな利益になるのかはわかりません。でも、それはきっとお姉さんの目論見に合致する行動になるのだと思います。

 いえ、むしろ発想が逆なのかもしれません。

 わたしがこの決戦に勝利した方がお姉さんにとっては今後の展開を優位に進められるという可能性だって考えられます。

 黒猫さんとかいう女よりもわたしの方が御し易いと考えているのかもしれません。

 実際にわたしはお姉さんからの暗号文1つでこうして決戦を構えてしまっているのですから。

 だからどちらの結果を迎えるにしろ、わたしはお姉さんの手の中で踊っているに過ぎない可能性は高いです。

 いい人のポジションを確保したまま、自分の願望通りに人を何気なく導く。

 そういう所、ちょっとずるいと思います。

 猪武者と化したわたしが言えた義理ではないのですが。

 とにかく、お姉さんは頭の中までのほほんとしているわけでは決してないです。

 お兄さんはずっと一緒にいるくせにそれに気付かないなんてやっぱり女心に鈍すぎです。

「だからひとまず、お姉さんのことはいいです」

 唯一の仲間にして、おそらくは最大の強敵でもあるお姉さんのことは一時置いておきます。わたしがお姉さんを出し抜くには、お姉さんも予想しなかった大勝利を得るしかないような気がしますし。

 

「でも、桐乃のことは、どうするつもりなんです?」

 話の矛先を桐乃へと変えます。

 お兄さんにとって妹はウィークポイントです。

 特にお兄さんはわたしの前では『近親相姦上等の変態兄貴』というキャラ設定をいまだに使い続けています。

 勿論それが虚構の産物であることを今のわたしは既に知っています。

 けれどお兄さんからそのキャラ設定が嘘であることを認めた言葉を聞いてはいません。

 何故ならその嘘は、お兄さんがわたしと桐乃を仲直りさせる為に吐いた大切な大嘘だったからです。

 その嘘を認めることは仲直りの前提条件を覆すことになってしまいます。するとまたわたしが桐乃と仲違いするのではないかと不安に思っているに違いありません。

 私たちの為に嘘を突き通す義理堅い人だなと思います。けれど同時に、わたしがお兄さんから信頼を得ていない証拠にもなっています。

 わたしは桐乃に対する信頼がそんなに薄い人間と思われているのでしょうか?

 嘘を認めると2人の関係がまたすぐに壊れてしまうと?

 冗談ではありません。

 わたしだって最近は桐乃の趣味を理解しようと頑張っているんです。もう、あんな喧嘩をしないで済むように努力してるんです。

 でも、そんなわたしの努力はお兄さんにはきちんと伝わっていません。

寂しいです。哀しいです。泣いてしまいそうです。

「お、おまえには関係ない」

 そして案の定、お兄さんは桐乃との関係をぼやかして来ました。

 未だに嘘を突き通しています。

「関係なくありません」

 でも、ここで追撃の手を緩めるわけにはいきません。

 桐乃はわたしにとってお兄さんを追及する切り札なのですから。

「なんで?」

 しかしここで思ってもみない切り返しがきました。

 お兄さんはいまだにわたしが近親相姦魔だと思っているという推測の下に行動しています。

 そしてわたしもお兄さんの推測を否定したことがありません。お兄さんが近親相姦魔であるかのようにしょっちゅう振舞っています。

 そんなこんなでわたしとお兄さんの関係は微妙なバランスの上に成り立っているのが現状です。

 

 もう1度確認すると、わたしとお兄さんの初めの接点は桐乃でした。

 それは明白です。

 わたしは桐乃の親友として、彼女の兄であるお兄さんに出会いました。

 でも去年の夏に桐乃と大喧嘩して以来、桐乃を挟んで3人で会ったことはありません。

 代わって私たちが出会う時はいつも2人きりかお姉さんを間に挟むようになりました。

 新しい関係の構築です。

 そしてお兄さんはわたしから連絡を取れば今日みたいにいつでも会いに来てくれます。

 それはわたしの顔がお兄さんの好みだからで間違いないと想います。

 ラブリーエンジェルなんて言われたのは後にも先にもお兄さんからだけですから。

 ではお兄さんがわたしに強い執着を抱いているのかと言うとそうではありません。

 去年の夏にお兄さんと絶交した後、わたしは彼からの着信を半年間拒否していました。

 けれどお兄さんはわたしが着信拒否を告げるまでその事実に気付きませんでした。つまり、半年間1度も連絡をくれなかったのです。

 その件はわたしの乙女のプライドを大きく傷付けました。

 そして着信拒否を解いてから更に半年、お兄さんからわたしに先に連絡してきたことはただの1度もありません。全てわたしからの連絡です。

 ちなみにお兄さんはお姉さんや、黒猫って方、それから他の友達にも自分からしょっちゅう連絡を取っているそうです。筆不精な人ではありません。

 要するにお兄さんにとってわたしはどうでも良い女の子。強いて言うなら数ヶ月に一度生で見られる好みの芸能人みたいな遠い存在でしかないのだと思います。

 それはもうわかっています。

 お兄さんにとってわたしがそれぐらいの存在でしかないってことは。

 だからわたしもお兄さんに気を揉まなければ良いだけのはずなんです。

 別に親友のお兄さんだからって親しく接する必要もないのですから。

 でも、それでもわたしはお兄さんを呼び出してしまうのです。

 それはわたしがお兄さんのことを……好き、だから。

 もっとはっきり言えばわたしはお兄さんが大好きです。愛しています。初恋の人なんですっ!

 ええ、この際認めますっ!

 わたしはお兄さんのことが大好きですっ!

 桐乃がどうとか関係なくわたしが会いたいんですっ!

 でも、会えないんです。

 素直じゃないわたしには桐乃以外にお兄さんを呼び出せる口実を持ってないんです。

 桐乃を持ち出さないとわたしはどんどんお兄さんと疎遠になっちゃうんです。

 お兄さんはわたしに連絡もくれない人ですから。

 それが嫌なんです。

 結局……そういうことなんです。

 でも、今更それを正直にお兄さんに伝えるわけにもいきません。

 ずっと桐乃を媒介にして会っている体裁を取り続けていましたから。

 桐乃は唯一の口実でしたから。

 でも、改めて質問されると、そのメッキは簡単に剥がれてしまいます。

「だ、だって……あの……そ、そう! そんなことになったら、お兄さんの利用価値が、なくなってしまうじゃないですか!」

 自分でも支離滅裂なことを言っています。

「利用価値って……」

 お兄さんが微妙に嫌な瞳でわたしを見ています。

 でも、一度切り出してしまった以上、もう後には引けません。

「お、お兄さんが、わたしにとって、『桐乃のことを相談できる相手』じゃなくなってしまうということです」

「俺と桐乃が気まずくなると、おまえが困るってこと?」

 お兄さんが首を傾げながら尋ね返します。

 もしかすると、このまま突っ張り通せるかもしれません。

「そうです! 彼女ができたら──桐乃が……その……お兄さんに遠慮するようになってしまうかもしれません。それで、兄妹の間に距離ができてしまったら、どうするんですか? わたしが桐乃のことで相談しようにも、お兄さんがそんなんじゃ……その、ダメじゃないですか……」

「言っていることめちゃくちゃだぞ、おまえ」

「そんなことありません!」

 めちゃくちゃなんてのはわたしだってわかっているんです。

 でも、突っぱねるしかわたしには選択肢がないんです。

 お兄さんが、わたしの気持ちに気付いてくれないから。

 お兄さんが、わたしの気持ちに気付いてくれないまま他に彼女を作っちゃったから。

 今更どんな顔してわたしがお兄さんに会いたいなんて言えると思うんですか?

 彼女がいるお兄さんに。

 それでも、わたしはお兄さんに会いたいんですよ。

 会えば惨めになるだけだってわかってるのに。

 その惨めな出会いの為にわたしは親友を出汁に使っている。

 あまりにも愚かで惨めですよ、わたしは。

 でも、それなのに、わたしのそんな葛藤に気付かないまま、お兄さんは更なる一撃を見舞ってきました。

「──俺に彼女ができたら、おまえにとってはいいことなんじゃないのか?」

「ど、どういうことなんです!?」

 お兄さんの一言はわたしにとってあまりにも痛い一撃でした。

 わたしの塗り固めてきた嘘を指摘する痛恨の一撃。

「いや、だからさ。変態兄貴である俺を、桐乃と引き離すことができるじゃないか」

「っ……」

 否定したい。

 いっぱいいっぱい否定したいのにその否定を喋れない。

 わたしの心はもうグチャグチャです。

「それがおまえの目的だったんじゃないの? なのに、なんでいまさら、わけ分かんないこと言ってるんだ?」

「うう……」

 お兄さんは大きな誤解をしています。

 わたしの想いを全然理解していない大きな誤解を。

 お兄さんの口調はまるでわたしがお兄さんとの関係を清算したがっているように聞こえます。

 桐乃との誤解が解ければわたしとのわだかまりも解ける。そしてわたしとお兄さんは後腐れなくすっぱりと元の無関係、ただの他人に戻る。

 わたしから見たお兄さんは友人の兄でしかなく、お兄さんから見てわたしはセクハラする価値もすらなくなったただの妹の友達。

 わたしはそうなることを望んでおり、お兄さんもその結果を既に受け入れている。

 お兄さんの口調はそう言っているも同じなんです。

 そこにはわたしがお兄さんのことを本当はどう想っているかなど少しも考慮に入れられていません。

 お兄さんは私のことを何度も何度も好きだと言いました。だけどその実、まるでわたしの気持ちをわかろうとしていなかったのです。

 それって、凄く酷いことなんじゃないでしょうか?

 それはわたしだって大喧嘩して以来お兄さんに好意的な態度を見せたことはありません。

 いつだって警戒感MAXな態度で接し、時には暴力だって振るっています。酷い言葉で罵るときも多いです。

 嫌われる要素はてんこ盛りかもしれません。

 でも、そんなのは年下の女の子の可愛いお茶目だって流してくれたって良いはずです。

 そんな風に真に受けて、徹頭徹尾わたしがお兄さんを嫌っているという前提で話を進めなくても良いと思います。

 これじゃあわたし、お兄さんのことを利用しようとしか考えてないズルイ暴力女でしかないじゃないですか……。

 誤解を解きたい。

 本当の気持ちを全部喋ってしまいたい。

 でも、それをしたら今まで積み重ねてきたものがみんな消えてしまいます。

 お兄さんには既に彼女がいる以上、わたしが告白したって状況は何も変わりません。

 失恋を思い知らされるだけです。

 だから喋れません。

 でも、もう限界なんです。喋りたいんです。

 ジレンマがわたしの体を蝕みます。

 そして、お兄さんはそんなわたしの苦悩の内容を理解せずに、自分の方こそ苦悩を抱え込んでいるんだという顔で見ています。

 お兄さんの嘘なんて、あの日の内にもう見破れた稚拙なものでしかないというのに。

「……くぅっ」

 悔しくて哀しくて居てもたってもいられません。

 必死に目を瞑って衝動を堪えようとしますが、それも我慢の限界です。

 目を見開いて、ギリッと歯を食いしばり、お兄さんを睨みつけます。

 そしてわたしは言い放ちました。

 

 1 衝動に任せるまま帰るように告げる

⇒2 気分を落ち着けるべくお茶を淹れてくる

 3 野獣と化して京介に襲い掛かる(無理心中 END)

 

「お茶をっ、お茶を淹れて来ます、ね」

 そう言ってお兄さんの返事を待たずに鍵を開けて部屋を出て行きます。

「おっ、おいっ!」

 背後からお兄さんの声が聞こえてきます。でも、振り返りません。

 振り返ってしまえば何を口走ってしまうかわからないから。

 もし、ここで激情に駆られてお兄さんを追い返してしまうようなことになれば……。

 

『──もう、帰ってください』

『ええ!?』

『いいから……もう帰ってくださいっ!』

『お、おい……!』

『どっか行っちゃえ! 嘘つき!』

『う、嘘つきって──どういうことだよ!?』

『うるさい! 喋るな嘘つき!』

『いや、だからさ、ちゃんと言ってくれなきゃ分からねえよ! 何が嘘なんだ?』

『全部です! あなたの言っていることは、ぜんぶ嘘ばっかり! ……くせに……この前わたしの部屋に来たときだって……け、結婚してくれとか言ったくせに……!』

 

 きっとわたしは癇癪を起こして、子供みたいに嘘つきと連発しながらお兄さんとのコミュニケーションを一方的に打ち切ってしまうに違いありません。そして泣き出すでしょう。

 そうなったらもう終わりです。アウトです。

 今後お兄さんに何と言って顔を合わせたら良いのかわからなくなります。

 それ以前に恥ずかしくてもうお兄さんには絶対会えません。

 大人の事情、いえ、色恋沙汰の話ですから、わたしに再びスポットライトが当たることもあるかもしれません。でも、そんなの逆に惨めです。

 お兄さんと対等な大人の女ではなく、桐乃以上に手の掛かる子供としか思われませんから。そんなのは私の望む関係じゃありません。

「そうっ! 今必要なのは子供なわたしじゃありません。お兄さんと対等に付き合える大人のわたしなんですっ!」

 だからここは一旦台所に引っ込んで心が落ち着くのを待つことにします。

 

 

 

「お姉さんの名前を出したのは失敗でした。桐乃の名前を出したのはもっと失敗でした」

 やかんのお湯が沸騰していくのを見ながら考えます。

 お兄さんは予想通り、ううん、予想以上に鈍感でした。

 おまけに彼女を得たお兄さんはその鈍感さを直す必要性をまるで感じていません。

 つまり、お兄さんに黙ったままわたしの気持ちに気付いて欲しいというのは無理があるということです。

 となると、わたしがアプローチの方法を変えるしかありません。でも、一体どんなアプローチを取るべきでしょうか?

 

⇒1 真正面から自分の本領を発揮して当たって砕けてみる

 2 裸で迫って京介を色仕掛けで落とす(NICE BOAT END)

 3 痺れ薬を飲ませて自由を奪う(ヤンデレあやせたんHAPPY END)

 

 やっぱり事ここに至った以上、直球で行くしかないと思います。

「どうせもう負けている勝負なんです。だったら、華々しく散るのも悪くないかもしれませんね」

 今までのわたしに足りなかったもの。

 それは勇気。

 負け戦とわかっていても最後まで戦い通す勇気。

 でも、負け戦とわかっていて戦うのは15歳の少女でしかないわたしにはちょっと厳しいです。

 その時、わたしの脳裏にとある漫画のキャラクターが台詞と共に思い浮かび上がりました。

 

⇒1 諦めたらそこで試合終了ですよ

 2 ボクと契約して魔法少女になってよ(現在構想中 選択できません)

 3 引かぬ 媚びぬ 省みぬ(聖帝玉砕 END)

 

「……いえ、負け戦と自分で決めてしまってはダメですよね」

 負け戦と決め付けてしまってはそこで自分の可能性を塞いでしまうことになります。

 下手をすれば抵抗を続けることに酔うナルシストになってしまいかねません。

「そうです。桐乃はどんな逆境でも決して諦めたりはしません。わたしも、桐乃の親友として彼女の姿勢を見習わないといけませんよね」

 桐乃は以前、自分は陸上の才能には恵まれていないと言っていました。そんな桐乃が記録を築いて来られたのは弛まぬ努力とネバー・ギブアップの精神によるものだそうです。

 以前桐乃に貸してもらったバスケット漫画でも顧問の先生が言っていました。『諦めたらそこで試合終了ですよ』と。

 そう。諦めたら負けなんです。

 発想の逆転が必要なんです。

 今までのわたしは黒猫という方に既に負けたという前提で物事を考えていました。

 それは黒猫さんがお兄さんの彼女だからです。

 たった1つしかないお兄さんの彼女の座を黒猫さんが射止めたからです。

 つまりわたしは試合終了のラインを彼女の座に設定していたことになります。

 では、わたしが負け戦にならない為にはどうすれば良いのか?

 答えは簡単です。

 試合終了のラインをもっともっと押し下げて、親密な関係になる所に持って行けば良いだけの話です。

 キス? エッチ? 同棲?

 ううん。あのヘタレハーレム王は放っておけばこの先様々な女と関係を持ちそうな気がします。

 だからどんな女と関係を持とうが関係ない揺ぎ無い地位を得ること。

 それが、試合終了のラインに設定されるべきなのだと思います。

 揺ぎ無い地位。

 それは即ち『正妻』。

「勝負は婚姻届が提出されるまで。そうですよね、お兄さん? フフフフフフ」

 確かに私はお兄さんの初めての彼女にはなれませんでした。

 第1セットは黒猫さんという方に取られたかもしれません。

 けれど、結婚までの道のりはまだまだ長いんです。

 10番勝負の1つ目の勝負を落としたぐらいに過ぎません。

 そうです。

 まだ、負けたわけじゃ決してありません。

 初デートを前にしてわたしの家にやって来たぐらいだから、お兄さんの最も好みの顔がわたしであることは間違いありません。

 それに、まだわたしにはスタンガンも手錠も痺れ薬も残っています。ブチ殺しますよの罵りも残っています。ハイキックもあります。

 そして先輩はわたしの領域にまだ残ったままです。

 なんだ。

 こうして要素を並べてみると、わたしはまだまだ全然負けてないじゃないですか。

「ここからは……わたしのターンですよね、お兄さん? フフフフフフ」

 ステンレス洗面台に映ったわたしの表情は、瞳がトロンとして、頬が赤く上気していました。

 

 

 後半に続きます

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
8
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択