No.227712

わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない カナカナ道場

あやせたん奮戦記の外伝に当たるカナカナ道場です。
後編は文章を少し削って見やすくしてからあげることにします。まあ来週以降で。



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2011-07-13 00:25:51 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:4381   閲覧ユーザー数:3971

 

「また、わたしは来ちゃったんですね……」

 目の前に広がる楽屋。鏡と化粧台と椅子とテーブルが立ち並ぶ空間。

 二度と来たくなかった電波ソング流れるこの楽屋にわたしは再び来てしまいました。

 屈辱とは何であるのか教えてくれるこの空間に……。

 

 

 ね~るねるねるねるねるね~るね ね~るねるねるねるねるね~るね ねればねるほどいろがかわる~♪ ね~るねるねるねるねるね~るね

 

カナカナ:や~ほ~っ。みんな、元気にしてたかぁ~?

     今回もまたやべぇデッド・エンドを迎えた大バカあやせの為に優しいカナカナさまによる救済コーナー、カナカナ道場がはっじまるっぞ~♪

ブリジット:わ~い♪

 

 

 何もない壁に向かってトークを続ける魔法少女なコスプレした2人を見るのもこれで何度目でしょうか?

 それ即ち、今日という1日だけで何度も何度もわたしは良くないエンディングを迎えてしまっているということなのですが。

 

 

カナカナ:さて、弟子一号。今回のバカあやせの失敗の原因は何だ?

ブリジット:押忍っ、だよ。受けを狙って如何にも死にそうな選択肢を選んじゃったことかな?

カナカナ:その通り。アタシに会いたくてわざわざ死の選択肢を選ぶ根性は認める。

だがな、あやせみたいな常識が通じないキチガイ変態ヤンデレ女に毎回アドバイス送らないといけないカナカナ様の身にもなれよな。

ブリジット:カナカナちゃん……じゃなくて、師匠。あやせちゃんがここに来てくれないと私たち失業して餓死しちゃうんだからもっと優しく接してあげないと

カナカナ:確かにあやせは黒猫話でもレギュラーを獲得し、こうして自分が主役の話も待ち、なおかつ次期連載作品の主役にまで決まっている桐乃以上の超VIP。

     アタシらみたいな場末の汚れお笑い芸人とは次元が違う活躍だわな

ブリジット:師匠。いくら事実だからって、もう少し穏やかに言おうよ。私まで鬱になっちゃいそうだよ

カナカナ:そういう訳でこんなガキまで人生のバッドエンドに巻き込もうとするあやせに一言。

     オメェ、ヤンデレるのもほどほどにしとけ!

ブリジット:ゴーイング・マイウェイはあやせちゃんの魅力でもあるんだけどね

カナカナ:それじゃあ今回はこれまでだ

ブリジット:また私たちに会いに来てね、お兄ちゃん、お姉ちゃん♪

 

 ね~るねるねるねるねるね~るね ね~るねるねるねるねるね~るね ねればねるほどいろがかわる~♪ ね~るねるねるねるねるね~るね

 

 

「……毎回思うのだけど、このカナカナ道場って誰に向かって喋り掛けているの?」

 2人は一度たりともわたしを見ずに壁に語り続けます。話題の中心は明らかにわたしなのに、一切こちらには関心を向けません。一体、何なのでしょうか?

「超VIPさまは知らなくて良い、閲覧者さまっていうパトロンだよ」

「はぁ?」

 加奈子の言うことは今回もまた謎に満ちていました。

 

 

 

 

 わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない カナカナ道場

 

 

 夏休みも後半に入ったある日、田村麻奈美お姉さんから暗号が入りました。

 その内容はわたしの特務調査機関(隊長わたし総員1名)が得ていた情報と同じでした。

 即ち、お兄さんが黒猫という女の人と付き合いだし、今日の午後から初デートに臨むというものです。

 その情報はわたしの心を掻き乱さずにはいられませんでした。

 

 わたしはお兄さんをメールで自宅に呼び出すことに成功しましたが、部屋の手前で隠し持っているものをみつけられてしまいました。

 わたしが隠し持っていたもの。それは──

 

 1 手錠

 2 サバイバルナイフ

⇒3 拳銃(鮮血の結末 END)

 

 父の友人の“社長さん”からもらった一品をお兄さんに見せます。毎日丹念に磨いているので今日も黒光りは最高です。

「ナイフより危ないもの……キタァアアアアアアアァっ!」

 お兄さんが絶叫します。

「もぉ……失礼な誤解をしないでください。ナイフだと確実にお兄さんを殺せるかわからないじゃないですか。でもこれなら撃ち方も習いましたし確実です。痛みを感じる暇もないように上手に殺れますよ♪」

 お兄さんに拳銃を向けます。

 弾は1発しか入っていません。けれど、山に篭って何度も実弾練習してきたので外さない自信があります。

 血の花を咲かせるお兄さんはきっと綺麗だと思います。

「何で突然俺を殺そうとしてるんだよ? ワケわかんねえだろうが!」

「俺を油断させて刺し殺すつもりだなと聞いてきたのはお兄さんの方じゃないですか? てっきり、殺されることへの自覚ぐらいはあるのだと思っていたのですが?」

 お兄さんはおかしなことを訊いてきます。

 何故わたしがお兄さんを殺そうとしているのか。

 そんなの、決まっているじゃないですか。

「だって、殺してしまえばお兄さんは未来永劫わたしだけのものになるじゃないですか♪ クスススス♪」

 殺してしまえばお兄さんが他の女を見ることはありません。

 浮気の心配がまるでない理想的な環境になるとわたしは思います。

 桐乃に借りた漫画で拳王さまも似たようなことを言っていましたから間違いありません。

「何でそこで心底嬉しそうに笑うんだよっ!?」

 おかしいですね?

 女の子からこんなにも積極的な愛の告白をされているのに嬉しくないなんて。

 もしかするとお兄さんは男の人しか愛せない人なのかもしれません。

 そう言えばお姉さんからお兄さんはサッカー部のお友達と仲が良いと聞きました。

 なるほど、仲が良いとはそういうことだったのですね。

 でも、大丈夫です。

 わたしの愛で正しい方向に導いて差し上げますから。そう、正しい方向に。

「大丈夫。わたしはお兄さんの首を毎日抱えて寝ますから2人はいつも相思相愛です。体の他の部分は焼いて食べてわたしの血肉となって、わたしたちは一体化するのです」

「リアルヤンデレ……キタァアアアアアアァッ! しかもカーニバリズム付きぃっ!」

 お兄さんが引き攣った表情を浮かべながら1歩、2歩と下がっていきます。

 勿論、逃がしません。

「お兄さん、男性でも黒猫さんでもなくてわたしと愛し合いましょう♪」

 狙いをお兄さんの心臓に付けながらラブコールします。

 わたしまだ中学生なのにこんな熱烈に愛を語るなんて我ながら破廉恥な娘です♪

 でも、お兄さんと一つになれるなら世間様の悪評は受け入れようと思います。

「お前の愛は文字通り痛いから嫌だぁあああああぁっ!」

 お兄さんは腰が抜けてしまったのか、その場に尻餅をついてしゃがみ込んでしまいました。

 理由は不明ですが、的が動けなくなったのは助かります。

 これなら確実にお兄さんと愛し合えます。

「お兄さん……愛してますよ。だから大人しくわたしに殺されてくださいね♪」

「嫌だぁああああああああああぁっ!」

 お兄さんと永遠に結ばれるべく引き金に当てている指に力を込めます。

 そして──

 

「えっ?」

 

 わたしは頭に微かな揺れを感じました。

 そよ風が吹いたのかなと思うぐらいにごく小さな揺れです。

 でも、その揺れが何故かわたしには無性に気になりました。

 空いた左手で顔をペタペタと触ってみます。

 すると、先ほどまでなかった突起が額の中央にできていました。

 更に詳しく触ってみると、それは突起というよりも細長い棒状のものが額から生えていました。

「これは串? でも、何で串がわたしの頭から……まっ、まさかっ!?」

 わたしは視線をお兄さんから階段へと移します。

「田村麻奈実…お姉……さん……」

 階段を上りきった地点にはメガネを外した田村麻奈実お姉さんが立っていました。

 

「残念だよ、あやせちゃん」

 お姉さんは俯いて悲しそうな顔をしています。

「わたしの助言を聞いてくれなかったばかりに、妹みたいに思っていたあやせちゃんを殺さなきゃいけなかったなんて」

 お姉さんは今にも泣き出しそうな顔をしています。

「わたしを殺す、とは……?」

「額に突き刺さっているそのお団子の串は、あやせちゃんの脳の死点を貫いているの。あやせちゃんは痛みを感じることもなく間もなくあの世に旅立つんだよ」

 お姉さんの顔に涙でできた2筋の川が形成されました。

 その涙を見るにどうやらわたしの死は確定的のようです。

「何故、お姉さんがそんな高度な殺人スキルを?」

 人生の最期を前にして、むしろどうでも良いことを訊きたくなりました。

「わたしは和菓子屋の娘。そして和菓子とは『我が死』に通じるもの。和菓子を届ける田村家は代々裏の家業で暗殺業を営んできたの。だからわたしにも『我が死』製造術が使えるんだよ。おじいちゃんやおばあちゃんにはまだまだ遠く及ばないけれど」

「そんな危険設定を聞かされた後でテレビアニメ第6話を見直したら全然違う話に見えてきちゃいますよ」

 田村家はお兄さんに殺人家業を継いで欲しいようにしか思えなくなります。お姉さんのおじいさんが死んだフリを上手なのも敵を油断させる為なのでしょうね。

「それじゃあ、あの暗号文の真の意味は何だったのですか?」

 お姉さんから送られてきたメール内容を思い出します。

 

『たたたきょーたたちゃたたんのた邪たた魔をたたしちゃたたダメたただよ♪たたた  暗号解読ヒント タヌキ』

 

 わたしは、タヌキというヒントを元に必死に解読しました。

 

『あやせちゃんにきょうちゃんの首から上はあげるよ。でも、きょうちゃんの下半身はわたしにちょうだいね。ポッ♪ 淑女協定違反はメッだよ』

 

 その結果、以上のように解読しました。

 お姉さんはわたしがお兄さんを独り占めしようとするのを牽制する文面だと。

こう解読したのですがどうも違ったみたいです。

「あやせちゃん、携帯とライターを貸してもらえるかな?」

「はいどうぞ」

 歩いてきたお姉さんに携帯とライターを渡します。

「正解は、こうだよ」

 お姉さんはライターで携帯を炙りました。

 すると、液晶画面が燃えて文字が浮かび出てきました。

 

『きょうちゃんの命を狙ったら容赦なくあやせちゃんを殺すよ♪ by我が死屋の娘』

 

「こんな正答率99%は固い単純なトリックに引っ掛かってしまったとは。わたしもまだまだですね」

 こんな暗号も解けなかったことが世間様に知られたら、わたしは加奈子と並ぶバカと認定されてしまいます。

 そうなったらもう恥ずかし過ぎて死ぬしかありません。

 って、わたしはもう死ぬんでしたね。ホッと一息つきます。

「わたしはね、きょうちゃんと付き合おうと思ったら、あやせちゃんくらいのぱわーがないと色々と大変だと思ってたんだ」

「そう、なんですか」

 お姉さんの言葉には色々な含みを感じます。

 でも、それを追求している時間はなさそうです。

 目が霞んできました。

 痛みはなくとも、体の機能がどんどん停止し始めているのは間違いないようです。

「よっぽど大きなぱわーがないときょうちゃんと付き合う際に出てくる“難関”を突破してみんなで幸せを掴むことはできない。わたしの知っている子の中でそれだけのぱわーを持っていそうなのはあやせちゃんだけだった」

「難関とは桐乃のことですよね?」

 お姉さんは何も答えません。

 でも、その沈黙こそが正解であることを物語っています。

 なるほど。

 お姉さんがわたしに何を求めてけしかけたのか、少しだけわかった気がしました。

「でも、ぱわーは大きくなればなるほど制御することが難しくなるの」

「そしてわたしはパワーを使う方向を間違えてしまった、と」

 コクンと首を縦に振るお姉さん。

 体全体が言うことをきかなくなってきました。

 後1回、腕を持ち上げられるかどうかぐらいの力しか入りません。

「最期に、お姉さんに一つだけ質問して良いですか?」

「何、かな?」

 視界が、視界が真っ暗になっていきます……。

「お兄さんのお嫁さんに一番相応しい女の子は……誰だと思いますか?」

 視界が完全に闇に包まれる前にもう1度照準を合わせ直します。

「……………………あやせちゃん、だと思うよ」

 その回答を聞いてわたしはホッとしました。

「…………嘘つき」

 視界と意識が闇に閉ざされて行くのを認識しながら引き金を引きました。

 わたしと同じで意気地なしの大嘘つきに向かって。

「……おい……真奈実?……真奈実……ま……な……みぃ…………っ!」

 お兄さんが何か叫んでいましたが、もうわたしには聞こえませんでした。

 

 

 鮮血の結末 END

 

 

 

 

「ここは、どこ?」

 気が付くとわたしは楽屋にいました。

 楽屋、要するに劇場やテレビ局などの控え室です。わたしはテレビには出演したことがありませんが、モデルの仕事で劇場やイベントスペースの楽屋にはよく出入りしています。

 でも、おかしいです。何故わたしは楽屋にいるのでしょうか?

 ううん、それ以前にもっと大きな問題があったはずです。

「あれっ? わたし確か死んだはずじゃなかったですっけ?」

 記憶が曖昧ではっきりしない部分もあるのですが、確かにわたしは死んだはずです。

 お姉さんの串が額に突き刺さって。

「あれっ? 串が刺さってない?」

 額に手を当ててみますが、串が刺さっている形跡はどこにも見えません。

 鏡に自分の顔を写してみますが、串が刺さっていた痕跡すら見受けられません。

 と、いうことは──

「あれは夢オチだった。ということ、ですよね?」

 そう、ですよね?

「わたしがお姉さんに殺されて、わたしがお姉さんを銃殺したなんて、現実で起きるわけがないですもんね……」

 そうです。あんなことが現実で起きるわけがないんです。

 みんなみんな、夢だったに違いありません。

 

「あっ、カナカナちゃん。あやせちゃん、もう来ちゃってるみたいだよ」

「カナカナちゃんと呼ぶんじゃねえ。師匠と呼べ。弟子一号っ!」

「あっ、はい。カナカ……じゃなくてししょー」

 っと、扉が開いて2人の少女が入って来ました。

 知性に欠けたあのツインテールと、ブロンドのポニーテールを靡かせた白人さんの女の子はっ!

「加奈子と、ブリジットちゃん?」

 同じモデル事務所に所属するクラスメイトの来栖加奈子とイギリスから来た少女ブリジットちゃんで間違いありませんでした。

 それにしても、あの格好は……

「加奈子、今日はメルルのコスプレイベントでもあったの?」

 2人とも星くず☆うぃっちメルルのコスプレをして魔法少女の服装をしていました。

 2人ともよく似合っているのは間違いないです。2人はメルルのコスプレイベントを通じて事務所に入ってきたくらいですし。

 でも、普通に着て来られると違和感があります。というよりも、ブリジットちゃんはともかく加奈子は年齢を考えて欲しいと思います。精神年齢的にはピッタリですが。

「コスプレじゃなくてこれが正装なんだよ」

 加奈子が面倒臭そうに答えます。

「それからな、アタシのことは加奈子じゃなくて師匠と呼べ」

「はっ?」

 この頭の弱い子は一体何を言っているのでしょうか?

 頭が弱すぎて人間やめてしまったのでしょうか?

 まあ、そんなことよりも確かめなければならないことがあります。

「ここは一体、どこなの?」

 楽屋なのは間違いありません。しかしここがどこの楽屋で、どういう経緯でわたしがここにいるのかよくわかりません。

「ここはね、カナカナ道場だよ」

 わたしの疑問に答えてくれたのはブリジットちゃんでした。

「えっと、そのカナカナ道場っていうのはどういう所なの、かな?」

 わたしは『カナカナ道場』という場所に聞き覚えがありませんでした。

「ここはな、あやせのような間抜けなバッドエンドを迎えたバカ女が師匠であるアタシの教育的指導を受けて人生やり直す場所なんだよ」

「バカ女って……加奈子にはそんなことを言われたくないわよ!」

 試験が毎回赤点だらけの加奈子にバカと言われるのは腹が立ちます。

 確かにわたしは桐乃みたいには頭が良くありません。でも、これでも一応学年トップクラスの成績は毎回維持しています。

「加奈子じゃねえ。師匠だっ!」

「痛っ!」

 ステッキで頭を強く叩かれてしまいました。

「何するのよっ!」

 頭を押さえながら加奈子を睨みます。けれど、加奈子は少しも悪びれていません。

「カナカナ道場ではこのカナカナさまが唯一絶対的支配者なんだよ。アタシの言うことを素直に聞くしかない。それがこの空間の唯一にして絶対のルールなんだよ」

「何よ、それ? そんなお遊びに付き合っていられる暇がないからわたしは帰るわよ」

 お兄さんの動向が気になるのでこんな所で油を売っているわけにはいきません。

 加奈子を無視して2人が入ってきた扉を開けて外に出ようとします。

「へっ? 壁? 何で?」

 けれど、扉の向こう側にあったのは、周囲と同じ白い壁だけでした。

 加奈子とブリジットちゃんはこの扉を通じてこの楽屋に入ってきたはずなのに?

「だから言ったろ。この空間ではカナカナさまが唯一絶対的支配者なんだって。アタシのありがたい教育的指導を受けるまでは絶対に出られねえんだよ」

「何なの、その嫌過ぎる空間は……」

 最初は冗談だと思っていました。

 けれども、こうして実際にこの楽屋から出られない状況になってしまうと加奈子の言葉の持つ最悪さを感じざるを得ません。

「ここは一体どこなの?」

「さぁ~?」

「何で唯一絶対的支配者の力なんて持ってるの?」

「さぁ~?」

「何でブリジットちゃん共々魔法少女の格好なわけ?」

「さぁ~?」

「あなたは本当に来栖加奈子なの?」

「さぁ~? アタシは絶世の美少女来栖加奈子であり、星くず☆うぃっちメルル三次元バージョンでもある」

「何なのよ、それは?」

 加奈子と話していても有益な情報がまるで得られません。

 人生の浪費です。

「それじゃあさっさとここを出たいから教育的指導とやらをしてくれないかしら?」

「ああっ? それが人様にものを頼む態度なのか? ああっ?」

 うざい。この女、うざ過ぎます。

 でも今は耐え難きを耐えないとこの楽屋を出られません。

「お師匠様、どうかわたしに教育的指導をお願いします」

「頭を下げるんだよ。人にものを頼む時の基本だろうが?」

「あ、痛っ!」

 また頭を叩かれました。

 この女、元の世界に戻ったら絶対に島流しにしてやろうと思います。

 でも、お兄さんがどうなっているのか気になるので今は臥薪嘗胆の時です。

「お師匠様、どうかどうか愚かなわたしに教育的指導をお願いします」

 心の中で『死ネッ!』を繰り返しながら加奈子に頭を下げます。

「やればできるじゃねえか、このキチガイ優等生さんはよぉ」

 わたしの頭をご機嫌に叩く加奈子。

 ただ島流しにするだけじゃ生ぬるい。地獄すら生ぬるい体験をくれてやる。

 それは、わたしの中で決定事項になりました。

「それじゃあいい年こいて、アニメなんか見て騒いでいるキモオタどもに媚売ってガッポリ稼がせてもらうぜ」

「ししょー……それ露骨すぎ」

 加奈子はわたしの前を退いて楽屋の中央部へと移動します。

 加奈子とブリジットちゃんは並んで立ちながら何もないはずの壁の1点をジッと見ています。

 よくわかりませんが、あそこにカメラがあるという設定なのでしょうか?

「いくぞ、弟子一号っ!」

「うん、わかったよ、カナカナちゃん……じゃなくて、ししょー」

 加奈子はステッキを壁に向かって振り上げ、そして電波な時間が始まりました。

 

 

 ☆☆カナカナ道場☆☆

 

カナカナ:みんな~カナカナ道場~☆ はっじまるっよぉ~♪

ブリジット:わ~い♪

 

 ね~るねるねるねるねるね~るね ね~るねるねるねるねるね~るね ねればねるほどいろがかわる~♪ ね~るねるねるねるねるね~るね

 

カナカナ:こんちっす。みんなぁ、元気にしてたか?

     二次創作閲覧は1日1時間。さくっと死亡したオメェに体罰直撃、悩みを即時解決するお助けコーナー・カナカナ道場だぜ。

     さて、早速だが、本編の雰囲気ぶち壊しのこのコーナーの趣旨を問いたいと思うぜ!

     答えよ、弟子一号っ!

ブリジット:押忍っだよ! この道場は、にぶちんでばかちんなあやせちゃんを救う舞台裏で、いうなれば『わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない』を支える大黒柱なんだよ~!

      いわば『わた兄紳』本編そのものと言ってもカゴンではないと思うよ!

カナカナ:マーヴェラス! ベラボー! おおベラボーだぜ!

     ブリ公にしてはよく出来たな。みんなも薄々感づいているとは思うが、この道場こそが『わた兄紳』の肝なんだぜ?

     みんな、本編ででっけぇ顔してる偽ヒロインに騙されないよう、少しでも危なげな選択肢が出てきたら迷わずそっちを選ぶんだぞ。

ブリジット:あやせちゃんにたくせん死んで欲しいってこと?

カナカナ:あやせがバッドエンドかデッドエンドに来ないかぎり、アタシらは出番がねえ

ブリジット:じゃあ、あやせちゃんがノーミスでクリアしちゃったら?

カナカナ:仕事干されて餓死するしか道はねえな

ブリジット:えぇ~っ!? じゃあ、たまにはあやせちゃんにわたしたちに会いに来て欲しいよねえ

 

カナカナ:で、今回のあやせは……あっちゃー。ヤンデレってメガネに暗殺されたか。

     どう思うよ、弟子?

ブリジット:あそこで麻奈実お姉ちゃんが動かなければ京介お兄ちゃんは死んじゃってたんだし、仕方ないのかも。

カナカナ:ふっざけんなっ!

ブリジット:あぅっ!? あいたたたた……ま、間違えちゃったよ。これは、あやせちゃんがヤンデレし過ぎちゃった結末だよね。

カナカナ:その通りだ。いわば士道不覚悟切腹ってやつだな。

     今後、こんな後ろ向きな選択が出たらじゃんじゃん選べよな。確実に死ねるぜ。

     でもまあ、ここは名目上Q&Aコーナーだから、悩みに答えてもやるよ

     弟子一号、今回の対策は何だ?

ブリジット:押忍、選択肢に戻って違う方を選べばいいんじゃないかな?

カナカナ:よっし、よくできた。

     今回のような突発死は至る所に仕掛けられてるから、選択肢ではセーブが基本だぞ?

     それじゃあ今回はここまでだ! 次の楽屋でてめえらを待つっ!

ブリジット:は~い。まったね~っ!

カナカナ:まったなぁ~

 

 ね~るねるねるねるねるね~るね ね~るねるねるねるねるね~るね ねればねるほどいろがかわる~♪ ね~るねるねるねるねるね~るね

 

 

「……何なの、今の?」

 そこにはわたしの知らない世界、ううん、知りたくない世界がありました。

「タクッ。わかんね~のかよ? 愚図でノロマで意気地なしで卑怯者でおまけにすぐヤンデレるバカあやせの為にアタシらがアドバイスしてやってんじゃねえか」

「お仕事とはいえ、悪口言っちゃってごめんね、あやせちゃん」

 ドヤ顔の加奈子と、ペコペコと何度も頭を下げるブリジットちゃん。

「あの悪口のオンパレードがアドバイスなの? それ以前に誰に話し掛けていたの?」

「オメェも少しは大人になれよなぁ。これだから生粋のお嬢は世間知らずで困る」

 加奈子はぺっと唾を吐き飛ばしました。

「大体あやせはヤンデレがキモ過ぎなんだよ。病んでるオタ共に媚び過ぎなんだよ」

「わたしは誰かに媚びてなんかないわよ。ただ、自分の心に正直に生きることを心がけているだけで」

 男性は自分の心に素直に生きる女の子を好むとどこかの雑誌で読んだ覚えがあります。だから自分らしくを追求しても良いのかなとは思っています。

「自分の心に素直に生きたらテメェの惚れた男を殺して食うって発想がキモいっての」

「だってお兄さんは殺しておかないと浮気しそうだし。お兄さんと一つになるのはわたしの夢だしぃ……」

 指を絡めてモジモジと恥ずかしがります。

「男の気を惹けそうな動作しても、頭の中の発想自体がやばすぎだっての! 気づけ、コラァッ!」

「だから痛いってばっ!」

 加奈子にまた叩かれてしまいました。

「いいかぁ。自分に素直に生きたら男から人気が出るなんてのはな、そいつの性根が男心の琴線に触れるピュアな心の持ち主だけの特権だ。オメェみたいな救い難いキチガイが自分に素直に生きたら、くすぐれるのは警察と裁判官のおっさんの心だけだっての」

 加奈子に酷いことを言われています。

「わたしに自分に嘘つきながら生きろっていうの?」

「大人ってのは自分の心を律することができる存在を言うんだよ。仕事だと割り切ってバカオタどもの機嫌を幾らでも取れるアタシのような存在をな。ハッ」

 加奈子に鼻で笑われました。

「とにかくこの加奈子さまからのありがたいアドバイスだ。あやせがヤンデレるとホラーギャグにしかなんねえ。しかもこれはあやせ主人公の一人称書きノベルなんだから、オメェがトチ狂うと話が進まなくなんだよ。一人称と三人称小説の特性の違いをもっとよく理解しろっての」

「……わかったわよ」

 加奈子に言われっ放しなのは悔しいです。

 だけど、腹が立っても受け入れられる部分は受け入れないと。

 それが桐乃と喧嘩して学んだことです。

「へっ。ようやくあやせもこのカナカナさまの偉大さが理解できたようだな。それじゃあ次やり直す時はヘマするんじゃねえぞ」

「うん。わかったわよ。死……ゲフンゲフン。ありがとうね、加奈子」

「加奈子じゃねえ。師匠だっ!」

「わかったわよ、死傷……じゃなくて師匠」

 日本語って難しいですね。つい、本音が出てしまいそうになります。

「あやせちゃん。あんまりたくさん来られても困るけど、時々は遊びに来てね」

「わかったわ、ブリジットちゃん」

 この空間に来るということはお兄さんとの恋愛が上手く行かなかったということ。できることなら二度と来たくはないのですが、それはブリジットちゃんには言えませんね。

 なるほど、これが大人になるということなのかもしれません。

「それじゃあわたし、今度こそ間違わない選択肢を選ぶから」

 2人にそう言い残してわたしは扉を開けました。

 

 

 夏休みも後半に入ったある日、田村麻奈美お姉さんから暗号が入りました。

 その内容はわたしの特務調査機関(隊長わたし総員1名)が得ていた情報と同じでした。

 即ち、お兄さんが黒猫という女の人と付き合いだし、今日の午後から初デートに臨むというものです。

 その情報はわたしの心を掻き乱さずにはいられませんでした。

 

「わっ、本当に戻ってきちゃいました」

 どんな理屈か知りませんがわたしはお兄さんを呼び出す前の時間軸に戻ってきました。

 どうやらわたしはやり直しの機会を与えられたようです。

「先ほどの経験を活かさないわけにはいかないですよね」

 早速携帯を取り出してメールを打ちます。

 相手は勿論……

 

 1 お兄さん

⇒2 事務所の社長

 

 モデル事務所の社長に決まっていました。

 

『加奈子を今すぐ南極フルヌード撮影に連れて行ってください』

 

 先ほどの屈辱の復讐を果たす為です。

 するとすぐに社長から返信が来ました。

 

『ダメ。加奈子には3億円の保険金が掛かっている。国外での不審死は受け取りが難しい』

 

 心温まる内容のメールでした。

 思わず目頭が熱くなってしまったほどです。

「さて、加奈子の処分は社長に任せてわたしはお兄さんと添い遂げないといけませんね」

 加奈子の話によれば、わたしはあまり自分に素直に生き過ぎない方が良いようです。

 お兄さんを呼び出すメールの書き方ももっと気をつけた方が良いですね。

 さて、どうしましょうか?

 

 1 3秒以内にやきそばパン買って私の家に来なさい(女王様 END)

 2 私の家に来ていただけますか?

⇒3 美味しいお紅茶をお淹れしてお待ちしています♪(BAD END)

 

 やはりここは初心に戻るべきかなと思います。

 お兄さんも最初はわたしのことをおしとやかなお嬢様キャラと考えていたはずです。

 ならばその原点に立ち戻って慎ましい女の子になりたいと思います。

「それじゃあお兄さんが来るまで、美味しい紅茶を淹れながら待ちましょうか」

 お茶の支度をしながらのんびりとお兄さんの到着を待ちます。

 

 50分が経ちました。

 お兄さんはまだやって来ません。

「いくらお兄さんでもメール1通ですぐに来るのは無理ですよね」

 

 5時間が経ちました。

 お兄さんはまだやって来ません。

「お兄さん、彼女さんとの初デートをさぼってまでうちに来るのは難しいですよね」

 

 5日が経ちました。

 お兄さんはまだやって来ません。

「お兄さん、今はまだ彼女さんとのお付き合いのことで心がいっぱいなんですよね」

 

 5週間が経ちました。

 夏休みも終わり新学期が始まっていました。

 お兄さんはまだやって来ません。

「お兄さん、彼女さんと問題を起こしたようですから、わたしの家に来るのを失念しているのですね」

 

 5ヶ月が経ちました。

 もうセンター試験の季節です。

 お兄さんはまだやって来ません。

「お兄さん、受験で忙しいからわたしの家に来られないのも仕方ないですね」

 

 5年が経ちました。

 お兄さんと彼女さんの連名での結婚挨拶状が届きました。

 お兄さんはまだやって来ません。

「お兄さんは、今は一人目の奥さんとの結婚生活に忙しいからわたしの家に来られないのも仕方ないですね」

 

 50年が経ちました。

 お兄さんはまだやって来ません。

 

 

 この50年で世界もすっかり変わりました。

 わたしの部屋から見える外の風景もすっかり変わりました。

 何もかも変わらずにはいられませんでした。

 でも、そんな中、変わらないものもあります。

 それはお兄さんへのわたしの想いです。

 わたしはお兄さんがいつか必ずうちを訪ねて来てくれると信じています。

 わたしの淹れた紅茶を飲みに来てくれると。

「あやせのおばちゃ~ん」

「京瑠(みやる)ちゃん。遊びに来てくれたのね」

 小学生の京瑠ちゃんはわたしの小さなお友達。

 そして、この世界で唯一わたしの淹れたお茶を楽しく飲んでくれる大切な人でもあります。

「その格好、どうしたの?」

 いつもは白を好む京瑠ちゃんが全身黒い服を着ています。

 それはまるで──

「おじいちゃんがね、死んじゃってね。お別れの式をしてきたの」

「そう。それは寂しかったわよね」

 京瑠ちゃんの頭を優しく撫でます。

「京瑠はね、おじいちゃんとあんまりお話したことがないの。だから、よくわからないの。でも、パパやママやおじさん、おばさんたちが泣いているのを見ていると悲しくなってきちゃって。うっうっうっ」

 京瑠ちゃんの瞳から大粒の涙が毀れます。

「お茶を飲んでいってね。とびっきり美味しいのを淹れてあげるから」

「…………うん」

 小さなお友達の手を引いて家の中へと入ります。

 最高のお茶を淹れて小さな友人の心を癒せるように。

 わたしは今日も大好きな人を待ち続けます。

 いつかお兄さんがわたしの家を訪ねてくれる日を心待ちにしながら。

 

 

BAD END

 

 

 ☆☆カナカナ道場☆☆

 

ブリジット:愛しい人をいつまでも待ち続ける悲しいエンディングだったね、ししょー

カナカナ:確かに悲しい結末だったな。

     けどな…………うがぁああああああああああぁっ!

 

ブリジット:痛っいよ、ししょー。何で私が叩かれてるのぉ?

カナカナ:んなもん、手近で殴り易いのがオメェしかいないからに決まってんだろ

ブリジット:そんなの理不尽だよぉ

 

カナカナ:大体だな、お茶を飲みに来るのを50年間待ち続けるって何だ? 

     待ちすぎて、やっぱりヤンデレの域に達してるっての! 怖いぞっ!

ブリジット:ししょー何だか荒れてるね

カナカナ:あったり前だっての!

     あやせが急に仕事にも学校にも出て来なくなって、その原因はアタシにあるって色んな奴らから責められて大変だったんだぞ!

ブリジット:それで、どうなったの?

カナカナ:モデル事務所の社長から疑いを晴らす為に握手会をやろうって話がきてな。

で、指示通りに会場となる海辺の無人倉庫に深夜に1人で行ったら、無人のトラックが猛スピードで突っ込んできたんだよ。

偶然おきた不幸な事故でアタシは15年の生涯を終えてしまったわけなんだ。

ブリジット:……ししょーは本当にバカ、なんだね

カナカナ:誰がバカだ!

ブリジット:痛たたたたぁ。う~。バカなこともわからないからバカなんだよぉ

 

カナカナ:とにかく、あやせが引き篭もったせいでアタシの人生も大きく狂ったことだけは確かだ。自分の選択が、自分や周辺の人間にどんな影響を与えるかもっと考えろ。

     今回は以上だ

ブリジット:それじゃあまったね~

 

 ね~るねるねるねるねるね~るね ね~るねるねるねるねるね~るね ねればねるほどいろがかわる~♪ ね~るねるねるねるねるね~るね

 

 

 50年ぶり。いえ、ほんの一瞬ぶりに加奈子とブリジットちゃんと再会しました。

 わたしは中学生の姿に戻っています。

 何か、時間の流れ方がおかしいです。まあ関係ありませんね。

 お兄さんと結ばれるという崇高なる理想の前には全て些細なことなのですから。

「おいっ、あやせ」

「何よ、加奈子?」

「加奈子じゃねえ。お師匠さまだっ!」

「痛っ!」

 また加奈子に叩かれてしまいました。

 何だか半世紀ぶりの体験です。いえ、やっぱりついさっきも叩かれたような?

「それで何なのよ……お師匠さま?」

 嫌だけど、すぐにこの空間から出る為にはバカ奈子の機嫌を損ねるわけにはいきません。

「オメェ、何で突然仕事も学校も来なくなったんだ? あやせが突然引き篭もりになったってみんな大騒ぎになったんだぞ」

「だって、わたしが家を空けている間にお兄さんが訪ねてきたら困るじゃない。だから24時間365日、自宅から離れないようにしただけよ」

「発想がキモッ!」

 加奈子が頭を掻き毟ります。

「何を言っているの? 一途な女の子は世の男性たちから大人気な属性なのよ」

「ヤンデレと一途を一緒にすんなっ!」

 加奈子は肩で息をしながら呼吸を荒げています。

 一体、どうしたのでしょうかね?

「とにかくだな。あやせはパワーが魅力だってあのメガネも言ってやがっただろ? パワーでガンガン押していくタイプのお前が待ちの姿勢に入ってどうする?」

「でも前に会った時にわたしがガンガン進むのはダメみたいなことを言っていたじゃない」

 だからわたしは今回搦め手で攻めたんです。

「オメェにはアクセル踏みっ放しにするか、ブレーキ掛けっ放しにするかの極端な選択しかないのかっ! もうちょっと人間らしく使い分けろってんだよ!」

「わ、わかったわよ」

 わたしはまだ車の免許を取れる年齢ではないのでアクセルとかブレーキの話をされても困るのですが。

 まあ、攻めるべき所と引くべき所を使い分けろと言いたいことはわかりました。

「いいかあ、次こそはつまらねえエンディングに辿り着くんじゃねえぞ。何故かアタシが死んじまう展開も待ってるんだからな」

「わかったわよ」

 モデル事務所の社長にメールを送ると加奈子の人生がそう遠くない日に終わることがわかったことは大収穫でした。

 今後の展開に役立てたいと思います。

「それじゃあ、あやせちゃん。気を付けてやり直してね」

「ありがとうね、ブリジットちゃん」

 ブリジットちゃんにお礼を述べながらカナカナ道場を出て行きます。

 次こそは、必ずお兄さんと結ばれたいです。

 

 

 

 さて、過去2度の経験により、どこでどんな選択を選べば良いのか少しだけわかってきました。

 間違いのない選択をしていきたいと思います。

 

 まず、メールを最初に送る相手は

⇒2 事務所の社長

 

 メールの文面は……

⇒2 私の家に来ていただけますか?

 

 わたしが後ろ手に隠し持っていたものは……

⇒1 手錠

 

 やっと今まで辿り着けなかった地点まで到達しました。

 でも、まだまだ油断はできません。

 次の選択を慎重に選んでいきたいと思います。

 

 お兄さんを部屋に招き入れることに何とか成功しました。

 だけど、鈍感なお兄さんにわたしは苛立ちが頂点に達して……

 

 1 衝動に任せるまま帰るように告げる

 2 気分を落ち着けるべくお茶を淹れてくる

⇒3 野獣と化して京介に襲い掛かる(無理心中 END)

 

「わたしがこんなに苦しんでいるのはみんなみんな、お兄さんのせいなんですよっ!」

 わたしは自分の感じている怒りを遂に制御できなくなりました。

 怒りの衝動が次から次へと際限なく湧き出てきます。

「ちょっと待て? 何で俺が悪いことになるんだ?」

 お兄さんはわたしの苦悩を全く理解してくれません。

「お兄さんが、わたしの気持ちを全然理解してくれないからですっ!」

 そうです。

 こんな事態になったのもみんなみんなお兄さんが悪いんですっ!

「何故俺があやせの気持ちを理解していないと思い込むんだ? 俺は泣きたい気持ちを飲み込んで、俺と縁を切りたいお前の気持ちを汲み取ってやってんだぞ」

「それがわかってないって言うんですよっ!」

 お兄さんを突き飛ばしてその上に覆い被さります。

「な、何をするんだ、あやせっ?」

 手錠で繋がれているお兄さんは馬乗りになったわたしに抵抗できません。

「お兄さんが、悪いんですよ。わたしの気持ちを全然わかってくれないから!」

 お兄さんのワイシャツに手を掛けて左右に力を篭めて引っ張ります。

 プチプチプチッとボタンがはじけ飛ぶ音と共にワイシャツが用を成さなくなります。

「ぎゃぁあああぁっ! あやせのエッチィ~~っ!?」

 お兄さんから絹を引き裂くような黄土色の悲鳴が聞こえてきます。

 その声は、わたしの中の何かの引き金を引きました。

 

「ハァハァ。お兄さんは何も怖がる心配はありませんよぉ」

「嫌ぁああああああああああぁっ!」

 お兄さんのシャツをノートを引き裂くように簡単にビリッと破ります。

 お兄さんの素肌が露になります。

 夢にまで見たお兄さんの裸が今目の前に。

 それはわたしを現役女子中学生から野獣へと変えるのに十分な刺激でした。

「ガルゥルルルルルルルッルウゥっ!」

「あ、あ、あやせのケダモノぉおおおおおおおおぉっ!」

 お兄さんのズボンも綿あめのように摘んでは引きちぎります。

 お兄さんはあっという間にパンツ1枚になりました。

「嫌ぁあああああああぁっ! もう俺、お婿に行けないぃいいいいぃっ!」

 お兄さんは両手で目を押さえて泣いています。

 しかし、馬乗りの状態で手錠を嵌められていては非力な女の子が相手とはいえ、脱出することなど不可能なのです。

「大丈夫ですよ、お兄さん……」

「何が大丈夫だって言うんだ?」

 お兄さんが怯えた子羊のような瞳でわたしを見ます。

 その表情はわたしの心の何かに更に火をつけました。

「これから一生忘れられない痛い思いをするのはわたしの方ですから。お兄さんは泣きながら天井のシミを数えていてくださいね。ハァハァハァハァ」

「嫌ぁあああああああぁっ! 初めては好きな人、超可愛い俺の彼女に捧げるって決めているのにぃいいいいぃっ!」

 顔を覆いながら泣き叫ぶお兄さんの声を聞いていると何とも言えない快感に包まれます。

 更なる幸せを得る為にお兄さんのパンツに手を掛けたその時でした。

 

「ちょっと待ちなさいよ、あやせぇええええええぇっ!」

「えっ? 桐乃?」

 怒鳴り声と共に桐乃が室内へと飛び込んで来ました。

 そして桐乃は私目掛けて体当たりを敢行してきたのです。

 陸上部の脚力を活かした強烈なタックルにわたしの体は投げ飛ばされます。

「痛っ!」

 ベッドの枠に思い切り叩き付けられました。

 立ち上がろうとしますが、激痛がわき腹に走ってそれもできません。

「何で、桐乃がここに?」

 桐乃はお兄さんを背に庇いながら私を警戒しています。

 でも、何の約束もしていないのにどうして桐乃がここにいるのでしょうか?

「地味子が知らせてくれたのよ。コイツの現在位置と共に、野獣が檻から放たれたって文章が添えられて」

 桐乃がお兄さんをチラッと見ます。

「だからアタシはこのバカがあやせを襲っているのだとばかり思っていたのだけど……まさか逆だったなんてね」

 親友がキツい瞳でわたしを睨みます。

「きっ、桐乃ぉおおおぉっ」

 お兄さんは妹を見ながら情けない声を上げています。

 これじゃあわたし、一方的な悪人になってしまいます。

「ち、違うのよ桐乃。これはみんなちょっとした冗談で」

 慌てて桐乃の誤解を解こうとします。

「ホイホイ女の子の家に上がりこむのはコイツが100%悪いのはわかる。けどね……」

 けれど、桐乃の視線が更に厳しくなります。

「このアタシだって、現状を何とか受け入れようと必死で我慢しているのに……力ずくで奪い取ろうだなんて信じらんないっ!」

 桐乃が吼えます。嫌悪と侮蔑の混じった視線をわたしに向けます。

「ち、違うのよ、桐乃。これは、そんなんじゃなくて……」

 必死に言い訳をしようと頭を張り巡らせます。

 でも、適当な答えが出て来ません。

「とにかくあやせとの今後の付き合い方はしばらく考えさせてもらうから。このバカとももう二度と会わないで頂戴」

 桐乃が、お兄さんを連れて部屋から出て行こうとしています。

 親友が、大好きな人を連れ去ろうとしています。

 このままだとわたしは大切な人を2人もいっぺんに失ってしまいます。

 そんなの、そんなの……

「認められるわけが、ないじゃないですか」

 わたしはベッドの脇に置いてある目覚ましのスイッチを3度続けて押しました。

「何をしているんだか知らないけれど、アタシたちはもう帰るか……へっ?」

 桐乃は最後まで言葉を喋りきることができませんでした。

 賊撃退用の100億ボルトのレーザー砲をその胸に受けたのですから。

 ドサッという大きな音と共に桐乃の体が崩れ落ちます。

「おいっ? 桐乃っ!?」

 お兄さんが桐乃に必死で話し掛けます。

 でも、それは無駄なことです。

 今の桐乃にはレーザー砲によって心臓がないはずですから。

 でも、桐乃1人に寂しい思いはさせません。

 だって、桐乃はわたしの親友ですから。

「おいっ! 桐乃ぉおおおおおぉ……ガッ!?」

 桐乃に覆い被さるようにしてお兄さんも崩れ落ちました。

「これでわたしたち3人、向こうの世界でも一緒になれますね♪」

 目覚まし時計のボタンをもう3回押してからドアの前に立ちます。

 目の前で眠っている、一番の親友と最愛の男性。

「今そっちに行くからね、桐乃、お兄さ……ん……」

 痛みを感じる暇もありませんでした。

 人生の最期って意外と呆気ないものなんだな。

 それが、わたしが人生の最期の瞬間に思ったことでした。

 

 

無理心中 END

 

 

 ☆☆カナカナ道場☆☆

 

カナカナ:JCって何の略語だかわからず、周辺の人々に聞いて回ってしまった若さ溢れる時代がアタシにもありました。

     カナカナだ。

ブリジット:ネイティブ的にはジャパニーズ・イングリッシュの発想の斜め上ぶりにはいつも驚かされるんだよ。

      弟子一号です。

 

カナカナ:弟子一号よ。今回のエンディング、どう思う?

ブリジット:う~ん。あやせちゃん、あれだけ毎回気を付けているのに最後はヤンデレっちゃうのが不思議、かな?

カナカナ:そうじゃねえっ!

ブリジット:痛った~いっ! どうして私、またステッキで叩かれてるのぉ?

カナカナ:問題なのはそこじゃねえ。あのエンディングの何日か後にアタシが死んだことだ。

ブリジット:また死んじゃったんだぁ

カナカナ:あやせと桐乃の不審死の疑惑を払うべくサイン会の会場に着いたら無人のタンクローリーが突っ込んできた。

     アタシが死の迷宮に囚われてしまっていることが今回の最大の問題だ。

ブリジット:えっ? 別にそれはあやせちゃん的には問題ないんじゃ?

      私もカナカナちゃんいなくなってからお給料増えたから良かったし

カナカナ:アタシの命をもっと大事にしろってんだ、この悪魔っ子!

ブリジット:痛いよぉ~

 

カナカナ:アドバイスに入るとだな。あやせの我慢が限界を越しちまうとバッドエンドに突入する。

     キレ方が酷いとデッドエンドになる。

     基本的にはそういう仕組みだ。これは

ブリジット:ちなみに私の頭をすぐ叩くししょーの生死はエンディングとは一切関係ないから安心してね♪

カナカナ:なぁ。それ、遠回しに選択肢でアタシを殺せって言ってないか?

ブリジット:それじゃあまたね~♪

 

 

 ね~るねるねるねるねるね~るね ね~るねるねるねるねるね~るね ねればねるほどいろがかわる~♪ ね~るねるねるねるねるね~るね

 

 

 また、この空間に戻ってきてしまいました。

「途中まではいい感じで進んでいたと思うんだけどなぁ。どこで間違っちゃったのやら」

 お兄さんを押し倒すまでは順調だったと思うんです。

 桐乃が部屋に入って来なければわたしたち2人は結ばれていたはずなんです。

 でも、確か桐乃が入って来たのは……

「あのメガネ、あやせが桐乃やあのボンクラ兄貴を監視している様にオメェの動向に目を光らせているぞ」

「お姉さんが24時間完全監視体制でわたしを見張っていたなんて知りませんでした」

「オメェら2人ともキモッ!」

 加奈子は一体何を怒っているのでしょうか?

 大切な人を見守るのはごく自然で尊い純愛行為なのに。

「まあとにかく、クールにいけ」

「わかったわよ」

 加奈子の意見を聞きながら部屋を出ます。

 もう2度とここを訪れないことを祈りながら。

 

 

「クール。つまり、冷淡にってことですよね」

 自分自身がキレてしまわないように冷徹に冷淡にを心がけます。

 それを踏まえた上で選択肢を選んでいきます。

 まず、メールを最初に送る相手は

 

⇒2 事務所の社長

 

 この選択肢を選ぶとブリジットちゃんの収入が上がるそうです。

 クールを誓ったわたしがこんな私情に流されてしまうなんて自分の甘さを嘆きます。

 さて、お兄さんを呼び出す選択肢ですが……

 

⇒1 3秒以内にやきそばパン買って私の家に来なさい(女王様 END)

 2 私の家に来ていただけますか?

 3 美味しいお紅茶をお淹れしてお待ちしています♪(BAD END)

 

 お兄さんに破廉恥な欲望を抱かせず紳士淑女の恋愛をしたいと思います。

 その為にはまず野獣の調教が必要ですよね。

「あやせ女王様ぁああああああぁっ! やきそばパンを買って参りましたぁあああぁっ!」

 メールを出して30秒後、おにいさんが四つん這いで地を蹴って駆けて来ました。

 まさに犬。そうとしか言い様がない無様なお兄さんがわたしの元へと近寄ってきます。

 それを見てわたしは偶然に手に持っていた鞭を思い切り振るったのでした。

「メールを送ってから何秒経ったと思っているのですか? この、役立たずのオス犬がぁああぁっ!」

 鞭の先端がお兄さんの頬を打ちのめします。

 ちなみにこれは躾です。

 決してキレたわけではありません。正当なる教育、躾です。

「うぉおおおおぉっ! 痛いぃいいぃ。俺はあやせの卑しい飼い犬なんだぁあああぁっ!」

 お兄さんが歓喜の声をあげます。その顔はデレデレと歪みきっています。

「飼い主に向かってあやせと呼び捨てにするとは何ですかっ! 口のきき方ぐらい知りないっ! この、駄犬っ!」

 再び鞭を振るいます。

 鞭が再びお兄さんの顔を打ち据えます。

「きゃいぃいいいいいぃんっ!」

 悲鳴を上げるお兄さん。

 すると、どうでしょうか?

 わたしの心の奥底に、得もいわれぬ高揚感が湧き上がってきました。

 ゾクゾク、ゾクゾクッと身体が震えてきます。

 寒いわけでも、悪寒が走ったわけでもありません。

 その反対です。

 心が、身体が温まってくるんです。

「この駄犬、今日という今日はその腐った根性を徹底的に叩き直してあげますよっ!」

「きゃいん♪ きゃいん♪ あやせさま~~♪」

 鞭を振るう度に教育の喜びが込み上げてきます。

 わたしが鞭を振るうのはお兄さんが憎いからではありません。

 お兄さんにもっと素敵な人間になって欲しいという期待の表れです。

 言い換えれば、愛なのです。

「おらっ、おらっ、おらっ。ワンとお鳴きなさいっ!」

「わ、わ、わ、わ、ワンッ! ワンッワンッワ~ン♪」

 四つん這いのまま嬉しそうに声を上げるお兄さん。

 そんなお兄さんを見ているとわたしも歓喜が、愛情が止まりません。

 更に激しく鞭を振るいます。

 きっと今わたしはお兄さんと心が深く繋がっているのだと思います。

「これが……クール効果。クールビズシィ!」

 冷淡に、相手を犬のように一等低く扱ってやるだけでこんなにも人生は開けるものなのですね。

 やっぱり、現代の若者っぽくキレたりヤンデレったりするのは間違いなのだと身をもって知りました。

「女王様と呼んでくださいっ!」

「あやせ女王様~~っ♪」

 いつまでも響き渡る鞭の音。

 その音は確かにわたしとお兄さんを結び付けてくれる愛のキューピッドだったのです。

「加奈子……ううん、お師匠様。わたし、ようやく愛が何なのかわかった気がします」

 数日も経てばお空のお星様になってしまうクラスメイトの顔を大空に思い浮かべながら、わたしは一筋の涙を零すのでした。

 大空に加奈子が笑顔でキメていました。

 

 

女王様 END

 

 

 

カナカナ:……なあ、あやせのヤツ、あれがバッドエンドだって認識してないぞ?

ブリジット:あやせちゃんにとってはあれが一つの正しい愛の形だからじゃないかな?

カナカナ:ヤンデレでサドって本気で救えないぞ、あいつ

ブリジット:そういうあやせちゃんが好きで好きで堪らないお兄ちゃんとお姉ちゃんは一杯いると思うよ

カナカナ:本気で救えないな、この国は。いや、この世界は

ブリジット:う~ん。ししょーがこの数日後に謎の事故に遭ってくれるからそんなに悪くないエンディングだと私は思うけどね

カナカナ:断固やり直しを要求するっ!

ブリジット:それじゃあみんな、まったね~♪

カナカナ:勝手にしめんなっ!

 

 

 ね~るねるねるねるねるね~るね ね~るねるねるねるねるね~るね ねればねるほどいろがかわる~♪ ね~るねるねるねるねるね~るね

 

 

 ☆☆カナカナ道場☆☆     おわり

 

 

 


 
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