No.226675

そらのおとしものOO劇場版 Pandora's lament in Synapse 前編

遅くなりました水曜更新。
フラレテルビーイング続編 【そらのおとしものOO劇場版 Pandora's lament in Synapse】前編です。
特に人気のない作品の続編を敢えて作る。実に楽しいです。
今回もコンセプトは 大真面目に最高に頭の悪い作品を書く です。
中編、後編についてはショートストーリーを挟みながらぼちぼち書いていきたいと思います。

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2011-07-06 23:53:56 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4250   閲覧ユーザー数:3908

そらのおとしものOO劇場版 Pandora's lament in Synapse 前編

 

 

201×年2月7日 放課後

 

 武力介入によるモテ男根絶を目指す私設武装組織フラレテルビーイングが大決起したバレンタイン決戦から1年。空美町に再びバレンタインの季節が訪れようとしていた。

 昨年の蜂起ではフラレテルビーイング指揮官桜井智樹、空美学園自由恋愛治安維持部隊アロハーズ(Alohas)指揮官五月田根美香子、チーム鳳凰院(トリニティー)指揮官鳳凰院・キング・義経をはじめとして死者・行方不明者が81名に達し、空美町は大きな悲しみに包まれた。

 だが、それでも時が経ち、人々は復興に向かって立ち上がり始めていた。

 ここ空美学園でも、五月田根美香子、桜井智樹、フラレテルビーイング隊員約50名が死亡(美香子が矯正施設に送った筈の35名の男子生徒は今日に至るまでその生死が確認されていない)し、多くの人的被害が出た。

 しかし、見月そはらを生徒会長とする新体制の下、空美学園もまた着々と再建に向かっていた。

 その、筈だった。

 

「ねーねー、聞いたぁ? 2組の鳴子も桜井智樹の幽霊を校内で見たんだだってぇ~」

「うっそぉ~本当? 1組の芽衣子も3組の知利子も桜井の幽霊見たって言ってたし。この学校、本当に何か出るんじゃない?」

 しかし、1月の終わり頃から空美学園には奇妙な噂が流れ始めるようになった。

 即ち、1年前に死亡した筈の桜井智樹の姿が校内で度々目撃されているという噂が。

 とはいえ具体的な被害はなく、噂自体も怪談の域を超えるものではない。

 空美学園生徒会は当初この問題を捨て置いていた。

 しかし、噂が段々と大きくなっていくに連れて無視し続けるわけにもいかなくなった。

 目撃例が2月に入ってから日毎に急増しているのは穏やかではなかった。

 更に現れた幽霊というのが桜井智樹であることは厄介だった。

 去年壊滅した筈のフラレテルビーイングが活動を再開し始めていたという噂も出ている。彼らが桜井智樹の幽霊を象徴として利用する可能性も考えられた。

 そして桜井智樹は空美学園生徒会の面々にとってあまりにも大きな存在だった。

 

「イカロスさん。今日も智ちゃんの幽霊の噂が出たの?」

 先代生徒会長自筆の『世界征服』の書が飾られている生徒会室。会長の見月そはらは軽く息を吐きながら副会長のイカロスに尋ねた。

「……はい。今日だけでも新たな目撃例が既に4件に達しています」

 かつてウラヌス・クイーン(空の女王)の異名を取り、全世界を震撼させた最強のエンジェロイドは普段通りの無表情で返した。

「桜井智樹の幽霊だなんて~智子~怖い~~♪」

 やたらぶりっ子ぶりっ子しながら言葉だけ怖がってみせる短髪を髪飾りで纏めた少女。

「智子ちゃんにそんな風に言われたんじゃ智ちゃんが浮かばれないよ」

 そはらは智子と呼んだ少女を見ながら大きく溜め息を吐いた。

「智子と智樹は別人だも~ん♪」

「それはそうだけど……」

 智子は元々智樹が義経との決戦の際に男と女の2人に分離して生まれた存在だった。

 その為に智樹の有する記憶は智子が引き継いでいる。

 けれど心は別物であり、少女として生きる智子は智樹とは別人格だった。

 その証拠に智子は1歳年長の守形栄四郎に恋していた。それは智樹からは全く考えられない思考だった。

「でも、智ちゃんの幽霊かぁ。何で今頃、そんな話が出るのかなぁ?」

 今は真冬。

 怪談話で盛り上がるには似合わない季節。

「はいはいは~い。桜井智樹はあの世でお腹が減ってこの世に出て来たんだと思いま~す」

 手を上げて元気良く答えるブロンドの髪に真っ白な翼を生やした少女。

「アストレアさん。智ちゃんは冬眠中のクマじゃないんだから……」

 苦笑するそはら。

 アストレアは山中でサバイバル生活を送っている。

 そして彼女は今日も自分の食欲に忠実だった。

「でも、こんなに目撃例が出てるってことは、もしかして本当に智ちゃんがいるのかも。その、シナプスの超科学力の力で実は生きていたとか、生き返ったとかは……」

 そはらは冗談めかしながらも一縷の希望を込めて自身の願望を口にしてみる。

「……智樹は死んでしまったし、シナプスの科学力をもってしても死者を蘇らせることはできないの。残念だけど」

 そはらの願望を寂しげな口調で、けれどはっきりと否定したのは青い髪をツインテールに結った小柄な少女だった。

「そうだよね、ニンフさん。智ちゃん、死んじゃったんだもんね」

 辛そうな表情で下を向きながら耐えるそはら。

「そう。智樹はもう、この世のどこにもいないのよ」

 同じく辛そうに歯を食いしばって俯くニンフ。

「……マスター」

「桜井、智樹ぃ」

 イカロスとアストレアもまた沈んだ表情を見せる。

「ちょっと、みんな、ほらっ。落ち込むのやめようよぉ。智樹もそんな沈んだ表情のみんなを見るのは喜ばないってばぁ」

 かつて智樹の半身だった少女は場を明るく盛り上げようとした。けれど、それは容易なことではなかった。

 4人の少女たちが智樹にどんな想いを抱いていたのかよくわかっていたから。

「まったく、智樹がちゃんと1人を選ばなかったからこんなことになったんだぞ」

 智樹は生涯モテない男でいることを通した。そして、フラレテルビーイングのモテないマイスターとして勇敢な戦死を遂げた。

 そはらかイカロス辺りと早々にくっ付いてくれていればモテない男として死ぬこともなく、彼女たちが悲しむこともなかった。

 智子は自称モテない男のハーレム王に対して小さく小さく舌打ちをした。

 

「智ちゃんはもういない。だけど、智ちゃんの思い出はいつまでもわたしたちの心の中で生き続けているんだよね」

 そはらの言葉にイカロスが、アストレアが、智子が頷く。

「でも、今回の幽霊騒動はみんなの心の中の智樹の思い出が像を結んで……なんていう綺麗なレベルの話じゃないかもしれないわ」

「えっ?」

 ニンフの言葉にそはらが驚く。

「ニンフさん、それってどういう意味なの?」

「智樹は確かに死んだ。けれど、今回の件は誰かが意図的に智樹を作り出して何かを企んでいるのかもしれない」

 ニンフの表情は真剣だった。

「誰かって、意図って何?」

「意図は私にもわからない。だけど犯人の見当ならつくわ」

 みなの視線がニンフに注目する。

「智樹の目撃例を集めると、その姿はどれもが鮮明な全裸で、足まで生えていたと言うわ。影も本人の動きに合わせて動いていた。智樹が映像なのか実体なのかはわからない。けれど、今の地上の技術ではまだそこまで完璧な三次元を再現することは不可能」

 ニンフがそこで言葉を切る。

 けれど、その先は言わなくてもそはらにもわかった。

「地上の技術ではってことは……この1件にはシナプスが絡んでるってこと?」

「シナプスは執拗に智樹を狙っていたし、そう考えるのが妥当でしょうね」

 ニンフの結論に生徒会メンバーたちの表情が引き締まる。

「地上の技術じゃないってことは、宇宙人の仕業じゃないんですか!?」

 1人理解できていないおバカな少女がいたが。

 

「それで、私なりにシナプスの動向を探っていたんだけど……」

 ニンフは言葉を切って窓の外を見上げた。

 空美町の上空にはシナプスが浮いている。

 

 シナプスとは背中に翼が生え、悠久の時を生きる有翼人の住まう世界。現代人類の水準を遥かに上回る高度な科学技術を有し、イカロス、ニンフ、アストレアはシナプスで作られた。シナプスが空美町の上空に浮かび続けているのに気付かれないのも高度なステルス技術を有しているからだった。

 シナプスの民は地上の人間をダウナーと呼んでバカにし、かつては暇潰しや憂さ晴らしの為だけに文明ごと滅ぼしたこともあった。

 一方で、悠久の時の中で変化の少ない生活を送る彼らは、地上の人間たちの変化に満ちた生活に憧れ、機械を使い夢を介して地上の構成員の一員になりすます場合も多い。

 シナプスの民にとって地上は軽蔑の対象であり、同時に憧憬の対象であった。

 そんなシナプスと接点を持つようになったのが桜井智樹だった。智樹は地上に落ちて来たイカロスのマスターとなったことで本人の望みとは関係なくシナプスとの関りを持つようになった。

 智樹がマスターになった当初、シナプスはイカロスを連れ戻す為にニンフやアストレアを刺客として送るなど積極的な介入を図った。

 しかし、イカロスだけでなくニンフやアストレアまでがシナプスを裏切り、智樹側の戦力は大幅に増強された。

 その後、シナプスが地上に介入して来ることは智樹の死後に至るまで確認されなかった……。

 

「正直、よくわからないことが多いのよ」

 首を横に振るニンフ。

「わからないことって?」

 そはらが首を捻る。

「シナプスの通信が上手く傍受できないのよ。傍受できないっていうか、むしろ通信がほとんど行われてないんじゃないかってさえ思うのよ」

「えっと、それってどういうこと?」

「シナプスには機械を介して夢を見ながら地上の構成員になりすます住民が多いの。だからひっきりなしに通信データが飛び交っている場所なのよ。なのに通信が傍受できない。これは私の知らない通信形式を急に採用するようになったのか、それとも……」

 ニンフは難しい表情で口を結ぶ。

「……シナプスで何らかの異変が起きたのか」

 言葉を続けたのはイカロスだった。

「とにかく、今後もっと詳細な調査が必要になるわね」

 ニンフは大きな溜め息を吐いた。

「シナプスのことは私にはよくわからないから、ニンフさんとイカロスさんにお任せするね」

 さり気なくアストレアの名前を外すそはら。

「確かにおかしいのよね、最近のシナプス。何だかずっと泣いているみたい」

 智子が窓を開けて曇天模様の空を眺める。

 智子はとても寂しそうな表情で灰色の雲を見上げていた。

「智子ちゃん、シナプスのことわかるの?」

「何となく、かな? 智子も半分、シナプスの科学技術の産物みたいなものだから、何となくシナプスを見ているとピーンと来るものがあるんだ」

「ふ~ん」

 そはらは雲が掛かった空を見上げる智子を不思議そうな瞳でジッと見ていた。

 

 

 

 

201×年2月8日 放課後

 

 放課後、空美学園生徒会の一行は映画の試写会に都市の映画館を訪れていた。

 鳳凰院グループの映画製作部門が作成した、昨年のフラレテルビーイングの決起から崩壊までを描いた作品だった。

「本当に映画化されちゃったんだ。しかも全国ロードショーって……」

「まあ、元々利益は度外視なんだし、好きにさせれば良いわよ」

 冷や汗を掻くそはらに面倒くさそうな表情でポップコーンをかじるニンフ。

 そはらたちは当初、自分たちが当事者であり、心の整理も付いてはいない事件を映画化するのは反対だった。

 しかし責任者である鳳凰院月乃は映画製作は空美町復興の為であると謳い、収益は全て空美町に寄付することを強調した。

 先の戦いでは人的被害だけではなく経済的な損失も大きかった。

 その為に空美町復興プロジェクトの会長に就任した守形が、作中内の各登場人物の尊厳と名誉を守ることを条件に製作に賛成。なのでそはらたちも賛成せざるを得なかった。

 

「みな様本日は私、鳳凰院月乃の初監督作品の試写会にお越し頂きましてありがとうございますわ」

 映画の上映前に名目上監督ということになっている月乃が挨拶する。

 自称美的センスに優れているとはいえ、映像の素人を名目とはいえ監督に据えられてしまうのだから映画への期待値はたかが知れたものだった。

「わ~い。私、映画館来たの生まれて初めてなんですぅ。楽しみ~♪」

 素直に浮かれていられるアストレアが羨ましいと思うそはらだった。

 

 そして、上映が始まった。

 

 

『お招き頂いて感謝するよ、フラレテルビーイングの諸君』

『お前らは……私立の鳳凰院・キング・義経っ! とその妹』

 

『この僕をフラレテルビーイングに参加させてもらえないだろうか?』

 

 ストーリーは、大枠ではフラレテルビーイングの決起から崩壊までを描くという説明に間違いはなかった。

 しかし鳳凰院兄妹、特に義経を圧倒的なカリスマを持つ絶対的な善として描いていることで、そはらが体験した去年の追憶とは相当に異なるものとなっていた。

 その改変はもはや歪曲レベルと呼べるものだった。

 映画の中で義経はフラレテルビーイングに決起を踏み止まらせようと懸命に努力する好青年として描かれている。

 しかし実際にはフラレテルビーイングの決起を煽り物的支援を行っていた。

 そして作内では義経の懸命な説得にも関らず始まってしまう戦闘。

 

 

『モテない男たちの希望は明日のワシらの戦いにかかっておる。皆の者、心して掛かれっ!』

『モテないマイスター桜井智樹万歳っ!』

 

『下駄箱を占拠し、バレンタインイベントの発生を阻止するのだぁっ!』

『前方よりフラレテルビーイング接近。全部隊、撃ち方準備ッ!』

 

『見月さ~ん。今日の戦いではやっぱりあなたにも存分に働いてもらうわよ~』

『会長。今の私はMissカラテドーです。それ以上でもそれ以下でもありません』

『桜井く~ん。これは血を見るだけでは済まないかもしれないわね~』

 

『ごめんな、そはら。俺は……モテないマイスターなんだ』

『そう。だったら私が、このMissカラテドーが引導を渡してあげるわ、桜井智樹ッ!』

『……モテないマイスターには、フラレテルビーイング創始者であるじっちゃんから与えられた“力”があるんだよ』

『世界を変革する為の力、今こそ見せてやるッ! 脱衣(トランザム)ッ!!』

 

「わ、私、あんなに美人じゃないよぉ」

 自分を演じている女優を見てそはらは照れていた。

 空美学園決戦のパートでは義経も月乃も出て来ないので割と忠実に描かれている。

 鳳凰院芸能プロダクションの有望株が出演しているだけあって、出演者は美少女揃いだった。

 

 

『何故ニンフが俺たちの邪魔をする!』

『そんなことは簡単よ。智樹にバレンタインを邪魔して欲しくないから』

『イカロスっ、お前まで会長側につくのか!?』

『……はい。マスター』

 

「そはらはまだ良いじゃない。私の役を演じてる子なんて、青い髪のカツラが妙に不自然に見えるもの」

「……私を演じている方は、目で物を言いすぎです。無表情とは何か、もう少し考えて欲しいです」

 ダメ出しするニンフとイカロスもそれなりに映画を楽しんでいた。

 しかし、智樹たちが空美学園を撤退し再び義経と月乃が登場するパートに入って改変が酷くなる。また、見るのが辛くなっていった。

 

 

『チーム鳳凰院(トリニティー)の他のメンバーは君と、君の仲間が葬ったのさ』

『乙女の恋路を邪魔するような輩を生かしておくことはできませんわ』

『そういうわけでMr.桜井とフラレタルビーイングの諸君。レディーたちのバレンタインを邪魔した罪で君たちにはここでお仕置きしてあげるよ』

 

 私立空美学園のフラレテルビーイング部隊を滅ぼしたのは智樹たちの仕業になっていた。私立の連中の優雅さを憎んで仲間を攻撃という筋書きだった。

 だが実際にはフラレテルビーイングを裏切り全滅させたのは義経の仕業だった。

 そして作中では、追い詰められて精神の均衡を失った智樹が恩人である筈の義経に襲い掛かるという展開を迎えた。義経が智樹を処分しようとしたのが実際だったが。

 

 

『世界の歪みの元凶が俺の目の前にいる。俺はモテないマイスター桜井智樹。鳳凰院・キング・義経! モテ男の貴様に武力介入して世界の歪みを修正するッ!』

『フッ。面白いことを言ってくれる。ならば僕も世界のモテ男を代表して本気で相手をしてあげよう、Mr.桜井。いや、フラレテルビーイングモテないマイスター桜井智樹よっ!』

『勝負だっ、鳳凰院・キング・義経ッ!』

『来いっ、Mr.桜井ッ!』

 

『脱衣(トランザム)も使えないお前に勝ち目があると本気で思っているのか?』

『フフフッ。脱衣(トランザム)を使えるのが君だけだと思うなっ!』

 

 激しく戦い合う智樹と義経。

 この時実際には2人とも全裸で戦っていた。しかし今回の映画化においてはタキシードに衣装が変わりフェンシングで戦っている。大人の事情に違いなかった。

 そして映画は史実とは全く異なる展開を迎える。

 それは、映画ならではのオリジナル登場人物の起用だった。

 

 

『でも、桜井くんって、いつも楽しそうに生きてるって感じがして……好きっ、だよ、私』

 

 鳳凰院プロダクションが今最も押している新人が演じる風音日和が智樹に告白する。

 日和の純粋な愛の心に打たれ、己の歪んだ感情と行動を恥じた智樹は降伏を申し出る。

 そして義経は寛大な心で智樹を赦した。

 しかし、義経の偉大さに己の卑小さを情けなく思った智樹は切腹して果てた。

 だが、智樹の死はフラレテルビーイングの最終兵器の起動コードとなっていた。

 起動した超大型のスーパー・パンツ・ロボは空美町を破壊し尽くすべく歩き始めた。

 スーパー・パンツ・ロボの破壊力は絶大で、月乃の身を挺して守った美香子はロボの攻撃により息を引き取った。

 

 

『……月乃ちゃん……私の代わりに……空美町の未来を……任せるわね……』

『はい。わかりましたわ、美香子様っ!』

 

 五月田根美香子の死に関しては謎が多い。

 美香子の死体には刃物で腹部を刺された痕があった。しかし、誰が刺したのかは現在に至るまで不明のまま。バレンタイン決戦を巡る大きな謎の1つとなっている。

 そして映画はクライマックスへ。

 

 

『この鳳凰院・キング・義経。愛する妹月乃と全世界の女性を守る為、身命を賭そう!』

 

 たった1人で強大な敵に向かっていく義経。そして命を懸けた脱衣(トランザム)特攻により、自身の命と引き換えにスーパー・パンツ・ロボを破壊することに成功した。

 

 

『こうして空美町は兄義経の我が身を犠牲にした勇敢な行動によって救われ、妹月乃によって復興へと導かれることになったのだった』

 

 ナレーションと共に映画は終了した。

 試写会を見に来ていた鳳凰院グループの関係者たちからヤケ気味の拍手の嵐が起きた。

 

 

「守形先輩、忙しいから来られないとか言っていたけど、絶対見たくなかっただけだよ」

 映画館からの帰り道、そはらは映画の感想を間接的に述べていた。

「守形にとって映画の出来なんかどうでも良いのよ。鳳凰院グループと出演していた子たちのファンがリピーターで何度も映画館行ってくれれば多少の収入は見込めるわ」

 生徒会で会計を担当しているニンフは頭の中でソロバンを弾いているようだった。

「……風音日和さんという方、凄かったです。顔も可愛くて、性格も良くて、行動力にも富んでました」

 映画の作中人物を誉めるイカロスの表情は暗かった。

「確かにあんな可愛い子がいたら本当にいたら、私たちみんな智ちゃんを取られちゃってたよね。そうしたら智ちゃんがフラレテルビーイングに加わることもなかっただろうし」

 そはらは苦笑してみせた。しかし、その表情には陰があった。

「映画の中の完璧ヒロインと自分を比べて落ち込むのやめなさいよ。非生産的だわ」

 ニンフが2人の落ち込みをバッサリと切って捨てる。そう断言するニンフもムスッとしていた。

「はいはいは~い。私は自分が映画の中で活躍していたから大満足で~す」

 両手を挙げて得意満面の笑みをしてみせるアストレア。

 そのドヤ顔のノー天気ぶりに3人は元気を取り戻した。

 だが……

「智子なんて……智樹と義経の死に方が変わっちゃったから1カットも出てなかった…」

 作中一切出て来なかった少女は落ち込んでいた。

「え~と、智子ちゃん。ほらっ、元気出して。智子ちゃんは太陽みたいに明るいのが魅力なんだから」

 智子の肩に手を置いて慰めるそはら。

 そはらは空を仰いでみせる。

「ここ2週間ぐらいずっと曇りだけれど、その分智子ちゃんには地上の太陽になってもらわなくっちゃ」

 言いながらそはらは何か違和感を覚えた。

「……どうして、空美町はこんなに曇りばかりが続くのでしょうか?」

「この2週間、ずっと曇りなのは九州の中でも福岡県だけ。しかも、この空美町の周辺一帯だけらしいわ」

 イカロスとニンフの言葉はこの天候が極めて不自然であることを物語っていた。

「シナプスが、泣いてるよ」

 昨日と同じ言葉を発する智子。

 シナプスのことは何も知らないそはらはただただ曇天模様の空を見上げるしかなかった。

 

 

 

2月9日 昼

 

 空美町復興プロジェクト会長守形英四郎は鳳凰院月乃と共にイベント会場を訪れていた。

「守形さまも昨日の試写会にいらっしゃれば良かったですのに」

 大きく残念がってみせる月乃。彼女としては自分の勇姿を1人でも多くの者に見てもらいたかった。

「昨日はどうしても抜けられない会議があったからな。すまない」

 対して言葉短めに謝罪してみせる守形。

 すまないと言いつつ、その会議の日程を調整したのは守形自身だった。

「まあ、全国でロードショーされれば守形さまも映画館を訪れる時間が取れるでしょう」

 月乃はその実、守形が来なかったことを特に何とも思っていないようだった。

「そうだな。時間が生じた際に観覧させてもらうさ」

 守形は型どおりの返事をしてみせた。

 

 元々守形は映画の出来を期待していない。

 それどころか映画の収益にも期待していない。

 守形が重視したのは、鳳凰院グループが製作する空美町を題材にした映画を、復興プロジェクトの会長である自分が認めたという1点だった。

 鳳凰院グループの積極的な参与は空美町復興には欠かせないものだった。

 鳳凰院グループの豊富な資金力、そして、鳳凰院家には町の富裕層を惹き付ける大きな求心力が存在した。

 富裕層と庶民層が感情的対立を起こし易い空美町で復興を果たす為には、両者の歩調が一致していることが何よりも重要だった。

 映画製作の許可は、鳳凰院グループ並びに富裕層を復興計画により深く引き入れる為にどうしても必要なことだった。

 勿論それは庶民層の反発を招く行為でもあった。だから守形は両者の調整に精力を費やしていた。

 

「それにしても、バレンタインイベントとはな……」

「良いじゃありませんの。フラレテルビーイングの決起により無茶苦茶になったバレンタインデーを復興の象徴に据える。マスコミ受けもしそうな感動話になりますわ」

 バレンタイン祭りの企画者であり総責任者でもある月乃は楽しそうに笑ってみせた。

「確かにその通りだな」

 守形は同意してみせる。

 月乃は自分を極端に美化する映画を堂々と作って上映してしまうなど子供っぽい一面を持つ一方、政治的手腕というか嗅覚に優れていた。

 それは人との関り方が下手であることを自覚する守形にとってみれば羨ましい才能でもあった。

「だが、この祭り、警備の方は大丈夫なのか? フラレテルビーイングが昨今活動を再開しているという話も聞く」

 守形は『チョコ作成館』『チョコ配布館』『交流館』と仮称の札が貼られた大きな簡易建築物を見る。

「それなら大丈夫ですわ。鳳凰院グループの警備部門から選りすぐりの者たちに24時間体制で守らせております。フラレテルビーイングなど恐れるに足りませんわ」

 月乃が自信を持って言い切った瞬間だった。

 

 ドーンっという大きな爆発音と共に『チョコ配布館』の屋根が吹き飛んだ。

「危ないっ!」

 守形は自分の身を楯にして爆風や落下物から月乃を庇う。

「なっ、何ですの、一体?」

 月乃は突然の事態に何が起きたのかよくわかっていないようだった。

「わからんが、建物の一つが爆発を起こしたようだ!」

 守形は視線を爆発を起こした建築物へと向ける。

 屋根の一部と側壁の一部が派手に吹き飛んでいた。

「何故……そんな爆発が……」

 月乃はまだ事態を掴んでいないようだった。

 いや、月乃は何が起きているのか理解したくないのだと守形は考えた。

 この爆発が事故ではなく人為的なものだとしたら?

 考えられる犯人は一グループしかなかった。

「お嬢様っ! フラレテルビーイングの襲撃ですっ!」

 屈強な体格を黒服に包み、サングラスを掛けた如何にもSP風な男が月乃の元に駆け寄って報告する。

「やはりフラレテルビーイングかっ!」

 守形が犯人の名を確認している間に、中年男が2、3人、そして隣町の学校の制服を着た学生らしい若い男が4、5名会場へと乗り込んできた。

「天は今こそ我らに味方した。フラレテルビーイング弾圧の元凶、守形英四郎と鳳凰院月乃っ。覚悟ぉおおおおおぉっ!」

 中年男の1人が見たこともない銃のような鋏のようなものを構える。

「チッ! シナプスの科学技術だと?」

 その謎のアイテムをシナプス製だと直感した守形は月乃の手を掴むと全速力で逃げ出す。

「あんな奴らから逃げ出さなくても、鳳凰院グループの優秀な警備員がすぐにやっつけますわ」

 月乃は抗議の声を上げる。しかし守形の脚は止まらないどころかますます速くなる。

「その昔、インカ帝国には屈強の兵士たちが多数いたが、ヨーロッパ人の新兵器である鉄砲の前には敵わなかった。今はそういう状況だ」

「はあ?」

 それ以上説明するのは面倒とばかりに守形は更に速度を上げる。

 メガネのレンズを利用して後ろの様子を探ると、銃らしきその物体から発射された虹色の光線を浴びた警備員たちが次々と倒れている。

 倒れた者たちの生死は不明だったが、身動きはなかった。

「警備員たちに銃は持たせていないのか?」

「はぁ? ここは日本ですわよ。警備員といえども銃を持てば違法になりますわ」

「……そうか」

 守形はこの辺の感覚の差が義経と月乃の大きな違いだと思った。

「一つ言えるのは、このままだと俺たちは死ぬかもしれん。ということだな」

「ええぇっ!?」

 イベント会場の2つの出口には両方武器を持った見張りがいることを確認した守形はメガネの奥の瞳を細めた。

 

 2分後、守形と月乃は交流館の中へと追い詰められていた。

 左手を横に広げて月乃を背中に庇いながら5名の男たちと対峙する。

「ようやく追い詰めたぜ、フラレテルビーイングの怨敵さんよぉ」

 リーダー格と思われる中年親父が壁際の2人へと迫る。

「タコ焼き屋の親父……」

 リーダーは普段はすし屋で職人として働き、縁日の際には出店でタコ焼き屋や金魚すくい屋を営む男だった。

 美香子が主催する祭りイベントには積極的に参加し、プロレス大会ではクマとさえ戦ったお金に忠実な男。

「何故、そんなものをお前が持っている?」

 守形は視線だけで親父の持っている銃のようなものを指した。

「これは空からの落し物よ。俺たちフラレテルビーイングに再び決起せよという天の啓示に違いねえ」

「空のおとしもの?」

 守形は瞳を細めた。

「俺たちに決起せよという啓示はこれだけじゃねえ。俺は昨日、この武器が降って来た場所で桜井智樹を見た。つまり、俺たちの決起は桜井智樹の意思でもあるのだっ!」

「智樹を見ただとっ!?」

 冷静沈着な守形が大声で吼えた。

「そして俺は天からの声を聞いた。『愛』『愛』『愛』と壊れたように叫んでいた。これは、地上のリア充に対する天の憤りの声っ!」

「天の声、だと?」

 守形は昨日そのような天からの声を聞いた覚えはなかった。また、会議中などに他の人物がそのような素振りを見せたことはなかった。

「ああっ、天の声を聞いたのは俺だけじゃねえ。ここにいる奴ら全員が聞いた。だから俺たちは今日立ち上がったという訳よ」

 親父の言葉に後ろに控えている男たちが全員うなづいた。

「まあ、そういう訳だから覚悟してくれや。何、本当に死ぬわけじゃねえ。丸1日ぐらい眠るだけさ。目覚めた時にはマグロ漁船に乗ってて2、3年は戻れねえけどな」

親父と、後ろの男たちが一斉に銃らしきものを守形たちに向ける。

「守、形さま……」

 月乃は震えていた。

 しかし──

「貴重な情報を提供してくれて感謝する」

 守形は動じていなかった。

 

「何で余裕こいてんだっ!」

 守形の態度に絶対的優位な状況にある筈の親父たちが焦る。

「何故と言われれば……もうお前たちの目的が達成できなくなったからだな」

「何っ!?」

 親父たちが驚いた瞬間だった。

 守形たちが立っているすぐ横の壁が轟音と共に突き破られた。

「……アルテミス、発射っ!」

 そして飛び込んできた羽の生えた少女は掛け声と共に羽の中から何かを一斉に放出。親父たちの足元で爆発させた。

「何ぃいいいいぃっ!?」

 驚く親父たちの足元には穴が開いていた。

「……降伏、してください」

 飛び込んできた物体、イカロスはタコ焼き屋の親父たちを見ながら静かにそう告げた。

 

「ふっざけんなっ! 後1歩で俺たちの野望が叶うって所で諦められっかよっ!」

 親父たちが息巻く。

 そんな彼らに対してイカロスは無言のまま瞳の色を赤に変えた。

 

「アンタたち、その辺でわがまま言うのやめないとアルファは本気で怒ってるわよ」

「イカロス先輩を本気で怒らせたら絶対に死にますよ」

 親父たちの背後、建物の出入り口から堂々と中に入って来たのはニンフとアストレアだった。

「外にいたアンタたちの仲間は全員捕まえておいたわ。どうする? 無駄な抵抗を続けたいのなら相手になるけれど?」

 ニンフが地面に手を突く。相手の脳に介入するジャミングシステムを発動させようとしていた。

 そしてアストレアはよりわかり易い威圧の手段として光の剣を構えていた。

 ニンフもアストレアも目は真剣で、これ以上守形たちに手を出そうとするなら容赦しないと語っていた。

「……空美のアイドルであるニンフちゃんやイカロスちゃんとやり合うなんて、モテない俺たちにはできねえよ」

 親父は精一杯の強がりを見せながら武器を置いた。

 守形は誰にも見られないように小さく息を撫で下ろした。

 ポケットの中に入れていた右手は携帯の短縮ダイヤルを探り当てていた。

 

 

 

2月10日 夜

 

 守形が襲撃を受けた翌日の夜、守形と空美学園生徒会メンバーたちは桜井家の居間に集合していた。

「それじゃあ、アイツらが持っていた武器はシナプスから降って来たもので間違いないのね?」

「ああ、タコ焼き屋の親父はそう断言していた」

 守形の言葉にニンフが苦々しい感じで目を瞑る。

「武器が落ちた場所に智ちゃんがいたとか、天から声が聞こえたとかは……」

「あの事件に関わった者たちにとっては共通の認識事項らしい。が、どういうことなのか俺にもよくわからん」

 首を横に振る守形に不安げに表情を沈ませるそはら。

「でも、声を聞いたって、学校の誰からもそういう報告は入っていませんし、町の人にも色々と聞いて回ったけど、そんな話はどこにも……」

「集団幻聴の可能性もある。もしくはフラレテルビーイングの指導者が与太話を構成員に吹き込んで信じ込ませた可能性も考えられる。だが……」

 守形はそこで言葉を切って、イカロスの顔をジッと見た。

「だが、真実である可能性も否定できない。シナプスの力をもってすれば、フラレテルビーイング構成員及び潜在的な賛同者だけに訴えかけることも十分に可能だろう」

「……確かに、それは技術的には可能です」

 守形の言葉にうなづいてみせるイカロス。

「仮に、先輩の言う通りだったとして、一体何でシナプスはフラレテルビーイングに手を貸すような真似をするんですか? 得があるとは思えないんですけど……」

 恐る恐るといった感じで右手を挙げて意見を述べるそはら。

「そこなのよね、問題は」

 ニンフは難しい表情で腕を組んでいた。

 

「昨日のフラレテルビーイングの暴動にシナプスが関わっているのは間違いないわ」

 ニンフはタコ焼き屋の親父が持っていた武器らしきものを取り出した。

「これは間違いなくシナプスのものよ。眠りを管理するもので……まあ、使い様によっては今日の襲撃みたいに武器にもなるわね」

 ニンフは厳しい表情でその道具を見ている。

「シナプスは地上に対する情報統制を厳格に敷いている。シナプスからこんな道具が幾つも偶然降って来るなんてあり得ない。わざと落としたんだわ」

「わざと……」

 そはらの声は震えていた。シナプスがフラレテルビーイングの活動に関与しているという事実が怖かった。

「そして、特定の人間にだけ聞こえる声を発して道具を拾う人間を限定した。それは間違いないわね」

ニンフは大きな溜め息を吐いた。

「さし当たって私にとっての問題は2つ」

 ニンフは人差し指と中指を立ててみせた。

「1つ目は昨日、シナプスから送信された筈のその情報を私がキャッチできなかったこと。シナプスは私以上の性能を持つ電子戦用エンジェロイドを開発して投入しているのかもしれないわ」

「……ニンフ以上の電子戦用エンジェロイド」

 イカロスが顔をしかめた。

 空の女王の異名を誇り圧倒的な火力を誇るイカロスであっても、火器管制システムを敵に乗っ取られてしまえば戦いようがない。

 厄介な相手に違いなかった。

「そして2つ目は、何故シナプスがフラレテルビーイングなんていう変な集団に力を貸しているのかという話よ」

 ニンフは瞼に力を込めながら目を瞑った。

「お前たちが攻撃を躊躇する勢力を選んだ……というのは我ながら説得力がないな」

「私たちは今日の戦いでも去年の戦いでも、フラレテルビーイングをあっさり攻撃したからそれはないわね」

 もし私たちの攻撃を躊躇させたいのなら空美学園の女子学生たちを抱き込む方が効果的だわよとニンフは付け足した。

「だとすると、フラレテルビーイングという組織が持つ特性の何かにシナプスが惹かれたという話になるな」

「だからその何かがわからなくてずっと悩んでいるのよ」

 ニンフと守形は険しい顔をしている。

 

「あの、捕まった人たちにもっと話を聞いてみるというのはどうでしょうか?」

 そはらが再び小さく手を挙げて訊いてみる。

「捕まえた全員に話をよく聞いてみたが、タコ焼き屋の親父以上の情報は得られなかった」

「愛という単語ばかり繰り返して叫ぶ一方的な情報発信だったみたいね」

「そうなんですか……」

 そはらの顔が落ち込む。

「だから俺はフラレテルビーイングに関する情報を集めようと思い桜井家を訪れたわけだ」

「なるほど」

 と、その時襖が開いて、積み重なった段ボール箱を抱えた智子が室内に入って来た。

「守形先~輩♪ 頼まれていたフラレテルビーイングに関する資料を持ってきました~♪」

 智子は守形の顔を見て表情を崩した。

 基本面倒くさがり屋の智子も守形の頼みとなればどんなことでも聞く。

 今も家中にあるフラレテルビーイング関連資料を掻き集めてきた。

「じゃあ早速調べてみましょう」

 守形、ニンフ、イカロスが資料の1つ1つを手にとって吟味し出す。

 しかし資料の大半は智樹の収集したムフフ本であり、肝心の分析はなかなか進まない。

 

「智子はフラレテルビーイングについてどこまで把握しているんだ?」

 智樹のムフフ本から情報を収集することを諦めた守形は智子から直接情報を得ることに切り替えた。

「実はフラレテルビーイングに関する情報って智子の中であまりよくわからないっていうか……よく整理されていないんですよ」

「よくわからないとは?」

 智子は頭を掻いてみせた。

「モテ男に対する強い憤りみたいなものは残っているんだけど、知識とか理論に関するものは凄く曖昧で。おまけに智子には男の子の恨みつらみってよく理解できなくて」

「つまり、智樹にとってフラレテルビーイングという組織はモテ男に対する己が負の感情を発露する為の組織だったわけだな」

 守形は智樹にとってのフラレテルビーイングの存在意義をそう推論づけた。

「それで、他に知っていることは?」

 智子は天井を見上げてしばらく考え込んだ。

「う~ん。フラレテルビーイングの創始者はじっちゃんの桜井智蔵で、智樹はじっちゃんの孫だってことでモテないマイスターに抜擢されたってことぐらい。かなあ?」

 智子の何気ない言葉に守形たちの眉がピクッと動いた。

「つまり、調査すべきは智樹の祖父、桜井智蔵ということだな」

「桜井智蔵のメモ帳なら確かその箱に入っていたわよ」

 ニンフが段ボール箱の1つから、古ぼけた小さな手帳を取り出す。

 全員の注目が手帳に集まる。

 ニンフが恐る恐る手帳を開いてみる。

 

『 昭和36年 4月21日 曇り

   今日、可愛いおなごをみつけた。

   声を掛けるが相手にされない。頑張れ、ワシ!』

 

『 昭和36年 4月23日 晴れ

   今日、色っぽいおなごをみつけた。

   声を掛けるが相手にされない。頑張れ、ワシ!』

 

 手帳は智蔵のおよそ半世紀前の日記を綴ったものだった。

 その内容は、女に声を掛けては振られるという毎日の繰り返しだった。

「ナンパ以外にやることないの、この人は?」

「ははは。さすがは智ちゃんのお祖父さん」

 ニンフはイライラしながらページを捲る。

 すると、数十ページ捲った末に異なる内容が綴られている日記に巡り合った。

 

『 昭和36年 10月4日 曇り

   今日、天使に出会った。

   おっぱいがあれば未確認生物でもえ~んじゃね~?』

 

「これよっ! これこれっ!」

 ニンフは大声を上げた。

「フム。天使とは天使のように可愛いまたは美しい人物を指す比喩かもしれん。だが、未確認生物という単語が出ていることから、智樹の祖父が会ったのはエンジェロイド、またはシナプスの住民である可能性もある」

 ニンフは再び手帳を捲り始める。今度はより慎重に。

 そして──

 

『 昭和36年 11月1日 晴れ

   今日、私設武装組織フラレテルビーイングの結成を宣言する。

   モテ男によるおなごの独占を防ぐ為に。

   未知との対話の為に。』

 

『 昭和36年 11月2日 晴れ

   昨日結成したフラレテルビーイングの活動を当分の間休止とする。

   自由な恋愛と結婚ができる時代の到来を望む。』

 

『 昭和36年 11月5日 曇り

   ワシが生きている間に未知との対話は無理かもしれない。

   しかし、社会の急激な変化をみると、

   フラレテルビーイングはワシが生きている間に武力介入を始めるかもしれない』

 

「これでこの日記帳に記述しているフラレテルビーイング情報は全部みたいね」

 ニンフがもう1度日記の内容をチェックし直すがこれ以上の情報はなかった。

「桜井智蔵の他の手記はないのか?」

 守形が智子に尋ねる。

「う~ん。多分ないんじゃないかと思います。以前浮気がばれて怒ったばっちゃんにメモ関係がほとんど焼かれたって母ちゃんが言っていたから」

「そうか」

 守形は目を瞑った。

「これはあくまでも推論でしかないが、シナプスがフラレテルビーイングに何らか肩入れをしていると仮定した場合、考えられる理由は1つ、だな」

「そうね。そうとしか考えられないわ」

 守形の言葉にニンフが賛同する。

「はいはいは~い。それはフラレテルビーイングが沢山食べ物を持っているからだと思いま~す」

 アストレアの言葉を全員は無視した。

「えっと、理由というのは『未知との対話』ということになるんでしょうか?」

 そはらが自信なさげに尋ねる。

 頷いてみせる守形、ニンフ、イカロス。

「未知との対話が具体的に何を意味するのかはわからない。推測はつくがな」

「……でも、シナプスがフラレテルビーイングに目を付けたのはこのキーワードの為に違いありません」

 守形とイカロスは智蔵の日記帳をジッと眺めている。

「桜井智蔵は50年前にシナプスと何らかの接触があったのは間違いなさそうね」

 ニンフが立ち上がり、窓を開ける。

「桜井智蔵、未知との遭遇、フラレテルビーイング、そしてシナプスで何が起きているのか。これらの問題に答えを出す為に私はシナプスに直接乗り込んで調べて来るわ」

 ニンフは振り返りながら偵察任務に出て来ることを告げた。

「……1人で行くのは危険」

「ステルスモードを全開にして隠密行動で行くから1人で行った方が安全だわ。それに地上でもいつ何が起きるかわからない。アルファとデルタはシナプスとフラレテルビーイングの襲撃に備えて」

「わっかりました~」

 イカロスは尚も渋い顔をしていたがニンフは窓枠に手を掛けた。

「……今積極的に打って出ないと手遅れになるかもしれない。行ってくるわ」

 そう言い残してニンフは飛び立っていった。

「空も地上も何事も起きなければ良いのだがな」

 守形の言葉にそはらは無言で頷いていた。

 

 

2月11日 放課後

 

 ニンフがシナプスに偵察に出掛けた翌日の放課後、そはらは曇天模様の空を見ながら大きく溜め息を吐いていた。

「やっぱり今日も曇りなんだね」

 ここ数日、シナプス絡みの話をよく聞くようになってから曇り空を見るのが堪らなく憂鬱になっていた。

「モグモグ。ニンフ先輩、もぐもぐ、から、もぐ、まだ、もぐもぐ、連絡ありませんね。もぐもぐ」

 飼育小屋から奪ってきたパンの耳を頬張りながらアストレアがニンフの所在を心配する。

「ニンフさん、心配だよね」

「ずっと隠れて行動するみたいだし、ニンフちゃんなら大丈夫だと思うよ」

 アストレアに同意するそはらと別段心配していない智子。

「……ニンフが連絡を取って来るのは地上に戻ってからだと思う」

 イカロスが窓の外を見上げながらニンフの性格を分析した。

「とにかく、ニンフさんが帰って来るまで何も起きないでいてくれるといいのだけど……」

 そはらが心の中で祈りを捧げている時だった。

 

「たっ、大変なんですっ!」

 生徒会室の扉が開かれ、20歳ほどの短髪の女性が入ってきた。

 女性は豊かな胸を上下に揺らしながら息を整えようとしている。

「商店街のマドンナ、文具屋の1人娘のマキ子さん。一体、どうなさったんですか?」

 やけに詳細な説明を付けながらそはらがマキ子に尋ねる。

「フラレテルビーイングが現れて町の中でおかしな武器を持って暴れているんです!」

 マキ子の話を聞いて生徒会室内の全員が立ち上がる。

「フラレテルビーイングが武器を持って暴れてる……」

 そはらの声が詰まる。

「……場所は、人数は、首謀者は?」

 動揺したそはらに代わり言葉を繋いだのはイカロスだった。

「場所は商店街です。人数は20人以上です。首謀者というか、先頭に立っているのは魚屋のあんちゃんです」

「20人、以上だなんて……」

 そはらの顔が一気に青ざめる。

「……他に特徴は?」

「フラレテルビーイングの面々はみんな、天の声が聞こえたとか何とか騒いでいます。天はリア充どもの愛に怒っているとか何とか」

「一昨日の襲撃の時と同じなんですね」

 それはそはらが考える最悪な展開。

 しかし、そはらは知ることになった。

 自分が想定する最悪が甘すぎるものであったことを。

 

「きゃぁああああぁああああああああぁっ!?」

 突如悲鳴を上げながら智子が苦しみ始めた。

 智子は地面に倒れ込み両手で頭を押さえて転がり回っている。

「どうしたの、智子ちゃんっ!?」

 智子の苦しみ方が尋常ではないと悟り、そはらは大きな衝撃を受けた。顔が青ざめる。

「…し、シナプスが嘆き悲しんで叫んでいるの……愛を、愛を、愛を、愛を、愛をって何度も何度も叫んで……」

「シナプスが!?」

 そはらにはもうわけがわからない。

 そして、そはらたちを襲う悪夢はまだ続いた。

「生徒会長っ! 桜井智樹の幽霊が校庭に現れましたぁっ!」

 女子生徒の1人が生徒会室に駆け込んで来て、息を切らしながら報告を行った。

「智ちゃんの幽霊が!?」

 そはらは驚きのあまり気を失ってしまいそうになった。

 

 

 再び決起を始めたフラレテルビーイング。

 情報が遮断されているシナプス。

 そのシナプスから聞こえる謎の声。

 突如苦しみ出した智子。

 そして、現れた智樹の幽霊。

 

 平穏を取り戻した筈の空美学園に再び暗雲が立ち込めようとしていた。

 

 

 中編に続く

 

 

 

 


 
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