杯が傾きその中身が男の喉を通り過ぎたのを見届け
比呂もまた彼に習い自身の手の中のそれを飲み干す
注がれた分は一回に飲みきる
誰から習うわけでもなく酒の味を覚えると同時に身に染み付いたその習慣
空いた杯に先に徳利の口を向けたのは意外にも一影の方だった
「…酒は天の美禄、味に酔うは」
「十の徳有り、飲まずに病むより飲んで病むがまし」
「…ほう」
互いに杯を目の高さにチョコンと掲げその端を口にくわえる
「兄は何処の御貴族か?見ればいずれも庶人に違う出で立ち振る舞い…」
「貴様が庶人の出に違わぬは明白、貴族にあれば杯はかわせぬか?」
それまで一影の膝の上で「お行儀良く」膝を折っていた朧がプっと吹いた
無骨なその手がまるで細工のような銀髪を優しくなで上げ幼女は上目遣いのまま小さく身じろぎあぅあぅと呟く
庶人と見抜かれた比呂を笑ったのではない
自身を「貴族」と否定しない兄のそれが可笑しかったのだ
それは
余計な詮索無用
自身から自身について語りはしないし聞かれても答えん
彼の言葉足らずな答弁の意を組み比呂はそれ以上に詮索をするのを止めた
「失礼した…しかし兄をなんと呼んだものか」
彼の空いた杯へ新たに徳利の中身を注げは返す一影も比呂の杯に
阿吽の呼吸に互いの杯を満たして行くその様は古い知己の様に
…故に彼女にはそれが明け透けなものに見て取れたのだろう
「おい女男!聞いてりゃさっきから『魔王』様に馴れ馴れしいんだよ!」
ガルルと八重歯を剥き出しに唸る
が、朧の時とは違い今度は彼女を無視して比呂の杯に徳利を傾ける
一影のその対応にガビーンと涙目の幽
「…真名か?」
そこは失礼の無いようにと視線を手元の杯から彼の虚空の眼へと移すと彼はどうということないと空の徳利を降って見せた
「通り名だ…好きに呼べ」
気に入るという言葉を使えばそれは無作法なのかも知れない…が、比呂はどういう訳か彼を気に入った
「…何か知らないですけど意気投合してるんですかねあれ?」
「…さあ?」
高覧に注がれた杯の表面を滑る波を楽しみながら悠は笑みを浮かべていた
(珍しいですねぇ…初対面に自分から進んで話しかけるなんて)
ともあれ親友と違い酒は強くないと自覚する自身がこれで比呂から絡まれる心配はないと安心する…が
「さあさあグイッと♪」
いつの間にやら周囲に酒を注いで回る彼女と視線が合ってしまい
「はい田豊さん♪」 「…何で貴女がこっちに来ますかね」
目の前で満面の笑みを浮かべる七乃の姿に悠の顔が引きつった
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執筆速度の差に唖然