桂花さんと季衣ちゃんが無事仕事に復帰。
一刀ちゃんも華琳さまと仲直りしたところで魏は忙しいことになっております。
呉は内乱を鎮めるために全力を尽くしていながらも、先王孫策を殺した曹魏に対し嫌悪感を抱いており、蜀漢には酷い様で西涼と母親をなくした馬超と馬岱が居ます。
それに比べ現在曹魏は西涼や河北など、内側から色々と問題が発しており、今早く内政を整えなければ凄くまずい状況にあります。
「現在春蘭と季衣が西涼に向かって西涼の人たちに孫呉からでの戦いで残った兵糧を解く中、移民作業のための準備も着々進んでいます。移民などは長期的な作業になりますが、この調子だと今年の秋までには西涼を収めることができるかと思います」
「河北の方はどうなの?」
「我々に異議を唱えている豪族の中で強大な豪族たちを圧迫しています。他の弱小なところは、今まで袁紹に気づかないところで権力を振り回してきた豪族たちに負の感情を持っているため、彼らの連携を瓦解することは難しくありません」
「そう、よく頑張ったわね、稟」
「………」
報告をしていた稟さんがすぐれない顔をするのを見逃す華琳さまではありませんでした。
「何?何か気がかりなことでもあるの?」
「いえ、そういうことはございません。ただ………華琳さま、最近少々変わったいらっしゃいませんか」
「……どういう意味かしら?」
がらっ
「!」
「……ぁ」
稟さんが話を続けようとしたとたん、引き戸を開けて一刀ちゃんが書簡を持って華琳さまの部屋に訪ねました。
「あら、一刀、できたの?」
「……<<コクッ>>」
「見せてみなさい」
一刀ちゃんは稟さんを通りすぎて、持ってきた書簡を華琳さまに渡しました。
『こんなところに書くの初めてだから、ちょっとドキドキした』
一刀ちゃんが持っていた書簡は竹で作ったものではなく、高級の絹に書いたものでした。
国の間に書簡を送る時に使うそのようなものです。
「…いいえ、上手にできたわ。これなら一級の名筆家に任せたのも同然よ」
「……<<にぱぁーっ>>」
一刀ちゃんが照れます。確かに一刀ちゃんは中々の達筆ですからね。
『もう一度書きなおさせてくれたら、もっと上手に出来る』
「そうね。だけど、今回はこのぐらいで十分よ。後にまた頼むことがあるでしょうから、その時もっとうまく出来たら、今度一緒にお出掛けしましょう」
「…!<<コクッコクッ>>」
一緒に出かけるというから一刀ちゃんは激しく頷いて外に出かけました。
「華琳さま、それらは…」
「呉と蜀に送る書簡よ。一つは孫策へ正式に弔意を表しお詫び申し上げるもの。もう一つは蜀に下ったという馬超と馬岱姉妹に送るものよ」
「……」
「…稟、さっきからどうしたの?私に何か不満があるのかしら」
「い、いえ、そういうわけでは……ただ…」
稟さんは少し戸惑いましたが、直ぐに決心がついたのか口を開けました。
「ただ、私が気にしているのは、さっき通った一刀殿のことです」
「一刀がどうかしたの?」
「はい。私が華琳さまの軍師になって随分経ちましたが、未だに北郷一刀殿の存在については疑問を持っています」
「…どういうことかしら」
「一刀殿は…華琳さまの覇道に取って邪魔でしかなりません」
「……」
しばらくの沈黙。
「稟、あなたは私が覇道を歩まなかったら、私に付いて来なかったかしら」
「!」
華琳さま…?
「華琳さま…それはどういう意味ですか」
「言ってごらんなさい」
それを言っている華琳さまの顔には冗談も、戯れ心も見当たりませんでした。
この人…まさか本気で……
「そ…そんなはずは……ありません」
「そう…なら、一刀が私の覇道に例え邪魔になるとしても、あなたは私に付いてくると理解していいかしら」
「華琳さま……一体何を考えていらっしゃるのですか?」
「………」
「……<<カキカキ>>」
………
「<<ちゃら>>いつまでそこにつっ立って居るつもりなのかしら」
「…華琳さま、あなたは一体、何を考えていらっしゃるのですか」
術を解除して、姿を見せた僕に、華琳さまは何の動揺もなく言い返しました。
「……紗江……ではないわね」
「僕は僕です。姿がどうであれ、それは変わらない真実です」
そう、例え紗江の姿に化けたとしても僕は司馬懿ではありません。
「一つ聞いておくけれど、紗江はどんな風に逝ったの?」
「………彼女は最後まであなたのことを愛していました。全てあなたに尽くして去りました」
紗江の行動。指一本動くことさえも全て華琳さまのためであった。
だからこそ、僕は恐ろしい。この人の威力が。存在だけでも人の在り方を制してしまっている。
誰かを中心に動くはずのない世界を、自分の都合に合わせて動かしているような人だ。
だから、そのうちに紗江も、僕も……そして一刀も引っかかった。
「そう、結局最後まで、私を許してくれなかったわね」
「許す?」
「……」
許す?どういう意味でしょうか。
紗江は最後まであなたのために働いて去りました。
彼女が死んだ理由はただ一つ、自分の存在こそがあなたに一番邪魔になるだろうと思ったからでした。
あの娘は、最初からあなたを許す相手としてでも考えていませんでした。
ですが、
「あなたの罪は許すか否かを考えるまでもないものです。それはあなたが死ぬ時まで心の底であなたを苦しませるような、そんな罪になるでしょう」
「……そうね………私が今まで生きてきた中で後悔することがあるとしたら、彼女をそんな目に合わせたことただそれだけよ」
「それだけ、ですか?孫呉との戦いでのあなたの無様な姿は後悔なさらないので?」
「後悔はしていないわ。ただ、自分を責めつづけるでしょうけどね」
「それは後悔とは違うものなのですか?」
「違うわ。後悔はまた戻ってその過去を変えたいと思うのが後悔よ。でも、あの時のことは、例え私が戻るとしてもきっと同じことを繰り返すでしょう」
「……」
言っていることとやっていることが違っています。矛盾してます。
あの時あなたが戦いを選ぶことが変えられないことであるとしたら、今のあなたがやっていることは一体なんなのですか?
「華琳さま、一つお尋ねしましょう」
「いつからあなたが私に断ってから話を聞いてきたのかしら。言ってみなさい」
「…あなたが今歩もうとする道は、覇道で間違いありませんか?」
「……何故そんなことを?」
「僕は以前あなたに選ばなければならないと言いました。そしてあなたは選ばなかった。結果、覇道も一刀ちゃんも傷つきました。僕が聞いていることはいつも一緒です。あなたは、今覇道を歩んでいますか。それとも一刀ちゃんを守ろうとしていますか?」
「……?」
「……っ」
……口に発してから口が滑ったことに気付いてしまいました。
華琳さまの眼が鋭くなります。
「逆に聞きましょう。それはどういう意味なの?」
「……どういう意味と言いますと?」
「とぼけないで頂戴」
席から立ち上がって僕と一、二歩差を置いた場所で僕を睨みながら華琳さまは話を続けました。
「あなたは今まで、一刀と覇道の中で私が『選ばなければならない』と言ったわ。でも、いまさっき一刀を『守ろう』とするのかと聞いた」
「………」
「あなたが私に選ぶように押し付けて来た理由がそれなの?私が覇道を歩めば一刀を守れないから?」
「当たり前です。戦場の中を駆けるあなたたちと一緒に居るというのに一刀ちゃんの安全を保証できるわけが」
「つまり…私が覇道を歩めば一刀がまた消えると、あなたはそう言いたいのね」
「!!!」
「…そう、だからあなたは今まで…」
「ち…っ…」
違いない。
曹孟徳の覇道と御使いの存在は常に反する道を歩みます。
どっちかが熟すればどっちかは消え去る。
それが蜀と呉に御使いが行くと覇道が崩れ、魏に居ると御使い自身が消え去るというもの。
つまり、華琳さまが覇道を歩く限りは、一刀ちゃんが消えることが定められているのです。
が、それは僕が心配していることではありません。
「はい、そうです」
「……それは確かなことなの?」
「確かとかではありません。『絶対的』なことです」
そう、覇道の行末には一刀ちゃんの滅があります。
だかそ二つの道は共生することができない。
その上、華琳さまにとって覇道というのは彼女の存在異議です。
だから、彼女が両方を選ぶということは、実はこの外史にとっては覇道を選ぶという意味とまったく同じなことです。
結局、どっちにしろ一刀ちゃんが消える結末になります。
「…………」
いつの間にか華琳さまの顔には血気が見当たりません。
やはり、この方はまだ覇道を歩む気があったのですね。
「…良かったわ……」
……へ?
「何がですか?」
「もう少し…あなたがそれをいってくれるのがもう少し遅かったら、私はあの子を失うところだった」
「……まさか」
本当に…
一刀ちゃんのために覇道を…!
「……<<カキカキ>>」
部屋の中、一刀ちゃんは一人で何か書いていました。
サーッ
「一刀ちゃん?」
「…!?」
僕が姿を見せて一刀ちゃんの後ろで驚かせたら、一刀ちゃんは驚いて書いていたものを隠しました。
「別に隠さなくてもいいじゃないですか。どうせ文字の練習していたのでしょ?」
「……」【見てたの?】
「ええ、僕は大体は一刀ちゃんと一緒に居ますからね。一刀ちゃんが華琳さまと出かけることを楽しんでヘニャヘニャしながら浮き足で歩いて目の前の木にぶつかったりするのも見ましたね」
「……<<かぁー>>」
え、ほんとにぶつかったんですか?
「ま、まぁ…僕は別に一刀ちゃんのかわいいボケが見れてよかったのですけどね」
「……?」
「うん?どうしました、一刀ちゃん?」
何か、キョトンとした顔でこっちを見てますか……
「……」【さっちゃん、泣いてる?】
「…はい?突然何を言ってるのですか?」
「……」
そしたら一刀ちゃんは、椅子の上に立って僕の目元に触りました。
そうしたら、一刀ちゃんの指には水粒が一粒乗ってあります。
「……あ、あれ?」
「………」
「い、いえ…これは…あれ?」
僕、泣いてる?
何で?
「おかしいですね…いえ、本当に何もありませんでしたよ?別に隠してなんかいませんよ?何もなかったのに…あれ?あれれ?」
「………」
すーっ
「…あ」
「……<<なでなで>>」
僕の涙がどんどん増えていくと思ったら一刀ちゃんが僕の頭をその小さな手で撫でてくれていました。
「……」【もう大丈夫だよ。もう、誰も悲しむことなんてないよ】
「一刀ちゃん……」
「………」
そう。もう悲しむ時間は終わった。
一刀ちゃんも無事に魏に戻った。
西涼の被害も修復できつつあるし、紗江の死は未だに衝撃は残ってるものの、それも一刀ちゃんの存在によって回復されつつあった。
華琳さまは両国に謝りと親善の手紙をだしながら、戦を一旦慎むような様子を見せている。
泣くことなんて何もなかった。
涙は悲しい時に流すものだ。
誰もが嬉しかった。
もう、誰も涙を流す必要はなくなるはずだった。
でもそんな時に、僕はどうして涙を出しているのだろう。
「一刀ちゃん……一刀ちゃはぁあ~~ん……<<ぎゅー>>」
「!………<<ぎゅー>>」【よしよし】
………
僕は負けました。
この戦いで、
一刀ちゃんを置いての華琳さまとの戦いで……
そして、物語は最終回に繋がるでしょう。
「……一刀ちゃん、もう、いいです」
「……」【大丈夫なの?】
「ええ、大丈夫ですよ。一刀ちゃんになでなでされて、大人としてのプライドは見事に半壊されましたけど」
「……」【え?……ごめんなさい?】
「いいえ、結構ですよ。……あのですね、一刀ちゃん、僕少し休暇を貰いたいのですけど…」
【え、休暇って?どこに行くの?】
「ええ、少し……行くところがあるのです」
「……」【……いつ、帰ってくるの?】
「そうですね………実はよく分かりません。一週間後?一ヶ月後?一年後になるかも知れません」
「!」【何それ!駄目!絶対!】
「行かないといけません」
【いや、ダメ!行くとボク、もう二度とさっちゃんと会わないもん!】
「…………」
【……さっちゃん?】
「……一刀ちゃん、僕はですね。楽しかったです。あなたと一緒に居る事ができて……」
【さっちゃん?】
「でも、同時にとても苦しかった。ここにあなたを居させたのは、誰でもない僕だったのですから。僕があの時あなたを事故に合わせなかったら、あなたは普通に家族たちと生きることが出来ました。あなたがここに来るまで苦しんだのも、悲しんだのも、実は全部僕のせいなのです」
【………】
「だけど、信じてください。あの時以来、僕はあなたの幸せのためだけに今まで生きてきました」
【だったら…だったらずっとボクと一緒にいてよ。どうして行っちゃうの?】
「言ったでしょ?あの時以来僕あなたのためだけに生きて来たって…だから、最後までも、あなたのために全てを…捧げるつもりです。それが、僕の償いです」
スッ
………
【…さっちゃん?】
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リアルが忙しくなったので遅れました。
拠点を期待なさっていた方々には申し訳ありませんが、このまま話は終盤へと向かいます。
さっちゃんとしての役目もこれで終わりです。