No.201745

そらのおとしものf 桜井智樹(モテないマイスター)バレンタイン聖戦(前編)

バレンタインデーとリクエストを組み合わせた作品です。
一言で言いますと……ごめんなさい。失敗作です。清清しいほど厨二作品です。
そらのおとしものの皮を被った別作品です。いえ、いつものことですが。
リクエストでもらった
『智樹がヒロインたちをどう思っているかを『少し』真面目に考えて』

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2011-02-15 13:36:31 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:5499   閲覧ユーザー数:5212

 

そらのおとしものf 二次創作

桜井智樹(モテないマイスター)バレンタイン聖戦(前編)

 

 

前回までのあらすじ (*前回はありません)

 武力介入によるモテ男根絶を目指す私設武装組織フラレテルビーイング。

 フラレテルビーイングのモテないマイスター桜井智樹は仲間たちと共にクリスマスイヴにモテ男たちに対して武力介入を計画。だが、支援者であった五月田根美香子が裏切り国家権力と共にフラレテルビーイングを襲撃する。

 五月田根一家・警察連合軍との壮絶な戦いで壊滅していくフラレテルビーイング。戦闘の結果モテないマイスターの1人数学の竹原を失い、他のマイスターたちも散り散りとなり消息を絶った。

 クリスマス決戦によりフラレテルビーイングは崩壊したかに思われていた。

 しかし、それから約40日後、生き残ったモテないマイスターの1人桜井智樹は密かに同志を募りバレンタインデーに対する武力介入を計画していた。

 フラレテルビーイングによる武力介入はまだ終わってはいなかった。

 世界はいまだ変革のうねりの最中にあった。

 

 

 

 福岡県××市空美町。

 農業を主産業とする人口7千人ほどの閑静な田舎町。

 しかしこの閑静な田舎町にはもつ1つの顔があった。

 それは、武力介入によるモテ男根絶を目指す私設武装組織フラレテルビーイングの活動拠点というもう1つの顔。21世紀に入り日本中を震撼させて来たテロ組織の構成員が多く存在するという閑静とは程遠い顔があった。

 クリスマス決戦において壊滅した筈のその組織は、40日以上が過ぎた現在においても空美町を本拠地にして密かに活動が行われていた。

 空美町の南西部に位置する空美神社。

 樹齢4百年の桜を有する広大な丘陵の中に位置するその神社は、神社としての格、人員規模こそ大きくないものの、敷地面積で言えば本殿背後の山1つを丸々抱えている。

 新生フラレテルビーイングの本拠地プトレマイオスはそんな空美神社の敷地の一角、深い雪に覆われた頂上にほど近い中腹に密かに存在していた。

 

「良いか同志たちよ。明日の聖戦では必ずや空美学園の靴箱を占拠し、女子がモテ男の靴入れにチョコレートを忍ばせることを何としても阻止するのだッ!」

「モテ男による女子の乱獲を阻止する為にっ!」

「バレンタインのない理想世界実現の為にっ!」

「清き清浄なる世界の為にっ!」

 学校の体育館ほどの敷地を持つ空間の中に50人ほどの男たちが詰めかけていた。その大半が少年と呼べる若い年齢構成だった。若者たちの大半は空美学園の冬服を着ていた。

「モテない男たちの希望は明日のワシらの戦いにかかっておる。皆の者、心して掛かれっ!」

「モテないマイスター桜井智樹万歳っ!」

「モテない男たちに栄光あれっ!」

 戦国武将風の甲冑を身にまとった桜井智樹は集結していた部下たちに号令を発する。

智樹の一言に大いに士気を高めるフラレテルビーイングの構成員たち。新生フラレタルビーイングは智樹の指揮の下に復活を遂げていた。

 

 アジトであるプトレマイオスは元々智樹が幼少時に作った所謂秘密基地だった。子供が2人入れるほどの小さな横穴を掘っただけの簡易な施設でその後は長年放置されてきた。

 だが、クリスマス決戦により組織が壊滅し、五月田根家という支援者も失った智樹が新本部として目を付けたのがこの秘密基地だった。

 智樹は子供の秘密基地をイカロスたちの持つシナプスの超化学を密かに流用して堅固な軍事拠点に作り変えてしまった。

 プトレマイオスはその構造上数百名の戦士が数ヶ月に渡って篭城を戦い抜ける様に設計されている。だがこの新アジトはその運営において大きな問題も抱えていた。

「同志は、モテない男たちは何人集まっておる?」

「50名ほどかと」

「そうか。…………クリスマス決戦時の20分の1程度か」

 智樹は部下たちには見えない様に小さく溜息を吐いた。

 新生フラレテルビーイングはその組織規模において、昨年末とは比べ物にならないほどに縮小してしまっていた。

 人員面では全盛時の20分の1以下、しかも満足な訓練を受けていない新兵が多く、物資も困窮していた。

武力蜂起の為の武器や資材も全くと断言して良いほどに整っておらず、ただ基地のみが堅固に存在していた。

「支援者がおらねば……聖戦を満足に戦うことも叶わぬ、か」

 智樹は部下たちに見られないように後ろを向きながら大きく溜息を吐いた。

 

 

 

「モテないマイスター桜井智樹、ご報告があります」

 空美学園の冬服を来た若者が1人、智樹の元へと駆け寄ってきた。

「騒々しい。一体、何事じゃ?」

「フラレタルビーイングへの資金、物資の提供を申し出ている者たちが空美神社の本殿前に訪れております」

「何? 提供者じゃと?」

 智樹は大きく目を見開いた。

「つきましては、その者たちがモテないマイスター桜井智樹との面会を求めております」

「ワシとの面会?」

 智樹は顎に手を当てて考え込み始める。

「モテないマイスター。この申し出、アロハーズ(Alohas)による罠かもしれません」

「わかっておる。その可能性はワシも十分に理解しておる」

 アロハーズとはクリスマス決戦後に組織された空美学園自由恋愛治安維持部隊の名称。

女子の恋愛の自由を掲げ、司令官五月田根美香子の下に校内の8割以上の女子生徒が参加している空美学園の治安維持部隊。

クリスマス決戦において当主が行方不明になるなど大打撃を受けた五月田根組に代わり美香子が手に入れた新たなる力。

 美香子はアロハーズの軍事力を背景に空美学園の全権を掌握していた。学園運営陣を傀儡とし、自由恋愛主義の下にモテる美男美女に優しい学校運営を行っている。そしてアロハーズの影響力は校外においても極めて大きく、空美町全体が美香子の統括下に置かれているといっても過言ではなかった。

 だが、アロハーズは女子の自由恋愛を掲げる一方で、自分たちの方針に従わない者たちに対しては容赦のない弾圧を加えていた。

 アロハーズはモテない男たちが女性たちに対してアプローチを採ることを銃と剣で阻止した。未婚者の約8割が純愛(ストーカー)容疑で警察にお世話になっている空美町の男たちにとってアロハーズは恐怖の対象だった。

「じゃが、このままでは明日の蜂起に必要な物資にさえ事欠く始末。会ってみる価値はあろう」

「それでは……」

「その者たちをここに連れて参れ」

 智樹は腹を括り面談に応じることにした。

 

 約15分の時が過ぎ、その時はやって来た。

「フラレテルビーイングへの支援提供を申し出られた方々をお連れしました」

「よしっ、客人にお入り頂けっ!」

 智樹の号令と共にプトレマイオスの超合金の扉が開かれる。

「お招き頂いて感謝するよ、フラレテルビーイングの諸君」

 部下たちに付き添われながら180cmを越える長身で長髪の美男子、ブロンドの髪を靡かせた美少女がゆっくりとアジト内部に歩いて来る。

 私立空美学院の制服である白ランを着た男、同じくセーラー服を着た少女を指で差しながら智樹は驚きの声を上げた。

「お前らは……私立の鳳凰院・キング・義経っ! とその妹」

「ごきげんよう、Mr.桜井」

「その妹ではなく、鳳凰院月乃ですわ。まったく、庶民とはいえ名前ぐらい覚えて頂きたいですわ!」

 月乃と名乗った少女が不機嫌そうに腕を組んで頬を膨らませる。

「私立のお前らがフラレテルビーイングに何の用だ?」

「おいおいおい、Mr.桜井。今は昔のつまらない私怨に囚われている時ではないだろう? それに私立にもモテない男は大勢いる。フラレテルビーイングには昔から我が校の生徒や関係者も参加している筈だが?」

「チッ!」

 智樹の舌打ちが鳴り響く。

 智樹と鳳凰院・キング・義経はかつて学校の威信を賭けてバンド対決を行ったことがある。義経はフルオーケストラを演奏しその教養力と技術力の高さを見せ付けたが、イカロスの美声の前に敢え無く敗退した。

 だが経済的格差を背景に持つ両校の対立の溝は埋まらず、多くの生徒たちは現在まで互いに反発し合っていた。

「……それで、お前たちがフラレテルビーイングへの援助を申し込んだという話だが?」

 智樹は怒りの念を一時飲み込んで交渉へと移る。

 そんな智樹の態度を見ながら義経は爽やかに微笑んで言った。

「Mr.桜井。いや、フラレテルビーイングモテないマイスター桜井智樹。君に提案があって僕はここまで来た」

「お兄様がこんなサルどもの寝ぐらまで来てやったのよ。感謝ぐらいしなさい!」

 義経は智樹の質問には直接的には答えない。智樹は目を半分閉じながら次の質問に入る。

「提案とは?」

「この僕をフラレテルビーイングに参加させてもらえないだろうか?」

「ありがたくもお兄様と私がこのイモ組織に入ってあげようと言うのよ。感謝しなさい、このサルども」

 義経はさも楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 義経の解答を聞いて智樹は瞳を険しく釣り上がらせた。

「武力介入の対象であるお前がフラレテルビーイングに入りたいだと? 笑わせるな!」

 智樹の知る限り義経は大のモテ男だった。義経に毎日群がって来る女性の数は両手の指の数で収まらないほど。

 その為にフラレテルビーイングは義経を武力介入の対象と断定し、クリスマス蜂起の際には主要デート施設に続く第二次攻撃目標に定めていた。

 だが、第二次攻撃が行われる前にフラレテルビーイングは壊滅した為に義経に対する介入も結局行われなかった。

「確かに僕は女の子からよくモテる。ラブレターも毎日10通は来る。そして僕も可愛いレディーたちが大好きさ」

「何だとぉっ!」

 髪を掻き揚げる仕草を取る義経にアジト内のボルテージが急上昇する。一触即発の事態。しかし義経はいきり立つ智樹たちを見ながらそれでも笑っていた。

「だけど今の僕はたった1人のレディーに夢中なのさ。そして僕はそのレディーに全く相手にされていない。愛しい人には振られ、彼女もいない僕にはフラレテルビーイングに入る十分な資格があると思うのだけど?」

 義経は再び髪を掻き揚げた。

「お前が相手にしてもらえないレディーってのは誰なんだよ?」

 智樹は不信感を隠そうともせず瞳と口を細めながら義経に尋ねる。

「僕が心奪われた女性……それは勿論、天使の翼と歌声、そして究極の美貌を持つ女性イカロスさんに決まっているのさ」

「お兄様が私以外の女性に心奪われているだなんて屈辱ですわ~。きぃー!」

「イカロスだとっ!?」

 智樹の激昂した声がアジト内部に響く。智樹は仇を見るような瞳で義経を睨んでいた。

「フッ、Mr.桜井。イカロスさんは君をマスターと呼んでいつも側にいるそうじゃないか。イカロスさんの心を奪っている君の方がよほど武力介入の対象ではないのかい?」

「ウルセェっ!」

 智樹の苛立ちの声は裏返りそうになるほど高かった。

「勿論僕もタダで参加させてもらおうなんて思ってはいない。この僕が君たちに武器と物資を提供しようじゃないか」

 義経が背後に控えていた4名の黒服の男たちにジュラルミン製の大きなトランクを幾つも運び込ませる。その中には雪玉を装てんして発射できる小銃が数丁入っていた。また他のトランクの中には携帯食品が数百食詰められていた。

「……チッ。入りたいなら勝手にしろ」

 届けられた物資の数々を横目で見ながら智樹は舌打ちした。

 五月田根家の援助が打ち切られて以来、フラレテルビーイングは物資の困窮に喘いでいた。モテないマイスターとして義経の援助を断ることなど智樹にはできなかった。

「僕の参加を認めてくれてありがとう、Mr.桜井」

 義経は爽やかを貼り付けたような笑顔で智樹へと微笑んだ。

 

「それでは僕のフラレテルビーイングに掛ける本気を君たちにお見せしようじゃないか」

 義経が恭しく一礼しながら新たな展開を申し出る。

「お前たちの本気だと?」

「まずはこのモニターの映像を見たまえ」

 義経が黒服の男に運ばせていたモニターを智樹たちの目の前に置く。

 モニターには木造2階建ての老朽化したボロアパートの外観が映されていた。

「これは空美男子学生寮か?」

「その通りだよ。これは貧乏庶民の子息どもが蠢いている空美男子学生寮のLIVE映像さ」

「で、このボロアパートが何だと言うんだ?」

 智樹の口調には威嚇と不満の色がありありと見て取れた。

「見ての通りこのアパートは崩壊寸前のボロボロ。ここに住む住民もアパート同様に貧乏でかつ顔やファッションセンスが崩壊寸前の者たちばかり。当然女性たちの人気はない」

「だからそれが何だと言うんだ?」

「だが、このアパートにはたった1人だけモテ男が存在する。この鳳凰院・キング・義経と同じ数のラブレターをもらうという貧乏人の分際で分不相応なモテ男がな!」

 義経は普段の紳士的な態度とは正反対の荒々しい声と態度で画面を睨みつける。

 するとモニターは玄関の扉を開けて出てきた紅顔の美少年を映し出した。女性のようにも見える中性的な顔立ちをした少年は郵便受けを開いて確かめていた。

 少年の郵便受けからは、うら若き女性が差出人と思われるピンクや薄緑色の封筒が多数出てきた。その数は遥かに10通を越えていた。

 少年はその封筒を見ながら困ったようにしてボブカットの髪を指で掻いていた。

「フラレテルビーイングは奴をモテ男と断定し、武力介入を行うことにする」

「武力介入って、お前、一体何をするつもりだっ!」

 智樹が義経に激しい剣幕で近付く。だが、義経はそんな智樹を涼しい眼で受け流した。

「勿論……こうするのさ」

 義経がモニターへと視線を移す。そして次の瞬間、空美男子学生寮は赤い炎の柱を吹き上げた。続いて赤い閃光が画面一杯に映ったかと思うと、アパートが崩壊しながら黒煙を周囲に撒き散らせていく様が映し出される。

そしてモニターは黒煙に包まれ、煙以外の何も映さなくなった。

 モニターは音こそ拾わなかったものの、その映像だけで爆発の凄さを十二分に物語っていた。

「お前っ! 何てことをっ!」

 智樹が義経の白ランの襟首を掴み上げる。智樹の瞳は怒りの炎に燃え滾っている。だがそれでも義経は涼しい態度を崩さない。

「武力介入によるモテ男の根絶こそがフラレテルビーイングの存在理由だと思ったのだが?」

「それでも人にはやっちゃいけないことがあるだろうがっ!」

「フラレテルビーイングにおいてはモテ男のいない理想世界建設が優先されると聞いているのだが?」

「それでも、人にはやって良いことと悪いことがある。あのモテ男への非道行為だけじゃない。あのアパートには多くの同志が、モテない男たちが明日への希望を夢見ながら暮らしていたんだぞ……」

 智樹の体は微かに震えていた。

「世界を変革する為には犠牲は付き物さ。だけど僕にだって心はある。女性には掠り傷一つ負わせることがないように爆発の規模は計算してやったさ」

 義経は笑顔を崩さないまま強い握力で智樹の手を引き剥がす。

「今はただ、1人のモテ男を排除した喜びを噛み締め、理想世界建設の為に犠牲となった12人のモテない貧乏人の男たちの為に哀悼を奉げようじゃないか」

「あぁ~お兄様の下々への愛は無限大ね」

 義経は胸に手を当て首を仰々しく左右に振りながら目を閉じた。その義経を睨みつけるしか智樹にはできなかった。

 

 

 

「モテない男まで無差別に巻き込むなんて……俺はお前のやり方に納得できない……」

 黒い煙しか映さないモニターを見ながら智樹が声を絞り出す。

「Mr.桜井は僕のやり方が気に入らないようだね。ならばこうしよう」

 義経が待っていましたとばかりに自信たっぷりの笑みを浮かべる。

「僕と月乃、それから私立空美学園有志によるフラレテルビーイング構成員は別働部隊、チーム鳳凰院(トリニティー)として別行動を取ろう」

「チーム鳳凰院(トリニティー)だと?」

「Mr.桜井は僕のやり方が気に入らないのだろう? だけど僕たちはモテ男を殲滅した世界の恒久平和の実現という理想で一致している。ならば別々に動いた方が効率的だ」

「お兄様はあなた方のようなサルどもと違って完璧主義者なのよ。甘いやり方など性に合いませんのよ」

「まあ、Mr.桜井がチーム鳳凰院(トリニティー)の存在すら認めたくないのならそれでも構わないのだけどね」

 義経は先ほど運び込ませた武器と食料が入ったトランクを意味あり気に流し見た。

「チッ、わかった。チーム鳳凰院(トリニティー)はそっちで好きにやってくれ」

「ご理解もらえて光栄だよ、Mr.桜井」

 スポンサーである義経の提案に対して智樹が断れる筈もなかった。

 古今東西テロ活動には金が掛かる。その為に治安機関がテロ組織を追跡する場合、人を追うよりも資金の流れを追った方が足取りや組織の概略を掴み易い。

 フラレテルビーイングは義経の援助により再興を果たしたが、同時に義経により命脈を握られることとなってしまった。

「会長といい、鳳凰院といい、ろくな支援者がいないなフラレテルビーイングは……」

 智樹は誰にも聞こえないように小さく舌打ちした。

 

 

 

 義経、月乃たちが去りプトレマイオスは一定程度の平穏を取り戻した。だが、アジトに集結していたおよそ50名のモテない男たちは明日の決戦に向けて心を高揚させていた。

「明日こそモテ男どもに正義の裁きを下してやるっ!」

 モテない男たちは義経から提供された武器を丹念に整備しながら心を滾らせている。しかしそんな最中、智樹だけは気分が乗らないでいた。

「しばらくここを頼む」

 智樹は部下にそう告げると1人アジトを出た。

 

「じっちゃん。俺はどうしたら良いんだ?」

 外の空気を肺一杯に鼻から吸い込みながら小さく溜息を吐く。目の前に転がっている小石を大きく振りかぶって遠くへと投げ飛ばす。

「じっちゃんの理想って一体、何なんだよ? 何で会長や義経みたいな悪党に従わないといけないんだよ」

 智樹の口から次々と漏れる弱音。智樹はモテないマイスターとして、フラレテルビーイング創設者の孫として現状に憤っていた。

 

 フラレテルビーイングは元々その基礎理論を智樹の祖父が半世紀以上前に提唱したものだった。

 稀代のナンパ師にして女性に振られた回数ならばギネスブックに申請できるとまで言われたほどに女好きの男。それが智樹の祖父だった。

 だが智樹の祖父はただのナンパ師で終わる人物ではなかった。半世紀以上前の時点で来るべき自由恋愛時代の到来と、モテ男が引き起こす婚姻率の低下による人類の滅亡を既に予見していた。

 智樹の祖父が若かりし頃の社会では交際・結婚は家族や親類、恩師など周辺の人物の意思により決定される場合が多く、自由恋愛の余地は大きくなかった。その為にフラレテルビーイングが介入する余地もまたほとんど存在せず、彼らが歴史の表舞台に現れることはなかった。

 フラレテルビーイングが本格的な武力介入を始めたのは21世紀に入ってからのことである。恋愛自由主義の旗の下にモテ格差が公然と正当化される時代においてフラレテルビーイングは理想世界建設の為に遂に全面的活動を開始したのである。

 だが、その武力介入の成果は順調とは言い難いものであった……。

 

「くそぉ、俺の力じゃモテ男たちの脅威を取り除くことはできないのかよ……」

 智樹はフラレテルビーイングの再建を果たした。だが、その勢力はクリスマス決戦時と比べて20分の1程度でしかない。

 そして組織所属の多くの猛将たちが決戦で討ち取られ命を落とした。その中には組織の中心人物であり、モテないマイスターでもあった彼も含まれていた。

「……モテないマイスター数学の竹原はモテない男の魂を形にした素晴らしい男だった」

 智樹は昔を思い出すように瞳を細める。

「数学の竹原はチビだった。短足だった。ハゲだった。中年親父だった。そしていつも小難しい理屈を並べて人を悩ませ苦しませていた。およそ女に嫌われる要素を全て持ち合わせている奴だった」

 軽く舌打ちしながら苦笑する。しかし次の瞬間、智樹は瞳を鋭く表情を引き締めながら空を見上げた。

「だけど数学の竹原は……モテない男たちの未来に、世界の未来に対して誰よりも真剣に考え、熱い魂を持つ漢だった」

 智樹は残光が弱くなった夕焼け空の中に浮かぶ太陽をジッと見据える。

 

『モテ男による女性の囲い込みが続けばいずれ人類は滅ぶっ!』

『モテない男たちを救うことは世界の明日を救うことと同義。だからワシはテロリストと化してでも戦う』

 

「アイツは俺に戦うことの意義を、モテない男たちを救うことの意義を教えてくれた」

 智樹は拳を強く強く握り締める。

 

『……桜井よ。ワシの分まで世界に光を照らしてやってくれ。モテない男たちに希望の光を見せてやってくれ。それが、モテないマイスターであるワシの最期の望み……だ……』

 

「そうだ。弱音を吐いている場合じゃない。俺はまだ生きている。俺にはまだモテ男たちに武力介入できる体がある。俺はまだ、自分の意思で動けるんだ」

 両拳が赤く変色するほど力強く握り締める。

「俺が……モテない男なんだ」

 智樹は小さく、だが毅然とした声で言い放つ。決意した少年の顔は夕日を浴びて光り輝いていた。

 

 

 

「鳳凰院の成金ヤロウはどうも信用できねえし、新生フラレテルビーイングの戦力だけじゃ心もとない」

 不安要素を口篭りながら帰宅路を進む。

「だけど、明日の戦いは絶対に負けられない。世界中のモテない男たちに希望の光を見せてやらないといけないんだ!」

気が付くと智樹は全力疾走に近い速度で家に向かって駆け出していた。

「アロハーズは明日の襲撃を予測している筈。俺たちにはアロハーズの防衛網を打ち破る為のもう1手が必要なんだッ!」

 家まではまだ1km以上の距離があった。しかし智樹は構わずに全力疾走を始めていた。

「アロハーズには通常兵力に加えて司令官の会長とそはらがいる筈。あいつらに確実に勝てる戦力と言えば……」

 智樹は空を見上げながら懸命に家へ向かって駆けていく。

 

「イカロスっ、ニンフっ、アストレアっ! 頼みがあるんだっ!」

 智樹は息急きながら桜井家へ居間へと駆け込んでいく。

 乱暴に扉を開けながら前のめりに雪崩れ込むようにして室内に入る。

 だが──

「何だよ、誰もいないのかよ」

 部屋の中はもぬけの空だった。

 溜息を吐きながら居間を出る。続いて台所へと足を踏み入れるがそこにも誰もいない。更にイカロスとニンフの寝室となっている客間にも足を運ぶが空振りだった。

「あいつら揃ってどこ行きやがったんだ?」

 家の中には結局誰もいなかった。縁側に座って肩を落とす。

「イカロスもニンフもアストレアも肝心な時にいねえ」

 智樹が舌打ちを奏でる音が庭に響く。

「あいつらは対アロハーズ戦用の切り札になるって言うのによっ!」

 言いながら智樹は何かに気付いたように大きく目を見開いた。

「畜生ッ! 何で俺、あいつらに好き勝手に命令して良いって思い込んでいるんだよ!」

 再び大きな舌打ちの音。

「しかも兵器として使おうだと? それじゃあシナプスのあいつと何も変わらないじゃねえか!」

 智樹は縁側の木製の床板を音を立てながら幾度も叩く。

「俺はあいつらに自由に生きて欲しいんじゃないのかよ?」

 皮が破れ血が滲んでも殴るのをやめない。

「大体、自由って何なんだよ?」

 床板を殴るのをやめて、代わりにその木目をジッと眺める。

「俺はイカロスたちに本当は何を望んでいるんだよ?」

 木目は何も答えない。それでも凝視し続ける。

「俺の目標が全世界のモテない男たちの解放なら、世界には自由でない人間が満ち溢れていることになる。そんな不自由な人間の1人である俺が、何を偉そうに自由とか自分で決めろとか言ってんだよ……」

 息が詰まりそうになって上を向く。既に陽光はなく、冬空にはいくつもの星々が星座を結びながら夜空に輝いている。

「俺にとってあいつらの存在って一体何なんだよ?」

 夜空の星座の中に智樹が求める答えはない。

「あいつらのことを未確認生物なんて呼んでるけど、本当に未確認なのは俺の心の方じゃねえか……」

 心臓を掴み出すかのように制服を強く引っ張る。

「わかんねえ、わかんねえ、わかんねんだよっ!」

 舌打ちが止まらない。

「俺はあいつらに自由に生きて欲しいんだろ? ええっ、桜井智樹よっ!」

 近所迷惑も考えず大声で叫ぶ。

「くそぉっ。こうなったら明日の決戦、イカロスたちの手は借りねえっ! フラレテルビーイングだけの力で成し遂げてみせる! モテない男の意地を見せてやる!」

 それは智樹の覚悟。

「この夜空を見るのも……今夜が最後、だろうな」

 智樹の……覚悟。

 

 

 

 2月14日午前5時30分。

 プトレマイオスを出発した智樹率いるフラレテルビーイング戦士47名はバレンタインを撲滅すべく空美学園の靴箱に向かって進軍していた。

 部隊が川原まで進軍してきた所でその男は現れた。

「智樹、本当に行くのか?」

「……守形先輩」

 男はフラレテルビーイングの外部協力員守形英四郎だった。

「美香子はフラレテルビーイングを本気で壊滅させようとしている。戦いに加われば、命の保障はないぞ」

「でしょうね」

 智樹の返答はさばさばとしたものだった。

「美香子の圧政は打倒されるに十分な理由を持つ。だが、強大な軍事力に軍事力に対抗すれば……」

「フラレテルビーイングはモテ男根絶の為の組織です。会長の政権を打倒する為の組織じゃありませんよ」

「そうだったな」

 守形は雪がしんしんと降りしきるまだ明けぬ空を見上げる。

「政治は先輩が変えてください。世界は俺が変えますから」

「そうか……」

 沈黙が周囲を包み込む。降り頻る雪が周囲の音を掻き消して沈黙が強調される世界が形成される。

 

 守形は本来フラレテルビーイングと一切の関わりを持っていなかった。

 新大陸の研究に没頭する守形にとってモテ男の根絶を掲げるフラレテルビーイングの思想は接点を持つものではなかった。

 その守形がフラレテルビーイングと接触を持つようになったのは美香子がアロハーズを組織して空美町を陰に陽に操り出してからのことだった。

 支配者として上り詰めていくと共に変貌していく幼馴染の少女を見て、人との関わり合いを拒絶し続けてきた守形の心も動いた。

 守形は美香子を権力の座から引き離すことが必要だと考えるようになった。それはアロハーズの敵対組織であるフラレテルビーイングとの接近をもたらす結果を導いた。

 

「そうだ。先輩に一つだけお願いがあります」

 沈黙を破ったのは智樹の方だった。

「何だ?」

「この手紙を春になったらイカロスやそはらたちに渡してくれませんか?」

 智樹は学生服の内ポケットから白い便箋を取り出して守形に渡した。

「……自分で渡すわけにはいかないのか?」

「今の俺はモテないマイスターですから」

「……そうか」

 守形はそれ以上何も聞かずに便箋を懐へとしまった。

 

「それでは先輩……行って参ります」

「わかった。行ってこい」

 2人の別れは極めて淡白なものだった。

 儀礼的な挨拶以上の言葉は何も交わさない。

 だが2人にとってはそれで十分だった。

 守形は遠ざかっていくフラレテルビーイングを、智樹をジッと目で追っていた。

「……遺書、か」

 空美町の夜明けは午前7時10分。夜明けまでまだ遠すぎた。

 

 

 

 午前6時30分。

「下駄箱を占拠し、バレンタインイベントの発生を阻止するのだぁっ!」

 フラレテルビーイングは空美学園の靴箱を占拠すべく強襲を開始。

「前方よりフラレテルビーイング接近。全部隊、撃ち方準備ッ!」

 空美学園の玄関前には陣を構えたアロハーズ隊員約100名がこれを迎撃。

「突撃ぃいいぃっ!」

「撃てぇッ!」

 フラレテルビーイングとアロハーズは交戦状態に突入した。

 

「モテない男たちの意地を受けてみろぉおおおおおぉっ!」

 義経から支給された雪玉銃を片手に智樹は突撃を敢行する。

「アロハーズ隊員のスカートをめくれぇっ! 制服越しなら胸タッチも許すぅっ!」

「嫌ぁああああぁっ! 変態スケベごきぶりが来たぁっ!」

 エアガンを捨て逃げ惑う女子生徒たち。

 しかし──

「撃ち方始めっ!」

 アロハーズの陣は堅固であり、智樹たちが陣中深く突入すると一斉射撃による反撃を受ける。射撃により3名の戦士が傷付き倒れる。

「チッ。一旦退けぇっ! 奴らの武器の回収は忘れるなッ!」

 智樹の号令と共に一時後退を図るフラレテルビーイング。

 こうして、突撃を敢行する度にフラレテルビーイングは戦士を失い、アロハーズはエアガンをはじめとした装備品を失うという消耗戦を繰り返していた。

 フラレテルビーイングにとって下駄箱までの距離はあまりにも長かった。

 

 

 午前7時10分。

 空美町は遂に日の出の時を迎えた。

「突撃ッ! 突撃ぃ~っ!」

 智樹の檄が飛ぶ。

 交戦開始から40分。

 フラレテルビーイングはいまだ空美学園の靴箱を占拠できていなかった。

 一方でアロハーズは第1、第2防衛ラインを放棄し、玄関前に堅固な最終防衛ラインを引き、兵力を集中して防衛に当たっていた。

「モテないマイスター桜井智樹っ、ご報告があります」

 そんな最中本隊とは別活動を行っていた戦士の1人が智樹の元へと近寄る。

「……チーム鳳凰院(トリニティー)はどうなっておる?」

 智樹は正面を向きながら小声で囁いた。

「ハッ。モテ男に対する爆破テロは数件仕掛けているようですが、鳳凰院義経本隊が私立空美学院を攻撃しているという確認は取れていません」

「……そうか」

 智樹は鼻から息を軽く吐き出した。

「我々の武力介入が世界を変え、世界に住む人々を変えるっ! 明日に続く者が出ると信じて今日を戦い抜くのじゃあっ!」

 智樹は5度目となる突撃を敢行した。

 

 

 

 午前7時15分。

「戦況はどうなっているのかしら~?」

 アロハーズ総指揮官五月田根美香子が校長室を出て最終防衛ラインへと降りて来た。美香子は眼前で繰り広げられている激闘を見ながら他人事のように笑っていた。

「はっ。現状はこう着状態に陥っています」

 美香子の問い掛けに隣に控えていたメガネの女子生徒が敬礼しながら答える。

「戦力は我が方が約2倍であり戦線は維持しているものの、敵の士気は盛んであり波状攻撃が止みません」

「なるほど~。つまり数に物を言わせて戦線を維持しているだけで~、個別の戦闘ではボロ負けって訳ね~」

 美香子はフッと笑い、メガネの少女は肩をビクッと震わせた。

 美香子の瞳には放棄された第1、第2防衛ラインの破壊された塹壕が見えていた。

 更にアロハーズの隊員の約半数が武器を失い素手で雪玉を作りフラレテルビーイングに応戦している様が見えていた。

 そして出撃前に比べて防衛隊の数が3分の1ほど足りない。捕まったか逃亡したかに違いなかった。

「やるわね~桜井く~ん。このままじゃここが突破されるのも時間の問題ね~。もって後5分という所かしら~?」

 美香子の言葉の最中にアロハーズの右翼陣が崩壊する。女子生徒たちは散り散りとなって自転車置き場の方角に逃走を開始する。

「うふふふふ~。新しい戦力を投入しないと~会長たちは負けちゃうわ~」

 弱気な発言と裏腹に美香子の顔は弾んでいる。

 

「見月さ~ん。今日の戦いではやっぱりあなたにも存分に働いてもらうわよ~」

 美香子の呼び掛けに応じ、空手胴着に般若の面を被ったスタイルの良い少女が下駄箱から最終防衛ラインへと出て来る。

「会長。今の私はMissカラテドーです。それ以上でもそれ以下でもありません」

 Missカラテドーと名乗った少女はポニーテールの髪の束を振り回しながら素っ気無く答える。

「桜井くんと戦うことになれば~彼のあなたへの好感度が下がっちゃうかもしれないわよ~。見月さんの負け確定~ってなっても良いの~?」

 美香子は含み笑いを浮かべながら尋ねる。

「くどいです。今の私はMissカラテドー。私の存在理由は乙女の純情を踏み躙ろうとするフラレテルビーイングを殲滅することだけです」

「桜井く~ん。これは血を見るだけでは済まないかもしれないわね~」

 美香子はMissカラテドーの返答を聞きながら楽しげに笑った。

「Missカラテドー、クリスマスの生き恥をおしてこの戦いに参戦するっ!」

 Missカラテドーは生き恥という部分を強調しながらフラレテルビーイングに対して突撃を開始する。彼女の参戦によりフラレテルビーイングの戦線が崩壊するのはそのすぐ後のことだった。

 

 

「モテないマイスターっ! ご報告がありますっ!」

「何じゃ騒々しい! 敵の左翼陣が今落ちようとしている時に!」

 智樹の言葉の最中にアロハーズの女性隊員たちが次々に体育館方面に向かって逃走を開始した。

「よしっ! 左翼陣が落ちたぞぉおおおおぉっ!」

 勝ち鬨の声を上げる智樹と彼に従う15名の部下。

「後は玄関前の本隊だけじゃが、そちらの攻めはどうなっておる?」

「それが……」

 伝令を務める少年は答えを言いあぐねた。

「どうした? 早く答えぬか」

「それが…………壊滅しました」

「何っ!?」

 智樹は目を見開いた。

「般若の面を被った敵の猛将が現れ、たった1人の手により我が軍は壊滅しました」

「猛将とな?」

「空手を操り、特にその殺人的威力を誇るチョップにより我が軍は……グッ」

 伝令が前のめりに倒れる。

 智樹が慌ててその体を支える。伝令の背中には大きな×の字の傷ができていた。

「モテないマイスター……私の仇を……モテない男たちに光をお願いします……」

 伝令はその言葉を最後に動かなくなった。

「この傷、猛将というのはやはり……」

 通常の人間や刃物で付けたというには余りにも鋭利すぎる傷跡。

「やっとみつけたよ。智ちゃん……ううん、桜井智樹っ!」

「やはりお前か、そはらっ!」

 智樹の前に立ちはだかったのは、血に染まった空手胴着を着たMissカラテドーだった。

 

 

中編に続く


 
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