No.201514 バカとテストと召喚獣 アタシと吉井くんとバレンタインの特製ショコラチョコレート2011-02-14 07:05:12 投稿 / 全10ページ 総閲覧数:36842 閲覧ユーザー数:35793 |
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バカテスト 日本史
【第?問】
問 以下の問いに答えなさい
『聖徳太子は十七条憲法を制定し、その中の第1条で『(1)を以て貴きと為す』と定めたとされている』
須川亮の答え
『(1)FFF団の血の盟約に背いたモテ野郎の死』
教師のコメント
モテ野郎ということは先生も死なないといけないでしょうか?
島田美波の答え
『(1)ウチの気持ちになかなか気付いてくれない鈍感男の死』
教師のコメント
死を願うのではなく自分の気持ちを素直に打ち明けてみたらどうでしょうか?
木下優子の答え
『(1)アタシの恋路を邪魔をする全てのお邪魔虫の死』
教師のコメント
えっ? 木下さんはA組の生徒でしたよね?
霧島翔子の答え
『(1)罪には罰を 駄犬には鞭を 浮気には死を』
教師のコメント
どうやら先生は出題を誤ってしまったようです。この問題はみなさんの何かに火をつけてしまったようですね
吉井明久の答え
『(1)僕が主人公のハーレムエンド』
教師のコメント
吉井くんの日本史の点数を0点にします
島田葉月の答え
『(1)バカなお兄ちゃんにいっぱい頭を撫でてもらえること』
教師のコメント
和みますね。もうこれを正解にしたいと思います
バカとテストと召喚獣 二次創作
アタシと吉井くんとバレンタインの特製ショコラチョコレート
2月14日 木下家台所
「秀吉、出来上がったチョコをちょっと味見してくれない?」
「嫌じゃあっ! 姉上の作ったチョコもどきなぞワシは食いとぅない~っ!」
弟は口では味見に文句を言っている。でも根は優しいので椅子に座ってアタシが作ったチョコを楽しみに待ってくれている。
「手錠と足枷まではめられて厳重に縛り上げられたワシを解放して欲しいのじゃあぁっ!」
弟はチョコを楽しみに待ってくれている。
「まったく、お姉ちゃんのチョコが食べたいなんて秀吉ったら甘えんぼさんなんだから♪」
「そんなことは一言も言ったことがないのじゃああああぁっ! ……ブギュッ!?」
弟の口をこじ開けてアタシ特製のショコラを中に詰め込んでから今度は閉じさせる。後は喉の奥に通り易い様にあごにアッパーカットを放ってショコラの球を口の奥へと転がす。
さて、秀吉の反応は?
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、明久ぁあああああぁああああぁっ! ……ガクッ」
「5秒、ね」
計算通りだ。
今日2月14日の朝を迎えてようやくアタシはバレンタインのチョコを完成することに成功した。
最強の料理マイスター姫路さんのチョコにも対抗できる、天にも昇る心地の青酸カリ入りトリカブトエキス配合ショコラチョコレートを。
濃硫酸入りウイスキーボンボンやシリカゲルパウダー入りチョコレートでは秀吉に思ったような反応が見られなくて自信を失いかけていた。けれど、もう大丈夫。アタシは復活を遂げた。やっぱり雛月学園A組生徒の称号は伊達じゃなかったのだ。
「秀吉、早く学校行かないと遅刻するわよ」
口からアーモンド臭を発生させながらいまだ昇天している弟に声を掛ける。弟が遅刻すると姉であるアタシの評判まで悪くなってしまう。
けれど、弟から何の反応もない。心臓も脈拍も止まっている。
「秀吉ったら、寝不足なのかしら?」
秀吉は昨夜遅くまで台所を占拠していた。
時期的に考えてチョコレートを作っていたに違いない。相手はおそらく……。
テーブルの上をグルッと見回す。すると片隅に水色の紙で包装された20cmほどの四角い箱をみつけた。赤いリボンが施されたその箱には丁寧に『友チョコ』の付箋が貼られている。
「どう見ても本命チョコじゃないよ!」
吉井くん宛てに違いないその本命チョコを見ているとアタシの心はざらめく。
秀吉とチョコレートを弟の部屋に運び、今日1日出て来られないように固く封印を施す。
「寝不足の弟の休みを認めてあげるなんてアタシってば本当に弟想いよね」
自分の優しさにちょっと驚きながら、完成したチョコを赤い包み紙でラッピングして抱きかかえる。
「吉井くん……喜んでくれるかな?」
吉井くんの笑顔が脳裏に思い浮かぶと頬が急に熱を帯びた。
今の自分、嫌いじゃない。
恋する乙女な自分、アタシは嫌いじゃない。
アタシは学校へ向かって全力で駆け出した。
学校に到着するとA組には向かわずF組へと目指す。
吉井くんはああ見えて女の子から結構人気がある。きっと吉井くんは今日幾つも女の子からチョコを受け取るに違いない。
でもアタシは一番先にチョコを渡したいので昼休みや放課後まで待っているわけにはいかなかった。
教室の前に立って吉井くんがもう来ているかどうか様子を窺ってみる。
『我らがFFF団の友好組織フラレテルビーイングはバレンタインを根絶する為に本日早朝武力介入を行い、指揮官以下が壮絶な戦死を果たしたという』
『『『我らが同志に黙祷を!』』』
『我らもまた彼らの遺志を継いでバレンタインなどという商業主義に堕落した悪しきイベントを滅しなければならない! 我らにはバレンタインのない健全な生活をこの学園にもたらす義務がある』
『『『了解! 指示を!』』』
『一斉蜂起を行い、女子からチョコレートを受け取る男子生徒をことごとく粉砕せよ! チョコレートの所持は校則違反なり。正義は我らにあり!』
『『『了解!』』』
……うん。いつも通りのF組だ。
扉を1cmほど開けて中を覗くと、覆面をつけた連中が鞭や金属バットを手に忙しなく駆け回っている光景が見えた。
「どれが吉井くんかしら?」
FFF団の教義や行動には興味ない。けれど、吉井くんはそのFFF団の幹部の1人であり、全身黒装束を着て活動しているので困る。
確かにアタシなら愛の力で吉井くんを探し当てることも可能だろう。けれど、もし間違ってしまったら恥ずかしいし、その男の子をこの世から処分しないといけないのも面倒だ。
なので誰が吉井くんなのかまずはよく確かめる。
『一斉蜂起するにあたり、まず襲撃第一目標を決めたいと思う』
『『『了解!』』』
「我らが怨敵坂本雄二がA組代表霧島翔子にチョコレートをもらうという情報を入手した。しかも口移しでプレゼントされるらしい」
『それは本当か?』
「本人から聞いた。口渡し後の詳細な未来日記も本人から聞いた」
間違いない。あの教壇の前で熱弁を振るっている黒尽くめが吉井くんだ。坂本くんを真っ先に生贄に奉げる所も、代表と会話をしていることからも彼が吉井くんであることを指している。
「AからHまでの全部隊、及び予備兵力も投入して坂本雄二を血祭りにあげよ!」
『『『了解!』』』
扉が開いて黒尽くめの男たちが一斉に廊下へと駆け出していく。アタシには目もくれない。この集中力と団結力、他の分野で発揮すれば勉強でも部活でも良い成績を収められるだろうに。でも、しないのだろうなあ。
と、吉井くんはどうしただろう?
「さて、邪魔者はみんないなくなった」
教室にただ1人残っていた黒尽くめは覆面を脱いで素顔を見せた。
吉井くんだった。
吉井くんはFFF団に邪魔をされない為に坂本くんを生贄にしてその追撃に向かわせたらしい。
「そろそろ約束の時間だし、行くとするかな」
吉井くんはクラスメイトを全員追い払ってまで一体どこに行こうとしているのか?
彼が扉を開けて出て来たので慌てて隠れる。
「怪しいわね」
アタシは吉井くんを尾行してみることにした。
それにしても……吉井くんと代表は個人的な会話を交わしている仲なのか。アタシだってよほどの用事がない限り吉井くんと会話する機会なんて滅多にないのに。
「もしかすると吉井くんって、純和風美人が好きなのかしら?」
吉井くんは純和風というか間違えた時代劇口調で喋る愚弟のことも大好きだし。
これからはアタシも髪を伸ばして、挨拶は「ごきげんよう」にしてみようかしら?
と、今はそんなことよりも吉井くんの後を追わなくちゃ。
吉井くんはゆっくりと歩きながら裏門近くへとやって来た。正門前は登校して来る生徒で賑わっているけれど、裏門の方は人気がない。
通学時間帯は限定的に開放されているけれど、靴箱まで遠いこともあってわざわざこちら側の門を潜る生徒はほとんどいない。
つまり、裏門は密かに待ち合わせするには絶好なスポットなのだ。
こんな所に吉井くんを呼び出したのは一体……?
「あっ、アキ~~っ!」
「バカなお兄ちゃ~ん!」
吉井くんに手を振っているのは……島田さん姉妹だった。
「やあ、美波。葉月ちゃん」
吉井くんが爽やかな顔で手を振って2人に応える。
って、しまったぁ~っ!
バレンタインデーの呼び出しなのに何をのんびりと尾行しているのよ、アタシは!
そんなのチョコの受け渡しに決まっているじゃないのよ。
どうしてアタシは吉井くんがF組から出て来たタイミングでチョコを渡しておかなかったのよ!
後悔が渦巻くがもう遅い。アタシにこの時の流れを止める術はもうなかった。
「はいっ。葉月からバカなお兄ちゃんにバレンタインデーのチョコレートなのです」
「ありがとう。家族以外からもらった生まれて初めてのチョコレートだよ」
そしてアタシが一番先に渡す筈だったチョコレートは吉井くんの手に渡ってしまった。
しかも、生まれて初めてのチョコレート……。
アタシは自分が犯した過ちを愚弟の命をもってしか償えないかもしれない。
「ぶ~ぶ~。葉月のチョコは本命なのですからバカなお兄ちゃんにはもっと興奮を体で表現して欲しいのです」
「十分喜んでいるよ、葉月ちゃん」
吉井くんは島田さんの妹さんの頭を撫でる。妹さんはとても心地良さそうに目を閉じている。妹さんは吉井くんを信頼しきっているようだ。
そんな妹さんを島田さんは微笑ましさ半分、嫉妬半分の表情で見ている。それってつまり──
「吉井くんは小学生もストライクゾーンなのっ!?」
吉井くんは純和風美人が好みで小学生もストライクゾーン。どちらの属性もアタシとは相容れない。
アタシの恋愛お天気予報に雨雲のマークが張られていく。
「良かったわねぇ、葉月」
島田さんは笑顔を浮かべながら何気なく妹さんの肩を持って吉井くんから引き離す。アタシと同じような危機感を抱いているに違いない彼女の対応は的確だった。
そして、厄介だった。
「それと、これ、ウチからアキへあげるわ」
「えっ? 美波が僕に?」
そう言って島田さんが吉井くんに渡したのは綺麗に包装された30cm近い大きさの黄色い包みだった。
「あの、開けて良いの?」
「アキにあげたんだから好きにすれば良いじゃない」
島田さんの口調は乱暴。でも、10m以上離れているここからでもわかるぐらいに顔が真っ赤に染まっている。吉井くんは全く気付いてないみたいだけど。
「あっ、チョコレートだぁ。ありがとう美波」
吉井くんの手にある物。それはハートの形をした大きなチョコレートだった。表面にはホワイトチョコレートで作られた花が添えられており、中央部には何かアルファベットらしき文字が書かれているのが見えた。
「ぎっ、義理なんだからね! 葉月がいつもお世話になっているという感謝の気持ちの義理なんだから! 勘違いしないでよね!」
義理で直径20cmを越えるハート型の手作りチョコを贈る人はいないと思う。
「義理だってことはわかっているよ」
吉井くん。そこは素直に受け取っちゃダメでしょうが!
ほらっ、島田さんが泣きそうになっている。恋のライバルとはいえもらい泣きそうだ。
「ところでこの中央の文字、何て描いてあるの? ドイツ語っぽいけど」
「えっとぉ……それは、ね……」
島田さんは返答に困っていた。ということはやはり……。
「えっとですね。その文字はドイツ語で世界で一番あなたを愛してま……うぷっ」
島田さんは妹さんを羽交い絞めにして口を塞いだ。
「友情万歳って描いてあるのよ」
「美波らしい言葉だね」
「そっ、そうでしょ……」
それ以上言わないであげて、吉井くん。島田さんが本気で泣いてしまいそう。そして島田さんに口を押さえられたままの妹さんが大変なことになってしまう。
と、ここでタイミング良く予鈴のチャイムが鳴った。
「それじゃあウチは葉月を小学校まで送ってから登校するから、ちょっと遅刻するって西村先生に言っておいて」
「う~う~う~」
言うが早いか島田さんは妹さんを抱えたまま裏門を抜けて走り去っていく。
何て言うか、アタシに似て恋愛に不器用な人だと思う。
「えへへ。女の子から2つもチョコもらっちゃった」
でも、島田さんは吉井くんにちゃんとチョコレートを渡した。
島田さんはアタシの先を行っている。それは確かだった。
少し気落ちしながら教室に戻る。
HR開始までもう時間がないのに代表の姿が見えない。坂本くんと追いかけっこしているに違いない。
「やっほぉ~優子~」
愛子が声を掛けて来た。
「ごきげんよう、愛子」
この子はいつも元気だ。見ているこちらが呆れてしまうぐらいに。
「ごきげんよう?」
「新しい自分創造よ」
「はっ?」
説明するのも面倒くさい。
「ところで優子はもう吉井くんにチョコを渡したの?」
「なっ、なっ、何でアタシがっ!?」
いきなり直球ど真ん中で来た。
「だって優子は吉井くんのことが好きなんでしょ? 今日は愛の告白の絶好の機会じゃない? 『好きです。付き合ってください』って言っちゃえば良いじゃない」
「恥ずかしいことを口に出して言わないでよ!」
愛子が女じゃなかったら今頃背骨の1、2本は折っている所だ。
まあ、愛子の冗談はみんなに知れ渡っているから誰も本気にはしないだろうけど。
「ボクは冗談じゃなくて本気で言っているんだよ?」
「なお悪いわよ!」
本当に、愛子がボーイッシュな女の子じゃなくて、ガーリッシュな男の子だったら首の骨の1、2本は折っているものを。
「でも優子が吉井くんのことを好きなのはA組のみんなが知ってるし」
「本当なの!?」
360度見回して周囲の反応を窺う。
するとクラスメイトたちはことごとく気まずそうに視線をアタシから逸らした。
「優子の態度、バレバレだし。それに、この間優子が風邪引いて休んだ日のHRで高橋先生が人間教育の一環として優子と吉井くんをくっ付けるにはどうすれば良いかってみんなで真剣に討論したし」
「あの先生、やっぱりどこかがずれているわよね……」
脱力感に襲われる。
高橋先生は真面目で頭が良く、頼りがいもある先生なのだけど、どこかが激しく抜けている。
「それで優子は裸にリボン巻いて『チョコと一緒にアタシを食べてください』って言ったの?」
「そんなことできるわけがないでしょうが!」
「確かに優子の胸じゃ吉井くんもガッカリだろうしね」
「愛子よりは大きいわよっ!」
どうしてこう、この子はすぐに中年親父みたいなエロトークに持っていくのだろう?
「そういう愛子こそ、土屋くんにチョコレート渡したの?」
「なっ、何でボクがムッツリーニくんにチョコレートを渡さないといけないのさっ!」
中身は結構純情少女なのに。愛子の狼狽っぷりは見ていて面白い。
「土屋くん、小柄で無口で可愛いから、上級生の先輩たちから結構人気あるらしいわよ。今日チョコレートを渡しておかないと誰かと付き合っちゃうかもね~」
「ぼっ、ボクには関係ないよ!」
顔中真っ赤にしちゃって可愛らしい。
「ううっ……優子は意地悪だよ」
「愛子には負けるわよ」
そんなガールズトークをしていると高橋先生が入って来た。
「みなさん、席に着いてください。重要なお話があります」
先生の声は今日も凛々しい。けれど、格好が変だった。先生は迷彩服にヘルメットを被っていた。まるでこれから戦争でも始まるかのようだった。
「今日は授業を中止にして……みなさんに殺し合いをして頂きます」
そして昔社会的に注目を浴びた映画みたいなことを言い出した。
「F組の男子生徒、及び彼らに同調する他クラスの男子生徒が暴徒と化して校内で暴れ回っています」
何をしているのだろう、この学校の男共は?
そう言えばA組の男子生徒も何人かいない。FFF団に同調したのだろうか?
「ヤレヤレ。困った者だね、彼らにも」
久保くんは大きな溜息を吐いている。
「バレンタインデーは女子から男子にだけ贈り物をする日ではないと言うのに。ふふふふふ、吉井くん!」
その口調から久保くんがFFF団を拒絶する理由がわかった気がする。やはり久保くんもアタシのライバルであるようだ。
「彼らが女子生徒の気を惹こうとアピールしたいという気持ちはわからなくもありません」
そんな可愛い奴らではないと思います。
「ですが彼らの行動は船越先生(46歳独身♀)を刺激してしまいました。事態を重く見た学園長は暴徒追討令を発令しました」
暴徒追討の理由が如何にも文月学園らしいと思います。
「そういうわけで皆さん、人間教育の一環で武器を持って暴徒たちと戦ってください」
武器を持って暴徒と戦うことのどこが人間教育なのだろう?
「ただ今主戦場では西村先生とF組の島田さんがF組男子生徒たちをちぎっては投げちぎっては投げ、デストロイでターミネートでエクスキュートを行っているそうです」
「先生、今日は自習にしましょう」
久保くんの一言でA組は自習となった。
自習ということで空き時間ができてしまった。
F組もどうせ自習。というか戦争状態で授業どころではないだろう。なので少し吉井くんの様子を見に行こうと思う。
「優子も狩りに馳せ参じるの?」
「狩りって何よ。狩りって」
「優子の軍事力も加わればFFF団ももうすぐ全滅かなって思ったんだけど?」
「アタシは平和主義者よ」
愛子はアタシのことを何だと思っているのだろう?
愛子を放置してA組を出る。
「あっ。吉井くんに愛の告白しに行くんだね。頑張ってねぇ」
愛子に続き、A組の生徒たちが何人も廊下に出てきてアタシを見送る。
恥ずかしいったらない。
愚弟がいたら憂さ晴らしに骨の200本ぐらい折ってやりたいぐらいだ。
F組に到着する。
中を覗くと誰もいなかった。
FFF団は西村先生たちから逃走中なのか、それとも捕まって補習室に送られたのか。
だけど、西村先生と共に参戦している島田さんはともかく姫路さんまで教室にいないのはおかしなことだった。
「真面目な姫路さんが一体どこに? ……ま、まさか!」
その可能性に思いが至ると同時にアタシはダッシュを始めていた。
彼女の領域である屋上に向かって。
屋上へと続く扉を開ける。
するとそこにはアタシが予感した通りの見たくない光景が展開していた。
「吉井くん、これを受け取ってくださいっ!」
姫路さんが吉井くんにチョコレートを渡していた。
ピンク色の包みに入った大きなチョコレート。
「姫路さんからチョコレートをもらえるなんて、本当に嬉しいよ」
吉井くんはニコニコしながらチョコレートを受け取ってしまう。
「このチョコは本命っ……じゃなくて、ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎ、義理チョコですよぉっ!」
「そんなに念を押さなくても義理チョコなのはわかってるから」
そしてやっぱりわかってない男が1人。何でこの男はこんなに簡単にフラグをへし折るのだろう?
「ううう。明久くんは何でこんな時だけ物分りが良くなっちゃうんですか……」
島田さんと同様に姫路さんはチョコを渡せたのに沈んでいた。
「あっ、そうだ。明久くん」
「何、姫路さん?」
「そのチョコレートを少し食べてみてくれませんか?」
吉井くんの動きが止まった。
「一口サイズのチョコを幾つも入れておいたので、食べ易い筈ですよ」
流石は料理上手で気配り上手な姫路さん。食べてもらい易さまで考慮に入れている。
だけど吉井くんはそれを聞いて体を震わさせ始めた。一体、どうしたのだろう?
「えっと、僕、実はチョコは牛乳と一緒じゃないと食べられない体質なんだ。だから……」
「じゃあ牛乳を買って来ます!」
姫路さんは普段の鈍くさいイメージからは想像できない速さで屋上を駆け下りて行ってしまった。
「僕の処刑の時刻が刻一刻と迫っている。これは異端審問会の血の盟約に背いた罰、なのかな?」
吉井くんは空を見ながら黄昏ている。本当にどうしたのだろう?
「よぉっ、明久」
黄昏ている吉井くんの前に坂本くんが現れた。坂本くんの制服はボロボロに破れ、右側の袖は引きちぎられている。
詳しく聞くまでもなく代表との追いかけっこでああなったのだと思う。
「ああっ、何だ、雄二か。幸せ者は僕に話し掛けないでよ」
「俺はお前が翔子に余計なことを吹き込んだせいで、嫉妬に狂った翔子に追われて危うく死ぬ所だったんだぞ!」
「僕はただ、霧島さんに最近雄二はよくC組代表の小山さんと話をしているよって言っただけだよ」
「それが俺にとっては処刑宣告だって何故わからないっ!」
たまに思うのだけど、吉井くんと坂本くんって本当に仲が良いのだろうか?
「あっ、そうだ雄二」
何かを思いついたらしい吉井くんはパッと顔を輝かせた。
「何のようだ?」
「このチョコレートを食べてくれないかな?」
吉井くんは躊躇なく姫路さんのチョコの包みを開いた。えっ?
「一つ確認したいが、そのチョコの贈り主は誰だ?」
「……えっと、霧島さん?」
「嘘だっ!」
坂本くんの喝が飛ぶ。
「お前が女子にもらったチョコレートをわざわざ俺に寄越そうとするわけがあるか! そのチョコはどうせ姫路特製のチョコレートに決まっているだろうがぁっ!」
「そこまでわかっているなら話が早い。僕の代わりに……死んでもらうよ」
次の瞬間、吉井くんの姿が一瞬にして消えた。と、思ったら、次の瞬間、坂本くんの背後に現れた。
「明久、テメエッ!」
「霧島さんと9時間耐久鬼ごっこをしている雄二の消耗した体力で僕に敵う筈がないじゃないか」
そして吉井くんは背後から坂本くんの口に姫路さんのチョコを放り込み始めた。
こ、これって……!
「さようなら、雄二。君には崇高なる使命の為に死んでもらうよ」
「うぉおおおぉっ! チョコレートと胃酸が混じってアーモンド臭が漂ってくるぅ。こいつは青酸カ……リ……ガクッ」
「姫路さんを悲しませないという崇高なる使命の為にね。さて、これでFFF団の敵も打ち滅ぼしたわけだ」
これって……やっぱり雄二×明久っ。ううん、レア度が高い明久×雄二の下克上っ!
やっぱりリアルでもそうだったのね。あの2人の視線の絡まりあい方、いつも怪しすぎるって思ってたのよ。同人誌の内容は正しかった。それをアタシは再確認した。
それにしても姫路さんがチョコレートにアタシと同じく青酸カリを使ってくるとは。やはり彼女の料理技術は侮れない。僅か5秒で坂本くんは天に昇ってしまった。
いずれ、彼女とは1対1の料理対決で白黒付けたいと思う。
「明久く~ん」
「やあ、姫路さん」
「あっ、そのチョコ食べたんですね。お味は如何でしたか?」
「とっても美味しかったよ」
「本当ですかぁ~?」
「それじゃあ、一旦教室に戻ろうか」
「はいっ」
坂本くんの亡骸が姫路さんから見えないように隅の方に蹴り転がしながら吉井くんは屋上を出て行った。
「島田さんに続いて姫路さんまでチョコを渡すなんて……アタシもこれ以上遅れを取ってられないわ!」
大空に向かって決意を叫ぶ。
志半ばで未亡人になってしまった代表の分まで幸せになろうと硬く心に誓った。
島田さん、姫路さんという恋の強敵(とも)の行動に触発され、アタシも本腰を入れて吉井くんにチョコレートを渡すことを決意した。
これまで読んできた恋愛小説の知識を全て動員してチョコレートを渡す最高のシチュエーションを選択する。
「やっぱり、これしかないわよね」
アタシの考えた作戦。
それは、文月学園に存在する伝説の木の下に意中の相手を呼び出して、裏に隠れて待つというものだった。……鈍器を持って。
「けど、この学校に伝説の木なんてなかったわよねえ」
完璧な作戦にも存在するちょっとした綻び。
「まあ、伝説の木は適当にでっちあげて手紙に地図を同封して送れば良いかしらね」
伝説がなければアタシが作れば良い。アタシと吉井くんが結ばれることで伝説は真実になる。
「後は吉井くんを呼び出す手紙だけれども……」
アタシは今読んでいる乙女小説を参考にしながら手紙を書いて、吉井くんのちゃぶ台に貼り付けておいた。
『Hey! 気になっちゃってる貴様。
話があるYo。10時に伝説の木の下で貴様を待っちゃってるYo!
尻を磨いて来ちゃってくれYoh! 』
堅苦しく書くと吉井くんの負担になりそうだから、シンジを巡るユウイチの恋のライバルで陽気なアメリカンのジョージの手紙の書き方を真似してみた。
これならどんな男の子でも簡単に誘い出せるに違いない。
だけどアタシが呼び出したなんて思われると恥ずかしいので自分の名前は書けなかった。
まあそんな些細なことはこの大事の前には何の関係もないだろうけど。
「さあ、吉井くん。掛かってらっしゃい!」
代表のアドバイスに従って毎日持ち歩くようになった押印済みの婚姻届を抱きしめながら気を落ち着ける。
アタシの決戦の時は近かった。
「どうして、来ないのよ……」
午前10時半。アタシが伝説の木と定めた杉の木の下に吉井くんはまだ現れていなかった。アタシは茂みの中に30分以上隠れっ放しだった。
もしかすると姫路さんや島田さんが吉井くんを既に囲ってしまった可能性もある。坂本くんが地獄から蘇って吉井くんを囲っている可能性もある。
何にせよ、吉井くんがアタシの元にまだ現れていないのは事実だった。
「吉井明久を探し出せぇっ!」
「FFF団残存勢力の総力を挙げてあの裏切り者だけは血祭りにあげるんだぁっ!」
「3人の女の子からチョコをもらった幸せ者を生かしておくことは天の理に適わず。地獄へと放り込んでやれ!」
代わりにFFF団の残党らしい3名が手に凶器を持ちながら周囲を徘徊している。
なるほど。彼らがいるから吉井くんはアタシの元に来られないのかもしれない。
となれば、やることは一つ。
「おままごとをしましょう。アタシが取調官役で自白を強要するから、アンタたちは容疑者で死んでも喋らない役ね」
茂みから出て彼らの前に現れDeathゲームが開始されたことを告げる。
「へっ?」
「そんなイカれたおままごとがどこにある?」
「って、その右手に構えた大きな丸太は何ぃっ!?」
鈍器ってとても便利だ。
大抵のトラブルは解決できてしまう。
そんな鈍器を持って待っていたアタシの先見の明に自分でも感動してしまう。
「サーチ&デストロイ♪」
「「「ぎゃぁあああああああああぁっ!!」」」
これで警備が手薄になったここに吉井くんがやって来るのも時間の問題だろう。
流石はアタシ、だ。
「こっちにはFFF団の警備網が敷かれていないみたいだ」
それから5分後。周囲を警戒しながら吉井くんが伝説の木へと近付いて来た。
アタシの読み通りだ。
後は……女は度胸よっ!
「よっ、よっ、吉井くん。ごきげんよう!」
茂みを掻き分けて吉井くんの前へと飛び出る。
「うわっ!?」
吉井くんは大層驚いた声を上げる。
「そんなに大声上げて失礼ね。アタシよ。木下優子よ」
「あっ、何だ。お姉さんか。てっきりFFF団の残存部隊かと思ったよ」
手で額の汗をぬぐう吉井くん。
安心して。あなたを狙った悪い奴らなら、アタシの後ろで樹木の養分と化しているから。
「それで、お姉さんは僕に何か用かな?」
「用って……吉井くんはちゃぶ台に置いてあった手紙を読んでここに来たんじゃないの?」
吉井くんは首を捻った。
「確かに僕宛に脅迫状だか果たし状は来ていたけど、お姉さんからの手紙はなかったよ」
「脅迫状!?」
何てことなの。アタシの吉井くんを狙う卑劣な脅迫者がいるなんてっ!
そいつはきっとアタシのラブレターを密かに処分して代わりに脅迫状を出したに違いない。許せないっ!
「大丈夫だから。吉井くんは死なないわ。アタシが守るからっ!」
「お姉さんにそう言ってもらえると心強いな」
あっ、何だか良い雰囲気じゃないかな?
この雰囲気を利用して一気に決める!
お父さん、お母さん。今までお世話にお世話になりました。
優子は今日、彼氏を持ちますっ!
「あ、あ、あのね、吉井くん。渡したいものがあるの!」
「渡したいものって?」
勇気を出すのよ、アタシ。今こそ人生最大の勝負の時っ!
「アタシねっ、吉井くんにバレンタインのチョコレー……」
「明久ぁああああぁっ。助けて欲しいのじゃぁああああああぁっ!」
アタシの一世一代の告白を邪魔する聞き慣れた声。
昇天して部屋の中に封印した筈の愚弟の声が聞こえた。しまった。アタシとしたことが天井裏を塞いでおくのを忘れていた。
「秀吉っ、一体どうしたのっ!?」
せっかくアタシの方に関心を向けていた吉井くんが愚弟の方を振り返ってしまう。
……アタシは今のこの気持ちを一体どう表現すれば良いだろう?
「FFF団の連中がしつこく追って来るのじゃあっ!」
「「「秀吉っ、その手に持っているチョコレートをくれぇえええええぇっ!」」」
有象無象が愚弟のチョコを狙っている。
愚弟もさっさとあいつらにチョコあげちゃえば良いのに。そしてあの有象無象の誰かと付き合っちゃえば良いのに。そして身も心も滅茶苦茶にされちゃえば良いのに。
「秀吉っ! 早く僕の所に来てそのチョコレートを寄越すんだ。そうすれば秀吉はもう狙われなくなる」
「そっ、それは…………わかった。明久がそんなにこれを所望するなら渡すとしよう。うむ、それしかワシが助かる手段がないのなら仕方がない」
愚弟め。顔中真っ赤にして何をそんなに嬉しそうな表情を浮かべているの?
アンタ、最初から吉井くんにチョコレート渡す気満々だったでしょうが?
何で頼まれたから仕方なく渡すみたいなスタンス取っているのよ?
「明久よ。あ、あくまでもこれは友チョコじゃぞ。友達の証としてのチョコじゃ」
「わ~い。秀吉からの本命チョコをもらえるなんて僕は本当に幸せ者だぁ~っ♪」
「ほっ、本命チョコではなっ…………いようなそうであるようなその、あの、じゃ」
アタシ、ここ何年も愚弟のあんな幸せそうな顔を見たことがない。
そして吉井くん。島田さんと姫路さんの時は義理チョコと一刀両断したのにどうして愚弟からのチョコレートは本命と決めてしまうの?
男同士の愛は背徳的で雅で極上に素敵だけど生産的ではないわよ。
顔は同じでも、アタシと愛情を育めば子供だって野球チームを結成できるぐらい量産できるわよ。アタシの方がお得、よね?
「美味しいよぉ~。秀吉の本命チョコ~」
「本命ではないと言うのに。じゃが、明久が喜んでくれて何よりじゃ。頑張って作った甲斐がある」
「まさに天にも昇る心地だよぉ~。僕もう、いつ死んだって構わないよぉ」
「はっはっは。明久は大げさじゃな。じゃが、ワシも同じ気持ちじゃ」
ふ~ん。
「2人とも、そんなに天に昇りたいんだ」
チョコレートの包みを開ける。
中にはアタシが作った特製ショコラ。
「吉井くん、秀吉。2人にアタシからバレンタインデーのチョコレートをあげるね」
右手と左手に1つずつショコラを握る。
「えっ? 本当? 嬉しいなあ」
「あっ、あっ、姉上……いつからそこに……ひぃいいいぃっ!」
パッと顔を輝かせる吉井くんと恐怖で全身を震わす愚弟。
「秀吉はともかく、異端審問会の裏切り者、吉井明久がこれ以上幸せになるのは我慢ならないっ!」
「今こそ吉井明久に神罰を下す時っ!」
「吉井明久に死をっ!」
「黙りなさいッ!」
有象無象の戯言を一喝してかき消す。
「吉井くんっ、秀吉っ、アタシが丹精込めて作ったチョコレート。味わって食べてねっ!」
2人に向かってダッシュを敢行し、掌底の構えで口の中へとチョコレートを叩き込む。そして吐き出すことがない様に2人の顎をきつく押さえて喉の奥へとチョコを転がしていく。少しして2人がチョコを咀嚼する音が聞こえた。
「5、4、3……」
「そのカウントダウンは一体何なのっ!? お姉さんっ!?」
「明久。今日までの日々、楽しかったぞ。もしも生まれ変わってまた巡り合えたら、今度こそワシはお主と……」
「秀吉は一体何を言っているのっ!?」
「2、1……0」
無情なるカウントダウンの終焉。
「く、口の中からアーモンドの臭いが吹き上げてくる? これって、雄二が姫路さんのチョコを食べた時と同じ反の……ガクッ」
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、明久ぁあああああぁああああぁっ! ……ガクッ」
2人は美味しさのあまり昇天してしまった。
「で、さっき吉井くんに死がどうとか言っていなかったかしら?」
振り返ってFFF団の残党を見る。
「いえっ、何でもありません」
「我らFFF団は木下優子様を最高死刑執行官(ターミネーター)として特別待遇で迎え入れたいと思います」
「異議なしっ!」
こうしてアタシはFFF団の最高死刑執行官に就任した。
「じゃあ、執行官として最初の仕事ね。アタシのバレンタインを邪魔した、アンタたち全員死になさいッ!」
「「「そんなっ、殺生なぁあああああぁっ!」」」
アタシはショコラを男子たちに大盤振る舞いして回った。黒尽くめの男たちがこの地上から1人もいなくなるまで。
「ね~優子の戦果はどうだったの?」
血のバレンタインを終えて教室に戻ると早速愛子に質問されてしまった。
「チョコを渡すのには成功したけれど……進展に関してはほとんど何もなかったわ」
吉井くんはアタシがチョコをあげると言ったら顔を輝かせていた。アタシからチョコをもらうことを嫌がっていない。今日の戦果といえばそれぐらい。
「代表も坂本くんがみつからないって凄く落ち込んじゃってるし、なかなか上手くいかないよねぇ」
坂本くんは姫路さんのチョコを食べて昇天しちゃったし、みつからないのも仕方ないかもしれない。
「そういう愛子こそどうなのよ? 土屋くんにチョコ渡せたの?」
「だから何でボクがムッツリーニくんにチョコをあげないといけないのさ! 大体、ムッツリーニくんは3年のお姉さんからチョコをもらっている所をFFF団にみつかって処刑されちゃったからボクのチョコレートを受け取れる筈がないんだよ」
「土屋くんのことをよく見てるのね」
「ううっ、やっぱり優子が意地悪だよぉ」
A組女子の恋はなかなかに前途多難らしい。こればっかりは教科書に答えが載っていないから仕方がない。
「ねえ、優子。ボク、バレンタインデーってもっとラブラブな雰囲気が飛び交う時空間だと思っていたんだけど」
「そうねえ。今日文月学園で飛び交っていたのは血と狂気だったわね」
おかげで吉井くんにまともにチョコを渡すことができなかった。
「ねえ、優子?」
「何?」
「優子は今日何人やったの?」
「13人よ」
「ちょっとスッキリしたんじゃない?」
「……ちょっとだけ、ね」
アタシは愛子と顔を見合わせて笑った。
了
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バレンタインデー用のネタ作品です。
バカコメでラブがほとんど見当たりません。
優子さんの料理の実力がまだ発表していない その5 に基づいています。
後、優子さんに関して原作9巻風味が追加されています。
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