「ふーん、なるほどね。つまり、全部オタメガのせいなわけだ」
だいたいの事情を聞いたちひろはそう呟いた。
歩美がエルシィから話を聞いたのも、その後桂馬に詰め寄ったのもどっちも教室の中の出来事だ。2-Bの生徒なら誰でもある程度は事情を知っていた。
「そう。ヒドイことするよねー」
多少の尾ヒレがついているにしても、ちひろにも桂馬に非があるように思えた。
もしエルシィの話を先に聞いていればねじ込みに行ったのは自分だったろう。
(みんなが冷たい眼で見るわけだ。特にモテない男子たちはムカつくだろうなー。なんだかんだ言ってエリーは人気あるし)
当の桂馬は、完全アウェーと化した教室内でも集中を切らさずゲームをしている。体育の授業中すらゲームをしてのけるくらいだ、多少冷たい目で見られることなんてなんでもないのだろう。
だが、今は普段どおりなことが周囲の反感をより多く買っていた。エルシィや歩美の気分がよくなるはずもない。
謝らせるのは無理にしても、なんとか桂馬の方から歩み寄らせる必要がある。
(やっぱりメンドイなー。私の柄じゃないっていうか……でも、しょうがないか)
いつもの毒舌を叩きつけるわけにもいかず、妙な役回りを引き受ける羽目になった元凶をちひろは睨みつけるだけで我慢した。
神のみぞ知るセカイSS
ほっと・ちょこれーと
時は過ぎて昼休みのこと。
桂馬は南校舎の屋上で左手にサンドウィッチを、右手にPFPを持ってベンチに座っていた。
もそもそとトマトサンドを食べているうちに、PFPが短くアラートを鳴らしてダウンロードが終わったことを知らせる。
反応した桂馬が視線を戻すと、画面の中ではヒロインがハート型のチョコを差し出していた。
今日はバレンタインだが、桂馬にとっては世の多くの男子と違い、限定イベントの日だ。
教室の中は電波が弱く、ダウンロードが上手くいかないので桂馬はここに移ってきたわけだ――――実は他にもっと通信状態の良い場所はあるのだが、そちらはとある事情で使いにくい。
(やはりゲーム女子が一番だな。うるさいこと言わないし、常にボクを暖かく迎えてくれる)
桂馬はそんなことを考えながら別のゲームを起動させる。
昼休みは短い。サクサク進めないとイベントが回収できないヒロインが出てしまう。
手早くサンドイッチを片付け、懐から別のゲーム機を取り出そうとした時、
「桂木、やっと見つけたっ!」
そんな声が聞こえてきた。
「……今度は誰だ?」
桂馬が声のした方へ顔を向けると
「何でこんなとこでお昼食べてるんだ?寒くないの?」
そこにはクラスメートの小坂ちひろが立っていた。
(チッ、こういう展開を避けるために屋上まで移動したってのに……)
より通信しやすい場所を選ばず、あえて屋上を選んだ理由はこれだった。
今日は朝からエルシィ、歩美と立て続けに二度、絡まれている。三度目がないとも限らない。
そう考えた桂馬は人目につきにくい場所にいたのだが、そんな配慮も結局無駄になってしまった。
「ここは静かで落ち着くからな。図書館の次くらいに」
桂馬が半ば拒絶するように答えるうちに、ちひろは素早く同じベンチに腰を落ち着かせた。
「ふーん……だからっていくらなんでもここは寒すぎでしょ。もっと風が当たらないとこに行こうよ」
身体を縮こまらせながらちひろが言葉を返す。
「ボクはここで十分だ。お前と長話するつもりもないしな……それで、何か言いたいことでもあるんだろ?さっさと言えよ」
「……じゃあ、そうさせてもらう」
ちひろは桂馬の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「アンタだってさ、ちょっとくらいは『悪いことしたかなー』とか思ってるんでしょ。素直に謝っちゃえば?」
「何のことだ?」
「エリーと歩美のことよ。わかってるくせに惚けんな」
「……わざわざこんなとこまで来てご忠告とはな」
「私だって面倒だって思ってる。けどさ、エリーも歩美も友達で、バンドのメンバーで……2Bペンシルズのリーダーなんて言ってるからには放っておけないじゃん……え、演奏にも影響するしさ」
(それにアンタにはなんか大きな借りがあるような気がするんだよねー。そんな覚え、全然ないんだけど)
柄にもなくクサいことを言っていると自分でも思っているちひろは落ち着かない様子だ。しかし、それでも桂馬から目を逸らしたりはしなかった。
「ボクが謝ることなんてない。あんな危険物を口に入れろって方が無茶なんだ」
「エリーはアンタの親に手伝ってもらったから大丈夫って言ってるけど?」
「どこまで本当か、わかるもんか」
「つきあい長いんだし、エリーは嘘なんてつけないってアンタもわかってるよね」
「それでも歩美は食べようとしなかった。友達とか言ってるくせにな」
「友達だからだよ。あのチョコはエリーがアンタのために作ったんだからさ、それを差しおいて先に食べるなんて出来っこないよ」
ちひろがそう言うと、桂馬はしばらくの間黙って考えこむようにしていたが
「……エルシィも、歩美もなんでこんなに必死なんだ……お前だってそうだ。普段のちひろならわざわざこんなこと、言いに来たりしないだろ」
口をついたのはそんな疑問だった。
(ホント、こいつって頭いいんだか悪いんだかわかんないよ。なんでこんなことも分かんないの?)
試験問題を完璧に予想してみせるくせに、自分ならちょっと話を聞いただけですぐにピンとくるようなことがわからない。そんな目の前の男子生徒こそちひろにとっては謎だった。
ちひろにしてもエルシィや歩美の心の全てを理解してるわけではない。それでも、この問題に関しては桂馬にアドバイスできるだろう。
「そりゃ……なんていうか、女の子だから?」
だが、こんなこと、他人が説明してどうなるものではないのだ。
「女だから、どうだって言うんだよ」
「と・に・か・く、さっきは謝れって言ったけどさ、そこまでしなくてもいいよ。でもさ、エリーのチョコは食べて。あれにはエリーの気持ちがこめられてるんだ。アンタも、本気で受け止めてやりなよ……って私、なに言ってんだろ。あはは、アンタとエリーは兄妹なのに」
「…………」
「ま、決めるのはアンタだし、あとは好きにすれば?」
突き放すようにそう言うと、ちひろは立ち上がった。
「あ、そーだ……パン、沢山買いすぎたからあげる」
そう言うとちひろは手に下げていた紙袋から一つ取り出して桂馬に向かって放り投げた。
それは緩い放物線を描くと桂馬の頭に当たって地面に落ちる。
「…………じ、じゃあ要件は全部終わったし、私は教室もどるから」
何故か赤い顔でそう言うと、ちひろはわざとらしく寒い寒いと呟きながら屋上から立ち去った。
残された桂馬が地面を見ると、彼女の置き土産があった――――チョココロネだった。
「まったく、甘いモノは苦手だっていうのに」
桂馬は文句を言いながらもパンを拾うとビニールを破って一口かじった。
「……甘いな」
言わずもがなの感想をつぶやく桂馬だが、それでも食べるのをやめようとはしなかった。
(クソッ、やはりこの流れには逆らえないのか。エルシィ、歩美にちひろまで……たかがチョコじゃないか。攻略でもあるまいし、なんだってみんなこんなに大騒ぎするんだ?)
それでも、うずまき状の菓子パンを親の仇のようにガツガツと食いちぎり完食すると、桂馬は心を決めた。
「エルシィ!」
放課後、ざわつく教室を出てけいおん部の部室に向かうエルシィに誰かが後ろから声をかけた。
一緒に歩いていた歩美とちひろ共々、彼女が振り返ると――――桂馬だった。
「な、なあ、今朝のアレ……まだ持ってるか?」
「アレ……ですか」
いま一つ要領を得ないエルシィがオウム返しに答える。
「だから、アレだよ……昼に食べたサンドイッチだけじゃ足りなかったんだ。ちょっと腹が減ってきたから、アレ、食ってやってもいいぞ」
エルシィから視線を外しながら、それでも桂馬は手を差し出した。
食の細い桂馬が食べ物を欲しがるなんて珍しいなー、などと思いながらエルシィはカバンから例の包みを取り出し、おずおずと差し出した。
「えっと、今持ってる食べ物ってこれだけですけど、にーさま、これでいいんですか?」
その途端、桂馬は包みをむしり取るとあっけに取られる三人の目の前でラッピングを解き、中身を食べはじめる。
突然の桂馬の心変わりに戸惑いながらも、瞬く間に袋を空にした彼に
「ど、どうでした?」
と、エルシィが感想を問えば
「フン、まあまあじゃないか」
桂馬はエルシィの顔を見ようともせずにそう答える。
そんな二人の様子にちひろが
「へー、桂木、そんなにお腹へってたんだ。私がお昼にあげたパン、食べてないのかよ?」
ニヤニヤ笑いながら冷やかすと
「う、うるさいな。今日はやけにお腹が空くんだよっ」
彼は赤くなった顔をさらに赤らめながら、ぶっきらぼうにそう返した。
歩美は急な展開に戸惑っていたものの、そこから立ち直ると
「なんだ、結局受け取るんじゃん……えへへっ」
と、自分のことのように目の前のやり取りを喜んだ。
「さっきの桂木ってさー、すごい勢いだったよねー。そんなにエリーのチョコ美味しかったの?」
「それとも『エリーの』だからかなー?」
などと、しばらくちひろと二人して桂馬をからかっていた歩美だったが、そのうち自分のカバンの中にもチョコが入っているのを思い出した。
「ア、アンタお腹空いてるんだよね?……仕方ないから、ほら、これも食べていいよ」
そんな言い訳と一緒にカバンから出した小箱を差し出した。
「……どういうつもりだ?」
既に甘いものを2つも食べて食傷気味の桂馬が問う。
だが、地面を見るのに一生懸命な歩美は桂馬の表情に気づかない。
いつまでも受け取ろうとしない相手に焦れた彼女は
「……とーにーかーくー、あげるったらあげる!」
そう言うやいなや、手の中のそれを桂馬に押しつけると猛ダッシュで走り去ってしまった。
それを見たちひろも
「さて、それじゃ私らも部室に行きますか……いつまでもオタメガに構ってられるほどヒマじゃないしねー。ほら、いつまでもボーッとしてないで、エリーも行くよ!」
と、エルシィの肩を押して歩き出した。
「えっ、別ににーさまと一緒でもいいじゃないですか。うー、ちひろさん~」
押されるエルシィの意見は取り合ってもらえず、虚しく宙に消えていく。
追いかける気にもなれない桂馬だけが後に残された。
「まったく、なんなんだよ……」
そう呟く彼の手には歩美のチョコレートがある。
(みんなお菓子ひとつに一喜一憂してる。そんなに大事なのか、これが)
そう思いながらも、手にしたそれをぞんざいに扱う気にはなれない桂馬だった。
【あとがき】
本作から読んでくださった方ははじめまして。他の話も読んでくださった方はお久しぶりでございます。
神のみSS第2弾をお送りします。楽しんでいただけたでしょうか?
とりあえず、今回はセルフ締切りを守れてほっとしてます。
さて、内容なんですが、今作の神にーさまには色々と非難する向きもあるかとは思います。原作の中でもそういうシーンが読み取れるんですが、この桂馬は徹底的に鈍感です。心の機微に疎い主人公はラブコメでは定番で、彼の場合、攻略中に発揮される鋭い分析と日常の鈍感さのギャップという形で表れてます。
そういったあたりを色々いじくりまわしてるうちに、(これもありがちな解釈ですが)桂馬は自分に好意が向けられるなんて想像もしてないんじゃないかと思いまして、結果、こんなものを書くに至ったわけです。
では、次にどんな話を書くかはまだ決まっていませんが、(我が事だけに頼りない限りではありますけど)
早いうちにまたお会いできるよう頑張りますね。
末筆ながら、読んでくださった方に感謝を、コメントやメッセを下さる方には更に大きな感謝を捧げつつ、今回はこのあたりで筆を置きたいと思います。
乱筆・乱文失礼いたしました。
P.S. 今回アンケートを設置してみました。バレンタイン当日にはまず間に合わないでしょうが、その中の誰かで何かやりたいと思ってますのでヒマな方はお答え頂ければ幸いです。書いてる人はけっこうな遅筆なので、気長に待っていればそのうち何かしらアップされるかもしれません(されないかもしれません)。
以下、アンケートフォーム
----自分に向けられた感情に戸惑う桂馬。そんな彼の前に現れたのは----
1.引っ込み思案のお隣さん
2.ツンデレな地区長さん
3.男装の名ドラマーさん
4.お姉ちゃん大好き格闘家さん
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神のみバレンタインSS最終話です。まとめて読むとより楽しめるかもしれません。
例によってキャラ崩壊やら設定改変やらしてるかもしれないので気にする人は回れ右、です。