第四章 繋がる線
リリが襲われてから数時間経過したころ。
魔連南支部の入り口から、二人の青年が出てきた。
事件報告が終わった俺は、無駄に疲れきった体を、引きずりながら南支部から出た。
犯人逮捕と手柄を立てたはずだった俺たちだが、被害を出しすぎたことが原因となり、始末書を書かされるはめになったのだ。ちなみに、数に表すと、二十件におよんだ。
「はぁ~、やっと終わったー。まさか、あんなに書かされるとは、思わなかったぜ」
「仕方ないよ。《過剰防衛》《器物損害》《命令違反》他もろもろ―――」
「あー、うるせぇ。もう、聞きたくねーよ」
苦笑いを浮かべて、隣を歩くジークを、半目で睨みつける。
ちなみに、《拷問》は、この中には入ってないのは、俺が口封じしたためだ。
「まあ、そう落ち込まないで一休みでもしようよ。気分転換でもさ」
「おいおい、これからナンパに行く予定だろ。そんなのアトでも―――」
「僕もさすがに疲れたよ。一休みしてからなら、付き合ってもいいからさ」
「ちっ、分かったよ」
こいつに逃げられると、勝率が少し下がるから、な。
逃がすのは惜しいので、俺は、渋々ジークの提案にのることにした。
俺たちは、喫茶店〝ヒマツブシ〟に、いつものように足を向ける。
カラン カラン カラン
「んっ?」「あら?」
「げっ」「あれ、二人もお茶してたんだ」
喫茶店のドアを開けると、すぐのカウンター席に、見知ったヤツらと目が合ってしまった。
リニアとポピーだ。まさか、コイツらと会うとは、な。
俺は、嫌な予感がしたが、無視する理由もないので隣の席に座ることにした。
「しっかし、てめーらも暇だなー。こんな日に、こんな店で、」
「随分な言いようだなー。サブ」
すると、カウンターの向こう側でコーヒーを淹れていた店長が、半目で睨み付けてきた。
「こんな店ってどういう意味だ? 気に入らないなら帰ってくれてもいいだぞ?」
白髪にエプロン姿のおっさん、店長は、俺とジークの前に、まだ注文をしていないのに、いつもの コーヒーを置いてくれた。
このことから、俺たちが常連であることがよく分かるだろ。
このことから、俺たちが常連であることがよく分かるだろ。
俺は、苦笑いを浮かべて言い訳をする。
「いやー、言葉のあやだって。あ、店長。ケーキ注文」
貴重な屯場所を死守するため、俺はすぐに注文する。店長は、『分かればいいんだ。分かれば』と笑みを残して、ケーキを取りに奥に姿を消す。
まあ、これは、いつものあいさつみたいなものだ。
そんなやり取りのあと、サクヤが、バカにしたように笑う。
「バカなヤツ。入禁にされっぞ」
「うるせーよ。暇人。てめーは、さっさと出て行け」
「ンだとォ! てめェが、あとから来たんだろォ、が。てめェこそ、店替えろォ!」
「まあまあ、二人ともやめー。他のお客さんに、迷惑やでー」
リニアと俺がにらみ合いを始めると、ポピーが呆れ顔で止めに入ってきた。
ジークのヤツは、いつものさわやかスマイルで、俺たちの様子を観戦だ。
そんなとき、店長が奥から出てくるなり、
「はい、ケーキ。甘いもん食べて、落ち着きな。ちなみに、向こうさんからのおごりだ」
女性陣の前に置く。
・・・・・・・って、ちょっと待て。
「それ俺が注文したのじゃーん」
「店の迷惑料だ。それとも、まだ、払ってくれるのか?」
その言葉に、俺は、机の上にうな垂れる。
「・・・・・・分かったよ。だから、こっちも早くしてくれ」
「よし。それでこそ男だ」
それだけ言い残し、また店長が奥に入っていた。
まったく、あの人には、勝てる気がしねー。
俺は、どうでもよくなり、コーヒーに口をつけることにした。
うーん、いい仕事するぜ、店長。
〝♪♪♪〟
「? 誰からだァ?」
そのとき、急にリニアの携帯が鳴り出した。だが、ディスプレイで確認したリニアは、怪訝な表情を浮かべた。
リニアは、席を立つと、通話を始めた。
「おい、誰だァ? 掛けるヤツ間違えてねェかァ?」
いやいやいや、いきなりドスきかすなよ。
俺は、その姿に胸の中で突っ込みを入れると、リニアに呆れる。
まあ、雰囲気からそれを間違え電話かな。
俺は、興味がないので、コーヒーに戻る。しかし、通話しているリニアが、急に声が荒げだした。
おいおい、アイツ、なにヒートアップして―――
〝♪♪♪〟
んっ? 俺も? えーと、相手は・・・・・・ナミ。いったい何のようだ? はっ、まさか、
「なんだ、ナミ。俺が恋しくなったか?」
『サブ! よかったー。繋がった』
通話ボタンを押すと、ナミの声が、耳に入ってきた。しかし、その声色は、なぜか焦っているようだ。俺は、冗談をやめる。
「・・・・・・どうかしたか?」
『今、そっちで《ネット動画》観れる? 今、そこで大変なことになってるのよ!』
「ああ、持ってる《PDA(携帯端末)》で観れっけど。なんか映っんのか?」
『いいから! 今から送る《URL》にアクセスしてみて!』
「おい、誰だァ? 掛けるヤツ間違えてねェかァ?」
オレは、《非通知》で掛けてきた奴の電話を取る。
どうせ悪戯だろうけど。
『いいえ。貴女であっているわよ。《リニア・ハワード》』
「あァ? てめェ、どこでオレの名前を―――」
『知っているわよ。貴女の家族構成、学園での成績、それに《施設》でのこととか。まあ、施設で、一度会ったし、ね。あの施設で、貴女は私の唯一の《作品》だからね』
「!?」
聴こえてきたキーワードに、オレは、驚きで体中の毛が逆立つのが分かった。電話の向こうの声に、オレの頭に、施設の光景が過ぎる。
この声・・・・・・まさか、あのときのガキ?
相手が分かった瞬間、怒りが一瞬で沸点にかかった。
「てめェ!! 今どこ居やがる!! 場所言いやがれェ!! 今すぐ潰してやらァ!!」
『・・・・・・ビックリした。いきなり怒鳴らないよ。まったく、情報どおりの性格ねー。昔は、あんなに大人しい子だったのに。そもそも、貴女が、あのときのことを不快に思ってるのは知っているわ。でも、言っておくけど、一応命の恩人なのよ。私』
「・・・・・・よくも、ンなこと言えるなァ? てめェのおかげで、オレが、あそこでなにされたか知ってんのかァ!」
『もちろん知ってるわ。でも、なぜ、研究者の興味を惹いたか、分かる?』
「あァ? ンなもん、オレが女唯一の成功者だったから決まって―――」
『そうよ。あれ以降、女性の《機械魔導士》はできてないわ。だって、私は、あの施設で、貴女以外の実験に関っていないんだから』
「!?」
コイツの言うとおりだ。オレの実験前と後に、何人もの女被験者が失敗して、廃棄されている。
『あの手術、量産型を目的の研究だから、全部全自動でやってたからね。まあ、あの虫食いのPGと計算だと、女性が耐えれないのは、分かりきっていたんだけどね。だから、貴女の実験前に、私がプログラム改変したわけ。こんなので、どう?』
衝撃の真実に、オレは、携帯を持つ手の振るえが止まらなかった。
コイツが言ってることがもし本当なら、今まで疑問だったことの辻褄があう。
だが、
「・・・・・証拠がどこにも」
そうオレが言いかけたとき、携帯にメールがきた。
『それが、実験前と後の、貴女のスキャン結果。これは、私しか持っていないものよ』
向こう側のヤツは、余裕な笑みを浮かべているのが、声色で分かる。
胸糞わりィが。アイツの言ってるのは本当らしい。だが、そのことで、体をいじったことが、チャラになるわけじゃねェ。
『貴女には悪いけど。施設については、これくらいにしてもらうわ。一応、緊急じたいだからね。貴女に掛けたのは、それを知らせるためよ』
「ンなことどうでもいいんだァよォ!! てめェには、訊きたいことが山ほど―――」
『親友の危機でも?』
「ンだと」
電話越しに聴こえてきた言葉に、オレは、驚きで勢いが萎える。その瞬間、一人のヤツの顔が頭を過ぎる。
ここに居ない、アイツの顔が・・・・・・。
「おい! てめェ! リリがどうかしたのかァ?」
『・・・・・・だから、『怒鳴らないで』って。耳が痛いでしょ』
「ンなことたァ、どうでもいいンだよォ! まさか、てめェ」
『言っとくけど。犯人は、別の人よ』
じゃあ、一体誰の仕業だ。
オレは、犯人の姿を考える。リリに恨みがあるヤツだと思うが。アイツが恨まれることなんて・・・・・・。
『そろそろ、アシュラ君の《PDA》に、メールが送られてくるころだから。一緒に観てみなさい。そのメールに《共有動画サイト》のURLが添付されているわ』
それを聞いた瞬間、オレは弾かれたようにサブの方を近づく。
「サブ! すぐに送られてきたメールを開きやがれェ!」
「ええ!? いきなりどうした? てか、なんでそれを?」
「ンなことどうでもいいんだよォ! 潰すぞ!」
オレの言動にサブは、一瞬、訝しげな表情を浮かべた。だが、サブは、すぐに《PDA》を操作する。他の二人も、ただごとじゃないと気付くと、オレとサブに近づいてきた。
オレは、サブの持つ《PDA》を覗き込む。すると、《PDA》には、有名な《動画サイト》のロード画面が開いていた。
「―――えっ?」
「・・・・・・なんや・・・・・・これ」
「これって、まさか、リリちゃん?」
「・・・・・・マジかよォ」
そこに映し出されていた映像に、各々驚きの声が漏した・・・・・・。
場所は変わって、別世界〝ユーダリル〟
リョウたち一行は、事件の引継ぎを終わらせ、現在、《時空港》のロビーで出発時間を待っていた。
俺は、ロビーの長椅子で一休みをしていると、急にポケットに入れていた携帯が鳴り出した。
〝♪♪♪〟
「・・・・・・《テレビ通信》なんてめずらしい、な。誰からだ?」
ディスプレイには、《非通知》と表示されていた。だが、俺は、なんの躊躇もせずに通話ボタンを押す。
だが、そこから聞こえたのは、見知らぬ男の声だった。
『よぉー。リョウ・カイザー。観えてるかー』
「・・・・・・誰だ? お前」
表示された画面には、髪を後ろに縛った野郎の楽しそうな顔だった。しかも、いやに馴れ馴れしい。
会ったことあったか?
少し考えるが。ダメだ。全然思い出せない。
『俺の名前は、《ラルフ》。こうやって、話すのは初めてだな』
「・・・・・・考えて損した」
『?』
画面に映る、ラルフと名乗る男は、訝しげな表情を一瞬浮かべるが、すぐに表情は戻る。俺は、気にせず訊くことにした。
「っで、なんか用か?」
『ああ、もちろん、お前にドストレートの用事だぜ。そんじゃあ、いきなりだが、ここでゲストの登場だ』
「・・・・・・本当に、唐突だなー。一体誰―――っ!?」
『おっ! いい表情になったじゃねぇか』
ラルフが、カメラをズラす、すると、そこに、一人の女の子が映った。
その女の子は、両手を拘束され、その両腕をアンカーで吊るされている。
リリだ。
その映像に俺は、驚愕した。だが、その気持ちは一瞬で消え、それとは別、腹の底からなにかドロドロしたようなものが沸きた。
「・・・・・・おい。洒落じゃ済ませねーぞ」
『凄むなよ。今から、楽しいショーが、始まんのによー』
すると、ラルフは、リリの方へ移動した。
そのとき、俺は、カメラの映像を睨むように見る。
明らかに様子がおかしい。真冬はずなのに、顔に玉の汗を浮かべ、なにより、目が虚ろで焦点が合っていない。
『リョウ。これなーんだ?』
ラルフは、リリの横に立つと光るものを掲げた。
俺は、それがなにか、すぐに分かった。
《コンバットナイフ》だ。
俺は、自然と携帯を持つ手に力を入れる。
『あっ、そうそう、この映像なー。ネットで動画配信しんだよ。っで、ヒット数上げるのに、ゲストがこんな姿じゃあ数字取れねーとおもわねーか?』
「・・・・・・なにが言いたい?」
『だからよう。こうしたら、みなさんが喜ぶんじゃ、ね』
そのとき、ナイフがリリに向かって振り下ろされた。だが、リリの肌を傷つけることはなかった。
切れたのは、リリが着ているTシャツだ。その瞬間、裂かれたTシャツから、リリの白い肌と下着が覗いた。
俺の中でなにかが、音を発てて切れる。
「てめぇえええええええええええ!!!!」
『あははははははははははははは!!!!』
俺は、気が狂いそうになった。そんな俺を、ラルフは、狂ったように嘲笑う。
リリは、そんなことをされたのに、一向に叫びも抵抗する気配がない。
やっぱり、薬か魔法を使ってやがる。
『いやー、思ってた以上に、いい表情するじゃねぇか。この勢いで、下をやったら、どんな表情をするのか、予想ができねぇなぁ?』
そういうと、ラルフは、ナイフをリリのスカートに位置にもっていく。
怒りで震えが止まらない。
噛み締めた口からは、ギリギリっと歯が割れるような音が聴こえてくる。
だが、ラルフは、笑うばかりでそれをしなかった。ラルフは、リリからナイフを離すと、カメラの方へ歩き始めた。
『まあ、これで終わりじゃー。おもしろくねぇよな? 余興代わりに、十分。時間をやるよ。でもな―――』
そのとき、ラルフは、カメラ向きを、リリから別のほうへ向けた。すると、観るからに普通ではない集団が映る。
軽く見ても、三十人以上は居る。
『コイツらにあげちゃうから、な』
「・・・・・・てめーは、絶対にこの手で殺す」
あまりの怒りで、目が熱い。
『あははははは!! いいねー! 殺ってくれよ』
だが、負け惜しみに聴こえたのだろう、ラルフは、うれしそうに笑う。
『ほらほら、早くしないと、こっちが逆に犯っちまうぜ?』
すると、ラルフは、カメラに近づいて、手を振る。
『それじゃあ、また、あとで。絶望に狂うお前を、俺に見せてくれよー』
それだけ言い残すと、通信が切断された。
俺は、怒りでどうにかなりそうだった。
だが、どうにもならないのが現実。
俺は、悔しさで持っていた携帯を、叩き壊そうと―――。
〝♪♪♪〟
そのときだった。
また、携帯が着信を鳴らしだした。
手が止まったのは、奇跡に近い。
俺は、何も考えられず、通話ボタンを押した。
『よかったー。間一髪ね。携帯壊されたらどうやって連絡取ろうか困るところだったわ』
すると、聴こえてきたのは、懐かしい声だった。
俺は、そいつの名前を知っている。
「・・・・・・ミ―――」
『スットプ!! 《真名》は、言っちゃダメ。一応、全世界的《重犯罪者》なんだから』
「・・・・・・なんで、お前が?」
『そうね。でも、そこを説明している暇はないわ。分かりなさい』
掛けてきた女性は、懐かしいセリフを言った。俺は、そのセリフにつられて、目だけをあるものに向ける。
監視カメラ。
『そういうことよ。察しが良くて安心したわ』
「っで、お前は、今の俺を観て、笑いたいのか?」
『・・・・・・まあ、そうね。カッコ悪いわね。今の貴方じゃあ、私は興味を持てないわ』
真剣な声だった。そして、とても淋しそうな声色だった。
『リョウ、覚えてる? 私が、分かれるときに言ったセリフ』
「・・・・・・」
俺は、少し考えた。
世界に絶望した者が集う場所《スラム》
一人の女性が、その歳に合わない大人びた表情で・・・・・・。
『世界は、貴方が思ってるほど、悪くないわよ。だから、もしどうにもならないことが起きたら、また貴方の前に現われてあげるわ』
女性は、きれいに笑う。
『だから、私が興味を持つぐらいの、いい男になりなさい』
「!」
だから、現われたのか。
俺は、一度、目を閉じる。そして、もう一度開けたとき、目の色が黒から真赤な紅色に変わった。
なにも、考えるな。
すべての感情を殺せ。
「・・・・・・・シーキャット」
『・・・・・・少しは、マシな顔に戻ったわね』
シーキャットは、なぜか嬉しそうな声色だった。だが、今の俺にはどうでもいいことだ。
「俺をホシのところまで連れて行け」
『了解。ただし、報酬は高いわよ』
すると、シーキャットは、俺に指示を出した。
世界は戻って《グラズヘイム》
場所は、スラムのとある廃倉庫。
ここにリリが捕まっていた。
そして倉庫内では、明らかに一般人とは逸脱した男達、見た目青年と言ってもいい歳だろう。そんな青年たちが、倉庫内の至るところで、談笑をしてくつろいでいた。
そんな状況の中、リリは一人、状況の打開策を練っていた。
捕まったわたしは、自分の置かれている状況を確認した。
まず、気付いたとき一番に魔法を試してみたけど。枷の所為だろう、うまく練ることができなかった。それに、今も意識はあるんだけど。体に力が全然入らない。だから、アンカーで無理やり立たされている状態だった。
目の前も少し揺れている・・・・・・原因はあのときの薬、か。う~、気持ち悪い。
車酔いしているみたいだ。
わたしは、視線をラルフさんに向ける。
「んっ?」
その視線に気付いたラルフさんは、人を蔑むような笑みをこちらに向けた。
「もしかして、打開策でも探してる?」
「・・・・・・」
「さっすが、アイツが一目置いてる女だなー。普通なら、ブルって絶望に打ちひしがれてるんだけどねー」
そのとき、わたしは、疑問を聞くため、必死に口を動かした。
「・・・・・・なんで、こんな酷いことをするんです、か?」
「なんで? もちろん、アイツにも《傷み》を味わってもらうためだよ」
すると、ラルフさんは、冷たい笑みを浮かべる。
傷み? なんのことだろう?
「『意味が分からない』っといった顔だな。・・・・・・じゃあ少し、時間もあるし、昔話でもするかな」
すると、ラルフさんは、こちらに体を向けた。
「では、質問に答えよう、か。『なぜアイツを狙うか?』それは簡単。2年前の事件、あの事件で俺は、父親をアイツに殺された」
「!?」
2年前の事件。
リョウ君の、能力暴走が切っ掛けになった事故。
その事件は、西地区の半分を荒野に変える、大規模な暴走事故だった。そのリョウ君を止めるため、何人もの局員の方達が重症を負い。そして、亡くなった人も・・・・・・。
この事件の唯一の救いは、報道規制が入り、局員と一部の人しか知らないということだ。そのおかげで、リョウ君がこの世界で暮らしていけている。
そう、思っていたんだけど・・・・・・。
世界は、そんなに優しくはなかった。
「あの事件のあと、俺の母親は、酒に溺れ、挙句の果てには男作って俺を捨てやがった。俺は俺で、目標だった父さんがいなくなって、生きる気力がなくなったなー」
「・・・・・・」
ラルフさんは、遠くを見ているようだ。
「そのとき、俺は、ある組織に誘われたんだ」
話をするラルフさんは、楽しそうに笑う。だけど、それはとても黒いものだった。
ラルフさんは、こちらに歩いてくる。
「おかげで、俺は、力を手に入れることができたよ。ンで、感謝の気持ちでいっぱいなので、カイザー君にも同じ《絶望》をプレゼントしてあげようと、考えたわけだ」
そして、わたしの顔を覗き込んできた。
その表情に、わたしは、身がすくんだ。顔を逸らさなかったが、なんとかだった。
それが、気に入らなかったのか、ラルフさんは、舌打ちをして、わたしから離れていく。
「ああ、つまんねー。もっとビビってくれてもいいのになー。そんなら、こんな話はどうだ?」
「・・・・・・なんですか?」
「お前、アイツが過去、なにをしてたか、聞いたことがあるか?」
「・・・・いえ、知りません」
本当のことだ。わたしは、リョウ君と出会う前のことは、に訊いたことがない。
知りたくない、わけではないけど。本人が話してくれるまで、訊かないようにしていた。
多分、わたしが想像する以上の辛いことが、たくさんあったと思うから。
だけど、そんな過去を目の前のラルフさんは、それを面白そうに話し出す。
「そりゃあ、言えねーよな。『人殺し』だよ。アイツは、自分の欲求を満たすために、悪人を殺し周ってたんだよ」
「そんなっ! そんなわけ―――」
「ないかァ? なんで言いきれる? お前は実際、アイツが人を殺したところ、見たことがあるのに」
「そ、それは―――」
たしかに、リョウ君が人を殺めたところを、わたしは見ている。
学園の初任務で。
だけど、そのあとわたしは、リョウ君に『もう、人を殺めるのはやめて!!』と懇願して、リョウ君と約束した。
わたしのうろたえた様子を、ラルフさんは、楽しそうに笑う。
「悪人だからか? じゃあ、殺された奴らは、殺されて当然だったのか? それじゃあ、アイツに狙われた奴は、さぞ運がなかったみたいだなぁ」
「おーい! ラルフさん、そろそろ時間ですけど。いいっスか?」
「おっ? もうそんな時間か? そんじゃあ―――」
そのとき、数人で固まっていた一人が声を掛けると、ラルフさんは反応した。
そして、ラルフさんは、このフロアにいる者の方へ向き直る。
「てめぇら、喜べ! 相手は、誰も手をつけてねー、真白だ! 存分にかわいがってやれ!」
すると、ものすごい歓声を上げた。
その瞬間、わたしの中の恐怖が膨れ上がる。
散っていた人たちが、わたしに向かってくる。その光景に、全身の鳥肌が立つ。
みんな、気持ちの悪い、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「い、いや!」
わたしは、必死に逃げようとするが、体は動いてくれない。
近づいてきた男性たちは、わたしの腕や足や胸などの、体のいたるところを触ってくる。そして、その中の一人が嬉しそうに、
「じゃあ、メインディッシュを楽しませてもらいますか」
その言葉に、わたしは、恐怖と憎悪で目を瞑り、顔を背けた。
嫌っ! 助けて! 助けてよ!! リョウ―――。
〝ドゴォオオオオオオ〟
そのときだった。
いきなり、重いものが弾ける轟音がした。
わたしは、ゆっくりと目を開ける。
たしか、あそこには、扉があったはずじゃあ・・・・・・。
なぜか、男性二人がかりで、開閉する扉がなくなっていた。しかも、左右とも数メートルふき飛んでいた。
そして、その扉があった場所には、
「よォ、楽しそうなこと、してんじゃねェかァ。オレも混ぜてくれよォ」
今まで見たことのない、狂気の笑みを浮かべた親友が立っていた・・・・・。
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七巻続きです。
引き続きどうぞ。