第5章 破壊姫
時間は戻り、喫茶店《ヒマツブシ》
サブの持つPDAを一緒に眺めるリニア、ポピー、ジークは、リョウが観たのと同じ映像を観ていた。
そして、誰もが驚愕で声を出すことができなかった。
だが、この沈黙を破ったのは、
「てめェ!! どういうことだァ!? なんで、リリが捕まってんだァ!?」
リニアだった。その怒鳴り声は、店内に響き、窓が震えた。
すると、リニアの電話の相手が、呆れた声色で応える。
『・・・・・・はぁ~、もう貴女に注意しても無駄のようね。それで、貴女の問いだけど。貴女たちなら、知っているんじゃないの?』
「あァ? こんな奴見たことねェよ!」
「・・・・・・いや、ウチ、しっとるよ」
そのとき、ポピーが反応した。その言葉に、リニアは、弾かれたように、ポピーに視線を向けた。
「マジか? ポピー」
「うん。この映ってる人、ウチらの学園の先輩や。《兵士科》三年生〝ラルフ・フレコード〟や。確か、同学年の中では、群を抜いての好成績やったはずや。それに、もう《魔連》にも席をおいとる」
「うん。僕も何度か、局ですれ違ったことがあるよ」
ポピーの説明に、ジークも頷いた。すると、サブがポピーに視線を向ける。
「おい・・・・・・たしか、リリに偽デートを頼んだ奴って」
「このラルフや」
その瞬間、テーブルを叩く、激しい音がした。
「あの野郎! ハナっから、これが目当てで」
『ええ、リョウを『陥れる』ために、ね』
電話の向こう側の相手も、同じ意見のようだ。
そのときだ。
俺は、電話の相手、ナミの言葉に、希望が見えた。
「マジか? もう場所特定できてんのかよ?」
そう、ナミが、リリが捕まっている場所を特定していたのだ。
しかし、少し早すぎる気もする。
すると、ナミは、なぜか歯切れの悪い声色を出す。
『特定したというか・・・・・実は、私以外の誰かが、特定したみたいなのよ』
「はぁ? 意味わかんねーぞ」
「リリちゃん、見つかったん?」
そのとき、俺の声が聞こえたのか、ポピーが、俺の持つ携帯に、体を近づけた。俺に接触したおかげで、
「けっこう、あるんだな。お前」
「・・・・・・サブ、さすがに空気読もうや」
ポピーは、呆れたような溜息をついた。
そして、なぜか半歩後ろに下がる。
「まあ、こんなアホ、今はどうでもええ。場所、分かったんですか?」
俺は、ポピーにも会話ができるように、『スピーカー』にして机の上に置いた。
『まあね。・・・・・・・って、ちょっと!?』
「どうないしたんですか?」
すると、急にナミが焦りだした。
『・・・・・・私の命令で、ヘリがそっちに向かってる』
「どうゆーことですか?」
『誰かが、局の《マザー》にアクセスしてるみたい! ああ、逃げられた』
「《ハッカー》ってヤツですか?」
いや、おかしいだろ? なんで、ハッカーが俺たちを助けてくれるんだ?
俺は、二人のやり取りに疑問を覚えたが、今は好都合だ。
『えーと、拾うポイントをヘリに伝えて―――』
「迎えのビルに着陸するってよ」
そのとき、なぜか、会話に参加していないはずのリニアが答えた。
俺は、視線をリニアに向ける。
どうやら通話は、終わったみたいだ。
だけど、コイツ、なんで不機嫌なんだ?
「あと、ナミに伝言だァ。『すぐに、そのチーズみたいな壁、直しなさい』だとよォ。なんのことだァ?」
『ちょっ、リニア、貴女の誰と話してたの!?』
その問いに、リニアの顔が、ますます不機嫌になった。
よっぽど嫌いなヤツと会話したんだろう。
「しらねェよ! 名前訊いたら『気ままなネコよ』だとよ。ナメてんのかァ! あの野郎」
『えっ?』
「あァ? なんか、しってンのか?」
『・・・・・・いえ、それよりも、早く移動して。すぐに到着するわ』
ナミは、言葉を濁すと、俺たちを急かした。
アイツ、心当たりがあるみたいだな。
だが、今は訊かないことにした。
わたしは、助けに来てくれたリニアに驚愕した。
現れたリニアは、その右手に、ぐったりしている男性を引きずりながら、こちらに歩み寄る。だが、リニアの浮かべている表情は、とても危ないものだった。
狂気の笑み。
それはまるで『死者の日』に笑う骸骨ように見える。
「楽しそうなことしてんじゃねェか。オレも混ぜてくれよ」
「おいおい、上物だぜアイツも。おい、ラルフ! 一人追加でいいか?」
そんなリニアを、一人の男性が、嬉しそうにラルフさんに質問を投げかけた。
そのとき、また一人、リニアの後ろから姿を現す。
「ちょっ、リニア! 一人で突っ込みすぎや! 危うく、アンタが壊した建物の下敷きになるところやったやない!」
それは、ポピーちゃんだった。なぜか、リニアを怒っているけど。
「うるせェ。嫌なら、ヘリで茶でもススってろ。それに、コイツらは、オレをご指名だァ」
その言葉に、他の男性が答える。
「へぇ~、君一人が俺たち全員、相手してくれんの?」
「そんな幼児体系じゃ、物足りねェだろォ。オレが腰が上がらなくなるまで、絶頂を体感させてやるよォ」
そのとき、屋内にどっと笑い声が沸きあがった。
「いいねー。そんじゃあ、相手してもらおうか。みんな、行くぞ!!」
その掛け声と共に、群れがリニアに一斉に向かってきた駆け出す。
それを見たリニアは、ニヤっと口元に笑みを浮かべる。その瞬間、リニアの体から、バチバチと青白い火花を散る。
「大人気じゃねェか。それじゃあ、期待に応えねェと、なァ!」
リニアは、嬉しそうにその場から轟音を発てて飛び出した。
リニアと群れが、中央で激しくぶつかる。だが、それは、一方的だった。
その光景を、言葉で例えるなら《無双》。
リニアは、一人また一人と男性を四方八方に吹き飛ばす。
「一人ずつじゃ歯がたたねぇ!! 一斉に押さえ込むぞ!!」
群れの一人が、指示だす。すると、男性五人がリニアに一斉に飛び掛った。
だが、その差は変わらなかった。
それはまるで《戦車》に《乗用車》で突っ込むようなものだった。リニアは、近くにいた男性の胸倉を掴むと、そのまま振り回し、飛び掛ってきた者をなぎ払った。
「あ~、いかんでよかったー。あんなん混ざったら、巻き込まれるのがオチやったで」
そんな乱闘から、少し離れた位置で見学していたポピーちゃんは、呆れながらその光景を見ていた。すると、ポピーちゃんは、不意に、こちらを向いた。そして、スっと、ポピーちゃんの人差し指がこちらを指す。
「・・・・・・ところで、アンタらいつまでそこにおるん? ええかげん、その子から離れろ、や」
その言葉と共に、ポピーちゃんの足元に、緑色の魔法陣が描き出された。
周りの空気を圧縮してぶつける魔法〝エアハンマー〟
それが、わたしの近くに居た、男性三人にぶつかる。すると、その人たちは、弾かれたように吹き飛んだ。
「なにしやがる!! このアマ!!」
そのとき、乱闘からはみ出ていた一人の男性が、ポピーちゃんに向かって、飛び掛った。
手には、ナイフが握られており、それをポピーちゃんに向かって突き出した。
だけど、
「浮気したら、アカンが。そこの姫さんが泣くでー」
ポピーちゃんは、ナイフをヒラリっとかわす。そして、手の平に、ソフトボールサイズの竜巻を作りだした。 〝エアシューター〟
それを男性の鳩尾の辺りにぶつけた。男性は、弧を描いて吹き飛び、そのまま地面に叩きつかれる。
その瞬間、
「ポピーィ!! てめェ、人の男を、横取りすんじゃねェ!!」
それを見ていたのか、リニアは、乱闘の中なのに、ポピーちゃんを怒鳴りつける。
すると、ポピーは呆れたような溜息をついた。
「ほんなら、しっかり捕まえときー。浮気されとるやん」
「うるせェ!! そこで、ジっとしてろォ!」
そんなやり取りをしている間にも、リニアは、次々と向かってくる敵をなぎ倒した。
というより、すごすぎ―――っ!?
「はーい! 注目!」
屋内に、ラルフさんの声が響きわたった。すると、リニアは、動きを止め、ラルフさんを睨みつける。
動きを止めたのは、わたしの所為だ。
わたしは、ラルフさんに首をつかまれ、右頬に、ナイフを突きつけられた。
完全に、盾にされた形だ。
「お前ら、少しやりすぎ。こんなチンピラを、マジでボコってどうすんの? あーあ、可哀想に」
「気にすんなァ。すぐにイカせてやるよォ」
「意気がんなよ。機械(アイアン)処女(メーデン)。てめェに、相手されても萎えちまうだけだ」
狂気に笑う二人は、視線ぶつけ合う。
そのとき、リニアの後ろに立っていた男性が、襲いかかろうと、ゆっくりと近づいていた。
だけど、リニアは、
「・・・・・・おい、てめェも動くんじゃねェよ」
足元にあった、電子レンジ程の大きさの鉄の塊を、サッカーボールのように軽々と蹴り上げた。そのとき、右手に青白い電流を放つ。そのまま、その手で、鉄の塊を勢いよく叩いた。その瞬間、鉄の塊は、轟音と共に、目にも留まらぬ速さで飛んだ。
それは、ラルフの真横を通過し、後ろの壁に激突、そのまま貫通していった。
「女みてェに、穴空けちまうぜェ」
驚いた男性は、腰を抜かし地面にへたり込む。
「おいおい、お前の魔法って確か《重力》じゃ、なかったか?」
「ご存知で、だけど、その答えは、三角だァ。オレは元々、属性は《電気》だァ。この体じゃあ、加減が難しいから、あんまし使うなって、言われてんのよォ」
「愛しのお兄ちゃんにかー?」
「うっせェぞ!! ポピー!!」
楽しそうに笑うポピーに、リニアは、頬を少し紅くして突っ込んだ。
そのとき、ポピーの後ろから、二つの足音が近づいてきた。
「おい、どうな・・・・・・あー、サイアクな、場面」
入り口から現れたサブ君は、とても嫌そうな表情を浮かべた。ポピーちゃんは、サブ君の方を向く。
「さっき、〝念話〟で説明したとおりや。パーティーは、大詰めやでー」
「それにしても暴れすぎだろ。死人出てねーんだろーな?」
「・・・・・・それよりも、サブ。今の〝念話〟って、もしかして、ブライアンさんに、教えたんじゃあ」
サブ君の後ろにいたジーク君が、半目でサブ君を睨んだ。すると、
「いや、それは、そのー・・・・・・」
「政府の機関内で、特別に考案された魔法だよ。部外者に教えたら始末書じゃすまない―――」
「待て! ジーク、これには深い訳が」
「女性関係でしょ」
「ゔっ」
さすが、長い付き合い。一発で言い当てられ、サブ君は、言葉に詰まってしまった。その姿にジーク君は、呆れたような溜息をもらす。
だけど、状況は均衡していた。
両サイド共に睨み合いが続き、誰も動けない。
そんなときだ。
急に、この場の時間が止まった。ううん、止まったように感じた。
それは、意識と体が、別々に分けられるような感覚。
だが、そのとき、
魔力を感じられる俺は、冷たくて重い魔力を感じた。そして、その魔力の主は、すぐに分かった。
おい、マジか、よ。なンで、こんなに早く着いてンだ?
背中に感じる魔力(それ)は、この場に、最も着てほしくない奴のものだ。
だが、いつもとは違う、質量と温度だった。
その魔力を例えるなら《闇》。
そのとき、俺の横を、突風のような速さで、黒い固まりが駆け抜けていった。
漆黒のそれは、気付いたらもう、人質を取るラルフの位置まで移動していた。
そして、その影が持つ刃が振り下ろされた。
驚いて目を瞑ってしまったわたしは、一瞬、体の支えがなくなった。しかし、体が地面印触れることはなかった。
わたしは、ゆっくりと目を開ける。すると、目に映ったのは、身覚えがある銀色の髪の青年だ。あまりの嬉しさに、目頭が熱い。
そして、わたしは、その青年の名前を―――。
「リョウ―――っ!?」
だけど、ある一点気付き、最後まで言えなかった。
リョウ君の瞳が左右で違ったからだ。
普段、リョウ君は、戦闘時に両目を紅色に変える。だけど、今回は、片方だけだった。
左目が、月のように金色に輝いている。
そして、頬には黒い痣が浮かび上がり、その姿はまるで、リョウ君の中にいる《マーナガルム》が表に出たときに似ている。
そんな心配を他所に、前を向いていたリョウ君が、視線をわたしの方へ下ろした。
「悪かっタな。リリ。遅くナった」
「リ、リョウ君、だよね?」
「・・・・・・たぶん、な。正直、ワシも、どちらか分からない」
「!?」
混ざってる!?
わたしは、驚愕して固まってしまう。すると、いきなりリョウ君のすぐ横を、黄色い光が横切った。
「・・・・・・オイ、てめぇ、人の腕落としといて、なに見詰め合ってンだぁ?」
「ほぉー、まダ喋る元気がアルんダな。普通ナら、痛ミで気絶してる、ゾ」
その言葉に、わたしは、すぐにラルフさんの方へ視線を向けた。
ラルフさんの右腕が、肘から下がない。
そのすぐ下の地面には、水溜りのように血が溜まっていた。
「傷口を電熱で焼くもんじゃねーな。危うく気絶しかけたぜ」
「安心しロ、ソんとキは、モウ一度、痛みデ起こしてヤる」
「Sだねー。お前―――も!!」
ラルフさんは、いつの間にか武装していた槍を右手に持ち、それをリョウ君に向かって突き出した。すると、槍の刃から目で追うのも難しい程速い電撃の刃が飛び出す。だけど、リョウ君のすぐ横通過した。
「ちっ、やっぱ、片手だと難しいな。手元が狂っちまう。が、次ははずさねぇええええ!!」
次に放たれた刃は、リョウ君の顔に向かって一直線に向かった。
だけど、その攻撃は、リョウ君に当たらなかった。
気付くと、ポピーちゃんのすぐ近くにいた。それは、リョウ君が、五メートルほどの距離を一瞬で移動したのだ。
リョウ君は、わたしをゆっくりと地面に下ろすと、自分の着ていたロングコート《防護服》をわ たしの肩に掛けてくれた。そして、わたしの腕に付いていた枷を掴む。
そして、軽々と握りつぶした。
プレス機にかけても変形しない、魔導士の魔力運用を妨害する《政府》御用達の魔導士拘束具を簡単に。
「ポピー、リリのコとを頼ム。こノまマじゃあ、風引いてシマう」
その言葉に、わたしは、少しずつ頭が回りだした。
そういえば、わたし、さっきラルフさんに・・・・・・。
「―――っ!」
いやぁあああああ!!
自分の姿に悲鳴を上げそうになった。
恥ずかしさで顔が熱い。
「そ、そうやな」
一方、リョウ君に頼まれたポピーちゃんは、いきなり現れたリョウ君に、まだ戸惑っているようだ。
「頼んだ。オレハそこのヤツをキザんでくル」
「リ、リョウ君」
不安になったわたしは、リョウ君に呼びかける。
胸騒ぎがしたからだ。
すると、リョウ君は、金色の目だけをわたしに向ける。
「すまナい。約束破るカモしれなイ」
「!?」
だ、ダメ!?
だけど、わたしが呼び止める前に、リョウ君は、目の前から消えた。
リョウは、ラルフに向かって、静かに移動を始めた。
すると、ラルフは、牽制に雷撃の刃を跳ばした。槍を目にも留まらない速さで振る。槍の刃からは、何十、何百と雷撃の刃が跳ぶ。それは、常人では反応できない速さで。
しかし、その攻撃は、リョウを捕らえることができない。
攻撃が当たると、リョウの姿が蜃気楼のように歪む。
「残像っ!?」
鳳凰流無音歩行〝陽炎〟。
リョウは、ゆらゆらと、風に吹かれた火のように、とても幻想的に動く。ブレながら移動するリョウを、捕らえることができないラルフは、距離を詰めに地面を蹴る。
距離を詰まるのは、ほんの一瞬だった。その勢いのまま、ラルフは、連続的に突きを繰り出す。
その速さは光速。
だが、リョウに当たることはない。
それはまるで、お互いの時間に差があるようだ。
すると、リョウは、その連打の一瞬間に割り込む。リョウの太刀が、右下から左上へと軌道を描く。ラルフは、それに反応すると、槍で受け止めた。だが、受け止めきれず、槍が弾かれ、バランスを崩れた。
そして、無防備になった腹部を、リョウは、右足で蹴り込んだ。
「がぁ!」
蹴られたラルフは、まるでボールのように、勢いよく吹き飛び、轟音を発てて、倉庫の壁を突き破った。
わたしは、リョウ君の動きに驚愕した。
その動きが、明らかに通常の魔導士の〝強化〟の魔法の範疇を超えていたからだ。局でもトップレベルの魔導士であるはずのラルフさんが、まるで歯が立っていない。
「・・・・・・着たときから、おもーてたんやけど。カイザー君、変やないか?」
「・・・・・・ありゃ、ヤベーな」
ポピーちゃんの質問に、サブ君は、疲れたような溜息を吐いた。
あれじゃあ、《マーナガルム》に乗っ取られてもおかしくない。
わたしは焦った。
「仕方ねーけど。止めるしかねーな」
「うん。このままじゃあ、リョウ、殺しかねないし、ね」
そのとき、サブ君、ジーク君が前に出る。
ダメ、それこそ大惨事になっちゃう。
このまま、三人がぶつかると、タダじゃすまないと思った。
わたしは、必死に思考を働かした。
「っ!?」
そのとき、無理させた所為か、頭に痛みが走った。
痛みが段々酷くなる。
「・・・・・・こんなときに」
自分が嫌になりそうだ。
足手まといならないように、魔法を覚えたはずなのに、この体たらく。
みんなにも迷惑をかけた。
「・・・・・・もっと強くなりたい」
もっと。
無理したせいか、体温がどんどん上がってくる。
しかし、そのときだった。
俺は、開けた穴から外に出ると、地面に転がっているラルフに、ゆっくり近づいた。
だが、そのとき、急に俺の足元に、金色の魔法陣が展開された。すると、その魔方陣から、同じ色をした鎖が飛び出す。その鎖は、俺の腕や体に巻きつくと、俺を拘束して動きを止めた。
『止まりなさい。リョウ』
俺は、声がする太刀に視線を向けた。どうやら、それを行なったのは、俺の《ウエポン》のAI、《ニア》だった。
「・・・・・・お前、なンで魔法が使エるんだ?」
AIのはずのコイツが、魔法を使えるはずがない。
すると、ニアは寂しそうな声色で説明した。
『・・・・・・黙っていたけど。マリアが、これを見越して付けた機能よ。魔力自体は、貴方のものを使わせてもらっているわ』
その答えに、俺は少し苦笑した。
「・・・・・・人の魔力、勝手に使うな」
『ゴメン。だけど、今、止めないと、貴方が戻れなくなるわ』
「・・・・・・悪い。それは、できナい」
その瞬間、俺は、太刀を横なぎに振り、鎖を斬り裂いた。
鎖が、空気中に溶け込むと、魔法陣も一緒に発散する。
『・・・・・・やっぱり、私の〝グレイプニル〟では、貴方を止めることはできないようね』
「悪いニア、だけど、アイツだけは、殺ラせてクれ」
『ダメよ! 止まりなさい。このまま続けたら、悲しむ人がいるのが分からないの?』
・・・・・・誰だ、そいつ?
俺は、考えたが誰も浮かばなかった。だから、すぐにやめた。
俺は、ラルフが仕留められる、射程範囲まで近づく。
そして、太刀を振り上げた。
『リョウっ!!』
ニアが、珍しく声を荒上げた。だが、俺は止まる気はない。
「・・・・・・どうした? 殺れよ。俺の親父のように殺してみろ!」
すると、ラルフは、俺を挑発するように口元に笑みを浮かべた。
俺は、それを睨み返す。
「安心しろ。すぐに殺ってやるよ」
そして、振り上げた太刀を、勢いよく振り下ろした。
〝ガシャン!!〟
だが、太刀は、途中で止められる。俺は、目の前の光景に驚いた。
「・・・・・・ま、間に合ったー」
そこには、シールド魔法〝アイギス〟を展開したリリの姿があった。
しかも、ほんの一瞬で、数十メートルを移動したのだ。
いや、急に目の前に現われた。
その背中に、幻想的な羽が生えていた。
あれは《先祖返り》。
いろんなことに驚いていた俺の前で、急に〝アイギス〟が発散した。そして、リリは、力尽きたのか、前のめりに倒れる。
俺は、慌ててその体を抱きとめた。
その瞬間、羽も発散し、消えてしまった。
「おい! リリ! 大丈夫か!?」
「リ、リョウ・・・く・・・・・・ん」
俺の叫びに、震える声で答えが返ってきた。
はぁ~、どうやら無事みたいだな。
「よかったー。間に合った」
そのとき、俺は、リリの様子に気付いた。リリは、額に玉のような汗を浮かべ、息が荒かった。
だが、俺に向かって微笑んだ。
そのときにはもう、俺の中から黒いものが消えていた。
「バカやろう。無茶すんなよ」
「えへへ、ごめんね」
俺は、その笑顔に救われた気がした。
だが、
「・・・・・・取り込み中、わりンだけど」
そのとき、遠くから声が聞こえてきた。俺は、すぐに視線を上げた。しかし、そこには、誰も居ない。
すぐに、声のした方へ視線を向ける。すると、廃墟の屋根に、ラルフが立っていた。
「アイツ、いつの間に」
「わりーけど。今回は、逃げるわ」
「なに?」
「なんか、白けたしー。それに。そろそろ治療しねーと、マジヤバイしな」
笑みを浮かべたラルフは、次の一瞬、姿を消した。
俺は、気配だけを追う。
どうやら、本当に逃げるらしく、ものすごいスピードで、離れていくのが分かった。
・・・・・・今から追っても無理か。
「・・・・・・リョウ君」
「んっ?」
俺は、不意に声をかけられ、視線を落した。すると、リリは、なんだか嬉しそう表情を浮かべていた。
「・・・・・・なにが、おかしんだ?」
「ううん、なんでもない。それよりも」
「それよりも?」
「・・・・・・お帰り」
Tweet |
|
|
2
|
0
|
追加するフォルダを選択
七巻の続きです。
引き続きどうぞ。