No.197905

真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第三章・第二幕

狭乃 狼さん

皆さんこんにちは。

北朝伝、三章の二幕をお届けします。

長安の、皇帝劉協から送られてきた突然の勅書。

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2011-01-26 11:30:41 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:24781   閲覧ユーザー数:18771

 「……ここまで来れば、冀州まで、あと少しのはず」

 

 斧を担いだその女性が、後方にいる三人の人物にそうつぶやく。

 

 「そうですか。……大丈夫、ですか?」

 

 「……大事無い。……すまんの、三人とも。お主らを、かようなことに巻き込んでしまって」

 

 星の光も差さない、その闇の中。一本の木にその背を預け、ほかの三人にそう声をかけて頭を下げる、その顔に包帯を巻いた、小柄な人物。

 

 「……あなたが謝る謂れはありませんよ。すべては、あの”王允”のせいです。……そうだな、詠」

 

 「ええ。……だから、気をしっかり持ってください。冀州に入って、”あいつ”にすべてを話せば、再び都に戻って、あの謀反人たちを討伐し、殿下を助け出すことがきっとできる筈です。……だから、あと少しの辛抱です、”陛下”」

 

 陛下、と。

 

 斧を担いだその女性から、詠、と呼ばれた、眼鏡をかけたその少女が、その小柄な人物をそう呼んだ。そのとき、木々の隙間から月明かりが差し込み、彼女らのいるその場を照らし出す。

 

 それによって映し出された四人の姿。

 

 斧を担いだその女性――華雄。眼鏡の少女――賈駆。メイド服姿の少女――月こと、董卓。そして、寝着姿の黒髪の少女――劉弁。

 

 長安を、例の事変によって追われる形となった彼女たちは、決死の思いで黄河を渡り、并州入って後、一路、冀州は鄴を目指していた。

 

 「……王淩どのは、無事でいるだろうか」

 

 「……なに。彦雲は”不死身”じゃ。比喩ではなく、本当にな。じゃから、必ず無事よ。朕は……いや、私はそう信じている」

 

 そう。王淩は、子供の頃から、信じられないような体をしていた。どんな重症を負ったとしても、一晩あればすぐに回復してしまう。……心の臓に、太い木の枝が”突き刺さった”、絶対に助からないといわれた、その事故のときも。

 

 彼女は、三日ほどで何事もなかったかのように、いつもの笑顔で、劉弁の前に現れた。

 

 「……王淩さんって、本当に”人”なんですか?」

 

 失礼なことは重々に承知である。だがそれでも、月は思わず、聞かずにいられなかった。それに対し、劉弁は怒ることなく、笑いながら答えた。

 

 「ふふ。……まあ、そう思うのも無理はないであろうな。……私もその時は、疑わずにおれなかった。じゃがの、あれは、まごう事なき”人”よ。……他よりも、少しばかり体のつくりが特別なだけの、な」

 

 彼女たちを逃がすため、都に一人残った親友の姿を思い出しつつ、劉弁はそう言った。

 

 「……では、そろそろ行きましょうか。この調子で行けば、後二日後には、鄴の街に入ることができましょう」

 

 「うむ。……三人とも、その前に、私からの願いを、聞いてはもらえないだろうか?」

 

 『え?』

 

 歩き出そうとする月たちを引き止め、劉弁は彼女たちに、ある事を頼んだ。それを聞いた三人は、始めのうちは強く反対した。だが、劉弁のその、頑なな態度についに折れ、その願いを聞き入れることとなった。

 

 

 

 一方その頃、鄴の一刀たちは。

 

 『…………』

 

 円卓を囲んで座る、一刀をはじめとした六人が、その卓に置かれた一枚の書簡を前に、険しい表情でいた。

 

 「……それで、どうするんですか、太守さま?」

 

 長い沈黙を破り、最初に声を出したのは伊籍だった。どんな時でもその笑顔を絶やさない彼女ではあるが、さすがにこの時ばかりは、その顔から笑顔が消えていた。真剣な面持ちで、一刀に問いかける。

 

 「……どうもこうも、な。……事態の真相がどうあれ、”これ”が、皇帝からの”勅書”であることに変わりはないからね。……瑠里、細策の人たちは?」

 

 自身の対面に座る司馬懿に、都に放った草たちがどうなったのか問いかける。だが、その返事は芳しくないものだった。

 

 「……まだ、戻ってきていません。これだけ遅いことを考えると、すでに捕縛されている可能性が高いかと」

 

 「……そう、だね」

 

 事の真相を確かめるため、都に草を放ってからすでに一月。なのに、一向に戻ってくる気配が無い以上、答えはおのずと見えてくる。

 

 「事の”真相”を知られたくない事情が、向こうにはあるということですね。……となると、こちらの書は、限りなく偽報に近いものになりますが」

 

 懐から一枚の紙を取り出しつつ、徐庶がいう。それは、一月前に送られてきた、王淩による劉弁殺害を報せる書簡。

 

 「せやな。……けど、一つだけ確かなんは、協殿下が帝位に就いたってことや。それだけは、はっきりしとるで」

 

 「そうだな。でなければ、これが殿下の、いや、新帝陛下の名で送られてくることなど無いからな」

 

 徐晃の言葉に誘われるようにして、一同の視線が再び、卓上の書簡に集まる。

 

 それが届けられたのは、この前日のこと。禁軍将軍の張温と名乗った勅使によって、それは通達された。その内容は、次のとおりである。

 

 『勅。冀州刺史にして鄴郡太守、北郷一刀を、本日を以って、その任から罷免する。以後、鄴郡は”冀州の牧”たる、袁本初の領とする。北郷一刀には、都への即時出頭を命ずる。尚、鄴郡所属の将兵は、そのまま袁本初の指揮下に入るよう、申し伝えるものである』

 

 無論、徐庶と姜維、徐晃の三人は、その場で猛反発した。普段その表情をほとんど変えない司馬懿ですら、露骨にその顔をしかめて異議をたて、一刀を、基本的には嫌っているあの伊籍ですら、謂れ無き処分だと、勅使である張温に食って掛かった。

 

 理由も無しの、余りにも唐突過ぎるものだと。

 

 そう。勅書の中には、一刀を罷免するその理由が、一行たりとも書かれていないのである。そう詰め寄られた張温は、ほとんど苦し紛れのような捨て台詞だけをはいて、早々にその場を立ち去った。

 

 勅命に、逆らうのか、と。

 

 

 

 「……けど、あん時はちっとだけ驚いたで?朔耶のこっちゃから、ここぞとばかりに、輝里を独占できる!いうて喜ぶかと思うたんに」

 

 「……いくらなんでも、こんな大事なことに私心は挟みませんよ。理由も無しの官位剥奪なんて、無茶苦茶もいいとこですもの。……まあ、ちょっとだけ、そう思ったのも事実ですが(ぽそ)」

 

 「……最後の方の台詞は、あえて聞かなかったことにしておきます。で、結局どうするんですか?確かに理由は何も書かれていませんが、勅命であること自体は、何も変わりはしませんし、後五日もすれば、袁家の人たちがここにやってきますけど?」

 

 伊籍の小さな声を聞き流し、改めて、一刀に問いかける司馬懿。

 

 勅命に従うのであれば、一刀は鄴を袁紹に明け渡し、自身は単身、都へと赴かなくてはならない。それはつまり、徐庶らとの、永遠の別れを意味する。

 

 一刀はそれに、何も答えなかった。一同も、一刀の心中を慮ってか、あえて沈黙を保ち、その日はそのまま、解散となった。

 

 

 そして明くる日。

 

 一刀は一人、何をするでもなく、街の中を大勢の人に混じって歩いていた。通りには様々な店が所狭しと並び、活気にあふれた様相を呈している。彼が歩く歩道の、すぐ横の車道では、馬車や荷車がそれこそひっきりなしに行きかっている。

 

 一刀は、徐庶から借りたコートを羽織り、人々の間を思索しながらすり抜けていく。そんな彼の耳には、周囲から様々な”音”が聞こえてくる。飯店の中の、活況に満ちた声や、鍛冶屋で金属を打つ音。そして何より、一刀の耳にもっとも心地よく聞こえてくるのは、自分の周りを行きかう人々の、その楽しげな声だった。

 

 (……今まで、いろいろとやってきた甲斐が、あるってもんだな……)

 

 人々のそんな声を聞いている内に、一刀は自然と笑顔になる。人々の、笑顔と笑い声。それが、今の一刀にとって、もっとも大切な”宝”の一つ。

 

 それゆえに、本音を言えば、それを失いたくは無かった。例え、皇帝の勅命に逆らったとしても。 

 

 だが、勅命に逆らうということは、朝敵のレッテルが、自分に張られるということ。自分一人ならば、そんなものはどうということは無い。元々自分は、この世界の人間ではないのだから、世間から離れてひっそりと生きていくのも、悪くは無いと思う。

 

 だが、自分は一人ではない。

 

 ”家族”である徐庶たちや、街の人々を捨てて逃げるなどという、そんな無責任なことが、一刀にはできようも無かった。

 

 では、勅命に従うか――――?

 

 

 そうすれば、少なくとも、みんなを巻き込んだりせずには済む。

 

 しかし。その場合は、自分は大切な”宝”を全て、失ってしまうことになる。

 

 一刀自身、それが自分のエゴでしかないことは、十分に判っている。そして、どちらを選べばいいかも、”理性としては”、判断がついている。

 

 ―――自身のエゴか。それとも、理性か。

 

 どちらをとるべきかを悩みつつ、一刀は一人、街中を歩いていく。

 

 やがて、道の中程まで来た頃だろうか。道の真ん中で、街路樹の上のほうを見つめている、一人の少女の姿が、一刀の目に入った。

 

 「何やってんだ、あの子?……あ、あれって、猫、か?」

 

 見れば、少女のその視線の先には、木の枝にしっかりとしがみつき、ミーミーと鳴いている、一匹の子猫がいた。

 

 「あ~、降りられなくなったんだな?……よし!」

 

 その木に近づき、おもむろに登りだす。突然の事にあっけに取られる少女には、

 

 「あの子、ちゃんと助けてあげるから、待っててな?」

 

 と、やさしく微笑んで。

 

 するすると木に登って行く一刀。すると、周りを歩いていた人々が、何事かとその足を止め、一刀を注視する。

 

 その衆人環視の中、一刀は何とか、子猫のいる枝へとたどり着き、そっとその手を伸ばす。

 

 「よ~し、そのままじっとしてろよ~……。ほ~ら、怖くなんか無いからな~」

 

 恐怖で固まり、ピクリともしないその猫に、一刀の手が触れようとした時だった。

 

 パキッ。

 

 「え?」

 

 木の枝が、重みに耐えられなかった。

 

 『あっ!』

 

 と、人々が思った瞬間、折れた枝ごと一刀は地面に落下した。……思いっきり、尻を打ち付けて。

 

 「いててて……。……よかった、無事だな、おまえ」

 

 みぃ。

 

 一刀のその腕の中で、小さく鳴くその子猫。それと同時に、

 

 わああああっっっ!!

 

 周囲から、拍手と歓声が沸き起こる。そして、その中の一人が、一刀のことに気づいた。

 

 

 

 「……ありゃ?よく見たら太守様じゃないですか」

 

 「本当だ。北郷さまだよ」

 

 「ははは。……こんちは」

 

 周りの人々に挨拶をする一刀。あっという間に、一刀の周りには黒山の人だかりが出来上がる。

 

 人々は皆、気さくに一刀に声をかけてくる。それは、挨拶だったり、軽口だったり、内容は人それぞれに、けれど、皆一様の、明るい笑顔で。

 

 ――――失いたくない。

 

 そんな人々に囲まれつつ、一刀は心の中で、心底からそう思った。

 

 

 暫くして、漸く人々から解放された一刀は、子猫を飼い主の女の子に返して、夕暮れの中を城へと戻ってきた。その城門まで来たところで、そこに一人の人物が立っているのに気づいた。

 

 「……朔耶さん」

 

 そう、それは伊籍だった。いつも通りの笑顔のまま、一刀に拱手をする伊籍。

 

 「お帰りなさいませ、太守様。……で、結論はでましたか?」

 

 「はは。……何をしてたかお見通し、か」

 

 「はい。恋敵の事は、いつでも観察してないと、ですから」

 

 「……そか」

 

 一言ポツリとだけ返し、一刀はそのまま押し黙った。

 

 結論―――――それはもう、彼の中で、すでに出ていた。けれど、それを口に出してしまえば、もう、”後戻り”はできない。だからこそ、なかなか口に出せないでいた。

 

 そんな一刀の心中を悟ったか、伊籍がやれやれといった感じで、一刀の背後をおもむろに指し示した。

 

 夕焼けが、街全体を照らし、赤く染め上げている。街のあちこちから炊煙が上がり、今日も一日の終わりを、告げようとしている。

 

 「……人々が、一日一日を、こうして平穏に終えられる。……それが、あなたの守りたいものなのでしょう?なら、何もためらうことなど無いはずです。……ま、私としては、あなたが居ないほうが輝里を独占できて良いんですが、それじゃあ、”はりあい”が無いですから」

 

 「朔耶さん……」

 

 「……貴方から輝里を取り返して、そして泣いて悔しがる顔を、いつか見るのが私の目標ですからね」

 

 「……」

 

 笑顔でそんなことを言う伊籍に、一刀は一瞬ポカンとした後、クスリと笑って、

 

 「……そうですね。輝里を貴女に、取られる訳には行きませんね。……この街で、大好きな人たちに見守られて、これからも奮起していかないと、ですね。……ありがと、朔耶さん」

 

 と、礼を言った。……いつもの、”あの”笑顔で。

 

 「(う)……べ、別に、例を言われる筋合いはありません」

 

 フイ、と。そっぽを向く伊籍。

 

 (……なんで、私が男なんかの顔見て、どきりとしなきゃなんないのよ。……気の迷い。うん、気の迷いに決まってる!)

 

 

 

 

 

 そしてその次の日。

 

 

 朝議の場で、一刀が自身の決断を、一同に語っていた、その時だった。

 

 「し、失礼します!」

 

 その場に、あわてて駆け込んでくる兵士の姿。

 

 「何事や!?今は大事な話の真っ最中やで?!」

 

 その兵士に、姜維が思わず声を荒げて問いかける。それも仕方の無いことだった。一刀の一大決心を聞き、全員が、今までに無い興奮に包まれていたのである。それに、水を注された形になったのであるから。

 

 だが、兵士の話を聞いたその瞬間、一同はその顔に、安堵と喜色の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 「禁軍将軍・華雄殿!同じく賈駆文和殿!”二人の従者”とともに、太守様にお目通りを願っております!!」

 

 

 

 

                                  ~続く~

 

 


 
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