No.189954

そらのおとしものf かしこい子未確認生物超激闘(らぶらぶあたっく)編 空の女王(ヤンデレ・クイーン)降臨

そらのおとしものfの二次創作作品です。
設定的には10話からの派生作品となりますが、
原作を知らなくても楽しんで頂けるように努力してみました。

原作を全く知らない方でも、大体3ページぐらいまで聞いたことがない単語を我慢しつつ読んで頂ければ大体世界観は掴んで頂けるかと思います。

続きを表示

2010-12-16 13:11:35 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:13854   閲覧ユーザー数:12839

総文字数約28,300字、原稿用紙表記93枚

 

そらのおとしものフォルテ 二次創作

 

かしこい子未確認生物超激闘(らぶらぶあたっく)編 空の女王(ヤンデレ・クイーン)降臨

 

 

 

 私がこの空美町にやって来てからもうどれぐらいになるのかな?

 3度目の夏祭りにも参加したから、もう結構長い年月いるような気もする。

 でも空美学園でいつまでも2年生のままだからそんなに長くはいないような気もする。

 どちらにしても私は智樹たちと沢山の思い出を作れるぐらいに長くこの田舎町にいる。

 それだけは確かなこと。

 一番大切な思い出を作っている掛けがいのない時間を今私は過ごしている。

 それだけは絶対に確かなこと。

 

 はじめ、私はシナプスの元マスターの命令で天空からこの地上へと降りて来た。

 シナプスを裏切ったエンジェロイドであるタイプ・アルファ(α)・イカロスを連れ戻す為だった。

 そして、邪魔になるならアルファのマスターである桜井智樹(さくらい ともき)を排除する為だった。

 

 地上に降りて来たばかりの頃の私は人間をダウナー、地上の蟲と呼んで軽蔑していた。

 それは私がシナプスで元マスターに虐げられ続けていたことへの裏返しでもあった。

 自分より劣等な存在を見出すことで踏み躙られたプライドを取り戻そうとしていた。

 そんな私は智樹に出会い、智樹の優しさを受けて変わったアルファに再会し、そはらや守形(すがた)たちに出会い、少しずつ変わっていった。

 私は、ほんの少しずつだけど、優しさ、愛情、そして「ありがとう」という言葉の意味を学んでいった。みんな、智樹が教えてくれた。

 

 そしてあの雪の舞い散るクリスマスの日、私は翼と引き換えに自由を得た。

 智樹やアルファたちが身の危険も顧みずに私を束縛していた鎖を断ち切ってくれた。

 マスターとの契約の証だった鎖を断ち切ってくれた。

 私は空を飛べる七色の翼を失い、代わりに自由という名の新しい翼を得た。

 

 私はシナプスを裏切り、マスターを裏切り、鎖から解き放たれて自由を得た。

 今の私は自分の意思でどこにでも行ける。自分の意思で何でもやれる。この体は本当に自由。

 でも、私の心はいまだ不自由のまま。

 今の私にはマスターがいない。

 その事実が今も私の心を鎖で締め付けている。

 

 エンジェロイドはマスターの命令を遂行するのが存在意義。

 だからマスターがいないエンジェロイドは何の為に存在しているのかわからない。

 つまり、マスターのいない私は何の意義も持たない無価値な存在と同じ。

 美香子(みかこ)の言葉を借りればポンコツ、元マスターの言葉なら役立たず。

 マスターのいない私にはそれがお似合いなのかもしれない。

 でも、それでも私は自分のことを無価値だと思いたくない。

 自分という存在に光を見出したいと願っている私が心の中にいる。

 だから私はマスターが欲しい。マスターに命令してもらいたい。私は意義のある存在なのだと誰かに認めてもらいたい。

 だから、だから私は智樹にマスターになって欲しい。智樹に必要とされたい。智樹に必要とされる自分でいたい。

 

 でも、智樹は私のマスターになってくれない。

 命令もしてくれない。

 命令を求めると辛そうな顔をして逃げていってしまう。

 アルファには平気な顔で沢山命令するのに。

 それは智樹にとってやっぱり私が何の価値のないエンジェロイドだからなの?

 空も飛べず、能力もダウンした私にできることなんて何もないからなの?

 私が智樹に嫌われているからなの?

 でも、そうだとしても私は智樹にマスターになって欲しい。

 だって、だって私は智樹のことが……智樹のことを……。

 だから……だから、諦めてなんて絶対やらないんだから!

 別に、智樹のことなんか本当は何とも想ってはいないけれど、絶対にマスターにさせてやるんだから!

 智樹に、私のことが必要だって、大好きだって言わせてやるんだからっ!

 

 

 

《大泉、お前、やめろよ。こんな所で……》

《2人きりの時はいつものように一樹と呼んでくださいよ、ジョンくん》

 残り少なくなった夏休みの1日をお茶の間で昼ドラを見ながら過ごす。

 昼ドラは人間たちの様々なドロドロした感情や愛の形を見せてくれるから大好き。

 今見ているこのドラマでは男と男の恋愛劇が描かれている。

 人間の恋愛って本当に多種多様で面白い。

 それに人間の男と女の組み合わせだけが恋ではないと示してくれているのはちょっと気分が良い。

 それってつまり、人間の男とエンジェロイドが恋をしたって良いってことだから。

 だから例えば私と智樹だって……

 

『俺の可愛いスイート・プリティー・エンジェロイド・ニンフよ。命令命令命令だぁ~♪』

『何っ、何っ? 何でも命令してね♪ マイ・スイート・ハンサム・マスタ智樹ぃ~っ♪』

『俺が買って来たりんご飴を食べろ。命令だぁ~♪』

『は~い、わかりましたマスタ~♪ ペロペロ。美味し~い♪』

『続いての命令だ。俺が買って来たこの山ほどのおかしを全部食べろ。命令だぁ~♪』

『は~い、わかりましたマスタ~♪ もぐもぐ。美味し~い♪』

『次の命令だ。キスをするから目を閉じて顔を上げるんだ♪』

『もぉ~♪ まだ日も明るいのにマスターのエッチィ~♪ でも命令ならわかりました。チュッ♪』

 

 という展開も当然ありな訳で。

「……ニンフ。お茶、入ったわよ」

 別に私は智樹のことなんて何とも想っていない。あんな馬鹿でスケベな男、私の趣味じゃない。

 だけど、智樹がどうしても私のマスターになりたいと土下座して頼むなら、インプリンティングを行ってマスターにしてあげても良いかなと思う。あくまで仕方なくね。

 でもそうなったら私はエンジェロイドなので、マスターの命令を忠実にこなさなければならない。例えそれがちょっとエッチな命令であったとしてもだ。

 智樹がマスターになったらエッチな命令をして来ない筈がない。でも私はそれを受け入れるしかない。だってその時私は既に智樹のエンジェロイドとなっているのだから。

 キャッ♪ 智樹の変態♪ エッチ♪ ケダモノぉ~♪

 ……何故か自分がそはらになった様な気がする。ちょっとだけ虚しい。

「……ニンフ、お茶」

「えっ? 何っ? 何なのっ?」

 耳元で突然大きな声が聞こえて思わず体が跳ね上がる。我に返って正面を見ると、アルファが緑色のどこか焦点の合わない瞳で無表情に私を覗き込んでいた。

「……だから、お茶。飲まないと、冷めちゃう」

 表情を変えないままアルファが暖かい湯気を発している湯飲みを手渡して来た。

「あ、ありがとう」

 動力炉がまだドキドキしていながら湯飲みを受け取る。

 アルファは感情制御能力に乏しくて表情を変えることは滅多にない。ポーカーフェイスと言えば聞こえが良いのだろうけど、今みたいに突然視界に入って来ると結構怖い。

 

「……ニンフ、また、ドラマ見てるの?」

 表情を変えないまま首だけテレビに向けながらアルファが尋ねる。

「うん、そうよ。昼ドラ、面白いじゃない」

 私が見るテレビ番組といえば昼ドラとニュースと決まっている。

 とはいえ、ニュースは電子戦用エンジェロイドである私が情報収集の一環で行っているものなので面白くて見ている訳じゃない。

 だから純粋に娯楽として見ている番組は昼ドラだけ。夜にもドラマはあるけれど、美男美女が多い割に何かこうドロドロ感が足りないのであまり好きじゃない。

「アルファも昼ドラ見たら? きっと嵌るわよ」

 昼ドラを見ていて少し寂しいのは、一緒に語り合ってくれる仲間がいないこと。智樹もそはらも守形も美香子も学校の他のみんなも昼ドラに興味を示してくれない。

 語り合える仲間がいないというのはちょっとだけ欲求不満。アルファが仲間になってくれれば嬉しい。でも、ま、無理だろうな。

「……私は、いいわ」

 予想通りにアルファの答えはノーだった。マスターである智樹とスイカ以外に興味を示さないアルファが乗って来る筈はなかった。

「……私には、愛が、わからない、から」

 アルファは切なげに瞳を伏せた。

 喜怒哀楽の乏しいアルファだけど、最近は『愛』という言葉に反応して哀の表情を見せることが時々ある。

 元々表情に乏しい子なのでこうやって哀しい顔をされるとこっちまで憂鬱になって来る。

「わからないんだったら、昼ドラ見て学べば良いじゃない」

 溜め息を吐く。

 わからないことは調査して理解する。それが電子戦用エンジェロイドである私の基本的な思考様式だ。だけどアルファは違う。

「……でも、いいの」

 アルファはわからないことをわからないまま心の中に抱え込んでしまう。解析できない心の痛みにずっと晒され続けて我慢するのがアルファの特徴だ。

 アルファは昔からこんな感じで結構な頑固者だったりする。だから私が一言二言述べたぐらいでは変わらない。アルファを変えられるのは多分たった1人だけ……。

 そこまで考えた所で思考を打ち切り、テレビに注意を向け直す。番組は既にラストシーンを迎えていた。

 

《ジョンくん、僕と一緒に暮らしてください》

《同棲しようってことかよ?》

《僕たちの恋は道ならぬものです。ですが、だからこそ僕の気持ちが本物であることをあなたに知って欲しいのです》

《大泉ぃ~っ!》

 

 ジョンと大泉が抱き合うシーンで今日の話は終わった。

 今日の話もなかなか面白かった。でも、だ……

「ねえ、アルファ。同棲って何?」

 知らない単語だった。

「……さぁ?」

 アルファも首を傾げた。

「さっきの使用例からすると、一緒に住むことを同棲っていうみたいだけど。じゃあ、私たちって智樹と同棲しているってことなのかしら?」

「……さぁ?」

 アルファは更に首を傾げた。

「でも、人間界には結婚っていう言葉もあるわよね。結婚と同棲ってどう違うのかしら?」

「……さぁ?」

 アルファの首は90度曲がっている。

「……あっ、そうだ」

 アルファは無表情のまま首の位置を元に戻した。その動作が人形みたいで何か怖い。

「……マスターの、DVDの中に、同棲、という文字が入った作品が、ありました」

 アルファはテレビの裏をゴソゴソと漁って1枚のDVDケースを取り出した。

「『同棲という名の鎖<R-18>』? どんな内容なの?」

「……さぁ? マスターは、見ちゃ駄目って、言ってましたから、見たこと、ない」

 それを聞いて好奇心が疼いた。

「じゃあ、どんな内容か確かめてみようよ」

 アルファの手からすぐさまDVDを奪う。

「……でも、マスタがー……」

 アルファは口では注意している。でも、本気で奪い返そうとはして来ない。アルファがその気になれば私からDVDを奪い返すなんてものの1秒も掛からないだろう。

 それをして来ないということはつまり、アルファも本当は中身が気になるということだ。

「大体、智樹は自分だけ沢山DVDを持っているのに私たちに見せてくれないのはずるいのよ! だからこれは私たちに当然与えられるべき権利の回復なのよ!」

 大義名分を並べながらDVDを機械にセットする。

「……でも、きっと、見たら、マスターが、怒る」

「智樹は私のマスターじゃないから命令なんか関係ないもんね」

 言っていて自分が少し虚しくなる。もし智樹がマスターだったらきっと私はこのDVDを見ようとはしなかったのだろうなと思いながら。

「それじゃあ、再生するわよ」

 横で手を伸ばし掛けて固まっているアルファを無視してデッキの再生ボタンを押した。

 

 

 

「なっ、何なのよ! あのDVDわぁっ!」

 2時間後、正座しながらわき目も振らずに2度連続で視聴し終えたDVDを片手に私は憤っていた。

 詳しくは言いたくないけれど、一言で言えばとてもエッチな作品だった。

 私の全く知らない世界がそこには広がっていた。人間の男と女があんなことをするなんて……。こんな物を持っているなんて、智樹ってばやっぱり最っ低っ!

「……私たちにも、マスターに知らせられない世界があるように、マスターにも、私たちには知らせられない世界がある。のだと思う」

 アルファは表情的にはいつもの無表情のまま智樹を弁護する。でも、心の中ではどう思っているのかわからない。

 だって、智樹が隠し持っている全てのDVDに対してアルファの主力兵器であるアルテミスの照準がロックされている。おかげで私の脳内はアラーム警報が鳴り響きっ放し。怒りを表面に出している私よりも深く怒っているのかもしれない。小声でブツブツと呟いているのも怖い。

「…………マスターは……私に……プロポーズした…………他の女……反応……だめ……」

 私の直感は今のアルファに関わったら危険だと告げている。見なかったことにしよう。

 でもこのDVDのおかげでわかったこともある。

「だけどおかげで同棲ってのが何なのかよくわかったわ」

 同棲というのはただ一緒に住んでいる訳ではないらしいということはよくわかった。

 あれ、でも、それだと……?

「私たちって、智樹と同棲しているのよね?」

「……そう、かも」

 アルファの返答がさっきと微妙に変わった。首が心持ち俯いている。

「智樹はDVDにあるようなことを実際にしたいと思っているのかしら?」

「……そう、かも」

 アルファは更に俯いた。

「じゃあ、智樹はあのDVDにあるような内容を私たちにしたいと思っているのかしら?」

「……そう、かも」

 アルファが首が90度俯いた。表情は見えないが、顔全体が赤いような気がする。

「ああっ、もうっ! 智樹ってば本当に最低ぇ~っ!」

 気が付くと大声で叫んでいた。

 だって、もし、智樹が同棲相手である私にあんなことを望んでいるのだとしたら……。

 

『さあ、ニンフ。君を縛り付けている全ての重荷を投げ打って俺に全てを委ねてごらん』

『駄目よ、智樹。私とあなたは結ばれない運命。だから、離して。お願い……』

『駄目だ。離さない。これから君の人生を縛り付けるのは俺の君への愛という鎖だけさ』

『ああ、私はもう智樹から離れられない。お願いだから一生縛り付けて離さないで』

『俺の可愛いニンフ。俺と一緒に夜明けのモーニングコーヒーを飲んでくれないか?』

『うん、智樹……愛してる……』

『俺も愛しているよ、ニンフ……』

 

 そして2人は……という展開を望んでいるに違いない。最低っ、最低っ、本当最低っ!

「…………ニンフ、顔、にやけてる」

 アルファの声に我に返る。気のせいか、アルファの顔がちょっとだけ怖いような? 

それに一瞬だけアルファの瞳が真っ赤に染まったような? 

 き、気のせいよね……。

 

「まあ良いわ。同棲については大体わかった。そして、同棲の次が結婚だってこともね」

 DVDのラストで2人は森の中の小さな教会で結婚式を挙げていた。つまり、同棲がステップアップすると結婚になるのだろう。

 つまり、私たちと智樹の行く末は結婚ということになる。人間界の情報収集に余念のない私は勿論結婚という制度についても知っている。

「でも、確か結婚って、1人の相手とだけしかできない制度だったような……」

 智樹は1人。でもこの家に同棲しているエンジェロイドは2人。この場合、どうなるのだろう? 智樹は私と結婚するのだろうか? それとも?

「…………1人、だけ?」

 突然アルファの瞳が紅く染まった。ウラヌス・クイーン(空の女王)と呼ばれ、破壊神と恐れられ、最強の戦闘用エンジェロイドの名を欲しいままにしていた昔の彼女の瞳に。

 そして世界最強の追尾型遠距離破壊兵器であるアルテミスが一斉に私をロックしたというアラーム音が脳内で鳴り響く。

 服装もいつものワンピースから戦闘用の鎧に変わっている。背中には戦闘時以外に滅多に見せないアルファの身長よりも立派な翼まで見えている。

 瞳の色もアラームも鎧も全部気のせい…………だったら良いなあ。

 認めてしまえば、多分、私は今までのどんな瞬間よりも命の危機に瀕している。

 ハーピーに翼をもがれた時だって、カオスに一方的にやられていた時だってここまで絶望的な状況ではなかったと思う。

 次の一言を間違えれば私は確実に一瞬で蒸発することだろう。この家もろとも。もしかすると空美町もろとも。ううん、きっともっと広い単位もろとも。

 だってアルファが最強の兵器であるアポロンの矢まで持ち出して私を狙っているのだもの。この国ごと吹っ飛んじゃうわよ。

「…………大丈夫。あなたに着弾したら、防御圏イージスを展開して、地上を守るから」

 何が大丈夫なのか激しくツッコミを入れたい所だけどそれはしない。その選択肢は私にとってDEAD ENDしか意味しないから。

 ここで、私が述べるべきは……

「えっとぉ、結婚っていうのは人間の作り出した制度だし、結婚相手は智樹が決めれば良いんじゃないかしら?」

「……マスターが、決める」

 アルファが元に戻った。

 瞳の色は緑だし、アラーム音や止んだし、服装はワンピース。いつも通りの無表情。

 おかげで私は命拾いした。

 というかアルファって、感情に乏しいだけでヤンデレの気があるんじゃないだろうか?

「……そろそろ、お買い物に行かなくちゃ」

 そしてアルファはウラヌス・クイーンモード発動に対し何の説明もないまま出て行った。

「た、助かったぁ」

 まだ、動力炉がドキドキしていた。

「でも、このままジッとはしていられないわね」

 敵の力は強大。だけど私は頭脳戦を本領とする電子戦用エンジェロイド。力で勝る相手を頭で抑えることこそが私の真価。

「負けないわよ、アルファ。いえ、ウラヌス・クイーンっ!」

 久しぶりに心が燃え上がって来るのを私は感じていた。

 

 

 

「結婚相手を決めるのは智樹でも、智樹の判断に影響を与えちゃいけないなんて私は言ってないもんね~♪」

 アルファが買い物に出掛けたのを確認してから智樹の部屋を目指してスキップする。

 シナプス最強のウラヌス・クイーンが敵である以上手をこまねいていられない。先手先手を打っていかない限り私に勝ち目はない。

 でも、空美学園のかしこい子王にも輝いた私の卓越した頭脳に抜かりはない。

「これを機会に智樹にマスターになってもらうか、結婚してもらおうっと♪」

 ウラヌス・クイーンに勝つ為には彼女と同等かそれ以上の‘既成事実’が必要となる。

そしてアルファが私に対して持っている有利な点といえば智樹がマスターである点だ。

 だったら私も智樹にマスターになってもらえば条件は同じになる。

 そしてそれは私の最も叶えたい大切な夢、じゃなくて智樹の忠実な欲望でもある筈。その為には頼りない智樹に代わってしっかり者の私が率先して動く必要があるのだ。

 その上で智樹がどうしても私に結婚して欲しいと言うなら、その願いを聞き入れてあげても良い。どうせその際はマスターのご命令になるので私に断ることはできないのだから。

「マスタ~マスタ~♪ 結婚~結婚♪」

 階段を上がりきり、智樹の部屋の扉を開く。

 

「ね~ね~智樹ぃ~」

 中に入ると、アルファが毎日のように掃除しているのにまだ汚い部屋が眼に入る。

「I can hear my heart bell! どうしたって言うの~俺のベルが~鳴る~!」

 智樹は座った姿勢で歌いながら私の存在にも気付かないほど熱心に何かを弄っていた。

「何、やっているの?」

 智樹に近寄って動かしている手を覗き込む。ノートパソコンのキーボードを叩いていた。智樹にしてはとても珍しいことだった。

「おおっ、ニンフか。ちょうど良い所に来てくれた」

 智樹は私の存在に気が付いて嬉しそうな表情を向けた。

 

 ……そんないきなりの笑顔、反則だってば!

 

「わっ、わっ、私に一体、何の用なのよ!?」

 頬が赤くなっているのを悟られない為に大声で叫んでしまう。心の準備ができていない時にそんな笑顔を向けられたら動力炉が過負荷で止まってしまいかねない。

「そういや、まだ説明していなかったな。俺の偉大なる大発明を!」

 智樹が拳を握り締めながら立ち上がる。

 そして私は智樹がこうして熱心に取り組んでいる時はろくでもないことをしているのを既に知っていた。

「で、今度は何を作ったの?」

 何も期待せずに聞いてみる。

「聞いて驚けっ! 今回の大発明は、TOMOKI覗きシステム3号機だぁッ!」

 智樹は某プロレスラーが気合を入れるが如く拳を高く突き上げた。

「あんた、他に作るものないの?」

 反対に私のテンションは下がりっ放しだった。

 本当にこの人にマスターになってもらいたいのか自分に自信がなくなってくる。

 たまに凄く格好良いのに基本的にはどうしようもなく駄目な人なのだ、智樹は。

 ずっと格好良くしていれば女の子にもモテるだろうに。まあ本当にモテモテになってしまったらライバルが増えることになるので全然良くはないのだけれども。

「フッフッフ。このTOMOKI覗きシステム3号機の凄い所はだな!」

 智樹は私のテンションの変化にも気付かずに解説を続けている。こういう女心がまるでわからない所が人気のない理由の1つなのだろう。

「時代の最先端、Wi-Fi技術、即ち無線を利用した遠隔無人カメラ撮影装置なのだっ!」

 智樹は得意満面。アルファだったらこういう時、拍手して答えるのだろう。けれど、私のプライドはそれを許さない。溜め息を吐くのが精々の反応。

「思えばパイプ管を使った初代装置は偽装工作には優れていた。が、有線故に中間に異常が生じると終わりだった。衛星軌道上からの鏡の反射を利用した2号機は隠密性に優れていた。が、イカロスのおっちょこちょいによりもう少しで失明の憂き目に遭う所だった」

「いい加減に懲りれば良いのに」

 私の呟きは智樹には届かない。

「だが、俺は数々の失敗にも諦めなかった。より素晴らしきシステムを開発する為に心血を注いだ。その集大成がこの3号機だぁっ!」

 自分がアルファと何を争っているのかわからなくなる。もうこんな奴はアルファに譲っちゃっても良いかな。そんな気さえしてしまう。

「だが、科学の粋を凝らしたこの3号機にも欠点は存在する。そこで、ニンフの出番だ!」

「えっ? 私?」

 突然私の名前が呼ばれて驚く。

「そうだっ!」

 叫びながら智樹は私の手を握って来た。

「ちょっ、ちょっとぉ!」

 突然のことでビックリしてしまう。でも智樹は私の手を握り締めたまま離してくれない。

「俺にはお前が必要なんだ、ニンフ」

 智樹はとても真面目な顔でそう言った。

「えっ? えっ? ええっ?」

 何? 何なの? 何なの、この急展開?

 もしかしてさっきのアルファとのやり取りが智樹の耳に聞こえていてそれで……とか?

 もし、そうなんだとすれば私は智樹と、ううん、マスターと……結婚なんて展開も?

 ウェディングドレス、準備した方が良いのかな? 

 結婚式場ってどんな所が良いの?

 親、というか私の作り主であるダイダロスにも結婚の報告をしなきゃ!

「3号機を構築するに当たって俺はカメラを空美町覗きスポットに完璧に仕掛けた。だが、肝心の無線システムがなくてな。それをニンフのジャミングシステムに頼みたいと」

 智樹はゲッヘッへと下衆っぽく笑った。

「…………期待した自分に腹が立つわ」

 智樹の考えることなんて所詮こんなものよね。私も何を血迷った夢を見てるんだか。

 

「せっかくだけど、私のジャミングシステムをそんなことに使うのはごめんだわ」

 溜め息を吐きながら智樹の申し出を断る。私だって今でこそポンコツ呼ばわりされているけど、ジャミングシステムを何に使うかぐらいの矜持は持ち合わせている。

 でも、智樹は手を離してくれなかった。今まで以上に強い力で私の両手を握って来た。

「頼むっ! ニンフじゃなければ駄目なんだ!」

 その表情は真剣そのもの。私の好きな顔。でも、恥ずかしくてまともに見られない。

「そ、そんなことを言われても覗きに手を貸すのは……」

 言いながら自分の拒絶の意思がどんどん薄らいでいくのを感じていた。

「俺にはニンフがいないと駄目なんだっ! 頼むっ!」

 そんなに真剣な顔をして智樹に言われたら、私が断れる筈がない。

「その、私がジャミングシステムを使うのは……命令、なの?」

 命令だったら、凄く嬉しい。

 智樹に命令してもらいたい。

「いや、命令じゃねえよ」

 けれど智樹は首を横に振って命令であることを否定した。

 やっぱり、智樹は私には命令してくれない。

「命令じゃなくてお願いだ、お願い。受けるか否かの決定権はニンフにある」

 智樹は複雑そうに唇を曲げながら私を見ている。

 智樹は何かある度に私に自分で選択する様に迫って来る。私は命令して欲しいのにもかかわらずだ。智樹はやっぱり私のことが好きじゃないのかな?

 でも、でも、それでも私は……。

「わかったわよ。今回だけ特別にジャミングシステムを使ってあげるわよ」

 良くない選択をしてしまったとやる前から後悔しながら引き受ける。

 でも私に智樹のお願いを断るなんてできる訳がない。だって智樹のお願いなんだから。

 

 

 

「じゃあ、ジャミングシステムを発動させて、そのパソコンに監視カメラの映像を送れば良いのね?」

「O.K. O.K. それで頼むぜ。えへへ」

 締まりのない顔で笑う智樹を見ていると、自分が何をしているのか本当にわからなくなって来る。でも、一度引き受けたものをやりもしないで止めるのは嫌。

 だから、気はあまり乗らないけれど自分のプライドに掛けて仕事はきちんと果たす。

「それじゃあ、ハッキング、行くわよッ!」

 空中に向かって右手をかざしてシナプスの科学力、人間界で言う所で多分超科学の力を使った特殊な電磁波を町中に流す。今の私の能力じゃ町中に電磁波を流すだけでもつらい。けれど、手を抜くなんてできなかった。

 智樹にポンコツとか役立たずとか思われたくなかった。智樹の役に立てる所を見せたかった。だから私は全力で電磁波を流した。

「おおおぉっ! すげえ、すげえぞニンフ。仕掛けておいたカメラから画像がどんどん送られて来てるぅううううぅっ!」

 横から智樹の興奮した声が聞こえて来る。

 視線をパソコンのモニターに向けると、女の子達の着替え場面が映っていた。どこかの学校の更衣室に仕掛けられたカメラで間違いない。

 私はこんなものを映す為に全力を尽くしているのかと思うと悲しくなって来る。

「やっぱりお前は天才だよ、ニンフッ!」

 興奮した智樹が後ろからポンポンと肩を叩いて来る。

 智樹に認められているのは嬉しい。けれど……

「お次は私立美空学園の水泳部の更衣室だな。あいつら、普段お高くとまっているいるから、その化けの皮ならぬ水着の中を暴いてやる。むっひょぉ~ひょ~ひょっひょ」

 今度は智樹が背中から抱きついて来た。それは、凄く嬉しい。でも、智樹の注意は全く私には向けられていない。画面の中の半裸の女の子たちに釘付けのまま。

 

 女の子たちの裸や下着姿で興奮している智樹を見ていると段々イライラして来る。どうしてすぐ側に私がいるのに他の娘を見ようとするんだか。ああ、もう、腹が立ってきた。

「じゃあ、そろそろ本命といきますか。ぐっひょっひょ。まずは会長のお色気ムンムンボディーを拝ませてもらいましょうかね。ひゃっはっはっは」

 美香子の名前が出たことで私の機嫌は一層悪くなる。

「続いては幼い顔してボディーは凶悪なそはらの下着姿でも拝ませてもらおうか。あいつ、暑い時部屋の中では下着姿でいることが多いからな。うっひょっひょ」

 そはらの名前が出たことで私の機嫌は更に更に悪くなる。

 そはらや美香子は私の大切な友達だ。その友達の裸を盗み見るなんて行為は許せない。

 でも、やっぱりそれ以上に本命という単語の後に2人の名が出て来るのは気分が嫌。

「ねえ、智樹」

「何だよ? 俺は忙しいんだぞ」

 智樹は私に抱きついているのも気付かないほどにモニターに熱中し続けている。

「……あるの?」

「何がだよ?」

 智樹はモニターから目を離さない。

「だから、私とアルファの部屋には隠しカメラがあるの?」

 それは私にとって大事な質問。そはらや美香子たちと比べて私たちが智樹にはどう映っているのかという大事な質問。

「……仕掛けてねえよ」

 智樹は私から手を離しながらぶっきら棒に答えた。

 その答えを聞いた瞬間、私は全身の血がカッと燃え滾るのを感じた。

「そはらや美香子にはカメラを仕掛けているのにどうして私たちには仕掛けないのよ!」

 大声で智樹を詰問する。

「……どうしてって言われてもな。お前、覗かれたいのかよ?」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 歯切れの悪い智樹を見ていると本当にイライラする。

「……とにかく、俺はお前たちを覗かないったら覗かない。これはもう決定事項だ」

「そんなに私たちが魅力ないと言いたい訳っ!?」

 智樹のバカ。智樹のバカ。智樹のバカッ!

 私やアルファはそんなにそはらや美香子に比べて魅力で劣っていると言うの?

 エンジェロイドじゃ人間の女には敵わないって言うの?

「……俺に未確認生物に欲情する趣味はない」

 智樹の言葉は聞いていて悔しい。でも、それ以上に悲しい。

 やっぱり私じゃ智樹の一番にはなれないって言うの? 私にはそんなに魅力がないの?

 あっ……涙が……

「……っ! 大体ニンフのその貧弱な胸じゃ俺の煩悩を掻き立てるなんてできねえぜ。むっひょぉ!」

 智樹が突然スケベ顔に豹変した。そして呆気に取られている私の胸を……揉んできた。

「やっぱりこの揉み応えのなさは今後の成長に期待、だな。うっひょっひょ」

 智樹は両手を開いて閉じて、つまり私の胸を揉みしだいている。

 事態を把握し、適切な善後策を練るまでに約10秒の時を要した。

 その間、私の胸は智樹に揉まれっ放しだった。

 そして私の出した結論、それは……

「このぉっ! 変態ぃいいいぃっ!」

 怒りの炎に身を任せて智樹を乱打することだった。

「変態っ! 変態っ! 変態っ! 変態っ! 変態っ! 変態ぃいいいぃっ!」

 両の拳と鞭と化したツインテールで智樹の全身を打ち付ける。

「禅寺の時も、プロレスの時も、そして今も気安く人の胸を揉んでくれてぇ~っ!」

 拳と髪から生じる摩擦で智樹の服がビリビリに破れていくけど気にしない。智樹が全裸でいるのはどうせいつものことだ。

「少女に襲われ服をその手で引き裂かれる。こいつは新しい快感だぜぇええぇっ!」

「黙れ、この、露出狂がぁああああぁっ!」

 私の連撃は全裸となった智樹が気絶するまで10分間に及んだ。

 

 

「智樹のバカ、智樹のバカ、智樹のバカ、智樹のバカ、智樹のバカぁああああぁっ!」

 小石を掴んで智樹のバカと発する度に川の中に投げ入れる。

 もう何百個の石を川の中に投げ入れたのかわからない。

 

 智樹が気絶した後、私は泣きながら家を飛び出した。

 そして無我夢中で駆けている内にこの川原に到着していた。

 後はただ体育座りをして小石をひたすらに川の中に投げ込みながら愚痴っていた。

「大体、何なのよ、智樹の奴。未確認生物に欲情する趣味はないとか言いながらいきなりエッチな顔して私の胸を揉んで来るなんて」

 智樹の行動は理解不能だ。

「だけどやっぱり智樹は……スタイルの良い娘の方が好きなんだろうな」

 自分のスタイルを確かめてみる。胸はほとんど平らだし、何より体の全てのパーツが小さい。人間界で言う所の小学生みたいに見えてしまうこの体。

 ダイダロスは何か意図があって私の体をこのように作ったのだと思う。だけど、智樹相手には全て裏目に出てしまっている。

「って、どうして私があんなバカで無神経でスケベな男に頭悩ませなきゃいけないのよ!」

 シナプス最高の電算能力を誇る私ともあろう者が本当に何をしているのだろう。

「ああっ、もうっ! 本当にイライラする!」

 一回り大きな石を手に取って川の中央に向けて力いっぱい投げる。

「痛ったぁっ!」

 すると着水した地点から大きな悲鳴が聞こえた。

 ビニールシートやら藁やら釣り糸が絡まってできているあの巨大なオブジェは……

「何をやってるの、デルタ(Δ)?」

 シナプスが誇る最強の局地戦闘用エンジェロイドであり、無類の馬鹿でもあるタイプ・デルタ・アストレアで間違いなかった。私の知り合いの中であんな芸当ができるバカはデルタか智樹しかいない。

「助けてください、ニンフ先~輩ッ!」

 あの情けない声、そして私を先輩と呼ぶ人物は120%デルタで間違いなかった。

「あんたの力ならそんな釣り糸とビニールシートぐらい、どうにでもなるでしょうが」

 デルタは接近戦においてはアルファさえも上回る戦闘能力を持つ。だからあんな罠とも呼べないものを抜け出せない筈はない。バカだけど。

「お腹が空いて力が出ませ~ん!」

 ……デルタは私の予想を上回るバカだった。

「しょうがないわねえ」

 翼がないので歩いて川の中へと入る。こういう時、私は翼を失ったのだと思い知らされる。智樹が私を受け入れてくれないのも翼がないからなのかな……。

「はっ、早く助けてください、ニンフ先輩ぃ~っ。お魚に食べられるぅ~」

 一方、バカは群がって来ている魚たちに口ばしでついばまれ、本人曰く命の危機に瀕していた。ある意味すごく器用だ。

「デルタみたいに単純に世界を整理できたら悩まなくて済むのかもね」

 私の膝ぐらいまでの深さしかない浅瀬で命の危機に瀕しかけられるデルタがちょっとだけ羨ましかった。

 

 

「……という訳で、智樹ったらバカでスケベで最低なのよっ!」

 私は川から引き上げたデルタ相手に愚痴っていた。デルタ相手に愚痴っても何にもならないことは知っていた。けど、それでも不満を誰かに吐露したかった。

「もぐもぐ、それは実に、もぐもぐ、災難でしたね、もぐもぐ、ニンフ先輩」

 そのデルタは私に与えられたお菓子を頬張りながら適当に相槌を打っている。まあ、おバカなデルタ相手に愚痴った所で返って来る反応はこの程度かもしれない。

「あんたねえ、食べるか喋るかどちらかにしなさいよ、行儀悪い」

「じゃあ食べます!」

 如何にもデルタらしい答えだった。そしてこんな子を相手に一生懸命愚痴っている自分がバカらしくなって来る。何か、智樹に対する怒りもどうでも良くなって来た。

「デルタは良いわよね。悩みがなさそうで」

「そんなことはありませんよ」

 私があげたお菓子を全て食べ終わったデルタはスッと立ち上がった。

 アルファをも上回る抜群のプロポーションを誇るデルタが凛々しく立ち上がると、私には出せない色気と威厳を感じさせる。

「私だって、どこに行けば食べられそうな草が生えているとか、どこのゴミ箱は美味しいご飯が捨てられているとか、いつも真剣に悩みながら生きていますよ!」

 威厳があると思ったのは私の気のせいだった。

「あんた、もう少し健康で文化的な生活を送りなさいよ」

 天使とも呼ばれ人から崇め奉られる存在でもあったエンジェロイドが何て生活送っているのだか。

「というか、ニンフ先輩はずるいですよ」

「何がよ?」

 デルタにずるい呼ばわりされると何か腹が立つ。

「アイツとの関係はマスターでも何でもないのにちゃっかり桜井家に居候して。しかもお小遣いまでもらっちゃって。恵まれ過ぎですよ。私なんか1週間何も食べてないのに」

 デルタは痛い所を突いて来た。

「……別に、良いじゃない」

 唇を尖らせながら小さく反論する。

「良くありませんよ。私と替わってください。先輩もサバイバル生活を送ってみれば、私がどんなに苦労をしているかわかりますよぉ」

 デルタが滝のように涙を流しながら両肩を掴んで来た。

「ちょっと、放しなさいよ!」

「嫌ですぅ。ひもじいのはもう嫌ですから、私と替わってくださいぃいいぃっ!」

 悪霊のようなデルタは鬱陶しく、かつ怖かった。それに……

「替われる訳がないでしょう? だって、私は智樹と同棲しているのだからぁっ!」

 今のポジションを失ったら私と智樹の縁は完全に切れてしまう。そんなのは嫌だった。

 

「ニンフ先輩がアイツと同棲、ですか?」

 デルタは私の腕を放し、代わりに目を丸くしていた。

「そうよ。だから私はただの居候ではないのよ!」

 デルタは手を口の前に置いて笑いを堪える仕草を取る。何かムカつく。

「あの桜井智樹が先輩と同棲なんてあり得ませんよ。ぷすすっ」

 そして遂に笑い始めた。それは明らかに私をバカにする笑いでとても腹が立った。

「何よっ! 大体デルタは同棲が何か知っているの?」

「フッ。それぐらい勿論知っていますよ」

 デルタは自信たっぷりに頷きながら、背中から1冊の雑誌を取り出した。

「じゃじゃあ~ん。これが私の情報源で~すっ!」

 デルタが誇らしげな表情で掲げてみせるそれは……

「エロ本じゃないの」

 裸の女の人が手で胸だけ隠している表紙。どう見てもエロ本だった。

「フッフ。これは私がアイツの部屋に忍び込んで奪取してきた戦利品の一部なんです」

「他人のエロ本を盗んできたことを誇らしげに語るのはどうかと思うわよ」

 このおバカ娘のせいでエンジェロイドの評判がまた下がる。頭が痛い。でも、デルタはますます誇らしげな表情を見せていた。

「ぷすす。ニンフ先輩、エロ本を甘く見ちゃいけませんよ。紙の保温効果で冬に大量のエロ本を布団代わりにして包まっているととても暖かいんですよ」

「デルタ、あんたの人生それで良いの?」

 もし桜井家に居座るように行動していなかったら、今の私はデルタと同じような生活を送っていたのだろうか? それを考えると怖すぎる。

「そしてエロ本に包まっていると精霊さんが私に語り掛けて来るんですよ。エロ知識について。だから私はそっち方面に詳しいんです。同棲という言葉の意味も知っています!」

「あんたそれ、精霊じゃなくて悪霊の間違いよ」

 智樹のエロ煩悩が独立して悪霊になったもので間違いないと思う。

「そういう訳で私はエンジェロイドで一番破廉恥な知識について詳しいんです。もうバカとは言わせませんよっ!」

「少しは女の子としての恥じらいを持ちなさいよ……」

 本当、バカとの会話は疲れる。

 

「しかし今までの話をまとめるとニンフ先輩は桜井智樹のことが大嫌いなんですねぇ」

「……何で、そうなるのよ?」

 確かに私はデルタに智樹の愚痴を言った。しかし他人に大嫌いと断定されてしまうとそれは何かとても嫌な感じがする。特に、デルタに言われると、だ。

「かしこい子王にも輝いたニンフ先輩とバカ丸出しの桜井智樹じゃ、何にしても釣り合わないってことですよ」

 デルタの言葉に何か大きな棘を感じる。

「じゃあデルタは誰なら智樹にお似合いだって言うの?」

 デルタは急に顔を赤らめて指でモジモジ始めた。

「やっぱり、アイツと同等レベルで一緒にはしゃげる娘がお似合いなんじゃないかと。た、例えば、わ、私とか……」

 そういやこいつ、カオスと戦った時に智樹のことを好きって言っていたような……。

 こいつも……敵か。

「フ、フン。デルタったら何を言っているのかしら? 智樹は私と同棲しているのよ。智樹が結婚を申し込む相手は私に決まっているじゃない」

 私は智樹の家に住んでいる。お小遣いだってもらっている。これはもう2人が家族になっている証拠。つまり、私と智樹は夫婦になっているも同然。デルタなんか目じゃない!

「ニンフ先輩こそ何を冗談言っているのですか? 桜井智樹が大好きなのは巨乳。そしてエンジェロイド一の大きな胸と言えばこの私。アイツが誰をお嫁さんに選ぶかなど、聞く前から結果は決まっていますよ」

 デルタはわざとらしく自分の胸を叩いて揺らしてみせた。私には絶対できないだろうと言わんばかりに。その行為は私の動力炉に火を付けた。

「何よ、私なんか智樹からりんご飴をプレゼントされたことがあるんだからね!」

「私だって桜井智樹にご飯をご馳走されたことがありますぅ~」

「私なんか毎日食べてるわよ!」

「ただの居候のくせにっ!」

「うるさ~いっ!」

 肩で息をしながら罵り合うデルタと私。

 でも、智樹との距離なら私の方が近いのは確か。この勝負、もらった。

「あっ、そうだ!」

 アストレアはニヤリと笑うと急に自信満々な態度を取った。

「私はこうやって空も飛べる凄い力を持ったエンジェロイドですよぉ~。ニンフ先輩は空、飛べましたっけ?」

 デルタは優雅に優雅に空を飛びながら円を描いてみせた。

 あの、バカ。人が気にしていることを……っ!

 いいわよ。そっちがその気なら、本気で相手してやるわよ。

「そう言えばまだお菓子持っていたっけ? 今ここで食べよ~とっ」

 ワンピースの中からキャンディーを1つ取り出して空中に向けて見せびらかす。

「あっ! お菓子っ! 欲しいよぉ」

 すると案の定、バカは釣られて地上へと降り始めた。

 で、仕上げに入る。

「ハッキング開始っ!」

 あのバカから飛翔に関する記憶をプロテクトする。バカだから乗っ取るのは容易い。

「うっきゃあぁああぁ!? 落ちるぅうぅっ!?」

 バカはいい感じの音を立てながら地面に墜落した。

「幾ら何でも酷いじゃないですか、ニンフ先輩~っ!」

 と思ったらすぐに復活したバカは鼻血を垂らしながら拳を振り上げ私に向かって来た。

「面白いっ! 智樹相手に鍛えたこの拳の力、あんたに見せてやるわっ!」

 電子戦用エンジェロイドだからって肉弾戦の能力が弱いと舐めてもらっちゃ困る。私は智樹のお仕置きという名の修行を繰り返して来た。バカにだけは負けないッ!

「近接戦最強の私に挑もうとは良い度胸ですよ、ニンフ先輩ッ!」

 私とバカの拳が交錯する!

「えいっえいっえいっえいっえいっえいっえいっえいっえいっえいっえいっえいっ!」

「このっこのっこのっこのっこのっこのっこのっこのっこのっこのっこのっこのっ!」

「ちょっと、髪を引っ張らないでよ! 痛いじゃない!」

「先輩こそ、ほっぺたつねらないでくださいよ。痛いじゃないですか!」

 エンジェロイド同士の死闘の中でも最も過酷だったに違いない私たちの戦いは5分以上続いた。

 

 

 

「はぁ~はぁ~はぁ~。やりますね、ニンフ先輩」

「はぁはぁ。あんたこそ、やるじゃないの、デルタ」

 結局死闘は引き分けで終わりを告げた。

 私の体力が尽きるのとデルタが空腹で倒れるのは同時だった。

 争いは何も生まない。というか、智樹のいない所で争っても何にもならない。

 私たちは大きな犠牲を払った末にようやくそれを悟った。

 そして話はスタート地点に戻る。

「智樹はわ、私のことが好きに決まってるんだから」

「桜井智樹が好きなのはわ~た~し~ですぅ」

 そして歴史は繰り返す。

 私の体力が回復し、デルタがその辺の草を食べて空腹を満たした時が第二次大戦の幕開けとなるに違いない。

 それが無益な戦いであることを私たちは既に知っている。でも、戦いは避けられない。

「先輩の顔を立てて譲る気はないのかしら、デルタ?」

「ニンフ先輩こそ、後輩には気前良くするものですよ?」

 だって、私もデルタも譲れないものの為に争うのだから。

 智樹という掛けがいのない人物の為に!

「「覚悟ぉおおおおぉっ!」」

 私たちの拳が再び交錯して……

 

「…………最初で、最後の、好き。……最初で、最後の、大好き。……運命なんて、何も、知らずに、決めた、未来だから」

 

 お互いの顔に到着する直前で闖入者の歌声により止まった。

「い、イカロス先輩?」

 アルファは私たちに気付かぬまま川原沿いの道を買い物袋を下げて歩いていた。

 いつも通りの無表情。でも、私は見逃さなかった。

「違うわ。あれはシナプス最強の大量破壊兵器、ウラヌス・クイーンよ」

 一瞬だけ見えたアルファの瞳は真紅に染まっていた。

 アルファは私たちに気付かなかったんじゃない。敢えて無視したんだ。私たちなど取るに足りない存在と言わんばかりに。智樹争奪戦の敵にもならないとばかりに。

「う、ウラヌス・クイーンってそんな大げさな……」

 デルタはガタガタと音を鳴らしながら全身を震わせていた。

 デルタはアルファのことを特に尊敬している。それは、体育会系のバカであるデルタが最強の戦闘能力を持つアルファの力を敬っているということでもある。でもそれは逆から見ればその力を恐れているのと等しかった。

「そうよ。私たちがこんな所で争っている場合じゃないわ。敵は最強最悪のウラヌス・クイーンなのだから」

 智樹はウラヌス・クイーンの鎖によって囚われてしまっている。だから私が智樹を助けなくちゃ。それが智樹にできる私の精一杯の恩返しなのだから。

「で、で、で、でも、イカロス先輩が敵だなんて……」

 デルタはまだ震えている。

「ビビっている場合じゃないでしょ!」

 デルタの肩をしっかりと掴む。

「ウラヌス・クイーンの持つ力をよく考えてみなさいよっ! 私と同じく智樹と同棲していて、デルタと同じぐらいのナイスボディーを誇っている。そして智樹を正式なマスターとして迎えているという最強の組み合わせを持つエンジェロイド。それがウラヌス・クイーン。私たちの敵なのよ!」

 改めてアルファのスペックを考えてみるとその強大さに驚かされる。

 でも、負けない。負けられない。この勝負だけは、絶対に負けられないっ!

「イカロス先輩を相手にしたら、絶対に死んじゃいますってばぁ」

「だから私たちが手を組む必要があるのでしょ」

 デルタの目をジッと見据える。

「私たちが、手を、組む?」

 デルタの目は泳ぎながら私を見ている。

「そうよ。1人では敵わない相手でも、共同して戦えばきっと勝機は見えて来る筈よ」

 デルタの瞳をより一層の強い眼力をもって覗き込む。

「勝機……イカロス先輩に勝つっ!」

 デルタの瞳の焦点が定まった。

「そうです。打倒イカロス先輩。やりましょう、ニンフ先輩っ!」

 そこには戦士の顔となったデルタがいた。

「絶対に倒すわよ、ウラヌス・クイーンっ!」

「おおぉっ!」

 こうして私は打倒ウラヌス・クイーンという目標に向けてデルタという仲間を得た。

 

 

 

「それで、どうすればイカロス先輩に勝つことができるのでしょうか?」

 桜井家の庭の植え込みの中、デルタが小さく挙手をして尋ねてきた。

「孫子の兵法に曰く、敵を知り己を知らば百戦危うからずとあるわ。まずはアルファを観察して情報を集めましょう」

 同じく植え込みの中に隠れている私が小声で答える。

 打倒ウラヌス・クイーンには綿密な計画と大胆な実行が求められる。その為にはまずアルファを観察し、弱点なり、攻略に使えそうな情報を集めなくてはならない。

「はいは~い、ニンフ先輩。スイカを人質にとって桜井智樹の引渡しを求めるのはどうでしょうか?」

 デルタにしては頭を使った作戦だった。

 アルファはスイカに対して非常に強い執着を見せている。それを利用すればという発想自体は悪くない。でも……

「私たち、今度スイカに何かしたら確実に消されるわよ。交渉する暇はないでしょうね」

「ひぃいいいいいいいぃっ!?」

 以前、私たちはアルファが大切に育てていた家庭菜園のスイカに手を出してしまったことがある。それ以来アルファはスイカ畑の警戒を厳重にしている。

 今度また私たちがスイカに手を出せば、スイカにたかろうとするハエの如く迎撃システムによって容赦なく消されるだろう。塵も残さずに。

 ウラヌス・クイーンというかヤンデレ・クイーンと化した今のアルファなら絶対やる。

「だからスイカに代わる弱点を観察してみつけるのよ」

「はっ、はい。わかりました」

 こうして私たちはアルファの張り込みを開始した。

 

「……アルファって、毎日こんなつまらない生活を送っているの?」

「ニンフ先輩の方が一緒に住んでいるのだからよく知っているでしょ?」

 観察し始めて気付いたこと。

 それはアルファがとてもつまらない生活を送っているということだった。

 掃除して、洗濯して、食事作って、また掃除して。1日中黙々と家事ばかりこなしている。生活に面白みの欠片も見出せない。

「アルファもお菓子食べたり昼ドラみたりすれば良いのに。人生の楽しみの95%は損しているわ」

 あるフランスの王妃がパンがなければお菓子を食べれば良いと諭したほどにお菓子は重要だと言うのに。

「何を甘いことを言っているのですか、ニンフ先輩」

 真面目な顔をして額から冷や汗を流すデルタ。その体は微かに震えている。

「何が甘いって言うのよ?」

 デルタが得意満面な要するにいつもの表情に戻った。

「イカロス先輩はつまらない生活を送っているのではありません。24時間人妻モードを実践して想像の世界を楽しんでいるのです」

「人妻を実践?」

 デルタが鼻の穴を大きく開けて誇らしげにしている。

「そうです。私が持っているあっち系の知識によれば、黙々と家事をこなしながらも無防備に晒しているあの色気漂う背中は人妻そのものです。あれは桜井智樹に背中からガバッと抱きしめられて破廉恥なことをされるのを狙っているに違いありません!」

「アルファがそんなこと考えているとは思えないんだけど? 智樹もそんなことしないし」

「だから甘いと言うのです。イカロス先輩は桜井智樹に背中から優しく、だけど情熱的に抱きしめられることをいつも想像して楽しんでいるのです。それが人妻モードなんです!」

 デルタの語気は荒い。これもデルタにとり憑いている悪霊の影響だろうか。

「想像の翼は無限大。私だって沢山のご飯に囲まれている想像をしている間は幾らでも幸せになれますし」

「想像……ねえ」

 あの無表情で焦点が定まっていないような緑の瞳は何を考えているのか正直わからない。でもアルファがそんなそはらみたいなことを妄想しているとも思えないのだけど。

「そして、桜井家の家事全般をイカロス先輩が取り仕切っている。この事実こそが最も厄介なのです」

「うっ」

 デルタの言葉が今度は胸にグサッと来た。

「桜井智樹は生活の全てをイカロス先輩に依存しています。既に先輩なしで生きていけない域です。これはもう先輩が精神的妻の座を得ているといってもおかしくありません」

「それは……」

 悔しいけれど反論できない。

 私もお掃除ぐらいは手伝ったりするけれど、基本的に家事はしていない。

 私がいなくなったら智樹は悲しんでくれるかもしれないけれど生活には困らない。

 それはアルファと私の決定的な違いかもしれない。

「そして家事を1人でこなすあの姿は、私たちが割って入る隙のないことを無言で示しているのです。流石はウラヌス・クイーン。恐ろしいまでの計算と破壊力を持った攻撃です」

 デルタは再び震えていた。

「そうね。デルタの言うことも一理あるかもしれないわ」

 智樹がアルファに餌付けされているというのは大きい。

 私だって智樹にりんご飴をもらって篭絡されたと言えなくもない。

 兵糧を抑えるのは古来から最も基本的にして効果的な戦法。アルファがそれを実践していると考えれば、その戦略は決して侮れない。

 

「アルファが兵糧攻めで来るのなら、私たちは奇襲で一気に勝負を決めるしかないわね」

「奇襲、ですか?」

 デルタは目を丸くしている。正面から突撃しか能のないこの子と奇襲は近いようで遠い。

「そう、奇襲よ。アルファを遠ざけてその間に智樹と電撃結婚する。ウラヌス・クイーンに勝つにはそれしかないわ」

 奇襲はハイリスク・ハイリターンな戦法。現状のように敵の警戒が厳重な時にはしないのがセオリー。でも、それでも私たちは奇襲を仕掛けるしかない。

「質問質~問。イカロス先輩をどうやって遠ざけるんですか?」

 デルタがハイハイと手を挙げる。

「そうね。カオスでもいれば互角に戦ってくれて時間が稼げるのでしょうけど、海の底に沈んじゃったから……」

 自慢の電算頭脳を使ってシミュレートする。すると何度やっても同じ答えが導かれた。

「私とあんたが協力してウラヌス・クイーンを力尽くで倒す。そしてしばらく海の底に沈んでてもらう。そんな所かしら?」

「イカロス先輩を力尽くで倒すって、最低かつ無謀すぎる作戦ですよ、それ!?」

 デルタはまた震え始めた。

「じゃああんたは他に良い作戦があると言うの?」

「そりゃあ思い付かないですけどぉ……」

 まだ震えているデルタの肩をそっと掴む。

「大丈夫。近接戦闘最強のエンジェロイドであるデルタと最高の電算能力を誇る私が組めばウラヌス・クイーンにだって勝てるわ」

「ニンフ……先輩」

 デルタの震えが止まる。

「私たちにはそれしか道がないのだから。やりましょう、デルタ」

「はいっ! 先輩」

 デルタは雄雄しく立ち上がった。

 さっきと同じ手に引っ掛かってくれるのだから、バカって本当に単純で楽だ。

 

 

 

「それでは対ウラヌス・クイーン戦を始めるにあたり彼我の戦力を比較してみるわよ」

「は~い」

 地面に枯れ枝をペン代わりにして『アルファ VS 私&デルタ』の文字を書く。

「客観的なデータを入れたいから、私たちが他人から何て言われているのかを参照にしてみましょう」

 アルファと書かれた文字をジッと見る。

「アルファはウラヌス・クイーンで決まりよね。シナプス最強のエンジェロイド」

 アルファの下にウラヌス・クイーンと書き込む。

「ニンフ先輩は師匠からポンコツだのガラクタと言われていましたよね?」

「あんたは智樹にいつもバカバカ言われているじゃない」

 私の下にポンコツ、デルタの下にバカと書き込む。

 『ウラヌス・クイーン VS ポンコツ&バカ』の構図が出来上がる。

「さて、この戦力差でどうやって戦うか、だけども……」

「絶対勝てっこありませんってばぁ!」

 すぐに泣き言を言い出すデルタは放っておく。

「まず、役割分担を明確に決めてチームプレイで戦いましょう。作戦指揮担当は私、戦闘担当はデルタ。いいわね?」

「はい、わかりまし……って、ええぇっ? 実際に戦うのは私だけなんですかぁ!?」

 デルタが驚きの声を上げる。

「空も飛べない私が戦闘に加わったって足手まといになるだけでしょ? それよりもデルタの足りないおつむを私の電算で補った方が効果的よ」

「それはそうかもしれませんけどぉ、でもやっぱり1人で戦うのは怖いですよぉ」

 デルタは泣き出している。まあ、死んでと言っているのに等しいから気持ちはわからなくもない。だったら……

「仕方ないわねぇ」

 ワンピースの中からキャンディーを取り出してデルタに見せる。

「アルファと戦ってくれたらご褒美にキャンディーあげるわよ。勝ったら追加ボーナスも出すわ」

「えっ? 本当ですか!」

 デルタは泣き止んだ。でも、まだその瞳は半信半疑な色を湛えている。

「ご褒美って、追加ボーナスってどれぐらいくれるんですか?」

 流石、毎日の飢えにより食欲に最も忠実なエンジェロイド・デルタ。お菓子で釣ろうとしていることを怒りもしない。

「そうね……出撃してくれるならキャンディーを3つ。勝ったらボーナスでもう4つあげるわ」

 デルタは不服そうな顔をした。

「そんなんじゃ、命を張るのにキャンディーが少なすぎますよぉ」

「わかったわよ」

 両手を広げ、デルタに降参の意を示す。

「それじゃあ大盤振る舞いして、出撃前にキャンディー4つ。勝ったら3つあげるわ」

「本当ですか? わ~い。やったぁ~っ!」

 デルタは両手で万歳しながら喜んでいる。

「ねえ、デルタ、朝三暮四って言葉知ってる?」

「長さん星? 私もドリフターズは大好きでしたけど、それが何か?」

 流石、1+1=50と答えるだけのバカだけのことはある。というか、どうしてシナプスにずっといた筈のデルタがドリフのことを知っているのだろう?

 まあいい。これで準備は整ったわ。

 

「それじゃあ作戦を伝えるわよ」

「はいっ!」

 デルタの気合は十分。これなら、いけるかも。

「まずデルタが適当にアルファを怒らせる。そしてアルファよりも速く飛べるその翼を使って逃げる。追って来るアルファに隙が出来たら、デルタの持つ最強の剣であるクリサオルを使って攻撃、アルファを倒す。以上よ」

「作戦ってそれだけ何ですかぁ?」

 デルタがまた泣きそうになる。やっぱ無理かも。

「あんたにあんまり複雑な指示を与えても憶えられないでしょ。それに、危機になったら私がデルタの脳に直接指示を送るわよ」

「で、でもぉ……」

 デルタはまだぐずる。

「キャンディー、欲しくないの?」

「やりますっ!」

 デルタの扱いにはもう慣れた。

「じゃあ、任せたわよ。私は家の中から指揮を取るから」

 デルタの手にキャンディーを握らせ家の中へと入る。

「お任せくださいっ!」

 デルタが敬礼を取っていた。

 多分あの子の顔を見ることはもう2度ないのだろうなと思うと少しだけ悲しくなった。

 家の中に入り、デルタの姿が見えなくなった所で、私は少しだけ泣いた。デルタの分まで幸せにならなくちゃと心に誓った。

 

 

 

「イカロス先輩、大事なお話があります」

「……何、アストレア?」

 お茶の間でテレビを見るフリをしながら庭にいる2人の会話に耳を傾ける。視線は一切向けない。アルファに気取られない為に。

「イカロス先輩は卑怯です」

「……卑怯? 何が?」

「イカロス先輩は桜井智樹を餌付けして手懐け、しかも無防備な背中を晒すことで破廉恥なことをされようと企んでますよね?」

 ちゃぶ台にずっこけそうになる。何て切り出し方をしているんだ、あのバカは?

「…………………………………何故、それを? ニンフには、悟られなかったのに」

 ちゃぶ台に思い切り頭をぶつける。ポーカーフェイスの下で、そんなことを考えていたの、アルファ?

「私には、イカロス先輩の考えなんて全てお見通しですぅ~」

「……そう。賢そうでも、単純で、御し易い、ニンフより、アストレア、あなたの方が、強敵、だったのね」

 アルファに凄くバカにされた気がする。

「そうです。先輩にとって一番の強敵はこの私です。そして桜井智樹のお嫁さんに相応しいのはこの私なんです!」

「…………マスターの、お嫁さん? アストレアが?」

 周囲の空気が変わる。どうやらアルファの奴、ウラヌス・クイーン、いいえ、ヤンデレ・クイーンと化したようだ。

「やっぱり無理無理無理無理~っ! イカロス先輩を怒らせたら絶対殺されるぅ~」

 デルタの泣き言が聞こえるし、まず間違いないと思う。

 このままだとデルタは使命を果たさないまま逃亡しそうなので気合を入れることにする。

 

≪ちょっと、デルタ≫

≪な、何ですか、ニンフ先輩?≫

 

 デルタの脳に直接訴え掛ける。

 

≪ここで逃げたら残りのキャンディーあげないわよ≫

≪でもぉ、命とキャンディー3つじゃあ……≫

≪わかったわよ。ウラヌス・クイーンに勝利したらキャンディを6つ、いえ、10個あげるわ≫

≪局地戦用エンジェロイド・タイプ・デルタ・アストレア、命に替えてもウラヌス・クイーンを倒してご覧にみせます!≫

 

 さて、デルタはこれでもう大丈夫だろう。

 ちなみに私はもう1つもキャンディーを持っていない。けれど、必要はないだろう。

「桜井智樹のお嫁さんには私がなります。だって……」

「…………だって?」

「私も、好きになっちゃったのよぉおおぉっ!」

 桜井家の周囲を包む空気がまた一段と重くなる。ヤンデレ・クイーンはデルタの告白に相当お怒りらしい。

「…………ふ~ん」

「いや、違っ。でも、好きって言っても、友達としてってだけで!」

 デルタは一体何を言い訳しているのだろう?

 そんなことしてももう無駄なのに。

「…………アストレア。マスターに、まとわり付く、悪い、蟲。…………ダウナー」

「ダウナーって酷っ!」

今のアルファはやっぱりヤンデレ・クイーンと言った方が妥当なのは間違いない。

「…………今、マスターから、私の脳に、命令が、直接、送られてきました」

「人間の桜井智樹にそんな器用な真似はできませんよね!?」

「…………『イカロス。地上のダウナー、つまりアストレアを踏み潰してこい。一片残らずだ』はい、わかりました、マスター」

「その命令、どう考えても先輩の捏造ですよね!?」

 テレビを消してゆっくりと立ち上がる。

「…………マスターの命令は絶対。さようなら、アストレア」

「いっ、いきなりアルテミス発動!? でも、今日は負けませんよ、イカロス先輩ッ! だって、この戦いは、私が…………自分で決めたことだからぁっ!」

「…………さようなら、アストレア」

「って、アポロンまでぇっ!? やっぱり無理ぃいいいぃっ!」

 レディーらしく気品を保ったままゆっくりと2階に向けて歩き出す。

 

≪ニンフ先輩っ! イカロス先輩が無茶苦茶です。私はどうしたら良いのですかぁっ?≫

≪逃げなさい、力の限り。そうすれば運が良ければ生き残れるかもしれないわよ≫

≪アポロンの矢の速度は私の飛行より速いんですよ!?≫

≪あっ、急に電波の状態が悪くなったから通信を切るわね≫

≪そんなっ、殺生なぁっ!?≫

 

 デルタとの通信を途絶する。そしてゆっくり、ゆっくりと階段を登っていく。私の目的地はもうすぐそこなのだと思うと心が高鳴って来る。

「…………今度こそ、さようなら、アストレア」

「死にたくないぃいいいいいぃっ!」

 2階に辿り着いて外を見ると、超加速型ウィングを広げ空中へと逃げていくデルタの姿が見えた。

 それをアルテミスを従えたウラヌス・クイーンが悠然と追っていく。

 デルタが捕まるのは時間の問題だろう。スピードは速くてもあの子バカだから。

 でもおかげで邪魔者はみんないなくなった。

 私が智樹のお嫁さんになる邪魔者はみんな。

「待っててね、智樹。今度こそ私、素直な良い子になるから♪」

 スキップしながら智樹の部屋を目指す。晴れ晴れとした青空が見える。

「ダイダロスに頼んで赤ちゃんエンジェロイドを作ってもらうか、私が子供を産めるようにしてもらったら、名前はアストレアにするからね♪」

 とてもとても遠くで大きな爆発音が聞こえた気がした。

 見上げると空美町の大空にデルタが笑顔でキメていた。

 

 

 

「智樹ぃ~♪ さっきは叩いたりしてごめんね~♪」

 智樹の部屋のふすまを勢い良く開く。今は智樹だけの部屋だけど、きっと今日からは智樹と私の2人の愛の巣となる部屋の扉を。

「むっひょっひょ。そはらの奴、まさか俺が双眼鏡という原点に立ち返った覗きをしているとは考えまい」

 智樹は窓枠から身を乗り出しながらそはらの部屋を覗いていた。裸のまま。

 アルファやデルタとの死闘で忘れていたけど、智樹ってこんな奴だった。

 普段だったら智樹のこの姿を見ると恋の炎が冷めてしまう。でも、今だけは違う。

 デルタという尊い犠牲を払った以上、引く訳にはいかない。

「と~も~き~♪」

 先ほどのデルタの話を参考にして背中から智樹に抱きついてみる。私なりの応用バージョンとして胸を押し付けるサービスまでして。

「うぉっ? まっ平らな硬い壁に背中を圧迫されているような感じが急に!」

 智樹は双眼鏡から目を離さないままそう評した。怒っちゃダメ、怒っちゃダメ……。

「まあ、そんなことよりもそはらの覗きを続けなくては。うっひょっひょっひょ」

 そして私の存在に気付くことなく双眼鏡を覗き続けている。

 でも、負けないんだから!

「それにしてもそはらの奴、本当に大きく立派に成長しやがって。10年前に初めて会った時とは大違いだな。これが、幼馴染だけが体感できる感動ってやつか」

 智樹は双眼鏡を覗きながら涙を零している。

 その様を見て、私はデルタと桜井家に戻る途中で話していた内容を思い出した。

「これが幼馴染の力だとでも言うの!?」

 デルタによれば最強の資質を持つ愛戦士(ラヴ・ウォーリアー)。それが幼馴染なのだという。 幼馴染の少女とは、特定の方面では未来の妻を指すに等しい存在らしい。

 アルファは私やデルタをあまり強力な恋のライバルとはみなしていない。それはアルファが圧倒的優位な地位にあり、私たちを相手にする必要がないから。そう思っていた。でも、そうじゃなかったのだ。

 アルファが真の恋敵とみなしていたのは、本当に恐れていたのは、智樹の幼馴染の少女であるそはらだったのだ。

 

「ああっ、もうっ、私のバカっ!」

 ウラヌス・クイーンさえ遠ざければ勝てると考えていた自分の浅はかさが憎かった。

 でも、ここまで来たからにはもう引く訳にはいかない。今頃はお空のお星様になってしまったに違いないデルタの為にも負けられない。

 そして私は自分でも信じられないほど大胆な行動に出た。

「と~も~き~♪」

 私は智樹の首に手を回し、正面から抱きついていた。きっとデルタの霊が私に勇気を与えてくれたのだと思う。

「うぉっ!? ニンフかぁっ!?」

 智樹が私の存在に気付いて大声を上げる。

「その声は、智ちゃん! さては、また私の部屋を覗いていたでしょう!」

 智樹の声に反応して隣家のそはらも大声を上げた。

「やばいぃいぃ! そはらに気付かれた。一刻も早く逃げないとそはらに殺されるぅっ!」

 智樹は私の存在に気付いたのに、まだ頭の中はそはらのことでいっぱいだった。

 ちょっと悲しい。泣き出したくなる。

 でも、私はさっきまでの私とは違う。デルタの霊だって私を見守ってくれている。

 だから、諦めない。

「智樹は、私のことが嫌い、なの?」

 より一層力を込めて智樹を抱きしめる。密着する体と体。ほんのちょっと顔を近付ければキスできてしまいそうな距離に智樹の顔がある。

「き、嫌いじゃねえよ……」

 智樹は私から目を逸らしながら、でも頬を赤く染めながらそう言った。

 智樹に嫌われていない。

 その言葉を聞いただけでも涙が出てくる程に嬉しい。

 でも、今日の私はもう1歩前に進まなきゃいけない。

 それが、志半ばで散っていったデルタとの誓いでもあるのだから。

「じゃあ、智樹は私のこと、好き? 愛してる?」

 更に更に智樹を力強く抱きしめる。

「私はね、ずっと前から、智樹のことが……」

 言いながら自然と涙が零れて来た。

「そ、そ、それは、だな……」

 智樹の全身が硬くなるのがわかった。智樹は、緊張している。

「お、お、お、俺は、ニンフのことを……」

 智樹の体が震えている。私は潤んだ瞳で智樹を見つめながら答えを待つ。

「俺は、ニンフのことがっ!」

 そして、運命の審判が下される時が……

「智ちゃんっ! いるんでしょう! 大人しく覗きの罰を受けなさいっ!」

「うぉっ!?」

「キャッ!?」

 訪れる直前に階下からのそはらの大声によって破られてしまった。

 もつれ合うように床に落ちる私たち。

「えっ? 智樹?」

 そして気が付くと、私は智樹に押し倒されていた。

 キスされても、それ以上のことをされても抵抗できない体勢だった。

「やばいぃいいいぃっ! そはらに見られたら言い訳できない体勢の俺がいるぅうぅ!」

 絶叫する智樹。

「しかも煩悩が溢れ返って大変なことにぃいぃいぃ。絶対そはらに殺されるぅううぅ!」

 両手で頭を抱えながら苦悩する智樹。

 おかげで押し倒されている体勢からは抜け出せた。……ちょっと残念だけど。

「智ちゃん、何を騒いでるの! 今更逃げようなんてさせないんだからね!」

 そはらが怒声を響かせながら階段を上がって来ている。

「……くそぉ。ニンフのせいで俺の煩悩は鎮まりそうにない。こうなったら!」

 ぶつぶつ呟いていた智樹が私の方を向いた。とても真剣な顔をして。

「撃て、ニンフッ!」

「えっ?」

 智樹が何を言っているのかよくわからない。

 でも、智樹はとても真剣な表情で、冗談を言っているようには見えなかった。

「俺の大事な所を撃てっ!」

 雄々しく仁王立ちする智樹。詳しくは言いたくないけれど、体のとある部分が何か凄いことになっている。

「何言ってるの?」

 智樹の意図はわかった。でも、私に智樹を撃てだなんて……。

「智ちゃん?」

 そはらの声がいよいよ近付いて来た。もう、時間はない。

 だから私は決断を下さなくてはならない。

 愛する智樹を自分で撃つか、愛する智樹をそはらに引き渡して処刑される瞬間をこの目に焼き付けるかを。

「撃てぇ~っ! ニンフゥーッ!」

 その言葉は智樹にとっては命令ではなかったのかもしれない。

 きっといつも通りのお願いだったのだと思う。

 でも、その響きは私に有無を言わせない力強さを持っていて。

 私に、智樹との深い繋がりを感じさせてくれる一言で。

 だから私は、泣きながら答えた。

「はいっ、マスターっ!」

 智樹は私の正式なマスターじゃない。

 でも、私の心のマスターはもう智樹で決まっていた。

 智樹以外、考えられなかった。

 そして、智樹のエンジェロイドになった以上、私はマスターの望みを叶えるまでっ!

「行けぇっ! パラダイス・ソングッ!」

 私の唯一と呼んでいい攻撃技を智樹に向かって放つ。私の口から発せられた超音波が唸りを上げながら智樹の下半身に直撃する。

「ニンフ……よくやった……」

 超音波が直撃する瞬間、智樹は誇らしい表情を浮かべたまま私に笑い掛けた。

 そして、次の瞬間、光の奔流に飲み込まれてその姿は見えなくなった。

 

 私は、こうしてマスターを得て、マスターを失った。

 

 

 

 あれから3日の時が過ぎた。

 地球にも、この国にも、空美町にも大きな変化はない。

 変わったことと言えば私の周囲ぐらい。

「きゃる~ん♪ 智子で~す♪」

 私のパラダイス・ソングを下半身に受けた智樹はそれ以来女の子として暮らしている。

 智樹は今まで量子変換機を使って何度も女になったことがある。そのせいで体が女への変換を覚えてしまったのか、下半身に強い衝撃を受けた智樹は本物の女の子になってしまった。そして、男に戻れなくなっていた。

「ねえねえ、ニンフちゃん。一緒に学校行こっ。きゃる~ん♪」

「ちょっとぉ、急に腕を組まないでよ」

「女の子同士なんだから恥ずかしがらないの。きゃる~ん♪」

 女の子になって以来、智樹は私に積極的にスキンシップを取るようになった。

 嬉しくない訳じゃないのだけど、正直微妙。

 どうせなら、男の智樹にして欲しかった。男の智樹と腕を組めればどんなに幸せか。

「イカロスちゃんも一緒に学校行こっ。きゃるきゃる~ん♪」

「わかりました、マスター」

 そんな変わってしまった智樹に動じる素振りも見せずに付き従うアルファ。流石主人に忠実なエンジェロイドの代名詞。

「…………………………………………余計なことを、してくれたわね、ニンフ」

 ううん、ヤンデレ・クイーンは内心相当ご立腹のようだ。

 空に巨大な、戦艦のように巨大で武装に満ち満ちたウラヌス・システムが私に照準を合わせている。生きるって本当に過酷だ。

 

 何はともあれ、智樹がこんな状態になってしまったので結婚に関する話はお預け。

 女となった今の智樹は真面目に人の話を聞いてくれないのでマスターの件もお預け。

 結局、元の木阿弥に戻ってしまったというのが今回の騒動の顛末。

 でも、何も収穫がなかった訳じゃない。

「イカロスさ~ん、ニンフさ~ん………………それから……智ちゃん……」

「きゃる~ん♪ 私のことは、智子ちゃんって呼んで。そはらちゃん♪」

 ヤンデレ・クイーンとそはらが私のライバルであることがわかった。

 だから私は2人よりも魅力的な女の子にならないといけない。

 それから何より、私は自分の素直な気持ちを認めることができるようになった。

 智樹を好きっていうこの気持ちを大事に暖めていきたい。

 そして智樹の一番大事な人になりたい。

 ただ形式的にマスターになってもらうとか結婚するとかそういうことじゃない。

 私は智樹に心から一番必要とされたい。愛されたい。

 そして私もそれと同じ分だけ智樹を心から愛したい。ずっと一緒にいたい。

 それが私の新しい夢。

 

 

 

 

 あれ以来姿を見ていないデルタの面影が空美町の大空から私を優しく見守ってくれていた。

 

 

 了 

 

 

 

 

 

 

 

 反応(支援や感想)がある程度あるようなら

 

 かしこい子未確認生物 超激闘(らぶらぶあたっく)編

 

 次回 逆襲の馬鹿(アストレア)

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
12
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択