No.189109

未来の宇宙から来た超能力者とグローバリゼーション(後編)

 長くなりすぎてしまった作品の後編です。
 気のせいか後半だけ読んでもほとんど困りません。
 そして、だから、気のせいです。気のせいですってば。

2010-12-11 17:13:16 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1212   閲覧ユーザー数:1030

未来の宇宙から来た超能力者とグローバリゼーション(後編)

 

 

「おやびん、元気出してくださいでやんす。おやびんを捨てて遠くに行くようなあんな貧乳女じゃなくて、もっと巨乳で可愛い女の子がおやびんにはお似合いでやんす」

「うるせえ!」

 昼休み、俺はヤンスと2人で屋上へと続く階段を登っていた。長田が『消失』して以来、俺は不機嫌の塊と化していた。更にクラスの女子どもが俺に哀れみの視線を送ってくるので教室に居づらいことこの上なかった。

 うちの高校の屋上は基本的に生徒は立ち入り禁止なので人気は少ない。そして長田との思い出もないので今のこの理不尽な想いを整理するにはちょうど良い場所だった。

 ちなみにあのデブは置いてきた。一心不乱に弁当を食っていたし構わないだろう。

 音楽室や美術室などの特殊な教室が並ぶ5階を通過し、後は屋上だけという地点に辿り着く。すると、その中間地点の踊り場に黒のエプロンドレスタイプのメイド服を着た少女が立っているのを発見した。あれは……

「うっひょぉ~。ロリ顔なのに胸はボインボインの上級生可愛い子ちゃん朝美奈(あさみな)くるみがいるでやんすぅ~」

「だからさかるな、馬鹿っ!」

 ヤンスの頭にゲンコツをかませて落ち着かせ、ゆっくりとメイド服少女に近付く。

「こんにちは、朝美奈先輩」

「えっ? あっ、佐藤くん」

 朝美奈先輩は声を掛けられてようやく俺たちの存在に気付いたようだった。

 

 朝美奈先輩は2年生なので俺と直接的な交流はない。しかし、朝美奈先輩は書道部に所属していてその書道部の部室が文芸部の隣だったりするものだから会う機会は多い。それでお互いに挨拶を交わしたりするのが俺と朝美奈先輩の関係だったりする。

 

「ところで先輩、何でメイド服なんですか?」

「あっ、あっ、あの、これは、ですね」

 朝比奈先輩は小さな体をパタパタと揺らしながら困っている。こういう小動物系な所が我が校の男子から絶大な人気を受けていたりする。が、本人はその人気にまるで気付かない。そんな所がまた受けていたりする。まあ要するに2年を代表する美少女という訳だ。

「わ、私の趣味じゃないんですよ。目笠(めがさ)さんがこの服を着て恥ずかしがり屋の弱点を克服しろって言うものだから、その」

 朝美奈さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。こういう仕草が可愛いんだよなあ。弱点は全く克服できていないが。

 ちなみに目笠さんという人は、朝美奈先輩のクラスメイトで同じ書道部に所属している女子生徒のこと。

 広いおでこが特徴で、にょろ~んとしていて、いつもスモークチーズを食べたそうな顔をしている。しかしそのスペックはすごい。ドジドジ駄目っ子な朝美奈さん10人分という所だろうか。今、付近に姿が見えないのだが放置プレイの最中なのだろうか?

「ところで佐藤くんは何故ここに?」

「何故、と言われましても……」

 まさか黄昏にきましたとは言えない。何と答えようか困っていると

「おやびん、朝美奈くるみを落とす絶好のチャンスでやんすよ」

 ヤンスが横から余計な口を挟んだ。

「私を落とすって何ですか?」

「先輩は余計なことを知らないままでいて下さい」

 先輩に馬鹿やゲスが感染しても困る。

「私を落とすってまさか!?」

 先輩は大きく目を見開いた。

「昨日、今日と朝浦さん、長田さんが相次いで転校したのは佐藤くんのせいなのですか?」

「いや、俺のせいかと言われれば全力で拒否したいです」

 俺は2人、特に長田の転校なんて少しも望んじゃいなかった。望む、訳がない。

「ふっふっふ。よく気付いたでやんすね。おやびんは転校する直前の2人に最後に会った生徒だとちまたで専らの噂でやんす。これが意味すること、わかるでやんすね?」

 また横から余計な声が。こいつもうざい!

「じゃあ、やっぱり佐藤くんが……」

「転校したくなかったら大人しくおやびんの女になるが良いでやんす。そしてそのボインボインをおやびんに差し出すでやんす」

 どんだけ鬼畜にされてんだ、俺? だが、そんなもう慣れた誤解よりも、だ。

「さっきの噂、発信源は誰だ?」

「ケメディーでやんす」

 俺の自称舎弟達は使えないにもほどがある。

「おい、ヤンス」

「なんでやんす、おやびん?」

「ケメディーを殴って来てくれないか? 全力で、物凄く痛く、のたうち回るぐらいに」

 こう、5人目に入れ替わるぐらい強く。

「なんだかわからないけど、わかったでやんすよ。おやび~ん!」

 ヤンスは去っていった。これで、良し。

「という訳で、今までのは全部ヤンスとケメディーの性質の悪い冗談で……」

「そういうことだったんですね、佐藤くん」

 そこには、いつになく真剣な表情をした朝美奈先輩だった。

「あの、先輩は一体何を?」

「佐藤くんは朝浦さんと長田さんの秘密を知っていたのですね。そして、私の正体が実は未来人で、更に『四天王』の1人で『アレ』を密かに観察していたことも」

 また、このパターンかよ。

「あの、朝美奈先輩? 俺に軽々しく秘密を漏らしてしまって未来に返されるとかそんな事態はありませんか?」

 猛烈に嫌な予感がする。

 朝美奈先輩は俺の言葉を聞いて最初はキョトンと目を丸くしていた。が、しばらくして涙目で頭を抑え始めた。

「そ、そっ、そうでしたぁ~! 私もう、この時代にいられません~!」

 『四天王』ってのが何なのか知らないが、こういう天然ボケばかり集めたお笑い組織だろうか?

「そういう訳でもうお別れです」

「やっぱり旅立つの早いですね」

 朝美奈先輩は屋上へと続く扉を開く。そして先輩は俺を見て微笑み、それから表情を引き締めた。

「気を付けて下さいね、佐藤くん。私達が任を解かれた以上、『四天王』最後の彼もきっと動き出すと思います。彼は『四天王』の中でも別格の力を誇ります。私たちとはスライムとスライムベスぐらいの差があります」

「違いのほどが全然わかりません」

 むしろ朝美奈先輩がスライムという単語を知っている方が驚いた。

「それじゃあ佐藤くん。さよならです」

「俺のツッコミは無視ですか?」

 朝美奈先輩は天使のような笑顔を浮かべながら屋上の光の中へと消えていった。

 

「急な話ではありますが、真下のクラスの朝美奈くるみさんが未来の学校に転校することになり昨日旅立ちました。グローバリゼーションですので先生はありだと思います」

 翌朝、朝美奈先輩転校の報を聞きながら先生の懐の広さに改めて感心させられた。

 

 

 

「『四天王』を3人も倒すとはやりますね。ですが、僕はそうはいきませんよ」

「泉(いずみ)っ、てめぇっ!」

 俺は、3日前朝浦に閉じ込められた閉鎖的空間と似たような空間に今度は男によって閉じ込められていた。

 

 それは、突然のことだった。

 放課後になり俺は1人で帰ろうとしていた。ヤンスやケメディーに構っているとまた悪いことが起きそうな気がしたからだ。だが、不幸は俺を見逃してくれなかった。下駄箱付近で俺はあまり記憶にない気障な態度と言葉遣いの男に声を掛けられた。

「佐藤くん、お待ちください。大事な話があります」

「俺にはねえよ」

 気障男の言葉に嫌なものを感じた。だから回れ右をしてこの場をずらかろうとした。

 だが、気障男は俺の行動を読んでいたかの如く先回りして行く手を塞いだ。

「お前、何者だ? 何故俺の邪魔をする?」

言葉と視線で威圧を掛けながら、一方で俺はこの男に底知れぬ恐怖を感じていた。

「もう6月だというのに同級生の生徒の名前も知らないとはひどいですよ」

「俺は男の名前と顔は極力覚えないんだ」

 ちなみに女子生徒の顔はともかくフルネームはほとんど知らなかったりする。そして唯一覚えていた3名の女子生徒はみな転校してしまった。切ねえな、俺の学園生活。

「では、改めて自己紹介いたしましょう。僕の名は泉和樹(いずみ かずき)。3日前この学校に入った謎の転校生です」

「3日前だったら、俺が知ってなくても不思議はないだろうがっ!」

 ここ数日はケメディーや『四天王』絡みでずっと心ここにあらずだった。

「そして僕の正体はっ!」

「『四天王』の最後の1人って言うんだろ?」

「どうしてそれを!?」

「わからいでかっ!」

 これだけ同じような展開が続けば流石に誰でもわかる。

「ということは僕が超能力者であることも、ガチホモであることも当然ばれている訳ですね」

「超能力者はともかくガチホモって!?」

 超能力よりもホモの方により過敏に反応してしまうとは、我ながら変な世界の住民になってしまったと言わざるを得ない。

「では、僕の超能力をお見せしましょう。メンズ・パラダイス(牡地獄)ッ!」

 泉が指をかき鳴らした瞬間、周囲の景色が一変した。

 紫のラメ色の空にバラの花が咲き誇る、見ているだけで気持ちが悪くなって来る悪趣味な空間。しかも香水の臭いが蔓延している。その中央に俺はいつの間にか立っていた。

 

 で、先ほどのやり取りに戻る。

「佐藤くんが3人を追放したおかげで『アレ』の封印は解け掛かっています。もはやこれ以上の好き勝手は許しませんよ」

「俺は3人を追放した憶えもないし、『アレ』が何なのか全く知らないのだが?」

 泉は軽く溜め息を吐いた。

「どうやら交渉決裂のようです」

 泉の眠っているのかと思うぐらいに細い目が大きく見開く。

「やれやれ。口で言ってもわからないのならば、体に、いや、具体的にはお尻にわからせるしかないようですね。ええ、お尻です」

 泉は俺を見ながらジュルリとを舌を出した。

「お尻にわからせるって何だ!」

 言いながら俺は背中に悪寒が走るのを止めることができなかった。奴の視線が俺の尻にロックオンして離れない。

「ここは僕の超能力で作られた亜空間です。逃げる場所はどこにもありませんよ。さあ、2人でこの新天地のアダムとアダムになりましょう」

「アダムとアダムって何だぁ!」

 俺のツッコミに答えることなく、狼のような表情とスピードで泉は襲い掛かって来た。

 俺の、ズボンを狙って。

「こいつは確かに別格だぁ!」

 昨日の朝美奈先輩の言葉が蘇る。まさか別格がこういう意味だとは思わなかった。

 だが、俺にとって泉が『四天王』の中で最悪な相手なのは間違いなかった。

「さあ、身も心も僕に委ね『アレ』のことは忘れて快楽と堕落の世界に生きましょう」

「冗談じゃねえ!」

 泉はいつの間にか上半身裸になっており、四つん這いで駆けている。そんなケモノと化した奴の攻撃を必死になってかわす。気障っぽい優男が一変、完全な野獣と化していた。

「畜生っ! 何とか打開策を模索しねえと」

「無駄ですよ。このメンズ・パラダイスはある一定の条件を満たしている人間しか入れません。助けを期待しても無駄ですよ」

 ああ、こんな時ケメディーでもいてくれればこのホモ野郎の脅威も一気に消し去ることができるというのに。

「それはひどい言い草ですよ、佐藤くん」

 泉がターゲットをあのキモオタデブに変えてくれれば俺の貞操は助かるのに。

「って、ケメディー?」

 それは2度目の光景。入って来られない筈のこの場所にケメディーがいた。

 

「あなたはどうやってこのメンズ・パラダイスに入って来たのですか?」

 泉が驚愕の表情でケメディーを見ている。

「どうやってと言われても、普通に歩いていたらいつの間にかここにいたんですが?」

 対するケメディーは何故泉が驚いているのかわからなくて困惑している。

「そうか。しまったぁ!」

 泉はガックリと首をうな垂れた。

「メンズ・パラダイスはこの世で最も醜く汚らわしい女という生物を排除する為の結界。男の侵入は阻止できないのでした」

「全世界の人間の半分は入れるじゃねえか」

 ガチホモというのは本当らしい。いや、それ以上にやばい存在だ。

「謎の転校生と言えば美少女に決まっているというお約束の罠に囚われてしまいました」

「馬鹿ば~かぁっ!」

 自分のその罠に陥っていたことは忘れる。

「ていうか、自分の存在を否定してないか?」

 ツッコミを入れながら、俺はこの瞬間、既に優劣が逆転したことを直感した。

「なあ、泉?」

 右手の人差し指で泉によくわかるようにケメディーを差す。

「実は『四天王』に関する情報はみんなケメディーを通じて知ったんだ」

「えっ? 彼、ですか?」

 泉はあまり直視したくなさそうに、顔を半分逸らしながらケメディーを見た。男であっても不細工は嫌らしい。

「そういう訳で、秘密を守りたければケメディーをお尻でわからせるしかないぞ」

「そんなぁ!」

 泉は地面に膝をついた。

「僕の、負けです」

 泉は敗北を認めた。

「敗残兵に人権は適用されないのが世の定め。さあ、僕のお尻に罰を与えてください」

「尻を振るな! 気持ち悪い」

 何で嬉しそうなんだ、こいつは?

「朝浦さんの時も思いましたが、佐藤くんって本当に鬼畜でしかも見境ないですよね」

「だからお前は誤解を招くことを言うな!」

 ケメディーを殴る。

「鬼畜、しかも見境なし……ポッ」

「頬を赤らめるなぁっ!」

 俺の絶叫ツッコミが変な空間に木霊した。

 

「とにかく俺の要求することは1つ。もう俺に関わるな。『四天王』も『アレ』も知らん」

「お尻は? 鬼畜は? 僕の火照った体は?」

「気持ち悪いことをぬかすな!」

 戦後の後処理がようやく動き出す。変空間は消え俺らは空き教室の一角で話していた。

 泉がいまだ上半身裸のままなのが目に付くが気にしない。気にしてたまるか。

「まあ、そういうことだ。学校ではもう俺に話し掛けるな」

 泉の肩に手を乗せながら念を押す。これ以上俺の周囲に変なのが増えてたまるか。

「あっふ~ん♪」

 泉が蕩けるような声を出す。気持ち悪い。だがここで過敏に反応すれば奴のツボ。

「フッ。佐藤くんの今の野獣のような荒々しいボディータッチで僕はようやく自分が真に成すべきことがわかりました」

 泉は急に真面目な表情になった。言っている内容は相変わらず最悪だったが。

「僕はオランダに行きます。そして佐藤くん、あなたが来るのをいつまでも待っています!」

 決意した内容も最悪だった。

「永久に待っていてくれ」

「それは……いつか迎えに来てくれると受け取って良いのですね? 僕はこれからすぐに成田からアムステルダム空港に向かうことにしますっ!」

 泉は言うが早いか全速力で去っていった。上半身裸のまま。

「本当に佐藤くんの周囲って変な人ばっかりですね。プププ」

「お前もその変な人の一員だぞ……」

 もう、ツッコミを入れる力も沸かなかった。

 

「隣の隣のクラスの泉和樹くんが昨日急にオランダに転校しました」

 宇宙とか未来とかやたら非常識な転校先ばかり聞かされたのでオランダがすごくまともに思える。

「佐藤くんと同性婚する為にオランダに永住するそうです。グローバリゼーションの時代ですからそういう選択もありなのだと先生は思います」

「俺はなしだと思いますよ、先生っ!」

 宇宙にも未来にも負けず劣らず恐ろしい転校先だった。

 俺は生涯オランダにだけは足を踏み入れないことを固く心に誓った。

 

 

 

「そういや、『四天王』がみんないなくなってしまったが、一体、何が起きるんだ?」

 金曜日の放課後、文芸部の部室で長田との思い出に浸っていたらケメディーとヤンスが現れた。追い返すのも面倒なので適当に相手をしていると、話題が『四天王』になった。

「『四天王』? ああ、朝美奈くるみがおやびんにそんなことを言っていたでやんすね。でも、一体何のことかあっしにはさっぱり」

「『四天王』は『アレ』と関連しているらしいけれど、肝心の『アレ』が何なのか少しも情報がありませんからね」

 そうなのだ。泉の情報から『四天王』が『アレ』の封印に関連していることまではわかっている。しかし、『アレ』に関する情報は一切ない。だから手の打ちようがない。

 いや、そもそも俺と『アレ』は一切関連がない。例え『アレ』が未来的、宇宙的、超能力的にヤバい存在だったとしても、俺がどうこうしなければならない謂れはない。

 勝手な自白で次々と解職になっていったのは他ならぬ『四天王』のせいなのだから。

 しかし、しかしだ。

「『アレ』が恐怖の大魔王的な何かで、復活して俺に害を及ぼすのは困るな」

 今までの展開上、その線が捨て切れなくて困る。いや、きっと『アレ』は俺に害を及ぼして来る。流れ上間違いない。

 問題は『アレ』がどの程度の力を持っているかという点だ。『四天王』みたいな連中なら、社会的生命や貞操の危機は感じるがまだ可愛げはある。

 しかし、『アレ』が街を一瞬にして平気で消し飛ばすような存在だったら……。

「なあ、ケメディー? お前何人目だ?」

「11人目ですが?」

 転校5日目で既に10回死んでいるって、こいつはどれだけ死に過ぎなんだ?

「いざとなったら、体にダイナマイトを括り付けて『アレ』に突っ込んでくれるか?」

「命は大事にしないと駄目ですよ」

 いざとなったら、こいつの了承は得ずに突っ込ませよう。俺はそう心に固く決めた。

 

「文芸部の部室ってここよね?」

 少女の声と共にノックもなしに部室の扉が突然開いた。そして、何の断りもなくポニーテールの髪型が似合いそうな長い髪の女が大きな足音を鳴らしながら入って来た。

「顔は可愛いけれど性格が変態なので総合評価が微妙な三京宮(みつきよのみや)ナツヒでやんすね」

「あんた達に変態なんて言われたくないわ」

「‘達’に俺を含めないでくれ」

 三京宮ナツヒ。隣の隣の隣のクラスに在籍する同級生。人となりについてはヤンスの言う通りだ。顔は可愛いので多くの男達が三京宮に告白し、その全てが撃沈、あるいは変な性格を見て逃げ出したという。

 三京宮は世の中の不思議を探し出すことに情熱を掛けているらしい。しかし接点がないので詳しいことは知らない。俺だってこの女にはあまり近付きたくない。多分、女子がヤンスやケメディーに近寄りたくないのと同じぐらいに。

「文芸部に一体何の用でやんすか? おやびんに愛の告白でやんすか? だけどお前みたいな変態はこっちから願い下げでやんす」

 ヤンスがしっしっと手を振る。

「私は微妙な人間には興味ないのよ!」

 三京宮が吼える。

「まあ確かに微妙な人間にはみんな興味ないわな」

 ケメディー転校初日の風景を思い出す。微妙な人間ではなく、「普通の人間には興味ありません」ぐらい言ってくれればラノベのヒロインになれそうなインパクトが出るのだが。

「とにかく、あんた邪魔よ」

「やんすでやんすぅ~っ!?」

 三京宮はヤンスの襟を掴んで窓を開けると外に向かって放り投げた。ここ2階だが。

「私が用があるのはあなたよ、未来の宇宙から来た超能力者だというケメディーくん」

「えっ? 僕ですか?」

 三京宮がケメディーを指差しているのを見て俺は少し安心した。

 今までの連中は非常識なまでに一方的に俺に絡んで来た。それに比べると三京宮は見るからに胡散臭いケメディーに絡んでくれる。これは非常に自然な着眼点だと思う。

「ケメディーくんは未来から来たんでしょ? 時代はいつなの?」

「禁則事項です。というか僕、アニメチェック用に曜日感覚以外は持っていないので自分がいた時代のことをよく知りません」

「宇宙人なんでしょ? 出身はどこなの?」

「ネオ茨城星のネオ水戸です」

「何か納豆っぽいイメージが沸く場所ね。で、使える超能力は何なの?」

「佐藤くん曰く、芸人殺しが僕の超能力の真名だそうです」

 実に、平和だ。俺が絡まれない人生は。

「なによっ! 未来の宇宙から来た超能力者転校生というからすごく期待してたのに、外見も含めて微妙の塊じゃないのよ!」

 三京宮が切れた。まあ、切れる内容については俺も激しく同意するが。

「私は微妙な人間には興味ないのよ!」

「あ~この頭から地面に落ちていく感じ。12人目への入れ替わりは決定的ですね」

 三京宮はケメディーも窓の外へと放り投げた。重い物が地面に落ちる鈍い音がしたが気にしない。替わりはいくらでもいるのだから。

「じゃあ次は佐藤くん、あんたの番ね」

「俺もなのかよ?」

 この場合、尋問される番なのか窓の外に放り投げられる番なのか。どちらにせよ、俺の平和なひと時は終わりを告げた。

「知ってんのよ。この4日で4名の生徒が学校を去り、その全てにあんたが関わっているということをね!」

 三京宮がズビッと指を差して来る。やはり俺は面倒ごとから逃れられないのか。

「で、俺に何を聞きたい?」

 『四天王』はもういないし、もしかしてこいつが『アレ』だとでも言うのか?

 思っただけで世界を作り直してしまうような凄い力を持っているとでも言うのか?

「そう言えば、何を聞けば良いのかしら?」

 三京宮は悩み始めた。こいつ、行動力はあるが、計画性はあまりないらしい。

「転校した4人と関わりがあると言っても、それ以上の面白情報はなかったし、何よりこの平凡な顔立ちで、名前も佐藤なんて平凡で、きっとフルネームになると平々凡々を体で表していそうな男に私をうならせる様な不思議があるとも思えないわよねえ」

「平々凡々を体で表しているような名前で悪かったな」

 俺が気にしていることを何気なく探り当ててきやがる女だな。しかし、こいつ……。

「三京宮って、おかしな言動は取るけど、意外と普通の奴だよな」

 宇宙人だったり未来人だったり超能力者だったりガチホモだったり芸人殺しだったりしない。間違いなく三京宮は普通の人間だ。

「それって……私が微妙な人間ってこと?」

 三京宮は全身を震わせていた。

「いや、微妙というか普通だぞ」

 性格だけを見れば微妙という表現は正しいだろうが。

「つまり、微妙でしかない私には世界の不思議なんかみつけられっこない。みつけたければまず自分が変わらなくちゃいけない。つまらないのは世の中じゃなくて自分自身。あんたはそう言いたい訳ね!」

「もう、勝手にしてください」

 どうして俺の周りの人間は人の話を聞かずに勝手に自己完結するのだろうか?

「そこまで言われちゃグズグズしてられない。今すぐ世界お笑い武者修行の旅に出ないと」

「お笑いの修行は辛く厳しいぞ」

 ついお笑いという部分に反応してしまった。

「そんなことはわかっているわよ。でも、私は負けない。世界最強の面白い人になって必ず世界の不思議をみつけてやるわ」

 三京宮は駆け出していった。本当に、計画性はないが実行力だけは大した奴だ。

「さて、静かになったし長田との思い出に耽るとするか……」

 軽く溜め息を吐いてから俺にとっての『部活』を始めたのであった。

 

「隣の隣のクラスの三京宮ナツヒさんが退学しました」

「ちょっと新鮮だっ!」

 今まで転校という表現にばかり慣れていたので、退学という表現には新しい風を感じた。

「世界お笑い武者修行の旅に出て、ツッコミ王佐藤くんに負けないお笑い王を目指すそうです。グローバリゼーションの時代ですからそれもありだと先生は思います」

「ツッコミ王の部分に激しく同意しかねます!」

 そして俺は先生こそがボケキングなのではないかという疑問を抱きながら平和なHRの時を過ごした。この後、最大の事件が起きることも知らずに……。

 

 

 

 多くの人間が学校を去り、特にマイ・エンジェル長田がいなくなってしまいぽっかりと心に穴が開いた週末を過ごした月曜日の放課後、ついにその事件は起きた。

「そういや、ヤンスの奴はどうしたんだ? ここ数日、姿を見ていないが」

 部員として文芸部に住み着くようになったケメディーに尋ねる。いつもあれだけうるさく付きまとってくるヤンスの顔をしばらく見ていない。

「ヤンスくんなら三京宮さんに窓から放り投げられて地面に頭から刺さったままだよ」

「突き刺さっているのがわかっているなら助けてやれよ!」

 飛び出すようにして部室を出る。3日も刺さりっ放しというのは、いくらギャグでもまずいだろうと思いながら。ヤンスはケメディーと違って一応人間なのだから。

 部室棟の周辺で人が頭から刺さっていないか探す。すると、いた。竹のように真っ直ぐに首から下が地面から生えている人間が。

「今、掘り出してやるからな」

 力任せに引っ張り上げてみる。しかし抜けない。ていうかこいつ、こんな大きかったか?

 頭の部分は埋まったままなのに、残りの部分だけで俺と同じぐらいの高さがある。

 ヤンスの身長は俺の肩ぐらいまでしかなかった筈なのに。

「まあ良いさ。掘り起こせばわかるだろう」

 両手に唾を掛け、気合を入れてヤンスの足を引っ張り上げる。

 すると、ようやくヤンスの体を地面から引き上げることに成功した。

 

「って、お前は一体誰だぁっ!?」

 しかし、引っ張り上げたその顔はヤンスとは似ても似つかぬものだった。

 ヤンスの髪は金髪ではない。それに、瞳の色も青くなんかなかった。顔全体が映画にでも出て来そうなハンサムな西洋人に変わり、身長だって190cmぐらいありそうだ。

パチモンと呼ぶにも無理があり過ぎるほどそれはヤンスではなかった。

「我は大魔王。貴様、そんなことも知らないで我を引き上げたというのか?」

「大魔王が地面から生えているとは普通誰も考えないだろうが!」

 地面から生えているのはせめて伝説の剣ぐらいにして欲しい。それだって無理があるが。

「自分の狭い了見でしか物事を捉えられないとは愚かだな。そんなことではろくな大人にならんぞ。いや、もう絶望的だろうが」

「大魔王に人の道を説かれたくねえよ!」

 こいつが大魔王なのかどうかはもうどうでも良い。未来人も宇宙人も超能力者もいるのだから今更大魔王が加わったぐらいで驚きはしない。ファンタジー世界もありだろう。

 しかし、だ。地面に刺さっていたのが大魔王だったというならヤンスはどこ行った?

「おい、大魔王。お前、ヤンスを見なかったか? お前のように地面に突き刺さっていた筈なんだが?」

「ヤンス? ああ、我の第2形態の固体識別名称のことか。奴の体ならほれ、この通りここにあるではないか?」

 大魔王は自分の体を軽く叩いてみせた。

「全っ然、違うじゃねえか! ヤンスはもっとチビで出っ歯でゲスな顔をしてたんだぞ!」

「フン、男子三日会わざればまず刮目してみよという慣用句を知らんのか。無学な奴め」

「変わりすぎだろうがぁ!」

 3日で身長が30cm以上伸びて、髪の色も瞳の色も、顔の形まで変わるってそんなのは成長とは言わんだろう。

「ていうか、お前がヤンスの体を持つ、即ちヤンスだというのならその性格の変わりようは何なんだ!」

 ヤンスはいつも俺をおやびんと恥ずかしい呼び方で呼び、語尾はやんすだった。性格は卑屈でゲスで権威主義で女子に毛虫の如く嫌われていた。そんなヤンスとこの唯我独尊野郎はまるで結び付かない。

「性格が変わる? 何を戯言をぬかしておる。我は元来生き方を変えてなどおらん。我の第2形態にバグが紛れ込んで仮初めの人格であるヤンスが形成されただけのこと」

 大魔王の言葉を聞き、俺の鼓動は一気に速まった。

「それじゃあ、ヤンスは……?」

「我が復活した以上、バグは全て消去された。ヤンスなどという輩はもうこの世にいない」

「そ、そんな……」

 ガックリと膝を地面につく。

 

 ヤンスと出会ってからの3ヶ月の思い出が走馬灯のように蘇る。しかし、よくよく考えてみればヤンスと思い出に残るような特別なことは何一つしたことがないので思い浮かぶのは学校での日常生活の一シーンばかり。

「うっひょぉ~おやびん、あの娘パイオツでかいでやんす。揉みたいでやんす」

 凄く下品な奴だった。年がら年中女子の胸のことばかり考えて、実際に口に出して、女子達に嫌われていた。俺もその余波でヤンスと同類に扱われていた。

ヤンスは俺を『おやびん』と呼んで、いつも後をついて来た。『佐藤組』の名を大手を振って流布するものだから女子に幼稚と馬鹿にされた。俺もその余波で馬鹿にされた。

 ヤンスは見た目不細工で、でもそれを指摘されると真っ赤になって怒った。女子に不細工な男は心まで見苦しいわねと侮蔑の視線を送られた。俺もその余波を受けた。

 ヤンスはそんな奴だった。だけど、俺にとっては大事な友達だった。あいつと無駄口を叩いている時間が俺は好きだった。あいつとつるんでいる自分が好きだった。

 なのにこの大魔王はそのヤンスがもう存在しないと言う。奴の人格をバグだという。

 俺の怒りのボルテージが一気に上がる。

 

「てめえが復活したせいで、ヤンスは、ヤンスはいなくなっちまったんだぞっ!」

 拳を固めて大魔王に殴り掛かる。しかし奴は俺のパンチをごく軽くかわした。そして余裕たっぷりの表情で話し掛けて来た。

「何か勘違いしているようだから言っておく。貴様は我が復活したせいでヤンスがいなくなったと憤っているようだが?」

「ああ、そうだよ。お前が出て来たからヤンスが消えた。そういうことなんだろ!」

「ならばますます滑稽。我を復活させたのは他ならぬ貴様だというのに」

「なっ?」

 大魔王の言葉に衝撃を受けた瞬間、更に腹に大魔王のボディーブローが1発入った。

 あまりの痛さに立っていられない。腹を押さえながら地面に崩れる。

「てめえ、何をしやがる……」

「大人しく我の話を聞いておけ」

 大魔王は俺を見下している。

「我は3年の間、忌々しい『四天王』達により封印を施されて眠りについていた」

 3年、と言われて何かがふと気になった。が、それが何なのか思い出せない。これが原稿用紙300枚×10巻ぐらいの物語なら何か思い出せそうな気がする。が、残念ながらもう終盤に差し掛かっており3年前の出来事を思い出す余地はない。大人の事情って奴だ。

「だが、貴様は『四天王』を悉く無慈悲に追放してくれおった」

「俺が追放したんじゃなくて、奴らが勝手に出て行っただけだから。間違えるな」

 何度でも言うが俺は長田に去って欲しいと思ったことはない。一生隣にいて欲しかった。

「封印の力が弱まった所で、あの三京宮ナツヒとかいう女が我を地面に突き刺した。おかげで地球のエナジーを吸収し、復活の為の力が蓄えられた」

「ナツヒの存在が鍵じゃなくて、地面に突き刺さる方が鍵だったのか。そいつは一本取られてしまったなあ。はっはっは」

 思わず棒読みしながら答えてしまう。知っていれば3日も放置しなかったものを。

「そして復活までの最後のプロセス。手に体液を付けて我を引っこ抜くというプロセスを敢行したのは他ならぬ貴様だ」

「俺の唾で復活したのかよ、お前はよぉっ!」

 唾で大魔王を復活させてしまう。後悔先に立たずとはまさにこのこと。ヤンスを助ける為の行動だったのに、まさか大魔王を復活させる羽目になるとは。

 

「まあ、何にせよ復活した以上、この全宇宙も過去も未来も全て我のものだ」

「いきなりスケールでかっ!」

 ただの学園コメディーだった筈なのに、いきなり話が大きくなっている。しかも、元がヤンスだった奴によってだ。態度から見るに『四天王』だってヤンスが『アレ』だってこと忘れていたに違いないのに、だ。

「全知全能をも超える我の力を持ってすれば時空間全てを征するなど造作もないこと」

 元ヤンスがそんな大口を叩いているかと思うと、何か微妙に聞こえる。

 だが、未来人や宇宙人や超能力者が封印してきた奴の台詞なのだから、相当な力の持ち主であることは事実だろう。今地球は大変な危機を迎えているのかもしれない。

 何とかしないとまずいのか? もしかして、この俺が?

 ……誰か助けてプリーズ第2弾!

 

 

 

 

「大魔王さん、あなたに全てを支配させる訳にはいきませんよ」

「おおっ、ケメディーっ!」

 いつもだったらうざいだけ、でも、今はちょっとだけ頼もしく見える未来の宇宙から来た転校生が俺たちの前に現れた。

「なるほど、貴様、我と同じ未来の宇宙から来た超能力者だな?」

 大魔王はケメディーを見ながら瞳を鋭く尖らせた。奴もケメディーと同じ属性らしい。

「そういうことになるようですね」

 対峙する2人の未来の宇宙から来た超能力者。

「我の全人殺しに貴様は対抗できると言うのか?」

「僕の芸人殺しを舐めないでくださいね」

 ……駄目だ。実力差はあまりにも明らかだ。

 だが、ケメディーには無限の入れ替わりがある。大魔王の力が尽きるまで入れ替わればあるいは……。

「あっ、そうそう佐藤くん。実はさっき銀河平行時空入管法が変わりまして、同じ場所に平行時空の人間が来てはならないことになりました。なので僕が最後のケメディーです」

「嫌なタイミングで法律変わったぁっ!」

 希望が根元から折れた……。

「大丈夫。僕が大魔王を倒して封印し直せば万事解決ですよ」

 ケメディーは親指をグッと突きたててみせた。その表情は自信に満ちている。

「おおっ、頼もしい言葉だな」

「記念すべき100人目であるこの僕の力を見せてあげますよ」

「お前、週末に何があった?」

 確か先週の金曜日の放課後の段階で11とか12とか言っていた筈なのに。

「では、歴代ケメディーの中で最強の力を持つ僕の力を見せてあげますよ!」

「ほぉ。我と戦うと申すか。面白い」

 全宇宙の命運、というか俺の今後を賭けた戦いが今、始まった。

 

 

「それでは行きますよ!」

「何なりと仕掛けて来るが良い」

 一体、ケメディーはどんな力を見せる気なんだ?

「ププッ。佐藤くんってば、メガネフェチだったんですね」

 ?? 何を言っているんだ、こいつ?

「好きな娘のパンツを自宅に持って帰るだなんて、佐藤くんは本当に変態ですね。ププ」

 ケメディーは1人で腹を抱えて笑っている。

「お前は一体何を笑っているんだ?」

 俺は心の中でボケていない。なのに何故、奴は笑っているんだ? 気持ち悪い。

「僕は喋れないなんて一言も言ってはいませんよ。敵をだますにはまず味方からって所でしょうか?」

「だからお前は何を言っているんだ!?」

 ケメディーは大概理解不能だが、今ほど理解不能だと思ったことはない。

「いや、ププ、実はですね、ひひひ、僕は佐藤くんのこれから3日先までの、はは、ツッコミとボケを読み取ることができるんですよ。はっひっ、凄い、能力でしょ」

「使えないにも限度があるわいッ!」

 歴代最強じゃなくて歴代最低の力じゃねえか。3日先の笑いを先取りって、お前、笑いの世界を舐めてるだろう!? 

「いいか、ケメディー。笑いってのはなあ一瞬でもタイミングを外せば陳腐なものに変わり果てちまうんだぞ! 一瞬でも気を抜けば死ぬ、真剣勝負なんだよ!」

 ツッコミ王の称号は生まれ持っての才能で得ているものじゃない。弛まぬ切磋琢磨と果てない向上心によってのみ維持できる険しくも繊細なものなんだよ!

「何だか知らんがコントは終わったようだな。ではこちらも行くぞ、メラ」

 大魔王が人差し指の先から線香花火の玉級の丸い炎を発した。その玉は俺の脇を通り抜けてケメディーに直撃した。

「うわぁああああぁ。やられたぁああぁ。もう駄目だあぁあああああぁっ!」

「やっぱりお前、弱っ!」

 倒れたケメディーに駆け寄る。当たったのは直径1cmほどの玉なのに、ケメディーは全身が黒焦げになっていた。

「お~い、大丈夫か?」

「僕はもう……駄目みたいです……」

 答えるケメディーの声は弱々しかった。もう、声に力が篭らないようだった。

「僕はこの今掛けているメガネに転生したいと思います。これからはメガネな人、ではなくメガネになります」

「なれるのかよ!」

「僕が生まれたのは未来の宇宙ですから……ガクッ」

 俺にツッコミだけ入れさせて、ケメディーは遠い世界に逝ってしまった。

 未来よりも宇宙よりも遠い世界に。

「あの野郎、メガネになるなんて冗談言いやがって……って、本当にメガネになってる!?」

 ケメディーの体はいつの間にか消え、レンズが一回り大きくなったグルグルメガネが置かれていた。そのメガネからやたらと汗臭くて、ムサくて生理的に嫌な感じを受ける。

 間違いない。ケメディーが横にいる時の感じそのものだ。ケメディーの奴、本当にメガネに生まれ変わりやがった。

 ていうかこれ、呪いのメガネだよな。装備すると嫌な感じのBGMと共に呪われて外せなさそうな。

「何のありがたみもない転生をありがとうな、ケメディー……」

 大空に、ケメディーのむっさい顔が笑顔でキメていた。

 

 

 

「さて、これで我の野望を阻止する者はいなくなったようだな」

 大魔王は俺を見ながらニヤニヤと笑い始めた。そうだ、俺は人類最後の希望の砦として大魔王の野望を防がなくてはならなかったのだ。

 俺のせいで大魔王が復活したことが世間に知られない為に。

 もし、大魔王がこの地球を支配して、その原因を作ったのが俺だと知られれば、怒った地球人たちによって確実に殺されてしまうだろう。それは何とか避けなければ!

 だが、俺は平凡な地球人に過ぎない。一体どうすれば俺は大魔王に立ち向かえる?

取り柄といえばツッコミしかないこの俺がどうやって未来の宇宙から来た超能力者である大魔王を倒せる? 誰か、教えてプリーズ3っ!

 

 と、その時、ズボンのポケットに入れていた俺の携帯がメロディーを奏で出した。

 こんな時に、誰だ、もう! 

 ポケットと大魔王を交互に見る。通話中に大魔王に仕掛けられては溜まらない。

「どうした、出れば良かろう? 今日の我は復活祝いで機嫌が良いのだ。好きにして良い」

 大魔王の恩恵というのが気に食わなかったが、電話に出ることにする。

 携帯を手にとって見ると、発信者の名前に……

「長田っ!?」

 何かの間違いだろうとは思いつつ、急いで受話器を耳に当てる。

「あの、佐藤くん?」

 受話器越しに聞こえるのは確かに長田の声。このちょっとオドオドした自信なさげな感じのトーンは間違いない。

「長田っ、長田なのかっ!?」

「うん、そうだよ。長田由紀だよ」

 その声を聞き、俺は自然と涙が毀れ出すのを止められなかった。

「長田、お前、今どこにいるんだ? 宇宙に帰ったんじゃないのか?」

 地球上にいるのなら、どこにでも行ってやる。泉のいる所以外なら。

「……宇宙、なの」

 その答えに俺は少しガッカリする。

「私はしばらく地球には入れない。でもコミュニケーションが完全に禁止されている訳じゃない。だから時々ならこうやって電話を通じて佐藤くんと連絡を取ることはできるの」

「そう、なんだ」

 携帯を固く握り締める。長田本人を抱きしめることができない代わりに。

「それで、本題なのだけど、もう『アレ』……大魔王は復活している?」

 視線をチラリと動かす。

「ああ。俺の目の前でぴんぴんしているよ。そしてケメディーがもうあっさりとやられた」

 地面に置かれているグルグルメガネを見る。

「……そう。大魔王を放置しておくと、全時空間が危機に陥りかねない。たとえそうならなくても、大魔王の復活を危険視した宇宙組合は地球ごと彼を消そうとするに違いないの」

「それって地球消滅の危機ってことかよ!」

 嫌な予感は確信へと変化した。

「だから佐藤くん、大魔王はあなたが封印して」

「俺の命も掛かってるんだ。やるしかないだろう」

 座せば死を待つしかない。ならば、足掻いてみるのも悪くはない。

 

「それで、大魔王の封印ってどうすれば良いんだ? 俺には超能力なんかないぞ」

 朝浦や泉みたいに特殊な空間を作り出して閉じ込めるということはできない。

「大魔王は私達『四天王』によって長い間封印されていた。まだ本調子ではないと思うの。だから封印グッズを一つでも彼の体に施せば簡易封印は成立する筈よ」

「その封印グッズって何だ?」

 こっそりと小声で聞く。大魔王に俺たちの会話は筒抜けかもしれないが念の為。

「『四天王』の私物なら別に何でも良いのだけど」

「私物って言われてもなあ……」

 『四天王』の中で日常的な接点があったのは長田ぐらい。その長田にしても私物を預かるなんてことはしていない。

「…………あの、その。佐藤くんは、持っているんでしょ?」

「何を、だよ?」

 長田が電話を前にして当惑しているのはわかる。ここ1ヶ月は毎日一緒にいたから。しかし、何故慌てているのかは不明。

「だから、その…………私の、パンツ……」

「何で俺が長田のパンツを持っているんだぁっ!?」

 電話に向かって大声で怒鳴ってしまう。しかし俺は長田のパンツを所有するような変態じゃない。欲しいと思ったことだって…………ノーコメントとさせて頂く。

「ご、ごめんなさいぃ。でも、だって、佐藤くんはうちに遊びに来てくれたでしょ?」

「確かに長田に家には行ったが、それがどうして長田のパンツ所有疑惑になる?」

 家を訪れたから下着泥棒にされていたら日本の犯罪件数は大変なことになってしまう。

「それは、その、男の子は、気になる女の子の家に来たら、絶対にタンスを漁ってブラやパンツを持ち帰るものだって。……朝浦さんが」

「朝浦ぁああああああぁっ!」

 あの宇宙人、とんでもない物を爆弾を残していきやがった。

「だから、佐藤くんは私のパンツを持っていると思ったのだけど、ち、違うの?」

「持ってる訳があるかい!」

 俺はお色気ラブコメ漫画の主人公じゃない。

「それって……佐藤くんにとって私なんかは気になる女の子じゃないってことだよね。やっぱり私みたいに地味で根暗でスタイルも悪い娘なんて……グスッ」

「違っうぅううぅうぅううぅっ!」

 携帯に向かって大絶叫。

「そうじゃなくて、好きな娘の下着を持って帰るという朝浦の情報が間違っている。俺は長田を愛している。ユー・アンダースタンド?」

「あー、いえすいえす。……って、佐藤くん、今何か凄いことをさらって言わなかった? その、私のことを愛してるって……わ、私の幻聴だよね? ひゃぁあぁっ!?」

 長田が何かに頭をぶつけてひっくり返る音が聞こえた。この話題を続けていたら長田は頭を打って死んでしまいかねない。それ以前に大魔王対策を話せない。

「それよりもだ。現状で俺は『四天王』の私物を持っていない。取りに行っている余裕もない。他に代替できるものは?」

「えっ? 私としてはさっきの佐藤くんの言葉の方がもっと大事……って言っている場合じゃないよね。地球と佐藤くんの命が掛かっているのだから」

 ご理解頂けたようで何より。それに、やっぱり愛の告白は直接言わないと駄目だ。

「えっと、『四天王』に匹敵する力を持った存在の私物なら封印の効果が出ると思う」

「『四天王』に匹敵する力を持った存在?」

「えっと、未来人とか宇宙人とか超能力者とか」

「『四天王』以外にそんな存在の知り合いなんて……いたぁ~っ!」

 今はメガネと化したケメディーを見る。

「ケメディーのメガネなら今準備できる。これで、封印できるんだろ?」

「それは大丈夫だと思う。けど……」

「けど、何だよ?」

 長田の声には言いにくそうな躊躇いが含まれていたのが気になった。

「佐藤くんってメガネが好きなの? 私のことも、メガネだから気になったとか?」

「違っうぅううぅうぅううぅっ!」

 またまた携帯に向かって大絶叫。

「確かに俺はメガネが好きだ。「メガネがない方が可愛い」なんてほざく奴とは存在レベルで敵対する自信はある。だがな、長田。俺がお前に興味を持ったのはメガネがあるからだけじゃねえぞっ!」

「……メガネが好きなのは否定しないんだ」

「どうか今後ともメガネでいてください」

「……うん。わかった」

 俺は長田のこういう素直な所が大好きだ。

「それで、封印ってのはどうすればできるんだ?」

「メガネで封印をするのなら、大魔王のおでこにメガネをのせて「おでこのメガネででこでこでこり~ん」と唱えれば大丈夫」

「そのネタは何歳まで通じるんだ?」

 やたら昭和の時代を感じさせる呪文だった。

「とにかく封印のやり方はわかった。後は、俺次第って訳だな」

「そうだな。だから、負けないでね。私、佐藤くんを応援しているから」

 長田に応援してもらうと力が沸いて来る。やれそうな気がしてくる。

「……そろそろ、制限時間が来たみたい」

 長田の声はまた沈んでいた。だから、俺は殊更明るく振舞った

「次連絡する時にはもっと2人の将来について込み入った話がしたいな。だから、必ず生き残ってみせる」

「うん、そうだね。私も楽しみにしているから。だから、絶対に死なないで」

 地面に向けていた視線を大魔王へと向け直す。

「連絡くれてありがとな」

「私は、いつでも佐藤くんの味方だから」

 受話器を閉じてポケットにしまい直す。そして大魔王を睨みつける。

「この我を随分と待たせてくれたな」

「お前を倒すための秘策を伝授されていたんでな。ちょっと時間が掛かっちまった」

 ケメディーメガネを拾い上げながら力を込めて返答する。

「地球の為、ヤンスの為、ケメディーの為、長田の為、そして俺自身の命の為、封印させてもらうぞ、大魔王っ!」

「余興にはちょうど良い児戯、楽しませてもらおうか」

 最後の戦いが、今始まる……。

 

 

 

「うわぁああああぁ。やられたぁああぁっ!」

 大魔王の謎の衝撃波を受けて俺の体は吹き飛んでいく。何度目になるのかわからない地面へのハードランディング。

 大魔王への勝利条件がメガネをおでこにのせて簡単な呪文を唱えれば良いだけとはいえ、元のスペックが違い過ぎた。

 大宇宙の神秘の力も超能力も自在に操ってくれる大魔王と平凡な地球人の俺では端から勝負にはならない。微妙の塊だったケメディーと違い、こいつの力は本物だった。

「どうした? もっと我を楽しませてみろ」

 いまだノックアウトしていないのは、大魔王が単に俺で遊んでいるからに過ぎない。俺を痛めつけてその反応を楽しむという遊びを、だ。

 大魔王の性格の歪みっぷりは折り紙付きだ。だが、奴があからさまなサディストで自信過剰なナルシストであるからこそ俺にもまだチャンスはある。

 即ち、奴が油断して近寄って来た瞬間に襲い掛かってメガネをかぶせ呪文を唱える。

我ながら単純な作戦だとはわかっている。しかし、戦闘中に一発逆転の策をパッと閃くなんて少年漫画の主人公の様な真似はできない。それに戦力差が大き過ぎるので奴の油断に賭けるしかない。

 だから今できることは、実際に受けたダメージよりも深く傷付いたように見せること、そして体力をできる限り温存しておくこと。

「大魔王、覚悟ぉっ!」

 右拳を固めて殴り掛かる。が、そんな攻撃通じる筈もない。謎の衝撃波をお見舞いされる。そしてまた宙を舞う。

「どうした? 同じ攻撃方法ばかりでは芸がないぞ」

 俺の単調な攻撃に飽きたのか大魔王は地面に転がっている俺に向かって近付いて来た。

 ……ようやく、撒いた種を収穫する時が来た。

 目を瞑ったまま耳を澄まして奴との距離を測定する。1歩、2歩、3歩。奴が歩いているのがわかる。

 後、2歩近付いて来たら奴に奇襲をかける。

 それが多分、地球と俺の運命を決める攻撃になる。

 地球の運命を賭けて戦うヒーローって、もっと気分が良い物だと思っていた。けれど、自分がいざその地位に立たされてしまうと少しの爽快感も興奮もない。

 絶え間ないプレッシャーに襲われ、気分が悪いったらありゃしない。けど、俺がやらなきゃ地球はおしまい。その最悪な想像を裏返した使命感は俺に折れない心の強さをくれる。

 後1歩。

 心の準備はできた。後は、この決意を無駄にしないべく確実に実行するのみ。

 恐怖が沸き起こらない様に、保身の誘惑に駆られない様に頭を空にして待つ。

 …………サクッ。

「大魔王ぅっ、覚悟ぉっ!」

 瞬間的に跳ね上がり、大きく体を沈み込ませて大魔王に向かって飛び上がる。

 俺の計算に拠れば大魔王までの距離は1mもない。幾ら大魔王といえどもこの至近距離ならば急な対応は難しい筈。俺は、自分の勝利を固く信じながら飛び上がった。

「フム。貴様は蛙にでも生まれ変わったのか?」

 だが、俺の側にいる筈の大魔王は3m以上離れた場所で笑っていた。それを見て、謀られたのは俺の方だと知った。

「貴様が接近して来た我に攻撃を加えようとしていたのはみえみえだった。だから近づくフリをして足踏みしてやったまでだ。我が近付いたと錯覚してにやつく貴様の顔、見物だったぞ。はっはっは」

 笑い声を頭に響かせながら大魔王の1.5m手前に着地する。

 もう1度ジャンプすれば大魔王まで届くだろうが、そんなことを許す奴ではないだろう。

「クソォっ! これまでだって言うのかよぉっ!」

「その声。その無念の響き。挫折の咆哮。我が最も聞きたかった声だ。はっはっは」

 大魔王が一層の高笑いを奏でる。

 俺は、もう、駄目なのか?

 

《おやびん、諦めたらそこで試合終了でやんす》

 奇跡、というのは案外近くにあるのかもしれない。その声を聞いた時、まず思ったのがそれだった。

「ヤンスっ! ヤンスなのか!?」

 声はすれども姿は見えない。いや、正確に言えばこれは物理的に聞こえている声ではなくて心の声。

《あっしは今、大魔王の中にいるでやんす》

 大魔王の前歯の1本が光っている。その微妙ぶり、ヤンスで間違いなかった。

「大魔王にお前は完全に消えたと言われて、悲しんでいたが、無事だったんだな」

《そんな無駄話をしている暇はないでやんす。あっしが大魔王を抑えている間に、封印を施すでやんす》

「クッ! バグの癖に我の体を乗っ取ろうと言うのか! だが、貴様など後10秒もあれば完全にかき消してくれるわっ!」

 ……あれだけ美少女が沢山出て来たのに、一番の献身的協力者が男、しかも見目麗しくないというのはどうなのだろう? 

 だがヤンスの助け、絶対に無駄にはできない。

「大魔王っ、今度こそ覚悟だぁああああぁっ!」

「チッ!」

 正面から飛び掛っているのにもかかわらず体を動かせない大魔王。俺の両手が、ダンクシュートを決める様な感じで大魔王の額にメガネをかぶせる。

 後は、呪文さえ唱えれば俺の勝利だ。

「甘いわッ! マホトーン」

 大魔王がどこかで聞いたことがある呪文の名を口にした瞬間、俺の口に『×』の字が描かれたマスクが張り付いた。

「これで貴様はもはや喋れん。我にメガネをかぶせた所で呪文を唱えることは不可能だ」

「ふ~ふ~ふ~っ!」

 大魔王の言う通りだった。俺の口は幾ら言葉を発しようとしてもふ~ふ~唸るだけ。

 後、ほんの少しで大魔王を封印できると言うのに。

「フッハッハッハ。後、5秒もすれば我はこのバグを完全消去できる。さすれば我の完全勝利。この世は全て我のものだぁっ!」

 マスクはどうやっても剥がせない。畜生っ! もう、時間が……

「じゃあ、大魔王さんにこの世全てを征服される訳にはいきませんから僕が言いますね。おでこのメガネででこでこでこり~ん」

奇跡、というのは案外安っぽいまでに近くにあるのかもしれない。その声を聞いた時、まず思ったのがそれだった。

「ふ~ふ~(ケメディー)!?」

 それは死んでメガネに転生した筈のケメディーの声だった。

 

「ぐ、ぐわぁあああああああぁっ!」

 大魔王が苦しんでいる。数瞬前まで見せていた余裕などどこにもない悲鳴を上げていた。

「どうやら封印は上手くいきそうです」

「ケメディー、お前、どこにいるんだ? って、あれ? 俺、喋るぞ?」

 気が付くと『×』マークが付いたマスクが剥がれて地面に落ちていた。

「僕はここ、大魔王の額の上にいますよ」

 大魔王の額のメガネが光っている。その微妙ぶり、ケメディーで間違いなかった。

「ていうかお前、何で喋ることを黙っていた。おかげで俺はちびりそうだったんだぞ」

 ケメディーメガネにツッコミを入れる。もはや大魔王は無力な存在と化していた。

「だからさっき人間形態だった僕が言ったでしょ? 『僕は喋れないなんて一言も言ってはいませんよ。敵をだますにはまず味方からって所でしょうか?』って。あれはこういうことですよ」

「たくっ。使えないにも限度があるぞ。けど、悪くない伏線だったぜ……」

 戦いはからっきしだったけど、最後の最後で頭脳派プレーを見せるとは、ケメディーの奴もやるもんだ。

 

《それじゃあおやびん、お別れの時間が来たみたいでやんす》

「そうだね。そろそろ行かなきゃいけない時になったみたいだね」

 先週何度も何度も聞かされた離別を示す言葉に俺はハッと正気に返る。

「行くってどこへだよ?」

 嫌な予感がした。

《簡易封印が効いていると言っても大魔王をこのまま野放しにはできないでやんす。遠い遠い所に連れて行って閉じ込めるでやんす》

「僕とヤンスくんの力があれば何とかいけそうなんだ」

「って、お前らまで俺の前からいなくなっちまうって言うのかよ!」

 あれだけ美少女キャラがいたのに、最後の別れが男とだなんて……。

「心配せずとも、こんな簡易封印すぐに破って我が完全復活を遂げてみせるまでよ」

 苦しみながらも大魔王は不適に笑っていた。

《どうやら一刻の猶予もないようでやんす。行くでやんすよ、ケメディー》

「そうしようか、ヤンスくん」

「おい、ちょっと待てよ? 別れの挨拶もなしなのかよ?」

 大魔王の体が激しい光に包まれていく。

 そして……

《おやびん、さよならでヤンス》

「佐藤くん、さようなら」

 俺を置いて、大魔王の体はどこか他の場所へと転移してしまった。

「お前たちがいなくなったら、どうやって三馬鹿を続けるって言うんだよ……」

 もう誰も存在しなくなった空間に向けて呟く。

 こうして、誰も知ることがないこの世全てを賭けた戦いは終わりを告げた。

 2人の尊い犠牲の上に……

 

 

 

「何でお前がさも当然のようにしてここにいる?」

 翌日、火曜日の朝のHR。

 俺はずっと抱いていた疑問を遂に口にした。

「何でも何も、ここはヤンスの席。つまり、我の席でもある。我が座っていて何がおかしい? ……でやんす」

 俺の前の席には金髪で身長190cm近い大男が座っていた。

「大魔王、お前、封印されたんじゃなかったのかよ?」

 お前が平然とここにいたんじゃ、昨日の死闘が、犠牲が無駄になっちまうじゃねえか。

「だから何を言っておる? 我はヤンスとケメディーによりいまだに封印され、力のほとんどを封じられておる。普通の人間とさほど変わらん。……でやんす」

 確かに大魔王の前歯は光っているし、その額にはぐるぐるメガネが乗っている。大魔王の口調が微妙におかしいのも封印が効いている証なのだろうか?

 まあ、何にせよ人間と力がさほど変わらないのなら今の奴を恐れる必要もないか。

「というかお前、遠くに飛ばされたんじゃなかったのか?」

「下らん問いだな。我が帰って来た理由、そんなもの、ヤンスとケメディーが望んだからに決まっておろう」

「ヤンスとケメディーが望んだ? 何で?」

 だってこいつら、俺たちのことを思って遠い世界に旅立った筈なんじゃ?

「え~、だって僕、日本の深夜アニメを見る為にこの時代に来ましたから」

《あっしはまだボインボインな女の子のパイオツを揉んでないでやんすから》

「お前ら自分の欲望に忠実過ぎじゃあっ!」

 昨日の夜、お前たちのことを思って泣いた俺の純情を返せ!

「え~では、佐藤くんたちの漫才が一段落した所でHRを始めたいと思います」

「俺の真面目な話を勝手に漫才扱いしないでください!」

 先生はいつも通りに俺のツッコミをスルーしながら連絡事項を伝えていく。

「みなさん、既にお気づきのこととは思いますが、このクラスのケメディーくんがメガネに転生しました。それからヤンスくんが大魔王にジョブチェンジしました」

 クラス内で特に大きな反応は起きない。みんな、ケメディーやヤンスの変化に関心を払っていない。ある意味とても凄いぞ、このクラス。

 人がメガネになったり大魔王になったりすることを普通に受け入れているのだから。

「グローバリゼーションの時代ですから、そういう人生の選択肢もありなのだと先生は思います」

 そして語られる先生の決まり台詞。でも、今日の俺はちょっと違う見解を持っている。

「先生、今俺たちに求められているのはグローバル(地球)ではなくユニバーサル(宇宙)な視野じゃないでしょうか」

 挙手をしながら先生に自説を訴える。

「佐藤くんはグローバルの更に先を行く先見の明の持ち主ですね。しかし、どうして急にユニバーサルという考え方を持とうと思ったのですか?」

 両手を突きながらすっと立ち上がる。そして俺は述べた。

「宇宙に俺を待っている娘がいるからですよ」

 グローバルなんて狭い視野じゃ俺の愛は届かない。

 

 その日から俺のあだ名はユニバーサルロマン詩人になった。

 まあ、それも悪くない。

 なっ、長田。

 

 了

 

 


 
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