「どうした。ずいぶんと落ち着かない様子だな」
眼下の訓練場で行われている新人四人の訓練を、どこか落ち着かない様子で眺めていたヴィータへ声をかけたのは、いつの間にか傍らに立っていたシグナムだった。
その接近にはとうに気付いてはいたものの、どうにも口を開く気にはなれなかったヴィータは、あえてその問いには答えず、居心地悪げに腕を組み直した。
言葉に出さずとも、組んだ腕を落ちつかなげに指で叩くその仕草から、彼女の心情は見て取れた。
シグナムもそれ以上は口を開かず、ヴィータの横に並び立つと、同じように、新人達の訓練風景に目をやった。
今回行っているのは四人一組での集団戦の演習だった。
ここ最近、別行動が多かったのでおさらいの意味を込めて、などと昨日なのはたちが話していたが、これがそうなのだろう。
しばらく無言で、その風景を見ていた二人だったが、やおらヴィータが声を張り上げた。
「エリオ! 先走りすぎた! スバルたちとしっかり連携を取れ! 一人で戦ってるんじゃないんだぞ!」
訓練場に響き渡る雷鳴のような怒号に、エリオはハッと身をすくませると、我に返ったように辺りを見回した。
そして自分が、ヴィータの指摘の通りに突出していたことを理解すると、頭を下げて謝意を示し、ティアナたちのところへと戻っていたった。
「……あまり芳しくないようだな」
シグナムの言葉に返されたのは深々としたヴィータの溜め息だった。
彼女達が弱くなったと言うのではない。むしろ、個々の練度は上がっている。咄嗟の判断も悪くない。
数度の実戦を経たことが、彼女達を鍛えたのだろう。
だが、それがチーム戦での連携に活かされていない。
全員に何がしかの課題が残りそうだが、その中でもエリオが特に問題だった。
シグナムが見ていた僅かの間でも、ガードウィングらしからぬ立ち回りが見て取れた。
後衛には断じて攻撃は届かせないという気迫は、離れていても感じ取れるほどだ。しかし、その意気込みが裏目に出てしまっている。
そしてどうやらその原因は…
「前回の戦闘…か」
「多分な」
ポツリと漏らしたシグナムの呟きに、ヴィータが答える。
「正体不明の襲撃者。おまけに奇襲。その状況から全員生還なら、新人には上出来すぎるってのに」
「…それでは納得ができない。ということなのだろうな」
傷が治った直後に、自分に稽古を付けてくれと頼みにきたエリオの姿を思い出し、シグナムはふと口の端を緩ませた。
新人の訓練風景に目をやっていたヴィータはそんなシグナムの表情には気付かず話を続ける。
「まあ、フェイト達は程度の差はあれ全員負傷したし、記録じゃ、実際やばいところまで押し込まれてたからな。気持ちはわからなくもねぇけど…」
どうしたものかとヴィータは頭をかいた。
眼下の訓練場では再び突出しかけたエリオを、ティアナが制止しているところだった。
言葉だけでは納得できないのかもしれない。
「そちらの件に関してはしばらく様子を見よう。時がたって頭が冷えてくれば、エリオも自分で気付いてくれるだろう」
「もし気付かなかったら?」
「鉄拳制裁だ」
茶化すようなヴィータの問いかけに、いたって真面目な表情で、シグナムは持ち上げた拳を握り締めた。
紫色の燐光を放つ右腕は、魔力を帯びている。殴られればただでは済むまい。
「………」
「………」
沈黙が、場を支配した。
「…おい、マジで…」
「冗談だ」
「って、おい!」
恐る恐る、といった様子で真意を確かめようとしたヴィータは、気抜けして思わず突っ込みを入れた。
「それよりも、今日だったな。衛宮の件は」
「……急に話を変えるなよ」
釈然としない表情のまま、ヴィータは突っ込みのために振り上げていた手を下ろす。
「…あいつは、ミッドチルダで発見された次元漂流者だ。本来ならその身元は地上の連中に保護されるのが筋ってもんだ。事情聴取の件だって何も問題は無ぇよ」
口にした内容とは裏腹の仏頂面で、ヴィータはグラーフアイゼンを担ぎなおした。
「そうだな。ただ、何故今になってという疑問は残るが」
淡々と述べられたシグナムの言葉に、ヴィータは今度こそ眉根を寄せた。
そう、シグナムの言う通りなのだ。衛宮士郎の出身世界への送還が失敗に終わった直後の参考人招致。
随分とタイミングの良い話ではないか。
さらにレジアス・ゲイズの右腕とも言われるオーリス・ゲイズの直々の通達である。
地上本部と本局の不和を知る者ならば、何か裏があるのではないかと勘繰ってもおかしくは無い。
「どっち道、それをどうにかすんのは、はやてとフェイトだ。今更どうこう言っても始まらねぇよ」
「…そうだな」
がりがりと頭をかきつつ、ヴィータは天を仰ぐ。それに連れられるように、シグナムもまた天を仰いだ。
良い天気だった。雲ひとつ無い快晴である。
自身の胸のうちに宿る暗雲に対する皮肉にも思えて、ヴィータは青空を苦々しげに睨み付けた。
「これはまた、想像以上だな」
ラボの一室にて、手にした資料を眺めながらトーレの呟いたセリフは、僅かながら驚嘆が含まれていた。
戦闘機人の中でも最古参の一人であり、事戦闘においては指揮官を任される彼女にとって、そのような感情の吐露は珍しいものだった。
最も、彼女の対面に座すチンクはそんな呟きなど耳に入らないのか、険しい表情のまま手元の資料を読み続けている。何の資料を見ているのかといえば、それは、
「……衛宮士郎の経歴に関する資料はこれが全てなのか?」
視線を上げることもなく、チンクは傍らに座るクアットロに問いかける。
「ええ。とりあえず集められるだけの分は集めたわ。これ以上となると、向こうの人たちに感づかれちゃうかもしれないわ」
手をひらひらと振りながら、クアットロはそう答えた。
「…そうか」
そもそも、何故このような調査が行われたのかといえば、それはチンクからの提案によるものだった。
前回の失敗を踏まえ、衛宮士郎に関する情報を出来る限り知っておきたいと考えたチンクは衛宮士郎の経歴の調査を提言し、Dr.スカリエッティの承認の元、№4クアットロに命令が下されたのである。
まあ、只者ではないだろうと予想はしていたのだが、高校卒業後、故郷である冬木市を出てからの衛宮士郎の出身世界での活動は、チンクの予想を大きく上回るものだった。
なにせ洋の東西、表であろうと裏であろうと関係なく、世界中の紛争地域に赴いては戦場に身を投じているのである。
半生を戦場で過ごしているといっても過言ではないほどだ。
「しかし、この男は何が目的なんだ。傭兵としての報酬のために、こんな無謀な真似をし続けてきたとでも言うのか? 割に合ってないぞ」
全くもって理解できない。資料を机の上に投げ出したトーレの表情はそう物語っていた。
一方のチンクはといえば、何か思い当たることでもあるのか、口元に手を当てて逡巡している様子だった。
「…まあ本当に小遣い稼ぎが目当てだったのかもしれませんね。蛙の子は蛙。と言いますし」
そう言ってクスリと笑ったのはクアットロだった。
「一体何のことだ?」
「いえいえ、彼のことを調べていくうちに分かってきたことがあるんですけど、衛宮の名は彼の出身世界ではそこそこ有名みたいなんです」
胡乱気な視線を向けるトーレとチンクの眼前に、一枚のディスプレイが表示された。
「衛宮、切嗣…?」
「何者なんだ。この男は?」
「衛宮士郎の父親。つまりは先代の衛宮です。もう死んじゃってますけど、中々の経歴の持ち主ですよ?」
その言葉とともに画面が徐々にスクロールされていく。それとともに、トーレとチンクの表情が変化していった。
先程の衛宮士郎の経歴も相当なものだったが、この男はそれに輪をかけてさらに凄まじい。
狙撃、爆殺、毒殺、脅迫、拉致監禁。およそ手段など選ばず、ただ最大効率で目標を排除することのみを念頭に置いたかのような戦法。
一般人の犠牲など歯牙にもかけないその有り様は、真っ当な感覚の持ち主ならばこの資料を一読しただけで気分が悪くなることは間違いない。
裏の世界に身を置くトーレとチンクでさえ思わず息を呑むほどだった。
(人間とはこうまで非情になることが出来るのか?)
「……まるで、機械だな」
心中にてチンクはそっと呟きを漏らし、対してトーレは唸るように言葉を発した。
「言いえて妙、ですね。出身世界では魔術師殺しなどと悪名を轟かせていたみたいですから」
と、そこで言葉を切ると彼女はチンクへと視線を向けた。
「どう? チンクちゃん。衛宮士郎に関する情報を調べられるだけ調べてみたけど、これで満足かしら?」
「…ああ、感謝する」
そう礼を述べたものの、内心チンクは腑に落ちない物を感じていた。
まだ足りない。衛宮士郎という人物を読み解く上で決定的な何かが欠けている気がする。
17年前の冬木市における大火災。原因は不明とされているが、魔術師の暗躍、暗闘に因ると見るのが妥当なところだろう。
事実、その前日に至るまで連続殺人事件や、児童の集団失踪、大規模な有毒ガスの発生事故に、竣工したばかりの建造物の倒壊事故などキナ臭い事件が立て続けに起こっている。
10年近く姿をくらませていた衛宮切嗣が突如としてこの街を訪れ、さらには身寄りをなくした衛宮士郎を引き取り隠居に等しい余生を送ったことといい、この街には何か重大な秘密が隠されているのだ。
7年前に、類似する事件が再度起こったことも関連しているのだろう。
それが、自身が潜入した洞窟内部にあるものに関わりがあることはすでに察していた。
自身の胸のうちにわだかまる疑問を解き明かそうと、チンクは思索に耽っていたのだが、突然開いた扉の音で、不意に現実へと引き戻された。
首と巡らせて見れば、そこに立っていたのはゼストとアギトだった。
先達てのルーテシアの件以来こちらへの感情がすこぶる悪化している両者がこんな所にくるとは珍しい。
「何か御用ですか?ゼスト殿、アギト殿」
三人を代表して問いかけたトーレに対してゼストは頷き、そしてアギトが嫌々ながらといった様子で口を開いた。
「なあ、ガリューがどこにいったか知ってるか?」
ガリュー。ルーテシアの召喚虫であり、特に信頼の篤い者だ。
先の事故以降、意識の戻らない主人を守護するため、常にルーテシアの生体ポッドの傍に控えていたはずなのだが、今朝から姿を見かけないのだという。
怪訝な表情で視線を交し合った三者であったが、事情を知るものが誰もいないと判ずると、トーレが頷いて立ち上がった。
「それならば、こちらも探索をかけてみましょう。クアットロ、いいな?」
「了解です」
続けてクアットロとチンクが立ち上がった。
これが一時的に離れているのならば良い。
が、主人に対する忠誠の篤いガリューが、意識不明の主人を放って半日以上姿をくらませているとなると、それは何かがあったのだ。
これが、事態が動き出す最初の切欠になる。そんな予感を胸に、チンクは歩き出した。
「それにしても…」
そして、己以外誰もいなくなった部屋を最後に出ようとして、そこでふと思い返したように、クアットロはテーブルの上におかれていた資料を一瞥した。
「…正義の味方なんて、お目出度い事」
口の端に刻まれた笑みは、どこまでも冷め切っていた。
どうも、大変お待たせいたしました。
前回の投稿からどれくらいたってしまったのでしょうか、数えるのも怖いくらいの八限です。
神を喰う者になってたり、ハンターになったりしたせいかも知れません。
そんなこんなの第9話でした。士郎が全然出てきません。
次回はきっと度肝を抜くような登場をかましてくれると思います。
それでは、次回第10話を気長にお待ちください。
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大変お待たせいたしました。
第9話投稿させていただきます。
待っててくれた方、いるかな…?