No.199570

剣と魔導 幕間 フェイトの夢

八限さん

お待たせしました。
剣と魔導 幕間になりますが投稿させていただきます。

2011-02-03 22:56:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:16787   閲覧ユーザー数:15226

 

 

 また、夢を見た。

 

 それは色褪せた空間で、どこか懐かしさを覚えさせるもの。

 

 日差しが差し込む病室の中で、少年が一人、ベッドから身を起こして天井を眺めていた。

 

 見覚えのある少年だった。あの炎の地獄の中で、たった一人生き残った子供だ。

 

 まだ傷も十分に癒えていないのだろう。包帯が巻かれた小さな体が痛々しかった。

 

「助かったんだね」

 

 これが夢だということはわかっている。声をかけても相手には届かないことも。それでも、フェイトは少年にそう声をかけた。

 

 よかったね。なんてとても言えない。けど、こうして生き延びることができたのは不幸中の幸いであった。それだけはせめてもの救いであったと。

 

 耳元で風が吹き抜ける音がした。

 

 不審げに首を巡らせ、再び少年に視線を戻すと、包帯がいつの間にか取れていた。

 

(まあ、夢なんだし。気にしてもしょうがないかな)

 

 と、そこで背後にある扉が開く音がした。

 

 振り返るフェイトの体をすり抜けるようにして現れたのは、ぼさぼさの頭に、着古したコートをまとった一人の男。あの大火災の中、少年を救い出した勇気ある男だった。

 

 突然現れた男は少年の前に立つと、孤児院に行くのと初めて会った自分に引き取られるのとどちらが良いかと、いきなり問いかけ始めた。

 

 実に突拍子のない発言だった。面食らったフェイトが目を瞬かせているうちに、両者の話はさらに進んでいく。

 

口出しの出来ない夢の中では詮無い事だが、何というかもう少し言い方というものはないのだろうかとフェイトは内心考えてしまった。

 

天涯孤独の身となった子供に対して、見知らぬ人間の養子になるか孤児院に預けられるかの二者択一を迫るのは酷ではないか。そんな質問には答えられるものでは…

 

「なる」

 

「なるの!?」

 

 即答だった。

 

 思わずフェイトの方が叫んでしまった。

 

 少年の返答は男性に喜色をフェイトに驚きの表情を浮かべさせた。

 

「そうと決まれば話は早い。早速準備しよう」

 

 そう言って男は持参した鞄に少年の荷物を詰め込み始めた。

 

 それはもう、しっちゃかめっちゃかに。手当たり次第に鞄に詰め込んではギュウギュウと押し込んでいく。

 

 もうちょっと、スペースをうまく使えばいいのにと、フェイトが呟きをもらした所で、男がはたと振り返った。

 

 至極真面目な表情を浮かべ、男性は少年を見据える。

 

「そうだ。初めに言っておかなくちゃいけないことがあるんだ」

 

 先程までとは打って変わった重苦しい表情。一体何を言うつもりなのかと、フェイトまでもが知らず怪訝な表情を浮かべた。そして、

 

「僕はね、魔法使いなんだ」

 

「へ?」

 

「うわ、すごいな爺さん」

 

 少年は目を輝かせていた。

 

 その姿を見て、男性はそれはそれは嬉しそうに笑みを浮かべ、釣られてフェイトも笑いを零してしまった。

 

 こぼれた笑みを隠すように、口元に手を当てながらフェイトは思う。

 

 ああ、きっとこの二人は大丈夫だと。

 

 この、一見おかしな男性と少年はきっとうまく行く。

 

 少年の身に降りかかった不幸など吹き飛ばしてしまうくらいの幸せを得られるんだ。

 

 そう、彼は救われた。だから、

 

-だから、今度は俺がみんなを助ける-

 

「え?」

 

 フェイトの思考に被さる様に、独白が響く。

 

-見捨ててしまった人達の為にも-

 

「待って、それは」

 

-罪を償うことが―――――

 

「どういうこと!?」

 

 身を起こしながら突き出した右手は何もない宙を掴んでいた。

 

 はっと我に返ってみれば、そこは寝室。夢を見ていたのだ。当然である。

 

 乱れた髪を背中に流しつつ、フェイトは小さく息を吐いた。

 

 何だったのだろう、あの最後の言葉は。あのまま終わっていれば幸せな、いや、幸せになれる少年の話しだったのに。

 

 声音はあの二人とは微妙に違っていた。けれど、どこかで聞いたことのあるような声だった。

 

 誰だろう。心当たりがあるようでない。まだ残る眠気を払うように軽く頭を振るが、特に効果はなかった。

 

 なんともすっきりとしない。胸のうちにも、もやもやとしたものが残っている。

 

 何とはなしに置時計を見てみれば時刻は早朝。二度寝するにも微妙な時間だった。

 

 いや、それよりも。

 

「いけない。今日は衛宮さんの事情聴取の日だった」

 

 そうなのだ。本来ならば管轄外の案件なのだか、自分達も同席させてもらうように手配したのだ。未だ手がかりのつかめないレリック収集の妨害者達の情報を得られるかもしれないのだ。

 

 夢身が悪くて調子が出ませんでした。では済まない。

 

「ちょっと、気持ちを切り替えよう」

 

 立ち上がったフェイトはバスルームへと向かう。

 

 熱いシャワーでも浴びれば気持ちも切り替わるだろう。

 

 脱衣所で寝巻きを脱ぎ捨てたフェイトはシャワーのコックを手早く捻る。

 

 お湯になったのを確認すると、頭から浴び始めた。

 

 髪の手入れに時間がかかってしまうが、この際二の次だ。

 

 均整の取れた肉体の上に水流の軌跡を描かせつつ、フェイトは心地よさに息をついた。

 

 今日の事情聴取は六課から衛宮士郎を送っていくことになっている。遅くとも午前八時には出発しなくてはなるまい。はやても同席するといっていたし自分一人で気負いすぎてはいけない。

 

 他に確認しておくことはなかったかだろうか、他には、そう

 

 …そういえば、あの少年の瞳は琥珀色だった。衛宮さんの瞳の色と、同じ…

 

 いや、何を考えているのか。夢の話は後回しだ。

 

 気持ちの切り替えが出来ていない。仮にあの少年が衛宮さんだったとして、それが何だというのか。少年のころの衛宮さんが夢に出てくるほど、自分は彼のことが…

 

(違う、違う。そうじゃない!)

 

 頭を振って、フェイトは思考を払う。水滴が飛び散っていくがそんなものはどうでもいい。頬が熱を持っていたように感じるが気のせいだ。お湯を浴びたから体温が上がっただけ。

 

 そうそれだけ。余計なことは考えない。

 

 そう思い直したフェイトだったが、胸のうちをふと疑念がよぎった。あれは夢ではなく追憶なのではないのかと。

 

 いや、まさか。根拠がない。

 

 コックを閉めてお湯を止めるとフェイトはバスルームの扉を開けた。僅かにうつむかせた顔はこわばりが残っている。

 

 思考の切り替えが十分に出来ないままに、こうしてフェイト・T・ハラウオンの長い一日が幕を開けたのだった。

 

 

 

 
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