晋都・鄴。
そこに辿り着いた一刀たちを待ち受けていたのは、城門前にて膝をつき、頭をたれる一人の少女だった。
「―――貴女が、司馬懿仲達、ですか」
「―――はい」
一刀の問いかけに、はっきりとそう答えたその少女―――晋帝・司馬懿。
「そうしているという事は、降伏してくれるということで、良いんでしょうか?」
「はい。五神将もその大半がすでに亡く、虎豹騎も壊滅しました。もはや、われらには戦う意思も力もありません」
「……貴女については、後ほど詮議するとしましょう。まずは、先の漢帝―――劉協様は、今どちらに?」
「協は、息災であるのか?」
「はい。ただ今は、寝所にてお休み中にございます。……ですが、お会いになられるのであれば、少々の心構えをしていただきたく」
劉封の問いに、頭を垂れたまま、そう答える司馬懿。
「……何か、問題があるというのじゃな?良い、ある程度の覚悟ならば、妾にもすでに出来ておる。生きていてくれただけで、今は十分じゃ。……一刀おじ、すまぬが」
「ああ。……行っておいで」
「私も同行しましょう、劉封さま」
一刀に許しを得、妹の下へ一足先に行こうとする劉封に、曹操が同道を申し出る。
「……構わぬか、叔父上」
「ああ。……頼むよ、華琳」
「ええ。春蘭、秋蘭、桂花。貴女達も一緒に」
『御意』
曹操に対し、揃って拱手する、夏候姉妹と荀彧。
「さて、と。司馬懿さん?この街に地下があるって聞いたんだけど、知ってるかい?」
「はい。玉座の間。その玉座の下に、地下へと続く隠し通路があります。ですが」
「……大人数では行けない、かな?」
「はい」
「なら、愛紗と鈴々、蒼華に恋。あとは」
「あたしも行くぜ、一刀」
「……わかった。なら翠と、それから」
「わたしも、連れてってくれるんだよね?」
す、と。一刀の傍らに、劉備が寄り添う。
「……危険、だぞ?」
「それはみんな一緒でしょ?……大して役には立たないかもしれないけど、私たちはいつも一緒。約束、したよね?」
「……わかった。よし、以上の面子で仲達の本拠に殴りこむ!残りのみんなは地上で待機。不測の事態に対処できるよう、十分に備えておいてくれ!」
『御意!』
「……ちょお~っと、ご主人様?わ・た・し・を、忘れちゃ、い・や」
「分かった!分かったから引っ付くな!耳元でしゃべんな!頬擦りはやめれーっ!!」
全身に鳥肌を立てて、擦り寄ってくる貂蝉から、全力で逃げようとする一刀であった。
一方その頃、鄴の南の地平では。
「ぬおおおおお!!」
「ぐあああああ!!」
ガギィィィィン!!
呼廚線の大刀と、項羽の槍が激しくぶつかり、金属音と火花をあたりに撒き散らす。
「はあっ、はあっ、はあっ。……仲達め、籍に一体、どんな調整を施したのだ?力の加減も何も出来ていない。このままでは、確実にオーバーロードを引き起こしかねん。……籍!早く己を取り戻さぬか!このままではお前は」
「ううう、うあああああっっっっ!!」
ごっ!!
呼廚泉の言葉には何の反応も示さず、神速とも言えるその速さで、再び呼廚泉に突撃を敢行し、その槍を繰り出す項羽。よく見れば、その体のあちこちから、幾筋かの白い湯気――いや、煙を立ち上らせていた。
「くっ!……もはや、自我を取り戻すことあたわぬか。……ならば!」
ジャキ、と。
大刀を両手で構え、気を練り始める呼廚泉。それに反応するかのように、項羽もまた、さらに気を高め始める。
そして、
「籍よ!誇り高き覇王、項羽よ!そなたのその呪縛の鎖、我がこの場で断ち切ろう!」
「ウ、ガ、ア、アア、アアアアッッッ!!」
呼廚泉に向かって、項羽は全力で走りだす。その双眸から、真紅の涙を流しつつ。
「……我が名は呼廚泉。我こそは、悪を断ち切る剣なり!吠えよ!我が陸式・斬関刀!!ぬぅああああっっっ!!」
「グアアアッッッ!!」
天高く。斬関刀を構えたまま、一気に跳躍する呼廚泉。そして、その彼に向かって、項羽もまた、高く跳躍する。
「斬関刀!雷ッ光斬りィィィィッッッ!!チェストオオオオッッッッ!!」
一閃。――――そして、閃光。
(……ア、タシ、ハ、コウ、ウ……。アタシ、ハ、セイソノ、ハ、オウ……。……リュ……ホ……)
……その閃光の中、彼女が見たのが、現か幻かは分からない。だが、彼女は確かに見た。……愛しい、男の顔を。……その、温かい笑顔を。
「アアアアアアアアアッッッッッッッ!!」
ドオオオオンンンッッッ!!
……彼女は爆散した。その、与えられた記憶の中で、愛しい男の腕に包まれて。
「……我が斬関刀に、断てぬもの、無し」
呼廚泉の瞳に、一筋の光が、つたっていた。
「よ~こそ、僕の城へ。こお~んなに簡単に辿り着いちゃとはねぇ。……さすが、三国志の英傑たち、って感じかな?アハハハハハハッ!」
地下にいる筈なのに、まるで日の光の下にいるかのような明るさの中、金属製の壁に包まれた室内に、ソイツの高笑いが響く。
玉座の間の隠し通路を通り、一刀たちは鄴のはるか地下へと進んだ。その途上、様々な妨害を受けつつも、関羽、張飛、華雄、馬超らの活躍で、それらを次々に突破し、ついに最後と思しき扉に辿り着いた一刀たち。
その、金属で出来た重厚な扉は、なぜか開かれたままで一刀たちを出迎えた。
―――罠。
全員の脳裏に、当然のように浮かんだ可能性。だが、劉備の一言が、みなの迷いを振り払った。
「……罠があってもそれごと粉砕!……一刀の得意技でしょ?」
大爆笑。
天然か、それとも計算ずくかは、当の本人にしか分からないが、全員の緊張はほぐれた。
そして、
室内に入った一刀たちを出迎えたのは、白銀の装束をまとったその男だった。
「……なんで、なんでお前が、ここにいるんだ!このななし野郎!!」
「…………生きて、た?」
「そ、そんなことがるものか!あいつは確かにあの時、恋の手で!」
「そうだ!五体をバラバラにされて死んだはずだ!!」
ソイツの顔を見た瞬間、一刀たちは驚愕の色をその顔に浮かべた。
ななし。
数年前、劉備の名を騙って関羽と張飛を欺き。さらに、当時并州は晋陽にて、当時の太守だった丁原に薬を盛って、操り人形にし、呂布の手で殺されたはずのその男が、彼らの目の前で、邪悪な笑みを浮かべていた。
「……ああ、そんなこともあったっけ。いやあ、あの時は最ッ高に楽しかったよお?五体をきざまれて死ぬなんて、めったに出来る体験じゃないし♪クククククク」
「……本当に、本人だっていうのか?」
「そ~だよ、北ご、あ、いや、劉翔くん?……これで三度目だねぇ、君と直接会うのは」
「三度、目?……え?」
「あ。そっかそっか、僕としたことが。うっかりしてたよ。あの時は”コイツ”じゃなかったものねぇ。……これなら、わかるかな?」
ザザ、と。
ソイツの姿が、一瞬で、別の人間に、変わった。
「……お、お、お、おま、おま、おまえ、は」
「馬鹿な?!おまえ、あの時の黄巾」
「ど、どういうことなのだ?!」
「斐、元紹、だったか?……これは、一体?」
それはやはり、数年前のこと。
黄巾の乱の最中、平原の街を襲った黄巾賊。それを率いていた男、斐元紹。ソイツは、その男の姿になっていた。
「なあ~に者なのよ、あなた。……ホログラム、というわけでもなさそうだし」
「アハハー。管理者の君でも分からないかい?そうだろうねえ。このシステムはボクが独自に開発したものだし。……いや、正確には、ボクじゃないボクが、なんだけど」
ぺろり、と。舌なめずりをするソイツ。
「……どういうこ」
「パラレルワールド―――。君ら管理局の言う外史ってやつにはさ、無数の自分が存在する」
「……は?」
貂蝉の言葉を途中でさえぎり、一人で勝手にしゃべりだすソイツ。
「そう。それぞれの世界に、それぞれの自分がね。……その自分たちと融合できたら、かなり面白いことが出来る。……そう思ったわけさ。ボクの中の、一人が、ね」
ザザ、と。
再び、ソイツの姿が、別の人間の姿になる。
『さ、蔡瑁?!』
ザザザ。
驚く一刀たちをよそに、再びその姿を変える、ソイツ。
「こ、今度は誰だよ?!」
「……おっと、いけない。この世界とは関係ないのが出てきちゃった♪いや、失敬失敬。あははははは」
蛇。
そんな表現がぴったりと合う、その粘着質そうなその顔に、逆三角形の眼鏡をかけた、貴族風の服を着た細面の男の姿で、ソイツは一人、げらげらと狂ったように笑う。
「くそっ!いい加減にしやがれ!この野郎!!」
「翠!うかつなことはっっ!!」
「うらああああーー!!」
どすっ!
ソイツの態度にたまりかねた馬超が、その手の槍を、思い切りソイツの胸に突き立てた。
「うぎゃあああっっ!!」
ドサリ、と。
その場に倒れるソイツ。その体から、大量の血が流れ出してくる。
「……殺った、の?」
「……なんでえ。小難しいこと言ってたわりに、てんで弱っちいじゃ」
「……なーんちゃって♪」
『んな?!』
ムクリ、と。
ソイツは何事もなかったかのように、起き上がった。その姿を、再びななしのものに変えて。
「あー、気持ち良かった♪死ぬ瞬間の快楽といったら、本当に何度味わってもいいもんだねぇ。キャハハハハハ!!」
今の馬超の一撃。それは、確実にソイツの命を奪ったはずだった。
なのに、ソイツは何事もなかったかのように、げらげらと笑っていた。
「……複数の、命」
「え?」
そうぽつりと言った貂蝉に、一刀たちが一斉に、その視線を向ける。
「さっきコイツが言っていたことが本当なら、コイツは、無限に存在する、あらゆる外史の自分と一つになっているということ。……たとえ、その中の一人が死んでも、その瞬間に、別の一人と入れ替わる。……それこそそう、無限に」
「そ、そんな……」
それは、いわゆる”不死”というやつではないのか?いや、確かに死んではいるのだから、厳密には不死とは言わないかもしれない。
だが、”無敵”、であるとは言える。
そんなやつを相手に、自分たちはどうやって勝てばいいのか?
そんな、絶望的な状況に、意気を落とす一刀たち。
室内には、狂気に満ちたソイツの笑い声だけがこだまし、一刀たちは失意の表情で、ソイツをにらみ続けることしか、出来ないのであった。
次回。
「真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~ 最終話」
ご期待下さい。
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刀香譚、五十六話。
項羽の足止めを一刀の師匠である呼廚泉に任せ、
一路、晋の帝都・鄴を目指した一刀たち。
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