「一体どういうつもりだ、仲達よ。これでは予定とずいぶん違うではないか」
「……事情が変わったんですよ。例のシステムが、使えなくなりました」
「何だと?」
ある室内にて、仲達に詰め寄る呼廚泉。その傍らには、許から突如姿を消した禰衡と、調整が終了した項羽の姿もあった。
「本来なら、例のプログラムが始動する前に、晋による統一を持ってこの外史を安定させ、”実験場”として使用するつもりでしたが、ここの所の負け戦でそれが難しくなりました」
「……そうなるように、仕向けていたのではないのか?わざわざ戦力を分散させて、向こうの相手をするように、やつらに言ったのは貴様だろう」
「そんなことはありませんよ。意味がないでしょう?そんなことをしたって。……話を戻しますが、この状況を覆すため、この船に眠る第三世代型を使おうと思ったんですが、プログラムに致命的なバグが見つかりましてね。……彼らは廃棄処分にしました」
表情をピクリとも変えず、仲達は冷たく言い放つ。
「廃棄だと?二十万のドロイド全てをか?!」
「そうよ、呼廚泉。このまま放っておいたら、暴走して手がつけられなくなるからね」
「№五の言うとおりです。……まあ、そのために山が一つ消滅しましたがね」
「……次元転移弾か。次元の狭間を人工的に作り出し、それを利用して次元跳躍を行うためのもの」
「そ。彼らはその、出来た狭間に放り込みました。どこに行ったのかは、私にも判りません。……そんなことより、問題はこれからです」
そんなこと、と。
自分で生み出したドロイドをあっさりと切り捨て、仲達は別の話をし始める。
「№一、それから呼廚泉さん。二人は時間稼ぎをしてください。装置の調整が済み次第、われわれはこの外史から去ります」
「……計画を全て、放棄すると?」
「はい。北ご、いえ、劉北辰ら三国勢がここにくるのを阻止してください。おそらく、後二日もすれば、黄河を渡ってこちらへ来るでしょう。装置の調整には後三日かかります。一日、時間を稼いでください」
「……司馬の帝はどうするのだ」
仲達を睨み付け、呼廚泉が問いかける。
「彼女はもう用済みです。貴方が好きにすればいいですよ。(……もっとも、後半年もすれば、”五胡”が動き出してこの外史は終焉を迎えますけどね)」
「……わかった。行くぞ、籍。……籍?」
籍、と。呼廚泉に名を呼ばれても、項羽は何の反応も示さず、ただ虚空を見つめ続ける。
「仲達。籍はどうしたのだ。調整は出来ているのだろう?」
「ああ。心配は要りませんよ。調整漕から出たばかりで、少々寝ぼけているのでしょう。№一。僕の言うことが聞こえましたね?……頼みましたよ」
こくり、と。
項羽は仲達の言葉にうなづき、部屋から出て行く。
「……」
それを不審な目で見つつも、呼廚泉もまたその後を追って退出する。
「……さて。№五?貴女も支度をなさい。……拒否なんて、するわけないですよね?」
「……はい」
仲達の言葉にうなづき、その着ている衣服を脱ぎ始める禰衡。その幼い外見の裸体を露にし、仲達の座る右手、そこに備え付けられている透明な筒の中へと入る。
ウィーン。
と、音を立ててその筒のふたが、ゆっくりと閉まっていく。
「……さて、と。これで廃棄できる物は全て廃棄完了、と。後は調整が済み次第、この世界とも永遠にお別れ。……ク、ククク」
クハハハハハハ!!
仲達の笑い声だけが、その静かな室内に響き渡るのであった。
一方そのころ、洛陽を進発した一刀たちは、すでに黄河を渡り終えていた。
「結局、泰山がどうして消えたのかは、謎のままで来ちゃったけど、本当によかったの?一刀」
一刀の隣に並び、そう問いかける劉備。
「貂蝉にもわからない事じゃあ、これ以上詮索しても始まらないからね。今はとりあえず、鄴を落とすことに集中する方が良い。泰山の捜索は、それからでも遅くはないさ」
「……一刀がそう判断したのなら、私はそれで良いけれど。……邪魔、来ると思う?」
「……来るだろうね。……いや、もう来たみたいだ」
「え?」
一刀の言葉に、劉備がその視線を正面へと送る。そこには、
「……あいつが、居る」
「あれが、自称項羽か。……あともう一人は……」
「……まさか、そんな」
「一刀?」
前方に立つ二人の人物。一人は項羽。そして、もう一人の人物の顔を見た一刀が、信じられないといった表情をする。
「……お師匠?お師匠様ですか?!」
その人物―-―呼廚泉を師匠と呼んで驚く一刀。
「え?あの人が?」
「ああ。間違いない。……なんで、なんで師匠があいつと一緒に……?」
「おい蒲公英!あいつは」
「うん!あの時見た、おば様を斬ったやつだよ!!」
「何だって?本当なのか、翠、蒲公英」
「ああ!」
「そんな……」
馬超の母、馬騰を斬ったのが、自分の師匠であることを知り、さらにショックを受ける一刀。
そして、彼らは対峙する。
「……久しいな、一刀」
「……師匠も、お変わりなく」
「聞きたいことは山とあろう。だが、それに答えるのは、われに勝ってからにしてもらおう。貴様の成長、存分に見せてもらうぞ」
ぶおん!と。
その背に背負っていた巨大な長刀を、片手で無造作に振るう呼廚泉。
「……どうしても、ですか」
「……貴様に退けぬ理由があるように、我にも退けぬ理由がる。……さあ、来い!劉北辰!俺と貴様の一騎打ちで以って、この場の戦いの決着をつけ」
「………ぐううううう、ぐうあああああああ!!!!!」
「なに!?」
突然、項羽が雄たけびを上げた。そして、
「ぐるあおおおおお!!!」
その槍を、呼廚泉に、振るった。
「ぐ!籍!一体何の真似だ!!」
「が、ぐ、ぐあ、あああああああ!!!」
「師匠!一体、何がどうなっているんですか!?」
項羽の槍を紙一重でよけ、一刀の正面に膝を突く呼廚泉に、一刀がその傍らによって問いかける。
「わからん。……いや、おそらく」
「仲達ちゃんの仕業、ね」
「貂蝉」
「管理者か。……やつめ、籍を時間稼ぎの捨て駒にしたか」
「時間稼ぎ?」
「……そうだ。仲達は、この世界に見切りをつけた。間もなく、ここから出て行くはずだ」
『!!』
この世界から出て行く。仲達が、諸悪の根源であるそいつが、部下を捨て駒にして、一人で逃げ出す、と。呼仲泉のその言葉に驚愕する一刀たち。
「ど、どうするの、一刀!?」
「どうするっつったって、……この人を何とかしないと、どうにもしようが」
「…………行け、一刀」
「え?」
グッ、と。
おもむろに立ち上がり、その背を一刀に向けたまま、呼廚泉がポツリとつぶやく。
「籍は我が抑えておく。その間に、彼奴の下を目指せ。仲達は鄴の街の地下に居る」
「師匠?どうして」
「早く行け!……司馬の帝を、芽衣様を、救い出してやって欲しい。山陽公、劉協もそこに居る」
「け、けど」
「ためらうな!貴様がせねばならぬのは、ここで無為に時を過ごすことではないはずだ!この世界を、真に守るのであれば、後ろを顧みる必要などない!」
その、呼廚泉の背を、黙って見続ける一刀。暫くして、
「……桃香、全軍に、進発の命を」
「ちょっ!?本気なの、一刀!」
キッ、と。その視線を劉備に向ける一刀。その目を見た劉備は、
「……わかった。みんな!行くよ!!」
「おい、本気かよ!」
「……行きます!全軍!出立!」
馬超の制止を、振り向くことなく聞き流し、劉備は再び進軍の令を下す。
「……師匠、どうか、無事で」
「……お前もな、一刀よ。……はああああ!!」
ガギィィィ!!
項羽に対し、その強刀を振るう呼廚泉。その威力で以って、項羽は一瞬にして、遥か後方に吹き飛ばされる。
「ぬおおおおお!!」
そして、間髪おかずに、呼廚泉は項羽に向かって突撃する。
「今のうちだ!目指すは晋都・鄴!次の戦いで、全てを終わらせるぞ!」
『応!』
「ちっ!呼廚泉め、裏切りやがって!……まあいいか。それもまた一興。どうせ、僕をどうこうなんて、誰にも出来やしないんだから。……そう、誰にも、ね」
仲達は薄ら笑いを浮かべつつ、目の前のスクリーンを見つめる。そこには、進軍を始めた一刀たちと、激しくぶつかる呼廚泉と項羽の姿が、映し出されていた。
「さて、後は時間との戦いか。……いいねえ。この緊張感。久しぶりだよ、こんなに興奮するのは。あは、あはは、あはははははは!!」
狂気。
その笑い声はそうとしか表現のしようがなかった。
「さあ、フィナーレの開幕だ!チップは互いの命!素晴らしい、最高のゲームのスタートだ!生き残るのは果たして、どちらか!?……なーんてね。きゃははははは!!」
ブン、と。
一斉に、室内に明かりが灯される。
そして、仲達の顔が、はっきりと見て取れるようになった。
端正なマスク、灰色がかったその黒髪。
白銀に輝く、その衣服。
それは、死んだはずの、あの男のもの。
数年前、
并州は晋陽の街にて、呂布の手により、五体をバラバラにされた筈の、”アイツ”。
ななし。
狂気にゆがんだ顔で、ソイツはげらげらと笑い続けた。
~続く~
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刀香譚、第五十五話。
突如消滅した泰山。
それは、この外史の終焉を知らせる序曲であった。
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