朝起きて、フェイスクレンジングして、学校行って、鏡を見て、帰宅して。
僕は少し自分を大事にし過ぎるきらいがあった。
まあそれは関係ないさ、ある朝。
けたましい目覚まし時計の音で目を醒ました。鳥のさえずり、穏やかな陽光。
お義父さんと父親はもう出勤したみたいだ。
ふと催しかけて
「トイレトイレー」
寝ぼけてトイレのほうへ歩いていった。
何となく、いつもの様に‥
廊下に出て角を左に曲がると、寄り添う様に二人は死んでいた。殺されていた。
「親父!秀おじさん!」
涙が滲み出、遂には耐えきれずにその場に倒れてし
まった。
悔しくて悲しくて、どちらでもなく孤独からかわからない。
なんでこのふたりなんだと。このふたりが何をしたっていうんだとも思った。
お義父さんである宮根 秀が来るまで僕は孤独だった。秀お義父さんが家に来る頃までは親父とふたりだったが仕事が急がしく、いつも孤独だった。
母親の残した多額の借金の返済に追われてあくせくしていて、無口で、怖かった。
そんな日々から暫くして、親父が上機嫌で鼻歌を歌いながら帰ってきた。
女の人を連れて、いや、それが秀おじさんだったけど。
緊張して、うまく話せなかった、しかし学校から帰ってくると秀おじさんがいたし、親父も元気だったし。
ついこの間、借金を返済し終えてパーティーをしたばかりだった。
その日は一日中二人のそばで啜り泣いた。
翌朝、廊下で目を覚ました。身体があちこち痛んだけど、僕にはやる事があった。
僕は庭に二人を埋めた。この二人は世間や周りの人間に捨てられてふと出会った。
三人だけの小さな世界。残された僕が葬るべきだと思えた。
スコップを納屋にしまって二人のいたあたりを雑巾掛けした。こびりついた血が落ちなくて、こすってる内に涙がまた湧いてきた。ふとトイレのドアが空いていたので朦朧としつつ近付いてハッとした。
本来床や便器がある筈の所に何もなく、地面が突き抜けていたのだ。
「何だこれ、この穴がもしかして」
二人に何か関係があるのかと思った。
穴を覗いてみると暗黒が広がっていた、時折風が吹き付けてくる。
「相当深いんじゃないか?」
手を突っ込んでも足を延ばしても床に当たらない。風呂場から石けんを持ってきて落として見たが、壁に二三当たった音がしてそれきりだった。
取り敢えず飯を食う事にした。そのあとはホームセンターで縄でも買って来よう、あの穴を調べなくては。
しかし材料がないので結局着替えて出かける事に。
その前に鏡を見て
「うん、悪くないな」
一時期自分に自信がなくて悩んでる時があった。そんなとき、秀おじさんが教えてくれたんだっけ。
二人の死の謎を知るためにも暫く学校へは行けないか。
(2)
ホームセンターに行き、食糧とロープとライトを買ってきた。
インターネットで縄梯子の作り方を調べて作り、それの端を柱に繋いで固定する。
「地獄の入り口かもな」
デイバックに食糧と包丁(武器)を詰めてライトをヘルメットに装着。
ゆっくりとハシゴを降りていく。
少し降りて行くと周りの壁がトイレくらいから徐々に学校の教室くらいまで広がった。
眼下には未だに底のしれない闇が広がっている。
「ふうっ、結構降りたのに。このイケメンにもっ先がっ、全然見えない」
長々と拵えたハシゴが終わった。まだそこは見えない。戻ってハシゴを作り直さねば‥
ブチリと何かが切れる音がし始めた。ヤバい。ロープの耐久性を超えてしまって、ロープがちぎれ始めている。
「うおおーのおー。僕は最高、僕は不死身」
自分を賞賛しながら急いで這い上がる。間に合う間に合う。切れる前に、、あまりに激しく動きすぎてライトとデイバックを落として、履いている靴も落として。
ライトのない暗闇を這い上がって行く。切れる音が近づく、もう少し上がれば。
「助かる!」
無情にも縄梯子がきれた。
天に見放されたと思った。人生とはかくもあっけなく終了してしまうのだなと思った。
落下して行くに連れて、次第に僕の意識は薄れていく。
Forever 佐武 醤(ジャン)
僕の‥名前‥。
私は醤の名前で‥
何が‥
身体中が痛む。胴体はなんて事は無い様だが、右腕全体が激痛で動かず、顔がヒリヒリする。
出血はしていない。それと空腹。
心の中もズタボロ。一週間前に帰りたい。2人の死因を探る事にしがみついているだけ。行動原理。それだけっ!
「ハァハァ、くそっ」
暗すぎて何も見えなかった。手探りで地面を這い回る事しかできない。取り敢えずデイバックに食糧がある筈だー。
「はっはぁー。ふー。飯は、。」
水浸しの地面がデコボコしていて、ん?まさか、そんなことは。
「コンクリートみたいに平らな地面があるぞ」
疲弊しきった肉体を引きずって何とか腹這いになっていた身体を起こす。次の瞬間全身に激痛が走る!疲労が極限に達してしまったのだ。
「うぅーーッ!屈しない!自分に克ってこそ~イカす!」
不屈の自尊心をもって起つ、また一つ自分を乗り越える。その度に昂ぶり、エナジーが沸き起こる。
「やはりここは人の手がかかってる」
暗闇に慣れた醤の目が平坦な道の先の僅かな光を認識した。一歩踏み出すと辺りをまばゆい光が照らした。
「う、ああああ目が、僕の、僕の目が」
もがく。
すると自分でも意図しない方向に身体が引っ張られる。
怖くなって
「気安いぞ!この高貴な肉体に触れるな!下衆が!!」
と言い放った。
どうやら二人掛かりで肩を担がれて引きずられている!
嫌な予感が全身を駆け巡って行く!
醤はむやみやたらにもがいた。何とか拘束を逃れると、視界がホワイトアウトしているにも拘わらず走る。
「はっはっ…あああああ!!」
唐突に体制を崩し、浮遊感。
「またかよおーー!」
落下した。
僕は再び昏倒していた。
目覚めたそこは最初に落下した所よりは、明るかった。(僕の目が慣れただけかもしれない)
石造りの六畳程の空間で、窓は無く、三方は壁で、一方は通路が暗闇へ続いている。部屋の中は酷い悪臭がして、元が何の生き物か分からない腐肉に見た事も無い気持ち悪い虫やネズミが群がっていた。
部屋を出ようにも格子がハマっていて出る事は出来ず、僕は嘔吐した。
空腹、疲労、怪我に加え、不快極まるこの空間。その日はそこで世を明かした。
言うまでもない、限界だった。帰りたい。
そんな想いが浮かんでは消え。浮かんでは消え。
何度かして2人のお父さんの姿が浮かんだ。偏屈の親友と、家庭事情と僕の性格を知った上で変わり無く接してくれるクラスメイト達。ムカつく教師。親身になってくれた理事長さん。
死ぬ間際の回想のようだなと、諦観した。
現に死んでもおかしくは無い。
でも。
(3)
地下空間での目覚め。
昏倒を含めたら三回目の目覚め。
空腹で頭が回らない。家で食べてから結構経った。
食糧を詰めたデイバッグは失ってしまったので、現状食糧は何もない。
ある考えが頭をよぎる。いやしかし。あるエピソードがよぎった。
ある国で下水道を彷徨った老婆の話だ。現代の下水道というのはまるで迷宮そのもので、地図がなく、下水道に詳しくもない限り、一度迷うと出る事は出来ない。老婆は何日か後に救出されたのだが。
彷徨ってる間、ドブネズミを持っていた杖で殺し、食いつないでいたと言う。
無理だ。
この僕にできるのぉ?
いや、でもその老婆も最初は嫌嫌ながらに。食ってみたら美味かったとか、味覚がどうかしている。
秀おじさん料理上手いし、僕の舌は…
何度か考えた後、腐肉に群がるネズミの一匹を締め上げると、思い切りかじり付いた。
ネズミの粘ついた体毛が気持ち悪い。
歯で無理やり毛皮をはいで肉を噛む。ユッケとか馬刺しとかを無理矢理想像したけど酷い悪臭と食感がして味はわからない。
でも胃袋が満たされていくのを感じ、食った。
惨めさ、寂しさに涙が込み上げた。
暫くして部屋を見渡す余裕が出たので、この地下世界について考えてみる事にした。
地下世界という呼称は、あの僕を連れ去って行こうとした何者かの存在があるからだ。
それに明らかに人工の床に、いま僕のいるこの部屋。
誰が何の為に作ったのか、2人の死との関わりは?
探っていくしかない。まずはこの部屋を出ないと。
まずは格子を持ち上げ…
軽がると上がったので拍子抜けだったが、先に進む。
通路は静寂に包まれていて、自分の足音しか聞こえなかった。
打撲した全身の痛みも疲労も麻痺し切っていて、僕の歩みを止める理由にすらならない。
少しすると水が流れるような音と、物凄い熱気が通路の先から伝わってくる。途中で道は何度か分かれていたが、思えばここに引き寄せられていたような気さえする。
運動部の部室に似た、人間の体臭に。
通路の先の空間は赤く、火山の火口を思わせる空間。
醤の居る通路から崖がありちょうど見下ろす崖したには、人間が、何万という人間がいた。
人間の筈だが、違和感があった。
何か、そう。サバンナとか国立公園とかそういう動物の群れのようなものを見ているような気がしていた。
群れがあり、テリトリーがある。
衣服などは一切纏っていない人間が、野生動物のような生活を送っていた。
「あまり深く考えないようにしようかな」
醤は通路を引き返した。
「縄文人てあんなかな」
迷宮のようにいりくんで居たので左手を壁にあてながら進んで行く事にした。左の壁に沿って行けば普通の迷路ならば出る事は出来るぞ。
(もっとも、ここは迷路ではないが)
ミノタウロスが居たり、隠し通路や罠、はたまた通路が変化したりしない限り。
「ん?」
一瞬獣の呻き声と振動を感じた気がした。
シャレにならないのであくまで気のせい…
ではなかった。
通路の天井に鉄格子がはめ込んであり、毛をそられた猿のような生き物が頭上に居た。
「きっもー」
先に進むにつれ、幾つもこのような格子があった。動物園に来たような既視感。
何処まで歩いたのかさだかでは無くなってくると、広間に出た。そこには黒くてゴツゴツした生命体!
そして、白衣を着た初老の男がいた。
「誰だお前は?汚らしいが、服を着ているということは此処のヒトでは無いようだが」
男はいぶかしみながら話しかけて来た。
こんな穴ぐらに人が住んでいるとか‥まあ聞きたい事が色々あるし。
「此処はどういう場所なのかこの僕に説明出来るかい?簡潔にね」
...なんかつい偉そうに尋ねちゃったー。
「小僧、迷い込んだのか?・・・はっはははははーククククーッ! 哀れな、ここは・・ククッ」
男は堰を切ったように笑だした。その笑みは他者を完全にみっくだしていて、醜く顏を歪ませている。
つばを撒き散らして、醤の顔にその一抹が付着する。
醤は親友の事を思い出していた。彼は物静かで聡明な男だが、気弱な過去にふとした事で心無い中傷を受けて、心に傷を負った事があった。
些細な、ほんの些細な事だった。赤の他人ならともかく、身近な人間から、心を抉られた。その友人は共通の友人では無かったから醤はどうすればいいのかわからずに自問自答を繰り返した。
後日、醤の知り得ないうちに問題は解決した。
拳が
男の眉間に突き刺さっていた。
体がなんの躊躇もなく、滑らかに動く。体裁をしなければ成らぬと、拳が唸っていた。
さらに踏み込んでボデーに膝蹴りを喰らわせると、男は地面に崩れ落ち、芋虫のようにうずくまる。
手は腹を押さえている。瞬間的にノーガードの顔面に執拗に蹴りを浴びせる。
さらに近くにあった大きめの石ころで男の右膝を粉々に粉砕する。そしてテンポ良く男の両手の指を順番に破壊する。
「ヒャッホウ」。
そうこうすると、今度は僕が笑う番だった。これでいい。格付けは済んだ。
この僕や両親や僕の友人が笑われる言われはない、ましてや見ず知らずの人間に。哀れみも不要。
今あった事は心の隅に追いやって近くにいたゴツゴツした生き物を調べる全長2メーター程の生き物で、アルマジロとか亀とかに似た外殻を持ち、黒曜石のように光沢があった。
顔は像に似ていたけど、長い鼻は無い、バクに近いかも知れない。
どのみち図鑑でも見た事ないし、絶滅種は博物館で一通り見て知ってるが、こんなのは居なかった。
「うーん、普段なら感動してるが、疲れで感動が薄いな」
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サードエンパイアの影が見え隠れする地下巨大空間で、頼れるのは己の自尊心のみ
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