次の日の朝、詠はいつも通りにメイドの仕事をしていた。
メイドの仕事と言えば、掃除や洗濯、たまに料理をして一刀や武将たちに振舞う程度だ。なので、仕事は以外と早く終わり、その日の午後は宣伝も兼ねて一刀とのお出かけだった。
「全く・・・・どうして僕が・・・・」
詠は一刀から貰った服を着て、鏡の前で呟く。
ヒラヒラとしたスカートに青のカーディガン。確かに似合っていると思う。だが、それを素直に言えるほど、詠は正直ではなかった。
「はぁ、ま、あぁ、しょうがないからあいつと一緒に出かけてやろうじゃない・・・」
詠はもう一度だけ鏡で髪の毛を整えると、自室のドアを開けた。
「はわわ!」
「えっ?」
どんがらがっしゃーん!
ばしゃ!
「な、何よこれ!お茶!?」
「はわわ、大失敗してしまったですぅ」
ドアを開けた瞬間、横から歩いて来ていた朱里と詠はぶつかってしまい、そして朱里の持っていたお茶を派手に被ってしまう。幸い、お茶はぬるく、火傷はしなかったが、服はびしょびしょに濡れてしまった。
「ご、ごめんなさい!悪意はなかったんです!」
「全く、今度は気をつけなさいよね!」
「は、はい。では失礼します!」
朱里は頭を下げると、落ちた湯のみを片付けてそそくさと立ち去ってしまった。
とはいえ、折角の服が大なした。それにお茶を被ったせいで、体も濡れてしまい、少し寒い。
「お風呂・・・は無理よね。仕方がないわ。あいつに貰った服は他にあるし、取りあえず体は布で拭いて、出かけることにしましょ」
詠はもう一度自室に戻ると、服を脱いで、今度は少し可愛いデザインの服を着てみる。うん、これも可愛い。
詠は少し崩れた髪型を気にしながら、ドアを開けた。
「あわわ!」
「え?」
どんがらがっしゃーん!
ばしゃ!
「こ、今度は何!?スープ!?しかも熱い!」
「あわわ、失敗してしまったですぅ」
ドアを開けると、おそらく自分の昼食だろうか、ご飯やおかず、スープをお盆に載せて歩いていた雛里とぶつかってしまった。しかも今度はお茶とは違い、熱いスープにおかずにご飯。濡れただけでは済まず、体がベタベタになってしまった。
「ちょっと!どうしてくれるのよ!」
「ご、ごめんなさぁい、悪意しかありませんでしたぁ」
「事故じゃない!?」
「ま、間違えました。悪意はありません・・・・・敵意はありましたけど(ぼそ)」
「まったくもぅ!どうしてくれるのよ!これからあいつと街に出ないといけないのに、もう服がないじゃない!それに、体中ベタベタして、とてもじゃないけど、外に行けないわ!」
「あわわ、ごめんなさい。でも、詠さん。これで合法的にご主人様とお出かけしなくて済みますよ?」
「えっ?」
「だって、この前も一緒に行きたくないって言っていたじゃないですかぁ。あわわ、よかったですね」
「あ、いや、その・・・」
「ご主人様には私から謝っておきますから。そうだ、お風呂を準備しておくので、ゆっくりお風呂に入ってください。それでは」
「あ、ちょ、ちょっと!」
と、詠が引きとめるのも聞かずに、雛里はそそくさと退散してしまった。
雛里は詠と別れた後、そのまま自室へと向かった。
ドアを開けると、そこにはさきほどのお茶の残りとお盆を持って待機している朱里が居た。
「あ、雛里ちゃん。どうだった?」
「大丈夫だったよ。朱里ちゃん。詠さんは今日はご主人様と出かけないよ」
「やったね、雛里ちゃん。でも、ちょっと酷いことしちゃったかな」
「朱里ちゃん!そんな甘いこと言ってたら、ご主人様が他の人に取られちゃうよ」
「そ、そうだね雛里ちゃん。次はどうするの?」
「詠さんにお風呂を準備するって言っておいたけど、準備まで時間がかかるから、代わりに水とタオルを持って行って体を拭きに行こうね」
「水?温かいお湯の方がいいんじゃない?」
「水だよぉ。それで風邪をひいて貰らうんだよ」
「ひ、雛里ちゃん・・・情け容赦がないよぉ」
「あわわ、あわわ、取りあえず、これで詠さんは大丈夫です。後は今日の夜にでも桂花さんを説得してみます」
雛里のご主人様とお出かけ計画
それは、3人のモデルの誰か一人を欠席させるために、雛里と朱里が暗躍する計画のことである。
そのターゲットとなったのは、詠。
理由は、桃香は自分たちの上司である。粗相を働くには少し恐れ多い。そして桂花は他国の軍師だ。もし計画にバレたら仕返しされそう。しかし、詠はいつもはツンツンしているが、実はとっても優しいことを知っていたし、それに朱里や雛里の失敗をなんだかんだ言いながらも許してくれそうだからだ。
そして今夜、保険として桂花と接触する。
そして桂花のツンツンな所を利用して、話術でモデルを辞めさせるのだ。
その任を預かったのは、発案者でもある雛里だった。
その日の夜、雛里は桂花の姿を探していた。
夜の深くなり、他の武将たちはすでに部屋に戻って寝ているか、もしくはそれぞれのやりたいことをしている。
だが、雛里は幸運にも、2カ月前から桂花は夜になると、一人でお酒を飲むのが習慣になっていることを知った。これはチャンス、と思い、雛里は一人酒をしている桂花を見つけようと城の中を彷徨っていた。
すると、城壁の上で座っている桂花を見つけた。雛里は音を立てないように近づき、少し様子を窺うことにした。
桂花は、ただボーっと月を眺め、そして脇に置いてある小瓶のお酒をちびちびと飲んだ。
「あ、もうそろそろお酒は止めた方がいいわね。この子にも悪い影響を与えるかもしれないし」
小瓶を地面に置くと、右手で自分のお腹をさする。
「そうねぇ、まだよく分からないわね。お腹も膨らんでないし、つわりもないし。でも、きちんとここには私とあいつの子が居るのね・・・ふふ」
桂花は自分の肩掛けを取ると、それを自分のお腹にかけた。
「いい?あなたはいい子になるのよ?ママみたいに意地っ張りになっちゃ駄目よ。素直に、それでいてとっても優しい子になりなさいね。今日はね、ママはパパと一緒にお出かけしたのよ。パパの国の服でお出かけしたから、とっても恥ずかしかったけど、ママはとても楽しかったわ。パパと二人きりでお出かけなんて、初めてだったから、本当は凄く緊張したの。でも、パパはいつも通りに笑って、私の手を引いてくれた・・・・ほんと、女たらしよね」
ふふ、と笑って、桂花は自分のお腹にいるであろう、一刀との子供に語りかけるように話続けた。
一人でただ喋り続けている桂花の姿は、周りから見れば変に映るかもしれない。でも、月明かりに照らされ微笑んでいる桂花は、何よりも美しく、そして優しさに包まれていた。まるで、空が、月が、そしてこの無数にある星たちが桂花の懐妊を祝福しているように見えた。
「もう少しでママはパパと離れないといけないの。だから、今の内にパパのお手伝いをしようと思ったのよ。でも駄目ね、どうしても素直になれないわね。だけど、知っていて欲しいの。あなたはけして事故や仕方がなく出来てしまったではないの。ママがパパを愛し、そしてパパがママを愛してくれた結果、あなたが出来たの。だからね?もしあなたが無事に生まれてきてくれたら、きっとママは正直に言うから・・・・だから、ちゃんと生まれてきてね?」
桂花はそう呟くと、立ち上がり、そしてまた少し微笑んで自分のお腹をさすった。
その光景をずっと後から眺めていた雛里は、桂花に気づかれないようにその場から抜け出すと、報告を待っている朱里の元へと向かった。
朱里は帰ってきた雛里を見て、笑顔になるが、雛里の表情がいつもと違っていたため、少し不安そうに顔をゆがめた。
「もしかして、失敗しちゃった?」
「・・・・あわわ、朱里ちゃん。あのね、お願いがあるの」
「どうしたの?雛里ちゃん」
「もしかしたら、計画が失敗しちゃうかもだけど・・・・だけど・・・・」
「・・・うん。いいよ。だって、雛里ちゃんは私の一番のお友達だもの。何でも言って、私も手伝うから」
「ありがとね、朱里ちゃん」
「それで、どんな話?」
「あわわ、あわわ、それは・・・・・・・・・・」
一週間後、ついに待ちに待ったファッションショーが開催された。
宣伝のお陰か、会場にはたくさんの民が押し寄せていた。一刀はその民を舞台袖からのぞいて、そして振り向いた。
「こんなに人が居るけど、二人とも大丈夫なのか?」
「あ、あわわ、大丈夫でし」
「は、はいでしゅ!」
「それにしても、二人が司会をしたいって言った時は驚いたよ。別に衣装は残ってるんだから、モデルとして参加すればよかったのに」
「あわわ、ありがとうございまふ。でも、司会がしたいでしゅた」
「ひ、雛里ひゃん、噛んでふよ」
「朱里も噛んでるじゃないか・・・ま、二人とも頑張れよ」
そう言って、一刀はモデルの控室へと向かった。
その後ろ姿を見つめ、そして雛里は朱里に振り向いた。
「ごめんね、朱里ちゃん。結局、ご主人様とお出かけ出来なかった・・・・」
「いいんだよ、雛里ちゃん。私も雛里ちゃんの案に賛成だから。だからがんばろうね!」
「うん!」
雛里と朱里はお互いに手を握りあい、そして舞台へと上がって行った。
「こ、こんにちわでしゅ!鳳統でし!」
「孔明でしゅ!き、今日はも、もり、盛りあがりましゅね!」
「「わーーー(民の歓声」」
「そ、それでは!一番目、蜀の王様、劉備さまです!」
―――ファッションショーは特に問題もなく進んで行った。
雛里と朱里は相変わらずの噛みぶりで、何を言っているのか聞き取れないことがしばしばあったが、二人への愛と、耳ではなく心を澄ませば聞こえるので、特に問題はなかった。もちろん、俺も聞こえた。
そしてファッションショーは終盤へと近づき、そしてついに最後、桂花の出番になった。
「あわわ、モデルは魏の軍師、荀彧さんです!」
「えっと・・・・テーマは『天使』。天の使いであるご主人様の案で作られた、神に使える淑女の姿です。天使とは天の神様からの使いの者で、まさにご主人様と同じ立場の方です。それでは、どうぞ!」
朱里の掛け声と同時に、桂花は一歩ずつ階段を上がり、そして舞台へと上がった。
―――桂花の姿が現れたその瞬間、声がやんだ。
静まり返った会場の中で、桂花はその場で軽くお辞儀をすると、くるりとその場で周った。
背中には鳥のような白い翼が生えており、そして額にはレースで出来たティアラ、そして体全体を包む純白のドレス。
誰もが言葉を失う美しさだった。「綺麗だ」と呟いてしまうのは簡単だ。でも、その言葉でさえ言い表わせない美しさ、可憐さが備わっていた。
普段から見ている雛里や朱里でさえ、何も言えなくなっていた。
ただ、桂花はいきなり無言になった会場に、少し泣きそうになっていた。
「な、何よ・・・・何で黙るの?に、似合わないから!?だから私はこんなの着たくなかったのよ!でもあいつがどうしてもって言うから・・・・」
「・・・綺麗です」
ぽつり、と雛里が呟いた。
その言葉に釣られるように、民の一人が歓声を上げ、そして次の瞬間には会場全体の白書と歓声の嵐になっていた。
「はわわ!ご主人様と同じ立場である『天使』。まさに、その通りの美しさですぅ。この世の者とは思えない、まさに絶世の美女でした」
朱里の言葉に同調するかのように、さらに歓声が大きくなった。
その様子に、桂花は恥ずかしそうに俯いていた。だが、少し嬉しそうに頬を緩めていた。
そして、会場が一番の盛り上がりを見せた時、雛里の計画が始動する。
「あわ、あわわ!みなさーん!きいてくださーい!」
雛里が普段からは思えないような大声をだす。妖術の玉によって増長された声は、騒がしかった会場の中でも透き通って聞こえた。
民たちが何事だ、とざわめきが少し収まる。
雛里は静かになった民たちを見て、そして決心したように叫んだ。
「荀彧さんは、なんとご主人様の子供を懐妊しました!みなさん、お祝いしてくださいー!」
えっ?と雛里を見る桂花。そんなの、予定には入っていないと言いたそうな顔をしている。
桂花の懐妊は武将内の中ではすでに知っている人も多い。だが、民たちは全く知らない。ゆえに、民たちの驚きは予想以上だった。
先ほとにも勝るざわめきが会場を包み込む。
だが、そのざわめきもすぐさまやみ
「よい子を産んでください!」「頑張ってください荀彧さま!」「我々も楽しみにお待ちしております!」
と、それぞれ桂花に声援を送り始めた。
その声援に、桂花は先ほど以上に頬を染めて、今度は逃げるように後を向いた。
雛里はそんな桂花に近づくと、桂花の手を握って
「あわわ、桂花さん。聞こえますか?」
「き、聞こえてるわよ、何よこれ。何でそんなこと言ったのよ。わざわざ言うことじゃないじゃない・・・・」
「で、でも、聞いてほしかったんです。こんなにも、桂花さんの子供が生まれてくることを望んでいる人が居るんです。こんなにも愛されているんです。だからきっと、無事に生まれてきます。だから、桂花さんには正直になって欲しいんです」
「正直にって・・・雛里・・・・もしかして聞いてたの?」
「わ、私はまだ子供はいませんけど・・・・でも、私なら、きっとずっとご主人様の傍で大きくなるお腹を眺めていたいんです。だから・・・・せめて少しでもご主人様の傍に居て欲しくて・・・・」
「雛里・・・」
「あわわ、あわわ、それにこの場を治めるためには桂花さんの言葉が必要です。もう逃げ道はありませんよ?」
「ふふ、さすが軍師ね。いいわ、今回は私が負けてあげる」
桂花は雛里からマイクを受け取ると、大きく息を吸って
「北郷!今すぐ来なさい!」
「は、はい!」
一刀はすぐさま檀上に上がって来た。予定にない雛里たちの行動に面食らっているようで、とても面白い顔をしていた。
「あのね!あんた、一度しか言わないからちゃんと聞きなさいよ!」
「あ、あぁ・・・」
桂花はそこで、ようやく溢れんばかりの笑顔を浮かべると
「大好きーー!」
と、まるで年頃の乙女のように明るい声で叫びながら、一刀に抱きついた。
そしてその二人を祝福するかのように、民の歓声がいつまでも会場に響いていた。
その日の夜。
いつもは一人しか居なかった城壁の陰が、今日は二人寄り添っていた。
「なぁ、男の子かな。女の子かな」
「知らないわよ。でも、きっと女よ」
「じゃあ、きっと今日の桂花みたいに素直な子になるな」
「ば、馬鹿!言うな!あれは雛里が無理やり・・・・」
「あはは、なぁ、今度一緒に桂花の故郷に行っていいか?」
「な、何しにくるのよ・・・」
「そりゃあ、ご両親に挨拶を・・・」
「結婚じゃあるまいし、来ないでよ!迷惑だし、それにうざいし!それに知ってるでしょ?出産の場に男は居てはならないの。そう言う決まりでしょうが」
「じゃあさ、子供が生まれて、そして大きくなったら、俺と桂花、そしてこの子と一緒に遊びに行こうか。それならいいだろ?」
「・・・・ふん!好きにすれば」
「・・・・お腹、触ってもいいか?」
「・・・うん」
「よし・・・・・・お、少し膨らんできたんじゃないか?よーしよし、パパですよー」
「やめてよ、気持ち悪い。どうせ言ったって聞こえてないんだし」
「聞こえる聞こえないじゃないよ。俺は聞こえるって信じてる。だから言うんだよ」
「・・・・・・ばか」
「なぁ、桂花も何か言ってやれよ」
「え・・・・っと・・・・・今日はパパと一緒だよ。嬉しいね」
「そうだぞ。パパが一緒だ。そして、これからもずっとママとお前と一緒だぞ」
「いい?パパみたいになったら駄目だからね?パパったらホントに駄目な人なんだから」
「おい桂花!変なこと言うなよ!」
「わー、パパが怒ったよ。怖いねー」
「く、くそ!あのな?今日、ママは凄いことしたんだぞ?いっぱい人が居る中で、何とパパに・・・・」
「わーーわーー!」
と、一刀と桂花は尽きることなく他愛のない会話を続けた。まるで喧嘩のような罵りあいであっても、二人の間は、きちんと手が握られていた。
雛里はその光景を自室から眺めると、少しだけ嫉妬したように唇ととがらせ、そして小さく
「あわわ・・・・ち○こもげろ・・・・」
と、呟いた。
後日談、
くしゅん!
「詠ちゃん。大丈夫?」
「うぅ・・・月ぇ・・・・どうしてこうなるのよ・・・・結局モデルも出来なかったし、あいつとも出掛けられなかったし、うぅ・・・・」
「詠ちゃん。元気だして。きっと次は大丈夫だから。そう言えば、お昼にご主人様がお見舞いに来てくれるって、その時に一緒にお出かけしようって言ってみれば?」
「い、いやよ・・・・何で僕が・・・・・くしゅん!」
「ほらほら、お鼻ちーん」
「ちーん」
こうして一番被害を受けた詠は、しばらく寝込んでしまったとさ。
『雛里のラブラブご主人様計画 報告書』
その1、ご主人様とお出かけ計画
結果 失敗
原因 途中から目的が変ってしまったため、頓挫。しかし、本人と協力者である朱里は至って満足。
次回に続く
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後編になります。
それにしても、バイト疲れました。勉強も疲れました。というか人生に疲れました。もういっそう、楽になりたいです。でも、この前夏物の洋服を貰いました。なので、夏までは生きようと思います