【第十六章 覚悟】
「曹操さんっ。曹操さんたちのやり方は、間違ってます! そうやって、力で国を侵略して、人を沢山殺して……それで本当の平和が来ると思ってるんですか!?」
「本当の平和……ね」
「そんな、力がものを言う時代は、黄巾党のあの時に終わらせるべきだったんです!」
荒々しい平野の風に乗り、二人の王の声が微かに耳へ届く。
一方は仁を説いて。
一方は覇を唱える。
正反対で、鏡合わせに真逆な信念を持った彼女たちの舌戦が繰り広げられる中、旭日はじっと相手の陣――そこに掲げられている十文字の牙門旗を睨みつけていた。
向かい合わなくても、声をぶつけ合わなくても、感じる。
劉備の背中を支えている光を。
北郷一刀という存在を。
北郷一刀という敵を。
例え姿が見えなかろうと――あの男の放つ輝きが確かにここへ、放たれていることを。
輝きに目を細めてしまいそうになるのを堪え、旭日は一層、視線に力を込めた。
「はっ…………とうとう本気になりやがったな、あの野郎……!」
「……………………めっちゃ怖いんやけど、隊長」
「あ? ……ああ、目つきの悪さは生まれつきだ。今更、直しようがねえさ」
「態度の悪さと性格の悪さもね」
「………………」
桂花の口の悪さもな、という突っ込みをどうにか呑み込み、すぐ横でわかりやすく引いていた真桜の姿に、気合いを入れすぎていたかと淡く旭日は苦笑した。ここまで幾多もの戦いを経験してきた彼女だが、真桜は元々、戦場に立つ必要のなかった女の子だ。いつも一緒の凪と沙和が不在の今、余計な緊張を与えるのはまずい。
「官は腐り、朝廷も力を失っている。けれど、無駄なものは常にそこにあるの。それを正し、打ち壊す為には名と力が必要なのよ。貴女が背負っているような……強く大きな力と、勇名がね」
「私の背中にあるのは、力なんかじゃない。志を同じくした……仲間です」
「同じことよ。志を貫くには力が必要。その力で全ての不条理と戦い、打ち壊し、その残ったものからでなければ平和は生まれないわ」
「違います! ちゃんと話し合えば、戦わなくたって理解し合うことはできるんです!」
華琳の少しも退かない、劉備の信念が再び耳に届いた。
甘く優しい信念と、理想。
北郷たち仲間の支えがあったがゆえだとしても、乱世を歩いてきて尚、夢みたいな理想を声にできるというのは素直に凄いと感じるが――感じるだけで、それだけだ。
話し合いで全てが済むのなら、それが最善だろう。
だけど、話し合いで全てが済まなかったから真桜はここにるし、劉備もまた、あそこにいる。
光に支えられた理想はとても綺麗だが――その綺麗さに耐えれるほど世界は美しく、ない。
「本当、お綺麗な理想だな。付き合わされる華琳も大概迷惑だろうぜ」
「うん? なんや、隊長は劉備の理想は間違いや思っとるん?」
「……別に間違ってるとは思ってねえよ。ただ……――っと、終わったみたいだな」
風に乗っていた二つの声が止み、口の戦いの場から華琳がこちらへと戻ってくる。嬉しそうな表情を見る限り、どうやら舌戦には勝利したようだ。
「おかえり。……お疲れさん」
「ええ、ただいま。さて――桂花」
「ここに」
「全軍を展開するわよ。弓兵を最前列に相手の突撃を迎え撃ち、第一射が終わったら左右両翼は相手の撹乱を。右翼の風と琴里にもそう伝えなさい」
「御意っ!」
「真桜は後曲にて全体を見渡し、何かあればすぐに援護を回して頂戴」
「了解や」
「先陣は私が切るわ。旭日、貴方は私の後ろを守りなさい」
「……? ああ、確かに請け負った」
華琳の命に頷きはしたものの――どくん、と。
気持ちの悪い感覚が胸を抉る。
王が先陣を切って士気を高めるのは一つの策だ。兵力に大きな差がある今回の戦いでそれを用いても、特におかしくはない。仮に危機が訪れても、自分が守り切ればいいだけだ。いいだけ、なのに――この悪寒はなんだ?
「(……嫌な予感がしやがる)」
北郷たちが攻めてきたとの報告を聞いた時にも覚えた、違和感。
まるで引き寄せられているような、手繰り寄せられているような――不愉快なもの。
それの正体がなんなのか突き止める間もなく。
空へ、矢が舞った。
そして、嫌な予感は的中した。
「っとに……………あの馬鹿が!」
剣を振り上げ襲いかかってきた劉備の兵を蹴り飛ばして、旭日はぎしりと歯噛みする。
戦が始まって、どれくらいの時が経過したのかは不明だが……少なくとも、この戦いの勝敗がはっきりするのには十分な時間だった。
こちらとあちらの兵の練度はほとんど同じ。相手が連合軍な以上、ずれが生じるかもと思っていたが、どうやらそれも望み薄だ。先の袁紹袁術とはまるで比べものにならないほど、一個の軍として見事にまとまっている。
策の面においても、互角。桂花は孔明らの癖は把握していると言っていたが、それは向こうにとってもだろう。動かせる兵に余裕のある戦局であればまだしも、今回ばかりは相手の虚を突くのは厳しいものがある。
兵の練度も、策も拮抗しているのなら――数の多いほうが、圧倒的に有利に事を進められる。
兵力の差。
それが何より痛く、響いていた。
もはやこちらに勝ち目はない。
すぐにでも城へ戻り、籠城戦に切り替えて春蘭たちの到着を待つべきなのだけれど――
「背中も見えねえ奴の後ろを、どうやって守れっつうんだよ……!」
――王が未だ最前線にいては、撤退できるはずもない。
自分も随分と深く攻め込んでいるが、前にいた華琳はそれより更に先で戦っている。
引き返そうにも彼女を置き去りにして撤退する選択肢はないし、連れ戻そうにも敵兵の波が先を阻んで彼女のところへ行かせてくれない。
ぎしり、と。
華琳の姿が視界に入ってくれないことに再び、旭日は歯噛みする。
先行しすぎだ、明らかに。
引き返させたくても連れ戻したくても、こうも前へ――あの小さな背中の影にすら声が、精一杯に伸ばしたって手が届かないほど先行されてしまってはどうすることもできない。
覇王としての誇りか、負けを認めたくないのか知らないが、兵も陣形も限界だ。今以上に被害が大きくなったら籠城戦だって危うくなるのに、彼女の命だって危うくなるのに、自分はどうしてここで華琳の身を案じることしかできないのか――――――と。
「………………っ」
そこでふと、気付く。
華琳が先行しすぎているのは間違いないけれど、先行しすぎているだけでこうも距離が開くだろうか?
そういえば――そうだ。
彼女の姿が見えなくなって結構な時間が経過したのに、前進は勿論、後方へ押し戻されてもいないのは何故だ?
気付く。
理解する。
これは――分断、だ。
「っ……馬鹿は、俺のほうか…………!」
華琳が先行しすぎているだけじゃない、自分がここに足止めされている!
どうして、今の今まで気付かなかった?
北郷や劉備の性格を考えればすぐにわかることだ。
彼は、彼女は、無用な犠牲を良しとしない。敵の被害もできうる限り最小に留めようとする。将を射んと欲すればまず馬を射よ、という言葉があるが――将を射れば馬を射る必要はない。
飛車角が残ってようと、王が詰まれたら勝敗は決するのだから。
他の誰を倒せなくても華琳を倒せば、戦いは終わる。
何もかも――終わらされてしまう。
「………………おい」
「え? あ――はっ! なんでしょう!」
自分の馬鹿さ加減に舌打ちし、旭日は近くにいた兵へ声をかけた。
「後曲にいる真桜と桂花へ、伝言を頼む。全軍を城に撤退させろ、ついでに華琳の帰る道も確保しといてくれ――ってな」
「りょっ了解です! 九曜隊長は……!?」
「俺か? はっ、ガラじゃねえがな……意地っ張りなお姫様を迎えに行ってくるさ。………………頼んだぜ?」
「さ、サーイエッサー!」
立派な男の表情で頷いてから駆けていった兵を一瞥した後、ぱしりと自分の頬を叩いて気合いを入れる。
気合いを入れて――揺るがぬ覚悟を、灯す。
「終わらせねえ……絶対に!」
刀を握る左手に力を込め、旭日が華琳のところへ走り出した、瞬間――
「そうは――させんっ!」
――目の前に現れた、一人の騎兵の赤い槍撃に、思わず後ろへ旭日は飛びずさった。
「くっ、お前………………っ!」
「ほう……今のを避けるとは。成程、確かに主と軍師殿が警戒するだけのことはある」
楽しそうに言って馬から身軽な調子で降りた彼女を、旭日は知っている。
知っているというより――覚えている。
自分が三国志の世界へ落ちた事実を真っ先に理解させた、存在。
常山の昇り龍。
五虎大将軍が一人。
「さて。名乗りは、必要かな?」
「……いいや、いらねえよ。あの時は世話になったな――趙子龍ちゃん」
「世話は世話でも頭に、余計な、がつくだろう? 貴殿の場合は」
「助けられたってのは事実だ。余計かどうかはともかくな」
焦りを精一杯に強がりで覆い隠して、シニカルな笑顔を浮かべる旭日。
冷や汗が、背を伝った。
この世界での趙雲の武がどれほどのものか、それはわからないけれど――おそらくきっと、間違いなく彼女は強い。初めて出会った時の戦いぶりを思い出すまでもなく、さっきから隙を突こうと何度も試みているも、その全てが突けずじまいで終わらされている。
ならば強行突破しようと日色の斬撃を繰り出す――が。
「おっと!」
「………………ちっ」
趙雲はそれの軌道を槍の穂先でずらし、すぐさま間合いのぎりぎり外まで距離をとった。
自ら攻める気はないが引く気もない、完全に受けの姿勢だ。せめて相手が関羽や張飛であったなら、主への忠信を利用できたかもしれないが……同じ光を仰いでいてもまるで強さの質が違う。
揺れない強さ。
ぶれない強さ。
理を壊す暴力とは純逆、理を貫く武力の使い手。
一刻の猶予も余裕もないこの危局において――最悪の障害。
「駄目もとで頼むけどよ……そこをどいてくれねえか?」
「いくら頼まれようと、貴殿を足止めせよとの軍師殿の指示だ、どくわけにはいかん。……こうして敵として向かい合えばわかる。我が主に、どこか似ておられるよ。《日天の御遣い》殿、あなたを好きにさせていては、こちらにとって良くないことが起こりそうだ。それも理屈や状況を無視して、当然のようにな」
「……嫌な分析をしやがるぜ、ったく」
「何、しばらく付き合ってくれればそれで結構。曹操の相手は愛紗と恋の部隊が務めている。そう時間もかからずこの戦に決着がつくだろう」
「………………っ!」
その趙雲の言葉に堪え切れず、旭日は驚きに身体を震わせた。
関羽と、恋?
兵が足りず、彼女を守ってくれる者がいないのに――そんな、絶望的な組み合わせが華琳の相手なのか?
引き寄せられる。
手繰り寄せられる。
華琳は関羽と恋によって窮地に立たされ。
自分は趙雲によって動きを抑えられて。
日が、雲に覆い隠れさせられていく。
閉じていく。
僅かな希望も見出せない、暗闇へ。
このままでは――間に合わない。
「(間に……合わない? 間に合わないって、なんだよ……)」
例えば。
例えば旭日が華琳と出会ったばかりなら、あの村での邂逅から彼女との距離が変わってなかったなら――ここにいる理由が請け負いだけだったなら、こんなにも苦しくはならなかっただろう。
こんなにも、諦めかけた自分に怒りの感情を抱かなかっただろう。
請負人と依頼人の関係なんてその程度のものだ。間にあるのはあくまで請け負いであり、請負人としての仕事であり、他の何でもない。家族以外の誰かに、他人に心を僅かだろうとわける気は欠片もなく、華琳に対してもそういう風に割り切って接しようとした――しかし。
しかし、旭日は知ってしまった。
曹操孟徳でない――《華琳》という、知るつもりのなかった、一人の女の子を。
第一印象は決して良いものでははなかったし、黄巾党に襲われていた街で再び会ったのは偶然だし、彼女に協力するようになったのもほとんど気まぐれだった。けれど、知ってしまった。見てしまった。気付いてしまった。
黄巾の乱を終わらせた時に、あの送り火の前で。
非情な現実に折れず、屈せず。
無情な乱世に負けず、俯かず。
顔を上げ、前を向いて、精一杯に懸命に、非情な現実も無情な乱世も――何もかもを背負おうとする、強がりで、心優しい女の子を。
眩しかった。
綺麗だった。
だから、旭日は――
「(ああ………………そっか)」
――こんなところで華琳を、諦めたりはしない。
「………………九曜、旭日」
「……何?」
「俺の名前、だよ。家族が長兄、請負人、九曜隊隊長――」
雲が日を覆い隠すというのなら。
更に強き日で、それを打ち破ろう。
「――《日天の御遣い》、九曜旭日だ」
「………………」
「知ってたか? 朝陽は希望の象徴なんだ。趙子龍ちゃん、趙子龍ちゃんがどんなに強かろうと、最悪の障壁で、最悪の障害だろうと――雲ごときに阻まれる、朝陽じゃねえ」
「……成程、主の対だけのことはある。だがその言葉、口先で終わらなければ良いがな」
「終わらねえよ、終わらせねえ。物語が面白くなるのはここからだぜ、嬢ちゃん」
日色の刃をちゃきりと鞘に納め、立ちはだかる障壁を睨みつける旭日。
趙雲に油断はない。どころか、さっきよりも強く自分を敵と認識し、再認識し、頭から足の爪先まで気を張っている。一分の隙もなく、ちょっとやそっとでは抜けそうにないが――知ったことか。
押し通って、突き破るだけだ。
空気すら裂ける緊張感の中、動いたのは――旭日だった。
くるりと回転しながら間合いの内へと踏み込んで、そのまま、一つにして九つの霞んだ閃光を放つ。けれど……それを趙雲は、閃光に目を瞠りつつもけして目を逸らさずしかと見据え、紙一重に、バックステップするように、いつかの恋のように回避しきった!
「疾いっ、が…………甘い!」
「………………はっ、やっぱ避けられたか」
と――避けられた事実に動じることなく、旭日は空いている右手で宙に浮いた状態の、彼女の槍の穂先をがしりと掴んで。
乱暴に、粗暴に、ずるずると切れていく手の平を気にもせず――引っ張った。
「信じてたぜ、嬢ちゃんなら避けるはずだってさ」
「な……に?」
「今まで満足に決まらなかった技を、こんな重要な局面で決め技に使うわけねえだろ。……囮としちゃあ、満足に決まってくれたがな」
極光九日。
ただただ速さを追い求め、ただただ疾さを追求した究極の一太刀を、いくら趙雲とはいえ、天下無双の飛将軍のように避けきれるわけがない。囮として、決まらないことを前提に放たれた技であるからこそ、あの恋でさえ数本の髪の毛を犠牲にした閃光を見据えられた上で回避できたのだ。
そして、回避しきれたが為に刹那の余裕が生じてしまった趙雲は逆らえない。
引っ張られて、引き寄せられる。
後方に下がって獲得した距離も――消えていく。
「もたついてる暇はねえんだよ。だから、そこを……――――――――――どけっ!」
それはほんの少しの差。
命令を守ろうとした武将と。
女の子を護ろうとした男の、ほんの僅かで決定的な覚悟の違い。
「ぐ、あっ………………!?」
旭日の突き出した左足が無理矢理に接近させられた趙雲の腹部にめり込み、その勢いのまま彼女を吹き飛ばす。インパクトの瞬間、咄嗟に槍を手放したようなので威力は期待できないが、それでも――道は、開けた。
掴んだままの赤色を濃くした槍を棒高跳びのポールのように利用して、趙雲が乗ってきた馬へと跨って。
更に深く傷ついた手も厭わず、駆ける。
華琳のもとへ。
守るべき、護りたい、彼女のもとへ。
一方、華琳は最前線に身を置きながらも冷静に、焦燥を感じつつも沈着に現状を把握していた。
野戦での勝ちの目は、もはやない。
ただでさえ足りなかった兵が致命的に足りなくなった時点で、後ろを守っていた旭日とも分断されてしまった時点で、戦の勝敗どころか自分の命すら危うくなったこともまた、理解していた。
けれど。
「ふっ……私自ら、武器を振るうまでの事態になるとはね。しかし、それもまた良し!」
鼓舞するようにひゅんっと鎌を振り、薄く笑みを浮かべる華琳。
どんなに勝ちの目がなかろうと撤退する気はない。彼との分断があちらの策であって、合流が期待できなくても――撤退だけは、したくない。
それはつまり、負けを認めるということだ。劉備の甘い理想に、自分のこれまでが折られるということだ。
何より――
「(……私は劉備とは違う。《天の御遣い》の助けがなくても……己の意志で、己の足で立って戦ってみせる)」
――意地が、矜持が、劉備に対する対抗意識が、旭日に対する苛立ちが、ごちゃ混ぜの感情が、撤退の選択肢を消去していた。
冷静に現状を把握できていても。
冷静な判断を下すことが――できずにいた。
『私の背中はみんなが、ご主人様が支えてくれています。だから――負けません』
舌戦の終わり際に劉備がそう、堂々と言っていたのを思い出して。それがまた、自分を苛立たせる。苛立たせて、問いかけてくるのだ。日天の御遣いでない彼は、九曜旭日は果たして、曹操孟徳でない自分を、華琳の背中を支えてくれているのだろうかと。
支えてくれるのだろうかと。
わからない。
ここに彼はいないから。
ここにいたって、距離はきっと遠いから。
彼の心がわからないから、わからない。
「てしゃああああっ!」
「失せろ、下衆が!」
襲いかかってきた劉備の兵を鬱陶しげに切り捨て、苛つく感情を振り払うよう、高らかと声を張り上げる。
「雑魚は下がれ! 私が相手をするのは強者のみ! 曹孟徳はここにいるぞ、誰かいないのか!」
「――曹孟徳! いざ尋常に、勝負っ!」
「関羽か! 華雄を討った貴女ならば相手にとって不足なし、来なさい!」
「言われずともっ! でぇぇぇぇい!」
と、綺麗な黒髪を靡かせながら前へ立ちはだかった強者――関羽の姿に、死神鎌『絶』を構える華琳。
空気を裂き、自分の命を喰らおうと迫る青龍の牙を、鎌の刃に引っかけるようにずらして、なんとかいなしてみせる。
「っ……容赦なしというわけね…………はあっ!」
僅かに痺れた腕に構わず、今度は華琳が全力の一閃を繰り出すが……きぃんと、力任せにそれは弾かれた。
「くっ、伊達に前線に立つわけではないか。中々やる!」
「舐めてもらっては困るわ。しかし……流石は関羽、良い腕ね。どう? 私のもとに来る気はないかしら?」
「この状況で減らず口を……!」
歯噛みする関羽に笑みを向けながらも内心、華琳の余裕は根こ削ぎにされていた。
天下に謳われる関雲長の名こそ、伊達ではない。まともにやり合えば保ってあと数合ぐらいだろう。後方にいるはずの旭日の助けが期待できない現状(つい先ほど彼の助けをいらないと思ったくせ、危機に陥った途端に彼のことを脳裏に浮かべた事実が馬鹿馬鹿しくて、再び笑ってしまった)、自分一人で彼女を凌がなければならないが――けれど。
状況は更に悪化する。
聞こえてきたのは味方の兵の悲鳴、断末魔の叫び。
関羽という猛将を前にしても、そちらへ目をやらずにはいられない――ぞくりとする、絶望的な存在感。
現れたのは。
「…………みつけた」
現れたのは天下無双の武、飛将軍――呂布。
凪でも、秋蘭でも、旭日でも勝つことのできなかった、絶対の強者。
こんなもの、最悪と呼ぶしか他に、ない。
「………………ちっ!」
「おお、恋かっ。すまないが周りを頼む。私は曹操を……」
「……違う」
「なっ………………っく!?」
不満の滲む呟きの後、呂布がなんの前触れなく空気を八つ裂く剛撃をこちらへ放ち――それを防ぐことができたのは、奇跡だった。
「………………もう、一撃」
「(駄目、保たない……っ!)」
再び轟と振り上げられた戟。
回避することもできなければ、防ぐこともできない。先の一撃を防いだことで、腕の痺れが限界に達している。
終わった。
諦める気はなかったけれど――諦めさせられた。
戟が、振り下ろされる。
死が、振り下ろされる。
「――――――っ!」
「……え…………?」
しかし。
呂布は不意に攻撃の手を止めて、ばっと後ろへ飛びずさった。
華琳にはわからない。
あまりにも突然すぎて、あまりにも突拍子がなさすぎて、何がなんなのかわからないが――すぐに、わかった。
「華琳っ!」
まず視界に入ったのは朱色の槍。
次いで自分の前へ、自分と呂布との間へ、まるで庇うように、護るように。
朝陽を想起させる日色が。
「ふぅっ……なんとか、ぎりぎり、間に合ったみたいだな」
九曜旭日が――降り立った。
「………………あさひ?」
いきなりが過ぎる出来事に茫然としていた華琳だが、呂布の彼の名を呼ぶ声に、はっと意識を元に戻した。
「あさひ…………旭日っ……!」
「……悪いが、今はお前と遊んでやる余裕はねえ。約束は、次の機会だ!」
どことなく嬉々とした風の呂布に謝りつつも、何故か持っていた槍を旭日はぶんと振り回し――腕力に遠心力を乗せ、更にはてこの原理まで使って思い切り、僅かに隙のできていた彼女へと全力を込めた刃を打ちつけた!
「………………っ!」
驚くべきことに、呂布はそれを戟で防ぎきったが……尋常じゃない武を誇っても、彼女の身体は華奢なものだ。受け止めてしまった衝撃に耐え切れず、かなりの距離を後ずさった。
これで呂布との間合いは開き、続いて。
「きっ貴様! それは星のっ……あやつをどうした!?」
「趙子龍ちゃんなら無事だよ、多分な。すまねえがこれ、返しといてくれ――――――よっ!」
「っ……ちぃっ!」
攻め寄ろうとした関羽へ、今度は槍を投げ捨てて投げつける。
狙いも何もあったものじゃない、力任せなでたらめの軌道に加え、投げつけられたのは仲間の武器だ。切り払うわけにもいかず、そう迷ったせいで回避も叶わず――真正面から防御に徹する形になった。
その隙を、彼は見逃さない。
「今だ――……戻るぞ!」
「え? あっ、ちょっと、旭日……きゃっ!?」
手を引っ張られたと思った瞬間に抱え上げられ、彼がここまで使って来たであろう馬に乗り、消去していた撤退の選択をすることを余儀なくされた。
「くっ、待て!」
背後に関羽の叫び声がかかるも――そんなことをまるで気にすることなく、旭日はひたすらに戦場を駆け抜けて行く。
無茶苦茶な男だ、本当に。
そのくせ、助けてほしい時は助けてくれるのだから、タチが悪いにもほどがある。
「旭日、貴方……なんで」
「なんで? そんなの、俺がお前を護りたかったからに決まってんだろ」
「そっそういうことを訊いてないわ! 私は引くと言ってないのに、なんで撤退しているのかを訊いているの!」
「……華琳だって理解してるんじゃねえのか? 限界なんだよ、もう。城まで下がって、春蘭たちの合流を待たなきゃこの戦、こっちの勝ち目はねえってことぐらい……さ」
「それは、それでも――……っ、あさ、ひ?」
尚も反論しようとしたところで、彼の右手の赤色に気付く華琳。
どうして今まで気付かなかったのが不思議なほど、その手は真っ赤に染まっていて。
痛々しく、深々と傷から――血が、流れていた。
「貴方……手を怪我して…………!」
「ん? ああ、趙子龍ちゃんとの戦いで、ちょっとな。まあ、腕一本はくれてやるつもりだったんだ。この程度で済めば良いほうだし、気にする必要はねえよ。……徐母さんに貰った服が血で汚れたのは、痛いけどな」
「服が汚れたって、そんなものこそ気にする必要はないでしょう!? どうして、貴方はそう……っ!」
そうやって、己のことを蔑ろにするのか。
己の命を――優先順位の下に置くのか。
痛かった。
傷ついたのは彼なのに、負った傷より他を心配して苦笑する彼を見ていると、ひどく痛くて、悲しかった。
「(……いいえ、私はわかってた。旭日はこういう男だと、少なくともそれはわかっていたのに………………!)」
劉備との舌戦で苛立って、感情に流されるように突き進んで、兵も犠牲にして。
その結果が、これだ。
思い知る。
自らに、思い知らせる。
全て――馬鹿な真似をした自分の責だと。
現在の危局も、旭日の傷も、全部。
「………………」
「まだ駄々をこねる気なら、引っ叩いてでも連れ戻してやるつもりだったんだがな……余計なお世話みたいで安心したぜ」
「……ふふっ。ええ、余計なお世話よ。十分に頭は冷えた、全軍撤退するわよ、旭日」
「撤退の指示は既に出しといた。あとは桂花たちが上手くやってくれるはずだ」
「あら。無断命令? いつもであれば厳罰ものよ、全く」
呆れた風を装って溜め息を吐き、手綱を旭日から奪い取る。
手を深く負傷していたにも関わらず、自分に手綱を任せようともしなかった彼への説教は後でするとして――今はただ、戻ろう。
城に。
勝つ為に、今は――今だけは、負けを、請けよう。
城のすぐ近くまで戻った華琳たちを、待っていたのか桂花と琴里が出迎えた。
「華琳さま! ご無事で!」
「すぐに関羽達の追撃が来る! 兵を全て収容し、城門を閉鎖する準備をなさい!」
「はっ! 収容はほぼ完了しております。城門の閉鎖も風が機を計らい、上手くやってくれることでしょう」
「そう……流石、私の軍師ね」
馬を降り、報告を聞きながらも笑みを向ければ、駆け寄ってきた二人から安堵の表情が零れる。しかし、それも束の間で、旭日のほうに目を向けた琴里が、顔を真っ青にして悲痛な声をあげた。
「っ……旭日さん、その血は!?」
「ん? あーっと……悪い。貰った服を汚しちまって……」
「ふ、服のことなど気にかけなくて構いません! どうして、旭日さんはそう……っ!」
「……傷より耳が痛くなるな、ったく」
先の自分と全く同じ風に琴里に怒られ、乾いた苦笑を洩らす旭日だったが……自業自得だ。少しは身を労わってくれるようになればいい。
「かなり深い傷です……はっ早く、城に戻って治療を!」
「……そうね。春蘭たちの救援がくるまで、貴方にはもう少し働いてもらわなければならないもの。琴里、すぐにこれを連れて戻って頂戴」
けれど、旭日は動かない。
傷ついた手をじっと見つめ、そして。
「………………いや」
覚悟を灯した目をこちらに向け、ゆるゆると首を振ってから――言った。
「俺は、戻らねえ」
「……えっ…………?」
「あっちが早いのか、こっちが遅かったのか……どっちにしろ、兵の全員が収容される前に敵がここへ辿り着くのは、間違いねえぜ」
後方を振り返ってみれば、確かに関羽達を引き離しきることはできていなかった。
微妙な距離だ。
全兵士の収容が可能がどうか怪しい、そんな距離。
そして、これ以上の兵力の減は――籠城すら、危うくなるだろう。最悪の場合、皆との合流を果たす前に、こちらの負けが確定してしまうかもしれない。
「どうにか食い止めなきゃ状況はもっと絶望的になっちまう。誰かが殿を務めるべきで、そうすると、その誰かは俺がやるべきだ。他に、適任はいねえしな」
「そんなっ……!」
「お前たちは先に戻ってろ。ここは、俺が」
「――ふざけないでよっ!」
驚いたことに。
いの一番に怒鳴ったのは華琳ではなく、琴里でもなく、普段は彼を毛嫌いしている桂花、だった。小さな身体を震わせて、猫耳の形をした帽子を苛立ち混じりに揺らして、どこか潤んだ目で、きっ――と、彼女は旭日を睨みつける。
「ばっかじゃないの!? あんた、こんな時まで請け負うなんて馬鹿を言うつもり!?」
「請け負う? ……いいや違う。請け負うんじゃねえ、背負うんだ。みんながこれまで刻んできた全てを、みんながこれから築いていく全てを、俺は背負う。背負って、守って、護り抜く。他の誰の為でもなく、俺の為に。俺の大切な者の為に、俺の大切な者を――護る為に」
自分達を真っ向から見つめて。
瞳に強く眩い日色の覚悟を灯して。
旭日は言った。
現状に不似合いなほど、温かく安心する、優しい笑顔を――浮かべて。
「……たまにはいい格好させろよ。危なくなったらすぐに戻るし、それに、相手は北郷たちで殿が俺一人なら――凌げる可能性はある。桂花、お前だったらわかるよな?」
「っ――華琳さまっ!」
「………………」
彼の強固な意志を悟ったのか、桂花が自分に無言で制止を求める。ここにいる中で、止められるのは華琳だけだと思ったのだろうけれど……それは間違いだ。ここにいる中に限らず、ここにいない者も、華琳にしても、旭日に《命令》できる権利はない。
「…………………………止めたところで、無駄、なのでしょうね」
「華琳さまっ!?」
「華琳様! なんでっ……!」
「旭日は私の部下でなく、あくまで客将の身。命令できてもそれを請けるかどうかは旭日次第……止めたって、今のこれは止まらないわ」
「華琳……ごめん、な」
謝罪は戦が終わった後で聞くわと、なんとか微笑んでみせる。
どんなに止めても、この男は止まりはしない。無理矢理に連れ戻そうとすれば、振り払って敵軍に突っ込むかもしれない。ならば、少なからず目の届くここに、止めることはできなくとも留めておいたほうがまだマシだ。
「但し、危うくなったらすぐに退くこと。それから、応急処置ぐらいはしていきなさい。その手のままでは満足なことはできないでしょう」
「ああ………………華琳」
「今度は何――――――えっ?」
何が起きたのか一瞬、わからなかった。
ふわりと、心地のよい温かさが身を包んで。
そこでようやく、旭日に抱き締められたのだと――知った。
「ちょっ、ちょっとあんた!? 華琳さまに何して……!」
「ひゃわわっ……!?」
「……やっぱ温かいものなんだよな、人の温もりってのは。俺はこれがほしくて、ずっとほしくて――《俺》に、なったんだ」
「え? あ、旭日?」
「覚えてるか? 俺がお前に求めた……請け負いの、報酬を」
それは――忘れるはずもない。
黄巾の乱を終わらせた時に、あの送り火の前で彼は言った。
照りつける朝陽のような――明るい笑顔で。
「『俺の護りたい者になれ』……正直に言うとさ、あれは無理難題の無茶な願いだったんだ。叶わねえこと前提の、不可能な願いだった。……だけどお前は、お前たちは、そんな願いを叶えた。だから次は……――俺の番だ」
言葉の区切りと同時に温もりから解放されれば、あの時と変わらない、明るい笑顔があって。
なのに、どうしてだろう。
いつもは朝陽を思わせる彼の温かな日色が、まるで。
まるで今にも夜が訪れそうな――黄昏に感じられたのは。
『君の求める強さとは、なんですか?』
それは、過去のあの日。
自分がまだ子どもであった頃の、自分がまだ名もない子どもであった頃の。
切欠と呼ぶべきか。
転機と呼ぶべきか。
解放でも、束縛でも構わない、とにかく自分が一個の人として、初めて世界に生まれ落ちる少し前、彼女と最後に言葉を交わした時の記憶。
求める強さは果たして何か?
その問いに、自分は大切なものを守れる力だと答えた。
守れたのならば――死んでもいいと。
『ふぅ……それが君の求める強さだとしたら、そんな強さに意味などありません』
まるで諭すように、まるで出来の悪い教え子に説くように、彼女は言った。
その子ども扱いした物言いに苛立って、自分は不機嫌を隠そうともせず言った。意味ならある、大切なものを守れると。
『ありませんよ。君は、守れれば君自身がどうなっても構わないようですが……残された大切なものは?』
残された?
誰に?
『……君に決まっているでしょう。例えば、です。君が大切なものを私達から守り、死んだとします。物語がそこで終われば、確かにそれは涙と拍手を誘うハッピーエンドですけれど、そこで物語は終わりはしません。君がどこにもいない世界で、君の大切なものは生きる必要があります』
だからなんだ?
何も問題はないだろう。
『君は、ね。ですが……残された皆は? 地獄が私達だけで終わると決まっていもしない、そんな世界で生きるのが、本当に幸せなのですか?』
それは――
『ハッピーエンドなんて世界にはありませんよ、一冊の本じゃあるまいし。君が守って死んだ次の日に、私達と別の地獄が訪れたら――君の強さは空っぽです。意味もなく、意義もなく、意志もない。束の間の気安めです。……そんなものが、本当に強さだと?』
――それは。
強さじゃ、ない。
『くすくすっ……聡い子ですね、君は。その通り、君が求めていたのは君が求める強さじゃありません。全てから守れる――いいえ、全てじゃなくてもいい、守らなくたっていい、君の大切なものの先を照らせる、未来を築ける強さこそが君の真に求める護りの強さです』
にこりと微笑み、彼女は自分に一振りの刀を差し出す。
『これは君の盾となってくれる武器であり、矛となってくれる防具。君の命を誰からも、君自身からも守護する、力。君の強さを封じて弱さを生み、君の弱さを縛って強さを生み、君を慈しむ日の刀。銘は……そうですね、天を照らす、天照としましょうか。……私が君にあげれる最初で最後の、最期の贈り物です』
そこで。
『私が口にしたって、信じてはもらえないかもしれませんが……君は、生きるべきです』
音も、景色も、ぼやけていく。
『生きて、幸せになるべきです』
過去が過去へと還っていく。
『皆もそれを切に望むことでしょう。己が身に、何があっても、きっと君が生きることを――』
まるで自分が目と耳を塞いだかのように。
途方もない。
黄昏色に――塗り、潰されて。
過去から現在へと意識を浮上させ、旭日はぱちりと目を開き、空を仰ぐ。
日は大分、傾いている。
沈んで夕暮れが訪れるのも、時間の問題だ。
「………………ごめん、な」
それは一体、何に対しての謝罪だったのだろう。
先生との約束を破ることに対してか。
家族との約束を破ることに対してか。
それとも――華琳との約束を破ることに、対してか。
おそらくはそのどれかで、その全部だ。
けれど、迷いはない。
後悔だって――ない。
「請負人改め背負人……ってか。我ながらひどいセンスだぜ、ったく」
軽い調子に笑い、前方を見据える。
けして後ろを振り返らず、包帯の巻かれた右手をぎゅっと握り締め――ただ、前方のみを。
華琳には悪いが……どんなに危うい状況になっても引く気はなかった。そもそも、自分が城へ戻る為には閉じた門を開く必要があるのだ、ここに残った時点で戻る選択肢は消えている。桂花曰く、城内に続く洞窟があるらしいけれど、そこを使用するつもりもない。万が一、敵がそれを知らなかったならば、わざわざいい情報を与えることになる。そんなのは、華琳たちを不利にさせるのは絶対に御免だ。
今だけ。
今のこの時だけでいいから、自覚しよう。
こう想うことに、今日が終わるまで、逃げずにいよう。
「俺はあいつのことが――あいつらのことが好きだ」
胸の奥の更に深く、人の温もりをわかれる者が心と呼ぶところ。
これまで、あの八人にしか許されていなかったそこに、みんながいる。みんなの笑顔があって、みんなの守ってきた国があって、みんなの築いていく――未来がある。
自分はそれを、守りたい。
旭日はそれを、護りたい。
だから。
「――来た、みたいだな」
警戒してか、様子見か、こちらに単独で突出してきた者は、果たして。
綺麗な黒の長髪を風に靡かせ、青竜をあしらった偃月刀を携えた女の子――関羽、だった。
彼女に強い眼光を向けらても表情はそのままの、笑顔を浮かべ続ける旭日。
「てっきり天下の飛将軍が来ると思ってたんだが……関羽ちゃんか」
「恋ならば星へ槍を返しに行っている。じき、ここにも来るだろう。……今度はこちらが訊かせてもらおう、《日天の御遣い》九曜旭日。貴様はどうして、ここにたった一人でいる? 今になって降伏しようとでも言う」
「なあ関羽ちゃん、関羽ちゃんに一つ、頼みたいことがあるんだ」
関羽の探りを遮って、旭日は言う。
「悪いんだが、兵を引いてくれねえか? 代わりに、俺の命をくれてやるからさ」
「なんっ……何を言うかと思えば…………ふん、馬鹿馬鹿しい」
「そっか。まあ、そうだよな。じゃあ……これならどうだ?」
「………………っ!?」
笑顔を少しも崩さず、腰に差した刀を鞘ごと旭日は抜き取って。
雑に、適当に、なんの躊躇もせずに――放り捨てた。
宙を舞った刀は回転しながら遠い、すぐに拾うことはできないだろう遠い場所へと、落ちて。当然、手も足もない刀は戻ることはなく……落ちた、ままだった。
「ここを通りたかったら俺を倒していけ――ってな」
「き、貴様っ……」
「大徳と仁義を重んじる主を持った嬢ちゃんだ。心優しい主達を持った嬢ちゃんだ。武器を捨てて丸腰になった奴に、軍として攻めることはできねえだろ?」
「……ふ、ふっ、ふざけるなっ!」
敵意と殺意を撒き散らし、激昂する関羽。
これで、彼女はもう引き下がれない。怒りによって膨れ上がった武人の矜持に邪魔をされ、自分を無視することはできなくなった。個人の勝負を――一騎討ちをするしかなくなった。劉備や北郷に軍を動かせと命令されても、きっと、それを良しとはしないだろう。
「良いだろう、武器を拾え! 望み通り、この関雲長が貴様を倒して、曹操のもとへ抜けさせてもらう!」
「拾う気はねえよ。俺はこのまま、相手をしてやる」
「っ……――どこまでっ、どこまでこちらを侮辱する気だ!?」
「侮辱? ……はっ、笑わせてくれるじゃねえか、《お嬢ちゃん》」
「な、に……?」
場にそぐわないほど晴れ晴れとした笑顔を浮かべ――旭日は。
「俺はあいつらを護ると決めたんだ。お嬢ちゃんごとき、武器がなくたって――負けや、しねえよ」
「っあ――ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ――――――っ!」
憤怒が我慢の限界を越え、関羽は爆ぜる。
怒りのまま、感情のままに。
空気を轟と引き千切っては喰らう青龍の刃を。
旭日が喉元へと突撃させた――――――――――っ!
【第十六章 覚えている忘れない約束、悟ったは日が命の使い道】………………了
あとがき、っぽいもの
どうも、リバーと名乗る者です。
今回は『日天の御遣い』を思いついた時からずっと考えていた話なので、本当に大変でした。大丈夫? 本当に大丈夫? 大丈夫、だよね? と何度も何度も不安に襲われながらキーボードを叩き、また不安に襲われるという地獄ループで……だ、大丈夫ですかね?
うぅ……今回ほど不安な話はありません。手ががくがくして仕方ない……
ええと、第十六章は終わり方でわかるかと思いますが、前編になります。後編へ続く、という感じです。これまで勝った気のしない勝ち方ばかりしている旭日ですが、今回は真っ向からの勝負でどうなることか……まあ、今からそれを書くのですが。どうするかでまだ迷ってます。一刀君サイドの視点も入れなきゃいけないし………………が、頑張ってみます。
しかし思ったら一刀君、武もないのに敵軍を抜けて華琳のとこまで駆けつけたんですよね…………やっぱり凄いです、あの御方。
では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。
感想も心よりお待ちしています。
Tweet |
|
|
24
|
6
|
追加するフォルダを選択
真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。
今回は第十六章。
戦いが、始まります。