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真・恋姫無双『日天の御遣い』 第十七章

リバーさん

真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第十七章。
最後まで読まないと意味不明かもしれません…

2010-10-23 03:50:08 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:9472   閲覧ユーザー数:8017

 はじめに

 

 

 真・恋姫無双『日天の御遣い』はオリジナルキャラクターが主人公になっています。

 オリ主に不快を感じる方。

 恋姫作品の主人公は北郷一刀以外は許せないという方。

 書き手がこういうことを言うのもおかしな話ですが……読まないことを奨めます。

 それでも構わないと仰ってくださる方はどうぞ、頁を進めてください。

 

 

 

 

【第十七章 夕暮】

 

 

「全軍急げっ! すぐにでも華琳さまと合流するぞ!」

 

 びりびりと響き渡る怒号と共に、土煙が巻き上がって土埃が舞い踊る。

 大地を震わせ、空気を震わせ、曹魏の兵が突き進む。

 

「ええい! ここはわたしだけでも先遣隊を率いて……!」

「……焦る気持ちはわかるが、少し落ち着け、姉者。ここで部隊を分けても意味はないだろう」

 

 さながら津波のように、烈火のように進軍する曹魏の兵ら――その先頭を焦った様子で駆ける姉へと馬を寄せ、諫める秋蘭。

 

「それに、先ほどこちらへ来た真桜の話では華琳さまのおられる城まで距離がある。こう急かしすぎては戦いの際に役に立たなくなるぞ」

「だがっ!」

「落ち着け、と言っている。……意味がないのだ、間に合わせるだけでは」

 

 袁紹や袁術のように一筋縄でいく相手ならばいいが、今回は一筋縄ではいかない劉備の軍が相手だ。ほとんどの将が出払っている隙を突いた手際の良さから考えて、自分達用に対策を立ててないとも限らない。そんなもしもが起こった時、疲弊した兵を戦へ投入しても効果は薄いだろう。

 覇王である主が認めているほどの敵を相手にする以上、万全とはいかずとも――最善を尽くす必要は、ある。

 

「最短の道を稟が選んでくれているし、あちらにはまだ桂花と風、琴里に……九曜が残っている。最悪の状況にはまずならんさ」

 

 九曜、という名を強めて秋蘭は言った。

 口にこそけしてしないけれど、姉は彼のことを確かに認めている。認めていて、信じている。ゆえに、あの窮地とやたら相性の良い男の名を出せば少しは落ち着くだろうと思ったのだが――しかし、春蘭は。

 

「っ………………だから、急がなければならないじゃないか」

 

 と、苦渋に顔を歪めてそう、零した。

 

「あやつは――九曜はうそつきだ。約束、したのに……一人で抱え込まないと約束したのに…………あやつは一度だって、我らに弱さを見せようとしない。いつもいつも平気な顔で無茶をして、平気な顔で無理をしてばかりだ。今回もきっと、一人で抱え込んで、無茶をやって無理をやらかすに決まっている」

「それは……」

 

 それは薄々、あるいははっきりと秋蘭も感じていたことだ。

 旭日の強さには常に、どこか危うさがある。

 頭に浮かんだのは虎牢関での戦い。

 あの時、彼は即座に呂布を引き受けたが……それは勝てる自信があったからじゃない。一人で抱え込んで、無茶をやって無理をやらかしただけだ。現に戦いが終わった後、旭日は疲労で半日もの間、深く深く眠っていた。

 裏に弱さを隠し、平気な顔で無茶をしては平気な顔で無理をする。

 おそらく、きっと――今回も。

 

「……行軍速度を緩めるぞ、姉者」

「秋蘭っ!?」

「速めるなら城が見えてからだ。味方と合流して士気の上がった状態であれば、多少の疲れぐらいなんとかなるだろう」

「秋蘭……っああ、わかった!」

 

 ようやく焦燥を消してくれた姉を見て頷き、前を向く。

 状況が悪ければ悪いほど彼は己を殺して他を生かそうとする。

 それが危うい。

 危うくて、怖い。

 

「(……頼るのはもう、十分だ。いい加減、無理矢理にでも頼ってもらうぞ、九曜)」

 

 

 

 

 これまでの言動からもわかるように、愛紗は日天の御遣い――九曜旭日のことを良く思っていない。

 良く思っておらず、快く思っておらず、どころか悪く思っている。

 当然だ。

 自分の主と同じ天の御遣いなくせ、曹操の側に立っていて。それだけでも癇に障るのに、あの男はいつも、会う度に一刀のことを傷つけて。彼の心をわからず、彼の優しさを肯定せず、彼を受け入れず、彼と何もかもが対極となっていて。そんな存在を一体、誰が好きになれるものか。

 積みに積んで重ねられた敵対心が、彼を傷つけた怒りが、傷つけられても彼があの男を嫌おうとしないことへの嫉妬が――愛紗の中での九曜旭日を悪く、悪にしていた。

 気に入らないし。

 気に喰わない。

 

「な、ん………………っ」

 

 勧善懲悪。

 こんな悪の蔓延る世で何を馬鹿なことを、と笑われるかもしれないが、少なくともこの瞬間まで、愛紗はそれを信じていた。

 ゆえに、自分が感情の爆発に任せて放った渾身の一撃は必ずや日天の御遣いを倒すだろうと。

 だが――

 

「……流石は関雲長だな、お嬢ちゃん。疾かったぜ? 遅かったけどな」

「………………っ!」

 

 ――手加減したつもりは、ない。

 何かの罠かもしれないとか、相手が武器を捨てた丸腰だとか、そんな冷静さは燃え盛る怒りが消していた。全力、文字通りに全ての力を込めた一撃だ。それなのにこんな……こんなの、罠にかけられていたほうがずっと良かったじゃないか。

 ほんの半歩、身体をずらした程度の動作。

 たったそれだけで、自分の攻撃は無意味にされた。

 喉元へと向かわした青龍の刃は、皮の一枚にすら到達せず――余裕に、いとも容易く回避されて、空振って終わらされていた。

 

「くっ……――まだだ!」

 

 茫然となりかけた意識をどうにか持ち直し、放ったままの刃を引き戻す。

 何かの間違いだ、きっと。全力を出したと思っていたが、相手は武器を捨てているのだ、心のどこかで躊躇が生まれたのかもしれない。それに突きは攻撃が一点に集中する分、軌道が読み易くある。あの星を敗北させた者ならば、回避は不可能というほどではない。

 今度こそ、全力で。

 点でなく線で。

 線でなく面で。

 確実に、当てることを重視した薙ぎを繰り出す――が。

 

「(何故だっ……何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ!?)」

 

 繰り出せば繰り出しただけ空振りが生産されていく。

 当たらない。

 当たらない。

 当たらない。

 当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない――――――!

 自分が本当の本気に全力を込めた斬撃の連撃を、どうしてこの男は悉く無意味にできるのか。

 それはまるで、冗談のように。

 悪い冗談のように。

 

「こんな、こんな馬鹿なことっ――!」

「――……ああ、俺も思うよ。馬鹿みたいだって」

 

 皮肉の利きが過ぎる、笑えねえ悪い冗談だってな。

 そう言って、九曜旭日は青龍の牙刃を左手で完璧に捌き切り。

 

「俺の何もかもを犠牲にしやがった力なのに、こうして、あいつらを護ってるんだからな」

 

 とんっ――と、真っ白な包帯の巻かれた右の拳を、自分の腹へ当てた。

 

「…………え………………?」

 

 途端、衝撃が身体中に響く。

 痛みはなく、響いて、痺れて、吹き飛ばされ。

 一点に凝縮させ圧縮させた力で力任せに殴りつけた一当て。

 その一当てで半ば無理矢理に、理解させられてしまった。

 油断などではない。

 躊躇などではない。

 悪い冗談などでもない――ただの単なる、力量の差、なのだと。

 

 

 

 

 最強の最後の最高の最終手段、顕現させないことが最善の最悪の禁術――《黄昏》。

 彼女はそう言っていたが、しかし、術――これはつまり彼女やあの白色が使っていた術を指すのだけれど、それとは全く異なったものだとも、旭日は言われた。

 確かに、少なくとも自分には彼女たちみたく金縛りをかけて身動きを拘束することはできないし。

 傷を一瞬で癒やすことや奇妙な白装束の連中を生み出すことだって、できない。

 才能を努力で捩じ伏せ、天賦を凌駕する力を手に入れはしたが、旭日は元々、普通で平凡でありきたりでどこにでもいる程度の才能しか有すことができなかった――ポテンシャルの時点で、スタートの地点で、決定的に徹底的に出遅れてしまった弱い男の子だった。何かが違えばあちらの世界での北郷一刀のように、普通に生きているはずの普通の存在だった。……もっとも、そういう風に生きることは、許されなかったけれど。

 今はもう――許されたくも、ないけれど。

 だから、結局。

 自分はあの二人に何かされたのだろう。

 何かされたから、才能を努力で捩じ伏せ、天賦を凌駕する力を手に入れることができたのだろう。

 

「(俺にあの陰険野郎が施したことの逆利用……いや、逆応用だったか)」

 

 彼女曰く、自分が《彼女たちのように》なれた可能性を根こそぎに作り変え、生み出した力が自分の中にあるらしい。

 どんな目的で生み出したのか、あの白色も、彼女も語ることなく消えてしまった以上、誰にもわからないが――それが果たしてどんな力なのかは、彼女に教えられた。

 破壊。

 不可能性を破壊する、力。

 

『不可能性を破壊する、力。君は平凡な身にも関わらず、才能を努力で捩じ伏せ、天賦を凌駕する力を手に入れましたよね? それはその不可能性の破壊のおかげなのではないかと、平凡な君が天賦を凌駕するなんて不可能性を破壊し尽くした結果なのではないかと、私は思うんです。私とあの子で君の奥底に押し込め、きちんと施錠だって封だってしましたが……この世に完全が存在しない以上、僅かな漏れがあっても、おかしくはありません』

 

 慈日刀『天照』を捨てたのは、あれがそれを更に奥底へ抑え込むからだ。

 どういった仕組みなのかはやはりわからないし、興味もない。自分をこういう風にしたのと同じで、あれはそういう風に創作されたのだろう。それだけの――不愉快な、理由だ。

 

『勿論、君が手に入れた力は君のものです。漏れた僅かだろうとそれを自分自身のものとできたのは、耐え切ることができたのは君の素晴らしい努力の賜物です。何かに取られることもなければ誰かに奪われることもない。胸を張って自慢していい、君の力です。けれどしかし、そこがきっと、リミットなんですよ。君という器の許容量は、そこで終わりなんです。君はもう、君より弱い者に勝つことはできても、君より強い者に勝つことはできないんです。肉体が成長するにつれ、肉体が成長した分の力の向上はあるかもしれませんが、その程度でしょう。その程度が、いいところでしょう。そこから先は、君が保てない不可侵領域です』

 

 保てず、持つこともできない。

 不可侵の、不可能性。

 

『私が教えるのはその不可侵領域の扉の解錠で、解法。私の嵌めた鍵を外し、あの子の掛けた封を外し、一時的に君は不可能性を破壊することが可能となります。斬撃の嵐を避けれないという不可能性だって壊せて、自分より強い者に勝てないという不可能性だって壊せる。……ただし、です。そこに至るまでにかかるだろう負荷は、一時的とはいえ壊したものの残骸として、一時的でも不可能でなくなった後付けの理由として、君に帰ってきます。請負に報酬が必要なように、不可能性を破壊したのなら、相応の可能性を、犠牲にしなければなりません。つまりは――――――君という、可能性をね』

 

 熱いのか冷たいのか。

 痛いのか苦しいのか。

 色んなものを一緒くたにぶち込んで、倍々にされた熱くて冷たくて痛くて苦しい地獄に全身を苛まれながらも、旭日はぐっと歯を食い縛って堪える。

 あくまで余裕を気取って、関羽へ力量差があるように思わせる必要がある。彼女の言っていたことが正しければ、自分はこれまで振るってきた強さで打ち止めだ。限界を超え、限界の限界を超え、限界の限界の限界を超えてしまい、超える限界がなくなったのだ。

 一時的。

 どうして彼女がやたらとそう繰り返したのか、今になって理解する。

 旭日にはもう、強さの伸び代がまるで残ってないのだ。

 体力、筋力、速力、胆力、判断力、持久力、適応力、回復力、氣力――ありとあらゆる力の限界が、限界を迎えている。

 許容量が終わっている。

 これ以上の強さを自分のものにすることはできないし。

 ないものねだりの代価に――耐え切れない。

 膨れ上がった風船へ空気を追加して、一体どこまで割れずにいられるだろうか。

 

「(っ長く保たねえってことは、間違いねえな。時間稼ぎは……無理か)」

 

 余裕?

 とんでもない。そんなもの、自分には縁遠い感情だ。自分はいつだって懸命に、必死に戦ってきた。小細工や策を弄するのは手段を選ばないんじゃなくて――選べる手段が、他にないから。

 今もまた、騙し騙しに――関羽を騙しながら、戦っているに過ぎない。

 だからこそ、すぐにでも決着をつけた。

 白黒はっきりさせて、戦意を削ぐ為に。

 

「……兵を引けよ、お嬢ちゃん。ここを通る方法を一騎討ちに限定した時点で、お嬢ちゃんたちに勝ち目はねえ」

「ぐっ、うぅ………………!」

 

 倒れても眼光の鋭さを維持している関羽に向け、そう申し入れる旭日。

 しばらく満足に動けないようにしただけで、命に別状はない。優勢なのは明らかにあちらで、劣勢なのは間違いなくこちらだ。弔いという、軍を動かす理由を与えるわけにはない。

 

「兵を引いてくれよ、お嬢ちゃん。兵を引いて、戦をお開きにしようぜ」

 

 奥の手の禁じ手まで使って、退却するだけの理由はやった。

 あとはもう、騙されてくれることに賭けるしかない。

 これ以上、自分を騙すのは――できそうに、ないから。

 

 

 

 

 けれど、結局。

 旭日は賭けに勝つことも負けることもなく――中断を、余儀なくされた。

 

「――――――っ」

 

 殺意とも敵意とも違う、ただただ純粋で膨大な戦意を感じ取り、ばっと旭日は後方に下がる。

 そして、次の瞬間――――――斬、と。

 ほんのさっきまで旭日の頭があった場所を、ずたずたに風を切り裂いて一閃が通り過ぎた。

 回避できたのは本当にたまたまの、自分が《黄昏》の状態でいなかったら間違いなく首が飛んでいただろう――剛撃。果たして、そんな暴力の塊のような強さを持つ者は、この世界でたった一人しか自分は知らない。

 

「………………避けた、やっぱり」

「っ……お前…………!」

 

 関羽との間に武器を構えて立ちはだかった人物へ目を合わせ、舌打ちを噛み殺す旭日。

 天下無双の武。

 飛将軍。

 呂布奉先――恋が、そこにはいて。

 

「………………」

「恋っ!?」

「……関羽ちゃんを連れ戻しに来た、ってわけじゃなさそうだな」

「……(コクッ)」

 

 無邪気に、まるで友達を遊びに誘う幼い子の表情で、『方天画戟』の切っ先をこちらへと向けていた。

 じきにここにも来るだろうと、関羽は最初に言っていた。

 自分もまた、来るのは彼女だと思っていた。

 そういうことから考えれば、ここでの彼女の登場はなんらおかしくはないだろうが、しかし――まずい。どんなにおかしくなかろうと、ここでの彼女の登場はあまりにまずさが過ぎる。何せ旭日という器は、関羽を騙しただけでもう、ほとんどがひび割れている有様なのだ。

 不可能性を破壊する、力。

 騙し騙しの偽りの強さ。

 こんなにも早く、保たなくなるとは思わなかった。

 成程。

 自分の強さは本当に――終わっている、ものだったのか。

 

「くっ……待て恋! 私はまだこやつに負けてなどっ、それとも朱里が新たに指示でも……!?」

「……違う。恋がここに来たのは、命令じゃない」

「な、に?」

 

 視線は自分にぶつけたまま、ひゅるんと武器を振って恋は言う。

 

「日は、暮れてない。だから――……約束。遊ぼう、旭日」

「…………はっ。どんな経緯でかは知らねえけど……北郷たちの仲間になったんだ。もっと、晴れ晴れとした顔してると思ってたんだがな」

「………………っ」

 

 遊ぶ約束をしたのは確かだけれど、それを今の状況下で、倒れている仲間を連れ戻すことよりも優先するのか。あの甘く優しい光を知っただろうに、以前と変わらず孤独を纏ったままなのか――なんて。

 身勝手な、自分勝手にもほどがある苛立ちを覚えた旭日だったが――恋の目が。

 寂しげな色をした、彼女の瞳が。

 重なる。

 何もかもを背負おうとする、強がりで、心優しい女の子のものと。

 

「……遊ぶ。恋は、旭日と遊ぶ。その為だけに…………ここに、いる」

「恋、お前……そっか。お前はずっと、そこにいたんだな。ずっと一人で、一人ぼっちで、そこに」

 

 沢山の人に囲まれても。

 人の輪の中に入っても。

 特別だからとか、最強だからとか、そんな風に見上げられ思われて、線を引かれ扱われて。

 それはきっと、どこにいても、誰といても。

 一人ぼっちでいるのと同じくらい――寂しい、ことなんだろう。

 

「(………………放って、おけねえよな。どうしても)」

 

 手も足も、まだ動く。

 心だって折れてはいない。

 ならば――付き合おう。

 命の続く限り。

 日が暮れるまでの間、もう一人の寂しがり屋の女の子の為に。

 これから先、彼女が寂しくならないように。

 

「――わかった。遊ぼうぜ、恋。今度こそ、日が暮れるまで、たっぷりとな」

 

 

 

 

 今まさに戦いを始めようとする彼と彼女の姿を見つめながらも、一刀はずっとあることを考えていた。

 悩み、考え、そして――

 

「っ…………――うっし!」

 

 ――ぱしんと自分両頬を叩いて気を入れ、仲間のほうへ顔を向ける一刀。

 それから、突然のことに驚いているみんなの様子に苦笑を――しかしどこかあっさりとした、憑きものの落ちたような笑顔で、更に驚かせることを言った。

 

「あの二人の戦いが終わったら、愛紗と恋を戻して撤退しようと思う。疲れてるとこ悪いけど……みんな、頼む。兵を引かせる準備をしてくれ」

「はっはい! ……………………………………………………えっ?」

 

 頷いて一拍後、すぐにぽかんと表情を変えた朱里に、再び一刀は苦笑してしまう。なんだかとても、懐かしい感じだ。こんな何気ないことで懐かしさを覚えるなんて、最近の自分は少し、やる気になりすぎて、躍起になりすぎていたのだろう。

 本当、らしくなかった。

 でも――らしくないのはここまでだ。

 

「二人の戦いが終わり次第、愛紗と恋を戻して撤退する。その準備を、頼む」

「えっ、あ、あの、ご主人様……?」

「よもやお前、呂布殿があんな奴に負けるとでも思ってるのですか!?」

「そうは流石に思ってないよ。それに……恋が勝っても負けても、兵を引かせるっていうのは変わらないから」

 

 吠え掛かってきた陳宮――音々音を宥めつつも迷いなく、重ねて一刀は言う。

 

「……実を言うとさ、旭日さんが刀を放り捨てて、愛紗と戦い始めた時にはもう、決めてたんだ。これ以上は、戦を続けるべきじゃないって」

「んっと……北郷、それは《日天の御遣い》が愛紗を負かしたせいか? 確かにあの強さは驚いたが、でもまあ、恋には敵わないだろ。最悪の場合、兵を動かせば……――」

「――うん。勝てるだろうね。旭日さんには、きっと」

 

 白蓮の言葉を引き継ぐ形で頷き、緩く首を横に振って。

 

「その代わり、俺たちは負ける」

 

 ここで勝てても――負けてしまう、と。

 断言、する。

 曹操の強みは風評だと、朱里はいつか言っていたが……それはこちらも同じだ。桃香の理想を信じて付いてきている人、彼女の大徳に惹かれて付いてきてくれる人は、けして少なくはない。

 白蓮が言ったことは正しい。

 仮に恋が負けたとしても、彼はたった一人で、自分たちはまだ沢山の兵が控えている。いくらなんでも兵の全員を相手に彼だけで勝利するのは不可能だろう。

 けれど、だけど。

 そういう風に勝って、そういうやり方で勝って――勝った先に一体、何がある?

 圧倒的少数を圧倒的多数が打ち負かす、そんなものは圧倒的な蹂躙でしかない。

 みんなが笑って暮らせる平和な世をつくる、という、桃香の理想をそれでも人々は疑わずにいられるか?

 間違いない本物である彼女の大徳を、それでも人々は信じてくれるか?

 決まってる。

 そこまで人は盲目になれないし――桃香だってそういう盲目さは望まない。

 

「(旭日さんに勝ったって、負けと同じだ)」

 

 おそらくは、これが狙いだったのだ。

 ゆえに、彼は刀を捨てて丸腰になったのだろうし。

 ゆえに、彼は愛紗を倒し切らなかったのだろう。

 自分たちの進路を塞ぎ、自分たちの退路を残す為に、あえて。

 

「(ただ……自分自身を犠牲にした作戦を実行するのも凄いけど、それ以上に…………)」

 

 作戦と呼びたくても呼べない、綱渡りにもほどがある作戦。

 ほんの少しでも自分が気付くのが遅れたら、犠牲になって終わっただけなのに、なのに彼が綱を渡ったのは――きっと。

 

「(桃香の信念や、俺たちや、俺のことを信じてなきゃ――……こんな作戦、実行できないよな)」

 

 信念を、理想を信じ。

 自分が気付くのを信じた、確信の上での行動。

 思えば――そうだ。

 甘いとか、ガキだとか、きついことを散々言われたが――彼はいつだって自分のことを、信じていた。

 

「……本当にさ、貴方とは敵じゃなくて………………味方に、仲間になりたかったよ、旭日さん」

 

 勿論、それはもう叶わぬ願いだから。

 だからせめて、いつか必ず彼に勝とう。

 自分らしい、自分のやり方で、胸を張れるように。

 恋と旭日。

 二人が立つ場を揺るがぬ強さを秘めた眼差しで見つめ、一刀はぎゅっと、拳を固く握り締めた。

 

 

 

 

 薄く透明な、見えない壁がある。

 恋はいつからか、そう感じるようになった。

 心に湧いてしまった感覚は、武器を振るう度に強く、戦場に立つ度にはっきりと、明確になっていった。

 畏敬と崇敬と――恐怖。

 それが、それらを生む強さが壁の正体だと気付いたのは果たして、いつの頃だっただろう。

 思い出せないということはつまり、思い出せないくらい昔ということだ。

 壁は自分から他人を遠ざける。

 強さは他人から自分を隔離する。

 同じ場所にいても、同じ陣営にいても、自分が望む望まないに関わらず無理矢理に。勿論、中には音々音や月たちのように、強いとかどうとか関係なく接してくれる人間だっていたけれど……彼女たちでさえ、自分の心の奥底に手が届いてくれることはなかった。

 変わらず、一人ぼっちの寂しさが胸にはあった。

 頂の上に立つ者の――孤独。

 高い山の頂上は冷たく、凍てついた風が絶え間なく吹き続ける。

 わからない。

 強いと言われたって――恋には強いという感覚がどんなものなのか、当たり前すぎてわからない。どうして人がわからないのかが、わからない。わかってくれないことが、わかってやれないことが、わからない。

 何もかもわからないことばかりで、それが更に一人の寂しさを増大させる。

 いい加減、疲れてきた。

 もう、諦めていた。

 こういう風に生まれた自分は、最期まで、こういう風なのだろう――と。

 自分と他人とを隔てる透明な壁は、壊されることはないのだろう――と。

 けれど。

 

「………………っ!」

 

 壊れていく。

 壊されていく。

 壊してくれていく。

 薄く透明な、見えない壁を木端微塵に。

 

「(すご……い……………っ!)」

 

 全身全霊で繰り出す攻撃が、当たらない。

 全身全霊で繰り出される攻撃が、凌げない。

 武器を、『方天画戟』をがむしゃらに振るうのが精々で、彼の暴力を懸命に防ぐのが精一杯だ。

 手が熱い。

 胸が熱い。

 彼と初めて遊んだ時もそうだったけれど――今は、あの時以上だ。

 寂しさを感じる暇なんかない、目の前の彼の動きに集中しなければやられてしまう。

 そのことがたまらなく、たまらなく――嬉しい。

 

「……随分と楽しそうだな、恋」

「んっ………………!」

 

 轟、と風を捩じ伏せて斬撃を放つ。

 それを彼は刃の腹を叩いて無意味にさせた。

 剛、と風を切り裂いた蹴撃が放たれる。

 それを柄で防ぐも強烈な痺れが全身を伝う。

 わからなかったが……わかる、今なら。

 これがきっと、強い、ということ。

 頂の上。

 そこはもう――自分一人だけの場所じゃない。

 孤独?

 そんなもの、ここにはない。

 だって、彼がいる。

 ここに――自分の前に、いてくれる。

 

 

 

 

 そして、戦い始めてどれほどの時が経過しただろう。 

 日の赤みが深まった頃。

 

「……恋。お前はあの時、俺と出会うべきじゃなかったな」

 

 嬉々とした笑顔の恋とは対照的に、悲痛な表情で彼は言った。

 

「俺なんかと……出会わなけりゃ良かったんだ」

 

 そんなことはない。

 武器を振るいながら、恋は思う。

 出会えたおかげで自分は一人ぼっちじゃなくなったのだ。

 こうして、遊ぶこともできたのだ。

 旭日と出会わなければ良かったなんて思わないし――思えない。

 

「騙して、偽ってばかりの俺じゃねえ。甘くても、弱くても、真っ直ぐなあいつと――先に出会うべきだったんだよ、お前は」

「っ……そんなこと、ない……!」

「………………お前にとっての俺が、敵だけだったなら良かった」

 

 全力で繰り出した薙ぎをいなし、彼は。

 

「あの時に約束なんかしなくて、真名も許されなくて、遊びだと軽口も叩かず、ただの敵としてだけ戦ってたほうが良かったって、心の底からそう思うぜ。俺がただの敵だったなら、お前は偽物の希望を見せられることも、紛い物の夢に魅せられることも、そんな寂しい場所から動けなくなることもなかったんだ。……恋、俺は、お前と騙し騙しでしかぶつかれねえ。こうやって戦うことはできても、寂しさを紛らわすことはできても……お前の抱えてる孤独をわかり合うことは、絶対にできねえ」

 

 突き放すように、言う。

 

「強くなりたかったんだよ、俺は。誰よりも、何よりも、強く」

「強く……」

「前にも言ったよな。強くなる必要があった俺は、強くなることを望んだ俺は、寂しさなんざちっとも感じねえ――ってさ。だから俺は……恋、お前の寂しさをわかっても、わかり合うことはできねえ。その不可能性を壊すことは、俺には不可能なんだよ」

 

 頂の上に立とうと足掻いてきた旭日。

 頂の上にいつの間にか立っていた恋。

 それはあまりに大きくて――あまりに違いすぎる、差異。

 でも、だけど、それを認めるわけにはいかない。

 認めてしまったら、この孤独は、寂しさは、どうすればいい?

 どうすれば、一体――

 

「俺とお前はわかり合えねえ。…………………………だがな」

 

 ――と。

 つい振ることを止めてしまった『方天画戟』をがしりと掴み。

 旭日は自分に顔を寄せて。

 

「あいつとお前はきっと、支え合うことができる」

 

 あいつ――おそらく、自分のご主人様になった、北郷一刀のことだろうか。

 自分と彼が、支え合える?

 

「騙し騙しにしかぶつかれねえ俺と違って、あいつはどこまでも真っ直ぐ、人とぶつかってくる。できねえとか、わからねえとか、そんな風に諦めることなんざなく、真っ直ぐにな」

「……あさひ?」

「この戦が終わったら、胸の中に溜めこんだもの全部、吐き出してみろよ。思ってること、わからねえこと、何もかも打ち明けてみろよ。あいつは、北郷一刀は逃げずにちゃんと、受け止めてくれるぜ? 受け止めて、一緒に悩んで、背負ってくれるはずだ。お前を一人ぼっちには絶対にしねえはずだ。関羽ちゃんたちを見る限り、どうやらあいつの前じゃ強いも弱いもなくなって、みんな可愛い女の子になっちまうみたいだからな」

「………………っ!」

 

 戟の柄を掴んでいた手を離し、旭日は晴れ渡る笑顔を浮かべ。

 まるで地平から昇る朝陽のように、固く握り締めた左拳をぐいっと振りかぶり。

 

「悪い夢はここで終いだ。孤独も寂しさも、ここに捨てて行って捨てて生きな、恋。それくらいは俺が請け負って――背負ってやるさ」

 

 そのまま、こちらに――昇らせた。

 こんな接近戦では邪魔にしかならない戟を捨てて、両の手を使ってその昇撃を恋は弾き、そして弾き切るも――しかし。

 弾こうと殺しは切れなかった衝撃が、戦いで疲弊していた身体を揺さぶり、貫いて。

 がくん、と。

 残っていた力を。

 奪い取り。

 抜き取り。

 恋は。

 重い荷物を下ろしたように。

 夕焼け空を仰ぐように。

 遊び疲れた幼子のように。

 寝転がるように、地面へと背中を――預けた。

 

 

 

 

「(ったく……)」

 

 どくん――と。

 地に膝をつけて。

 顔を下に俯かせ。

 旭日は、自嘲気味に笑う。

 

「(……格好、つかねえよな)」

 

 恋を倒したまでは良かった。

 そこまでで今回の戦が終わっていれば、何を言われることもなく、何を言うこともない、十分に十全な、幕引きだったろう。

 けれどしかし、幕はそこで引かず――戦はここで、終わりはしなかった。

 

「………………見事、と言っておこう。《日天の御遣い》殿」

「はっ……畜生、と、言ってやるぜ…………お嬢、ちゃん」

 

 息も絶え絶えに、悪足掻きのように言葉を返す旭日。

 首に添えられたのは青龍の偃月刀。

 顔を上げる力も残ってないので視界には足元しかないが、その足が誰のものなのかは誰だってわかる。

 関雲長。

 動けなくしたはずの――彼女だった。

 

「(奥の手の禁じ手まで使って……本当、格好つかねえよ)」

 

 それは偶然にも成り立った、必然。

 戦い方に型も構えもない旭日だが――型も構えもない為に、どうしても癖が出る。

 攻撃にせよ防御にせよ、まず利き手から優先して使ってしまうという、癖がある。

 だから旭日は関羽へ戦闘不可能の一撃を打ち込む前、彼女の薙ぎの嵐を利き手、つまりは左手で捌いてしまった。必然、打ち込んだ拳は利き手の反対、右の手になったわけだが――その右手は、先の趙雲との戦闘で深々と傷ついていた手だ。

 自分自身のことを大事にしない旭日はそれを気にせず、けれど傷は僅かなぶれを生じさせ。

 新たな不可能性を――生じさせ。

 気にしていなかった旭日はそんな不可能性に気付かないまま、一撃を放って。

 生じた不可能性を破壊しないまま放たれた一撃は、関羽を戦闘不可能にするまでには至らなくて。

 結果は結局、この様だ。

 

「よもや恋を倒すとは、星が不覚を取ったのも頷ける。しかし、どうやらあなたの強さは余程、あなたの身に優しくないらしいな。寝首を掻くようで気は進まんが……ここで、討たせてもらう」

「あい、しゃ…………だめ……」

「……悪いが恋、これほどの敵に容赦をかけ、逃すわけにはいかん」

「………………」

 

 もはや口を開くのも億劫に感じる。

 請け負いの報酬、不可能性の破壊に払う代価、過ぎた力を一時的だろうと手に入れたがゆえの――業。口も、手も、足も、何もかも、帰ってきた負荷に耐え切れず悲鳴を、断末魔を上げている。

 限界を迎えていた強さが限界を迎えた。

 終わり尽きた許容量が終わり尽くした。

 反則技を使用しても恋と相打ち止まりというのは本当に格好つかないが……自分は所詮、こんなものだろう。

 こんな風に死に逝くのが――お似合いだろう。

 

「(兵の収容は終わったし、籠城の準備も整ったはずだし、十分に時間を稼げもした)」

 

 後悔はない。

 どころかむしろ、喜ばしくさえある。

 

「(俺はここで負けるけど……あいつらは勝つ。だったらもう、いいじゃねえか)」

 

 彼女たちを護ることが、できた。

 奪われ続けた自分の人生の中、生まれて初めて。

 護りたいものを護ることが、できた。

 

「(これでやっと――楽になれる)」

 

 解放される。

 恋とはまた色の異なった孤独の寂しさから。

 解放させてもらえる。

 家族のいない――世界から。

 

「これも戦乱の倣い。……《日天の御遣い》殿、覚悟は良いか」

「……関羽ちゃんの好きに、しろよ。どうせ……遅いか、早いかの、違い……なんだ。さっさと逝ったほうが、清々、するさ」

「………………では」

 

 ちゃきり――と。

 刃が、鳴る。

 死が、啼く。

 

「《日天の御遣い》殿、どうして、何故、あなたは曹操などに……――」

 

 

 

 

 と――旭日は。

 関羽が発した言葉に。

 

「――…………っやれやれ、だ……」

 

 口の、手の、足の、何もかもの、動けないという不可能性を破壊して。

 地につけていた膝を上げて身体を起こし。

 俯かせていた顔を上げて関羽を睨み。

 そして――笑う。

 燃え盛る灯のように、照りつける日のように、笑う。

 

「など? あいつを『など』っつったか? はっ……本当に、本気に、お綺麗な人間は言うことが違うな。あまりにお綺麗が過ぎて笑えてくるぜ」

「なんっ……!」

「確かによ……この世界の連中みんなが華琳を支持してねえ以上、関羽ちゃんたちみたく華琳の邪魔をする連中がいる以上、あいつの覇道は完璧に正しいってわけじゃねえんだろうさ。……けど、けどよ関羽ちゃん。だからってそれがあいつを、あいつらを間違ってると否定していい理由になるのか?」

 

 否定できるほど、関羽ちゃんたちは正しいのかよ?

 誰が見ても綺麗で、美しくて、夢みたいな理想を掲げてりゃ……正しいことに、なるのかよ?

 華琳を、あいつらを悪だと決めつけてもいいってのかよ?

 

「っざけんな……!」

 

 色んなものを一緒くたにぶち込んで混ぜ込んで、累乗にされた熱くて冷たくて痛くて苦しい地獄が全身を襲うが――知ったことか。

 みんなだって、耐えてきたんだ。

 耐えて、耐え抜いて、ここまで進んできたんだ。

 心身を深々と焦がす熱さを、心身を深々と凍らす冷たさを、心身を深々と貫く痛みを、心身を深々と苛む苦しみを、強引に、無理矢理に捩じ伏せ、旭日は吠える。

 

「誰にどう言われても! 陰口叩かれて後ろ指さされても! 妬まれて嫉まれて恨まれても! 俺みたいな、《天の御遣い》なんて胡散臭い奴を欲してまでも! 必死に、懸命にあいつは乱世と戦ってここまできたんだ! 例え劉備ちゃんのやり方と違ってようと、数え切れねえほど沢山のものを護って、救ってきたんだ! どうしてそれがわからないんだよ!? どうしてそれを、わかろうとしないんだよ!? わかってもらえねえことを嘆くくせに、どうして――!」

 

 春蘭と秋蘭は誰よりも早く、誰よりも近くでずっと彼女を支え続けてきた。桂花は彼女に軍師として仕える為、命を賭けたそうだ。凪、真桜、沙和、かつて義勇軍だった三羽の烏が彼女を止まり木としたのは、そこに希望を見たからだ。日々を盗賊に腐った官に脅かされていた季衣と流琉は、彼女と出会うまで闇雲に力を振るっていた。天和も、地和も、人和も、彼女に命を掬われたから歌を取り戻すことができた。霞は彼女を仕える主だと認め、その下に降った。風と稟は長い旅の終わりを他の誰でもない彼女に定めた。琴里が世に出れたのは、徐母のいる村を彼女が治めるようになったおかげだ。

 全部、みんな、華琳を信じたから。

 華琳の歩む道を信じたから、今までも、今も、一緒に同じ道を歩いている。

 それらの想いすら、間違っているのか?

 みんなだけじゃない。

 魏の皆は?

 街の皆は?

 志半ばで倒れていった兵たちは?

 乱世に呑まれていった民たちは?

 彼らが。

 彼女らが。

 華琳に望み、願い、託した未来すら――間違っているのか?

 

「――っざけんな! あいつが悪になるのなら、正義のほうが悪だ! あいつが間違ってるのなら、正しさこそが間違ってる!」

 

 倒れそうになる身体を奮い立たせ、旭日は吠える。

 切れそうになる意識を繋ぎ止めて、旭日は吼える。

 

「正しいとか、間違ってるとか、どいつもこいつもごちゃごちゃとうるっせえんだよ! そんなお前の、お前たちの勝手な、身勝手な決め付けで――――――あいつを気安く否定してんじゃねえ!」

 

 あらん限りの想いを込め、あらん限りの大声で、吠えて、吼えて。

 息も絶え絶えに、悪足掻きのように、関羽を睨みつけ。

 

「こいよ、かかってこいよ、お嬢ちゃん。家族が長兄が、請負人が、九曜隊隊長が――《日天の御遣い》が、最期の最後まで、相手、してやる。だから、さっさと…………かかって、きやがれよ」

「っ……九曜、旭日殿、あなたは………………」

 

 そう、関羽が何かを言いかけた時。

 

「――よくぞっ!」

 

 まるで大剣で斬り伏せたみたいにそれを掻き消す――声が。

 

「よくぞ言った―――――――九曜っ!」

 

 びりびりと戦場を揺るがす、仲間の声が。

 聞き間違いじゃなく、確かに。

 微かでも。

 遠くても。

 旭日の耳へ――届いた。

 

 

 

 

「間に合った…………!」

 

 夏侯、楽、許、郭、紺碧の張……大量の旗を掲げた味方の援軍が視界に入り、華琳はほっと息を吐き出す。

 明日の朝までかかると思っていたのに、間に合ってくれた。

 これなら――!

 

「華琳さま、作戦はどうしますかー?」

「秋蘭と稟が上手くやってくれるだろうから、それに合わせるわ! 風と桂花は全体の動きを見失わないようになさい! 琴里は!?」

「琴里なら既に、あの馬鹿の収容へ迎いました!」

 

 桂花の言葉に良しと頷く華琳。

 ここから彼まで距離はそう遠くない、兵を出す用意もしていた。琴里ならばすぐにでも連れて戻ってくれることだろう。それに何より――

 

「(劉備の軍の動きにあまり乱れがない……まるでこうなることがわかっていたみたいに、澱みなく撤退しようとしている)」

 

 ――どうやら向こうには、双方の被害を無闇に拡大する気はないようだ。

 そんな風に思えてしまうほど、劉備の側は早くに撤退の準備を完了させていた。春蘭達の合流が自分らにとっても予想外だった以上、偶然に偶然が重なっただけなのかもしれないが――どうであれ、戦はきっと、もう間もなく終わる。

 

「……見事ね、《天の御遣い》」

 

 日天の御遣いと、光天の御遣い。

 命が散ることを無視できない者と、命が散ることを許せない者。

 立場は違えど、立っている場所は違えど――彼らは。

 敵としてありながら、どこか信じ合っているように感じられる彼らは見事に、戦を最小限の被害に抑えてみせたのだ。

 それに、それだけじゃない。

 

「(随分と好き勝手言ってくれて……ふふっ、どうしようかしら?)」

 

 先の彼の啖呵を思い出し、戦が終わったらすぐにでも会いに行こうと華琳が微笑んだところで。

 

「華琳様っ!」

 

 ふと、背中にかかった声に振り向くと。

 瞳を潤ませた琴里に背負われるような形で支えられ。

 

「………………っよう」

 

 力なく身体を引き摺り、力なくゆるりと片手を持ち上げ、力なく淡い苦笑を浮かべる――旭日が、いた。

 

「あさ、ひ……? 貴方、なんでっ……琴里、早く医者のところへ連れて行きなさい!」

「じっ自分もそう言ったのですが、どうしてもと、あ、旭日さんが……」

「っこれだから男は! そんな状態でいられても邪魔なだけよっ!」

「だ、大丈夫……なのですか? お兄さん」

 

 心配しなくたって構わねえよと彼は答えるも、大丈夫なわけがない。

 外傷らしい外傷は右手だけだが……ひどい。氣の流れは凪ほど精通してない自分が見ても滅茶苦茶で、琴里に支えてもらっていなければ立っているのも危うく、目にいつも灯っている日色は褪せ、焦点だって定まりきってない。あんな啖呵を切ることができたのが奇跡に近い、奇跡以外の何でもないくらいの、重体だ。

 

「寝る前、にさ。聞いて、おきたかったんだよ」

「え……?」

「華琳…………俺は、ちゃんと、背負えてたか?」

「………………っ!」

 

 うわ言のように繰り返し、旭日は訊く。

 

「護って、背負うことが――できてたか?」

「そんなことっ、訊かなくてもわかるでしょう……!?」

 

 彼が護ってくれたおかげで、自分は命を散らさずに済んだ。

 彼が背負ってくれたおかげで――自分がどんなに、救われたか。

 救われて、報われたか。

 

「……そっか。なら……よかっ…………た」

 

 日が暮れる。

 日が、沈む。

 人も空も地も色も何もかも――彼さえも。

 黄昏に、染まっていく。

 

「……………………………………………………ははっ」

 

 そして旭日は、心から嬉しそうに、誇らしそうに。

 笑って。

 微笑んで。

 微笑んで。

 笑って。

 そして旭日は。

 

 

 

 

『くよう?』

『ああ、九つに、曜日の曜で九曜。俺たち家族の――名前だ』

『……カゾク?』

『あーっと……そう、だな。今はどんなものなのか、わからねえよな。まあ、いいさ、これからわかって、わかり合っていけば、それでいいさ。ゆっくり、一緒に、ずっと、九人十脚で生きていこうぜ?』

『………………うん』

 

 ずっと同じままでいられるものなんて、ありはしない。

 どんなにきつく目を閉じても、耳を塞いでも、変わらない想いが変わっていく。

 景色も。

 場所も。

 世界も。

 人の心だって――きっと。

 

「華琳さま! ご無事でっ……――九曜!?」

「隊長っ!?」

 

 声が、聞こえる。

 誰の声だろう。

 わからない。

 

『っとに……一度でいいから兄って呼ばれたいんだがな』

『えー、やだよ。だって旭日は、兄だけじゃないし』

『あ?』

『旭日は僕たちの兄で、父で、母で、家族そのものってこと。一つに絞ったら勿体ないでしょ?』

 

 一年、一ヶ月、一週間、一日、一時間、一分、一秒、止まりもせず進んでいく時の前では、何もかもが過去に変わっていく。

 過ぎ去りし昨日に――変わり果てていく。

 笑顔を浮かべさせてくれる温かさを、笑顔を浮かべてくれる愛しさを、心を裂かれるような悲しみを、心を裂かれたような痛みを忘れることはない。

 忘れない、のに……はっきりとした形では残せない。

 

「すぐに医者をここへ! っ急げ!」

「はっはい!」

 

 涙が、零れてる。

 誰の涙だろう。

 わからない。

 

『なんでもかんでも守って、護ってさ。なんでもかんでも請負って、背負ってさ。そういうの、格好いいけど……凄く、かなしい』

『………………』

『休みたい時は背を預けてよ。眠たい時は頭を預けてよ。泣きたい時は心を預けてよ。誰もそれを、迷惑だなんて思わないんだから。みんなそれを――嬉しいって、思うんだから』

 

 どんなに強く心に刻み込んだって、色鮮やかな今がそれを霞ませる。

 過去は色褪せて。

 思い出になって。

 それがとても悲しくて。

 寂しくて。

 なのに。

 なのに――どうしてこんなにも、温かいのだろう。

 とても温かく、安らかで、心地よいのだろう。

 ああ――そっか。

 奪われ続け失い続けた自分の人生の中、生まれて初めて。

 護りたいものを護れたから。

 背負いたいものを背負えたから。

 こんなにも清々しく、晴れ晴れしいんだ。

 嬉しくて、誇らしいんだ。

 ありがとう。

 

『生きて――幸せになって』

 

 ごめん。

 その約束は。

 守れそうに――ない。

 

「…………………………………………………………………………………………………………あさひ?」

 

 

【第十七章 夕日に沈んだ、暮れの暁】………………了

 

 

あとがき、っぽいもの

 

どうも、リバーと名乗る者です。

更新に三週間もかかってしまい申し訳ありません……ちょっと、色々なことが重なって、積み重なりまして、執筆が思うようにはかどらなくなっていました。…本当に申し訳ありません……

ええと、今回はわかりにくいところが多く、補足しなければいけないところがありますね。補足などせず、本編できちんとわかってもらうのが最善なのですが、自分にはこれが精いっぱいでした…

まずは旭日の強さについてですが……簡単に言うと、旭日は既にレベルがマックスなんです。これ以上レベルアップすることもなく、ステータスが上昇することもない…ポ○モン風に例えると、レベルがマックスになって、タウリンなども使い尽くした状態なんです。その状態で、関羽などの武将とようやく互角(以下)なんです。仮に関羽のレベルが旭日と同じであれば、旭日は勝てません。

ポテンシャルの時点で、スタートの地点で、決定的に徹底的に出遅れてしまった旭日は生まれ持ったステータス、パラメータが低いので、レベルをマックスにしても最強にはなれないんです。春蘭や霞があと二年ほど鍛錬に励めば旭日は彼女達に勝てなくなるし、小細工や策を弄して引き分けに持ち込むのが精々でしょう。恋姫の武将たちはみんな、まだまだ伸び代が残ってますからね。

 

次いで《黄昏》の負荷についてですが…潜在能力やらを全て引き出した身で無理な駆動、稼働をすれば保たなくなるってことでどうかご容赦を。…すいません。《黄昏》についてはこれ以上は色んな都合で書けません。というか今回、後々の展開の都合上で明かせないものが多いんですよね…

他にも「どういうこと?」という点があればお教えください。答えられる範囲で答えますので。

 

 

では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。

感想も心よりお待ちしています。


 
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