栄留那は自信満々の一太刀をあっさりとかわされ、
「あらぁ、いつもだったら、ごめんなさい、栄留那ちゃん、って謝っちゃうのに、今日はどうしたの? あっ、彼氏の前だもんね、少しぐらい格好いいところ見せたいのか? でも、駄目。ほら、言ってごらんよ、『ごめんなさい、栄留那さま』って」
歩が、大石は大気圏再突入を経験して、自信がついたんだろう? と栄留那に言いかけたが、
「あんたのその家族を人とも思わない振る舞い、おかあさん、心配していたよ。もっと、家族の中で次女としての自分の立場を……」
栄利香が言うなり、妹の空気刀を弾き返した。栄留那は二太刀、三太刀と栄利香に高圧で噴出する空気で形成された太刀を浴びせたが、栄利香はことごとく妹の打ち込みを跳ね返した。
「あのね、栄利香ちゃん。これは、おかあさんがあたしだけに教えてくれたことなんだけど。本当はあたしがお姉ちゃんで、栄利香ちゃんが妹なの。だから、次女としての立場を守らなければならないのは、栄利香ちゃんの方なの」
栄留那は意を決したまなざしで言うと、栄利香は、
「また、口からの出任せを言って! そういうの、よくないからやめなさい!」
自分の空気刀で栄留那のスカートの裾を叩き斬った。ただでさえ、ミニのプリーツスカートの裾が五センチほど切れ、
「あっー! スカート切った! やだよ、おかあさんに怒られるよ! あんたがやったんだからね!」
栄留那が露わになった太ももを左手で隠したが、右手は高圧で噴出する空気の刃の切っ先を姉ののど元に突きつけ、
「ちゃんと繕ってよね。あたしのスカート」
「ごめんね、あたし、お裁縫、苦手なの」
栄利香は言うなり、全周囲に気泡カプセルを発生させ、恵台高校の敷地に飛び込んだ。栄留那も自分を気泡カプセルで覆うと、姉の後を追い、
「どこへ行くの?」
尋ねた。栄利香は、
「登校するの! あんたのおかげで遅刻になっちゃったじゃない!」
「今日は、もうこのまま欠席しちゃおうよ」
栄留那は姉にサボることを勧めながら、高圧に逆巻く空気の弾丸を自分の気泡カプセルの周囲に発生させ、一斉に栄利香の気泡カプセルに向け、発射した。
栄留那の空気砲は、全弾、栄利香の気泡カプセルに命中し、辺りには爆煙のような砂塵が舞い上がった。
歩は、栄利香が大怪我をしたのでは、と思わず目を凝らしたが、次の瞬間、砂煙の中から右拳には空気の太刀を、左拳には空気の盾を形成した栄利香が飛び出してきた。
「サボるなんて嫌だよ。あたし、卒業のとき、皆勤賞をもらうんだから!」
栄利香が栄留那に斬りかかると、栄留那も左手に盾を発生させ、姉の打ち込みを防いだ。
「あんなの意味ないよ。それより、栄利香ちゃんもしっかり絵の勉強をして、あたしのアシになりなよ。二人で少女漫画家になるの。ユニット名は、エルエリでどう?」
「エリエルがいいよ。妹の名前が先なんて、お姉さんの立場がないもん」
栄利香は、時間を見つけてはデッサンを欠かさず、漫画家を目指す妹の努力は認めていたし、自分の高校卒業後の進路も決めていなかったから、栄留那の提案は前向きに捉えられた。
尋常ではない物音と女生徒の叫び声が続き、校舎の窓から全校生徒と教師達が一斉に不安そうな顔をのぞかせた。
さして広くもないが、校庭全域を滑走しながら気泡カプセルに包まれ、高圧で噴出する空気の太刀と盾を手に戦う二人の女生徒の姿に、誰もが言葉を失った。
やがて、二年A組の教室の窓から男子生徒の一人が、校庭で壮絶な戦いを続けている女子に目を凝らすと、
「あれ、『透明石』じゃないか。あんな地縛霊か浮遊霊みたいな奴が……」
「戦っている相手も大石だ。一体、何が起きているんだ!」
教室がどよめいた。歩が教室に入ってくると、窓辺に立ち、戦い続ける大石姉妹に目を細め、
「大石は双子の姉で、妹が栄朋にかよっているんだ。二人ともとてつもない能力をもったCNWなんだ。でも、大石はずっとそれが言えなかった。しかし、さっき、大気圏を越えてきた経験が、あいつに自信を与えたんだ。あんなに生き生きとしている大石は初めて見たよ」
クラスメート達に言うと、女子生徒の一人が、
「がんばって! 大石さん!」
栄利香に声援を送った。
「すげえぜ、CNW同士の戦いっての、初めて見たよ。何か、こう燃えてくるよな!」
男子生徒も応援すると、全校が対戦種目は不明ながら、恵台高校対栄朋学園高等部の戦いを、口々に応援し始めた。それは、CNWが社会に認められるための戦いと応援であった。歩は、
「そうだよ。皆に隠す必要なんてなかったんだ。CNWは、希望にあふれた新世紀の子供達なんだから」
ふと、携帯電話を学生服の内ポケットから取り出すと、緊急連絡網で知った栄利香の携帯番号へ電話をかけた。
すぐに栄利香が出た。歩は、
「見てのとおり、学校を上げて応援してくれているが、校舎と校庭に被害は出すな。停学になるぞ」
釘を刺した。栄利香は、うん、と返事をすると、すぐに通話を切った。
気泡カプセルを解除すると、栄留那は、左拳に発生させていた空気の盾も太刀に変形させ、二刀流で姉に斬りかかった。
「彼氏からアドバイス? 何だって?」
「学校を壊しちゃ駄目だって。停学になるから」
栄利香は自分の気泡カプセルの左右で、妹が発生させた高圧の空気の刃が、激しく激突した。
栄利香は栄留那と正対したまま気泡カプセルを後進させ、二年生が使っている校舎の壁面ぎりぎりまで寄ると、三階の二年A組の窓まで上昇をかけた。いわゆる観客へのサービスだった。
クラスメート達が真剣なまなざしで応援を続けてくれている、その中には天馬君もいる……栄利香は救われたような思いとなり、涙でクラスメート達がにじんで見えた。
「ねぇ、もう、あたし達がCNWだったってことを隠していても、意味がなくなったよ」
栄留那が姉のクラスメート達を見ながら言うと、栄利香も、
「そうだね、もううつむいて歩かなくていいんだ」
気泡カプセルを解除し、栄留那を抱きかかえると、背中側に巨大な白い翼のような形状に空気を噴出させた。
栄利香と栄留那は取っ組み合ったまま恵台高校の校庭を飛び出し、栄朋学園へ飛び込んでいった。
栄朋学園の校庭では、栄留那のクラスである二年三組が体育の授業中だった。一時間目の古典の授業以降、突然にいなくなってしまった栄留那が不意に現れたばかりか、他校の生徒と取っ組み合い、しかもケンカ相手の女生徒が、栄留那と瓜二つであることにクラスメート達は愕然とした。
「どうしたの、大石さん? 一体、何が起きているの?」
赤地に白い三本線が入ったジャージ姿で、持久走を続けてい友人達が、思わず集まり、大石姉妹を見つめた。栄留那は姉の手を振り払うと、トラックに座り込み、
「うん、今日、あたし、アレだから、体育は見学」
にこりと笑って、とってつけたような言い訳をすると、栄利香は、
「嘘だよ、ただのサボり」
栄留那のクラスメート達に言いつけた。
「大石さん、もしかしてCNWなの?」
クラスメート達の中から悲鳴ではなく、歓声が上がった。それは、都市伝説に過ぎなかったCNWを喜んで迎え入れる歓喜の声だった。栄留那は、作り笑いを浮かべたが、すぐに姉をにらみつけ、
「余計なこと言うな! 栄朋(ここ)じゃ、たおやかな栄留那ちゃんでとおっているのに!」
右拳に空気刀を発生させ、栄利香に斬りかかった。
栄利香も握った右手から空気を高圧で噴射すると、妹の打ち込みを防いだ。
大石姉妹は、激しいつばぜり合いを続けながら、腰から足元へ空気を噴出させ、大空に飛翔した。
六月の澄んだ陽射しが、二人をしあわせ坂の空に眩しく照らし出した。
※
その日の夕刻、ISSをデプリ群から救った日本の女子高生の勇姿が、世界中に報道された。
また、横浜市外縁部でもCNWの姉妹と思われる女子高生二名が、多くの市民に目撃され、その圧倒的な能力は、スポーツ観戦以上の大きな感動をもたらせた。
この日の出来事が世界中に報道されると、先進諸国の識者達からCNWは極めて高い評価を得、研究機関に今後の期待が集まった。
大石栄利香と交際を始めることを約束した天馬 歩は、ロクでもない災難は輝く未来への入り口であると、持論を改めたのもこの日であった。
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しあわせ坂と恵台を舞台に、栄利香と栄留那の壮絶な闘いが続きます。
それは、禁忌の目を向けられるCNWが社会に受け入れられるための闘いでした。
小市民の学園サイエンスアクション、最終回です。ご感想をお待ちしています!