久し振りに会ったその人は、車椅子に座っていた。
そして、俺の事を覚えていなかった。
無理も無い。
この人の過ごした月日は、もうすぐ三桁になろうとしているのだから。
父さんが言った。
『俺は貴方の孫。そんでコイツが俺の息子。つまり貴方のひ孫だよ』
ゆっくりとこっちを向いたその人は、とても静かに微笑んでいた。
『貴方が○○(祖母の名前)の息子・・・・で、この人は貴方の息子・・・・』
父さんの言葉を、ゆっくりと繰り返す。
『○○はねぇ、よく来てくれるんだよ。ここから近いんだろう?』
『そうだね。前よりは近くなったかな?』
そう返す父さんの顔は、とても穏やかだった。
俺は知っていた。
行きの車の中で父さんに教えられた。
『今、婆ちゃんが入ってる所な、あそこなんだ』
その場所は、実家から歩いて5分程度で着く場所だった。
でも、ひい婆ちゃんはその事を知らない。
割と近い、という程度にしか思っていない。
それが、何だか少し辛かった。
『貴方が私の孫・・・・で、この人が貴方の息子だから・・・・』
『ひ孫だよ、婆ちゃん』
『そうかいそうかい、私にはこんなに大きなひ孫が居たんだねぇ・・・・』
そう言って、ひい婆ちゃんは俺の右手を両手で包むように挟んだ。
何度も、何度も、ゆっくりと撫でていた。
『綺麗な手だねぇ・・・・若いからなんだろうねぇ』
皺だらけのその手はとても痩せ細っていて、骨の形がよく解るほどだった。
握ろうとしないのは、もう握れる力も出せないからなのだろうか。
それでも、ひい婆ちゃんは俺の手を撫でるのを止めなかった。
『冷たいだろう?年をとるとね、こうなっちゃうんだよ』
冷たいだって?とんでもない。
その両手は、とても暖かかった。
若い自分のような体温とまではいかなくとも、仄かな暖かさ。
これが、『生きている』って事なのか。
そう、感じた。
『こいつは今、大学に行ってるんだよ』
『おやおや、そうかいそうかい。いいねぇ、今の若い人達は。昔はいくら頭が良くても勉強させてもらえなかったからねぇ・・・・』
ぐさりときた。
重みが違った。
とても後ろめたくなった。
『頑張って勉強して、偉い人になるんだよ』
その言葉に、俺は頷くしかなかった。
その後、父さんと話すひい婆ちゃんの横顔を、俺はずっと見ていた。
長かった白髪は、今は随分短くなっていた。
頬はこけていて、両目も少し凹んでいた。
手と同じように、骨の形が浮き出ているんだと解った。
父さんとひい婆ちゃんは、何度も何度も同じ話を繰り返していた。
俺も学校の授業やテレビ番組なんかで知ってはいたが、いざ目の当たりにすると感じるものも大きかった。
そして家族の話になると、ひい婆ちゃんはまた俺の手を包んで言うのだ。
『あったかい手だねぇ』
『態々来てくれて、有難うね』
『勉強、頑張るんだよ』
『私は幸せ者だねぇ』
思わず涙が零れそうになったが、何とか我慢した。
笑って、俺もその手を握り返した。
『俺なりに、頑張ってみます』
帰りの車の中、俺は思った。
『生きていて欲しい』
『笑っていて欲しい』
その為に、まずは――――
――――――面倒な事の多い大学だけど、もう少し頑張ってみようと思った。
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投稿22作品目になります。
時折こういう短編っぽいのも書いてみようかと思ってます。
タイトル未定なので誰か考えてやって下さい。
では、どうぞ。
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