No.141040

あなたを見て

投稿22作品目になります。
時折こういう短編っぽいのも書いてみようかと思ってます。
タイトル未定なので誰か考えてやって下さい。
では、どうぞ。

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2010-05-05 17:05:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:13463   閲覧ユーザー数:10922

 

 

久し振りに会ったその人は、車椅子に座っていた。

 

 

そして、俺の事を覚えていなかった。

 

 

無理も無い。

 

 

この人の過ごした月日は、もうすぐ三桁になろうとしているのだから。

 

 

父さんが言った。

 

 

『俺は貴方の孫。そんでコイツが俺の息子。つまり貴方のひ孫だよ』

 

 

ゆっくりとこっちを向いたその人は、とても静かに微笑んでいた。

 

 

『貴方が○○(祖母の名前)の息子・・・・で、この人は貴方の息子・・・・』

 

 

父さんの言葉を、ゆっくりと繰り返す。

 

 

『○○はねぇ、よく来てくれるんだよ。ここから近いんだろう?』

 

 

『そうだね。前よりは近くなったかな?』

 

 

そう返す父さんの顔は、とても穏やかだった。

 

 

俺は知っていた。

 

 

行きの車の中で父さんに教えられた。

 

 

『今、婆ちゃんが入ってる所な、あそこなんだ』

 

 

その場所は、実家から歩いて5分程度で着く場所だった。

 

 

でも、ひい婆ちゃんはその事を知らない。

 

 

割と近い、という程度にしか思っていない。

 

 

それが、何だか少し辛かった。

 

 

『貴方が私の孫・・・・で、この人が貴方の息子だから・・・・』

 

 

『ひ孫だよ、婆ちゃん』

 

 

『そうかいそうかい、私にはこんなに大きなひ孫が居たんだねぇ・・・・』

 

 

そう言って、ひい婆ちゃんは俺の右手を両手で包むように挟んだ。

 

 

何度も、何度も、ゆっくりと撫でていた。

 

 

『綺麗な手だねぇ・・・・若いからなんだろうねぇ』

 

 

皺だらけのその手はとても痩せ細っていて、骨の形がよく解るほどだった。

 

 

握ろうとしないのは、もう握れる力も出せないからなのだろうか。

 

 

それでも、ひい婆ちゃんは俺の手を撫でるのを止めなかった。

 

 

『冷たいだろう?年をとるとね、こうなっちゃうんだよ』

 

 

冷たいだって?とんでもない。

 

 

その両手は、とても暖かかった。

 

 

若い自分のような体温とまではいかなくとも、仄かな暖かさ。

 

 

これが、『生きている』って事なのか。

 

 

そう、感じた。

 

 

『こいつは今、大学に行ってるんだよ』

 

 

『おやおや、そうかいそうかい。いいねぇ、今の若い人達は。昔はいくら頭が良くても勉強させてもらえなかったからねぇ・・・・』

 

 

ぐさりときた。

 

 

重みが違った。

 

 

とても後ろめたくなった。

 

 

『頑張って勉強して、偉い人になるんだよ』

 

 

その言葉に、俺は頷くしかなかった。

 

 

その後、父さんと話すひい婆ちゃんの横顔を、俺はずっと見ていた。

 

 

長かった白髪は、今は随分短くなっていた。

 

 

頬はこけていて、両目も少し凹んでいた。

 

 

手と同じように、骨の形が浮き出ているんだと解った。

 

 

父さんとひい婆ちゃんは、何度も何度も同じ話を繰り返していた。

 

 

俺も学校の授業やテレビ番組なんかで知ってはいたが、いざ目の当たりにすると感じるものも大きかった。

 

 

そして家族の話になると、ひい婆ちゃんはまた俺の手を包んで言うのだ。

 

 

『あったかい手だねぇ』

 

 

『態々来てくれて、有難うね』

 

 

『勉強、頑張るんだよ』

 

 

『私は幸せ者だねぇ』

 

 

思わず涙が零れそうになったが、何とか我慢した。

 

 

笑って、俺もその手を握り返した。

 

 

『俺なりに、頑張ってみます』

 

 

帰りの車の中、俺は思った。

 

 

『生きていて欲しい』

 

 

『笑っていて欲しい』

 

 

その為に、まずは――――

 

 

 

 

 

――――――面倒な事の多い大学だけど、もう少し頑張ってみようと思った。

 

 

 

 

 

 


 
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