とある昼下がりの事。
「さて・・・・今日はどうしましょうかね?」
白夜はとある廊下の一角で頭を捻っていた。
理由は実にシンプル。
手持無沙汰なのである。
日々軍師としての勉強はしているのだが、白夜は自分で書物が読めない。
その為、相手がいない時はどうしても空いた時間が出来てしまうのである。
普段は城内や街を散策したり、自分の知識の取捨選択(『これは今後使えるんじゃないかなぁ?』的な事)なんぞを脳内で行っていたりするのだが、
「そろそろやり尽くしたと思うんですよねぇ・・・・」
呟き、ふぅと小さく溜息を吐いた、その時だった。
「―――――ん?」
ふと、何かが耳朶に届いた。
首を振り、その音の出所を探す。
「これは・・・・剣戟?」
『一体誰が?』
浮かんだその疑問に白夜は踵を返し、その音を辿り始めた。
暖かな陽光の下、裂帛の気合と無数の剣戟が鋭く響く。
風に靡く桃色は、さながら桜の花弁か。
「はぁ、は、はぁっ・・・・はぁっ!!」
身のこなしは実に流麗。
地を蹴る爪先は刻むのは、軽やかな旋律。
唐竹。
袈裟。
逆胴。
刺突。
真白に輝く刃が、幾重にも剣閃を生み出す。
しかし、
「闇雲に斬り込むだけでは私の守りは崩せません、蓮華様」
その悉くを阻むは、焔の如く煌く紅。
逆手に構えるその刃は、実に滑らかな曲線を描く。
何度偽りの一撃を絡めても、まるで磁石の対極のように、最後には白銀と深紅が嘶きを上げる。
「熱くなり過ぎるのは孫呉の気性・・・・私には時にそれが危うく思えてなりません」
「言わせては、おかぬっ!!」
さながら舞踏のような剣技は、更にその速度を増した。
剣に反射する陽光が流星のような残像を虚空に残す。
より長く、より多く、より複雑に絡み合う白い閃光。
「思春、いつまで余裕を見せている積もりだ・・・・打って来い!!」
「苛立ちが顔に出ていますよ。・・・・では、参ります」
その言葉を区切りに、紅き刃が風を切る。
間断無く襲い来る斬撃の暴風雨に、蓮華はじりじりと後退せざるを得なかった。
「くっ、く、ぐ・・・・!?おのれ、このっ!!」
柄を握る両の手に衝撃が奔る度、歯噛みと苦悶の声が漏れる。
やがて。
「っ!?」
ついに連撃の勢いに耐え切れなくなった体躯の天秤ががくりと傾いて、
白銀が、宙を舞った。
ヒュンヒュンと回る刃が唸りを上げ、
大地に突き立つその音が終幕を告げた。
思春は曲剣を鞘に収め、
「体幹を安定させなければ、攻めも守りも容易に崩されます。何時如何なる時もそれだけはお忘れにならぬよう、御精進を」
「・・・・肝に銘じておくわ」
蓮華が肩を落とし、漂う緊張が薄れていく。
そして、
―――――パチパチパチパチパチパチ
突如贈られた拍手に二人が視線を向けると、
「白夜?」「っ・・・・北条」
そこには、柔らかな笑顔があった。
彼はゆっくりと歩き出し、突き刺さっていた私の剣を抜き取ると、柄を私の方に向けて差し出した。
「流石ですね、御二人とも」
「あぁ、有難う。いつからそこにいたんだ?」
「つい先程からです。失礼だとは思ったんですが、声を掛ける機会が解らなくて」
「そうか。・・・・別に構わない。白夜は呉の客人、対等の個人だと私は思っている」
蓮華は剣を受け取り、鞘に収めた。
「それより、どうしたんだ?手持無沙汰か?」
「ええ、まぁ。いつまでもこのままでは、とは思ってるんですけどね」
「気にするな。こちらが請う形で、呉に身を置いて貰ってるのだ」
「気にするなと言われましても、気になってしまうんですよ。皆さんが日々忙しそうにしているのに、私一人だけこうして時間を持て余しているというのがどうも・・・・」
蓮華の言葉に白夜は苦笑を浮かべ、頬を掻く。
「ふぅむ・・・・・・・・」
蓮華が暫く考え込んでいると、
「蓮華様、本日の鍛錬はここまでにしましょう」
「・・・・思春?」
「先程から肩で息をしておられます。無理をして怪我でもすれば元も子もありませんし、鍛錬は心身共に充実した状態で行う方が実践の為になるかと」
「え、えぇ、解ったわ。有難う、思春」
「では、私は兵達の調練に戻ります」
彼女にしては珍しく何処か捲し立てるような早口に蓮華は二の句を告げられず、思春は即座に踵を返して去って行った。
そんな思春に、白夜は少々呆然としていた。
「私・・・・何か思春さんに嫌われるような事しましたっけ?」
「多分、まだお前とどう接すればいいのか解らないのだろう」
ふいに呟く白夜に、蓮華は少し可笑しそうに答えた。
(だって思春、ほんのり頬が赤くなってたものね)
クスクスと含み笑いを溢す蓮華に、白夜は釈然としない表情になる。
「お前は気にせず、今まで通りにしていれば良いと私は思う」
「・・・・そうですか?それなら良いんですけど」
そう言うものの、やはり白夜の表情は何処か釈然としないままであった。
そんな白夜に蓮華は再び首を傾げ、
「ふむ・・・・白夜、手すきならば暫く私に付きあってくれないか?」
「・・・・はい?」
その言葉に、白夜は眉を顰める。
「鍛錬も終わった事だし、私の話し相手になって欲しいんだが・・・・駄目か?」
蓮華は顔を覗き込むように首を傾げ、
「・・・・解りました。私なんかで良ければ」
白夜は、穏やかに微笑むのだった。
蓮華は息を吐きながら腰掛けに座り、白夜もその隣にゆっくりと腰を下ろす。
「いつも、こうして鍛錬を?」
「あぁ、体を動かしたくなったら大体はな。先程のように、いつも思春に相手をしてもらっている」
その何気ない、しかし誇らしげな言葉は、厚き信頼の証。
「そう言えば祭から聞いたのだが、お前の『あれ』も武術だそうだな。何でもお前の国独自のものだとか」
『あれ』というのは、言わずもがな先日の黄巾党本隊討伐遠征の際の一件である。(第玖話中篇参照)
「えぇ、まぁ。あの時は、済みませんでした」
「いいや、私が軽率だったのだ。お前は悪くない」
「しかし、私だって――――」
「もう良い。互いに謝罪の言葉を交わしたのだ。これ以上引き摺っても意味は無いだろう?」
「・・・・そうですね。では、お互い様だったと言う事で」
「あぁ、そうしよう」
互いの顔に浮かぶのは、安らぎに満ちた笑顔。
そして、蓮華は思う。
(やはり、お前は『天の御遣い』なのだな・・・・)
自分が汚したのは彼の誇りであり、いかに財を積もうと引き換える事など出来ぬ大切な宝。
もし自分が彼の立場ならば、きっとこうはならなかった。
なのに、彼は笑って許すと言ったのだ。
それが、信じられなかった。
正気の沙汰とは思えなかった。
そして彼の話を聞く度に、それは信頼へと変わって行った。
だからだろうか。
「なぁ、白夜」
「はい?」
「・・・・改めて、聞かせてくれないか?お前の家族の事を。お前の口から聞きたいんだ」
白夜は弱冠の驚きを見せたが、その真面目な言葉に表情を緩め、
「・・・・解りました」
小さく答え、ゆっくりと話しだした。
聞くも語るも辛く苦しい、その過去を。
姉様から聞かされた彼の過去は、云わば要約のようなものだった。
あくまで端的で、あくまで他人の言葉でしかない。
故に、彼自身の口から語られるそれはあまりに生々しく、あまりに重苦しく、そしてあまりに悲しかった。
そして、私は本当に恵まれていたのだと、改めて思い知らされた。
私には、母がいた。
姉も妹も、気の置けぬ友人もいた。
何より、『孫呉』という居場所があった。
しかし、彼にはその悉くが無かったのだ。
親も。
友も。
居場所も。
そして、光さえも。
ふと、辺りを見回してみた。
赤。青。緑。黄。白。黒。茶色。その他諸々。
世界は、こんなにも彩りに満ち溢れてる。
彼は、それを知らないのだ。
例えどんなに太陽と月が入れ替わろうと、
彼は未だに本当の朝を迎えた事がないのだ。
見える全てが漆黒の闇の世界。
死が幸福とすら思える絶望。
考えるだけでも怖気が奔る。
そんな世界に光を齎してくれた二人は、彼にとってどれほどの救いだったのだろう。
取りだしたのは、金色の時を刻む唐繰。
開いたそこには、三人の絵姿。
慈愛の笑顔を浮かべた老夫婦に挟まれた少年は、目の周囲を仄かに赤く腫らしていた。
その親指が、優しくその表面をなぞる。
彼が、自分に問うた。
『御二人は、どんな顔をしていますか?』と。
最初は不思議な事を訊くと思ったが、
―――――――そうか。
思わず目を見開いた。
何と言う事だろう。
彼は、自分の家族の顔すら見た事がないのだ。
横顔を見上げる。
優しい笑顔の何処かに、物悲しさが混じっているようだった。
胸が締め付けられた。
何時の間にか、その手を握っていた。
彼が問う。
『どうかしましたか?』と。
言わずにはいられなかった。
―――――――『本当に、御免なさい』
『本当に、御免なさい』
握られた手の返答は、あまりにも予想外だった。
問うた。
『一体、何が?』と。
返って来たのは、こんな言葉だった。
『私は、本当の意味で貴方の辛さを理解していなかった』
『だから、改めて謝らせて欲しい』と。
だから、こう返した。
『本当の意味で理解するなんて、誰にも出来ませんよ』
例えどんなに思考が似通っていようと、
双子のように心が通じ合っているように見えようと、
突き詰めてしまえば、人間同士など所詮他人でしかないのだから。
頭の中を直接覗くような真似が出来ない限り、真に理解する事など、例え神でも出来はしない。
そう言うと、彼女は沈んでしまった。
沈痛な面持ちが目に浮かぶようだった。
手を握る強さが僅かに増した気がした。
だから、付け足した。
『勘違いしないで下さいね。蓮華さんの気持ちが嬉しくない訳じゃないんです』
再び向けられた視線。
私は、答えた。
『相手を理解しようとする事は、決して無駄ではありません。人は、一人では生きていけませんから』
顔を向けて、
『だから、もし蓮華さんが申し訳ないと感じてくれているのなら』
手を握り返して、
――――――『例えほんの少しでも、私のような思いをする人がいない国にして下さい』
『例えほんの少しでも、私のような思いをする人がいない国にして下さい』
その言葉は、私の心を奮い立たせた。
体の底から、力が漲ってくるようだった。
徐に立ち上がった。
正面に立つと、彼がこちらを見上げるように顔を向ける。
「あぁ、必ずしてみせる。だから」
その手を引き、彼を立ち上がらせた。
「白夜、お前の・・・・ううん、貴方の力を貸してくれる?」
自然と見上げるその顔が徐々に笑顔になって、
「・・・・はい、喜んで」
しっかりと、答えてくれた。
私はひどく嬉しくなって、
「ふふっ・・・・♪」
少し乱暴気味に交わす握手にふらつきながらも、彼もまた笑い返してくれた。
それは例えるなら、一本の大樹。
青々と茂る木の葉の一つ一つが、大切な生命の証。
朝露に輝く光の群れや風に揺れるさざめきに名を付けるなら、それはきっと『喜び』や『悲しみ』、『怒り』なのだろう。
そして、方々に伸びる枝が鳥達の安らぎの場となるように、
木肌から滲む樹液が虫達の食事となるように、
木股や空洞が生き物たちの塒となるように、
その大樹は、多くの命を育むのだ。
その堂々たる所以は、大地の下で幾重にも枝分かれする根幹。
太く。
強く。
逞しく。
その動かざる巨身をしっかりと支え続ける。
どんなに風雨に曝されようと、
どんなに激しく揺さぶられようと、
どんなに痛ましく傷つけられようと、
決して倒れはしないのだ。
春に蕾を華咲かせ、
夏にその身を新緑に染め、
秋に彩る枯葉を散らせ、
冬を耐え忍びまた春を待つ。
これまでも。
これからも。
そして、また一つ
小さな芽が、産声を上げた。
(続)
後書きです、ハイ。
とはいっても何を書いたらいいんでしょう?
自分でもよく解りません。
深夜の妙なテンションのまま書いたのでそのせいでしょうか?
取り敢えず、戦闘の描写が非常に大変だったのは覚えてます。
こういうの苦手なんだよなぁ、俺。
で、
最近拠点続きですが、もう暫く御付き合い下さいませ。
実は既に思春と明命の拠点プロットがほぼ完成しておるのです。
最近真面目続きだったので次回は甘めのテイストにしようかと思っております。
あくまで俺の感覚でなので皆さんのご期待に添えるかは解りませんがねwwwww
あ、そうそう。
先日、お気に入り登録人数が300人を突破しました!!
こんな新進の俺なんかに、本当に有難う御座います!!
これからもマイペースで頑張りますんで、今後とも何卒宜しくお願いします!!
閑話休題
最近になって大分北海道も暖かくなってきましたね。
ツイッタ―でも呟きましたが、先日伸びに伸びた天パをばっさりと散髪してきました。
いや~頭がスースーするwwww
使う石鹸も少なくて済むからエコロジー。
が、この状態で髭が伸びると完全にヤの付く自営業の方々に間違えられるんですよねwwwww( ̄∀ ̄;)
まめに剃らないとなぁ・・・・まぁどうせ面倒になって放っておくだろうけどwwwww
それでは、次の更新でお会いしましょう。
でわでわノシ
・・・・・・・・先日ボ○カレーを初めて食べました。レトルトの割には美味かったなぁ。
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では、どうぞ。