立ち上がり歩き出そうとした時、足元からコトッと音がした。
足元を見ると、そこには・・・
高台に向け歩き出した。
すぐにこの辺りは人が日頃訪れていない場所だということが分かった。
どこにも人が手を入れた場所がない・・・
これは思ったよりまずい状況なのかもしれない。
唯一の好条件はちょうどいい天候だった。
これが冬だったらこの格好では、寒すぎる。
今の一刀は、紺色のスウェットにウインドブレーカーを着ている。
現代ならば目立つことはないが、この世界ではどうだろうか。
どちらにしろ、この世界の住人と会わないとわからない。
まずは現状把握、と思い力強く歩み続ける。
一刻ほど歩いただろうか、周囲を見渡せる場所にたどり着いた。
遮るものがないため、一際強い風が吹き続ける。
火照った身体には気持ちいいが、長時間さらされると流石に冷えそうであった。
太陽を背に受け、右を見ると遠くに山々が、左を見ると遥か彼方まで地平線が見えた。
そして近くを見ると、先ほどいた川べりが思ったより小さく見える。
その川は地平線の向こうまで続いていた。
どこか人のいそうな場所はないかと探していると、川に沿った左の方に小さな集落が見えた。
なんとか最悪の状況は回避できそうだ、そう思うと来た道を引き返していった。
太陽はすでにその残りの手を伸ばしている。
もう間もなく月が支配する世界へとなろうとしていた。
一刀はようやく集落の入り口へとたどり着いた。
誰か受け入れてくれるような人はいるのだろうか。
人の気配がする場所に来ても、決して明るい気持ちにはなれなかった。
集落の一番外れの家の前に立っていた。
なぜこの家を選んだのかはわからない。
だが、意を決して戸を叩いた。
・・・
しばるくすると、家の中で動く音がした。
戸が開く。
「どうかなさいました」
そこには老婆が微笑みを浮かべていた。
予想外の反応だったため、一刀は言葉をつなげることができなかった。
しかし、不快ではなかった。
しばらく見つめあっていると、
「中に入ってくださいませ」
自分でも何故だかわからないが、素直に言葉に従った。
家の中は決して広くはなかった。
土の玄関と台所に6畳程の板の間だけだった。
老婆は静かに板の間に座布団を置くと、一刀を導いた。
導かれるままふわりと座った。
心地のよい静寂だった。
老婆は一刀の隣に座ると、コトリと茶碗を前に置いた。
そこからは湯気とともに香ばしい匂いが立ち昇る。
そして、会った時と同じ問いを繰り返す。
「どうかなさいました」
なぜ見も知らぬ自分にこうも優しくできるのか、一刀の頬を涙がつたった。
しばらく自分の顔を手で覆い静かに泣き続けた。
その間も老婆は黙って座っていた。
太陽がすっかり身を潜め、月が空を支配した頃、ようやく気分も落ち着き笑顔を作ることができた。
すると、心とは関係なく腹の虫がぐーっと鳴った。
一刀は、顔に血が昇ってくるのがわかった。
老婆はくすっと笑うと、台所に向かった。
簡単な食事を終え、再び心地よい静寂が訪れた。
「これからどうなさいますか?」
老婆が尋ねてきた。
「えっ・・・」
「妙齢の女性が何も持たず、このようなところを訪れることはありませぬゆえ」
「・・・」
「何があったかを聞く気はございません。もちろん話されることを拒むわけでもございません。」
一刀は老婆の優しさに打たれながら、しばらく思いを巡らす。
そして、考え抜いた言葉を口に出す。
「私は、一(いち)と申します。もうしばらくここにいてもよろしいでしょうか・・・」
涙と共に告げた。
・・・つづく
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たくさんの方に読んでいただきまして、大変ありがとうございます。
引き続き不快なところ、至らないところ、たくさんあると思います。
今後も広い心でご指摘いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。