今日も刀を振り続ける。
それしかできない。
それが手段なのか目的なのかもわからないまま。
・・・いや、それが生きる意味だと知っている。
3年前のあの日以来、刀を振ることでしか生きていることを実感できない。
あの日、心と身体を引き裂かれた。
愛した少女は月の下で泣いていた。
なぜ、こんなことに?
頭では分かっていたつもりだった。
大局に逆らった・・・
しかし、もともと前提が違うのに、大局って何だ?
薄れゆく意識の中で、いくつもの疑問と確かな後悔の気持ちが強く沸きあがってくる。
それでも自分の想いを伝えられない。
「もう……俺の役目はこれでお終いだろうから」
やめろ!こんな事を言いたいんじゃない!
しかし、言葉を止められない。
言ってはいけないはずだった。
「さよなら、愛していたよ、・・・」
意識はほとんど消えかかっていたが、愛した少女が人目も憚らず泣いているのがわかった。
なぜ、こんなことに?
言葉にならない後悔、恐怖・・・
ごちゃまぜになった最悪の感情を残して意識が途絶えた。
気付いた時は、ベッドの上だった。
ここが自分の部屋であり、ベッド(という単語さえも!)で寝ているという事実を理解するのにも、どれだけ時間がかかったかわからない。
最初に意識がもどった時、最悪の感情が体中に充満していた。
もし、ここが昨日(?)までの場所であったならば、笑い話にできたはずである。
しかし、違和感しか感じなかった。
ここにいる自分は誰だ?
こんな最悪の気持ちは何だ?
なぜ、こんなことに?
答えなど出るべくもない。
ただ現代と思われる世界に自分がいるという事実だけだ。
それに気付いた時、大声で人目も憚らず泣くことが出来た。
愛する少女の前ではできなかったということを思い出し、また後悔した。
それから毎日刀を振り続けた。
魏の日々が夢なのか現代の日々が夢なのか、確かめる手段はないしその必要もないのかもしれない。
だがそうしないと心の均衡を保てなかった。
あの日以来、心の奥底から這い上がってくるいくつもの疑問と最悪の感情。
生きる意味を失いつつある日々の中で、刀を振るうことが生きる意味となっていった。
あの日から3年が過ぎた。
今日も刀を振るいながら思考の海に溺れていく。
何か変わった事があっただろうか。
高校を卒業したとか、大学に入学したとか人生の節目と呼べることにも、特に心を動かされなかった。
今の自分にとってはどうでもいいことであった。
ただ心の奥の黒い感情は消えることなく、より純化されつつある感がする。
笑うこともなくなった。
それでも生きている。
・・・今の自分は生きていると言えるのか、そう思うと口の端が歪んだ。
それにしても、今日の月はやけに目障りだ。
苦々しく月を見上げる。
それにしても月を見るのは久しぶりだ。
魏にいた頃ならば、幻想的で美しいと思えたのかもしれない。
そう思うと、魏にいた頃を想像するという黒い感情以外の想いを抱いたことに驚きを隠せなかった。
改めて月をまじまじと見つめる。
そうして一刻ほどたった頃だろうか、自分でも気付かないうちに一雫のなみだが頬をつたった。
まるで自らの意思を持つかのように、一雫のなみだは頬から放れ地面に落ちていった。
頬から放れた瞬間、泣いていたことに気付きはっとした。
そして、月の光を受けかすかに輝く雫が地面に落ちていく様子を、ゆっくりと目で追っているかのように感じることが出来た。
一粒の想いが地面にふれた。
そこから光があふれ出す。
足元から広がる光を眺めながら、しかし恐怖は感じなかった。
光はすっかり一刀を覆った。
そしてさらに明るい光をはなったかと思うと一瞬にして消えた。
辺りには何事もなかったかのような静寂が訪れた。
目障りなのか幻想的なのか、中空にはただ美しい月があり続ける。
しかしそう感じていた一刀は、そこにいなかった。
「3年か・・・」
誰に話しかけるでもなく一人呟いた。
そこに手を伸ばしても届かない。
後悔はしていない、と言えばうそになる。
だが、後悔しても仕方が無い。
万事その姿勢で物事に臨んできた。
成功したにしろ、失敗したにしろ、その結果を生かして次につなげることが肝要だ。
取り返しのつかないことであればあるほど尚更である。
その思いが少女をより強い苦悩へと導いている。
3年経った今でも自分の時間を取り戻した時、身を裂かれるような想いに苦しみ続けている。
その苦悩を紛らわせるため今夜も一人自室で積み残された仕事と向き合っている。
「ふぅ・・・」
とはいうものの、ため息ばかりで仕事が進まない。
なんでそばにいてくれないの・・・
答えを欲するわけではない、いつもの自問。
考えたが最後、当分の間ため息で埋もれてしまう。
「かずと・・・」
愛しい人の名を呟く。
自分でも気付かないうちに一雫のなみだが頬をつたう。
頬から放れた一雫のなみだは、月の光を受けほんの一瞬まばゆいほど光り輝くと床にふれた。
華琳はそれに気付くことなく、部屋には静寂が続いている。
ただ何事もないかのように、窓から見える月は美しく凛然と光をはなっていた。
地平線が見える。
それに水面をわたる風が気持ちいい。
一際強い風が吹く。
一刀はうっとうしげに風に吹かれる前髪をはらった。
思えば3年間ほとんど髪を切っていなかった。
そのため髪は腰辺りまで伸びており、外見が一番変化していたのかもしれない。
食事の量もすっかり減り、もともと太っていたわけではない身体は、病的ではないにしろだいぶ細身になってしまっていた。
ただ毎日刀を振り続け鍛えてきたこともあり、たくましくなったとも言えるだろう。
とはいえ黒い長髪をなびかせるその姿は、見る角度によっては美しい女性にも見える。
また、心の闇をわずかに映しだすその漆黒の瞳は見るものを捉えて離さない強さと危うさを宿していた。
そうしてひと時気持ちのよい風に身をゆだねていたが、違和感を覚える自分に気付いた。
そういえば、この状況は何だ。
月の下、いつものように刀を振っていたはずだったのに、今は太陽も頭の上で青空が広がっている。
目線を下ろすと広がる大地、なぜか川べりに座っている自分。
明らかに異常事態である。
だが冷静に思考をめぐらすことができた。
前にもこんなことがあったな・・・
思わず笑みがこぼれる。
誰かが見ていれば思わず見惚れてしまうような笑顔だった。
しかし、すぐに笑顔が消える。
あの世界と同じとは限らない。
まずは慎重に現状を把握しないとな。
やる事は決まった。
周囲を見渡すと、後ろに周辺を見渡せるような高台があった。
一刀は立ち上がって歩き出した。
・・・つづく
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初めての投稿です。
たくさんの素敵な作品に刺激されて、書いたお話です。
不快なところ、至らないところ、たくさんあると思います。
広い心でご指摘いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。