No.111407

魏√ 暁の彼は誰時 3

内容は短いですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
その上でご意見をいただければ幸甚です。
よろしくお願いいたします。

2009-12-10 00:23:42 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6681   閲覧ユーザー数:5070

「ダメ・・・、って言ったらどうなさいます?」

 

いたずらっぽい笑みを浮かべながら、彼女は口にする。

 

どのような返事を返しても、きっと敵わない。

 

だから、

 

「泣いちゃうかも」

 

ってできる限りの笑顔で答える。

 

あれだけ泣いているのに、自分でも情けないほどの言い訳だ。

 

でも、なんとかなりそうな気がしていた。

 

それを聞いた老婆は、くすっと困ったような笑みを浮かべ、

 

「どうせ貴女も人の話を聞かないんでしょう、だから思ったとおりにしていただいてよろしいですよ」

 

一刀は、今度こそ涙を落とさずに

 

「・・・ありがとうございます」

 

と微笑んで告げることができた。

茜色にそまる空、太陽が地平線から昇る夜明け前、一刀は走っていた。

 

様々な疲れで早く眠ることができたのだが、空が薄明るくなる頃にはいつもの習慣で起きていた。

 

家主がまだ寝ていることを確認すると、静かに外へ出る。

 

刀がないので、振るうのに手頃な得物を探して回る。

 

昨夜のことを思うと、恥ずかしさが込み上げてきそうだった。

 

そう思いながら付近を捜していたが、なかなか使えそうな得物は見つからなかった。

 

見つからなくてもいいかと思い、走ることにした。

 

一昨日までは黒い感情に支配され身体を酷使してきたが、この世界に来てからはあの黒い感情から距離を置くことができている。

 

それでも身体を動かさずにはいられない。

 

少しは気持ちのいい疲れを感じることができるかもしれない、そう考えながら走り続けた。

あれから2ヶ月近くが過ぎた。

 

一刀は一として生きている。

 

今生きている世界はあの時代に間違いなさそうだが、同じ世界だと確信を持てるものは何もなかった。

 

婆ちゃん(いつの間にか、お互いを「ばあちゃん」「いっちゃん」と呼ぶようになっていた・・・)にそれとなくこの世界のことを聞いたことがあった。

 

今は献帝こと劉協陛下の御世だということはわかった。

 

だが、それ以上のことは聞いていない。

 

最近まで大きな戦争が続いたらしく、婆ちゃんの息子さんも亡くなったということを聞いてから、そういった話題に触れることが躊躇われたからである。

 

愛しい少女が同じ空の下にいるのかどうかを知るためには、まだ時間を必要としていた。

 

 

 

一刀が婆ちゃんと暮らすようになってからは、畑仕事を手伝うことが多かった。

 

この世界に来た時がちょうど春先であったため畑の土を掘り起こしたり、雑草を取り除いたり、種子を植えるために狭い溝と浅い堀をつくったりと、とにかく生活に飽いている間など無いほどの忙しさであった。

 

畑仕事を2人でしていると、同じ集落に住む人から声を掛けられるようになっていた。

 

一刀は当初から好意的に迎えられていた。

 

というのも、婆ちゃんが亡くなった息子と将来を誓い合っていたなどという根も葉もない話をしていたからだ。

 

幸いなことに一刀はそのことを知る由もなかった。

その日は初夏と呼ぶに相応しい陽気であった。

 

肌を焼かないように露出を避け、頭から布を被り、すっかり農家の娘姿が板についてきた一刀が、いつものように畑仕事をしていると、遠くから馬に乗った者が近づいてくるのが見えた。

 

仕事の手を止め、目を細めて眺めると間違いなく徐々に近づいてきている。

 

乗っているのは、鎧に身を包んだ兵士のようであった。

 

ここに来るのか・・・

 

一刀の心にじわっと言いようのない不安が生じる。

 

馬は駆けているわけではないので、大事ではないだろうと心に言い聞かせる。

 

何もせずに見続けていれば話しかけられるかもしれないと思い、元の作業に戻っていった。

 

しばらくして馬は畑のすぐ脇まで近づいてきて立ち止まった。

 

「おい、女」

 

一刀は頭の上の方から、声を掛けられた。

 

やっぱり女性に見えてしまうのか・・・

 

心の中でため息をつき、なるべく目を合わさないよう頭を下げたまま静かに答えた。

 

「何か御用でございましょうか」

 

 

・・・つづく


 
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