No.88902

~薫る空~19話(洛陽編)

さて、薫る空19話です。
今回は琥珀vs春蘭のみです。ちと短かったかも知れませんが、お許しを(´・ω・`)

ってか、ガチ戦闘シーン初書きかもしれない(笑

2009-08-09 13:52:20 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:5622   閲覧ユーザー数:4655

 

―――翌日。

 

 

 鳥もこれから鳴き始めようかという朝。空はまだ紫がかっていた。

 

 そんな時間にも関わらず、中庭には人が集まっていた。その理由は、中庭の中心にいるあの二人だろう。

 

【春蘭】「琥珀、久しぶりだな。」

 

【琥珀】「………そだっけ?」

 

【春蘭】「ん?ちがったか?」

 

【琥珀】「……おひさ」

 

【春蘭】「あ、あぁ。」

 

 琥珀はやはり昨日の調子のままだった。あのわけのわからないノリは生まれつきなんだろうか。

 

 今日は琥珀が無条件でうちに来れた証明をすると華琳は言っていたが、俺は正直少し心配だった。先の乱で春蘭の戦いは見たことがあるが、アレをあの小さな体で受けるとなると、さすがに厳しいのではないか。

 

 しかし、華琳は俺の心配を楽しむようにあくどい微笑を浮かべていた。そんなに琥珀はつよいのだろうか。それともほかに何か別の目的でも………

 

【華琳】「そろそろはじめましょうか」

 

 俺の思考を遮るように華琳は強めの口調で言った。

 

 ちなみに、今この場には張三姉妹を除いた全員が集まっていた。

 

 時間を早朝にしたのは各自の仕事に支障をきたさないためだ。

 

【春蘭】「実際にやるのははじめてだな。琥珀」

 

【琥珀】「春蘭………まけろ」

 

【春蘭】「できるか!」

 

 春蘭はそんな会話をしつつ、その手に握る大剣を肩へと担いだ。そして、息を多めに吸い込み、その分長い時間をかけてゆっくりと息を吐く。

 

 彼女の肩から力が抜けたとき、それまでの冗談を言っていた頃を吹き飛ばすように、気迫が満ちた。地がゆれ、まるで彼女自身が風を起こしているかのように、その場には微かな風が流れていた。

 

【季衣】「春蘭さま…すごいです」

 

【秋蘭】「ここまで本気の姉者は久しぶりだな」

 

 これは手合わせだということがもはや過去のことのように、その場には異常な緊張感が生まれる。

 

【琥珀】「………………」

 

 そんな春蘭を琥珀は静かに眺めていた。気迫を撒き散らす彼女とは正反対に、琥珀の気配がどんどん薄れていくような気さえした。

 

【華琳】「では………」

 

 華琳が互いの様子をはかり、言葉をつなぐ。そして、次の言葉が発せられる瞬間――。

 

【華琳】「始め!!!」

 

 春蘭が地を蹴る。と同時に彼女の姿が一瞬消えたように見えた。

 

 

 

 

【春蘭】「はああああああ!!!」

 

 声がする。そちらを向けば、すでに琥珀の目の前まで春蘭は迫っていた。肩から切り下ろすように剣を振りぬく。琥珀の体にその巨大な刃が降りかかる――。

 

 ――強い金属音。耳をふさぎたくなるようなそれが鳴り響いた時、二人の刃が鍔迫り合いのようにギリギリと互いを削りあっていた。

 

 琥珀は、逆手にもったその剣を盾とし、春蘭の轟撃を真正面から受け止めていた。

 

 長い一瞬が過ぎた後、春蘭は飛びのいて、再び間合いを取る。それを何事も無かったかのように琥珀はただ眺めていた。

 

【凪】「あれは……小太刀…?」

 

 一瞬、凪が呟いた。その言葉を聞いて、俺も琥珀が持っている剣を見た。鞘に収まっている時は、琥珀自身の体の小ささもあって気づかなかったが、春蘭の大剣と比べると一目瞭然。腰にぶら下げられたものも全て同じ長さ。

 

【一刀】「小太刀を…六本?」

 

【華琳】「正確には五本のようね。最後の一本だけ長さが違うわ。」

 

 その通りだった。よく見れば、左側に持っている三本のうちの一本だけ、なぜか他の五本よりも長い。

 

【琥珀】「………」

 

 琥珀は開いている右手でもう一本剣を抜き、二刀流のように両手に一本ずつ剣を構えた。ただ、相変わらず左手に持っている剣が逆手のままだった。

 

【春蘭】「もう一度だ!」

 

 再び春蘭がその大剣を持ち、琥珀へと襲い掛かる。走りぬけ、一気に間合いをつめる。

 

 先ほどのように、上段から斬りおとす。金属同士がぶつかり合う嫌な音がその場に響き渡る。春蘭は今度は競り合うことなく、体をひねり、なぎ払いへと斬撃の軌道を変化させる。左から刃を浴びせるが、その軌道の先には、琥珀の小太刀が受け止めるようにそこにあった。

 

 ――ふたつの刃がぶつかり、また撃音を響く。

 

 春蘭は叫び、左足を強く踏み込み、振り切った刃を返した。砂塵を上げながら、一度右へと流れた刃は、もう一度琥珀へと襲い掛かる。――だが。

 

 そこにはまた、逆手に持たれた小太刀が待ち受ける。

 

【春蘭】「くっ――」

 

【琥珀】「………」

 

 琥珀は一歩も動くことなく、ただ春蘭が浴びせてくる斬撃をひたすら”左手”で受け続けていた。

 

 連続する金属音。春蘭が攻撃する毎に比例して、その数を増す。しかし、それは同時に琥珀が防御している数でもあった。

 

 あの春蘭の猛攻を片手だけで受け止めているのは、かなり…というかほとんどありえないことだと思った。何事も無いように、平気で受け続けている琥珀。だが、そこには一種の違和感があった。

 

 

 

 

 

 再び春蘭が飛びのく。琥珀はそれをまた静かに見ていた。

 

【春蘭】「…………おい、琥珀」

 

【琥珀】「………ん?」

 

 突然、春蘭が口を開く。

 

【春蘭】「何故攻撃してこない!!」

 

 春蘭の叫び。それを聞いて、疑念が浮かぶと同時に先ほどの違和感が透き通っていく感覚が生まれる。

 

 一見して、琥珀が完全に春蘭を翻弄しているように見えたが、琥珀は一度も攻撃どころか、移動すらしていない。

 

【琥珀】「………きのせい」

 

【春蘭】「馬鹿を言うな!」

 

 その言葉と同時に、春蘭はまた琥珀へと切りかかり、琥珀はそれを先ほどまでと同じように受け止める。

 

【春蘭】「その右手は飾りか!他の剣は!」

 

 たしかに、琥珀はさきほどから一本しか使っていない。抜きはしたが一度も振られることの無い右手。抜かれることすらない四本。その疑問はもっともだった。

 

 春蘭の言葉にも、琥珀はただ黙り込むだけだった。

 

【華琳】「あの子はね」

 

 しかし、そんな中で華琳が突然口を開く。

 

【華琳】「もし、昔のままなのだとしたら、あの子は戦いにおいてひとつの行動しか出来ないのよ」

 

【一刀】「ひとつの行動…?」

 

 その意味が分からず、俺は気づけば華琳にたずねていた。

 

【華琳】「守ると決めれば防御だけ。攻めると決めれば攻撃だけ。」

 

【薫】「……それって、かなりまずいんじゃないの…?」

 

 終始眺めていた薫も疑問をぶつけだした。しかし、それは俺も同じ気持ちだ。

 

【華琳】「えぇ。守るだけならまだいいけれど、攻めると決めたときはかなり危険よ」

 

 防御することなく、ひたすら攻めようとする。それではほとんど暴走と同じだ。

 

【凪】「しかし、それでは剣術もなにもあったものでは…」

 

【華琳】「だからあの子は基本的な剣術というものを学んだことが無いわ。というより、教育というものをほとんど受けたためしがないといってもいいわね。」

 

【一刀】「なら、そんなやつをなんで、無条件で仕官なんてさせたんだよ」

 

 それを聞けば、当然上がってくる疑問だ。武術も学術も学んでいないものをどうして仕官なんてさせるのか。しかし、華琳は琥珀なら問題ないといった。

 

【華琳】「それでも、あの子は春蘭とさえ、あそこまで戦える。それに軍略なども多少は知っていたはずよ。完全に独学でしょうけど」

 

 華琳が話し終わり。俺はまた、琥珀へと視線を戻す。

 

 

 

 

 

 

 

【琥珀】「……分かった。攻める」

 

【春蘭】「当然だ!」

 

 すると、何を話していたのか、琥珀は”攻める”といった。

 

 ――琥珀の目が変わった気がした。

 

【琥珀】「…………殺す」

 

 呟きと同時に、琥珀は右手で持っていた小太刀を春蘭へとクナイでも扱うかのように投げた。

 

【春蘭】「なっ!」

 

 それを春蘭はあわてて、はじく。しかし、はじくために剣を振った先には既に琥珀自身がいた。その右手には三本目の小太刀。

 

 琥珀は背が低いためか、踏み込まず、春蘭の目の前に来た瞬間、跳び上がった。そのまま新に握られた小太刀を春蘭へと突き立てる。

 

 しかし、春蘭は投げられた剣をはじいた後、少し身を引いていた。その微かに出来た間に剣をおき、琥珀の小太刀を受け止める。先ほどから鳴り続けていた金属音だったが、今度はその質が違っていた。鈍かった音は鋭く短いものとなり、その感覚を短くしていた。

 

 受け止められた小太刀を無視するかのように、琥珀はさらに左手にある小太刀を春蘭の肩めがけて突く。

 

【春蘭】「ちっ――なめるな!!」

 

 その刃が肩に触れる瞬間、春蘭はさらに間合いをつめて、体当たりのように琥珀を吹き飛ばす。

 

 琥珀もそれを察知していたか、体を捻るが春蘭の勢いに体が浮き上がり、春蘭との間に距離が出来てしまう。

 

【春蘭】「こんどは……なっ」

 

 しかし、その距離は春蘭の予測よりも遥かに短かった。先ほどはじかれた小太刀。それが地面に突き刺さり、それを踏み台にするかのように、琥珀はまた春蘭へと襲い掛かる。

 

 両手の刃が交差するような軌道を描いて、振り切られる。しかし、それは春蘭の体に届くことなく、ひとつの刃の下に受け止められる。

 

 さらに、交差を解くように体を捻り、琥珀は春蘭の頭上から背後へと飛び移る。少し開いてしまった距離を埋めるように、再び琥珀は小太刀を投げる。

 

【春蘭】「くっ、また…っでああああああああ!!!っ!」

 

 それを弾くと同時に、春蘭は琥珀に向かって突進す――

 

 ――首に刃。

 

 見れば、長さの違っていた一本が抜かれていた。他のものとは違い、紫色に輝く刀身。

 

 琥珀の間合いが変わっていたのだ。先ほどまでの短い小太刀は春蘭よりも間合いは狭いが、今構える太刀は長さだけならば春蘭のそれよりもさらに長かった。

 

 

 

 

 

 

 

【一刀】「春蘭に……勝った…?」

 

【季衣】「すご~い…」

 

【凪】「………」

 

【薫】「………でも、これって…」

 

【秋蘭】「戦ならば…どうなっていたか…だな」

 

【沙和】「ん?どういうことなの?」

 

【華琳】「一騎打ちだからこその結果…ということよ。」

 

【沙和】「………?」

 

 

 その勝利に素直に関心する者、その戦いぶりに微かな疑念を抱くものなど、様々な反応がある中、戦っていた二人は、その緊張を解いていた。

 

【春蘭】「くうぅぅぅぅっ……琥珀!もう一度だ!!」

 

【琥珀】「…………勝ち逃げ万歳。いえい」

 

【春蘭】「なっ!きさまああああああああああ!!!」

 

 負けたほうが勝ったほうを追い回すというなんとも形容しがたい光景だった。

 

 

【一刀】「ふぅ……それにしても、戦だったらってどういう意味だよ。華琳」

 

【華琳】「戦の最中。つまり多対多の戦闘であんなに飛び回ったり出来ると思うかしら?」

 

【秋蘭】「ほぼ不可能でしょう。空中で槍に狙われるか、流れてきた矢にでも当たってしまうこともある。」

 

【薫】「じゃあ、戦場だとずっと守りばっかりになっちゃうのかな?」

 

【華琳】「戦ではそれがいいかもしれないわね…。」

 

【一刀】「あいつ、どうしてどっちか一つしか出来ないんだ?」

 

【華琳】「………わからないわ。あの子と初めて出会った時はもう既にあの状態だったもの」

 

 

 普通、いくら独学とはいえ、攻撃するために防御が大事なわけで、どちらかひとつしか出来ないなんてありえることじゃないと思う。それでも、目の前にいる琥珀は昔からそうだったと華琳はいう。そんな事があるんだろうか。

 

 俺がそんな疑問を浮かべている間に、周りの空気はすっかりお開きモードになっていた。琥珀は投げていた小太刀を歩いて回収している。戦っている最中はおおっとか思ったが、裏を見てしまうとどうにも地味だ。

 

 多少の問題があるとはいえ、春蘭を負かすだけの武力があることは証明したわけだから、参軍することに異議など上がるはずも無く、琥珀は俺達の仲間となった。

 

 

 

 


 
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