「ねえ」
尋ねる。
「僕は、あなたの事が好き。あなたは?」
答え。
「ベクトルによる。正直、後輩としては嫌い」
尋ねる。
「後輩以外のベクトルでは?」
答え。
「好き」
抱きついた。
暖かい。先輩の体。先輩の吐息。先輩の心。何もかも。
「大好き」
つぶやく。止まらない。
「ずっとずっと。大好き。あなたの事が」
そっと、頭に手が置かれた。暖かい。
僕より少し大柄な先輩。僕の目の前には、先輩の首元。
そっと、首元に近づく。柔らかな匂い。先輩の匂い。たとえそれが、ボディソープやシャンプーに作られたものであったとしても。先輩の匂いであることは、違いない。
先輩の吐息が、僕のすぐ近くに。僕の吐息も、先輩のすぐ近くに。
もっと知りたい。先輩の事。
「そんなに?」
尋ねられた。
「あなたは、私が好きなの?」
答え。
僕はそっと、先輩の首元に、歯を当てた。
先輩の、小さな吐息。先輩の手が、より強く、僕を抱きしめてきた。
「そう」
吐息を漏らしながら。先輩は、つぶやく。
先輩の首元を、ちろり。また、吐息。
先輩。先輩の首元。先輩の味がする。このまま、食べてしまいたい。歯を当てる力が、強くなる。
「あなたは」
先輩のつぶやき。あるいは、僕に対する問い。
「私を食べてしまいたいほど、好きなの?」
甘噛み。僕の答え。嗚呼。先輩の声。震える喉。先輩。
僕の頭に置かれた手が、僕を抱き寄せてくる。もっと強く。これ以上は、消えない傷跡になってしまいそうで。僕は、進めない。
「いいのよ」
先輩の声。厳かな宣言。
「私を、あなたのものにして。いいのよ」
撫でられた。
僕は、もっと先輩を味わいたい。先輩の首元。しゃぶりついた。
気がつけば、僕は獣めいた吐息を漏らしている。飢えた野獣。草食獣を狩り、その肉を貪る肉食獣。
先輩の味。口いっぱいに広がって、鼻からも広がって、僕の中は、先輩の味で満たされる。
そんな僕を。駄犬を。先輩は、ただ受け止めてくれた。先輩は、ただ包み込んでくれた。
いつまでも僕は、先輩を味わい続けていた。
遠く、救急車の音が聞こえた。
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一月ほど前に書いたきりだったものを一つ。