No.797534

ある夏の二人

一月ほど前に書いたきりだったものを一つ。

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2015-08-21 14:29:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:240   閲覧ユーザー数:239

「ねえ」

 尋ねる。

「僕は、あなたの事が好き。あなたは?」

 答え。

「ベクトルによる。正直、後輩としては嫌い」

 尋ねる。

「後輩以外のベクトルでは?」

 答え。

「好き」

 抱きついた。

 暖かい。先輩の体。先輩の吐息。先輩の心。何もかも。

「大好き」

 つぶやく。止まらない。

「ずっとずっと。大好き。あなたの事が」

 そっと、頭に手が置かれた。暖かい。

 僕より少し大柄な先輩。僕の目の前には、先輩の首元。

 そっと、首元に近づく。柔らかな匂い。先輩の匂い。たとえそれが、ボディソープやシャンプーに作られたものであったとしても。先輩の匂いであることは、違いない。

 先輩の吐息が、僕のすぐ近くに。僕の吐息も、先輩のすぐ近くに。

 もっと知りたい。先輩の事。

「そんなに?」

 尋ねられた。

「あなたは、私が好きなの?」

 答え。

 僕はそっと、先輩の首元に、歯を当てた。

 先輩の、小さな吐息。先輩の手が、より強く、僕を抱きしめてきた。

「そう」

 吐息を漏らしながら。先輩は、つぶやく。

 先輩の首元を、ちろり。また、吐息。

 先輩。先輩の首元。先輩の味がする。このまま、食べてしまいたい。歯を当てる力が、強くなる。

「あなたは」

 先輩のつぶやき。あるいは、僕に対する問い。

「私を食べてしまいたいほど、好きなの?」

 甘噛み。僕の答え。嗚呼。先輩の声。震える喉。先輩。

 僕の頭に置かれた手が、僕を抱き寄せてくる。もっと強く。これ以上は、消えない傷跡になってしまいそうで。僕は、進めない。

「いいのよ」

 先輩の声。厳かな宣言。

「私を、あなたのものにして。いいのよ」

 撫でられた。

 僕は、もっと先輩を味わいたい。先輩の首元。しゃぶりついた。

 気がつけば、僕は獣めいた吐息を漏らしている。飢えた野獣。草食獣を狩り、その肉を貪る肉食獣。

 先輩の味。口いっぱいに広がって、鼻からも広がって、僕の中は、先輩の味で満たされる。

 そんな僕を。駄犬を。先輩は、ただ受け止めてくれた。先輩は、ただ包み込んでくれた。

 いつまでも僕は、先輩を味わい続けていた。

 遠く、救急車の音が聞こえた。


 
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