その夜、白澤は閻魔庁にいた。軽い足取りで獄卒と擦れ違いながら歩く。そんな時、背後から名を呼ばれた。
「あれ?白澤様?」
そんな聞き覚えのある声に振り返れば、金髪の男鬼が紙の束を持って此方に歩いてくる。
「白澤様、一週間ぶりですね。俺の事、覚えてます?」
男はいるとしか認識しない白澤ではあるが、彼にはどことなく見覚えがあった。
「あー…えーと…、確かに会ったね?」
「ほら、鬼灯の幼馴染の!」
言われて漸く顔と名前が一致した。
「烏頭君?」
「そうです。もしかして鬼灯に会いに来ました?」
「そう。君は?」
「俺もっす。この書類を渡しに」
言って、持っている紙の束をヒラヒラと揺らす。その流れで、白澤と烏頭は何となく二人並んで歩いた。白澤は彼が気になってチラチラと隣を見る。その視線を感じ、烏頭も白澤を見る。ばつが悪くなりすぐに目を逸らした白澤を見、烏頭は密かに笑った。
「珍しい組み合わせですね」
それが、鬼灯が最初に言った言葉だった。白澤が桃太郎以外の男性と並んで歩くところなど、初めて見た。
「ちょっと其処で偶然な。はい、書類」
「確かに。お疲れ様です。…で、白澤さんは何の用です?」
ざっと書類を確認してから白澤に目を移す。
「そろそろ仕事終わるかと思って、迎えに来たんだよ」
「なら残念ですね。まだ仕事があります」
ニコニコと笑いながら話す白澤とは違い、鬼灯は無表情に言い捨てた。途端に白澤は「…そう」としょんぼりとした。
「もう少しなんで、そこら辺で待ってて下さい」
「分かった」
白澤は寂しそうにしながらも、素直に頷き退いたのだった。
* * *
白澤が閻魔庁を出た直後、男の声に呼び止められた。数分前にすぐ横で聞いていた声だ。振り返れば、やはり其処にいるのは烏頭だった。
「君、今日はもう一人の幼馴染といないの?えーと…よ…」
「蓬?」
「そう」
「この後、会う予定ですよ」
「ふ~ん」
興味無さそうに相槌を打つ白澤に、烏頭はニヤリと笑んだ。
「途中迄は一緒にいたんすけどね。あんたを見掛けて、遠慮して貰いました」
「?」
何を言い出したのか分からず眉間に一つ皺を作れば、烏頭はズイッと白澤に身を寄せた。
「あんた、鬼灯とはどうなったんです?」
その質問に、白澤の表情が変わった。敵意の籠った目で烏頭を見る。
「君、鬼灯が好きなの?」
鬼灯は幼馴染をそれ以上には見ていないと言っていたが、相手もそう思っているとは限らない。
「好き、と言ったらどうするんすか?」
烏頭の挑発的な態度に、白澤は眉をつり上げ、しかしその場で返事をする事はなかった。
「ここじゃ他の獄卒がいて目立つ。ちょっと人気のない場所に移動しようか」
「鬼灯は誰にも渡さないよ」
場所を変え、立ち止まって早々に白澤は言った。
「どれだけ君が鬼灯と一緒にいた時間が長くても、どれだけ君が鬼灯を想っても、彼女が選んだのは僕だ。何百年も想い続けて、漸く僕の想いは叶ったんだ。そんな相手を、黙って他の男に渡すと思う?」
神気を撒き散らしながら話す白澤を、烏頭は可笑しそうに笑う。
「へぇ…奪われたらどうするんだ?」
もはや敬語もなくなった。
「取り戻す、何をしても。奪った男は潰す。彼奴に手を出すような奴には死んだ方がマシだと思わせるような深い絶望を味わわせてやる」
白澤の神気は徐々に質量を増し、神獣の証である角と尾が顕になる。
「あんた、約束出来るんすか?『鬼灯を悲しませない』、『鬼灯を大切にする』。そんな約束を彼奴に、彼奴を大切に想っている人達に」
「約束するさ。信じさせてやる。僕はずっと鬼灯が、彼奴だけが欲しかった。彼奴が手に入った今、他の女の子なんて要るもんか!」
何億年と独りだった。人々は自分を神と崇め、その立場を利用しようとした。分かっていても寂しくて、人の思惑に気付かないフリをして愛想を振り撒いて…そんな時に鬼灯に出会った。
彼女は白澤を神と知りながら平気で罵り、平気で殴る。痛いのは嫌だが、他の人よりも新鮮で、心地が良かった。心置きなく自分を曝せて、心置きなく喧嘩出来るのは彼女だけだった。そんな彼女に惹かれた。
想いは大きくなり、風船のように膨れて、そして一週間前、ついに弾けた。
「僕は彼奴の傍にいる。彼奴が嫌がったって離すもんか」
鬼気迫る白澤の様子に、烏頭の表情が緩んだ。安心したような笑みを白澤に向ける。
「その言葉、忘れないで下さいよ」
烏頭の表情と言葉に、白澤は訝しげな視線を向ける。未だに神気はだだ漏れだが、烏頭は気にした様子もなく腕を組み予想外の言葉を言い放った。
「鬼灯!いるか?!」
「え?!」
どういう事かと後ろを向けば、携帯電話を持ち眉を寄せ此方を見る鬼灯がいた。先程迄の言い争いの元となっていた鬼女の姿に、白澤は動揺、神気は消え角と尾は引っ込んでしまった。
「な、なんで?」
「『何で?』は此方が言いたいですよ」
不機嫌そうな表情のまま彼女は言い、白澤の隣で止まり烏頭を睨み付ける。
「突然電話が来たと思ったら貴男は私の声に応えないし、それどころか白豚さんと口論を始める。どういうつもりですか?」
どうやら、あの移動中にこっそり電話したらしい。白澤と鬼灯の視線を受けるが烏頭は気にした風もなく、腕を組みニヤッと笑った。
「だって、女好きの白澤様だぜ?皆、心配してんだ」
白澤はグッと言葉に詰まった。己の女癖の悪さは自覚している。だが、彼は鬼灯への恋心を自覚して以来女遊びはしていない。それに、先程言った言葉だってある。
「白澤様、言いましたよね?【約束する】って、【信じさせてやる】って。反故にしたら、身内総出で鬼灯を奪い返しますよ」
「肝に命じておくよ」
烏頭の睨みにまっすぐな視線を返した白澤を見、彼は一つ頷き鬼灯に視線を移した。
「鬼灯、悪かったな」
「…いえ。ご心配をお掛けしました」
やはり、白澤は信用に欠けるらしい。普段の彼を知っていれば当然なので鬼灯は庇う事が出来ず、素直に礼を言う。
烏頭は用が済んだのか、鬼灯の言葉を聞くと「じゃあな!」と別れの言葉と共に走り去った。
白澤と鬼灯はその場に取り残された形となり、何となく気まずい雰囲気になった。
「…白澤さん」
「…何?」
数秒の後に鬼灯が白澤を呼んだ。
「私の幼馴染が、迷惑をかけました」
「…いや。自業自得だし」
女性に関しては、白澤は誰に反論する事も出来ない。だが、彼は恋をした。心の底から異性を慕い、恋い、願い欲する事を知った。
「僕は約束した。そうしたいと思ったから」
白澤の真剣な様子に、鬼灯は彼をじっと見詰める。白澤も、彼女の目をしっかりと見詰め言葉を連ねる。
「僕はずっと鬼灯といたいし、嫌われたくないし、離したくない。だから、お前にも皆にも約束する。信じて貰えるよう頑張る。だから、これからも僕にお前の時間を頂戴」
耐え兼ねたように鬼灯が俯く。白澤は一瞬不安を感じたが、鬼灯は下を向いたまま頷いてくれた。
「鬼灯」
ホッと息を吐き、手を差し出す。顔を上げ、その手を見る。
「帰ろうよ、僕の店に」
そういえば、自分は仕事が終わったら彼の店にお邪魔する事になっていたのだった。先程迄のドタバタで忘れていた。
ゆっくりと腕を上げ、白澤の手に自分のソレを重ねる。キュッと握り返してくれた手は自分の物より大きく固くて、確かに男の手だった。
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『酒と言霊が叶えた恋』の後日談です。
一週間後、閻魔庁を訪れていた白澤は鬼灯の幼馴染の一人・烏頭と偶然会い…。