No.741440

酒と言霊が叶えた恋

さん

朝、白澤が目を覚ましたら隣で予想外の人物が眠っていて…。

2014-12-04 15:19:52 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1461   閲覧ユーザー数:1458

1話目 朝、寝室で

 

白澤は目が覚めて最初に、柔らかい感触と微かな甘い香りに気付いた。瞼を開けると視界いっぱいにボヤけた白が映る。正直視覚だけではソレが何か分からないが、ソレに回した腕や密着した箇所が、人の肌だと知らせてくれる。過去の経験で、ソレが柔らかい女性の肌だという事も…。

(…誰をお持ち帰りしたんだっけ…?)

相手の顔を見る為に起き上がり、目を向け、そして…

「…え?」

固まった。

「…鬼灯?」

掠れた声で、隣で眠っている女性の名前を呟く。

「…なんで…」

呆然とし、そしてゆるゆると昨晩の出来事が頭に流れてきた。

(…そうか…僕は…)

全部、思い出した。思い出して、そして…

「…ゔっ」

唸った。掌で口を覆い、吐き気を堪える。二日酔いだ。もう一度鬼灯を見る。彼女は未だに起きない。起きないが、己に襲い来る吐き気も無視出来ず、白澤は急いで厠に向かった。

厠で吐いてる最中も、当然だが記憶は消えない。白澤がえずいてる間も頭の中では昨晩の記憶がグルグルと回り、荒い息を吐いている白澤を悩ませた。

 

 

「え!? 鬼灯さん?!」

厠から出ると、桃太郎の驚いた声が聞こえ白澤は顔を上げた。声のした方へ行ってみると、着物をキチッと着た鬼灯と驚愕の表情で彼女を見る桃太郎がいた。

「…桃太郎さん、白澤さん、おはようございます」

「あ、おはようございます!」

「…」

桃太郎は焦ったように挨拶を返すが、白澤は声を発する事が出来なかった。そんな彼を数秒見詰め、軈て諦めたように息を吐くと、鬼灯は「帰ります」と言って扉に歩き出した。

「あ、鬼灯さん、朝食食べていきませんか?」

これから帰って食事では面倒ではないかと桃太郎が気遣い提案した。鬼灯は桃太郎の申し出に足を止め、瞬きをするとチラリと白澤を見、すぐに正面に向き直ると「遠慮しておきます」と拒絶の言葉を吐いた。再び扉に向かう。が、開ける事は叶わなかった。

下を向き、自分の手首を見る。其処には、己の手首を掴む男の手。視線を背後に移し、手の主を睨め付ける。その視線に怯むが、それでも白澤は口を開いた。

「食べていけよ。食べたら、送ってやる」

たったそれだけを言うだけなのに、白澤の心臓はバクバクと騒ぎ暴れ、口から飛び出すんじゃないかと馬鹿な事を思った。はぁ…、と鬼灯が溜息を吐き白澤はビクつくが、危惧していた拒絶の言葉は無かった。

「…分かりました」

鬼灯は、諦めたように了承した。

 

 

朝食は、二日酔いの白澤に優しい料理と和食だった。因みに、桃太郎の手作りである。

食卓を囲む三人に、会話はない。実に静かな朝食だった。白澤はまず何を言えば良いのか分からず、また何を言おうとしても言葉が喉につっかえたようになり、声に出す事が出来ない。鬼灯は平常心を装うのに必死で、桃太郎はそんな二人のいつもとは違う雰囲気に怖じ気づいて何も言えなかった。

軈て鬼灯の使っていた食器が空になる頃、漸く白澤は声を出した。

「…鬼灯」

「…はい」

「あ、の…昨日、の、夜…僕…」

つっかえながら喋る白澤の顔を、鬼灯はギロリと見る。たったそれだけの事で、白澤の口は動きを止めた。暫く見詰め合いは続いたが、鬼灯は徐に立ち上がった。

「…忘れましょう」

「は」

彼女が何を言い出したのか、白澤は咄嗟に分からなかった。

「昨晩、私と貴男の間には何も無かった。その方が、私も貴男も都合が良いでしょう?」

鬼灯は言うだけ言うと、桃太郎に「ごちそうさまでした」と行ってからさっさと店を出ていった。白澤は、体が動かなかった。鬼灯を止める事が、出来なかった。

 

 

鬼灯が出ていってから数分後、白澤は立ち上がって寝室に向かった。昨晩の後処理が済んでいないからだ。寝室に入り、毛布を捲り、そして…

「…え」

白澤は目を見開き固まった。

「这个…血?」

シーツに付いている染みは、赤かった。昨晩の記憶を思い返す。

【いっ…た…いたいです…はくたくさん…】

瞳に涙を浮かべ訴える、鬼灯。シーツを思い切り掴み、顔を歪める鬼灯。

白澤は足から力が抜け、床に頽れた。

「…谎言…」

白澤は呆然と呟いた。

 

 

「あの…白澤様?」

暫くして、呆けた白澤の耳に桃太郎の声が届いた。

「何してるんですか?」

顔を上げれば、目の前には心配そうな桃太郎。

「桃タロー君…あのね…」

白澤は、昨晩の出来事をゆっくりと語り出した。

2話目 昨晩、集合地獄で

 

「白澤様、ありがとうございました」

「いやいや。一週間分渡したから、また来週来るね」

「分かりました」

礼を言う鬼女ににこやかに手を振りながら、白澤は門を出た。店じまいの少し前、遊郭から電話があったのだ。「体調を崩した遊女がいるから診て欲しい」と言われ、白澤は桃太郎を帰して自分は診察に赴いたのだった。

「じゃあ、お大事に」

門まで見送ってくれた鬼女に言い、正面を向いて、白澤はよく知る女性と目が合った。閻魔大王が第一補佐官、鬼神・鬼灯。彼女が、二人の男鬼を連れて道を歩いているところだった。

目が合った二人は、微動だにせずに固まっていて、男鬼達は困惑していた。先に動いたのは、白澤だった。

「お前、仕事?」

「いえ、今から幼馴染と呑みに行くところです」

「ふ~ん…」

男鬼に、目を向ける。金髪でつり目の男と、黒髪パーマで角が三つある男。

「ねぇ、お前、僕と呑もうよ」

白澤は誘うが案の定、鬼灯は嫌そうに眉をつり上げた。

「はぁ?何を言ってるんですか。私はこの二人と呑みに行くと言ったでしょう。もう耳が聞こえなくなったんですか爺?」

「別に良いじゃん、たまにはさ。誘う女の子もいないし」

白澤の言葉を聞き、鬼灯は意外そうに眉を上げたが、すぐに顰め面に戻り「お前の事情なんか知るか」と吐き捨てた。だが、白澤は中々諦めない。

「別に、幼馴染と一緒でも僕は構わないよ」

今度は訝るように首を傾げた。白澤の思惑が分からないのだろうが、彼は何も言わずに返事を待つ。そして、白澤の言葉に返事をしたのは三本角の鬼―蓬の方だった。

「俺は白澤様が一緒でも構わないですよ」

「そうだな。良いだろ、鬼灯」

恐る恐るといった風に了承の返事をする蓬に、金髪の鬼―烏頭はにこやかに賛同し鬼灯を促す。幼馴染二人に言われてしまえば、鬼灯も了承するしかないらしく、舌打ちしつつも白澤の同行を認めた。

 

 

四人で居酒屋に入り話したのは、殆どが仕事と幼馴染の幼少期の事だった。白澤が三人に訊き、三人が答える。暫く夕食を取り、幼馴染三人組の過去を肴に酒を呑んだ。そして帰ろうとなった時、白澤が鬼灯を呼んだ。

「ねぇ、養老の滝に行かない?」

「は?」

「東洋医学の研究についてさ…」

暗に幼馴染がいたら話し辛いと言えば、鬼灯は深く溜息を吐きながらも了承した。

そうして向かった酒の滝を前に、白澤と鬼灯の二人は再び酒を呑み交わした。白澤は、本当に医学研究について話し始めた。

二人の話は弾み、そして不意に、話題が途切れた。滝の音のみが聞こえる空間で、先に口を開いたのは鬼灯だった。

「何故、私を誘ったのですか?」

「だから、医学研究の話がしたかったんだよ」

自分の言い訳をこれっぽっちも信じていないと遠回しに告げられたが、それでも白澤は同じ事を言った。だって…

(『他の男と一緒にいる鬼灯を見たくなかった』なんて、言える筈ないし…)

つまりは嫉妬である。そんな事を正直に言える程の勇気が、白澤にはなかった。

「お前さ…あの幼馴染のどちらかと付き合ったりしてる?」

酔いのせいもあって、一番訊きたい事がスルッと口から零れた。ソレに対して、鬼灯の答えは短かった。

「いいえ」

しかも即答である。内心ホッとしたのを気取られないよう注意し、更に質問する。

「お前、恋をした事がある?」

その問いには、顰め面で返された。

「何なんですか、貴男?」

「良いじゃん、答えてよ」

酒の力は凄いと思う。普段は怖くて訊けない事をサラッと訊いてしまった。鬼灯は不機嫌そうなまま、滝を眺めて囁くように言った。

「お慕いしてる殿方は、いますよ」

「…そう」

ワーカーホリックの彼女には、浮わついた話などないと思っていた。だが違う。本当はそう思いたかっただけだ。だって、鬼灯の答えを聞いて白澤の胸には苛立ちと焦燥感が湧いた。自分は鬼灯と喧嘩ばかりで、周囲に『犬猿の仲』と云われている。確かに、鬼灯は自分を嫌っているだろうと思う。

鬼灯が想う男は、自分じゃない。…それを思うと白澤の何かが切れた。

「…鬼灯」

「え!?」

名を呼ばれ、鬼灯は目を見開いて白澤を見る。素早く彼女の顔を両手で掴み、唇を奪うと驚いたような声がくぐもって聞こえた。

「ん!? んーー! 」

鬼灯は唸り白澤を押すが、彼は中々離れない。舌も入れられ、好き勝手に口内を蹂躙される。そのうち力も入らなくなると漸く唇を解放された。

「…鬼灯…抱かせて」

「…は?」

「お前を、抱きたい」

途端に鬼灯の目に殺気が宿る。

「何を馬鹿な事を言ってるんですか!貴男の遊び相手になんか、なる筈がないでしょう!」

「そっか。そうだよね」

鬼灯がソレを望まない事くらい、白澤は知っていた。そして、この時に互いの言葉を捉え間違えた事には気付かなかった。

白澤は突然立ち上がると、鬼灯を抱えて歩き出した。彼女が下ろせと言っても構わず歩く。そうして向かった先は、桃太郎のいない『うさぎ漢方 極楽満月』、白澤の寝室。

白澤は鬼灯を下ろすと、再び彼女の唇を貪った。

「優しくするから、大人しくしてて」

口を耳元に近付け低い声で言うと、鬼灯の体はブルリと震え、呆けた声で「…はい」と返事をしたのだった。

3話目 翌晩、養老の滝で

 

「鬼灯さん、よく大人しくしてましたね」

彼女なら殴るなり蹴るなりしそうである。そう思い感想を口にすると、白澤は眉を八の字にして目に後悔の色を宿す。

「それなんだけどさ…」

白澤は弱々しい声で、真相を語り始めた。

「あの時は酔いと嫉妬心で気付いてなかったけど、多分無意識に言霊を使っちゃったんだと思う」

「言霊?聞いた事はありますが、それ術なんですか?」

それに、センスのない白澤に術が使えるのだろうか?不思議に思う桃太郎に、白澤が説明を続ける。

「僕は一応、神だからね。暴走する可能性があるから滅多に使わないけど、使おうと思えば使えるよ」

昨晩のアレは、暴走に近いかもしれない。白澤は酔ってる時や感情が昂ってる時ほど、術が発動し易い。しかも無意識で、気付いた時には既に発動していたりする。長い年月を経て興奮状態になる事など減っていたから、完全に油断していた。久し振りの発動であった。

鬼灯が白澤に抱かれたのは、彼女の意思ではない。白澤は自分の迂闊さを嘆き、後悔していた。

「なら、早く謝らないと…」

桃太郎の言葉に、白澤はいつの間にか下を向いていた顔を上げ彼を見る。

「誠心誠意、謝って下さい。今ならまだ間に合いますよ」

桃太郎は、白澤が鬼灯を想っている事を知っている。思い切り落ち込んでいる師を見ていられなくて助言した。

「うん…そうだね。桃タロー君の言う通りだよ」

白澤とて分かっている。だが、怖いのだ。昨晩の事で、以前以上に嫌われていたら、もう目も合わせて貰えなかったら、もう口も聞いて貰えなかったら…。抑、鬼灯は店を出る前【忘れましょう】と言った。話題に出した途端、金棒が飛んでくる可能性もある。

「だからって、ずっとこのままにするつもりなんですか?」

「う…」

ぐうの音も出ないとはこの事か…。白澤は全く反論出来なかった。

 

 * * *

 

白澤が鬼灯に会いに来ると、彼女は資料と睨めっこしていた。鬼灯は視線を感じるが、顔を上げもしない。それでも白澤は、彼女を見詰め続けた。

軈て一段落したのか、鬼灯はカタン、と音をたててペンを置いた。

「仕事、終わった?」

白澤の声に、鬼灯は不愉快そうに視線を上げた。

「…何の用ですか?」

「お前に話がある。『あの日』の事で」

『あの日』が『どの日』を指しているかすぐに察した鬼灯は、大きく舌打ちをした。

「【忘れましょう】と言った筈ですよ、白豚さん」

「嫌だ。忘れない」

獄卒が震え上がる程の睨みにも屈せず、白澤は挑むように言った。

「話がしたい。少しで良いから、お前の時間を僕にちょうだい」

真摯とも云える目差しを向けられ、鬼灯は言葉に詰まった。何も言えず、目を泳がせ、そして漸く声を絞り出した。

「わ、かりました…話を聞きます」

「…謝謝」

白澤は、ホッとしたように笑った。

 

 

白澤と鬼灯が来たのは、養老の滝だった。鬼灯は難色を示したが、二人きりで話をするにはちょうど良い場所なのだ。白澤は酒も呑まずに口を開いた。

「ごめん、鬼灯」

頭を下げる。

「酔ったせいで無意識に言霊を使って、お前の処女を奪った。お前には、好きな男がいるのに…」

言っていて嫉妬心が胸を擡げたが、ソレを無理矢理抑え、尚も言葉を連ねる。

「あの日、お前が男といたのを見て、凄く嫌だったんだ。お前の隣にいるのは、僕でありたかったんだ」

体が震える。声まで震えていないか心配だ。鬼灯は目を丸くし、だが黙って聞いている。

「医学研究なんて口実で、お前と二人だけになりたかった。お前を独占したかったんだ。お前に好きな男がいるって聞いて…酔いのせいで理性が切れたんだ」

本当にごめん…そう言って、鬼灯を見る。彼女はじっと此方を見詰めている。暫く間をあけ、漸く鬼灯が口を開いた。

「…ソレは…まるで、私を好いていると言っているようです」

「『言っているよう』じゃなくて、そう言ってるんだよ」

鬼灯が、怯えたように一歩後ろにさがる。

「僕は、鬼灯が好きなんだ。誰にも渡したくない。ねぇ、お前の好きな奴って誰?僕じゃ駄目なの?」

言いながら鬼灯に近付く。鬼灯はビクリと肩を震わせ、身を翻した。だが、白澤は逃がさなかった。後ろからギュッと彼女を抱き締める。

「ねぇ、鬼灯…僕を見て。僕を好きになって…」

とても切なそうなその声は、鬼灯の胸を締め付けた。しかし、鬼灯もそう簡単に「yes」とは言わなかった。

「どうせ、すぐに浮気して、私を捨てるのでしょう?あの日だって貴男、女性と一緒にいたじゃないですか」

白澤は何の事かと思ったが、鉢合わせになったのはあの時のあの場所しかない。

「それ、お前が幼馴染といる時の?」

コクリと頷き肯定。

「アレは、具合の悪い子がいるから診てくれって連絡があったんだよ。診察以外では触れてないし、お誘いもしてない」

嘘だと思うなら訊いてみれば良い。…そう言われて、鬼灯は何も言えなかった。無言でいる彼女に、白澤は段々不安になってくる。

「やっぱり、僕が嫌い?」

そう訊く声も、抱き締める腕も震えている。力も弱くなっている。それでも、白澤は鬼灯を離さなかった。そんな彼の腕に、彼女が触れた。

「浮気したら、貴男の粗末な物を引き千切ったうえで別れますから」

さすがSで有名な第一補佐官。怖い事を言う。でも、白澤は抱き締める腕に力を入れてはっきりと言った。

「お前が傍にいるなら、他の女の子なんていらないよ。信用出来ないなら、信じてくれるように努力するから」

もう、とっくに白澤には鬼灯しか見えてないのだ。


 
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