No.736815

恋姫異聞録 IF 呉√ 四

絶影さん

こんばんは、続きです
とりあえず、今後についてみたいな感じです

次は、そろそろ黄巾党との戦いに入ります

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2014-11-12 23:21:24 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4531   閲覧ユーザー数:3893

 

「なんじゃ、妾達に恐れをなして逃げおったか。あれほどしつこく書簡で妾に力はないと言っていたと言うのにの」

 

「そのようですねー。美羽様が軍を率いて来るだけで、慌ててにげて行きましたよ」

 

「追撃をするのも良いのう?どうせ、民衆は孫家を救った妾を支持するはずであろうし、この程度であるならば

袁家を統一するのも良いのではないか?帝もその方が喜ばれるのではないのかの、七乃」

 

包囲し、背後から突くことで敵の戦意を一気にそぎ落としたからこその今回の戦果であるというのにもかかわらず

袁術は、あとから来てお膳立てに乗ったことも理解せず見たままを良いように解釈していた

 

これには、さすがに側近である張勲が止めるであろうと思っていた文官達であったが

 

「良いかもしれませんね。ネチネチと追い詰めて、美羽様に二度と無礼な申し出が出来ないように。あ、ついでに麗羽様も

美羽様のお力で潰してしまいましょうか!」

 

「おお!良いの、まことに良い考えじゃ七乃!では、早速軍を追撃に・・・」

 

目の前で迎える用意をしていた雪蓮達の前で、まるで彼女たちが見えていないかのように話を進める袁術

そう、見えていないのだ。はなから見下し、下々の者などとおごった考えを持つ二人には、袁成を追っ払った

戦に勝利したという利にのみ眼が向いており、更に利を求めようと無茶な進軍を行なおうとする始末

 

文官達が、これでは思惑と違う。小娘め、余計な事を吹き込み追って、これだから武官はと慌てる素振りをみせた

 

「お待ちください。北へ進軍するならば、装備も糧食も備えねばなりません。装備はこれで良いとしても、糧食がなければ兵は

戦うことが出来ませぬ」

 

「なんじゃ、妾に意見するというのか?お主は、今は馬じゃ。馬は、人の言葉を話せぬはずじゃがの」

 

思い通りにならないと不機嫌になる。昭の言葉に対してわかりやすいほどに子供の反応を見せる袁術

 

言葉を間違えれば、己は殺され、孫家の者達は気分を害したと何をされるか分からない

民などはどうでも良かった。唯、雪蓮達に矛先が向くことを嫌った昭は、ヘラヘラを笑い、馬のような鳴き声をあげた

 

「くっくっくっ、そうじゃそうじゃ。まだ妾は、お主を認めたわけではない。誠意を見せるが良いぞ」

 

「承知致しました。その上で、助言を申し上げたく」

 

「しつこいの、む?おわっ、急に走るでない!あはははっ、なんじゃなんじゃ、困った馬じゃのう!」

 

雪蓮達の見ている前で、四つん這いのまま走り回り、背中の袁術は昭の髪を掴みながらまるで馬の手綱をひくようにすれば

従順に動きまわりはじめた

 

飛んだり跳ねたりを繰り返し、衣服を汚しながら走り回る様を、袁家の者達は皆笑い

張勲は、お上手ですよお嬢様と柏手を打ちながら褒め称えていた

 

「どうじゃ、妾は荒馬とて見事に乗りこなせるのじゃ!」

 

「ヒヒンッ!」

 

「くくっ、仕方がないの。妾を楽しませた褒美じゃ、話して良いぞ」

 

「有難きお言葉。では、申し上げさせて頂きます」

 

昭が話したのは、このまま北へ進み追撃をすれば、民の支持を得られないこと。袁成にもう十分に罰を与えた

袁術を恐れ、しばらくは来ることが無いはず。しかし、これ以上追撃を繰り返せば、主不在のこの地の政は滞り

戦を続ける事に民どころか、帝の意思に背く行為になってしまう

 

「むむ、それはこまるの」

 

「そうですねー。美羽様、これでは私達が逆賊になっちゃいます」

 

張勲の尻馬に乗るように、文官たちも袁術の気が追撃からそれた事で同じような言葉を投げかけ始めていた

 

「そちらの駄馬めが申すことも一理あるかと。なにより寿春の民は、袁術様の統治を望んでおられますぞ」

 

「フフフッ、やはりそうであるか。困ったものじゃのう、民から求められると言うのは」

 

馬の真似をした遊戯に気分が良くなり、民から求められているとの文官達の言葉に更に気分を良くしたのか

すんなりと一つ頷いて、まるで馬腹を蹴るように、昭の脇腹をぽこぽこと蹴ると髪を引いて寿春へと向かおうとしていた

 

「お待ちを、孫家の者達がお言葉を待っております」

 

素直に頭を寿春へと向る昭であったが、前には進まず、首をかしげる袁術に雪蓮たちへの労いの言葉を求めたが

 

「ぬ?おお、そうであった。ご苦労であったな、お主らの処遇については追って沙汰を申し付ける。さがって良いぞ」

 

「なっ!?」

 

袁術が発したのは、何の興味も無い無機質な言葉。迎える準備をし、新たな孫家の主である雪蓮が礼をとろうとしていたというのに

向けられた言葉は、面倒な者に向けられる雑なあしらいとも言える言葉であった

 

これには雪蓮の側にいた梨晏が武器を握りしめ、今にも飛びかかりそうになっていたが、冥琳がこれを止めていた

 

「なんで止めるのさ」

 

「やつの姿を見ていなかったのか?」

 

「馬の真似させられてたってことでしょう?アレだって頭にきてるのに!」

 

「そうじゃない、袁術とはああいう人物だと言うことだ」

 

寿春へと向かう袁術たちの後ろ姿を見ながら、刺すように睨みつけていた梨晏は、眉根を寄せて止める冥琳に首をかしげた

 

「おだて、気を向けてやらねば何も考えず利を追い求める」

 

「・・・えっっと、つまり好きなことじゃないとやらない、興味がないとやらないってこと?子どもと同じじゃない!」

 

「そうだ、見たままの子供と言うことだ。気に入らねば癇癪を起こし、兵が死に治める地が死んでも自分の責任だとは思わぬのだろう」

 

「もしかして、昭って私達の前でわざと馬の真似なんかした?」

 

静かに頷く冥琳。そう、彼が袁家の者達、兵卒にすら笑われる行為をしてみせたのは、冥琳に全てを伝えるためであった

冥琳であるならば、己の行動だけで全てを悟ってくれるはずだという絶対の信頼の元の行為であった

 

お陰で、冥琳は口も出さず、唯の傍観者のようにして事の成り行きだけを見守っていた

それは、雪蓮も同様であった。軍師である冥琳がうごかないのだ、自分が動くべきでは無い

 

何よりも、昭があのような行動をとっているのは孫家の為、それは偽りのない事実

 

何故ならば、彼の真名が孫家に対する絶対の忠義を物語っているからだ

 

母のつけし真なる名。母の真名の一文字、炎を持ち、雷と共に孫家を守護する炎雷という名が

 

「裏切るなんてことは無い。昭が、炎雷(イェンレイ)が、何も理由なくあのような行動を取るわけが無い

それは、幼き頃から共に育ったお前も知っているはずだ、梨晏」

 

「そ、だね・・・ゴメン、頭に血が上ってた。裏切るなんて思ってないよ。ただ、昭にあんな事されてるのが気に入らなかったんだ」

 

うつむく梨晏であったが、冥琳はそんな彼女に気にするなとばかりに首を軽く振っていた

 

「面倒な事が無くてよかろう。わざわざ儂らが媚びへつらわずとも良いのだからな」

 

「その役をあの子がかってでたと言うだけ、にしておきたいのだけど、個人的には無理よね」

 

「まあな。だがしかし、策殿が袁術に頭を垂れずとも良いのだ。昭の手柄だと喜ぶべきだろう」

 

「そうね、私達も寿春に戻りましょう【大殿】」

 

祭と粋怜は、拳を握りしめてずっと去りゆく袁術の後ろ姿を見つめる雪蓮を瞳に映しながら

昭の姿を見て驚き落胆する孫家の兵を寿春へと向かわせた

 

全てを理解し覚悟しているのだろう、だからこそ粋怜は新たな王であり己が掲げる主に相応しいと大殿と雪蓮を呼んでいた

 

「兵に、皆に話さないの?あのままじゃ、昭はウチの兵達からも嫌われちゃうよ」

 

「構わん。むしろ、その方が奴にとっては好都合だろう。あの様子から、袁術に取り入ろうとしているのだろう

ならば、我らからもよく思われていないと思わせるほうが、昭が動きやすいはずだ」

 

「ホントに、文官にするんだね。薊様と同じ、文官に」

 

少しだけ責める口調になっていたのは、冥琳の言うとおり幼なじみであるからであろう

彼女は無意識であったのかもしれないが、冥琳の顔を曇らせるには十分であった

 

「冥琳、幼兵に命じて。母様と薊の亡骸を回収しろって」

 

「もう既に命じてある。日が暮れるまでには、寿春へと戻るはずだ。弔いは、その時に」

 

「ええ、準備もお願いね。私は、少し休むわ」

 

「・・・ああ、そうしたほうが良い」

 

その日、静かに寿春へと入城した後、雪蓮の姿を次の日まで誰も見ることは無かった

兵も疲れ、動乱とも言うべき時間は走馬灯のように過ぎた

 

孫堅を失い、地を追われ、己の身を守るために袁術の元へと落ち延びた

 

戻ろうにも、再び袁成の影に怯えながらでは再建することも、復興することも出来るはずはなく

 

ただ、耐える時が来たのだとそれぞれが静かに来る袁術の政に覚悟をしていた

 

 

兵の武装を解除し、追ってきた民は昭の命に従い周囲に散らし、寿春へと入城してきた者達は、あてがわれたボロボロの兵舎で

身を休めていた。冥琳達、将も同様に日が暮れるギリギリであてがわれた館に身を寄せていた

 

辺りは静かに寝静まり、空を暗闇が覆い、月明かりだけが寿春の地を照らし

 

遥か遠くから流れてくるかすかな血の臭いだけが、昼間の戦を思い起こさせる

 

一人、城壁で北を、袁成の逃げた方角を見つめる雪蓮は、手をかけた南海覇王をカチカチと何度も抜いては戻していた

 

「しばらくは言いなりに動くしか無い。でも、昭が上手く動いてくれたお陰で資金はある、兵力もある

直ぐとはいかないけど、立て直しは出来る。しばらくは、このまま兵力を蓄えて民との交流を深めなきゃ

まずは勝利、圧倒的勝利を手にして、私達の力を周りに認めさせる。そうすれば、人も資金も物資も向こうからやってくる

蓮華とシャオが居なくて良かった。外部で袁術ちゃんに気付かれず資金調達ができる。いざとなれば、内外から攻める事もできるし

私が死んだとしても、孫家は無くならないわ」

 

これからするべきこと、しなければならないことを言葉にして、己に言い聞かせるように呟いていた

 

「後は、昭ね。私は主として彼の成すべきことを、きちんと命じなきゃ」

 

城壁の階段を降りる雪蓮は、一人誰にも知られず母の遺体が運ばれた場所へと足を向けていた

 

最後の言葉を交わすため、母の前で誓いを立てるために

 

戦を終えたばかりの寿春の城は、一つとして灯りがともることはなく、皆疲れを癒やすため泥のように眠りについていた

起きているのは、城門と城壁の衛兵くらいであろう

 

静まりきった市内を歩き、目指すのは城壁から見えた街角の小さな館

 

城に戻り、城壁の上で遠くを見つめ続けていた雪蓮は、城内が騒ぎ母と薊を此処に運び込む様子を見ていた

 

手入れはされておらず、放置されていたのだろう、所々崩れており館とはとても言いがたい風貌であった

 

「・・・」

 

日が落ち、皆が寝静まる時まで待った理由は、誰であっても理解し推し量れる

そんな姿を、孫家の主となった自分が無様な姿を、皆に見せられるはずが無いのだから

 

深呼吸をし、己の心を鎮ませた雪蓮は、戸へ手をかけようとした所で、中の物音と隙間から溢れる灯りに手を止めた

 

【誰か、居るの?】

 

微かに感じる人の気配に、そっと壁に開いた隙間から館の中を覗けば、二つ並んだ亡骸の元で膝を地に着け躰を震わせる昭の姿

 

己の躰を抱きしめるようにして、突き立てた爪先が肉に食い込み衣服を赤く湿らせ

 

ボタボタと涙を流し、止まることの無い涙が地面を濡らし続けていた

 

「俺は、俺は貴女達に何も返せなかった。これほど、これほど愛してくれていたのに。何一つ返すことが出来なかった

母になり、俺に家族をくれた貴女に、名を与えてくれた貴女に。俺を育ててくれた貴女に、愛してくれた貴女に」

 

身を震わせ、かすれた声を小さく殺しながら、泣き叫ぶ事を押さえ込む

誰にも悟られぬよう、気が付かれぬようにと

 

「返したかった。早く大人に、貴女達を支える男になりたかった。なのに、俺は与えられるだけで

何一つ、返すことが出来なかった。許してください、孫家を、貴女達が守ろうとした民を、傷つけ、耐えることを強いる事に

なることを。許してください、このような振る舞いをすることを。どうか、どうか、許してください」

 

何度も、何度も頭を地に打ち付け詫び続けていた

 

誰になんと思われようとも構わない。唯、貴女達にだけは、真実を告げねばと、袁家の者達に気取られぬよう

言葉を殺し、出来る限りの小さな声で、何度も何度も頭を下げ続けていた

 

「薊様っ、俺は貴女の望む男になれなかった。これからの振る舞いを心良くは思わぬでしょう

どうかお許し下さい。貴女を幸せにすることが出来なかったことを、お許し下さい」

 

薊の名を口にすれば、嗚咽を漏らし、噛み締めた歯からは血が零れた

 

「貴女を娶ると誓ったのに、貴女を護ると誓ったのに、お許し下さい」

 

叫びだし、愛する者の亡骸を抱きしめたい衝動を抑え、只々双眸から溢れる涙を地に落とし身を震わせていた

 

「何一つ、恩を返せ無かった私は、此処に、貴女がたお二人に誓います。私の名、母の与えし炎雷の示すまま

我が身、我が魂を、孫家の為に使い恩に報いることを誓います」

 

深く地面に頭をこすり付けるように目の前の寝台に寝かさせられた二人の亡骸に誓いを立てる昭

 

ゆっくりと顔を上げれば、目の前にはいつの間にか雪蓮が立っていた

 

「雪蓮・・・俺は」

 

そこまで口にした所で、雪蓮は腰の南海覇王を抜き取り切っ先を昭へと向けていた

 

「此処で、孫家の主としてお前に命じる」

 

静かに、だがその声は力強く、瞳からは昭と同じように雫を零し

 

「勇敢にも、母、孫文台と命を共にした張昭の誇りある名を受け継ぎ、孫家の文官として生きることを」

 

震える切っ先と同じ、鋭い雪蓮の瞳が昭を貫けば、昭は抱拳礼を持って返事とした

 

「御意、我が魂魄が滅するその時まで、愛する者の下に逝く時まで、孫家の奉仕者。

我が肉は路傍の石、我が魂は孫文台への供物、我が心は誇り高き張昭の名を刻み、この御剣の振るう主、孫策の言葉に従い

我が真名、炎雷をもって立ち塞がる不倶戴天の敵を誅殺せしめる事を高祖、孫武に誓う」

 

亡骸に捧げられた酒の入った盃を手に取り、突き出された南海覇王の刃を握り、袖で隠して流れでた血を入れれば

雪蓮も同様に己の手を傷つけ盃に流し込み、二人は交互に血の入った盃を飲み交わした

 

「ありがとう、雪蓮」

 

「ううん、母様を愛してくれてありがとう。薊を愛してくれてありがとう。私は、貴方を決して疑わない

決して裏切らない、私の真名に賭けて貴方を信じるわ。だからもう泣かないで」

 

これは、雪蓮が二人に代わり取り持った誓い。昭に与えた許し

だからこそ、昭の口からは感謝の言葉が自然と口をついて出ていた

 

同じように、雪蓮は文官を、二代目の張昭を命じることで彼を己の支えとしていた

 

それを互いに認め、互いに承諾し、互いに誓い合ったからこその血の契約であった

 

「雪蓮、俺を殴れ。お前が此処に来たことを誰かに見られているかも知れない。俺が来たことも

もし誰かに見られているとすれば、剣を向けたことは丁度いい、口論になっていたと言える」

 

「だから袖で血を隠したのね。でも気配は感じないわ、声も小さかったし、それでも必要?」

 

「必要だ。気配を消す奴なんていくらでも居る。盃を交わした事は、一度たがいに落ち着こうとしたとでも言うさ」

 

微笑み、盃をわざとらしく下に叩きつける昭に、雪蓮は無言で拳を振るっていた

 

「やはり野蛮な孫家の者だっ!弁が立たず、拳を振るわねば己を正当化出来ないとはっ!!失せろっ、今の貴様らは

私の便宜によって生かされていると言うこと忘れるなっ!!」

 

地面を転がり、横たわりながらも大声で叫ぶ昭の雪蓮を見る目は微笑み、雪蓮は少しだけ口の端を上げて

母と薊の亡骸に礼をしてその場を静かに去っていった

 

「見ていてくれたわよね母様。彼に命じたわ、彼はそれに応えてくれた。だから、私は私の野望を成し遂げる

母様が名づけた守護者が居るならば、私はこの大陸を孫家のモノとしてみせる」

 

昭へ命じた時、心のなかで雪蓮は母に誓いを立てていた

 

それは、母の望んでいたものよりはるかに大きく、困難な道程

 

だが、それを決意させたのは偉大な母の死、そして友の愛する人を死なせてしまった孫家の人間としての業

 

同じことが繰り返されることの無いよう、冥琳の言葉のままに民に溶け込み

 

民の痛みを心で受け止め、戦い続ける決意と覚悟を心に秘めていた

 

「私は大陸の覇者となる。もう、だれも泣かせたりしない。必ず護り、自分の意思で好きな事をして、好きな人と結ばれて

望む死を向かえられる国を、真の意味で自由を手に入れることが出来る国を作る」

 

 

 

 

前日の戦が嘘のように、寿春の城へと次々に運び込まれる調度品の数々

元いた地から運び込む様子に孫家の者達は呆れていた

 

己が先日まで治めていた地に何の未練も無いのだろう

むしろ、今から手に入る財の算段でも初めているのだろうと様子からは容易に感じ取れていた

 

太守が不在であった寿春の民は、その様子に皆不安を隠しきれずにいた

 

「表面は、可能な限り従順に見せていてくれ。後は、雪蓮がいつもの様に振る舞えば良い」

 

「寿春の民を全て孫家の民にするのだな?袁術の圧政の水面下では、我らが救済をおこない民の信頼を得ると」

 

「そういうことだ、金も民の信も任せろ。唯、冥琳は戦に勝ってくれ。それも圧倒的な差でな」

 

「承知した。しかし、主である雪蓮が袁術に対して不遜な態度を取るだろうが、それは良いのか?」

 

「構わない。むしろ、そうしてくれ。袁術には、雪蓮が将の心を掌握していない。崩すのが容易で、利用しやすいと

虚偽の報告をしておく。ただ、袁術は騙せるが・・・」

 

「文官たちはそうはゆかぬということか。では、徹底するしかあるまいな、我らも」

 

与えられた館の一室で、窓から見える市を眺めながら、昭と冥琳は今後についてを話し合っていた

全ての行動は己の孫家の為に、頂く我らが主、雪蓮の為にと互いに頷き確認をしあっていた

 

「我らが元いた地はどうする。いかに阿呆の袁成であろうとも、敵地に何も手を出さぬ事などしない。

証拠に、城壁は破壊され残っていた財も食料も全てとは言わないまでも粗方持って行かれた。

だからといって捨てられぬだろう、私もお前も。あの地は、我らの母が作り護った土地だ」

 

「幼兵を向かわせた。少しずつ、少しずつ復興させる。誰にも気づかれぬよう、少しでも財や糧食の蓄えができたら直ぐに

持ち運ばせ、蓮華の住まう土地や思春に隠させる」

 

「蓮華様や、思春、明命を使い番城をおこなうのか」

 

昭が行なおうとしているのは、番城と呼ばれる城主を置かない城、支城として元いた土地を復興させる狙いであった

城主を置けば、再び力を取り戻そうと画策をしていると思われる以外に、隠れ蓑となっている袁術からの追求は免れない

 

しかし、自分たちの元いた土地を手放すなどしたくはない。ならば、気づかれずに衛兵を少量送り込み

水面下での復興を、開いた土地に集まる民を使い、孫家の民にしつつ目立たぬ蓄財を行うと言うことだった

 

「当面の目標は、袁家を滅ぼす事だ。一人残らずな」

 

既に孫家の文官としての仕事をこなす彼の姿に、冥琳は少しだけ驚いたの僅かに目が見開き

まるで生き急いでいるかのようにも感じる彼の姿に、僅かに眉が動いた

 

「交阯太守、士燮殿が此方を決して狙わぬと解っているからこそだな。むしろ、奴ならば我らに喜んで力を貸してくれるだろう」

 

「ああ、だがまだ助力を乞うのは早い。伊達に、春秋左氏伝を修めていない。此方の意図は直ぐに理解するはずだ」

 

西の交州に城を構える士燮は、昔から炎蓮を慕い、その庇護下にあり、常に貢物を献上していた

だが、炎蓮はその度に献上品を持って士燮の元に足を運び、酒盛りをして帰って来るという事を繰り返し深い絆を作っていた

 

【護るのに見返りなんざいらねぇ!それより呑むぞ!酒持ってこい!!】

 

何時の時も、炎蓮は士燮に酒をついで必ずこの言葉を言っていた

士燮は、炎蓮の心根に心底感服し決して孫家を裏切らぬと誓いを立てていた

 

「既に書簡は届いている。士燮殿は、怒り、涙しているようだ」

 

手渡された書簡に綴られた文字は、涙でにじみ怒りを表すかのように落款の押された場所は、力のままに押されたのだろう

ヒビが入り、士燮の怒りを物語っていた

 

「心配するな、例え士燮殿であろうとも腹は分からぬ、フリかもしれんからな。草は放った」

 

眉一つ動かさず、冥琳や雪蓮達以外、誰一人信頼しないといった様子に

元の彼からはあまりにもかけ離れ姿に、やはり冥琳は眉を動かし少しだけ悲しそうに腕を組んで顔を伏せた

 

「お前はどうする?このままでは、民の印象も良くは無い。今後、文官として孫家に仕えるならば

後々、今の行いが響いて来るのではないのか?」

 

「本当に、冥琳は心配性だな」

 

「からかうな、冗談で言っているわけではない」

 

くつくつと喉の奥で笑う昭に、冥琳は少々不満気に

だが、彼女の優しい心は、彼に届いたのだろう常に険のあった顔は少しだけ和らいでいた

 

「民には良い顔をするさ。袁術に媚びへつらっているのは皆の為だ、今は耐えてくれ、だがこのことは口外しないでほしい

皆を護ることが出来ないと。そうすれば、これから布かれる袁術の圧政に苦しむかわいそうなかわいそうな寿春の民も、

俺に感謝して、孫家に心から従い、働いてくれるだろう。なんたって、雪蓮も民と交わるのだろう?」

 

「馬鹿だな、本当に馬鹿だ。本心だろう。救いたい、本当は袁術を引き込み、我らの思惑に巻き込んだ事を悔やんで居るのだろう!?」

 

「そんな事を思っちゃいない。ただ、少々財をばらまく事にはなるだろうがな。想定内の出費で済む、なんら問題はなく」

 

「そうではない、良い顔をするなどと言うな。本当は、民に対しての罪滅ぼしだろう?孫家の事もあるだろうが

お前はそうではないはずだ」

 

彼の和らいだ表情が、冥琳の心を少しだけ抉っていた

普段ならば、わかっていてこんなことは口にはしない。絶対に、自分たちの不利になるようなことは

だが、彼の表情は、彼女の心から冷静さを奪い去っていた

 

「聞いてどうする・・・俺から、本心を聞いて、どうするんだ」

 

再び彼の顔に厳さが戻ると、冥琳は、まるで叱られた子供のようにはっとして俯いていしまう

 

「ありがとう、冥琳は何時も俺や雪蓮を心配してくれていたよな。でも、大丈夫だ。俺は、俺の名のままに生きる」

 

「いいや、私が悪かった。お前の本心が、知りたかった。お前にそんな顔をさせている原因が、自分に少しでもあるのかと思うと

耐えられなかった。許してくれ」

 

子供の頃から、辛いことも悲しいことも共有し、屈託なく笑う昭は最早、此処には居らず

最愛の者を無くした彼は、名を受け継ぎ復讐と雪蓮の夢を、孫家を護るためにその存在を変えたのだと理解した冥琳は

耐えられなかった。耐えられず、思わず口にしていた。理解しているはずのことを、聞いてもどうしようもないことを

 

だが、聞かずにはいれなかった。前と同じように、想いを共有したかった

 

しかし、時は、彼らの関係を甘受しない。成長を促し、変わることを強要する

 

急激な変化に冥琳は、最後に涙を流した雪蓮と同じように、感情を抑えられなかった

 

孫家の者として、仕える者として、友人として、今の屈辱的な仕打ちを強いる事に耐えられなかった

 

「すまない。もう、戻れぬのだったな」

 

「そうだ、雪蓮を主に孫家は走りだした」

 

冷静さを取り戻すように、一度静かに深呼吸をする冥琳

あの時、巣立ちは済ませたはずだ。甘えは捨てろ、私も変わらねばならないと

 

「それよりも、良いのか?」

 

「何がだ」

 

「このような所で、私と話していても。文官達に見られれば、台無しになってしまうのではないのか?」

 

「なんだ、そんな事か。安心しろ、薊様に就いて居た草達は、全て俺の部下になった」

 

全てが部下になったとの言葉に、口元まで寄せた茶を放し、昭が己を張昭と呼べと言った真の意味を理解した

 

「昨日、雪蓮に殴られた。ついでに大声で孫家を侮辱したよ、野蛮な奴らだとな」

 

「・・・」

 

「流石に、アレだけ叫べば周りに人が居なかったとしても守衛の者が耳にしただろうよ」

 

細められる瞳、微笑む昭に冥琳は、まぶたを閉じて少しだけ顎を引いていた

 

「雪蓮の命を受けたのだな」

 

「ああ、今日から俺を【張昭】と呼べ。この誇り高き名を受け継いだのだ、名に恥じぬ働きをしてみせる」

 

「解った。だが、こうして我らの元にいる時は、普段通りに呼ばせてもらう」

 

「そうか、だが袁術の前では張昭と呼んでくれよ。俺は、この名で生きていく」

 

僅かな言葉で全てを察した冥琳は、感謝と名を受け継がせた僅かな罪の意識から張昭と呼ぶことを拒絶していた

これが、炎蓮と薊が生きていれば何の遠慮もなく文官となることを容認していたはずであったが

 

敵を欺き続け孫家の力を蓄える今、愛する者を失った心の傷を癒やす間も与えず、耐えることを強いる事になることに

冥琳の心は、罪の意識が爪痕を残していた

 

「優しすぎて、考えすぎるのがお前の悪いところだ。そんなことではいずれなにか患うぞ」

 

「病は気からとも言うことだしな。心に留めておくとしよう」

 

「そうしてくれ。今、冥琳に倒れられたらこまるからな」

 

「行くのか?」

 

「ああ、袁術に気に入ってもらわなきゃならないからな。せいぜい踊ってやるさ、期限付きでな」

 

そういって、立ち上がり袁術の住まう館へと足を向ける昭の後ろ姿を冥琳は、見えなくなるまで見送っていた

 

 

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「薊の配下は、全てお前の元に集ったか」

 

「そのようで」

 

「・・・」

 

「何か、都合の悪いことでも?」

 

兵舎の前、白髪で長身の女性、祭が昭の前に立ちふさがっていた

 

彼女は、ため息を一つ吐き、腰に手を当てた後に昭の頭を撫でようと手を伸ばした

 

「何をなさるおつもりで?私は、貴女方と馴れ合うつもりはありませぬ。私は、袁術様の馬なれば、気安く触れないで頂きたい」

 

己に伸びる手を掴み、不機嫌そうな顔を向ける昭に少しだけ驚き、次に鋭く眼を細める祭

兵舎から覗いて居た兵達は、皆一様に殺気立つ祭の姿に怯え、戸惑っていた

 

このままでは、争いが始まってしまうと

 

「やめなさい。貴方も、今がどのような状況でどのような立場だとしても言葉を選びなさい」

 

「失礼ながら、私は今までと違う。配慮して頂くべきなのは、貴女方であると理解していただきたい」

 

間に入る粋怜であったが、昭は変わらず、それどころか気をつけるのはお前たちの方だと二人を一瞥すると

背を正し、袁術の待つ館へと姿を消していた

 

「ちっ!」

 

「落ち着きなさい。あの子は、もう私達の知る昭ではないのよ」

 

「ふんっ、気に入らぬ。儂から受けた恩も忘れたか、儂を師と仰いだ事は偽りであったのか!」

 

「それは私も同じよ。慰めようとしたのでしょう?貴女の気持ちは解ってるわ」

 

演技とはいえ納得いかない、頭を撫でるくらいよかろうと憤慨する祭であったが

粋怜が声を殺し、視線を昭の消えた方向に向けながら呟いた

 

【祭、右から三つ目の空き家、窓の奥に見える水瓶を見て】

 

粋怜の異変に、祭は表情を変えずに視線のみを動かせば、家屋の水瓶に映る人影

 

【次は、上。屋根に、薊の配下が潜んでるわ」

 

視線をゆっくり上に上げれば、薊の配下の草が屋根の影から祭に視線を送っていた

 

【袁術の文官か?いや、文官の手の者か】

 

【そのようね。あの子を疑ってるのね、当然だろうけど】

 

再び舌打ちをする祭に、粋怜は、まるで立ち去った昭に向けて居るかのように鋭い殺気を放っていた

 

「逃げおったか。何じゃ、冷静な振りをしおって、儂よりも頭にきておるようじゃの」

 

「当たり前よ。祭と同じ、私にとってもあの子は大切な弟子なの。だから、私達も耐えなきゃね」

 

「うむ、承知した。が、貴様の殺気で兵達も怯えておる。程々にせい」

 

「ふふっ、ゴメンネ。殺気を絞っちゃうと、気づかれちゃうから」

 

昭に向ける振りで、潜む隠密の者に叩きつけた殺気は、よほどのものであったらしく

兵達は、祭の発した殺気も相まって震え上がっていた

 

「事の詳細は、冥琳が知っておろう。何やら、先程まで話していたようじゃからな」

 

「ええ、私達がするべき振る舞いも、徹底しましょう。全ては、大殿の為に」

 

昭とは正反対の方向へ踵を返す二人

 

全ては、この先にある。自分たちが成すべき事も、雪蓮の目指すモノがどのようなものであるのかも

 

ただ、一つだけ解っているのは、目の前にある敵を袁家を、討ち滅ぼす事だけであった

 


 
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