No.676838

インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#118

高郷葱さん

#118:一時の平穏なる日常



最終決戦前、最後の日常フェイズです。

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2014-04-06 19:47:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1127   閲覧ユーザー数:1083

『篠ノ之束の告白』の翌日、一夏たち専用機保有者たちには一時の暇が与えられていた。

 

それは教員たちのせめてもの心づけであり、現状では何かに首を突っ込まれるほうが迷惑であるという事情もある。

それを知ってか知らずか、降って湧いたひと時の平穏を彼らは謳歌していた。

 

 

 

 

 

 

「…で、なんで私は呼ばれたんだ?」

 

「いいじゃない。一応、今は味方なんだし気にすることないでしょ?」

 

憮然とした表情を浮かべるマドカに対して、鈴は事も無げに言ってのけた。

 

「ほら、よく言うでしょ?『昨日の敵は今日の友』って。」

 

そう言って、鈴は愛用のマグカップに満たされた緑茶をすする。

 

「そんなに単純な話じゃないだろう。私はお前たちと戦ったことがあるんだぞ?」

 

「ああ。夏に槇篠技研の上空で、でしたわね。」

 

そう答えたのは、眉間にしわを寄せながら自分の紅茶を淹れていたセシリアである。

その声色に敵意のようなものはかけらもない。

 

「なんというか、親近感みたいなのがあるのよ、アンタに。」

 

「はぁ?」

 

「わたくしたちも、よくやられるのです。―――主に簪さんとシャルロットさんに。」

 

あがってきた名前を、マドカは脳内で検索する。

 

簪――フルネームだと更識簪。

日本の代表候補生で専用機は打鉄弐式。

マルチロックオンと高性能多連装小型誘導弾という凶悪な切り札を持ちながら近中遠のいずれにも対応できる機動型汎用機。

 

シャルロットはフランス代表候補生のシャルロット・デュノア。

デュノア社が槇篠技研とつるんで開発した機体は、第三世代機が持つ『特殊装備』の操作系を従来の武装変更や副腕操作に用いて『歩く弾薬庫』を実現した。

マドカは戦ったことはないが、面制圧や飽和攻撃を難なくこなす、射撃型の汎用機だということは知っている。

その装備に『数多くの誘導弾(ミサイル)』があることも。

 

 

そのあたりまで行って、思い当たった。

 

「お前らも、やられたのか?」

 

――ミサイルの面制圧を。

 

「視界を埋め尽くした総数二百余の高機動誘導弾が一斉に襲い掛かってくるのは軽くトラウマよ。」

 

「迎撃するにも、限度がありますわね。特にティアーズ型は単射兵装ばかりですし…」

 

三人は言葉を交わすことなく、差し出した右手を取り合った。

 

―言葉を交わさなくとも、彼女らの心は一つであった。

 

 

 

すなわち『少しは自重しろ、ミサイルフリークどもめ』である。

 

 

 

「なんとなく、お前らが強い理由が分ったよ。」

 

『和やかなお茶会』へと戻ったところでマドカがポツリと言った言葉に鈴とセシリアは表情を暗くする。

 

「そうですわね。経験や判断力の面で優れるラウラさんに、高い操縦技量で多彩な武装を使いこなすシャルロットさん、堅実で粘り強い簪さん…」

 

「あと、理不尽枠に足を突っ込み始めた一夏と箒でしょ?前は千冬さん互角な空もいたし…」

 

その様子を見てマドカは地雷を踏んだことを悟った。

 

 

 

ここの二人が、今上がった名前の面々によって散々な目に遭って来たということも。

 

「――そういえば、ほかの連中はどうしてるんだ?」

 

強引に話題を変える。

これ以上、この話題を続けても態々カサブタを剥がして作った傷を抉って唐辛子入りの塩を刷り込むような苦痛が続くだけなのは目に見えている。

 

「一夏と箒なら道場、シャルロットとラウラはそこらへんで猫と戯れてるんじゃない?」

 

「簪さんと本音さんは、ちょっと分りませんけど。」

 

「へぇ…」

 

マドカとしては情報として織斑一夏と篠ノ之箒が剣道をやっていたことは知っていたが故にあの怜悧そうな少女(ラウラ)が猫と戯れているらしいという方に驚いた。

 

「なんとなく見てみたい気もするな。」

 

もちろん、両方ともだ。

 

「だったら見に行く?」

 

「何処かで戯れているシャルロットさんとラウラさんを探しつつ道場に向かえばどちらも見れるかもしれませんわよ?」

 

「うーん。」

 

この島に来てから愛用するようになった湯飲みを傾けながら、マドカは呻る。

 

見てみたい反面、ここで茶を共にしているのも悪くはないと思うがために。

 

「よし、決めた。」

 

マドカは自分の案を二人に提示した。

 

―『猫と戯れている二人を探しつつ道場へ向かい、その後で入院中の仲間の見舞いに行きたい』と。

 

鈴とセシリの微笑みを添えた『そうしましょうか』という答えに『敵だった相手と馴れ合っていいのか?』などと言っていたことをすっかり忘れたマドカは笑顔で応じた。

 

 * * *

 

猫が、居た。

 

「きもちいいかにゃー?」

 

みゅう。

 

「にゃ、にゃー?」

 

みゅう。

 

 

 

にゃーにゃーと言いながら、寝転がった『本物の猫』の腹を撫でる妙にでかい猫が。

 

「なんだ、あれ。」

 

思わずつぶやいてしまうマドカであったが、その両側にいる鈴とセシリアはなんともいえない、慈愛に満ちた視線を二人に向けていた。

 

普通、想像できないだろう。

 

社長令嬢と現役軍人が真昼間から猫のキグルミパジャマを着てにゃーにゃー言いながら猫と戯れているだなんて。

 

だが、IS学園では見慣れたものである。

 

夏休みにキグルミパジャマを買って以来時々その姿は目撃されていたし、シャルロットの『可愛いもの好き』は皆が知っていることだ。

 

同室であるラウラがそれに巻き込まれていることも。

 

「あー、あれって前に買ったって言ってたパジャマとはちょっと色柄が違うわね。」

 

「おそらく、本音さんに教えてもらったという服屋さんで仕立ててもらったものですわね。」

 

「おい。」

 

「まあ、十五歳を教員にしちゃうくらいだから?」

 

「平時の服装くらいでとやかくは言われませんわよ。」

 

「―――それでいいのか、IS学園。」

 

鈴とセシリアの言葉にマドカは首をかしげるしかない。

 

「そんなことより、ちょっと隠れてましょ。」

 

「はぁ?」

 

「きっと、面白いものが見れますわよ。」

 

鈴の提案により、物陰に引き込まれるマドカは相変わらずみゃうみゃう言ってる二人の様子を遠巻きに眺める。

 

一体、何が起こるのだろうか…と思っていると不意に後の木戸が開く。

 

どういうわけか『ぴくり』と尻尾が立った二匹の猫(シャルロットとラウラ)が振り向くとそこには――

 

「何をしているんだ、お前たちは。」

 

「お、新作だな。」

 

中から出てきたのは胴着姿の一夏と箒であった。

 

そう。

二人が猫と戯れていたのは武道場のすぐそばであった。

 

まあ、シャルロットとラウラが猫を追いかけるのに夢中になっていて気付いていないだけなのだが。

 

パクパクと、言葉にならない言葉を紡ぐ二人であったが顔色が真っ赤になりきったところ…

 

「う、うにゃーー!?」

 

漫画的に表現されたら、ぐるぐると渦を巻いたような目になるであろう見事な慌てっぷりでシャルロットが鳴く。

 

「あ…」

 

びっくりして逃げ出す猫を物惜しげに見送るラウラは、かぶっているフードも少しばかり寂しそうな顔だ。

 

「ま、まあそう気を落とすな。」

 

そんなラウラの頭をフードごしに撫で始める箒。

気持ちいいのか、ラウラの目もトロンと細くなる。

 

 

 

 

 

「ね、面白いことになったでしょ?」

 

「ま、まあ、面白い、のか?」

 

これを『面白い』といえるところを見るとけっこう性格が悪いのかもしれない。

 

そう思わないでもないマドカであったがあえて口には出さないでおく。

ここで言ってしまったり表情に出してしまったらどこぞの『朴念神な無自覚旗職人』と同じになってしまう。

 

「おーい、そっちの三人はなんか用か?」

 

「ファっ!?」

 

しっかり隠れていたはずなのに、何故か人数まで把握されていたことへの驚きが意図しない声として飛び出す。

 

「ほんと、最近の一夏は千冬さんじみて(にんげんばなれして)来たわよね。」

 

「流石は、といっておくべきなのでしょうか?」

 

素直に物陰を出る鈴とセシリア。

マドカもそれに倣って物陰を出る。

 

「なんだ、お前たちも来たのか。」

 

「まあ、ね。今は休憩中?」

 

「そんなところだ。」

 

「すこし見学させてもらっても?」

 

「かまわないが…これが気になるのか?」

 

マドカの視線に気付き、箒が手に持っていた鞘を掲げる。

 

それに対してマドカは首を縦に振る。

 

「これは演武用の模造刀だ。重さは本物に似せてあるが刃は付けられていない。」

 

『持ってみるか?』といわれて受け取ったマドカはその重さに驚いた。

 

刃は付けられていないらしいが、その重さは『鈍器』と呼ぶに十分な代物である。

 

そして重さ以上に、そんなものを片手で軽々と持っている箒と一夏に驚いた。

 

別に筋骨隆々というわけではない、年相応程度の見た目であるというのに…

 

「まあ、それなりに鍛えてはいるからな。」

 

驚く顔のマドカから箒は苦笑に近い表情を返しながら刀を受け取る。

 

「――さて、そろそろ始めるか。」

 

「うむ、そうだな。見ていくのだろう、上がってくれ。」

 

胴着姿の一夏と箒を先頭に、キグルミが二人、制服が二人、秋らしいワンピース姿が一人続いて道場へと入ってゆく。

 

 

――清々しい秋晴れの空。

その下にある道場の上で、子猫が『みゃう』と鳴く。

 

かけらも心配事など無い、能天気な声で。

 

 * * *

 

同級生たちが思い思いの暇を過ごしている中、簪は本音と共に諜報と防諜、情報収集に精を出していた。

 

刻一刻と更新される亡国機業や各国政府の動向についての調査結果の分析と、平行して行われる防諜。

 

その長たる存在が簪であり、本音はその補佐役なのだ。

 

祖父にその一部を代行してもらっているとはいえ、対暗部組織『更識』の長としてやるべきことは少なくない。

 

実際に、この島に来てから箒ら級友たちと行動を共にする時間は一気に減った。

 

学園側から集合が掛かればカモフラージュのために最低限の時間は割いているが、余暇といえる類の時間など無いといっても過言ではない。

 

 

だが、そんな状態を簪は好ましく思っていた。

 

――国と国の水面下の駆け引き。

 

そんな暗い世界の話などけっしてできるものではないし、簪としても友人たちにそんな世界へ入って来て欲しいとは思わない。

 

だから、これでいいのだと自分に言い聞かせていた。

 

寂しくない。

――そんなわけ無い。

 

辛くない。

――そんなわけ無い。

 

 

そもそも、世界の行く末を左右してしまうような出来事を前にしているのだ。

齢十五の少女の肩へのしかかるそれは、普通ならば大人でも耐えられないであろう重さがある。

 

「かんちゃん、槇篠技研からお届け物だよー。」

 

「そう。」

 

単なる報告だと思った簪は、読んでいる最中の報告書から目を離さずに生返事を返す。

 

――だが、本音はその場を立ち去らない。

 

「だから、かんちゃんが受取人になってるんだって。」

 

本音は言う。

 

『本人確認ができないと引き渡すことができない。そういう荷物なのだ。』と。

 

そこまで言われて、簪はようやく動き出した。

 

ちょうど、キリのいいところまで行ったというのもあるし、『槇篠技研からのお届け物』は切り札の一つとなりうるものだ。無碍に扱うことなどできはしない。

 

表向きの出入り口――従業員宿舎の管理人室までやってきた簪は、そこにあった鏡で軽く身だしなみを確認しておく。

一応、シャワーやら食事やら、仮眠やらの時間は確保している。

 

それでも、学園で平穏に過ごしていたころからすればそれらに費やす時間はかなり少なくなったのは確かなのだ。

 

とりあえず問題なしの判断を下してドアを開ける。

 

ドアの向こう側には、小柄な作業服姿の人物が一人。

 

背の丈は簪と大差ないか少し小さい位。体格としてもあまり大きいほうではないだろう。

顔は目元が鍔つき帽子(キャップ)で隠れているために分らないが、帽子からはみ出す黒髪はあまり長くない。

 

『また随分と可愛らしい運送屋を選んだものだ』と呆れ半分の簪であったが、とりあえず役割を果たすべくポケットに押し込んでおいた学生証を手に取り――

 

「あ、更識さんですね?受け取り表にサインをお願いします。」

 

ボードに留められた受け取り表を差し出す『彼女』の声。

簪は思わず手に持っていた学生証を取り落とした。

 

硬質プラスチックが落ちる軽い音にハッと我に返る。

 

落とした学生証を拾ってから恐る恐るボードを受け取り、震える手で受け取り表にサインをいれる。

 

そのさなか脳裏に上がってくるのは簪にとってかけがえの無い『たいせつなひと』の姿。

 

 

――IS学園からの退去の際にあった『橋の崩落事故』で最終便に乗っていた学園長を初めとする幹部教職員が行方不明になっていた。

程なくして『更識』のセーフハウスの一つに保護された学園長や織斑千冬らであったが、ただ一人だけ行方がつかめなかった人物がいた。

 

そしていま目前にいるのは、その『行方知れずの一人』とほぼ同じ背格好の運送屋。

 

その答えは、既に簪の脳裏に浮かび上がってきていた。

 

「そら、くん――!」

 

千凪、空。

簪のかつての同級生で同室、成就は困難であろう恋慕の情を抱いてしまった少女。

 

「ん、元気そうって訳じゃなさそうけど、とりあえず無事でよかったかな。」

 

わざと目元を隠すようにかぶっていた帽子をとった空は優しい笑顔を簪に向ける。

 

「空くん!」

 

このときだけは、『ただの』更識簪に戻っていたかった。

 

押し殺してきた感情を露わにして、驚きと喜びと、そのほかの色々な感情が混ざって出てきた涙をとどめることも無く。

 

涙をこぼしながら空に抱きつく簪はその手を緩めない。

そこに居ることを確かめるように、再び手の届かないところにいってしまわないように。

 

そんな光景を、荷物の受け取りに出てきた更識の構成員たちは驚き半分、もらい泣き半分ではあるがほほえましく想いながら眺めていた。


 
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