「…ここか」
森の中をただひたすら歩き続けていたデルタは、目的地のとある洞窟に到着した。先程から募っている苛立ちを堪えつつ洞窟内部へと侵入すると、そこには謎の古代壁画が全体に広がっていた。
(壁画、か……何だってこんな場所に…?)
デルタは疑問に思いつつも、その古代壁画に手を添えながら洞窟の奥へと進んで行く。少し進んだ先には更に大きな壁画があり、そこには太陽と月、そして天使のような羽と悪魔のような羽の両方が生えた女神のような絵柄が壁全体に彫られていた。その巨大な壁画は、二つの燭台に点いている火で明るく照らされている。
「何だこりゃ?」
-キィィィィィィィィン…-
「!」
小さな耳鳴りが聞こえた事で、デルタは素早く後ろを振り向く。その視線の先には…
(女…!?)
デルタは眉を顰めた。
金髪のショートヘア、背中が大きく開いた白装束に茶色のブーツ、首元には赤い宝石のアクセサリー、そして左足太股には短く巻かれているベルト。そんな不思議な雰囲気を持った少女が、高台からデルタを見下ろすように姿を現した。
「誰だ、テメェ?」
何時でも軍刀を抜けるよう手をかけながら、デルタは突然現れた少女に問いかける。問いかけられた少女はその目を開き、赤と緑のオッドアイを露わにする。
『…何故』
「あ?」
少女が口を開く。しかしその声は何故か、エコーのように二重に聞こえてきた。
『何故、人がここにいるの?』
「何が言いたい?」
『…この場所は、人が訪れて良い場所ではない』
デルタの言葉に耳も貸さず、少女は石段を一段ずつ降りて行く。
『あなたは何故ここにいるの』
「あん? 俺はただ―――」
『何故…』
『人間如きが、この場所にいるの?』
「―――ッ!!?」
刹那、デルタは素早くその場から後退し軍刀を手に取った。少女は表情一つ変えず、デルタに対して強大な威圧感を出しながら歩み寄って行く。
「おい、来るな……こっちに来るな…来んじゃねぇっつってんだろ!!!」
恐怖に支配されたような表情でデルタが怒鳴るも、少女は無言のまま手を翳す。
『往ねよ』
「ッ…ごはぁっ!?」
その瞬間、デルタは巨大な衝撃波によって壁まで吹っ飛ばされた。壁に激突すると同時にデルタは口から血を吐き、そのまま地面に倒れ伏せる。
「ぅ、ぐ…この…」
『人間がここを訪れるなど、あってはならない』
地面に倒れたデルタを見下ろすような視線を向けつつ、少女は壁画に彫られている古代文字を人差し指で優しく撫でる。すると古代文字が緑色に発光し、その光が一箇所に集まって特殊な形状の剣へと変化する。
『立ち去れ、人間』
「ッ…ゲホ…はぁ、はぁ…!!」
少女が剣を手に取る中、デルタは地面を這い蹲る形で洞窟から外へ逃げ出そうとする。
(何でだ……何で俺の“蟲”の力が、何一つ発動しねぇ…!? こんな…こんな事が……あってたまるかよ…!!)
『お前一人の力で全てを破滅に追い込められる程、この世の中は甘くないという事だ』
昨日、クライシスから告げられていた言葉が脳裏に浮かび、デルタはそこでようやくその言葉の真意を理解する。
(あんの野郎……こんな事なら、始めからそう言いやがれってんだよ…!!)
『無様』
「ッ!?」
恐怖で身体中が震える中でも立ち上がろうとしたデルタの前に、少女が剣を構えたまま接近する。
「ッ…うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
『!』
デルタは苦し紛れにナイフを何本も投擲したが、少女には届かなかった。彼女が剣を真横に振るった途端、投擲されたナイフが全て塵となって消滅したからだ。
『無駄よ。あなたに私は殺せない』
「くそぉっ!!」
デルタは手に持った銃を乱射するも、少女には一向に当たらない。それどころか彼女が剣先をゆっくりと向けるだけで、放たれた弾丸が次々と霧散して消滅していく。
『あなた如きに、全てを台無しにされる訳にはいかない』
「何…!!」
『世界の全てが……“彼”にとって、尊い存在となっているのだから』
「…冗談じゃねぇよ」
血反吐を吐き捨ててから、デルタは白装束の少女を睨みつける。
「クライシスの野郎と同じような事をほざきやがって……俺には復讐しか無ぇんだ、その復讐さえ貫き通せるんなら、俺はそれで構いはしないんだよっ!!」
『…愚か』
「!?」
白装束の少女は、哀れむかのような目でデルタを見据える。
『あなた一人の力では、時空管理局への復讐は遂げられない。全てが、途方に終わるだけよ』
「黙れ!! テメェなんぞに何が分かる!?」
『そんなあなたのしようとしている事を、マグリブの者達は決して納得しない…』
「黙れっつってんだろ小娘がぁっ!!!!!」
複数のロケットランチャーを構えたデルタは、少女に向かって一斉に砲撃を放った。複数のロケット弾が少女を補足し、そのまま炸裂し大爆発を引き起こす。
「はぁ、はぁ……これで―――」
『所詮、愚者は愚者でしかないという事よ』
「―――あ?」
デルタは気付いた。
自分の身体が、
「ごは、ぁ…!?」
自分の持つ“蟲”の力が、まるで通用しなかった。自分の持つ常識が、相手には一切当て嵌まる事が無かった。全てを打ち砕かれたかのような気分で倒れていくデルタに、未だ無傷の少女は告げる。
『愚かな人間……人ならざる力を得たが故に慢心し、相手の意志を拒絶し、その真髄を全く見ようともしない……それこそが、あなたの明確な敗因…』
「な、に―――」
身体が思うように動かず、デルタは血に塗れた状態でその場に倒れ伏してしまった。それを見た少女は手に持っていた剣を消し、倒れた彼に歩み寄る。
(…やはり、他愛の無い)
意識を失ったデルタの服を掴み、少女は無言のままその場から移動しようとする。
その時…
-ザクッ-
「…!」
肉の貫かれる音が鳴る。何かと思った少女は自身の腹部を見て、無表情ながらもその目を大きく見開いた。何故なら彼女の腹部には、
(まさか…)
意識を失っている筈であるデルタの方に視線を向けると、彼の右手だけがピクピクとほんの僅かに動いていた。意識を失ってもなお、デルタは彼女に対して一矢を報いろうとしていたのだ。
『…侮れない人』
少女は小さく笑みを浮かべてから、自身の腹部に刺さっていたナイフを抜き取る。するとデルタの右手は今度こそ動かなくなる。
『これが、あなたが信じる友の力なのね……クライシス』
少女は小さく呟いてから、血の付いたナイフを地面に放り捨てるのだった。
一方、海鳴市では…
「到着~♪」
「朱音さん、随分と機嫌良さそうですね…」
「まぁ良いじゃないの。朱音さんにとって、ここにかえって来るのは久しぶりなんだし俺は」
「白蓮や蓮も、元気にしてるかなぁ~」
「…ふん」
海鳴市に到着した朱音一行。しかし真面目に任務をこなそうと考えているのは二百式のみで、それ以外の四人は任務そっちのけで海鳴市の空気を楽しんでいた。
「それでは朱音さん。俺は不正転生者の捜索に向かいますので、ロストロギアの確保についてはお願いします。他の三人は……まぁ、任務に支障さえ出さなきゃそれで良い」
「あ、おい!」
げんぶの呼び止める声も聞かず、二百式はさっさと別行動に移ってしまった。
「たく、ノリの悪い奴め…」
「まぁ仕方ないわ、任務もあるんだし。じゃあ私はルカ君と一緒に行動するから、げんぶさんはFalSigさんと一緒にお願い出来るかしら?」
「はい、お任せ下さい」
「了解ですよっと」
朱音とルカ、げんぶとFalSigのペアに分かれ、四人はそれぞれ行動を開始する事となった。
「さて…」
真っ先に別行動を開始した二百式は、不正転生者の顔が載っているリストを見据えながら、早歩きで街中を移動していた。
(久しぶりに海鳴市にやって来たが……そんな事はどうだって良い。俺はただ、団長から下された任務をこなすのみ…)
そう自分に言い聞かせながら移動していたその時…
「!」
ちょうど一軒の家が、彼の視界に見えてきた。
「ここは…」
その一軒家に、二百式は見覚えがあった。
そう、八神はやての家だ。
「…はやて」
二百式は目の前にある家を眺めながら、かつてここで暮らしていた頃の事を思い出す。時空管理局から脱退した後、様々な次元世界を渡って行く内に辿り着いたのがこの家。家主からはおせっかいながらも強引に家に住まわされる事になったが、それ以降の生活は一応それなりに幸福に感じられるものもあった……最も、とある戦いが発生して以降、ここには一度も戻って来れなかったが。
「はやて……お前の未来は俺が守ってみせる。たとえ、俺自身がどうなろうとも…」
その時…
「おいテメェ、ここで何してやがる?」
「…!」
金髪オッドアイの美形な青年が、突然二百式に向かって絡んで来た。
「お前は…」
「ここははやての家だ、ストーカーなんかやってんじゃねぇぞこのモブが!! それとも何か? このオリ主の王崎竜聖がぶっ潰してやんなきゃ分かんねぇってか?」
「…ちょうど良い」
二百式は右手をゴキンと鳴らす。
「今、ここの人通りが全く無くて助かった」
「あ? 何言ってやが…ッ!?」
直後、二百式の右手が王崎の首元を掴み上げた。そのままギリギリと握り締める力を強めていく。
「が…!? テ、メェ、このオリ―――」
「失せろ」
台詞を最後まで聞く事なく、二百式は王崎の首をそのまま圧し折った。ピクリとも動かなくなった王崎の身体を二百式は太刀で斬り刻み、あっという間に証拠隠滅。そして今、その光景の目撃者は誰一人とて存在しない。
「…まずは一人」
リストにチェックを入れつつ、二百式は次の不正転生者を捜索する。
一方、朱音とルカの二人は…
「い・ま・ま・で・な・に・を・し・て・い・た・の・か・し・ら・ねぇ、ア~キヤ~…!!」
「ちょ、まっ…折れる折れる折れるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
「あら~大変ねぇ~」
再会したアリサによって、ルカが膝十字固めを受けているところだった。何故アリサがここまで綺麗な関節技を繰り出せているのかは謎だ。ちなみに朱音はというと、そんな光景を見ながら呑気そうに缶コーヒーを飲んでいる。
「え、えぇっと…」
「あぁ、久しぶりねすずかちゃん……あの時以来ね」
「…はい、あの時以来ですね」
かつて異世界で出くわした時の事を思い出し、朱音とすずかは小声で久しぶりの挨拶を交わす。その一方でアリサによるルカの制裁は続く。
「そういえば、朱音さんとルカさんはどうしてここに…?」
「仕事もあるんだけど、まぁ単純に言えば里帰りね。久しぶりに翠屋に挨拶しに行こうと思って」
「! 朱音さん」
「?」
すずかが朱音の耳元で告げる。
(今の時点で翠屋に行ったら、流石にマズいですよ)
(? 何か面倒な事でもあるのかしら)
(実は、その……もうじきこの街に帰って来るんです。なのはちゃん達が)
(!)
すずかから得た情報に、朱音は楽しそうに口元を吊り上げる。
「そう、それは面白い事を聞いた気がするわ。だったら私達の方で、目一杯可愛がってあげなくちゃ♪」
「お、面白いって……程々にお願いしますよ?」
「分かってるわよ。流石にここで人を殺しちゃマズいし」
朱音とすずかがそんな会話をしている中…
「約束の一つ位、ちゃんと守りなさいよこの馬鹿アキヤァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
「ちょ、それには訳が…ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!??」
アリサによって、ルカはまたしても撃沈してしまうのだった。
『朱音……それにアキヤ・タカナシ、か…』
そんな光景を、黒騎士が遠くから眺めていた事にも気付かずに。
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砕かれる常識・海鳴市到着